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2011-11-16

本当に大切なモノは目にみえないんだよ。

今日は「お金」について話しをしようと思う。

お金」って何だろう?生活するために絶対必要なもの。そうだね。

でも、お金ってものは本当は「リアルじゃない」ものなんだよ。あくまでイメージ

リアルなのは「信用」とか「信頼」って言われるものの方なんだ。

まりお金は信用の代わりでしか無い。

から恐慌天変地異が起きて、貨幣への信頼がなくなったときにはお金は単なる紙切れにしかならない。

僕は昭和55年生まれで、戦後間もないころの新円切り替えを知識としては知っていても、現実味のあるものとしては受け取れていない。

でも、日本においてはこの新円切り替えがここ最近で一番貨幣への信頼がなくなったときだよね。

多分、みんな薄々感じてると思うけれど、21世紀の「新円切り替え」は刻一刻と近づいてきている。20年以内には高い確率で起きるよね。

そう考えたら、20年以上先の年金の事なんか考えても仕方ないし、もっと別のことを考えるべきだよね。

さて、脱線してしまたから元に戻そう。

お金は信用の代わりでしかない。リアルではないもの。みんなが信じているもの。」という話しをしました。

そのお金を稼ぐために一生懸命がんばっているわけだけど、みんな大切な事を見落としているんじゃないだろうか。

お金は信用の代わり」ということは「信用」のほうが本当は大切なモノなんだよね。

この「信用」というのがやっかい。目にみえない。

信用ってのは泥臭いもの

信用があるっていう状態はどういう状態かというと、僕の定義では

お金は払えないけど衣食住の面倒を見てください」ってお願いして

まず快諾してもらえること。

そして「信用を積み重ねられる人」というのは

お金を払わずに衣食住の面倒を見てもらっているにも関わらず

その世話人に「もっと居て欲しい」と言ってもらえる人のこと。

から、なんらかの過去のしがらみで元々「信用がある」状態でも

面倒を見てもらっている間に何もしなければ、どんどん信用は世話人の中で消費されていく。

信用を積み重ねられる人というのは、消費される信用以上に世話人に対して信用を上乗せ出来る人のこと。

一人前になるっていうのは、この信用を上乗せ出来る人になることを言うのだと思う。

信用を上乗せしていくためには

まずは「逃げない覚悟」が必要。

逃げグセがついたら、いつまでたっても逃げまわることになる。

次に「相手に言うことを自分への肯定・否定に受け取らない」こと。

言い換えれば、相手の言うことに対して、いちいち突っかからないこと。

自分に言われていないセリフであれば冷静に考えられるのに、自分に言われたときは冷静でいられないというのは相手と自分を同一視してしまっている。

当たり前だけど、相手と自分はあくまで別人格

もちろん自分に向かって言われているのだけれど、それを自分を肯定・否定したセリフだと受け取らないこと。

そうすれば毎回自分を守らなくて済むし、「何で?」と思ったことは素直に「何で?」と聞くことが出来る。

次に「約束をちゃんと守ること」

約束を守らないような人間は、例え大金持ちでも「幻想としてのお金」を持っているだけであって、いざというときに周りの人は支えてくれない。

約束を律儀に守ることによって、少しずつでも信用は蓄えられていく。

逆に約束を破った瞬間に信用はガタ落ちになる。最近で言えばオリンパスショックがまさにその典型だよね。

最後に「会話が楽しめること」

会話というのはキャッチボールに例えられるけれど、相手の求めているボールを投げてあげて

自分の求めているボールが投げられてきたら、そのキャッチボールはとても楽しいものになる。

信用というのは、こういう小さなたわいのないところでも形成されていく。

もちろん、他にももっと色々な信用の積み上げ方があるとは思うけれど、とりあえず思いついたところを書いて、今回はおしまい

2011-11-06

山菜をとってきて加工して販売する。

たったそれだけの事なのだが様々な情報が必要。ただ貨幣価値に変えないで消費したい人たちも居るというだけの事。

マージン商売の人には理解できない事かもしれないが。

2011-10-08

学生時代女の子と付き合っておかないと

社会人になってから相当苦労するぞ。

貨幣を介在させないと女の子としゃべれなかったりするからな。

2011-09-30

お米は富の源泉

はいろいろなしがらみでがんじがらめなのかもしれないけど、あきらかに戦前までのお米は富の源泉だったと思う。

たとえば、金沢に行ってびっくりしたのは、「北国銀行前田家の出資によってできた銀行です」と銀行の窓に貼られたポスターに書かれていた。お米がもたらした富は姿を変えて、現代に生き続けていることもあると思った。

ところを変えて、越後の国には、豪農と呼ばれた大地主がたくさんいた。あたり一体見渡す限りの土地の所有者で毎年ありあまるほどの米がとれた。

米を現金に換える手段がなかったときは、品質が落ちる前に使い切らなくてはならなかっただろうが、米を現金に換える手段ができてからは、無尽蔵に富が沸いてきたのだろう。豪農銀行出資者だったり、明治期に勃興した産業出資者だったりする。

しかしながら、通貨に換えられる価値が毎年増えていくということは、中央銀行にしてみれば、ある意味コントロールしにくい不確定要素だったのではないだろうか。

戦前地主農地解放解体されたあとは、米から得られる富を肥料や農機具や土地改良の費用バランスするようにして、新たな富が生まれにくく調整されているような気がしてならない。

