はてなキーワード: アウティングとは
「アウティング」なんていうから新しいもののように感じるだけで、この事件で起きたのはただの「晒し上げ」じゃないのかな。
しかも、田舎の村の閉鎖社会でありがちな「晒し上げ」と「指さして笑いもの」の合わせ技であって、きわめて日本的な、本当に日本的な事件だとしか感じなかったよ。
田舎の村でその村で名士になってる医者がやってる医院があって、そこに受診にいった村の既婚女性が、元クラスメイトのナース経由で不妊であることを村中に吹聴されて首を吊ったとか、それと似た系列の事件であって、同性愛も恋愛も全く関係ないと個人的には思ってるよ。
報道から日にちが経って、話題としてはだいぶ下火になっているが、それでもアンテナサイト等の記事ではまだポツポツとこの話題を目にする。
読者のコメントはアウティングしたほうが悪い、の意見が多いように見受けられる。
個人間で解決する問題だと思うので、どうでもいいと言うのが自分の正直な感想だが、1つだけ気になることがある。
日本ではこの件で知られるようになった概念と言って良いと思う。
「アメリカの概念はこうなっている」…成る程、そういう考え方もあることは理解できる。
ならば、アメリカの考え方に乗っ取るなら、告白した側もセクハラで訴えられる可能性が十二分に高いと思うのだ。
アメリカのセクハラ事例をググってみると、さすが訴訟社会、そんな事で?と思う事例でも訴えられている。その観点からすると、その場に相応しくない告白であった事はまず間違いない。
アメリカの訴訟社会は、価値観が違う者同士の擦り合わせ方なので、むしろ訴訟を起こしてなんぼな部分がある。が、日本はそうではない。
この事例は、どんな判決が出ようとも、表向き「じゃあ差別はやめましょうね」と言いつつ、実際は「面倒くさそうだから、その属性の人と深く関わらないでおこう」と思われるだけの、誰も良い思いをしない結果になるだけな気がするのだ。
私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20160823230040
現実の世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。
例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。
格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。
止めようとするのが怖くても、警察に電話の一報くらいはしようとは思う。
高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。
隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。
現実世界で自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。
自分の所属している社会やコミュニティ(会社、学校、旧友、家族)なんかが
どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。
もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。
そういう人は、誰からも自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。
仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、
仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。
一般的には、所属する社会がある程度健全に機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、
人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。
会社にしても、学校にしても、ワタミの過労死や一橋大学のアウティングのように
責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、
ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。
自分の生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中のコンピュータを集めても計算量は足りないと思う。
はてブの、矢口とベッキーと狩野英孝の不倫記事のコメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、
自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能と人間的な社会性や自分の経験、保身、いろんなものが混じってると思う。
エントリー主は、自分は死にたいはずなのに、どうして他人の自殺を通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、
「何を読んでも、自分は死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言の矛盾で混乱しているだけで、
少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察に連行されていないということは、
生の論理や生の執着、死の恐怖が結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、
それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。
通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。
>「しかしなぜ、自分を変えられるから、あなたは変われるから、死ぬべきではないと言えるのだろうか。」
これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。
私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、
死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。
少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、
超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。
昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱な気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。
その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。
けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、
死ぬ時は、死んだ何日か後に増田に記事を自動で投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。
そんなのはたぶんどうでもいい
100円安い商品を買うためにわざわざ移動コストが200円以上かかるところに出向く
ついでになにかの用事がとかいったことでそのあきらかな無駄をごまかす貧困思想なんてものはそうめずらしくない
そんなのはどうでもいい
「はいここにバカがいまーすバカゆえに貧乏?みたいなwwwwwwこの現状wwwwwwwこれが貧困?」
みたいなアウティングを堂々と視聴者から直接現金もらったギャラで拡散したってこと
さもお金をはらっていただきました内容でこれですいかがですかって晒しあげ
女子高生なら舐めがいも叩きがいもあるでしょうにといわんばかりに
そいつを仕組んだやろうを渾身の殴打でなぐりつけるべきだろ
「俺をなぐるとこいつが死ぬぞー」みたいなことをいっている国家放送期間やろうに
いいしごとしやがったみたいなスルーをしてるんだ
そこが問題だとおもうんだが
批判している時点でおまえはここでの「一般人」に含まれていないでしゃばるなw
どうでもいいところにしか食いつかないバカこの論点に関してはどうでもいいところにしか食いついていないという指摘を他の論点には言ってるからという意味不明な理屈
他にも食いついてるだろ低能w つーか一言一句全部否定っていうスタイルを真似しようとしたから仕方ないんだよw
この部分は論点として余計だという指摘に対して他にも論点を挙げているは反論にならない
しかも全部否定しようとして論理展開も意味不明すぎな低能を晒してるだけだったな
先方の許可なく映像や写真を写さないで捜索するのと、誰でも見られるインターネットに画像や動画を流すこと。どちらがアウティングかは火を見るより明らかだと思います
捜索すると大々的にぶちまける時点でアウティングとしてタチが悪いのは5歳児でもわかるわな
もちろん流すのも悪だが大量に流通しているのでなかなか手に負えないし対応してもらうのが難しい
それ故に個々人は対処できないだけなのに、大量に流通してるからみんな許容してるンダ!という認識の時点で脳みそ腐りすぎてキチガイサイコパスなわけだし、
波及効果で言えばニコ動とかいう一部の動画サイト内で流れているものとそれ以外にもガンガン流れていく今回の企画どちらが悪いかは明確
大島がしてるのはアウティングの話であってネタ利用関係無いしかも「利用する」=「認める」という謎変換
ここでも日本語が通じていないっていうね
日本語が通じてないようだが、淫夢ネタで盛り上がってる連中を巻き込んだネタとして利用しているという話だぞ
まーたアスペ的な反応してるよ
目標としても現実達成不可能なものを人質にとって俺たちのやることに文句を言うなとか脳みそ腐ったキチガイはさすがっすねという話だろ
先述の通り、捜索すると大々的にぶちまける時点でアウティングとしてタチが悪いのは5歳児でもわかるわな
もちろん流すのも悪だが大量に流通しているのでなかなか手に負えないし対応してもらうのが難しい
それ故に個々人は対処できないだけなのに、大量に流通してるからみんな許容してるンダ!という認識の時点で脳みそ腐りすぎてキチガイサイコパスなわけだし、
波及効果で言えばニコ動とかいう一部の動画サイト内で流れているものとそれ以外にもガンガン流れていく今回の企画どちらが悪いかは明確
別に同性愛がどうという問題ではないよ。はっきり言って、その「A」の態度は失礼極まりない。
告白した、断られた…そこまではいいよ。だが、「分かった」と言っておきながら、その相手にしつこくつきまとう? まして甘える? それは明らかに踏み越えてる。ましてや、そこで再度の拒絶にあい、謝罪でもするならまだしも当てつけのように「学校来ない」→「留年」のコンボ。これはもう完全にアウトな奴だ。増田が仮に女性で「A」が異性愛者だったとしたらどうだろう? こんな勘違いのクズ野郎は一人で滅べ!とはてなの皆さんも燃え上がることだろう。
ここまで人間的に未熟な人は恋愛する資格自体がない。この「A」は完全にただの迷惑な地雷でありただの自業自得野郎であって、増田にはなんの責任もないし罪もない。翌年の様子みても、なんら反省している様子がないし人間的に成長したようにも見えない。これは十分ブチ切れていいレベル。「オレのせいで留年したって言いたいのか」と増田が思うのは当然で、これは実際そう言ってるのと同じだし、悪く言えば「増田が同性愛に偏見があるせいで…(チラッ)」と言ってるようにさえ見える分だけ悪質だ。こういう、人権問題を利用したハラスメントをかましてくる相手には、きつい灸が据えられるべきだと思う案件だ。
だが、一橋の件については、まったく逆だ。なぜそう言えるか?
結局のところ、告白というのは「した側」の所有物でもなければ「された側」だけのものでもない。両者が共有する「プライバシー」なんだ。だから、どちらかが一方的にそれを公開するのはやはりルール違反だ。きわめて個人的な関係での「相談」とか、そういうところで用いるならばまだしも、だれかれ構わず公開することは、事後的に相手の許可が得られることを確信していたとしてもあまりお行儀のいい振舞いではないし、まして許可など得られないだろうという場合においては、単なる暴力に過ぎない。増田は暴力を振るわれた側。一橋の彼は振るった側。両者を一緒にすることはできないと私は思う。
増田がアウティングを踏みとどまり、一橋の彼がそこを踏みとどまれなかった理由を考えていれば、結局のところ「彼がゲイだ」という事実に関する、二人の意識の在り方の違いにあったように思う。それを飲み込んでいられた増田の人権感覚が比較的まともであったのに対し、「もう黙っていられない」と簡単に限界に達した一橋の彼は(その確定的な書きぶりから、おそらくすでに周りにしゃべったあとで、それがAの耳に入る前にLINEで伝えておくことでアリバイづくりをしただけという風に感じられるが)、その部分において非常に底の浅いダメダメな人権感覚しか持ち合わせていなかったということだろう。「誰かに聞かれたらしゃべっていた」と増田は言うが、文章の書きぶりをみてあまりそうは感じない。後で周囲にカムアウトしていたAのイメージがあるから、今の時点でそう思うだけなのではないだろうか?
