はてなキーワード: ラベリングとは
そういうのない?
しんちゃんって幼児の皮をかぶった強者男性なので、もっそい加虐感がある
ルフィも誰も、彼のことを笑ったりしないし、そういうコンテクストをワンピースという漫画自体がつくらない
それどころかボン・クレーはオカマとして独自の哲学を持っていて、それがかっこよく描写されている
見た目や言葉遣いはオカマバーにいそうなオカマをさらにいじったような感じなんだけど、それは笑いにつながってないし、
なんならどんな見た目、属性であってもあの漫画が描く世界からは排除されないという逆の良さがボン・クレーにはある気がするんだけど
そこまで言うと擁護になるんだろうか
ところで書きながら思い出したんだけど、ドラゴンボールにもオカマキャラがでてくる
レッドリボン軍のブルー将軍なんだけど、これはこれでうまく処理されてる気がする
ブルー将軍に追い詰められた一行は、ブルマが色仕掛けをし、難を逃れようとする
だけどブルー将軍は女に興味がないと言い、またオネエ言葉を使うため
それを見たクリリン(だったとおもう)が「げげ、オカマかよ」みたいなことを言う
まずブルー将軍のほうが立場が強い(暴力的な意味)というのがひとつ
そしてブルー将軍がそういうラベリングに対し明確に怒ってNOを突きつけてるという点
そろそろフィクション無罪という時代でもなく、どういう描かれ方をされているかで
評価が分かれる、そんな気がする
キャラクターは人間を模しているが、人間を再現してるわけではない
特徴を抽出し、単純化して、物語の都合に良いように組み替えたものである
その特徴のみで対象をラベリングして論ずることがいわゆる「萌え」である
それゆえ、キャラクターの行動に一貫性がなければ、キャラぶれなどと言われて叩かれる
キャラクターが些細なことから落ち込んで弱さを見せたりすると、誰得シリアスや監督のオナニーなどと言われて叩かれる
表層の設定や外見だけで、異なる作品のキャラクターを同一の如く捉えて囃し立てる
人間はもっと複雑で、行動に一貫性などあるわけ無くて、弱くて愚かな存在だと言うのにだ
(追記)
このように言い切ってしまうのも、また単純化でしかないな、反省
(追記ここまで)
保守、リベラル、右翼左翼なんてラベリングは現在において全く役に立たない。
なぜか?事象を説明するのにあまりにもいろんな要素が混ざりすぎた概念になっちゃってるから。
世の中いろんな問題あるけど、それをある程度単純にまとめ、その論点についてどうか?とやらないとならない。
それでも、端的で人の感情に訴えかけやすい、外国との対応あたりで、善、悪を作ってしまう。
それを他の経済、宗教、道徳、法律にも演繹で、外国との対応で善なる観点だからどうだって話にする。
その善なる観点は経済、宗教、道徳にも応用できるんだって雑な対応に使われがちの分類。
言い出す奴はほっといて、とにかく経済で新自由主義はどうか?法律で日本会議的改憲はどうか?一番重要なのはどこなのか?