米作をしている人に何か仕事をしてあげたら、米で報酬をいただくのはどうだろうか。

一年で食べきれないくらいいただいても困りそうだけど、貨幣を使わない報酬というのも趣があっていいかもしれない。

2011-09-17

文化文明の違い

よく論じられていてそれでもよくわからなくていろいろ考えてみて、自分なりの結論を出した。

それを使ってお金(一般的等価物)を稼げるのが文明

お金(一般的等価物)を使って生み出した結果が文化

たとえば筆を使って絵を描いたとしたら、

筆はそれを使って生み出した絵を他人に見せることでお金や名声を得られる。

絵はそれ自体が一般的等価物として社会で商取引に使われるものではないが、

芸術的な価値があると認められれば、芸術品に対する対価としてお金をもらえる。

から筆は文明絵画文化


パソコンを使って文章を作成する。

文章によって仕事が成立し給料をもらえる。

パソコンを使って作った生産物は一般的等価物として機能しないが、

その情報を必要とする人にとって価値あるものなので、

作成者はお金をもらえる。

からパソコン文明。生み出された文章は文化

その集団が文明を持っているか否かを判断する指標として最も重要ものが文字の有無だというのは、

情報が一般的等価物としての性質を持つ=商取引が成立するからなんだと思う。


箸は文化だろうか。文明だろうか。

箸それ自体はお金を生み出すための手段にはなりえない。

ただ生物にとって食事は必須だからある意味貨幣と同じく一般的等価物としての役割を持つかもしれない。

と考えると文明と言えるかもしれないけど、

別にわざわざ道具を使わなくたって手づかみで食べることだってできる。

手づかみか道具を使うかは結構文明化しているか未開かどうかを判断する指標として重要だ。


こういうことを言うと無文字文化を持つ民族や手づかみで食べる民族に対する差別だという意見が出るけど、

そもそも文明化していないことが野蛮だ悪だという発想を持っている時点で、

その人自身が差別思想を持っているといえる。

文化を持つけど文明を持たない集団はいるという話は聞くが逆は聞いたことがない。

2011-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20110715010409

色々間違ってる。

一番大きいのは、ストックフローの区別がついてないこと。

貨幣にはストックの側面もあるが、フローの反映としての意義が大きい。

例えば「資産1億円、貨幣流通1000万円」の社会100年後に「資産10億円、貨幣流通1000万円」に変化しても経済学的には何にもおかしくない。

後、生産財消費財の問題とか、金融債権における割引現在価値とか色々分かってないように見える・・・

そもそも現代貨幣はそれそのものは富じゃない、とかの根本論もあるので、まずは「貨幣論」とかでググレ。

http://anond.hatelabo.jp/20110714184126

いまちょっと考えてみた。

世界全体の富の量というのは、年々増えてるわけだろ。

太陽の恵みで作物は実り、人の手が届かなかった資源が採掘によって人の世に流れてるわけで。

世界全体の富の量が増えていたら、やっぱり通貨流通量も増えないといけない。

一定量の富と兌換されるというのが貨幣の基本性質なのだから

わかりやすいように金本位制として考えるけど、たとえば今、金1g=50$だったとする。

で、半年後に世界の金の総量が倍になったとする。

そしたら、金の価値は1gあたり25$じゃないとならんでしょ?

ただ、お金を倍刷ってばらまかないといけない。

ばらまくったって、中央銀行の屋上からってことは出来ないわけで、政府借金という形でしかお金を発行できないわけだが。

ところで、富=金と定義すればわかりやすいけど、富って金だけじゃない。

食料品だとか、車だとか、家だとか、パソコンだとか、サービスだとか、いろいろある。

ほとんどの富は時間と共にその価値を失う。農作物なら腐るし、工業製品も壊れる。

そんなわけで、単純に、富の増加量と比例同じだけ貨幣価値をするわけにはいかない。

時間と共に価値が失われるはずのモノの価格一定に固定したら、モノに変えなかった場合貨幣価値時間と共に増えていかないとならない。

貨幣価値一定にしようとした場合、利息という形で貨幣が増殖する。

しかし、利息という仕組みは貨幣暴走させる。

どっか間違ってる?

2011-07-13

米国債の発行総額。

今年もこの話がでてきた。話がでてくる時期が徐々に早くなってきているのは、一年もつ筈の金額を増額しているのに、財政赤字の増加速度が加速していて、追いついてしまう為である

景気は低迷しているのに物価は上昇し、失業者数や無業者数は増えて行くばかりという状況では、財政赤字は増える事はあっても減る事はない。雇用生産を増やすように、それらを妨げている法制度を改革しなければならないのだが、弁護士になるのが一番金になるサービス業優先の社会を作ってしまっている為に、実業優先の社会に転換すると、サービス業を選択した人生設計が間違いになるという事で、話が止まってしまっているのであった。

今のアメリカの景気は、QE2に代表される財政出動によって支えられており、そのお金の出所である赤字国債が、発行残高制限に引っかかるという事で、景気が中折れするという予想が立っている。

