はてなキーワード: すっとぼけとは
露骨にニワカ出して言ってるのに気付いてないのがとてもかわいいのだが日本に生産設備が戻ってくること自体は円安じゃなくても確定的である(ただし諸制限がある)
一番デカいのは
日本企業が金出さないくせに口うるさいのでもう受けたくないというわけだ。中国企業や韓国企業の方が金は出すし口うるさくない
中国企業の人件費の高騰は2010年代前半から始まってそれでベトナムに生産移したのにあっという間に「金払いの悪さ」が問題になった
というのが「コロナ前の話」
次に大きいのは
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF276MJ0X20C21A1000000/
これが2021年1月の発言だからつまり2020年以前のデータを見て言っている
・新型コロナでサプライチェーンが寸断された結果海外生産を当てにしにくくなった
表向き流通はそれなりに戻ってるが元通りにはならない。いつまたこなくなるかという恐怖は残る
また2020年から国は国内生産設備回帰に金を出しているhttps://www.meti.go.jp/covid-19/supplychain/index.html しょぼすぎて笑うが出さないよりはマシだ
こんな感じで国内生産設備回帰は「とっくに始まっている」円安で動き出すのはかなり遅い方だ
ネックになるのは日本企業が働き手として期待する若年人口の少なさと海外との流通が国際規格に全然追いついてないというあたり
働き手の少なさは賃金上昇圧力になると期待して空港や港湾のコンテナ処理能力不足は10年計画ものなので3,4年先あたりに深刻な問題となっていると思われる(いや実は既に深刻ではある)
今後主流になる超大型コンテナ船が入れるのが横浜しかないというあたりで自体の深刻さを想像してもらえるだろうかhttps://toyokeizai.net/articles/-/330669?page=2
hesopenn
ちょっとでも「○○してほしい」という声をあげると「カスが」とか言われるの、どう考えても狂ってる世界だと思う。消費者が生産者に向けて何か要求することなんて日常茶飯事でしょ。どうなってるの…。
https://anond.hatelabo.jp/20221010163416
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20221010163416
「自分の気持ちとしてこういう要望を書いてみた」という話のように思えるんだけど
その後に展開していくのって
『倫理観的に良くない』
令和になって
書き出ししか読んでないと「〇〇してほしい」という要望を出しただけっぽく見えるんだけど
実際にはコテコテの何番煎じかわからないポリコレクレーマーなんだよ。
たぶんこのhesopennさんは大元増田のタイトルと書き出しに騙されて全文読まなかったんだと思う。長いし。
それかちゃんと読んでてほんとうはわかってるのにすっとぼけてるか。
どっちかです。
な?こうやってすっとぼけるだろ?
不思議なのは、なぜ殊更性犯罪についてばかりこう言う意見が出るのかということです。
例えば、商店に於いて商品に"万引防犯タグ"を取り付け、万引被害を抑えようという試みは広く一般に受け入れられておりますが、この様な施策に対して「この店は私を万引き犯扱いするのか!?」などとクレームを入れる人はまずいませんよね?
他にも出入国管理/テロリスト、陰性証明提出義務/コロナウィルス感染陽性者、などもそうですが"警戒すべき対象がわからないので、一度全体を警戒する"のはザラにあることなので、本来男性は女性から警戒されたことに腹を立てる必要はありません。
であるにも関わらずなぜ男性は傷つきを感じてしまうのか?については、男性性欲にまつわる面倒な話になるので割愛しますが、重要なのは、"女性の警戒は理不尽ではないし、男性はその事を認識し傷つく必要などないとを理解する"ことです。
全体を警戒することと、個別属性を警戒することの差異を理解してないのか?
黒人って属性で警戒したら差別だし、全人類を警戒するのは差別じゃない。簡単な話すら理解できないのか?
