はてなキーワード: 小中学生とは
私は認識負荷が高い容姿と軽度の吃音持ち。小中学生のときは肥満が追加される。小中学生のとき散々キモいキモいと女性から言われてきた。男でも言うやつはいたが、徒党を組んで「増田を嫌う会」レベルのことをやってくるのは女だった。母親からも(兄と比べて)嫌われてたので、女と関わったら不幸になる、と15歳まで刷り込まれて育ってきた。
高校に入って、直接的な容姿に対する悪口を全く聞かなくなった。親からの距離もいい感じに離れ、女性が別に敵ではないと気づいてしまった。当然ながら恋もしたが、どうやってアプローチしたものかわからんから、凄く下手糞な距離の詰め方したなと反省しきりである。当然うまく行かない。誰かと喋るときに「キモい」で返ってこなくなっただけで吃音はかなり軽くなったし、肥満も解消したが、まあ頭蓋骨まわりの皮と肉は個性的な造形をしてる。大学以降もまあうまく行かない。ああ、私は恋愛事に向いてねえんだな、っていうことを自覚して、あんまり関わらんようにしてる。
で、なんで恨みが消えないか、だ。簡単だよ、「非モテはキモい」「キモいは容姿じゃなくて言動」「だから非モテでキモいんだよ」「キモいのは加害」「普通の感覚持ってたら非モテにならない」これだよ。散々容姿と吃音でキモいキモい言ってくれてたのに、これ?
いや、別人だよ、分かってるよ。散々キモいキモい言った奴らと、「非モテは言動がキモい加害者」族は別人だよ。でもこれは本当にキツイ。何がキツいかって、何やっても「キモいお前が悪い」とされてきた「増田を嫌う会」と凄くソックリなのよ。徒党を組んで「キモいと言う」「無視されても反応されても馬鹿にする」「賢しらにキモいお前が悪いと言う」「賢しらに悪口に反応するのがキモいと言う」「そういうとこだぞ、でとどめを刺す」、完全に相似形なのよ。
今までやり返したことなかったから、もしかしたら呪いが解けるかもしれない。増田だし、1回やり返してみるか。
男から一方的被害を受けてると思い込んでる被害妄想女、そういうとこだぞ。被害妄想じゃない?お前が加害されるのはキモいからだよ。容姿じゃなくて言動がキモいの。加害者なの。それを批判されたからって「女だから攻撃された」って思い込んでるんだろ?そういうとこだぞ。
全然スッキリしねえな。自己嫌悪が深まるばかりだ。死ぬしかねえのかな。
筋トレ万能論者、ホントどこにでも湧くな。どうせ筋トレ社長のバカ信じてるんだろ。あれスピリチュアルだぞ。適度な運動が肉体的にも精神的にも良いのはたしかだが、それだけだよ。スピリチュアルで幸せになりたいならご自由に。他人に筋トレすれば世界が変わる!筋トレこそ解決策!ってそのヒョロガリボディで勧めてなよ。小島瑠璃子にでもキレてろよ。私は世界なんか変わらなくてもウェイトトレしてるから。
タイトルの通りです。
過激派フェミニスト(インターネット上で「似非フェミ」「ツイフェミ」と揶揄される人達)がジャニオタをやっているのを見ると、そのダブスタっぷりに引く。
男性の女性に対する性的搾取を激しく糾弾する傍らで、ジャニーズタレントの身体的特徴を「エロい」という観点から語ったり、タレント同士のBL妄想を書いたり。中には「ジャニーズタレントとセ○クスするとしたら」といった文章さえ散見される。自分は性的搾取バリバリにするんかいwwwと苦笑してしまう。
「ジャニーズには女性への性的搾取が無いから好感を持てる」という意見を見たこともある。しかし、ジャニーズには、小中学生の男児に水着でパフォーマンスをさせる等の「男性への性的搾取」といった側面を孕んでいるはずである。なんなら、ジャニー喜多川氏は少年への性的虐待を裁判所によって認められている。
「罪を犯したことのないものだけが罪を犯したものに石を投げなさい」という言葉があるが、私は「罪を糾弾する権利」は誰にでもあると思う。しかし、彼女らは「石を投げたその手で似たような罪を犯している」ようにしか見えない。
ただ、「女性は虐げられてきた立場なので、男性は決して被害者にはならないし、女性は決して加害者にはならない」という考え方も世の中には存在するらしいので、彼女らがジャニーズタレントに対して行っている性的搾取は罪にはならないのかもしれない。
もしくは、「自分を性的搾取してきた男性への復讐」なのだろうか。そうだとしたらとても悲しい。
それは、「『モテなかった』等女性へのコンプレックスを持つ男性が、女性蔑視発言をしたり風俗で働く女性を蹂躙したりする」ことと何が違うの?