景気に敏感な株式市場から逃げ出したお金は、不景気インフレに強い商品市場に流れ込み、いっそうのインフレを演出するという、困った現象を引き起こしているのであった。

米ドルの信認が崩れていっているのだが、ユーロの信認も崩れているし、日本円政治が迷走しているので、消去法で米ドル基軸通貨の地位は維持されるという判断らしいが、貨幣よりも物、株式よりも商品という流れは、国際経済の重心を動かしてしまう事になる。

先の事や全体の事が考えられなくなり、目の前にある請求書を何とかする事だけで精一杯になるのは、借金地獄に落ちた債務者の末路である

他人の不幸につけ込む事で利益を確保するサービス業にとっては、国家が不幸であることは最大のビジネスチャンスなのだが、社会のあり方として間違えている。

米国債の残高上限を切り上げてばら撒きを続けるか、予算切れによる政府機関の窓口閉鎖(shutdown)を覚悟するかという選択は、どちらかといえば、shutdownさせて破綻再生手続きに入った方がマシなのだが、そこまで踏み込めるかというと、難しいであろう。

日本でも、予算法案と財源法案を切り離すという手段を使った為に、予算法案は通っているが赤字国債発行法案は通らず、このままで行くと、 shutdownになるという予想が出ている。雇用消失による税収の減少と社会福祉支出の増大による予算の欠陥も表面化しつつあり、shutdownの時期は、早ければ9月中にも来るとなるのであった。年金生活保護の支給がストップし、その層が隼町や議事堂周辺を埋め尽くし、政府与党無為無策を糾弾する民衆蜂起となると面白い

2011-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20110626171454

今まで生きてきて思うのだけど、結局のところ、他人がしてくれることといったら、

安全な上のほうから「かわいそうだね」って顔で同情してくれるだけ。

増田は甘えん坊だなぁ

他人が助けてくれるとか何期待してんだよ

 

それはおいといて、他人からされることは今まで自分がしてきたことの積み重ねの結果だよ。

まり、今まで他人を誰も助けてこなかったから他人が自分を助けてくれない。

今まで他人に頼った事が無いから、誰も頼ってこない。

世の中にはお金じゃない、見えない貨幣流通していると思ってくれ。

上にもあったように「情けは人のためならず」ってやつだ。

2011-06-19

カオスラウンジ界隈雑感

http://togetter.com/li/151267

Togetter - 「カオスラウンジ騒動に対する、東浩紀村上隆の対話。」

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/151267はてブ


この梅ラボ関連の話題は、東浩紀の言うように、かなりめんどくさい。でも、思ったことをまとめていこうと思う。

n次創作著作権

なんというか、周期関数かとツッコミを入れたくなるぐらい同じ話題が繰り返されているような気がしますが、こういう創作に関しては、原則として「やっていけないものはない」という前提があります

極端な例示をするなら、「無差別殺人をしてその血をテンペラ画のように塗りたくって、最後にその包丁を突きつけなければ作品が完成しない」として、じゃあ人を殺してはいけないかケチャップじゃいけませんか、というとそうじゃない。

人を殺した代償として裁かれるのであって、人を殺していけないわけではない。

まり量刑と藝術を天秤に掛けて、藝術の方に重きがあるなら殺しても仕方がないでしょう、殺された人には気の毒ですが。やっぱり刑は嫌だな、となれば別な作品を探すしかないでしょう。

まり、何次創作を作るにせよ、著作権なんて屁じゃねーよ!っていう無敵の人にとっては「著作権違反だ!」も「愛がない!」も説得力ゼロなわけです。まあ私自身も、ああいう手法を以て「誠意がない」とか言う批判は正直アホだと思ってます

繰り返しますが、著作権は明らかに違反していますよ。あとは訴えられるかどうかです。そして、その訴えられたかどうか、刑に処されたかどうかというのは、作品評価の是々非々とは一切無縁だということです

むしろこの騒動自体は、騒げば騒ぐだけ大成功ということになりますし、私はもう成功したとみなしていますふたばがどうだ4chがどうだというキメこな起源の文脈はあまり本質ではありません。


引き合いにだすなら

たとえば、まあこういうところで引き合いに出されるだろうものとしてマルセル・デュシャンの「泉」があるでしょう。男性用小便器に署名だけして出品したあれです

今同様のことをするなら、それに小水でも引っ掛けて署名の代わりとし出品するでしょうか、もうされたかな?

作品に関して端的な説明とデュシャンの人となりはここが短くて分かりやすいかと思いますのでどうぞ(http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/nakaoku(06-7-31))←括弧付き年月日までURL

そしてもう一人、アンディ・ウォーホルも取り上げるべきでしょう。Togetterまとめの中では、鶉アイコンが今作とウォーホルとを態度の違いで「同列には語れない」などとアホ臭いことを語っておりますが全身全霊をもってスルーしてあげてください。(ウォーホルの言う「表だけを見てください」というのは、裏がないことを意味しない。逆もしかり)


今回の騒動は明らかにこういった系譜の延長上にあります。ゆえに、「もう面白くない」というのはまっとうな言い分であると私も思いますデュシャン以降、何が独創性たりうるのかという問題を突きつけられた芸術家達は、常にデュシャン意識せざるをえないのです。あの藝大アカデミズムから反動ガチ保守村上隆さえも。

最近の騒動界隈に対する雑感

このキメこな騒動(そもそもキメこなが使われてるのは一部なんですが)以前にも、近い話題としてChim↑Pomのいわゆる岡本太郎絵画に添えつけた「原発アート」の話題がありました。