増田は、自分と一橋の大学生との間にそれほどの差はないと言いたいようだが、やはり人間は、事実として「やったこと」で判断されるべきだと思うし、その点において増田の振舞いと一橋の学生の行為との間には、やはり決定的な違いがあるように私は思う。
一橋のことだけど
同性愛とか関係ない。AとZの性別を異性の組み合わせにしても結論は同じ
Aは告白すべきでなかった
勉強に集中したいのに、後先考えず一方的に行動するAの身勝手さ
やるなら国試終わったあとにしろよ、時期考えろよ
サークルだったり小規模・特殊なところで恋愛御法度とするとこがあるのもうなずける
どうせ別れてめんどくさいことになる結果だらけじゃん
友情と思っていたこれまでのAのふるまいが下心だったと思ってしまったら
告白が不可逆にしたんだよ
踏み込ませたのだろう
大学の相談窓口に相談したところで有効な手立てを打ってくれるとでも??
どういう大学であっても、現状を考えても、
こういう「恋愛が発端のトラブル」に仲裁できる相談窓口なんてないだろ
一橋大学は腫れ物を扱うような感じだし
じゃあ、
Aと離れるにはZは退学すべきだったんですか?
そもそもZは告白されたショックで自殺すれば良かったんですか?
それとも、Zに対する殺意表明をするような奴に今すぐ殺されれば済むんですか???
絶対ない、と言えるか?
答えてみろよ
もう随分昔のことになる。大学時代、同性の「友達だと思っていた相手」に告白された。以下その彼を「A」と呼ぶことにする。Aと俺はサークルの同期で、まあ普通に仲が良かった。サークル仲間複数で遊びに行くことも、Aと二人でメシを食ったり映画を見たりすることもあった。俺にとってAは数ある男友達の一人で、特別な感情は全くなかったし、向こうにそう思われていることも全く気付いていなかった。
ある日、唐突にAに呼び出されて、「好きだ」と言われた。その時自分は何故か冷静だった。淡々と「自分は同性愛者じゃないし、その気持ちに答えることはできない」と言った。Aも「わかった」と言い、その場は普通に別れて家に帰った。
帰りの電車の中で、さっき起きたことを思い出していたら、なんだか「嫌悪感」としか言いようがない感情が湧きあがってきた。そういえばAはあのときあんなことをした、こんなことを言っていた。あれもこれも全部、俺に対する性的関心が裏にあったのか?なんだか裏切られたような気持ちがあった。
家に帰ってから、当時付き合っていた彼女に電話して、告白された話をした(彼女はAと接点がなく、Aのことは知らなかった)。彼女は「裏切られたような気持ちはわかる」と言った。彼女自身、全くそういう対象として見ていなかった先輩(彼女持ち)にいきなりキスを迫られて、ひどく傷ついたことがあったと言う。でもその男と比べたら、手を出してくる前にちゃんと告白したAはまともだ、今後も普通に友達として付き合えるんじゃない?と。そうかもしれない、とその時は思った。
その後しばらくの間は、俺もAも何事もなかったかのように過ごしていた。サークルのメンバーも、そんなことがあったとは誰も気付いていなかったと思う。しかし告白から何週間か経った頃、ある事件が起きた。
サークルのイベントで皆で出かけることになり、「○○駅前で待ち合わせて行こう」となった(まだ誰も携帯電話を持ってない時代である)。するとその前日の夜に、Aから電話がかかってきた。Aは「明日二人で直接会場に行こう」と言うのだ。俺は「いや、皆で行こうって待ち合わせてるじゃん」と言った。するとAは、
「いいじゃん〜、二人で行こうよ〜」
と、甘えるような声で言ったのだ。この時の「虫唾が走った」感覚をはっきり覚えている。俺はお前に、「そういう関係」には決してならないとはっきり言ったではないか。なのにお前は俺を性的に消費しようとするのか。俺の気持ちも都合も御構い無しか。ふざけるな。「いやだ」と強い口調で言って電話を叩き切った。
それ以降、俺はAと距離をとった。ほとんど「無視」していたに近い(向こうから話しかけられた時は、必要最低限の返答はしていたけど)。するとAは、サークルに出てこなくなった。他の友達に聞くと、なんか大学にも来ていないらしい。Aは結局、その年の単位が取れず、留年した。
次の四月、大学に戻ってきたAは、俺以外のサークルメンバーにカムアウトを始めた。そしてその時、「僕が実はゲイなんだ。去年増田に告白したんだけどフラれちゃった」と言っていたらしいのだ。俺はとても悔しかった。あいつは、自分の留年が俺のせいだとほのめかしてるのか?俺は告白されたことを、サークル内の誰にも言っていなかった。なのに、なんであいつは自分のカムアウトに勝手に俺を絡めているのだ?