女だけ舐め腐った接客する店員がいたら差別的だと感じるでしょう。
男女でも属性による決めつけの対応が悪いって話してるのをすっとぼけるのをやめろ。
この件では妥当なんだよね。
なぜなら被害者が行ったのは告発などではなく、被害への注意喚起が主目的なのだから。
警戒が足りなかったと注意喚起する話に上乗せで警戒が足りないとコメントするのはクソバイスであることに間違いはないが。
元々の話のざっくりした結論は「ソロキャンプでは警戒しなきゃいけない」であって
あんたは話を雑に拡大しすぎ。
誰かが告発する時と注意喚起する時でするべき対応は全然違うが、女性が被害にあった一点だけで守らなきゃいけないと勘違いしてるからおかしな話しだしてるの。
あんたが何歳とかどうでもいいけど、若者って言うくらいだし一般的に見て年長者なんでしょ。文意が理解できないくらいボケかけてるんじゃない。
取引先のアラカンじいさんから「スマホにしたから設定して欲しい」と呼ばれ、お金をもらって設定したのが今年の春頃
最近の打ち合わせで仕事の話もそこそこに「ワクチン陰謀論」や「安倍晋三は許せない」などと言い出してきた
聞き流しつつも「へー!そういうのってどこで知るんですか?」とすっとぼけて聞いたら「Twitterだよ。知らないの?」と……
仕事でも使いたいからと、練習のためにじいさんのアカウント作成代行したの俺なのに……
Twitterのタイムライン見せてもらったらゴルゴルのネット左翼になってて、モンスターの生みの親の気分を味わった
個人の感性の話になるけど、こういう世界観ならこういう組織やキャラクター、シチュエーションが成立しそうだね、そういうキャラクターがこういうシチュエーションに放り込まれたならこういうドラマが発生しそうだね、というところが可能な限り破綻なく噛み合って、その上でキャラクターの行動・お話の展開に意外性がありつつも納得できる形で成立しているとすごく刺さるんだよね。そのとき設定やお話自体は作中で納得感がある形で描写されていれば現実離れしていても問題ない。
逆に世界観と展開が一致しないとか、キャラクターを無理に動かしてるとか話の都合が優先されると一気に萎えちゃうんだよな。だから松野泰己が作るお話はすごい好き。
その点リコリス・リコイルはもったいないなーという印象。世界観の骨格は重めに作ってるのに、設定に無理があったり細かなお話の展開・演出がご都合優先で整合性を欠いたりしている。たぶん実際にやっていることはヒロイン二人のお話だから、不必要な世界観が足を引っ張ってるんだと思う。ただ自分にとっては前述のように世界観・設定やキャラクターとの整合がとれたドラマを観られることが重要だから、そのあたりのチグハグさがとても気になる。
すごくいいところもあるし放送されてる間は話題になるけど、オールタイム・ベストになったり後世に名を残すでもなく、中途半端に消費されるだけになりそうというか。その点ガンスリンガー・ガールは確かに後世に名を残しているじゃんか。その違いだよね。作画は劇場版と言っても問題ないくらい高水準なのに。そういう意味ではワンダーエッグ・プライオリティに似たものを感じる。
後半でうまくお話転がしてDAという組織の成立やリコリスの出自に伴う因縁、敵対組織との相克を折れたタワーの由来と絡めながらダイナミックに風呂敷広げて、歪な社会構造の少なくとも一部を何らかの形で次のステージに進める感じで綺麗に畳んでくれるといいけど、千束とたきなのしょーもない心の葛藤を百合百合パワーで乗り越える!みたいなヒロイン二人の関係性で話が終わりそう。学園ドラマでやってくれ。
微妙だと感じた点を色々書いていくけど、制作陣はそんなこと言われなくても分かってると思うので最終的にこういう指摘を跳ね飛ばすくらい面白い、視聴してよかったと思える作品に仕上げてくれることを祈る。
とにかく突き抜けた作画クオリティとメインのふたりのキャラの魅力がアニメ作品として話題を引っ張ってる印象。
作画のよさとはアンバランスに、設定作りや脚本演出には力入れてないなという印象。