これも同じく私は成功したとしている(というか基本こういうやり方もある、という人が界隈では多いのですが、社会との関わりもあって留保的な回答にせざるを得ない)のですが、権威を借りただけだどうだといろいろな反響がありました。

しかしながら、こうもたてつづけに同じような反応を見ていると、何かを感ぜずにはいられません。

藝術と法律というのは別レイヤーで処理されるべきものであり、例えば貨幣偽造にしても千円札裁判のようなものは、法律で裁かれるのはともかく、「裁かれたのだからこれは藝術ではない」と看做している人が一定数存在するような気がしてならないのです(すなわち、同じレイヤーとして法律>藝術という階層がある)

そして著作権違反だという申告をする人々らは、おそらくその人が裁判にかけられるということそれよりも、「こんな表現が藝術として認められるわけがいから、法律で裁いて非芸術にしろ」という動きのようにも見えるのです

それ自体はひとつリアクションなので、どうということはないのですが、様式美にハマっているような気がしないでもないです

(まとめ中で村上隆が「赤瀬川原平との呼応矮小化だ」とこきおろしますが、彼は矮小化意味をわかっていないのではないでしょうか?あるいは、本質であるところを意図的にずらして矮小化捏造しているのだろうか?もっとも、彼の態度は藝術と非藝術は明確な区切りがあると考える立場だと察するので、何か藝術階層から退けられる言葉があれば何でも良かったのかもしれませんが)


まあ僕の意見としては、こうして日本にも藝術が浸透していくのは大変喜ばしいことであり、みなさんどんどん騒いでください、というぐらいの感想です

2011-06-06

元禄時代に見る平成運命

元禄時代(げんろくじだい)

 

狭義には元禄年間(1688年―1704年)をいう

綱吉将軍権威を高め幕政を主導(この間大名旗本の改易断行)して,

固定化した制度・格式を改革】,勘定吟味役を設け幕府直轄領支配を刷新。

 

諸国国絵図・郷帳を作成(以降の相論裁許の典拠となる),

風俗取締まり・忠孝道徳の制札など 【幕府権力人民生活への徹底化】を図った。

 

この時期農業生産・商品経済の発展・貨幣流通の増大(元禄金銀改鋳)などによる経済成長期で,

町人層が台頭し元禄文化が開花した

しか側用人柳沢吉保(よしやす)の重用,生類憐みの令による【弊害が表面化】,

1703年の大地震,1707年の富士山噴火など【天災あいつぎ】,【幕府経済,世相などを次第に後退】させた。

2011-06-02

震災直後の経済お話再考~飲料水を引き合いに出して~

震災直後、

地震に乗じて値上げする企業を批判するのは違うでしょ。値上げによって本当に必要な人に数少ない商品が分配される。無料提供は素晴らしいことだけど、数が大量にあるからこそできること。

http://twitter.com/#!/GkEc/status/46853898253778944

というツイートが、軽く炎上した

私も、震災直後まだ親族との安否も覚束ないところで見た記事であるため、脊髄反射としてか見下してしまったのだ。

どちらにせよ、私が取った行動が変わるわけでもないので、少し落ち着いた今、私なりに考えてみたい。

貨幣と信用

震災時、貨幣の信用が毀損されていたか、というと今振り返ってみればそんなことはなかったと思う。

しかし、震災直後は著しく経済活動が停滞したことは事実である仙台駅前は都市機能こそ沿岸部に比して少なく、数日でスーパー開店するほどまで再開したが、流通の停滞、限られた資産の切り崩し、労働市場の損害など被害が甚大だったことは疑いない。(私の父は無事だったが事業停滞により退職となった。)

供給問題

さて、流通が停滞しているのだから、商品の分配の問題が浮かび上がる。寄付自治体などの尽力で一定の確保は見込めるものの、それでも頼りないだろう(だいいち、寄付は適切な分配以前に適切な供給が難しいという問題があるが、それは本旨ではない)

となると、適切に市場へ物資を供給するため、調整が求められる。具体的には非被災地の値上げによる供給抑制だ。それをせずとも、「被災地へ優先的に物資を回しています」というポジションをとれば値上げはしなくてもすんだかもしれないが。

が、だ。その時被災地でもあるが、比してダメージの少ない関東圏は衝動買いの只中にあった。流通機能のダメージが少ないにもかかわらず物が売れ、原発の影響から水が売れ。私の住む埼玉南部はいまだ水が売り切れるときがある。

適切な分配に際するいくつかの問題

ここから、実際のツイート解釈していく。

先にも書いたが、商品の値上げは企業が取りうる手段としては数に含まれる。これは供給量が減ったために必要な人へ物資が供給されないためのやむを得ない措置である特に関東圏では実施してもよかったのではないか、と今は考えている。

それをしないために次に考えられる措置は供給量を増やすしかない。

店舗側では購入制限の徹底も必要だろう。私の近くの某大手スーパーは、一時期550mlの水にまで購入制限がついたときがある。

震災以降のいくつかのスーパーの実例

ところで、いくつかの店を回ったところ、海外から輸入された水がたくさん売られていたのは多くの人が確認したところだと思う。コントレックスミネラルウォーターやヴォルビックなどが出回った。