俺はそのままサークルを引退し、Aともそれ以来全く会っていない。この経験は記憶の中に沈んでいたけど、最近の一橋大ゲイ自殺関連ニュースで、ものすごくありありと思い出した。怖いのは、ひとつ間違ったら俺は「加害者」とされていたんだろうなあ、ということだ。Aには留年という実害があって、その「原因」は結局のところ俺にある。俺はサークル内でアウティングはしなかったけど、それはどちらかというと偶然みたいなもので、もしあの時期にサークルメンバーに「最近Aと何かあったの?」とでも聞かれていたら、たぶん喋ってしまっていたと思う。今回のアウティングの舞台になったグループLINEだって、当時はなかったわけだし。
俺は一橋大事件で告白された/アウティングした側の「Z」の話を聞いてみたいと思う。例のグループLINE上の文面を見ても、Zが面白半分でバラしているようには思えない。彼には彼の深刻な思いがあったのではないか。いずれにしても、現時点で手に入る情報だけに基づいて、Zが一方的に悪者であるかのように語ることはできないし、すべきではないと思う。
大島薫が淫夢営業をたくらんだところ、非難を浴びて炎上しました。
それに対して自己正当化をはかる大島薫の詭弁がみるに堪えないので、2点突っ込めることを以下に書き出します。
なぜ野獣先輩が架空の存在ではないことを知らしめることに、野獣先輩の流布を止める効果があるのかについては、過去ニコニコ動画で野獣先輩と同じくゲイポルノ男優として広く拡散していたビリー・ヘリントンという人物の例があります。同じくニコニコ動画で無断転載されていたビリー・ヘリントン氏が、イベントのゲストに登場することになり急速にその動画や画像が出回らなくなりました。「動画の中だけの人」が「現実に存在する人」になることで人々の倫理観が元に戻ったのではと考えております
淫夢界隈では、とうの昔に実在の確認されている出演者たちがネタにされつづけています。
有名なTDNと呼ばれる野球選手を筆頭に、DB、HTN、KYN、POPO、KBTITらの実在が明らかになったところで人権侵害は止まりませんでした。
さらにいえば、ビリー・ヘリントンを中心とするレスリングシリーズが衰退したのは、ニコニコ動画の運営公認となって飽きられたからです。
もともと、レスリングシリーズ動画はニコニコ動画運営への嫌がらせ目的、またはサブカル的に消費して面白がっていたのが流行のきっかけでした。
そんなレスリングシリーズ愛好者たちは天邪鬼といえたわけですが、ビリー・ヘリントンがニコニコ動画運営によってイベントへ招待され、あまつさえ彼がグッズ化されることで熱が冷めていったのです。
彼らは自分たちの「オモチャ」がメジャー化して愛想をつかしたのであり、決して「倫理観が元に戻った」のではありません。
ゲイやセクシャルマイノリティーについて詳しいと自称しているのであれば野獣先輩という人物がネットで面白おかしく流行している現状を快く思っていなかったはずです。それをいままで放置してきたのに、いまさらアウティングだなんだのと騒ぎ立てるなんて偽善者過ぎはしませんか?
アップされる動画を見て見ぬフリをしてきた一般人たちもまた同様です。アウティングというなら、ゲイビデオに出演している画像をネットに流してるほうがよっぽどアウティングだと思うのですが。むしろ、いまになって非難されている方々は自分が「ネットに無断で画像をアップするのはいいけど、捜索するのはダメだよな」というような倫理観であると、自ら認めてしまっていることにお気付きなのでしょうか?