ということをいうために、「何となくこの分類だったら議論がわかるだろうな」分類を提示してやってるね。僕は。
なんでも引っ越すとのこと、いきなりだなーと思ったら結婚するからだそうで。
「おめでとう!」「お幸せに!!」とありきたりの返信をしたあと、
一応友人が結婚→お祝い出さなきゃ→つーか別れた人間に対して結婚祝い出すのキモい→そもそも疎遠に→共通の友人が結婚したときも出してない→じゃあいいや
という思考を巡って、よし、この会話終わり。と今に至る。
まあ実際は今に至ったのは夕方くらいで、実際は「『結婚はしない』って(おまえとは)結婚しないってことだったんだなー」とか「恋愛がわからないとか言う割には早いなー」とか「別れ際友達のままでいようとか言われたけど結局すぐ疎遠になったなー」とかぐだぐだ考えていたわけである。
かねてより
・amazonから予約商品が届くけど受け取れないから再配達を帰省後まで伸ばせるか(まだ調べてない
・将来の不安
仕事しながら、お腹がぐるぐる言いだして、これはどっちで胃が鳴ってんだと思った。
円満に別れた、少なくともケンカしたりして別れたわけではないと思ってたんだけど、実際はすごい嫌ってたり、ムカつかれてたりしたのかと思うと、自己嫌悪とか恐怖とか絶望とか、かといえば軽蔑とかルサンチマンとか、妙にエネルギー使う感情が渦巻いてしまう。
単純な、結婚しましたー→おめでとうー→ありがとーだけしたかったのなら共通の友人達のいるグループで言えばいいし、
律儀に友人だと思って報告したんなら、そうか疎遠になった理由わかってないな、価値観の相違~でこれまた別のルサンチマンがやってくるけど
あー、自分の性格判っててLINEしてきたんだろうなーと考えると「おまえはそこでかわいてゆけ」と言われた気持ちになる。実際乾いてるけど。
今の気持ちは確実に「好きだった」でラベリング出来るけど、「好き」だったあの時の感情は少なくとも本物だったわけで、
じゃあなんでこんなに無駄にエネルギーつかって、思い出したり、頭抱えたり、増田に投稿したりしてるんだ。未練か?未練なのか?違うと思うけど、こんなにエネルギーつかうのはやっぱり......うーん、やっぱり違う気がする。いや...とエンドレス。
まあ、傷じゃないところに大粒の岩塩をこすりつけられて、いや純粋に岩塩が痛いよ。ちょっとほっといて。って気分にしておきたくはある。
それでも、なけなしの感情揺さぶられて、ある程度消耗してるわけで、
そういう意味では「おめでとう。あなたの復讐は成功した」となんかそれっぽいこと言いたくなる。
「おまえはそこでかわいてゆけ」
「あの時の感情は少なくとも本物」
ことインターネットでは、思想や支持する政治スタンスによって左から右のカラーリングを分け、しばしば自分と違うカラーリングの人をバッシングする様が観測できます。
しかし、至極当然ながら、カラーリングでの敵味方のカテゴライズは非常に危険です。集団効果は、異を唱える人間がいないことから自体を悪化させるため、お互いがお互いのイエスマンである関係は非常に不健全と言えるでしょう。
そして、バッシングする際に、相手のバックグラウンドを浅薄だと断定し、それ故の容赦のない罵倒をしている姿も散見されます。
ネトウヨ、パヨクとバカにするさまがまさにそれに当たるでしょう。
実際、ネトウヨと罵倒されても仕方ない、パヨクと罵られても仕方ない、そんなふうに思ってしまえる無茶苦茶な人もいますが、それはそれらの言葉が実際使われる頻度よりは遥かに希少なものです。
何故なら、呼称される側が、"その考えに至っても仕方がない"というシチュエーションが大半だからです。
例えば、私はここ六年ほどの韓国政府には一定の猜疑心を抱いていますので、韓国政府がおかしいと思うことは多々あります。
原発に関する強い否定をする方々にも少々距離を置きたくて、放射能を過度に怖がる事がかえって福島の方々を苦しめている様は正視に耐えないものがあります。
一方、組織犯罪処罰法の改正案の際は常に政府への不信感があり、ろくに修正されずに可決したことは心の底から落胆しました。急すぎだろあれ。
また、辻元清美と埋め立て作業員の関係に関しては、私は完全にデマと判断しています。
しかし、人によっては私の韓国や原発への言及をネトウヨ認定するかもしれませんし、組織犯罪処罰法改正案の話や辻元清美の言及ではパヨクと認定するかもしれません。
しかし、それって結局、自分が信じるスタンスと違うからってラベリングして叩いてるだけじゃないですか。それこそ浅はかじゃないですか。
