はてなキーワード: モチとは
midjourneyやNovelAIの登場でAI絵師という存在が話題になった。
なぜなら彼らは続けられないからだ。
確かにAIの絵はそれ単体ではかなりレベルが高い。プロのイラストレーターが描いたものと言われてもほとんどの人は気づかないだろう。
例えばpixivでは、AI絵師アカが背景までしっかり描かれた絵を一日に一枚以上のペースで投稿している。
絵がインフレすると絵の価値だけでなくそのアカ自体の価値も下がっていく。
あるAI絵師アカは支援サイトに誘導しようとしていたが、一日に完成絵を一枚以上投稿する人が支援サイトで何を提供するんだろうとちょっと笑ってしまった。
今はAI絵が話題だから、その熱に動かされている部分もあるが、それもあと2か月ぐらいだろう。
3か月前にmidjourneyの絵がtwitterであふれていたが、今ではほとんど見なくなった。
NovelAlもそうなるだろう。
大量に生産することでインフレ化し、話題としても冷めてしまうことで、AI絵師は承認欲求を満たせなくなる。当然、お金も得られない。
特別絵に対して思い入れのない人間が、反応も得られないし金も稼げないのにAI絵師活動を続けられるだろうか?
AI絵ブームが落ち着いた後も生き続けるAI絵師は2タイプが考えられる。
AI絵ブームが去っても、ごく少数は何かにとりつかれたように絵画生成の呪文を研究し続けるだろう。
そういう人たちは、私たちに見たことのないAI絵を見せてくれるのでブランド化していく。
AI絵と明示せず投稿数を絞りながら人力絵師に擬態するAI絵師。
この二つ以外は続けられずに消えていくと思う。
増田の解釈ではこの漫画の要所は、【自己理解(発達障害の把握)】と【自己理解により過去の経験に価値が出たこと】。
話の流れ上旦那さんは登場しなくちゃいけないけど、上記要所を考えると大して触れる必要のない存在。
こう書いてみると、そもそも定型発達向けの漫画ではなく発達障害向けの漫画に見える。
というか、この手のジャンルはそもそも「発達障害向け」なのでは?(あるいはゴリゴリ承認欲求)
構成と言うか表層面では確かに【辛いこともあったが乗り越えた克服者】的になっているかもしれないけど、
上述の通り主人公の「気づき」と「成長」が主題に見えるので、「男に支えられただけやん!」がまったくわからん。
それと、自分は発達障害は「付き合っていくもの」と考えているから、「克服」という言葉に強い違和感を抱く。
そもそもTwitterを中心に発達障害女性の自伝的漫画がちょくちょくバズってて
けどそれが否定的な読者からの「毎度同じこの変な展開」「彼くんキター」のような揶揄や反発的な反応も集めて作者らが傷つきを表明してて
これは無理でしょ。
発達障害者のクリエイティビティ(創作意欲)や自己完結(自己満足)性の傾向の高さ、なんかをみんなが理解してくれるアンパンマンみたいな世界は来ないと思う。
更にそこに、人それぞれの大小ある承認欲求が加わってくるからカオス。
そもそも「発達障害」との一括りも本来誤っていて、定型発達と発達障害者の間はグラデーションですよ?