もっとコミカルだったりファンタジーに寄せてくれれば(ガルパンのように)そういう作品なんだと割り切ることもできたけど、なまじほぼ現代日本で一見リアルっぽい作りにしているから見せたいものと世界観・設定が一致してないように見える。
詳しくは下記の通り。
そもそものベースとなる世界観とお話の展開の間をつなぐ設定に納得感が無い箇所が多い。ファンタジーにするならもっとファンタジーに描く、リアルに寄せるなら設定も妥協しないという整理をしてほしかった。リアリティラインをどのあたりに置けば良いのか迷ってしまった。
その流れならその展開しないでしょとか、このキャラクターがこう動くのはおかしいとか脚本の都合優先で設定やキャラクターが置き去りになってる。
敵も味方もいちいち迂闊。治安維持組織と犯罪組織の攻防にリアリティも緊張感もあったもんじゃない。ツッコミどころに対して劇中でセルフツッコミもしてるけど、それがいちいち言い訳がましい。それなら最初から整合性のある設定や演出をしてくださいよ。
まあエンタメ作品だからね、ある程度の制作上の都合とか、あからさまにネタに寄せてる部分もあるよね。分かるよ。
気にはなったけどまあ飲み込んでもいいかというポイントを書いていくよ。
個人の感性の話になるけど、こういう世界観ならこういう組織やキャラクター、シチュエーションが成立しそうだね、そういうキャラクターがこういうシチュエーションに放り込まれたならこういうドラマが発生しそうだね、というところが可能な限り破綻なく噛み合って、その上でキャラクターの行動・お話の展開に意外性がありつつも納得できる形で成立しているとすごく刺さるんだよね。そのとき設定やお話自体は作中で納得感がある形で描写されていれば現実離れしていても問題ない。
逆に世界観と展開が一致しないとか、キャラクターを無理に動かしてるとか話の都合が優先されると一気に萎えちゃうんだよな。だから松野泰己が作るお話はすごい好き。
その点リコリス・リコイルはもったいないなーという印象。世界観の骨格は重めに作ってるのに、設定に無理があったり細かなお話の展開・演出がご都合優先で整合性を欠いたりしている。たぶん実際にやっていることはヒロイン二人のお話だから、不必要な世界観が足を引っ張ってるんだと思う。ただ自分にとっては前述のように世界観・設定やキャラクターとの整合がとれたドラマを観られることが重要だから、そのあたりのチグハグさがとても気になる。
すごくいいところもあるし放送されてる間は話題になるけど、オールタイム・ベストになったり後世に名を残すでもなく、中途半端に消費されるだけになりそうというか。その点ガンスリンガー・ガールは確かに後世に名を残しているじゃんか。その違いだよね。作画は劇場版と言っても問題ないくらい高水準なのに。そういう意味ではワンダーエッグ・プライオリティに似たものを感じる。
後半でうまくお話転がしてDAという組織の成立やリコリスの出自に伴う因縁、敵対組織との相克を折れたタワーの由来と絡めながらダイナミックに風呂敷広げて、歪な社会構造の少なくとも一部を何らかの形で次のステージに進める感じで綺麗に畳んでくれるといいけど、千束とたきなのしょーもない心の葛藤を百合百合パワーで乗り越える!みたいなヒロイン二人の関係性で話が終わりそう。学園ドラマでやってくれ。
微妙だと感じた点を色々書いていくけど、制作陣はそんなこと言われなくても分かってると思うので最終的にこういう指摘を跳ね飛ばすくらい面白い、視聴してよかったと思える作品に仕上げてくれることを祈る。
とにかく突き抜けた作画クオリティとメインのふたりのキャラの魅力がアニメ作品として話題を引っ張ってる印象。
作画のよさとはアンバランスに、設定作りや脚本演出には力入れてないなという印象。
もっとコミカルだったりファンタジーに寄せてくれれば(ガルパンのように)そういう作品なんだと割り切ることもできたけど、なまじほぼ現代日本で一見リアルっぽい作りにしているから見せたいものと世界観・設定が一致してないように見える。
