はてなキーワード: クラシックとは
ウマ娘の育成ではスタミナが肝心となるように思う
レース展開や掛かりによってスタミナの消費量には幅があるが、育成ではほかのウマ娘はデバフをかけてこないので最低限のスタミナがあればレースを最後まで走りきることができる
逆に言えば、URAファイナルをクリアすることだけを考えたとき、スタミナはある一定以上の数値は取っても無駄ということだ
特に始めたばかりのころは継承因子もろくにないので、スタミナトレーニングを可能な限り最小にして、レース展開に直結するスピードやパワーを可能な限り上げたいところだ
そこで、攻略サイトで各キャラの攻略情報のところに書いてある一部のレースにおける必要スタミナ値を目安としてまとめたのがこのメモ書きである
https://gamewith.jp/uma-musume/
なお有馬記念を中距離にまとめたが、これは中距離ウマ娘にとっては最長のレースであり、かつ大抵の中距離ウマ娘がURAファイナルに出場するための最後の壁となることからそのようにした
短距離
意識せずともよい
URAファイナル:250
中距離
長距離
以上、他の方の参考になれば幸い
たとえかなーりムカつくタイプの人間でも、プロフィールなんかに「ラーメンが大好きです」なんて書いてあると、急激に敵意が萎んでしまう(しまう、というか、いいことなんだけど)
「ジャズ・クラシックを嗜みます」←ああ?めんどくさそうな手合いだな……
「ジャズ・クラシックが大好きです」←かわいい!俺も好き!!!
普通の「好き」と比べても、「大好き」の好感度は5倍くらい高い
キザなメガネキャラが「僕はみなさんが好きですよ」なんて言うと、ちょっと嬉しいが、まだ本心かどうかわからない感じがある
「僕はみなさんが大好きですよ」だと、本当に好きなんだろうなとわりと無条件に思える
大がつくだけなんだけど、相当効果があるよ
ウマ娘で競馬に興味を持った人たちには、毎週土日にBS11やフジテレビ等でやっている競馬中継も是非視聴して頂きたい
プロ野球中継やその他のスポーツ実況と違って、1~2分そこらでレースが終わってしまう競馬中継の実況は非常に難しいとされる反面で
非常に素晴らしい、心に残る名実況も数々あるので、自分の気に入っているものを紹介する
1番人気は桜花賞・オークスの牝馬二冠を制しこのレースに牝馬三冠達成がかかったベガ
一方のホクトベガは9番人気と低評価ながらも見事なイン強襲でG1初勝利を飾った
祖父メジロアサマ、父メジロティターンに続いて親子三代での天皇賞制覇を果たしたメジロマックイーン
菊花賞出走時点では条件馬であり重賞初出走ということもあって4番人気の評価
1番人気は僚馬メジロライアンであったが、ステイヤーとしての素質を遺憾なく発揮し見事菊花賞を制覇した
モチが粘って1着だからいいものの、モチが詰まっていたらと思うと…
前馬主に脱税容疑がかかり馬主資格が剥奪されそうになったため急遽売却されてしまったオグリキャップ
新馬主は高額の購入費用をペイするため、とんでもないローテーションを組むことに
今であれば秋は前哨戦含めて3戦、多くて4戦が常識だがこの年のオグリはオールカマー⇒毎日王冠⇒天皇賞秋
⇒マイルチャンピオンシップ⇒ジャパンカップ(京都から府中へ輸送して連闘!)⇒有馬記念というダビスタでもやらない地獄のローテに挑むことに
最後の直線、絶対に届きそうもないところからハナ差でバンブーメモリーを差し切った脚はダビスタのアグリキャップ並みのチートな末脚であった
直線先頭に立ったツルマルレオンの外からニンジャがスルスルと…
レース中に解説者が実況の邪魔をするという前代未聞のハプニングを引き起こすもオグリが引退レースを勝ったこともあり、終わりよければ全て良しというハッピーエンドとなった
牡馬クラシックの一冠目である皐月賞で逃げ切り勝ちをおさめたサニーブライアン
しかしながらたまたま展開が向いただけのフロック勝ちなどと見られ、レース発走直前では7番人気の低評価