本質的には、「発達障害」とか関係なくコンテンツや価値観の多様性の急速な拡大に、人類は表面上でしか追いついてないだけ、とか言えちゃうかも。
ただ、「発達障害者は気分の浮き沈みが大きい傾向にある」というのは一般的に言われているので、問題が顕在化しやすいのかもしれないし、その解決方法を考えようとしてくれる元増田には非常に好感が持てる。
冒頭書いた通り眠い中の書きなぐりで整合性も何もないぐちゃぐちゃだと思う。
本当はきちんと整理・推敲して書きたかったけど、鉄を熱いうちに打ちたかった。
けど、数年後自分自身で読み返すのが楽しみでもある。
改めて元増田よく読むと、↓を読み落としていたけど、
現実には漫画というコンテンツにまとめた時点ネットに流通させた時点で
読む側の人の多くには「コンテンツ消費者」や「客」の型が出てくるので
作者が肯定的バズや理解やあわよくば商業的成功なんかを収めたいなら
枠と中身が違うグロい仕上がりは直した方がいいし
この部分が最も共感できる。でも『コンテンツの出来への反応と受け止める』は土台無理だろうね。
あと眠い。
増田の解釈ではこの漫画の要所は、【自己理解(発達障害の把握)】と【自己理解により過去の経験に価値が出たこと】。
話の流れ上旦那さんは登場しなくちゃいけないけど、上記要所を考えると大して触れる必要のない存在。
こう書いてみると、そもそも定型発達向けの漫画ではなく発達障害向けの漫画に見える。
というか、この手のジャンルはそもそも「発達障害向け」なのでは?(あるいはゴリゴリ承認欲求)
構成と言うか表層面では確かに【辛いこともあったが乗り越えた克服者】的になっているかもしれないけど、
上述の通り主人公の「気づき」と「成長」が主題に見えるので、「男に支えられただけやん!」がまったくわからん。
それと、自分は発達障害は「付き合っていくもの」と考えているから、「克服」という言葉に強い違和感を抱く。
そもそもTwitterを中心に発達障害女性の自伝的漫画がちょくちょくバズってて
けどそれが否定的な読者からの「毎度同じこの変な展開」「彼くんキター」のような揶揄や反発的な反応も集めて作者らが傷つきを表明してて
これは無理でしょ。
発達障害者のクリエイティビティ(創作意欲)や自己完結(自己満足)性の傾向の高さ、なんかをみんなが理解してくれるアンパンマンみたいな世界は来ないと思う。
更にそこに、人それぞれの大小ある承認欲求が加わってくるからカオス。
そもそも「発達障害」との一括りも本来誤っていて、定型発達と発達障害者の間はグラデーションですよ?
本質的には、「発達障害」とか関係なくコンテンツや価値観の多様性の急速な拡大に、人類は表面上でしか追いついてないだけ、とか言えちゃうかも。
ただ、「発達障害者は気分の浮き沈みが大きい傾向にある」というのは一般的に言われているので、問題が顕在化しやすいのかもしれないし、その解決方法を考えようとしてくれる元増田には非常に好感が持てる。
冒頭書いた通り眠い中の書きなぐりで整合性も何もないぐちゃぐちゃだと思う。
本当はきちんと整理・推敲して書きたかったけど、鉄を熱いうちに打ちたかった。
けど、数年後自分自身で読み返すのが楽しみでもある。
改めて元増田よく読むと、↓を読み落としていたけど、
現実には漫画というコンテンツにまとめた時点ネットに流通させた時点で
読む側の人の多くには「コンテンツ消費者」や「客」の型が出てくるので
作者が肯定的バズや理解やあわよくば商業的成功なんかを収めたいなら
枠と中身が違うグロい仕上がりは直した方がいいし
この部分が最も共感できる。でも『コンテンツの出来への反応と受け止める』は土台無理だろうね。
あと眠い。