しかし、日本消費者震災直後でもワガママであった。なんということだろう、硬度の高い水を購入せずに、比較的柔らかな水だけが売れたのだ。

結果として硬度の高い水、具体的にはコントレックスミネラルウォーター売れ残り、まあどちらかと言えばヴォルビックが売れる。そして、硬度の高い水だけが売れ残るという奇妙な光景が見られた。いろはすみかんフレーバーも残っていた。クラブソーダ(炭酸水)の方が売れていた。

最後の手段はやっぱり値上げ

店長もまさかこうなるとは思わなかったのではないだろうか。せっかく水を仕入れたと思ったら硬度で選ばれてしまった。軟水だけの供給量を増やせなどという要求を、まさか震災直後にされるとは思うまい

こんな生物に職を選ぶなだというのは言ってもムダだというのが骨身にしみたであろう。そう、人は選択と行動で表現されるのだ(某八月エロゲより)

となると次はどうするだろう。今のまま押し切るか?いやいや、今のままでもクレームが来るのに、そんなことをしてはそれこそ店の信用問題である

というわけで、次に出てきた水が   日田天領水   だ。

はまさかスーパーでこれを見ることになるとは思わなかった。なんせ、胡散臭い。一時期私の体調を気遣ってか祖父が「まあ使ってみろ(ドヤ」と段ボールで送ってきたのがこれだ。なんのことはない、料理に適した普通の軟水である

まあ、ブランドなんてそんなもんかと思いつつも「あ、おいし~い。さすがだね」と相槌を打ったのは忘れません。祖父もニコニコ。さすが日田天領水

しかし、値段が高い。2L一つで400円近くはしたはずだ。おねだん四倍(近くのスーパー基準)。

この高価らしい水を出すまでしないと、震災直後にあっても揺るがぬ消費者マインドを発揮した国民を満足させることは出来なかったということなのだ。

これぞ「三方良しである(棒)

余談だが、ある程度供給も安定してきた今となっては、このお水はただのお荷物に成り下がっています。起きていることは全て正しい(キリッ

まとめ

  • 天災が起こっても人間ワガママだよ、選ぶな、なんて無理だよ。
  • からどっちにせよ値上げは不可避だったよ
  • GkEcくん馬鹿にしてごめんね

おまけ

あのツイートを見て「被災地に水持ってって高値で売りつけるなんてヒドイ!」と脊髄反射した先生怒らないから手をあげなさい。


2011-05-19

貨幣+電力供給労働力の流動化

さっき思いついたのでメモ。もう誰か言ってるだろうけど。

産業革命労働力機械化されたわけだけれども、始めは設備が大掛かりなので流動化は難しかった。

電力供給が始まったことで、初めて、労働力が流動化した

それまでは、労働力を買うということは労働者を雇う、ということだったのが、電力供給により、機械を導入すれば人を雇わずに必要な分だけの労働を手に入れることができるようになった。

流動化すると、必要な分だけ買えば良いので、設備投資無駄がなくなる、小口でも買えるようになる。

ついでに言うと、

電力+コンピュータ頭脳労働の流動化

労働力の流動化は、はじめは動力として、最近頭脳労働(人の認知機能)として実現した

2011-05-08

世界歴史 ヨーロッパ近世の開花 中央公論新社

(気になったところだけメモ

スペインハプスブルク家の2重の契り

統合したばかりのスペインの国力を強化し、国境を挟んで緊張関係にあったフランスと対抗するために、ハプスブルク家に近づいた。フェルナンドとイサベルは生んだ子供のうち2人をハプスブルク家の人と結婚させた。その子供の1人がヨーロッパのかなりの領土を支配したカルロス1世(カール5世)だった。スペインは思いがけぬ形でハプスブルク帝国もいただくことになった。

カルロス1世が用意した官僚制

→多民族、多文化、多言語、他宗教国家だったスペイン(4分の1はスペイン語が話せなかった。ユダヤ人社会。またイスラム系住民はまだ底辺労働力として居残っていた)。毎日開かれる王の諮問会議。報告書、稟議書などの大量の文書。数千人の役人が働いていた。スペイン大学役人養成機関として発展し、16世紀始めに11あったカスティーリャ大学はその後の100年で33にも増えた。イギリスはそれと比べると官僚制を発展させず、大学の数も19世紀にいたるまでオックスブリッジの2つだけだった。

ポトシ銀山から銀を持ってくる能力

→銀塊をリャマの背に乗せて港近くまで運び、そこから小舟に移して北上パナマ縦断するためにまたラバに載せ替えて陸上移動、大西洋からやってきた、トレジャーフリートと呼ばれる船団に載せてスペインに向かう。季節、季節風も加味してこうした計画を周到に用意する。信じられないほど高度なオペレーション能力が必要とされる。

16世紀価格革命真相

→16世紀を通じて西ヨーロッパ物価は平均して5倍に高騰。スペインヨーロッパにもたらした銀が原因とされているが、違うとされている。原因は王室貨幣悪鋳・公債発行。そして人口がこの時急速に増えたものだから食料価格が高騰したことが原因。

印刷

金属活版印刷は1450年にドイツ発明。そこから1476年にイングランドに導入。カスティーリャには1473年に導入。わずか20年で違う国にまで技術が伝播した。この技術移転スピードほとんど現在と引けをとらないのではないか