詳しくは下記の通り。
そもそものベースとなる世界観とお話の展開の間をつなぐ設定に納得感が無い箇所が多い。ファンタジーにするならもっとファンタジーに描く、リアルに寄せるなら設定も妥協しないという整理をしてほしかった。リアリティラインをどのあたりに置けば良いのか迷ってしまった。
その流れならその展開しないでしょとか、このキャラクターがこう動くのはおかしいとか脚本の都合優先で設定やキャラクターが置き去りになってる。
敵も味方もいちいち迂闊。治安維持組織と犯罪組織の攻防にリアリティも緊張感もあったもんじゃない。ツッコミどころに対して劇中でセルフツッコミもしてるけど、それがいちいち言い訳がましい。それなら最初から整合性のある設定や演出をしてくださいよ。
まあエンタメ作品だからね、ある程度の制作上の都合とか、あからさまにネタに寄せてる部分もあるよね。分かるよ。
気にはなったけどまあ飲み込んでもいいかというポイントを書いていくよ。
個人の感性の話になるけど、こういう世界観ならこういう組織やキャラクター、シチュエーションが成立しそうだね、そういうキャラクターがこういうシチュエーションに放り込まれたならこういうドラマが発生しそうだね、というところが可能な限り破綻なく噛み合って、その上でキャラクターの行動・お話の展開に意外性がありつつも納得できる形で成立しているとすごく刺さるんだよね。そのとき設定やお話自体は作中で納得感がある形で描写されていれば現実離れしていても問題ない。
逆に世界観と展開が一致しないとか、キャラクターを無理に動かしてるとか話の都合が優先されると一気に萎えちゃうんだよな。だから松野泰己が作るお話はすごい好き。
その点リコリス・リコイルはもったいないなーという印象。世界観の骨格は重めに作ってるのに、設定に無理があったり細かなお話の展開・演出がご都合優先で整合性を欠いたりしている。たぶん実際にやっていることはヒロイン二人のお話だから、不必要な世界観が足を引っ張ってるんだと思う。ただ自分にとっては前述のように世界観・設定やキャラクターとの整合がとれたドラマを観られることが重要だから、そのあたりのチグハグさがとても気になる。
すごくいいところもあるし放送されてる間は話題になるけど、オールタイム・ベストになったり後世に名を残すでもなく、中途半端に消費されるだけになりそうというか。その点ガンスリンガー・ガールは確かに後世に名を残しているじゃんか。その違いだよね。作画は劇場版と言っても問題ないくらい高水準なのに。そういう意味ではワンダーエッグ・プライオリティに似たものを感じる。
後半でうまくお話転がしてDAという組織の成立やリコリスの出自に伴う因縁、敵対組織との相克を折れたタワーの由来と絡めながらダイナミックに風呂敷広げて、歪な社会構造の少なくとも一部を何らかの形で次のステージに進める感じで綺麗に畳んでくれるといいけど、千束とたきなのしょーもない心の葛藤を百合百合パワーで乗り越える!みたいなヒロイン二人の関係性で話が終わりそう。学園ドラマでやってくれ。
微妙だと感じた点を色々書いていくけど、制作陣はそんなこと言われなくても分かってると思うので最終的にこういう指摘を跳ね飛ばすくらい面白い、視聴してよかったと思える作品に仕上げてくれることを祈る。
とにかく突き抜けた作画クオリティとメインのふたりのキャラの魅力がアニメ作品として話題を引っ張ってる印象。
作画のよさとはアンバランスに、設定作りや脚本演出には力入れてないなという印象。
もっとコミカルだったりファンタジーに寄せてくれれば(ガルパンのように)そういう作品なんだと割り切ることもできたけど、なまじほぼ現代日本で一見リアルっぽい作りにしているから見せたいものと世界観・設定が一致してないように見える。
詳しくは下記の通り。
そもそものベースとなる世界観とお話の展開の間をつなぐ設定に納得感が無い箇所が多い。ファンタジーにするならもっとファンタジーに描く、リアルに寄せるなら設定も妥協しないという整理をしてほしかった。リアリティラインをどのあたりに置けば良いのか迷ってしまった。