ASDとADHD持ち、躁鬱の大学生。何度も留年を重ねています。夏休みが明けてからまともに登校しておらず、人生数度目の不登校なうです。中学、高校ではなく大学です。やばいよね。ずっと私に投資してきてた親からも流石に愛想を尽かされて、ごめん、私まともになれそうにないからもう死ぬね、って伝えたら死ぬなら樹海に行ってくれと言われました。というわけで行こうかと思うのですが気持ちの整理のため、というかスッキリするため?全部吐き出す投稿です。使い方合ってるのかなこれ
親のお金で買ったゲームや漫画などの別次元の空想話に逃避している時だけが幸せです。でも私は多分、2次元が好き、というわけではないんだと思います。現実を見ないで済むのならなんでも、睡眠でも、アルコールでも。どんなものであってもいいみたい。
人と関わるのが苦痛です。どうして目を見て話さないといけないのか、声をかけられたら応答しないといけないのか、興味がなくても楽しそうにしないといけないのか、分かりません。高校の現代文のテストはクラスで1番優秀だったのに、現実の人間がなにをどう感じるかを、私の頭はどうしてか結びつけてくれない。ずっと分からないままです。
忘れ物をします。無くし物をします。道が覚えられません。熱しやすく冷めやすいです。人からの連絡を返すのに1ヶ月かかります。よく吃るし、失敗するし、打たれ弱くて、あらゆる能力が低くて、初めてのバイト(単発)で初回にこっぴどく怒られて辞めてから1度も働いたことがありません。
大学に行けなくなったのは自分でもなんでだか分かりません。自分が何考えてるのかも分からん。私はそもそも大学に進みたかった訳じゃないのに親に学校も学科も勝手に決められたせいでやる気が…とはいえ、まともな神経してたら学校嫌でも行くと思うんですよね。ダブったら学費勿体ないし、就職もきつくなるし。だからなんだかんだ言って結局全面的に私が悪いんです。将来のこと考えられてない愚か者は私。
このままじゃやばい、変わらなきゃ、明日からは切り替えてちゃんと学校行こう、人としてちゃんとしようって思って毎晩寝ます。でも起きると、自分は何も切り替わってないし変わるために何したらいいのか分かってないんです。で、なんとなくゲーム始めて一日が終わって、うーん明日の私が頑張るはず!って考えて寝て、無限ループです。結局私の深層心理的には変わる気がないんだろうなと思います。
発達障害と、それを認識していながらも甘く見ていた青年期の自分のせいです。ずっといつかはなんとかなるはず、って思って処世術も人生設計も模索せずぼーっと生きてきました。結果、取り返しつかないほどの諸々低スペのゴミになっていました。
やらない言い訳ばかり探している人生が恥ずかしいです。変わるための努力が、自分を好きになるための努力がどうしてできないんだろう。 1日1日を大事にして、真面目に生きている人達に申し訳ないです。もう終わりにしたいです。欠陥だらけの自分は、人間として産まれてくるべきでなかったのだと思います。期待を抱いて何かを始めて、そうして失敗する度に自分の能力の低さを思い知らされます。いっそそれを自覚できないほど鈍感だったら良かったのに。人に迷惑をかけて、それでも気にせず図太く生きられたら良かったのに。糖質の人、重度の障害を持つ人を見る度に羨ましい、なんて最低なことを考えてしまいます。
健常者でないけれど異常者にもなりきれない、まともじゃないのにまともになろうと頑張ろうともしない、自分が本当に嫌い。世界で一番嫌い。
大学行けなくなって。この程度のことでつまづくなんて、どう考えてもこの先生きのこれないだろうって思うようになりました。そんなふうにならないように、今までどうしておけばよかったのかも分からない。人間絶対向いてなかったと思うので来世があったら頼むからカニとかに生まれたいな。本当に、本当に私として生まれてきたくなかった。人生の中で楽しいと感じた瞬間が全く思い出せない。