イングランドスペイン産業システムの類似性。

→同じ羊毛生産を主力産業にしていて、フランドルへの原料供給国だった。イングランドロンドンの独占商人組合が一手にそれを集め、アントワープに出荷。カスティーリャでもおなじような独占組合が羊毛の生産・出荷を支配。北部の内陸都市ブルゴスに集積、フランドルに出荷していた。

スペイン経済的衰退の理由

アメリカから得た富を装飾や豪遊につかったというのは誤解。むしろ、絶えず起こっていた戦争オスマン帝国との戦争フランスとの継続的な戦争宗教改革の勢力、独立を目指す北イタリアネーデルラントの勢力などなど)への出費のせいだった。

アルマダの経緯

→同じ新宗教国家として、イギリスエリザベス1世はネーデルラント独立紛争に介入。7000人の兵を送る。1588年、スペイン王フェリペ2世は英国作戦を計画。大量の兵力を送り込み、ロンドンを一気に制圧する予定。当時スペイン領土も富の綿でも大国。小国イギリスに勝ち目なし、と当時銀行家たちは踏んでいたが、まさかの敗戦

オランダ発展の経緯

→16世紀半ばから新教によるオランダ独立運動が始まって30年。南部アントワープスペインの焼き討ち→北部アムステルダムに大量の人口移動、資本商業もここに集約。スペインの劣勢も追い風となりこの地の発展が促された。貿易国家として栄えた上、アントワープ以来の繊維産業も追随を許さない。

オランダによるイギリス嫉妬から名誉革命に至る経緯

→海洋商業国家オランダを潰す目的で制定したクロムウェルの航海条例(1651年)→翌年から20年に渡る断続的な戦争。→1672年にはルイ14世が陸・海で攻撃、オランダパニックに陥り経済も壊滅的打撃。数々の緊張が続く中、オランダイギリス侵攻を計画する。1688年、500隻の船、2万人の陸軍兵を伴ってオラニエ公ウィレムがロンドン上陸イギリス国王の座に収まった。これが、名誉革命のもうひとつの側面である

http://anond.hatelabo.jp/20110420232155

「1000万円を活かせるか否か」によります

奨学金返済期限(当初の予定返済期限)までに、貴方が資金運用によって、ほぼ確実に61,2000円以上の運用利益を出すことが出来るのであれば、奨学金を即時に返済しないほうが良いということになります

逆に、奨学金返済期限までに、1000万円を元手に61,2000円以上の利益を出すことが出来ないということであれば、即時に奨学金を返済することをお勧めします。

近年の低空飛行の日本経済を勘定に入れると、急激に貨幣価値が変化することについては、考慮する必要がないと思います。

2011-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20110427233516

つー賭けなんだよな

なんか貨幣に似てるわ

他の誰もが価値を信じているか価値がある

http://anond.hatelabo.jp/20110426063553

っつー賭けなんだよな

なんか貨幣に似てるわ

他の誰もが価値を信じているか価値がある

2011-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20110422110709

能力あるものがそれで満足するためにはそれが貨幣と代替性を持たなくてはならないわけだが

2011-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20110322122749

とりあえず俺やお前がそうやって書き込んでるネットは庶民の稼ぎじゃ使えないレベルになるんじゃね?

今の貨幣価値で言うと平均年収が100万円以下くらいになりそう。人口5000万でGDP20位なら。

もちろん、「結婚とかしねーし一人なら余裕www」とか言ってる非正規雇用の低収入の人たちは年収30万円くらいにはなるだろう。

あと当然生きていけなくなって死ぬ奴も大幅に増える。本人が持ちこたえても親兄弟親戚等が死ぬと当然影響を受ける。

社会保障なんて維持できるわけねーから国は何もしてくれなくなる。

2011-03-15

これがリフレ脳か

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ガソリンパニックデフレ可視化だよねぇ。今すぐ必要なガソリン貨幣)はそんなに必要ないのに、もしものときのために一応満タンにしておく(貨幣の退蔵)行動が起きる。でも交通量は減ってる(デフレ)。Mが増えてVが著しく減る過程やね。

アホか。これこそ物価上昇の期待だろ。リフレ派的には消費が活発化するはずだよな。そんなわけないから無理やりデフレに結びつける。ひどいもんだ。

2011-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20110228000952

まあ地方に限らなくてもいいけど、生産手段がある人間だけで経済をまわすより、生産手段を持たない人間も含めて経済をまわしたほうが規模が大きくなる。

ならない。日本資源国ではなく、食料を作るのに必要なガソリン・燐・種子などを外国から買っているために、自国だけで経済クローズできない。

したがって、外貨に対する可能な消費量というものが限られてしまうために 間接的生産を含む生産手段を持たない人間も含めて経済をまわしたあい経済学は大きくなるが、

外貨に対する貨幣価値が低下するために、数十年単位で見ると 相対的な規模は小さくなる。

つまり、それは、バブルなので、失われた10年を続けることになるので、辞めましょうという結論がすでに出ている。

 

この場合、間接的生産というのは、サービス業を含み たとえば、マッサージ業なども生産性に数える。

したがって、この場合の 生産手段を持たない というのは、 本当に何もしていないか、何かをしているが効率が悪すぎるというのを指している。

この分野に対して、自発的な効率改善をどうやって促すか?という命題に対して、自浄努力はなされないという結論に陥って、助成金打ち切りというのが今の流れ。

 

