はてなキーワード: 格差拡大とは
もはや「保守の旗頭を名乗れば正義だ!」みたいなので奪いあうために好き勝手な定義してるからな。
そもそもは、100年前の自由主義が格差拡大と恐慌、不景気を創りだした。
そこで、ケインズ主義とマルクス主義が生まれて自由主義は放逐された。
ケインズ主義は政府が金融政策、国の借金、税金で金回りを調整した。マルクス主義は全部国が管理をしたほうが良いという形だった。
ケインズは自由主義から変化が少ないから保守、マルクスは自由主義から変化が多いから革新だった。
だけど、マルクス主義が失われた。で、元ケインズ主義政党だった自民党が100年前の自由主義の焼き直しの新自由主義に大きく転換した。
大きく転換するのは本来革新なのだが、保守政党だった自民党を乗っ取ったから何故か保守ということになってる。
正直、政治で保守、革新なんて区分は、俺の敵か味方か、敵なら攻撃する、味方なら俺の意見に同調しよというたちの悪い同調圧力の素材でしか無い。
2) 平均年収
日本人の平均年収(この政府統計が偽装データでないことを願う) 418万円 ただし年収の中央値は下がっている模様、つまり格差拡大が続いている
韓国人の平均年収 韓国国税庁によると、給与労働者の平均年収は7680万ウォン(約580万円)程度
次いでソニーが約8兆円
(2015年時点で中国4行、アメリカ4行、日本1行、イギリス1行、スペイン1行、オーストラリア1行)
1. Wells Fargo US
2. Industrial & Commercial Bank of China China
4. China Construction Bank China
6. Agricultural Bank of China China
8. Bank of America US
9. Citigroup US
10. Commonwealth Bank of Australia Australia
いや、今の時点で右翼だの左翼だの名乗ってるのは、国民生活や経済と関係ない明後日の方向ばっかり見てる連中だろ。
右翼は海外との揉め事や、数十年前の戦争や、富裕層のほうばかり向いて、左翼は海外の弱者や見たこともない少数弱者の方だけを向いている。
マスとしての国民はどちらも向いちゃいないし、右翼だの左翼だのを名乗ったり、どちらかに分類しようという時点でバカにしてかかるべきもの。
封建主義批判として自由主義が生まれた。だが、自由主義は格差拡大と景気の長期低迷を生んだ。
解決策として政府が政府自身の借金と、税金と、金利政策で需要を調整するケインズ主義と、政府がすべて管理するマルクス主義が取られた
で、その時としてはケインズ主義が右翼、マルクス主義が左翼となった。
マルクス主義は破れたが、ケインズも、勝つ直前のオイルショックで、批判を受け、自由主義の新自由主義に乗っ取られた。
また、左翼は経済はもうガン無視するようになった。右翼も新自由主義政策ばかりを繰り返し景気低迷と格差拡大を生んだ。海外との揉め事は現実から目を反らせるためとすら思えてくるね。
フランス革命後の議会由来だというのはそうだが、フランス革命後の時点では保守対革新じゃなくて、重商主義者、対弱者重視者だと思う。
消極的自由主義(規制自体をなくす)VS積極的自由主義(結果的に自由に生きられるようにする)
とでもいいが。
ただ、封建主義を破ったあとの自由主義が格差拡大と景気低迷で行き詰まった。
解決策としてケインズ政策(国が国自身の借金、税金、金利政策で需要調整を行う)とマルクス主義(国自身が全部管理する)に分裂した。
上記の重商主義者の枠組みがケインズになり、弱者重視者がマルクスに流れていった。
相対的に自由主義から変化が少ないのがケインズで、変化が多いのがマルクスだから、保守対革新という枠組みになったが派生的なもの。
マルクスは結果的には負けたけど、ケインズもかつ直前にオイルショックがあって新自由主義に乗っ取られた。