高校入学前から精神科に通って、カウンセリングで話を聞いてもらって、薬を処方されて。高いお金を月に何度もかけてきましたが、効き目がありません。薬は、大分前から現状から目を逸らさせて問題を先延ばしにするよくない道具です。生きてればいいことあるって先生もカウンセラーさんも言ってくれた。もう聞き飽きたよ。なかったよ。てかいいことって何か、私結局ずっと分かんないままだったよ。
最近は動けなくて、水を取りに行く気力がなく薬を飲めていません。何をどうやったって私のポンコツぶりは治らないと思ってるから飲む気がないのもある。当然お風呂入れてなくてあちこちかゆいし臭い。何も生み出せない自分が生きていたら地球全体の損失なのではないか、資源の無駄遣いなのではないかと感じたから、そういう理由なら勇気出して死ねるかな…という言い訳を気を抜くと考えてしまう。結局自死の動機を他人のせいにして自分の背中を押そうとする自分。嫌い。
太宰治の『人間失格』を初めて読んで、私は1人じゃないんだって励まされた中学1年生のある瞬間(大分厨二病w)から、いつかまともになれるから、ちゃんとした大人になれるから、って信じて死ぬのを先延ばしにしていたけれど、私にはいつかなんて訪れないんだって最近気が付きました。どうしてか変わろうっていう努力ができない。1度決意しても、気持ちも行動も持続しない。全部私が悪いです。20数年生きて、親の金で色々なことにチャレンジさせてもらって、結局分かったのは私は何も向いていないということ。自分のやりたくて、好きなことがなんなのか分かりません。そして、好きじゃないことを頑張れる根性がありません。生き恥を晒していると思います。
何度も何度も死のうと決意して、その度に怖くて何も出来ずに先延ばしにしてきたけれど、そろそろ、いや、今がその時なのかな。
私の悩みも生き方も道端の石みたいにちっぽけだってことは分かっています。もっと苦しい人がいる。世界が私の把握できる範囲よりずっと広いことを知っているから、余計に絶望する。こんなくだらない悩みで死にたい、って思ってしまっているって、本当に生きる価値がない。
いやほんと生きるモチベないわ。そろそろ樹海行くか。死ぬ前日にどうしてもしたいことってなんだろうってずっと考えてたけど結局何も思いつかなかった。私が人生で1番大事に思ってたことってなんだったんだろうか。これだ!って思っても、1週間も続いたこと多分なかったな。本当にろくでもない人生だった。樹海に行く、って、もしかして人生初の前日の私が明日の私のためにしてあげるいい感じのことなんじゃないかって気がしている。
NovelAIがメンテ中なので暇だから書く。日記的なものです。
自分個人としてはAIでのイラスト生成は肯定派。何より、長年絵を描き続けていてもずーーーーっと絵が上手くならず、もう勉強したり練習する気力も失った自分みたいなハンパ絵描きには神のようなツール。
絵は勉強してもしても新しく学ぶことが出てくる魔境……流行の塗り、構図、描き方。人体は骨格から覚えろとかいう初心者に辛いデフォルト知識。もう自分で絵を描きたくなんてねぇ!!!
趣味でフリーゲームを作っていた時期があったんですが、AIイラストを活用すれば同人エロRPGとかも作れそうでワクワクしている。
NovelAIという特定の絵柄、塗りが高品質に生成されるために現状は目につくが、新しい技術に乗っかりまくってる人はその内モチベ失ってやめるのでは?
個人的には、自ジャンルはマジで人がいないのでAIでも品質が高ければありたがいんだけどさ……学習件数が少ないから上手く出ないんよな。
学習件数の多いジャンルは必然的に人も多いので、木っ端絵師の中にAIが混ざっていくというだけじゃねぇかなとも思っている。
自分も新規アカウントを作成し、AI絵の投稿を始めてみた。Twitterに乗っけてるだけだと日常ツイートに混じって後から振り返りが面倒だし、HDに残しとくだけなのも邪魔なので。
その上で個人的に驚いたのは『AI生成でもエロ絵は普通に伸びる』という事だ。