人がその発言をするまでには、前提として知っている情報があって、それは見たテレビのチャンネル、読んだ新聞等によって変わってきますよね。
また、どんな知識を今まで培ってきたかによって、情報の受け止め方、咀嚼の仕方は違います。
それらの一人一人の違いは、たった一つのイシューの違いでネトウヨだのパヨクだので判断できるものでは到底無く、物凄い幅のあるグラデーションなのです。
さっき韓国政府の話をしましたが、日本から見ると無茶苦茶に見える政府の対応も、国の文化や制度を理解すると、なるほどと合点のいく場合も少なくありません。
ゲーム理論に基づけば、条件さえ揃えば多くの人は同じ行動を選択します。だから、何も不思議なことではないのです。自分の殻に入ったまま批判をしても仕方がないのです。
であれば、自分とスタンスの違う人間が何故そんな発言をするのか、考えに至るのか、そこに至るまでの流れを、相手の浅薄さと断定せず、何か理由があるのでは、と考えてみて欲しいのです。
原発の放射能の問題は、シーベルトやベクレルと言った単位が、どの値からどれくらいの健康被害が出るのか未だにはっきり断言できず、かつ政府への不信感も合わさることでとにかく怖がっている様子が見て取れ、自民党はエネルギーのベストミックスと位置づけ原発の廃止をする様子がないことから、恐怖感を持っている人はとても強いアレルギーを抱く様子が想像できます。
それらの人の人生に、原爆、スリーマイル島、福竜丸、チェルノブイリと言った深刻な事故の記憶が深く刻まれているなら、尚の事です。
テロ等準備罪と言われる組織犯罪処罰法改正案も、政府が立法事実にしてることが全部薄弱な根拠であることに目はつぶるとして、完璧に事件を未然に防ぐには、NSAのような事前の操作能力がプライバシーを侵しかねないほどの大きさで必要なのも、理解はできます。
辻元清美の一見も、生コン会社との献金の話は本当でしたし、籠池夫人のメールが修正求められてそれにメディアが応じたのも、メディア不信の人間からすると、極めて辻元清美に有利に動いたよう映るのもよく分かります。また、訂正報道をしたのも、TBSラジオであり、TBSは過去、石原慎太郎の発言を事実と違う形にテロップをつけて放送したことがあるため、信用に値しない、と判断する人もいたことでしょう。
考えはわかる、理解はできてる。
それでも、違うものは違うときもあるのですよ。でもそれは、発言者がネトウヨだからでもパヨクだからでもない。前提にする知識がまちがっていたり、あるいは不足しているから、事実に即していない発言になるのです。
韓国政府は、バックグラウンドや法制度、政治のルールを把握すれば、行動は理解できますが、それが国際法や外交の態度として適切かどうかの指摘や非難は、妥当な範囲でされて然るべきです。
原発を過度に恐れるのと福島への偏見をもつのは、感情論が先行している側面は否定できないでしょう。地域の測定データは常に掲載されており、農産物は問題がないと断定できます。健康被害は今後も観測が必要とはいえ、今のところ現れていません。
恐らくリスクがあるだろうと推定できるので怖がるのと、リスクがゼロじゃないから怖がるのとでは、随分違うじゃないですか。この場合、後者の怖がり方をしているように見えるわけで、その場合、この世に絶対がない以上、安心は得られないって事になります。それは極論だとしても、大丈夫であろうってデータが出ているのですから、それを無視して原発を恐れるあまり、福島を過度に恐れるのは、差別につながるってリスクを知って頂くことで、大丈夫であろうってデータを真摯に受け止めて欲しいです。
組織犯罪処罰法改正案も、政府の説明する立法事実が根拠薄弱である以上、仮に荒れる議題だとしても、プライバシーと犯罪抑止の議論はしっかりとするべきだったはずで、その点政府は本当に不誠実であったと言わざるを得ません。
辻元清美の一件も、何故籠池夫人がその話を知っていたかという視点に当てると、メールを送ったタイミングのほぼ直前に、そう言った無根拠のデマが松山昭彦氏らのブログに載る形でネットに出回っていた事を確認できる以上、それを見た夫人がメールを送って、そのメールがマスメディアに掲載されていたであろうと言う流れを把握して、真偽を推し量ることが必要です。
もちろん、この四つの話題、私のこの書き口に批判があることでしょう。