 

また、資源が一定であるという現実の前に、正確には中国インドの巨大な人工市場のせいで資源不足する。

ガソリンは言うに及ばず、砂糖などの物資すら不足することがもう現実のものになっている。という現状では、規模ではなく 規模と効率の並行が求められている。

 

ようするに、世界情勢が変化してゲームルールと評価方法が変わっているので、皆合わせてね。という話。

当然ながら、地方保護命題ではあるのだが、同時に、地方強化を行わないと、農業がこれからの新たな主戦場になるという次の経済戦争では

立ちいかないので、その辺を整理するための作業が今。

コレは農業だけではなく、その他産業も全てそう。 自浄努力で進むなら良かったのだがJALを始め自浄努力では不可能という結論になって、破綻やむなし。破綻してから資本投入して整理する。というのが今の主要な流れ。

 

というか、インド中国の台頭によって、前線だけじゃ戦力が足りないから、後方の人も戦闘員になってくださーい。という話であって。

国内にとじた話じゃないので、無理。

戦わないなら、前線である東京大阪破綻して 連鎖して日本破綻するだけだろ。

地方破綻して、東京が被害ないと思ってるのか! というのと、全く同じで  東京破綻して 地方が被害ないとでも思ってるのか? 放置すると東京破綻するよ? おまえら放置するの?って話で 話が全く逆なんだよね。

2011-02-13

鯖田 豊之 ヨーロッパ中世世界歴史9) 河出書房

ヨーロッパ中世とはどんな時代だったのかを、独自性と一般性を交えて、絶妙なバランスでまとめている。

本書の主要な記述の中で、特に気になったところだけ簡単にメモ

封建制度が成立するまで

ローマ帝国崩壊後、ゲルマンによるヨーロッパ治世は次々に短命に終わった。(東ゴート、フランク、西ゴート、ヴァンダル王国)。背景にはゲルマン信仰するアリウス派ローマ人が信仰するカトリックという宗教面の対立があった。上手く国がまとまらいままに、9世紀頃からノルマン人の侵入が始まる→略奪による領土の荒廃→国防は機能せず、地場権力者が城壁を作ってごく小さなテリトリーの防衛を行う→そこを中心に農民があつまり、商人があつまり、騎士が集まる。自治の中心が地場の領主にシフト国王形骸化)。

日本封建制欧米封建制と、一口に言っても違う。

ヨーロッパ騎士ドライ権力関係で主君とつながる。日本武士は忠義で主君に仕える。従って「二君に仕えず」が絶対だった日本とちがって、ヨーロッパは一人の騎士が複数の主君と契約を交わすのはざらだった。戦争の時でも、ヨーロッパ騎士は「●日間まで出陣する」と契約書に書いていれば、たとえ戦闘継続していても、途中で帰ってしまった。

ローマ貨幣制度ラテン語は残った。

地中海商業破壊されずに維持された。一方で、話し言葉としてのラテン語は、人々にリテラシーを身につけるボトルネックとなった。


国王」と「皇帝」の違い。

皇帝の方が一段上。皇帝キリスト教の神に認められた支配者。


騎士道」の盛衰

封建制の発達とともに、先頭の仕事が少なくなった兵士たちの間に生まれた。騎士時代遅れになるのは、1400年頃の100年戦争期あたりから弓矢や大砲技術が発達しすぎて、鎧の防御では間に合わなくなったためだ。彼らはぜいたくを美徳とした点において日本の「武士」とは違う。また、騎士は無学だった。文字が読める人間ほとんどいなかった。

十字軍」の疑問。なんで、400年以上も前から取られてたエルサレムをとつぜん取り返そうとしたのか。

→背景にはヨーロッパ全土へのキリスト今日のて。土着の神々をキリスト教の「聖者」として吸収(例えば、サンタクロース)。

十字軍の帰結。

→封建領主に対する王権の強化。代わりに法王権力は結局十字軍が失敗したことから凋落。

なぜその後イギリスフランスがまとまってきたのに、ドイツはままらなかったのか。

ドイツ皇帝海外侵略に熱心で、内政をおろそかにしていたから(特に地中海遠征。たとえばフリードリヒ一世(1152-90)のシチリア遠征)

2011-02-12

ホスニ・ムバラクが辞任。

政治家とは使い棄てられる道具でしかない。道具が道具であることを忘れて、勝手に動き出すと、最初のうちは手間が省けて楽であるからと、権力者である有権者達は喜ぶが、そのうち、自我を持った道具は道具であることを忘れて、主人であるかのように振舞いだす。

民主主義は、勘違いした道具を、血を流さずに替えられる仕組みである

エジプトのゴタゴタは、道具を替えるべき時に替えられなかった為に、グローバリゼーションによる貨幣価値の変動による悪い物価上昇で、政権打倒となってしまった。国際情勢を知らしめる程教育が十分ではなく、世界との関係を継続できる後継者を育てられなかったという点で、このような末路になるのは時間の問題であったが、後継者が育っていない以上、他に選択肢はないということで、寿命が尽きるまで、地位を保てる可能性の方が高かった。グローバリゼーションの後始末という形で、その時間が来てしまったのだけが、予想外であったのであろう。