自分はそこそこ良いものを描いてるはずなのに、伸びない、いいねRTがもらえない。
そう感じて苦しんでいる弱小絵師の方に、この記事が届けばいいと思う。
私は以前、自分の画力について、コンプレックスとねじ曲がったプライドに苦しめられていた。
原因ははっきりしていて、小学生のころからの幼馴染が、神絵師だったからだ。
私もそれなりに上手い方ではあったけど、幼馴染は小学生のころからプロレベルに上手かった。
よくある地獄だよね。
誤魔化しようがないくらいとびぬけた画力を持つ彼女も、計り知れない孤独を抱えていただろうな、と思う。
当時は今みたいにネットが普及していなかったし。
私は彼女の孤独を理解し、画力は尊敬しているけど対等な友達として接するように心がけたし
彼女も画力の面ではどうあがいても格下の私を、決してバカにしたりせず、対等に扱ってくれた。
一目でレベルの差が浮き彫りになるもん。
当時小中学生だった私はお絵かきに夢中で、気持ちの比重を多く割いていたから
心の底で煮えたぎる嫉妬心を彼女にぶつけないように、自分を律するのは本当に辛かった。
もはやお絵かきが好きなのか、自分でも分からなくなるくらい、生まれ持った才能の差を恨んだ。
とまぁ、そんな土壌の上に形成された私のお絵かきへの想いはそりゃもう屈折していた。
高校、大学生へ進むにつれ、私の中でお絵かき以外のものの価値が上がり、
多少コンプレックスも解消されたように感じられたが、ねじ曲がった自尊心の根本的な解決にはならなかった。
社会人になり、お絵かきへの気持ちの比重がより薄くなったころ、ふとしたきっかけで有償依頼を受けることになった。
私はお絵かきが好きだけど、極端にハマりにくいため、コンスタントにジャンル難民になっていて
とにかくお絵かきがしたくて匿名掲示板に出ていた募集に応募した。
絵師なら誰しも、興味ないのにがんばって自分の絵を褒めてくれる友達に申し訳なく感じたことがあるひと、いると思う。
でも、有償依頼は向こうはお金を払う側だから、気を遣って褒めてくれることって(ほぼ)ない。
次回、また依頼が来たなら、それは間違いなく良かったと思われている証拠だ。
(後、自分で本を出すほど時間も気力も取れないが、絵一枚で本作りに参加させて頂けるので
さらに、企業案件を受けるようになり、より自尊心を満たされるようになった。
なぜなら、企業案件は自分の画力がどの程度なのか正確に判断できるからだ。
自分の画力で楽勝な案件だったら、担当さんめちゃありがたがってくれるし、次の依頼が来る。
自分の画力で及ばないレベルの案件も、担当さんの反応で分かるし、次の依頼が来ない。
旬ジャンルか、人気カプか。
ねぇよそんなん!!!こちとら猛烈にハマりにくい上に、地方住まいの子育て世代じゃいっ!!!!
もちろん、運の要素は多少はあるけど、それでもSNSで専業神絵師と同じ土俵に立つよりはマシ!!!