大島のたくらみは、本人の居所を暴き出し、人権侵害の状況を直接知らせに行って、本人の了承が取れたらそれを公表することです。
もし、野獣先輩本人が人権侵害状況を知っていて不快に思っていたなら、大島の行為は二次被害にあたるでしょう。
そうした大島の所業と比べると、野獣先輩の人権侵害コンテンツに対してなす術もなく黙認していることは悪質性の程度が全く異なります
そもそもゲイポルノを素材にした人権侵害コンテンツのアップロードに対して、権利を持たない第三者には何ができるのでしょうか。
もし取り得る方法があるのならば、大島薫が率先して行うべきでしょう。
本気で野獣先輩の救済を考えていたのならの話ですが。
この件詳しく調べた訳じゃないし、全体を把握なんてできていないだろうとも思う。
でもどうにもおかしな物を感じる。
多分僕が数年前に、とある人とのトラブルもあり結果休職、「数日以内に自殺してしまいそうです」と主治医に訴える、こんな薬のんでたら復職なんて無理みたいな薬処方、障害者手帳と年金受けとる、薬やめてなんとか復職、安定してきたので弁護士を紹介できる専門家に相談開始、みたいな状態だからだろう。多分に想像も含むのだが精神の問題と訴訟みたいな事について最近頻繁に考えているので少し書かせて欲しい。
結論から言えば、どんなに有利な立場でも慎重にやらなければ相手が本気を出せば足元をすくわれかねないという感じだと思う。損してしまいかねない。相手がやったことも、今僕がやろうとしていることも、それが当てはまると思う。
僕は言われた「とにかくそれを相手の方に直接言ってはいけませんよ」
大変納得のいかない話だ、事実を口にして何が悪いと言うのか。人間性で言ったらあんな奴許されるはずがないのだ。こちらの主観だけしか聞いていない俺の周囲の人間は、例えば「そいつ馬鹿だろ?何それ。馬鹿だろそいつ」とか「その人は、なんかおかしいよね…」とか「クズですねそいつ。そんなクズ見たこともない」とか言ってくれる。
だが肝心の上記の専門家が、「それはその人が非常識な人間だとという証拠にはなるでしょうけど、法律ってのはそれを禁止しているわけではないので…」という具合いなのである。なにかいう度に「それは記録に残ってますか?」と聞かれ、「医師のカルテになにかしらは書いてあるはず」「じゃあまずはその記録を探してください」って感じなるのである。
人間的には許されない。でも法的には問えないみたいな可能性もいろいろある、それで再度今自分の話は見直し中である。法的に問えないところで相手に恐怖だけ与えても、逆に訴えられかねないからだろうと思っている。
とにかく、そういう冷静に判断できる人に事態をコントロールさせるべきだと思う。訴えるみたいなのは、自分では問題に対処できないと白旗揚げる事だと思うので、弁護士に相談すれば「なにが目的ですか?事実が明らかになれば満足ですか?それとも具体的になにか要求しますか?」など聞かれると思うので、そこを明確に弁護士と握ったら、後は弁護士が指示してくるだろうから、弁護士に状況を管理していただいて自分は指示をこなせば良い。
またマスコミも直接原告の意見を聞いて書いてしまうのは良くない。聞かれたら答えてしまうのは心情だろうが、堪えずに喋ってしまうからと、なんでも書いていいものではないだろう。
とりあえず加害者とされる側が自殺してしまったりしないように、冷静な専門家が落とし所を。人の死や訴訟は学生には重い。本人だって何も思っていないわけはないだろう。ただ回りが騒いだら出ていけないまま苦しむしかなくなってしまうと思う。
ハラミ、タン、レバーを頼んだ。残念ながらハツは品切れだった。どれも新鮮で、火の通り加減もちょうどよく、ぷりぷりとした食感で旨かった。
他の料理もどれもおいしく、期待通りの良い店だなあと満足していた。
ただ、隣の客が少し気になった。どうやら店員の先輩であるらしい。こないだの休みは何をしていたとか、誰それの披露宴の余興をどうするとか、ずっと話し込んでいる。狭い店のカウンター席の隣なので、否が応にも会話の内容が聞こえてくる。
そのうち、ひとりだった店員がふたりに増えた。そちらの店員も客の後輩のようだ。皆20代後半くらいに見える。
客と店員の距離が近すぎる店は正直あまり好きではないが、まあ次からはカウンターに座らなければさほど気にならないか、と思った。