後継者を育てる為に教育を整備し、競争を促進し、人材の層を厚くするというのは、国家組織を存続させ繁栄させるという目的においては正しいが、既得権益層の個人的な地位の安泰という点では正しくない。個人の利益国家社会利益とのどちらを優先するかという点で、ムバラクは凡人であったという事であろう。凡人にふさわしい末路である

政治家コロコロと変わると、政治を実行する行政が、道具である事を忘れて主人であるかのように振舞いだす。行政暴走を始めると、税金無駄遣いが常態化し、国家財政の規律が崩壊する。

政治家独裁させて、それを退陣させるという方向のほうが、取り替えが効く分だけ、良いのかもしれない。

政治家を変えても行政が変わらないというのが、民主主義先進国の宿痾であり、この問題の特効薬は、まだ見つかっていないのであった。

2011-02-01

グローバリゼーションの後始末、中進国・後進国編。

先進国においては、腐敗債券の処理を時間をかけて行う事で、何とかごまかすという方向になった。グローバリゼーションは、帳簿上のお金の問題であり、実体経済における影響は、実際に工場を失った日本以外にはとっては軽微であった事から時間はかかるし、不景気は続く事になるが、処理そのものは可能となっているという事にしてある。帳簿上の数値なのだから貨幣価値暴落させるインフレ政策によって、その被害を押さえ込むという事で、ユーロ米ドルは競って貨幣価値を毀損している真っ最中である。実際に工場を失った日本も、本来ならば貨幣価値暴落する筈なのだが、帳簿上の負債が余りにも大きすぎる欧米と、実体経済の不調だけが問題な日本とは、インフレのペースに差が出るので、相対的に円高となる。

先進国におけるグローバリゼーションの後始末は、貨幣価値の毀損によるインフレによってごまかすという事になったが、問題は、工場が流入して、分不相応な生活を行うようになった後進国・中進国の後始末である

一度上がった生活水準は、簡単には引き下げられない。生活を維持するには収入が必要であるが、その収入を維持する手法が、後進国・中進国には、存在しない。自力で経済を成長させられないか後進国・中進国であったわけで、経済成長を維持するには、工場の恒常的な流入がなければならない。しかし、もはや、どこから工場を持ってこれない。

国内産業保護するために、関税によって防壁を作るという保護貿易に対し、資本の自由化と称して国内生産化を行う事で、貿易に対する規制は維持したまま、実質的貿易を実現するという考え方であるが、投資対象国内需要を満たすだけでなく、そこから自由貿易が可能な地域への輸出も担えるようにするという、自国への輸入は規制しつつ、輸出は認めるというわがままプランが、アメリカ民主党の頭がお花畑な連中によってグローバリゼーションとして実現してしまった為に、後進国・中進国に、分不相応な経済成長が発生した

経済の成長は、人民を豊かにした。この成長は他国の失政の影響であると正直に話してしまっていては、利益を手に入れられないし利益を手に入れてしまえば、それは、政治の功績であるとして正当化しなければならなくなる。一度正当化してしまえば、経済が成長し続けるのが当然となり、成長が止まれば、失政として批判される事になる。

政治に対する批判は、とりあえずのガス抜きはなるが、本質的な解決にはならない。政治家が溜め込んでいた私財を吐き出させても、到底、国家経済を維持するには足りない。生活レベルを落とすか、血のにじむような、それこそ、過労死が働き盛りの労働者の死因の第一位になるような努力を行うかという選択をしなければならなくなるのだが、そんな努力ができるくらいならば、自力で工業立国が出来ていた筈であるから、当然無理となる。

革命を行い、独裁政権を倒して民主化しても経済は回復しないとなれば、その反動は、等しく貧しくなる事を正当化する共産主義革命へと向かうかもしれない。

努力したくないが、これ以上貧しくなるのは嫌だという目的において、国家社会主義(Nationalsozialismus)や共産主義という考え方は有効であるし、鎖国も絡めれば、ほぼ万全となる。他国が豊かになる分だけ、相対的には貧しくなるが、そこを、鎖国による情報統制でごまかせば、政治的には安定させられる。情報の自由化が、貧富の格差認識させ、社会不安定化させる原因であるというDystopiaを発生させかねない。

情報統制に失敗すると、他国との格差を埋める為に、侵略戦争民族差別のような、国民の不満を自分以外の存在に向けて失政をごまかすという手法が発生しやすくなるから、そういう人々の国家・集団は、そういうものなのだとして距離を置き、圧倒的な軍事力によって、それぞれの領域内で何をやっても構わないが、外に出てきたら只では置かないという、傍観主義をとるしかなくなる。

善意溢れる思い付きであるグローバリゼーションは、先進国においても、後進国・中進国においても、人民モラルを壊しただけだったという結論になるであろう。

2010-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20101204021819

人の事をとやかく言う前に、君自身がもうちょっと文化勉強した方が良いと思うぞ。

左がかった教師に教えられて、賢いつもりになった高校生しか見えない。

 

天皇制自体中国意識した制度

 

中国の、なんという制度意識してるんだよ?

そもそも「天皇制」なんて制度は、この日本には存在しない。

 

あえて言うなら「皇室伝統」。

 

 

政治文化宗教日本はずっと中国の影響を受けてきたわけだし、

>暦や貨幣中国の物を長いこと使ってた。

 

それ以前に「中国」って何、って話だな。

中華人民共和国は建国してから半世紀と少ししか経っていないぞ。

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