自分としては絵の発表の場というよりは、保管兼公開場所のつもりで利用している。(つまりはツイログって言ってツイッター発表の落書きをまとめてアップしてる絵師と似たような行為のつもり)
AI生成はどれも似たようなもの、新着を埋める、手が変だからすぐわかる!と否定派が多かったので、まあたくさんアップもあるし埋もれるんだろうなと思っていたんだが……。
オリジナル系で元作品の知名度に頼らないものでも、エロ絵なら普通に伸びていくんだよな。
具体的には、二日前投稿のエロ絵が200ブクマ越えてる。ただユーザー傾向的にはブクマもフォローユーザーも外国人が多い印象。
個人的には色々とこだわりを持って、人と差別化するために加筆修正をしているので無加工アップの人ととはちょっと状況が異なるかもしれない。
実はpixivはガイドライン上で性器修正をしなければいけない事が明記されている。(英語版が見つけられなかったので、海外ユーザーに明示されてるかは不明)
日本人で性器無修正のエロ絵をPixivにアップするのはNGなのだ。
過去にも性器修正不足で公開停止をくらった人が何人かおり、一応運営も問題視はしてるらしい。
(ただ、日本人ユーザーなのに性器修正なしで警告も何も食ってない人も何人もいるので、運営がどうやって確認しているのかは分からない)
自分は絵を描いていた頃もエロ絵は数えるほどしか描いた事がないため、性器修正のやり方がガイドライン通りに出来ているかは少し心配だったりする。
エロ小説を書くのが趣味だったりする。ただ、元アカウントは絵も小説もBL系で特定カップリングのものばかり上げていたので他の物を上げる場所がなかった。
特に元アカウントで交流のある人に読まれるのはさすがに恥ずかしいというもある。
Pixivは理由があれば複垢認められるのが嬉しい所……新しいAI生成絵用アカウントでずーーーーっと書き溜めていた、男女エロやオリジナル系の話をAIで作った表紙や挿絵を沢山使って投稿する予定。
今はAI絵に加筆修正して同人誌の表紙っぽいものを作っているがとても楽しい。
ただ、昔から「自分が読むためだけ」に書いているので誤字脱字とか端折ってる箇所が多いから、そこの加筆修正の方がイラスト生成より大変だ……。
おわり
無駄に高いレベルの学校を目指すこともなかったし、というより、ぶっちゃけノー勉で受かる高校、あとは指定校推薦で乗り切ってきた
これが一番楽でしかも幸福度も高いということを子供ながらにわかっていた
ノー勉で受かるようなところで過ごしてきたからちょっと勉強するだけで上位についていた
楽だった。新卒で就職したところも田舎くさいところだけど、いいひとばかりだし若いだけで重宝された
しかしここで欲を出してしまった。このまま同じような仕事して何十年も過ごすのかと思うと、もう少し給料のいい仕事してもいいんじゃないかと
失敗した。周りのモチベが高いしついていくのが精いっぱいだし、毎日しんどい。
しかし生活レベルを落とせない。ああ失敗した失敗した。あんなに昔からわかっていたことだったのに。身の丈にあった生活が一番幸せだってわかっていたのに
中途で別業界別業種に転職したのも失敗だった。新卒より頑張らなきゃいけないような気がしてくる。
というか新卒よりできないから精神的にもやられてくる。わかってたのに。昔から、自分は大した人間じゃないってわかってたから鶏口牛後をモットーにして生きていたのに!!
田舎に帰りたい。身の丈に合わない転職なんてするんじゃなかった。
みんな、身の丈にあった生活をしようね。
一連の流れについてなんだけど、ひろゆきもそうだが現地へ行って何が分かると思ってるの??
張り付いて取材するなら半年くらいやらないとあの手の活動については分かることは殆どないはず。
逆にある程度の話であれば本土にいたままでもいくらでも学習できるはずなのに、なんでそれをすっ飛ばしていきなり現地取材???