かくして私は自分の承認欲求を有償依頼で満たすことに成功した。
いいねRT乞食になることなく、趣味アカで悠々自適なかんこなオタクライフを過ごせるようになった。
もちろん、性根はそう易々と変われないので、忘れていたコンプレックスを刺激されることはあるけれど。
それでも十分救われた。
後、先にも述べたように、子育て世代なのでこのご時世、在宅で普通にパート行くよりは稼げるから、現実問題助かっているっていうのもある。
ちなみに、幼馴染の神絵師はシンプルの性格が良い上にトークも面白くて最高の人間だったので、友達を止めるという発想にはならなかった。
腹の底に沈むドロドロした感情は、堪えても堪えても、きっと漏れ出ていてしまっただろうから
多分、何度も彼女を不快にさせてしまうことはあっただろうけど。
彼女は出来た人間なので、それを指摘することはなく、今でもそっとしておいてくれてる。
私たちは今、お互いに子育てしつつ、彼女はお絵かきを本職にはしなかったけど、副業でたまに絵を描いている。
未熟な私の数々の失態を見逃し、今でも独りよがりになりがちな萌え話に付き合ってくれる彼女には心から感謝している。
ということで、自分はそこそこ良いものを描いてるはずなのに、伸びない、いいねRTがもらえない絵師さん。
そこそこの画力があるのなら、数打てば必ずどこかが拾い上げてくれるよ。
資格勉強ならば、体系的にまとまった書籍や試験範囲があるので、書籍をとっかかりとして勉強しやすいだろう。しかし、「就職」を前提としたプログラミングの勉強だと、たちまちにハードルがあがる。
言うなれば、週末に趣味でやるレベルではなく、「実務レベル」という到達目標があり、なおかつ肝心な「実務」について一切想像ができない。周りにエンジニアはおらず相談ができない。
ほんまこれやね。
「何を作るのか?」によって、同じプログラミングといっても必要になる知識量が全然違う。
Webプログラミングは簡単な部類なので中学生でも習得できる。独学も可能。これに70万円も学費を出すのは情弱でしかない。
(バイオインフォマティクスとかだと、プログラミング以外の専門知識が大量に必要なので一気に難易度が上がる)
素人向けに「プログラミングすごろく」=分野別のゴール(成果物)に至るまでに揃える必要がある技術要素のリストが必要ですね。
こういう地図をWeb、AI、ゲーム、IoTとか分野ごとに用意してあげればOK
本を読んでも理解できない人は、まずは月額1,000円程度の課金+質問サイトを利用してみたら良い。
話が長くなるから、たった1つだけ秘訣を紹介すると、プログラミング上達のコツは「嘘をつかないこと」
人間と違ってコンピューターは、曖昧な指示や間違った指示を出すとエラーを吐いて、こっちが思った通りに動いてくれない。
人間相手なら、適当な指示や騙すことも可能だけど、コンピューター相手だとハッタリは1ミリも通用しない。
これが大きな特徴=壁になっている。
いろんな人を見て思うことは、嘘つきはデバッグ作業(プログラムの中にある間違いを訂正する作業)がうまくできなくて、結果的に達人プログラマーになれない。
これってプログラミングができる人にとっては当たり前の話でしかないので、特に強調されることがないんだけど、だからこそ素人向けには重要な説明のポイント。
プログラミングって所詮は人間が作り出した技術でしかないので、仕組みは調べれば全部分かるようにできている。言うほど難しいものじゃない。
小中学生のときは部活の友達と仲良くしていた。クラスにも一応居場所はあった。
高校生のときは、スクールカースト一軍グループに所属してムードメーカー的立ち位置にいた。
大学生のときは、学校で授業を受けるときはいつも一人だったが、学校外のアルバイトや趣味の友達はいてよく飲みに行ったりした。
コロナの影響で、自粛生活になり、外出ができない分オンライン飲み会が流行している。
この1ヶ月間一度もオンライン飲み会に誘われなかった。自分からも誰を誘っていいか分からなかった。
そもそも、オンライン飲み会ってどういう流れで始まるの?どういうきっかけ?