ふと客が、ある事件のことを口にした。某大学のロースクールの学生が、学友にゲイであることをアウティングされたのち、心身共に支障を来し授業中に大学で転落死したという、大変痛ましい事件のことだった。
客は、世知辛いねえとか、大変だねえとか言っていたが、それだけではその言葉の意味は曖昧だった。でも、亡くなった学生に対して好意的ではなさそうなのは何となく解った。
それに対し、後から入った店員が言った。「でもねえ、そいつも弱かったんだろうと思いますよ」
客はその後店員ふたりに酒を一杯ずつふるまい、私が帰る少し前に帰って行った。帰り際にもその客と店員とは同性愛者を嘲笑するような軽口をふたことみこと交わして笑い合っていた。
不思議だ。目の前のカウンターに座っている他の客が当事者である可能性は全く考えないのだろうか。
自分たちのような、何も考えずに同性愛者への差別感情を剥き出しにして笑いものにするような人間がいることが、同性愛者の辛さの一片であるかも知れないと想像もしないのだろうか。
その辛さをチラリとも考えたことがなさそうなのに、転落死した学生を「弱かったんだろう」と言えてしまうのが、不思議だ。
何か言いたかったけれど、何を言えばいいのか言葉が見付からないまま、夫とふたりで店を出た。
腹が立って仕方なかった。
旨かっただけに残念だ。もう二度と行くことはない。
Aのこれまで自分にとってきた行動が友情によるものでなく、恋愛感情による好意だったことを知ったAのショックは分かる
自分なら告白された後、(期待を与えないよう)距離を取ろうとするだろう
Aが諦めきれずモーションかけ続けたなら本気で嫌だろうし、言い方悪いが、追っ払う為にアウティングという劇薬を使ったってのはあり得そう
っていうか、家族にすら打ち明けていない、知られてはイヤな秘密を
事前告知なしで、交際申し込みと一緒にできるくらい、恋に盲目だったのか
一橋のZ以外の奴にゲイに嫌悪感を持つのがいたからカミングアウトできなかったのは分かるが、共通のその知り合いにゲイに告白されたZが同じように嫌悪されることも想像しなかったのか
例の件、アウティングをした人が叩かれてるけども、彼の苦悩や恐怖は十分理解できる。
そもそもノンケ専がゲイであることを周囲に隠してノンケにアプローチするというのが、卑怯なわけだよね。
だって世の中、異性と同性ってのは各所で扱いが違うけども、それはやっぱり性愛があるからでしょ。
例えばさ、ゼミだったらゼミ旅行とかあるけど、ノンケ専のゲイと同室になったらどうする?って話だよ。
これが異性同士だったら、大規模な雑魚寝みたいなのは別にして、同室にならないような配慮がされる
わけだけど、性癖を隠してるゲイは単なる同性扱いになっちゃうわけでしょ。困るよね。
風呂もさあ、どうする?「皆で入るか!」って流れになっちゃったら。自分のことが好きなゲイがいるのにさ。
ゲイ専のゲイだったら、まあ同性が好きでも関係ないみたいなところはあるけど、ノンケであることが
で、そういう場面は至るところにあるでしょ。「食事に行こうぜ!」って言われたとして、ただのゼミ仲間と
自分の事が好きなノンケ専のゲイでは違うでしょ。前者はただの人付き合いで、後者はデートのお誘いでしょ。
でも、アプローチをかけられてる人にしか、その違いがわからないんだよ。ゲイがゲイを隠してるから。
ターゲットにされた側はもうアウティングしかないんだよ。アウティングでしか逃れられない。
例の件で「なぜ不特定多数にばらしたんだ!」と怒ってる人がいたけど、不特定多数なんかにばらしてないよね。
彼はTwitterやFacebookでアウティングしたんじゃないよ。ゼミのグループラインという極めてクローズドな
場でばらしただけ。そこがアプローチの主戦場だったんでしょ。だからこそ、そこでアウティングする必要があった。
他人に面白おかしく吹聴するだけなら、適当に個人情報をぼかしてネットにでも書けばいいだけなんだけど、
ノンケ専にターゲットにされてる彼はそれじゃあ救われないわけよ。
「平等 公正 画像」で検索すると平等と公正の違いがわかると思う。
多くの人は平等を重視するけど公正さを考えようとしないのではないか、なんて感じている。
さて、ゲイの男性に周囲が迷惑だから行動を制限するというのは公正だろうか。
ゲイの告白に対して周囲が少しだけ我慢するのが公正というものではないだろうか。
彼らにノンケと全く同等の良識や行動の制限を強いるのはおそらく平等の観点から来ているだろう。