で、ケインズ乗っ取り新自由主義が右翼を名乗ってる。だが、うまく行っているものから徐々に変えていくか、教条的に変えていくかであれば新自由主義は革新だ。
ゆえに、1980年代以前のケインズVSマルクスの時代だったら重商主義者=ケインズ=保守VS弱者重視者=マルクス=革新でよかったが、
また、重商主義者対弱者重視について、新自由主義とケインズ主義では、新自由主義=右翼が重商主義者で、弱者重視者=左翼がケインズとなる。
もともと封建主義批判として自由主義が生まれた。自由主義が格差拡大と恐慌と景気低迷を発生させた。それ批判として生まれたのがケインズとマルクス。
国による財政出動と、累進課税などの税制と、金利政策を用いて改善させようとしたのがケインズ。国が全部調整しようとしたのがマルクス。
1940-1980年台の右翼といえばケインズで、左翼といえばマルクス。
ケインズ政策は大成功を収めたが、1970年台のオイルショックに対応できないからとまた批判された。で、かつての自由主義の再来の新自由主義に右は乗っ取られた。
ケインズ政策末期においては、格差も薄れていたため、左翼は経済政策からは完全に目を背けてほそぼそとマイナー弱者や海外の弱者のことに目を向けた。
大体同じだけど、新自由主義はちょっとだけ金利操作などの技法を入れた。また、一部だけケインズの知見を入れてる。
だけど、国民生活に干渉してはならないという前提なので、金持ち減税、企業減税は著しい。
金利操作は0近郊ではほぼ無意味になる流動性のわなという現象があるのだが、もろそれに近い状態になっても企業の設備投資が起きないということになっている。
ケインズにより、国全体の貯蓄(資金余剰)と投資(資金不足)が一致するということが示されている。で、企業が設備投資をしないところかため込み、家計もため込んでる。
そのもとだと政府しか投資、つまり資金調達して事業する主体がいないのに、新自由主義の下政府の財政均衡を叫び、案の定そのたびに景気の墜落を発生させている。(小泉自民党、民主党)
小泉自民党は口がうまかっただけで、やってるのは民主党と同じ。
まあ、金持ちが税金とられるのが嫌だからというのはわからんことはないが、せめてため込ませないようにさせんと、金回り(貨幣の流通速度)は低下し続けるだけ。
何も決まらない状態も良くないから、混沌としている状況ならトップが判断下してまとめざるをえないことも有るし、権威主義も絶対悪ではない。
ついでにいうと、日本の右翼だの左翼だの、革新だの保守だのリベラルというのは、
自由主義の結果不況と格差拡大と戦争突入で、自由主義にケインズとマルクスという2つの解決策が出て、その2つが競っていた時代の産物。
マルクスが負けたのはそれはそうだが、ケインズもオイルショックに対応できなかったから新自由主義に乗っ取られた。なお、乗っ取られた結果が失われた30年。
その文脈でケインズ(保守)対マルクス(革新)なんてものがあったが、保守側もかつての保守であったケインズじゃない全く別物となっている。
それ以前に「この旗頭は俺のものだ!俺は正しい!だから、俺の言うことには何でも賛成しろ!」というのはやってるやつは心地いいから、そういう権威主義に持ち込みたいんだよね。
あと、バカはバカのままでも俺つえーやりたいから、そういうのっかかれれば俺つえーという旗頭を探してウロウロする。故に、目立つ旗頭には大量のバカが集結する。
あと、経済は金の量(マネーサプライ)×金の回転数(貨幣の流通速度)だ。
安倍になって金の量を対策しだしたのは正しいが、企業、個人が受け取った金をさっさと次に回すかも大事。
安倍以前は本当に自由にしたら経済は勝手にうまく行き出す。国家による誘導はダメだ。という無知放任だったからな。一歩進めたのは正しいと思う。
だが、金持ちや企業はほっとくと貯めこむ。だから、高累進課税と高法人税は必要。
「褒めて気持ちよく使うようにせよ」とやって、金持ち優遇しまくった結果がこの失われた30年。
