ハラミ、タン、レバーを頼んだ。残念ながらハツは品切れだった。どれも新鮮で、火の通り加減もちょうどよく、ぷりぷりとした食感で旨かった。
他の料理もどれもおいしく、期待通りの良い店だなあと満足していた。
ただ、隣の客が少し気になった。どうやら店員の先輩であるらしい。こないだの休みは何をしていたとか、誰それの披露宴の余興をどうするとか、ずっと話し込んでいる。狭い店のカウンター席の隣なので、否が応にも会話の内容が聞こえてくる。
そのうち、ひとりだった店員がふたりに増えた。そちらの店員も客の後輩のようだ。皆20代後半くらいに見える。
客と店員の距離が近すぎる店は正直あまり好きではないが、まあ次からはカウンターに座らなければさほど気にならないか、と思った。
ふと客が、ある事件のことを口にした。某大学のロースクールの学生が、学友にゲイであることをアウティングされたのち、心身共に支障を来し授業中に大学で転落死したという、大変痛ましい事件のことだった。
客は、世知辛いねえとか、大変だねえとか言っていたが、それだけではその言葉の意味は曖昧だった。でも、亡くなった学生に対して好意的ではなさそうなのは何となく解った。
それに対し、後から入った店員が言った。「でもねえ、そいつも弱かったんだろうと思いますよ」
客はその後店員ふたりに酒を一杯ずつふるまい、私が帰る少し前に帰って行った。帰り際にもその客と店員とは同性愛者を嘲笑するような軽口をふたことみこと交わして笑い合っていた。
不思議だ。目の前のカウンターに座っている他の客が当事者である可能性は全く考えないのだろうか。
自分たちのような、何も考えずに同性愛者への差別感情を剥き出しにして笑いものにするような人間がいることが、同性愛者の辛さの一片であるかも知れないと想像もしないのだろうか。
その辛さをチラリとも考えたことがなさそうなのに、転落死した学生を「弱かったんだろう」と言えてしまうのが、不思議だ。
何か言いたかったけれど、何を言えばいいのか言葉が見付からないまま、夫とふたりで店を出た。
腹が立って仕方なかった。
旨かっただけに残念だ。もう二度と行くことはない。