皐月賞と同じ大外18番枠からのスタートとなったが「逃げ争いになっても絶対に退かない」と公言していた通り
サイレンススズカを抑えてハナを切ると、そのまま一度も先頭を譲ることなく先頭でゴールを駆け抜けた
ウィンストン・チャーチルが「ダービー馬のオーナーになることは一国の宰相になることより難しい」と述べたというのは後世の創作なのだが
ウマ娘をやってて育成の知識を得るためにyoutubeなどをみてるがランカー向けの育成理論に見えたので、自分の育成についてのメモ書きも兼ねて書きたいと思う。
この記事において想定してるのは「URAファイナルが安定しない!」というトレーナー向けのものである。
URAファイナルに勝てないということはウマ娘が強くないということである
そしてウマ娘が強くない原因は何か
それはレースに勝つために必要な最低限のステータス(スピードなど)がないということである
バクシン理論(サクラバクシンオーをスピードと賢さに特化した育成理論)が流行ったことでサポートカードのデッキ含めて特化型が流行しているが、それなりに育成してみた結果として短距離は特化型でもいけるがマイル以上の距離になると足を引っ張るパラメータがあると露骨に安定しないというのが体感としてある
特に実感したのがパワー特化で育てていた中距離レースを追い込みで出したとき(追い込みの適正はA)終盤入り口になっても馬群に飲まれたまま着順が全く伸びなかったときだ
その時のステータスではスピード◎スタミナ◎パワー◎根性×賢さ△であり、馬群を突破するためのパワーもスタミナもラストスパートに必要な最高スピードもあったはずなのである
特にパワーはシニア前半でBを突破しており足りなかったということはあり得ないと考えらえる
にもかかわらず馬群に沈んだまま上がってこない
コンテニューしても同じ結果となる
つまり馬群から出るために必要パワーは一定程度あればよく、そこからさらに根性も一定のラインを超えていないと難しいのではないか?と推測した
このような経験から、URAファイナル含めて育成でのレースに勝つために必要なのは、特化ではなく最低限必要なステータスを確保することなのではないか、というのが論旨となる
〇特化型させる必要はない?
必要最低限のステータスを確保したうえでより上積みできればそれだけ強くなる
しかしまずは必要最低限のステータスを確保しなければレースに勝てず、途中で育成が終わってしまい、強いウマ娘を作れない
強いウマ娘を作れないと強い因子は作れない
強い因子が作れないとより強いウマ娘は作れない
つまりまずはURAファイナルを勝てるだけのウマ娘を作り、運よく狙いの星3因子が付けばそれを継承させることでより強いウマ娘を作り…という循環が必要なのだ
そして安定してURAで勝つことで着実に強いウマ娘を育成できる環境を整えていく
それがこの育成の狙いになる
〇ステータスの確保の仕方
・スタート時、クラシックおよびシニア四月前半に起きる継承イベント
・各種トレーニング
・イベント
特にこの中で安定しておりかつ爆発的にパラメータが伸びかつ繰り返しプレイによって伸ばし得るのが継承である
星3因子によるパラメータの伸びは40を超えており、三回の継承で合計すれば120の伸びとなる
これは通常のトレーニングで六回分に相当するだろう
またこれはまたたくさんのウマ娘を育てることによって次に育成するウマ娘を継承で強化していくことができる
継承の強化幅が増えればそれだけ
ではどうプレイすればいいのだろうか
〇星3因子の付き方
因子は主に三種類ある
・固有因子などのその他(白因子)
このうち青因子と赤因子はそれぞれランダムだが必ず付く
だが星3がつくかどうかは運となる
そのうち今重視したいのはステータス因子だ
これの星3がつけばそのパラメータが爆発的に伸び、育成が安定するし、より伸ばしたいパラメータを伸ばしやすくなる
ではどうやって青因子の星3を作るか?