寄付とかを考えよとか言い、一定正しいが、金の回転が一番大事なのだからまず高累進と高法人税に戻すのが先。
フリーハンドの法人税、富裕層減税はただ溜め込まれるだけに終わるということが立証された。
ま、高累進課税+厚い寄付控除までは正しいよ。だけど、両方一緒でないとならない。
マルクスは負けたというが、新自由主義だってオイルショックでちょっと躓いたケインズを乗っ取っただけ。今の長期不況はオイルショックの比じゃない。
もともと、マルクスもケインズも、自由主義が不況と格差拡大で戦争にまでなる欠陥の批判で世界中で採用されたもの。
マルクスは確かに負けたが、ケインズだったのは1980年代まで世界中で40年経済成長を続けたな。新自由主義に切り替えて30年低迷だが。
自由主義が格差拡大と景気低迷をおこし、さらに挙句の果てに一部の国は戦争に突入していった。
で、マルクス主義が起きたが、資本主義陣営もケインズ主義に移っていった。
ケインズ主義はオイルショックに対応できないということで、新自由主義に乗っ取られたが、今の長期不景気はオイルショックの比じゃないほど害悪。
小泉の郵政選挙でケインズ主義者は全員追い出された。あの追い出しがなければ、日本は復活出来てただろう。
もともと自由民主党というのは、自由党と民主党の合併でケインズ主義時代に生まれたものだから。今は1980年以前とは全く別物の新自由主義政党。
で、マルクス主義に勝ってる!マルクス主義に勝ってる!というが、じゃあ、ケインズ主義に比べては?
ケインズ主義は1940年ー1980年の好景気と成長を作ったが、、新自由主義は1990−2010年の長期不景気を産んだね。
単に、「政治をまともにするより敵を作って群集を怒らせて暴走させる政治が良い」と悪い意味で政治家が学習してしまった結果でしょ。
いや、ナチスのやり方を巧妙に学んで真似したというか。
日本もアメリカもケインズ主義時代はそれなりに経済運営もよく行っていたが、新自由主義に転換して金回り(貨幣の流通速度)の悪化と格差拡大と景気低迷が起きた結果不満が起きた。
で「今までの政治が悪いんだ!」と敵を作って怒らせて暴走させたらそいつが人気がでてしまった。
更に後の政治家もそれを学んで、世界中が怒らせて群集を暴走させる政治になてしまった。
ただし、怒らせた群衆は馬鹿だ。更に、怒らせる方向に集まる取り巻きも馬鹿だ。
杉田水脈がLGBTの馬鹿な批判をしたり、ネトウヨ出版社と労働系総抱えてる弁護士に懲戒請求かけて、弁護士が反撃して損害賠償請求した。
「あれは真の保守ではない!真の保守は云々カンヌン!」みたいに総崩れだがな。
今では、石破が左翼だの、オリンピック反対が左翼だの、誰かさんに異論を唱えたら左翼で社会の敵だみたいな雑な定義になってる。
おまえらのやってることなんて格差拡大の装置にしかなってねーんだよ。
インターネットが新しい産業になって社会を変えるなんて息巻いたのはもう何十年前だよ。実際にインターネットで起こっているのは格差拡大と嫉妬、怨嗟、承認欲のるつぼで地獄じゃねーかよ。ネットで民主主義も変わるとか言ってた人もいるが結局はさらにタコツボ化が加速して自民党支配のそこらへんの村社会と同じじゃねーか。
SNSが自由な発信の場だとか言ってるお花畑連中もどんだけ自分の無謬性に無警戒なのか笑うわ。おまえらの自由ってのはおまえらが見たいものだけ見て村化する自由だろ。そんなのは昔から各地で点在してたんだよ。それがインターネットを介してるから新しいんだってアホか。おまえらは所詮人間なんだよ。
クソクリエイターどもも一緒だよ。ネットでクリエイト云々なんて言ってるけどおまえらの創作物なんて他人の時間を無意味に奪うだけのクソシステムにしかなってなくて功利的に人類の幸福にまったく寄与してねーんだわ。残念ながら。クソ言論も一緒だよ。おまえらの言ってることなんてすべて過去の歴史に存在していてネットで得る思考とか価値観なんてものはニーチェやサルトルの足元にも及ばないわけ。