しかし、批判されても全然いいんです。私は私の知り得る限りの情報から、これらの話の結論を持ってきました。違う結果が出たのなら、それは違う前提知識によるものです。その知識をもとに私を批判することは、私に新たな知識と知見を提示することであり、それは私にとってもとても望ましいことです。
真実の探求やより良い形を求める際、ディベートという討論方式が用いられます。
これは、いわゆる言論の喧嘩ではなく、それぞれの立場になって、立場をロールし、それぞれの立場で知識を用いることで、より良い決断や探求を行うための会議話法なのです。
自分と違う意見の人間がいたら、すぐに「あなたは間違っている」と言うのではなく、「何故そう思うのですか」と聞き、自分との違いを浮き彫りにしながら、相手の立場なら自分はどう考えただろうと想像する。それだけで、随分言論は平和になりませんか。
私の両親は共に政治思想はリベラルですが、父の場合は洋楽にハマってアメリカ文化に興味を持ち、その一環で公民権運動に感銘を受けた背景があります。
母の場合、フォトジャーナル誌を出先の銀行で読んで衝撃を受け、以後反戦の思いが強まるとともに、中東問題に強い関心があるためであります。
二人とも、共謀罪反対、自民党を快く思ってないって点では一致していますが、根っこに同じものが根ざしているわけでは、全然ないのです。それも、同じ時代を生き、長らく生活を共にしてきた夫婦であってさえ、です。
それだけ、一人一人、考えに至るまでの前提って違うと思うのです。
だから、ネット上で自身と違う意見があっても、想像の翼を広げて見てください。向こうにいるのは同じ人間です。必ずしもその人はあなたより劣っているのではなく、あなたと違う人生を送ってきただけなのです。
非モテ「童貞とミソジニーを結び付けるな!ミソジニーは非モテだけのものじゃない!モテ男のミソジニーも糾弾しろ!」
はてなー「いやモテ男のミソジニーもちゃんと批判されてるし。自分を顧みないでそんなこと言ってるから童貞なんだよ。睡運瞑菜、プリントアウト」
はてなで童貞とミソジニーが絡んだ話題になると、大体こういう流れになるのをよく見る。
まあ実際モテのミソジニーが批判されてないなんてことはないし、事実に反した主張をする非モテ側も悪い。
しかし、現に童貞という言葉がカジュアルにミソジニー(というか、男の駄目駄目なところ全般)批判に用いられ、結果的に非童貞ミソジニストが免罪されている事が顧みられないのはどうなのか。
当たり前のことだが、ミソジニーを批判するのに童貞という言葉を使ってしまえば、それは非童貞には届かなくなるわけで。
童貞からは「コイツは童貞だけを選んで刺しに来ている」と思われるのは当然の事。
という事を言うと、そういう言葉遣いをするのは一部のミサンドリストだ、と言われるのだろう、多分。
なるほどそれはそうかもしれない。
俺だって、2chやTwitterでま~んwとか汚い言葉を使って女を罵っている奴と一緒にされたくはない。
では、はてなー各位も、単なるミソジニストに童貞ラベリングするような奴とは一緒にされたくないのだろうか?
・・・と考えた時、最初に挙げた例の流れからは到底そんな『ミサンドリストと一緒にすんな!』という心意気は感じ取れないわけだ。
むしろ星を集めるのは決まって、ミサンドリストにいっちょかみして童貞を小馬鹿にするブコメだ。
である以上、童貞をラベリングに用いているのは一部の人間だという切断処理は通用しないし、君たちは非童貞ミソジニストを叩く気はないし、童貞だけを刺してるのと同然なわけ。
すでにTBで回答されてるけど「ちんこ入れてる方が攻」で「入れられてる方が受」だよ。
男女のSMの場合で女が男にサービスする場合は「女攻め」と「男受け」、あるいはM側が「男責め」みたいになるようなもんだ。
ここまで前提。
元増田が言ってる「精神的な部分」は「シチュエーション萌え」として解釈されている。
二次創作の場合、同じカップリング ((「A攻×B受」と「B攻×A受」は、作品とキャラが同じでも実質的に【完全に別ジャンル】であることに注意。)) でも人によってキャラクターの解釈は違うし、人によってキャラクター二人の関係性の受け取り方も違う。
だから同じカップリングジャンルでも「飛影はそんなこと言わない」は大凡発生しまくるし、その状況にも「地雷」という名前がついている。