現在わかってることはどのステータスにつくかはどうもランダムなこと、そして最低限B以上のステータスがないと星3はつかないということである
よって、URAファイナルを安定して勝つために最終的にC~C+にすべてのステータスになるようにしつつ、星3因子を作るために狙いのステータスをB以上にし、可能ならば星3因子が付く可能性をあげるためにほかのステータスについてもBにする目指す
攻略動画を見てると育てるステータスに合わせた特化サポートデッキが推奨されているが、確かにあるステータスを集中的に強化したい場合はそのほうがいいだろうが、当面の育成の目的はURAファイナル優勝を目指しバランスよくステータスを伸ばしたいので、特化型デッキは組まない
だが全部のステータスを伸ばそうと全部のステータスの種類のサポートを積んでしまうとそれはそれでうまくいかない
そこで以下のような狙いでデッキを組む
ただし、実際に育成してみて過剰となったステータスについては別のステータスに入れ替えるなどして調整しよう
・そのウマ娘の成長率の最も高いステータスについてB以上を狙うため同種二枚
・その他一枚(SSRたづなさんなど)
なによりも得意率アップの数値で優先して選ぼう
これは不足してるステータス部分についてカバーするためのものなのだが、優先順位が低いステータスであることからトレーニングを普段は選びにくく、結果トレーニングレベルが低く、ステータスを伸ばしにくい
しかし夏休み合宿においてはすべてのトレーニングレベルがレベル5相当となるため、このタイミングで集中的に低いステータスを伸ばすのが効率が良い
そしてそのタイミングで可能な限りそのトレーニングを選ぶために、得意率が高いカードにすることで友情トレーニングが発生する確率を引き上げるのだ
そして友情トレーニングが発生するための絆上げの手間を最小限にするために絆レベルが高いものを選ぶ
さて、どのステータスのカードを選ぶかだが、まずは成長率が二番目のステータス(10%のもの)を一枚入れよう
そのため友情トレーニング+夏休み合宿によるブーストがないと鍛えにくいのだ
スタミナトレーニングで根性も三分の一ほど上がるが少なすぎて当てにならない
パワーも一枚入れよう
パワートレーニングによるスタミナ強化幅は半分ほどとなかなか高く、平均育成においては活用したい訓練だ
賢さも入れよう
C+が難しくてもCにはしたいので、カードを一枚入れておくと便利だ
残りの一枚については実際に育成してみて調整してみよう
〇実際の育成
一年目はとにかく絆上げを目指そう
なるべく人数が多いトレーニングを選び、トレーニング用のサポートカードの絆(新聞記者や理事長については無視する)ゲージオレンジ色にすることを目指そう
二年目の夏休みに入るまでに全員のパラメータがオレンジになってるのが理想だ
それが終わったらたづなさんのレース予想を睨みつつ、成長率の高いパラメータのトレーニングを中心にバランスよく育成しよう
賢さトレーニングは体力を若干量回復できるので、序盤の絆上げのときにサポートキャラがバラバラな時などの一手パスとして使うことができる
絆ゲージがオレンジで得意率が高ければ普段選んでないトレーニングでも友情トレーニング+夏休み合宿効果でかなり効率よく訓練できる
こういった調子でURAファイナル予選が始まるころまでに全部のパラメータがC+であり、得意パラメータがB以上あるなら、それなりに勝ちやすくなってるはずだ
星2因子でも次の育成では頼りになるはずだ
それを継承してよりウマ娘のステータスをあげ、育成を安定させよう
そうやって繰り返し、因子ガチャを繰り返していけば、いずれ最低レベルのステータスを確保しつつ伸ばしたいステータスをガンガン伸ばせるような余裕が出てくる
そうなってからステータスカードの特化やスキルでの厳選を始めていけばいい
まずはURAファイナル優勝安定目指して頑張ろう!