クソオーソライザーどももだよ。ランサーズとか完全に格差拡大のクソ業者だろあれ。バリューとかタイムバンクも一緒だよ。おまえらのやってることは市場化してその市場の恩恵のかすみをすくってるだけでいっさいの社会的意義なんかないんだよ。どれだけ綺麗なオフィスで承認顔して仕事してんのか知らねーけどな。
ゾゾタウンもヤフーもアマゾンもてめーらみんな同じだよ。権利市場化することで需要の奪い合いに着手して金儲けしてるだけでなんの意義があんだよ。てめーらのクソ市場のせいでせどりとか転売するクソが増えてクソが出す注文のせいでトラックの運転手が月給20万で家にも帰れず運転してんじゃねーか。クソ死ね。
インフルエンサーも同じだよ。そもそも人を啓蒙しようとか私は人に影響を及ぼせる人間だとかいう人間がクソほど嫌いなんだけどよ。おまえらのやってることも結局需要の奪い合いでしかねーじゃねーかよ。どんだけ自己肯定感つよいんだよ。その自己肯定迷惑だからやめてくんねーかな。
インターネットが自明だとか時代だとか自然だとかいうクソ言い訳はもう聞き飽きたよ。定量的、功利的に判断してインターネットで巻き起こっているすべてのことはクソだろ。ビジネスにしてもSNSにしてもてめーら結局金と承認が欲しいだけなんだろ。いちいちお題目みたいにクソ理念を綺麗な表情で唱えてうざったいんだよ。じゃあな。クソインターネット。
狂気のゲリラ的バブル型住宅高騰が発生している横浜市は、地価の高騰が社会問題になっている川崎市と隣接している。その川崎市に隣接しているのが東京都。再開発&地上げラッシュが起きている地域だ。通常では考えられない問題が、奇しくも同時期に、近所で起きている。
都市部と地方の格差拡大問題はすでに多くの人に取り上げられてきたが、ここにきて、大きな問題として浮上しているのが、都市問題である。見えてくるのは「負のバブル化する東京圏」という問題だ。
東京圏というと、日本の中心とか、観光地のすがすがしさや、文化情緒などをイメージするものだ。そしてそういう豊かさもあれば自然も文化もあるような、勝ち組の豊富さにひかれた人々が集まった結果日本国民の20%が住む人口の規模に発展を成し遂げたのも事実だ。
ところが、そういう魅力のあった時代は、どれも2011年より前に偏っている。東京都内だって、2012年以降はハッキリ言って無機質な再開発が進むだけで、池袋にせよあるいは下町の極北として知られる23区東部にせよ、その時代は昔に偏っている。
東京圏には街ごとの序列意識がある。実際には、地価も安く店舗や交通網の多い郊外や下町地域の方が住むにはいい場所で、むしろ山手線の内側や中央線沿線の西側は治安リスクとインフラ事情の貧弱さによる問題や何より高齢化の問題を抱えているのだが、東京圏はとにかくそのような事情を無視するのである。
私は2011年以降を「東京圏の黒い時代」と名付けている。都市圏との境目までは延々と個性ある光景が広がる。境界線から都市側に行くと、ある段階で急にその流れが終わる。神奈川県を抜けたら、山手線周辺に入ったら、埼玉県や千葉県を抜けたら、急に、歴史ある土地柄とは思えないファスト的風景や無機質な風景になるのである。
地域性がハッキリしているのが日本の都市とは言われている。阿佐ヶ谷や亀戸のように、駅名だけでイメージがつく。八王子なら高尾山の風光明媚さ、立川なら公園みたいに。しかし、東日本大震災以降の、「東京圏の黒い時代」は、はっきり言って、似たり寄ったりのものが増え続けているのである。
私は東海道線で横浜から東京に行くたびに、電車を降りて駅を出て歩いたときに見かけるあの「同じ都市風景」に、思うことがあった。赤羽でも、秋葉原でも、新小岩でも、渋谷でも、練馬でも、そして東京都の外の川崎や横浜でさえも、既視感のある風景。特別な理由があるわけでもないのに妙に没個性化していて膨大な人や金が凝縮される感じ。