しかし、弱い立場の人間を受け入れるということは、そのコストやリスクを社会が請け負うということでもある。
平等ではない現状で平等を強いることは、公正さに欠ける考えであり、マイノリティを受け入れたくない強い立場の者の意見ではないだろうか。
とふとそんなことを思った夜だった。
<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>「自分の気持ちに嘘はつけない」とわざわざ表明する人は自分の気持ちだけが大事で、他人を傷付けていることに鈍感なので、「正直に言えばなんでも許されると思うなよ」と言いたいです。— 龍堂薫子 (@ryudokaoruko) 2015年9月15日
この龍堂薫子さんのツイートは男性からの告白について言ってるのだとは思うのですが..。
http://life.letibee.com/hitotsubashi-suicide/
ただ告白したA君は、ノンケがゲイに告白されることでもたらされる不快感を軽く見積もっていたと思うんです。
率直に言いますが、基本的にノンケがゲイから告白された場合、正直不快に思う方がほとんどだと思います。
少し前に、小学生だか中学生のアイドルの女の子が、中年のおっさんファンにふつうに親切にしてたら、そのうち「結婚しよう」とか言われて、ノイローゼになったという事件があったような気がした(うろ覚え)が、たぶん、告白されたZくんはそんな感覚を持ったと思う。
で、ゲイだってだけなら大丈夫だったんだけど(ほかの同級生がてゲイに対してネガティブな発言をする中、それに参加しておらず、だからこそA君もカムアウトしようと思ったことから推測)、お前が好きだってことまで含まれてしまうと、申し訳ないけど、ノンケの立場からすると、もはやそれは加害とほぼ同義なんだよね。
これは男同志だからわかる感覚だけどその時点で「お前でいっぱい抜いてる」って言ってんのと同義だからね。ノンケからしたら、超不快なわけですよ。
もともとゲイだって知ってて付き合ってれば別だけど、そうじゃないわけだから、騙し討ち的な感覚を持ってしまったと予想されるわけです。
小中学生の姪っ子とかが、突然親戚のおじさんから「実はお前を性的な目で見てる」とか、はては「お前でいっぱい抜いてる」って言われたら、確実に不快感いだくだろうってのはわかるでしょ?
そういう種類の不快感です。
自分が男性で、かつ偶然自分の性的嗜好が男性好きだというだけで、通常の告白という自分の気持ちを正直に告白しただけなのに、なぜそんな風に思われないかんの?と思う感覚があるだろうってことは、良くわかるのだけど。
でも、先の例に出した中年のおっさんファンだって、親戚のおっさんだって、「自分の気持ちに嘘はつけない」と正直に小中女児に自分の気持ちを告白したわけでしょ。
だからって、純粋なおっさん達の気持ちが尊重されるべきとは、みんな思わないと思うんですよ。
万が一あっても、黙っとけよと。
おっさんだろうと、女子だろうと、男子だろうと、ゲイだろうと、そのほかの性的指向であろうと、告白を行う前に、本当は事前に結果は予測出来てるはずで、相手に心理的瑕疵を負わせないように、どうするべきか考えるべきではないかと思うんですよ。
何か世の中的に、男女問わず、相手に断られる可能性が高くても、無責任に告白するのを良しとする空気が確かにあって、それが今回の悲劇を招いたような気がします。
Z君からすれば「何で俺だけ嫌な思いして傷つけられて、あいつはのうのうと..くそっ」と思った筈で。
A君だって世の中の恋愛信仰が「とりあえず告白するのは良し」ってプレゼンをしてなかったら、きっと考えたと思うんですよね。
でも、告白で明らかにZ君が傷ついたのは間違いないと思うんですよ。やり返したい気持ちはどうしても出て来てしまうと思うんですよね。
ところが、Z君はノンケですからアウティングしてやり返すことで、どの程度のダメージをA君に与えるかまではリアルには想像できないわけで。そもそも自分には言ってきてるんだし、テレビとかで見る同性愛者は凄くメンタルが強いように見えますし。
自分が25歳ぐらいで、一方的に傷つけられて、やり返さないって選択を出来るかなあって。
<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>一方的に好意をぶつけ続けることを熱意や誠意だと思っている人は、相手のことなんかどうでもいいんでしょう。そんなに自分の気持ちだけが大事なら、軽々しく人に好きだとか言うべきではありません。— 龍堂薫子 (@ryudokaoruko) 2016年1月13日