障害者手帳を持っているので、東京にある国公立の美術館・博物館は無料で入れる。
よく田舎だと美術館や博物館がないから子供に文化資本が付かない、とか言っている人が多いが、
東京の美術館や博物館でも、中高生や小学生とかほとんどいない。
実際のところ、東京に美術館や博物館が沢山あっても、東京の子供は観に来ていないのだ。
東京育ちでも美術館に行ったりするようになるのは、大学に入って以降。
そういう意味では、美術館や博物館に関して、東京と地方の文化資本の格差なんて誤差程度なんじゃないか。
地方に住んでいても、家族旅行で東京に来て、上野の美術館や博物館を回れば、東京の子供と差はないんじゃないか。
東京住みでも文化資本低めの家庭なら、子供を美術館・博物館に連れて行かずに、ディズニーランドに行くだろうし
そもそも定量的なデータを出してない以上議論になりようがないね。そのレベルとやらが落ちることで一般市民の生活にどの様な影響があるんですか?クラシックをマウント目的で嗜んでる馬鹿が困る程度で数学の達成度レベルが下がることによる影響に比べたら微々たるものなのに並べて扱ってんじゃねぇよ。
どうせ数学もせいぜい受験数学が限界で線形代数も初歩的な微分方程式も解けないくせに偉そうで本当に虫酸が走る。せいぜい世の中に役に立たない道楽を楽しんで社会に迷惑をかけないでもらいたい。
オーケストラとか知らねぇけど、いい曲なのにみんな聴かないなんてもったいないじゃなくて、この曲も知らないなんて文化的素養に欠けるみたいな意見を言ってる時点でお前はその曲そのものを楽しんでるんじゃなくて、貴族が自分の「格」を誇示するかのような目的で曲を嗜んでるんだよ。
あと、お前は自分が偉いと思ってるみいだけど、実際には裸の王様みたいなもんだよ。誰も興味を持たない黴びたクラシックの楽曲の知識で身を纏ってもその魂には何の価値もない空っぽな人間なんだよ。
せいぜい親に恵まれて、高級な楽器を買ってもらったり、留学に行けたり仕事がなくても生きていける貯蓄や不動産があることに感謝してネットで人を不快にさせないよう慎ましく生きとけバーカ。
ラテン語は絶対にやっとけ。ラテン語できる大学も限られてるし。やっとけばヨーロッパ系の言語が楽しくなる。イタリア旅行に行った時にあっちこっちに書いてある教会の銘文だの碑文だのも読めるぞ。クラシックの宗教曲とかも楽しく聴けるし、美術館で宗教画にちょこっと書き込まれた文字とかも読める。他人と会話はできないが文化の解像度が上がって楽しい。
イタリア語もラテン語のついでにできる。もっと言えばフランス語もわりとついでにできる。ただ難点はむちゃくちゃ混ざる。
ちなみにイタリアでラテン語喋ってもそこそこ通じたけど、フランスでラテン語は通じなかった。あとラテン語には現代的な語彙がない。一応あるにはあるけど運用しないから覚えない。
ニコ生を2015年くらいから見ているのだが、2017年くらいまで、あからさまなクズみたいな放送者が多かった。
たとえばネット対戦で、負けそうになると回線切断して相手をBANにするなど、めちゃくちゃだった。
また、声質もあきらかに悪者というか悪人みたいな感じで、それを隠さないようなゲス発言も多く、リスナーとゲスい発言の応酬をすることも多々あった。
ところが自分が本格的に参加し始めた2017年以降、2018年のシステム大改修(銀座だっけ?)を経て、明らかに放送主とリスナーの民度が上がってしまった。
変な発言をするリスナーも減り、基本的には放送主を賛美することが多く、また、放送主の発言もゲスい内容が減った。
これは世の中もそうだと感じる。もちろん探せば便所の落書き(by石原しんちゃん)みたいな場所もあるのだろうが、いかんせん減った。
ニコ生でいえばAWSをインフラにし、HTML5をUIにしたことでユーザ体験が向上したことが原因と思っている。
たとえばクラシックが流れている大理石のパーティ会場と地下の大音響のクラブハウスとでは同じ人間でも行動が変わってくるだろう。
そういうことだと思っている。
たとえば、タイの日本人掲示板などをみると、なつかしい20年前のTCupやyy-bbs掲示板システムのようなものを使っており、中身も駐在員や現地社員ぽい人たちが、あの風俗店はどうたらとかとにかく民度が低い会話をしている。まさに20年前の2ちゃんねるを思い出させる。
つまり何が言いたいかというと、環境で人間の民度は変わってくるのである。