大人になってから友達は数より質が大事だから、数少ない友達を大切にしようと思っていた。
思いは一方通行だったのか。
今まで学生生活に仲良くしていたと思っていたけれども、相手はその場限りの友達だと思っていたのか。
はたまた、私自身が友達付き合いを疎かにしていたツケが回ってきたのか。
ほんとうは、私が誰のことも友達だと思っていなかったのか。
思い返してみれば、飲み会の約束も自分からしたことほとんどなかったな。誰かからの誘い待ち。
だって、飲み会に誘って断られるの怖いじゃん。話も面白くないし。
増田は22歳の某K大生(通信)である。ちなみに専門学校でもある。ダブルスクール中。
結論から先に書くとお金をかけずに勉強したい小中学生(及び保護者)は連絡して欲しい。対応できるのは国語、英語、社会科の3科目のみだがオンラインで勉強を教えるボランティアがしたい。もちろん無料で。
いまのところ連絡手段はTwitter @ktkmryのDMのみである。
ここで書いたら怒られそうだが特にうまい拡散方法は思いつかないのでとりあえず書けるところに書いている。誰か拡散の仕方を知っていたら教えてほしい。増田はインターネットに疎いのだ。
ここからは余談だが、増田は元不登校児である。しかし不登校ながらもなぜか高校時代に学習ボランティアを行なっていた。理由は自分でもよくわからない。高校中退後放浪をしていたがなんとなく大学を受け、専門学校にも入り、今に至る。明記はしないがお金には困っていない。しかしこの事態で学校もなく、とてつもなく暇なのでボランティアを再開しようと思った次第である。特に怪しい事はないのでどうか暇な小中学生は連絡してほしい。(ちなみに増田は既婚者なので悪質なDMはすぐにブロックする。)
おわり。
このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組は歴代のヒットソングを流し続けている。
私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代にうんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。
この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。
歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。
2005年のヒットソング、レミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日のラブホテルの天井をだんだんと思い出させる。
中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。
私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。
中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校のトイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園やトイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。
一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園やトイレでパコっていそうなのに、処女なのだ。
私は心底情けなかった。親からも毎日公園やトイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggのアニマルトークを読む日々が。
そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林で初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。
それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。
高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかった。バカだからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。
だからといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。
そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点を数学で叩き出した。
それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価がオール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいつしか「高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである。
そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校は鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。
選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OBが受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校はギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。
しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。
その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。
私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。
私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか。誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。
いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験の相手が改札の向こうから現れる。
周りの女の子たちには、インターネットで出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。
振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。
すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。
道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。
それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルのロビーに入ってからだった。
男は「どこでも良いよね」と言って光るボードのボタンを押すと、小さな窓から鍵を受け取り、エレベーターのボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。
部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。
男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔で宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。
その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生の男の子に告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。
タバコの匂いとシャンプーの香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテルの天井を、私はぼんやりと見つめていた。
別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手だからか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。
私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験の感想は見つからず、モヤモヤした。
それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MVの演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験の感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。
そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンのボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験の感想としてしっくりくるものだったのだ。
揺れる長い髪やかすめた天井、宮崎あおいや最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。
聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンのボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ。
天井をぼんやりと見つめている間に、音楽番組は10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。
このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組は歴代のヒットソングを流し続けている。
私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代にうんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。
この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。
歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。
2005年のヒットソング、レミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日のラブホテルの天井をだんだんと思い出させる。
中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。
私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。
中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校のトイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園やトイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。
一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園やトイレでパコっていそうなのに、処女なのだ。
私は心底情けなかった。親からも毎日公園やトイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggのアニマルトークを読む日々が。
そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林で初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。
それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。
高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかった。バカだからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。
だからといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。
そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点を数学で叩き出した。
それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価がオール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいつしか「高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである。
そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校は鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。
選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OBが受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校はギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。
しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。
その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。
私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。
私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか。誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。
いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験の相手が改札の向こうから現れる。
周りの女の子たちには、インターネットで出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。
振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。
すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。
道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。
それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルのロビーに入ってからだった。
男は「どこでも良いよね」と言って光るボードのボタンを押すと、小さな窓から鍵を受け取り、エレベーターのボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。
部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。
男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔で宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。
その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生の男の子に告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。
タバコの匂いとシャンプーの香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテルの天井を、私はぼんやりと見つめていた。
別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手だからか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。
私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験の感想は見つからず、モヤモヤした。
それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MVの演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験の感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。
そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンのボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験の感想としてしっくりくるものだったのだ。
揺れる長い髪やかすめた天井、宮崎あおいや最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。
聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンのボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ。
天井をぼんやりと見つめている間に、音楽番組は10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。
コロナの影響により、勤めている学校でオンライン講義を行うことが決定されたので準備を進めなければならないのだが、スマホ回線しかない学生の環境に合わせるとなると、講義全時間リアルタイム動画配信など到底無理で、現状では最低限の音声ファイル+テキストくらいの形にまとめるのがせいぜいかもしれない。
限りある通信資源の中、動画を使用するようなリソースはなるべく小中学生のオンライン授業に回してあげましょうというような通達も同時に来ており、動画やゲーム配信などを以前から運用してる人たちに言わせれば何を今更でしょうが、そういうメディアなども合わせてまさにギガの奪い合いのような状況が今後ますますキツくなってくるのかなあと。