「たまたま職場に近かったから」「たまたま学校に出やすいから」「たまたま住みやすい家があるから」「たまたま生活に便利だから」という、都会人の生活に至る中継点としての、半端な利便性、関係性を抜きにすればあまり成立しないところに、いびつな成長を遂げた姿があるのである。
こういう場所で、このような社会問題が連鎖して起きているということが、私にはとても気がかりなのである。昭和の裏社会もののようなイメージもあるバブル期ではなく、アベノミクス時代の方が実は事態が深刻で、市民が悲鳴を上げていて、頻繁にクローズアップされる現実は、日本人として見過ごせない。
大阪などよりは景気がよく、おまけに賃金水準が日本でもトップクラスで、多様性もある。その代割り、それ以上の価値はあまりないという場所に生きる日本人たちは、いったいどのような意識を形成するのだろうか。私とその家族も、あなたたちも、ほぼ同じ環境にいるはずだ。
しかし、2010年代くらいになると、地方にしかなかったファスト風土的光景が一気に都市部に広がり、凝ったチェーン店や文化はより高次のニーズを満たす街中のそれらに客を奪われる形で潰れ、貧困の高齢化、多文化共生などのあおりを受け、都市部の繁栄の広がりは陰りをみせてきた。
オタクだったら池袋と秋葉原の関係。池袋の方が本来は規模が小さいが、力をつけている池袋側のオタク文化に歴史や多様性以外なにもない秋葉原は負けてしまう。オタク系企業も西に移っている。そして西側の方が多様化が進んでいて成長が著しい。結果秋葉原文化は6年ちょっとでどうなったか。もう、電気街さえ。
じゃあ池袋がいいかというと、多摩地域と同じで一定のインフラ群はあっても、妙にひっそりしていて、千葉の都市部をもっとオーラを悪くした感じなのである。昭和時代に無機質に造成された建物がくすんでいる。人口も減りかけているだろう。
限られた都会の極地以外は、過去のように「勝手に集まって勝手に増えて勝手にぎわう」流れは通用しないでいる。とにかく輝きといえるような流れも何一つない。
しかし、大阪と違うのは外からの「東京圏は人口が最も多く、資源に富んでいて、日本の中では一番豊かで洗練されていて上等な部類に位置している」というイメージはあるということで、やはりギャップに葛藤するのである。不都合な現実、分断、ゆるやかな荒廃。こういうのを一番痛感するのが私たちだ。
でもこの「東京圏の黒い時代」にこそ、社会の急激な流れを感じる人が多い。現在では過酷なセクハラが常態化し「セクハラされた男社会4ね」という女性の叫びがネット上に飛び交う。
この「東京圏の負のバブル化」を本気で考えなければいけないのが、今の東京圏の現状だと思う。これらの場所がオーラを改善させ、2000年代までのような自・他ともに認める固有の性質を各地が確立でき、いびつな偏りのない競争が起きるくらいまで調整する役割を、私たちは放棄してはいけない。
世帯で課税というのを見て、単純に不公平が解消されたと思った。
日本では累進課税を取り入れているので、同じ世帯収入1,000万円でも、夫500万円、妻500万円と夫1,000万円、妻0円では世帯収入が同じであっても課税額が全然違って不公平だと思ってた。どれくらい違うかは計算してみればいい。
https://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/2260.htm
ちょっと前まで格差拡大が騒がれ、格差の拡大がいかに社会不安をもたらすかが取りざたされていたけれど、配偶者が高額所得者であってもやすい税率で計算した手取りがもらえることになるので、配偶者の稼ぎに関係なく安い所得税が惹かれた手取りを得て、世帯間の格差を助長すると思ってた。
配偶者控除は世帯収入に対して影響を与える制度で、世帯収入額が同額でも働き方で課税額が変わるという不公平さで暴動が起きないようにするための黙らせ役だと思ってた。
配偶者控除を廃止するというのは増税になるから嫌だという思いは多少あるが、世帯で課税するとなるとこの不公平感が解消されるので、納得感がある増税になっていると思う。