中国もタンを吐く人が減ったりしているようだが、これは北京オリンピック以降、ニーハオトイレ(ついたてがなく隣人と挨拶しながら排泄する)が減ったことや、インフラが清潔に改善されていることがあるだろう。
現在100万人のウイグル人を「職業訓練所」に入れ、電気棒で叩いて訓練し、反抗的なら臓器を抜いて、可愛い娘は自由にレイプする、そんな民度もいずれは改善していくのだろうか。
いやいや、そもそもクラシックの演奏家だってシーケンサーで楽譜どおり打ち込んだような演奏なんかしてないから。そんなド素人初心者の打ち込んだMIDIみたいな演奏を練習して持って行ったら、ピアノの先生は頭から湯気出して怒り出すよw 悪くすりゃ破門されるかも。
それ以前に、弦楽器や管楽器じゃシーケンサーで楽譜どおり打ち込んだ演奏なんて無理だし、ピアノですら一音ごとの強弱まで楽譜に書いてあるわけじゃないからね。
そもそも楽譜に全ての情報が書かれているわけじゃないんだから、書かれていないことまで楽譜の行間から読み取るなり解釈するなりして自分自身の演奏を組み立てていかなくちゃならないわけで、そこが大変でもあり楽しくもあるわけで、、、
だから最低でもそういうことをするAIは必要だろうけど、それだけで十分かというと、、、たぶん不十分。(まあ、用途にもよるだろうけど。運動会用のマーチの演奏くらいならそれで十分過ぎるくらいだろうな)
文化資本は継承されるものなので、子どもに文化資本を与えたいと思ったら家庭内で半強制的に接触させればいいだろう。
ピアノなどの楽器を習わせるというのがよくある手だろう。多少遠かろうともミュージアムに連れ出すのも意味があるかもしれない。
家庭内に子どもが興味を引くように本などを並べるとか色々やり方はある。
それで子ども本人が興味を持つかどうかは別にして、そういう接触機会がどの程度あるかというのが文化資本の差異を生む話。
都市部と農村部ではそういう機会で格差があり、クラシックや美術に関心をもつかどうかは個人的差異ではなく社会的差異なのだという見方が文化資本概念の重要な部分だろう。
自然環境が文化資本だなんて言い出したら、文化資本なんて言葉を使う意味がない。家庭の介入なしに田舎でも都会と同じようにアクセスできるようなものや、ましてや都会より田舎のほうがアクセスしやすいようなものは文化資本とは言わんでしょ。
読む限りだと、
であってるよな?
昆虫図鑑しか手元になくて、「僕昆虫博士になりたい!」っていう子と、
昆虫図鑑と魚図鑑が手元にあって、「僕昆虫博士か魚博士になりたい!」っていう子がいたとき、
というような。
この前提で間違いないよな?
その前提で話すと、
確かに、将来の身の振り方を決めるに至る程の、価値観を変える劇的な出来事は、田舎には全然なかったな。
あのときの〇〇さんとの出来事が人生変えました!っていう出来事は田舎にはほとんど起こり得ない。
起こり得たとしても、田舎にいる人々、即ち、先生とか医療職の方々との間でしか起きないな。
人としての輝き方の種類が少ないというか。目に入る輝いてる?人たちが公務員か医療職以外にまじでない。だから、それ以外になりたい!という大志を抱く機会が、田舎で過ごすとまじで少ないと思う。
で、そんな中で育ったおれが文化資本(キャリアの幅を広げるキッカケ)にどうやってアクセスしてきたか?って話を今からする。
おれは2つ幼少の頃なりたいと思ってたものがあった。いわゆる、「こういうキャリアを歩みたい」と思える文化資本と触れ合う機会が2つだけあった。
で、
1.「ポケットモンスタールビー」
2. 「遊戯王」
っていう話。
ポケットモンスタールビーはコロコロコミックで見て欲しいと思ったんだけど、コロコロコミックは母親がある日唐突に買って来てくれて、そこからハマった。
だから、
1.雑誌とかYou Tubeとか、文化資本に繋がりやすい媒体 or 文化資本そのもの(図鑑とか、解体できる四駆とか)を手が届くところに置いておいてあげる
2. 本人が興味がある分野が出てきたら、金積んで何でも体験させる
とかだな。
キャリアを広げるという意味の文化資本は、モノベースであれば、田舎には住んでいても割と金で買い与えられると思う。いわゆる図鑑とか雑誌の類だな。
スケートリンクに連れてって、子供にスケーターになる将来を連想させたり、サーカスに連れてって、パフォーマーになる機会を連想させたり。
だから、意識すべきは、金積めば与えられるモノ由来の文化資本と並行して、体験に依存する文化資本も意識的に与えることだな。
あと、中段に、