<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>「自分の気持ちに嘘はつけない」とわざわざ表明する人は自分の気持ちだけが大事で、他人を傷付けていることに鈍感なので、「正直に言えばなんでも許されると思うなよ」と言いたいです。— 龍堂薫子 (@ryudokaoruko) 2015年9月15日
この龍堂薫子さんのツイートは男性からの告白について言ってるのだとは思うのですが..。
http://life.letibee.com/hitotsubashi-suicide/
ただ告白したA君は、ノンケがゲイに告白されることでもたらされる不快感を軽く見積もっていたと思うんです。
率直に言いますが、基本的にノンケがゲイから告白された場合、正直不快に思う方がほとんどだと思います。
少し前に、小学生だか中学生のアイドルの女の子が、中年のおっさんファンにふつうに親切にしてたら、そのうち「結婚しよう」とか言われて、ノイローゼになったという事件があったような気がした(うろ覚え)が、たぶん、告白されたZくんはそんな感覚を持ったと思う。
で、ゲイだってだけなら大丈夫だったんだけど(ほかの同級生がてゲイに対してネガティブな発言をする中、それに参加しておらず、だからこそA君もカムアウトしようと思ったことから推測)、お前が好きだってことまで含まれてしまうと、申し訳ないけど、ノンケの立場からすると、もはやそれは加害とほぼ同義なんだよね。
これは男同志だからわかる感覚だけどその時点で「お前でいっぱい抜いてる」って言ってんのと同義だからね。ノンケからしたら、超不快なわけですよ。
もともとゲイだって知ってて付き合ってれば別だけど、そうじゃないわけだから、騙し討ち的な感覚を持ってしまったと予想されるわけです。
小中学生の姪っ子とかが、突然親戚のおじさんから「実はお前を性的な目で見てる」とか、はては「お前でいっぱい抜いてる」って言われたら、確実に不快感いだくだろうってのはわかるでしょ?
そういう種類の不快感です。
自分が男性で、かつ偶然自分の性的嗜好が男性好きだというだけで、通常の告白という自分の気持ちを正直に告白しただけなのに、なぜそんな風に思われないかんの?と思う感覚があるだろうってことは、良くわかるのだけど。
でも、先の例に出した中年のおっさんファンだって、親戚のおっさんだって、「自分の気持ちに嘘はつけない」と正直に小中女児に自分の気持ちを告白したわけでしょ。
だからって、純粋なおっさん達の気持ちが尊重されるべきとは、みんな思わないと思うんですよ。
万が一あっても、黙っとけよと。
おっさんだろうと、女子だろうと、男子だろうと、ゲイだろうと、そのほかの性的指向であろうと、告白を行う前に、本当は事前に結果は予測出来てるはずで、相手に心理的瑕疵を負わせないように、どうするべきか考えるべきではないかと思うんですよ。
何か世の中的に、男女問わず、相手に断られる可能性が高くても、無責任に告白するのを良しとする空気が確かにあって、それが今回の悲劇を招いたような気がします。
Z君からすれば「何で俺だけ嫌な思いして傷つけられて、あいつはのうのうと..くそっ」と思った筈で。
A君だって世の中の恋愛信仰が「とりあえず告白するのは良し」ってプレゼンをしてなかったら、きっと考えたと思うんですよね。
でも、告白で明らかにZ君が傷ついたのは間違いないと思うんですよ。やり返したい気持ちはどうしても出て来てしまうと思うんですよね。
ところが、Z君はノンケですからアウティングしてやり返すことで、どの程度のダメージをA君に与えるかまではリアルには想像できないわけで。そもそも自分には言ってきてるんだし、テレビとかで見る同性愛者は凄くメンタルが強いように見えますし。
自分が25歳ぐらいで、一方的に傷つけられて、やり返さないって選択を出来るかなあって。
<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>一方的に好意をぶつけ続けることを熱意や誠意だと思っている人は、相手のことなんかどうでもいいんでしょう。そんなに自分の気持ちだけが大事なら、軽々しく人に好きだとか言うべきではありません。— 龍堂薫子 (@ryudokaoruko) 2016年1月13日