「攻が受に依存する」というシチュエーションは女性向けの中では王道中の王道で、「依存萌え」と名前がついている。攻が受がいないと生きていけないという状況はロマンチックで人気があるし、それを実は受が操っていたというシチュエーションも悪女萌えの典型だ。pixiv なら作品ジャンルによっては「黒(受キャラの名前)」などのタグが付くくらいに定着している。
で、攻×受が2パターンしかないのに対し、シチュエーションは星の数だけある。それにいちいちラベリングして棚を作っていくのは難しいし、描き手にしたって自覚的でない場合もある。
だからアニメイトが棚をカップリングの攻/受で分けるのは実利にかなっている。まんだらけだって20年前からそういう風に棚作ってたし、そもそもコミケのサークルは作品/攻・受で配置を決めるんで、ちょっと同人を知ってる人なら「今さら何言ってんの?どこの世界から来た人?」っていう感じではある。
そのように「●●(のアナル)が△△(のペニス)を強姦するので『●△』のタグ付けときますね(はぁと」みたいな奴が発生して「それは襲い受だ」と即ボコられているのを偶に見かけるくらいには、攻受の概念は固定化されています。
それがいい悪いは別の話だし、細かい部分では「●+△」「●△●」「同軸リバ」などの概念もある。
そこからも外れたい人は「カップリング表記なし/主要キャラ」「オールキャラ」のラベルを選択していく。
男性向けの棚では人気ジャンルだけはそのコーナーがあるけど、その他は「百合」「ショタ」「男受け」「母子もの」と性癖(と作家)の区分で棚を作っていく。それに対して、女性向けは作品とキャラで棚を大きくわけて、そこからキャラの関係性(攻受)>作家、と並べていく傾向にある。
極論には極論で返しただけ。
本音のところロリショタレイプはトラウマに近いし見たくないと思ってる(非人間的かどうかはご勝手にラベリングして結構)けど、これは論として酷過ぎるからね。
>誘発させると思った。
それは貴方の主観ですよね? 私の挙げた文芸作品や数多の思想、報道に誘発の可能性は全くないとでも?
>~影響があるのであれば~
そう、問題はこれ。ずっとこれが分からないから議論が続いてる。
>~賛成派になったのは~ネトウヨ~
影響のあるなしが問題なのに、反対派(の一部)が気に入らないから転向? 冗談言ってもらっちゃ困るよ。左翼にも反対派はいるしオタク(と呼ばれている人達)にも規制派はいる。この人ははどれだけ文献に当たったの? 論文は何本読んだ? その果ての懸念表明ならまだしも、ネトウヨがおかしいから規制して影響を与えた漫画家は責任を取って辞めるべきだって?
これこそ単なる感情論であって、子供の被害を防ぐ事とは少しも繋がらないよ。問題を矮小化して「あの漫画さえなければ」って考えはどんな思想や作品にも通じる。
だから私は吐き気がするほど嫌いな凌辱同人にもペドレイプにも何も言わないでいる。自分が嫌いだから規制しろなんて我儘過ぎると思ってね。だけど、この意見にはそれすらないでしょ? 嫌いだからではなくて、擁護している連中が嫌いだから、なんだよ? 真面目に返答をするべき意見かどうか、もう少し吟味して「非人間的」と断じて下さいな。
そうそう、余談だけど私は"個人的に"は、史上最も多くの人に影響を与えて今でも多くの殺人の一因になってるのがキリスト教の救世主で、その次がイスラム教の預言者だと"思ってる"。戦争の原因は、多分お互いに相手を規制しようとしたから。人間的な増田さんはその辺りはどう思ってるのか、ぜひ聞いてみたいな。
あんなん、どー考えても誰かから声掛けてほしげなお嬢さんじゃん。
恋愛が大嫌いですとか、異性に興味がありませんとか不潔とかそういう訳じゃ無くて、
ものすご〜く辛い経験をして「今はちょっと誰とも付き合いたくないの・・・」でしょ。
ブコメとかまとめとか、ねとらば側に立ってる連中が朴念仁ばっかりでビビった。
記事のタイトルを付けるっていう、ラベリングには繊細な感覚が必要なんだから、そこはよく考えようよ。
文章上の表現で「商業から撤退」は「引退ではない」てのは、記事タイトルでは通用しない。
おまえはこの作者を潰したいの?
ってなるでしょ。
別な例えをすると、ねとらばは民事再生申請をした企業について、「破産」の報道をしたような状態。
実際は、支援を受け、再生計画を築いて会社を建て直す場合もある。
この場合、「破産」「倒産」といった報道は支援や再生計画の障害になる。社会的信用を毀損する結果になる。
だから最近は「民事再生を申請」とかそういう見出しでしょ?第一報の段階では、会社を潰して精算するか、再建なり買収なりは未定なんだよ。