「田舎で育てられた自分は文化資本が与えられなかった」と落ち込んでほしくない
とあるな。
これはハッキリ言う。増田が定義する文化資本に限っていえば、それは思ったことはない。
東京に出て来て初めて見た職業はたくさんあるが、別に今からでも成れるものが多いので、
「あー、昔自分も魚図鑑買ってもらってたら、今頃魚博士だったのになーーー」
なんて言うことは全く思わない。
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ただ、田舎で育って損だったと思うのは、世の中に学歴フィルターなるものが存在することを知らなかったってことだな。
東京来てみて、商社マンとか、外銀とか、そういう職業を知った。
こういう職業だけは、今から努力してもなれないよな?(中途とかは抜きにしてだぞ)
こういう機会に直面したとき、
「あーーー、高校時代、いや中学時代に学歴フィルターのこと教えてくれよなーーー、そしたらめっちゃ頑張ってたのにーーー」
ってのは思った。
なんでみんな東大を囃し立てるのか分かんなかったし、恐らく田舎の高校生はMARCHとかすら微塵も知らない。俺も知らなかった。
これだけは今もめっちゃ思ってるな。
「選択肢が削られた!田舎に住んでたせいで!」と思うのはここくらいかな。
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とか。
要は趣味を共有できる友達が居なかったことと、趣味までの物理的な距離が一番しんどかったかも。
文化資本与えられたあとで、それに勤しむ機会がないのはしんどかったな!
文化資本も担保してあげつつ、こういうところも気にかけてくれ。
趣味があるようだったら自分も同じものを買ってライバルになってあげるとか、東京までの物理的な距離を金で解決してあげるとかそういうやつ。
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で、ここから話変わるんだけど、おれの文化資本の定義を話すぞ。
おれは「文化資本」を、走馬灯で見ることので切る、人生最後の映画の厚みだと捉えてる。
俺に言わせれば、ロックしか聞かないやつより、ロックとクラシックを聞くヤツのほうが、人生最後の映画のサントラは充実してると思う。
田舎だと、
船釣りとか、海だとか、庭で焚き火したりとか、近所の畑の仕事手伝ったりとか、畜産農家の牛とか鶏見に行ったりとか。ボロいトタン集めて秘密基地作ったりとか。死ぬ前の走馬灯は、間違いなく都会育ちの人よりは長い(分厚い?知らんけど)と思うな。それはホントに親に感謝してる。
個人的には、後者の定義で文化資本を捉えるなら、都会の文化資本は大人になってからいつでも回収できるけど、田舎の文化資本は大人で回収するのはむずいな。仕事の都合で大概都会に住んじゃうし、成熟した脳みそじゃあ、釣りよりネットサーフィンのほうが楽しいだろうし。
とりあえず益田に言いたいことは、文化資本を前者の定義と捉えてるなら、それなりに努力は必要だな。ただ、後者の定義で捉えるなら、田舎への移住はポジティブにとらえていいとおもうぞ。
ピアノ→吹奏楽なのでマジでクラシックか昔のクラシックを吹奏楽リメイクしたものしか聴いていなかった。
パガニーニの20番(正式名称がわからないけどcmにも使われている)とか聴いただけで射精する。
音階が綺麗すぎるし、何だろう、本当に綺麗なんだよ。
語彙無いなぁとは思うけど、本当にそれに尽きるというか。
大学に入って、これまでの吹奏楽をやめてバンドサークルに入った。
ぶっちゃけバンドなんて俗物だと思ってたし、今でもそう思ってる。
自分は限りなくそれに近く、近くありたいと思っていることがわかってしまった。
教えてもらったものは、今売れているものなんて全く入っていなくて、むしろ逆行しているようなものばかりだったけど、全てとんでもなくかっこよかった。
全ての人が好きになるもの、全ての人が気になるものって、必ず誰かの思惑が働いていて、信用ならないと思ってしまって。
音に加工なんかしなくたって、極論エフェクターなんか使わなくたって、音楽って成立するし、かっこいいものはかっこいいんだ!と思った。
音楽はもう懲り懲りだと思った。
でもまた音楽がやりたい。
かっこよくなくても、下手くそでも、どうしてかわからなくても、音楽がやりたい。
こんなところでしか形にできないのだから、実際に形にできるわけがない。
でも続けたい。
カッコ悪くても何か形になる音楽がやりたい。