なんていうか、あらゆる意味で自分が「上流」だと思ってるのが滲み出ちゃってるんだよな。
もう既に現地の反対派は十分すぎるほどの情報発信をしているんだからそれをキャッチしろよ。
自分の怠慢で情報をスルーしているだけなのに、さも「情報が無いので聞きに行きます」的な態度を取ってるのがバカ丸出し。
行かなくていいっすよ、お金もかかるし片手間の時間で取材とかしても何も成果無いから。
どうせ取材だけで一緒にトラックの前に出て座り込んでみるつもりとか無いでしょうに。
もう一度言うけど、現地取材とかしなくても情報は十分に出ているから、無理して行かなくていい。
よし。
女性キャラクターを設定するときに、遅かれ早かれプロポーションを決める事になる。
果たしてバストサイズはどのくらいにするか。Bカップにするか、Cカップにするか。
というのも、「読者から見た」キャラ性がバストサイズで変わってくるからだ。
髪型・目付き・背の高さ、などの他のパラメータとも連動するので、一概には言えないが。
バストサイズが大きいほど包容力・自信・迫力、などが増して見える傾向にある。
モチロン、実は引っ込み思案だったり、わがままだったりするキャラもいるけど、その場合はギャップを狙ってそのように設定するのさ。
マンガのようなエンターテイメントは、現実世界に属する読者のステロタイプを利用して情報伝達を効率化する。
母親のような優しさをもつ安心感のある女性、というのを違和感のない文章で伝えるのは難しい。ストーリーを通じて小出しにするしかない。しかし、マンガでは垂れ目で胸元を隠した巨乳にすれば一コマで完了だ。
最近話題になったんだがディズニーの映画で、アニメでは白人だったお姫様を黒人のキャストに変えた事件があった。
これが炎上したのは、多くの観客にとって、黒人か/白人か、はキャラクターのアイデンティティに関わる重大な設定だという証拠だ。黒人か白人かはプラガブル(取り替え可能)な属性ではない。それらを入れ替えるとキャラに抱く印象が変わってしまうのだ。
この事実は、世界中の数多のフツウの視聴者の心の中に、普遍的に、差別的偏見が存在してることを意味する。
フィクションメーカーのフロントランナーであるディズニーは、もちろん現実を把握している。その上で敢えて、挑戦したんだろう。映画作りを通して、差別的偏見はただの偏見に過ぎず、実際は黒人の白人も何も変わらない同じ人間だよ、と教えたいのだ。
自分たちの手で新しい雑誌、週刊ジェンダーを作れ、って声がある。
当てつけみたいな動機で雑誌を創刊しても、作者のモチベは湧かないでしょう。
本当に必要なのは、コーヒー豆とかのフェアトレード認証のような、適正さを確認する手段だ。
『多様な読者が安心して、性的消費などに脅かされずに読める。推せる』
具体的には、みんなが集まって漫画やアニメの性的消費具合などをレビューする。
批判ダウンボートが増えて、それに疑義が呈されなければ ★ が減っていく。
デフォルトでは ☆★★★★ 未満の創作はリストに表示されない。
このアイデアならば、作者を隷属させず、しかも表現の自由も抑圧しない。
忙しくて買ってあげた漫画の細部までフォローアップできない家庭は多いはず。
娘に「カップ数をあげつらわれて辛いね」と寄り添うケアの出来ない家庭でも、息子に「クラスメイトのカップ数を取り沙汰しちゃダメだからね」と性教育で相殺したりする暇のない家庭でも、リストに従って買うだけで子どもたちへのサポートの手間を省ける。win-win だ。
家庭での性教育・子どもへのケアの必要性は昨今叫ばれているけれど、実際、共働きの多い現代では難しい。現実的じゃない。健全に回る社会としては、その仕事は、むしろ誰かが肩代わりするべきだと思う。
ただ心配なのは、サイトの運営は広告費やらマイニングやらで賄うとして、協力してくれるボランティア——性的消費度の評価をしてくれるユーザーが十分確保できるかどうか、なんですよ…😔
発達障害の当事者は自分の特性のせいで色々やらかしたりイジメにあったりして、生きるモチベ自体が削られがち。しかも子も子なら親も親ってやつで親もかなり癖が強くて家庭環境もよろしくない。
そんな人生で他人と結婚して子供を作ることに前向きにはなれないので、「発達障害」というレッテルによりそれから降りれるならそうするんじゃないかな。
発達障害という名前が発明される前々から発達障害の症状はあり、当事者は悩まされている訳だ。でも結婚や子供を持つことが当たり前のような世の中でそれから降りる正当な理由を持たないというのは、無理して修羅場と不幸を再生産するしかないってことで、そんなのは辛いだろう。