その流れならその展開しないでしょとか、このキャラクターがこう動くのはおかしいとか脚本の都合優先で設定やキャラクターが置き去りになってる。
敵も味方もいちいち迂闊。治安維持組織と犯罪組織の攻防にリアリティも緊張感もあったもんじゃない。ツッコミどころに対して劇中でセルフツッコミもしてるけど、それがいちいち言い訳がましい。それなら最初から整合性のある設定や演出をしてくださいよ。
まあエンタメ作品だからね、ある程度の制作上の都合とか、あからさまにネタに寄せてる部分もあるよね。分かるよ。
気にはなったけどまあ飲み込んでもいいかというポイントを書いていくよ。
上手くまとまるかはわからぬが、言いたい放題言われるがままの状況に辟易しているので、この場で気持ちの整理をしたい。
非出生主義とタイトルには挙げたが、それに絡むだけで単なる日記にすぎないのだが、無論、昨今はその話題も世間では言語化
が達成されていない状況にあるように思われるので、その点も解決することを主眼においた内容になることと思う。
推敲はしないいわゆる殴り書きにはなるのだが、それで十分である。
最近、早く孫の顔を見たい、淋しいと親に言われることがあった。まあ、お盆なので、どこでもよく見る光景なのだろうが、
正直、毒親育ちだと仮に、子供が生まれても、親にはできるだけ会わせたくないと思っている。
どうして、わざわざ病質的な環境に大事な人を巻き込まないといけないのか皆目、私にはその理由がわからないのだ。
むしろ、嫌悪しており、阻止しなくてはいけないと言う使命感さえ持っている。子供は敏感にそういった、異常性を察知するものでもある。
孫から侮蔑の眼差しを受けていることを目の当たりにしては、親も狂いそうになるのではないかという憐れみの念があることも忘れないでいてほしい。
「いやいや、そういうことではないのだよ」という所詮子供の分際でバカにするなというものもいるだろう。(随分とふてぶてしいとは思うが)
まあこの手合でもあるのだが、これは答えが明白だ、親の権威性を振りかざしたいだけ、そして耄碌しているだけなのだから底が知れている。この件は以降触れない。
また、「単にに孫の顔がみたいのだよ」と食い下がるものもいるだろう。
なぜそのように考えるのだろうか。
単に生物的な本能として、生殖の連鎖を確認したいということに違いない。それが安心なのだ。
まず、この私の内心と親の心情の間にある距離感にはいわばヒリヒリとした長年の確執の賜物と思わずにはいられない。
私の関心事は個人(ここでは子供)の尊厳にある一方で、親はより本能的な生物的欲求に立脚する主張となっている。
概して、孫は見込めないと思っている前提で親は話しているのだろうが、私は子供は作るつもりでいる点は異なる前提にあるのだし、
自身は子供を作ったのにお前はという強迫も含意しているように思うと、言われる筋合いはないという苛立ちとともに、
「ああ、こちらの思っていることもまた理解できずにいるのだな」と、自身が抱く親に対する恨みの思いは正しかったのだと、
やはり毒親はどこまでも変わらないのだなあという絶望感が増す一方なのだ。これまで同様、距離を置き、狂気から逃れる他ない。
毒親の問題というのは本人にとっても苦悩するものだが、往々にして、毒親の親も毒親であることを疑ってかかるとよく当たる。
毒親が私と同じ境遇の時にどう感じていた所までは私と同様であるから改めて書くまでもないだろう。
ただ、親と私は強迫に対する解決方法が違っている。それだけのことという代物ではなく、それこそが本源的な違いなのだと私は思っていて、
この認識の断絶に隔てられているままでは解決は不可能なのだと思う。深い絶望がここにはある。
これは一人の人間としての尊厳・生きる意味の問題である。その場のお気持ちだとか世間体だとかで支配・強迫したところで、尊厳は奪おうとするのは
虐待でしかない、非道い話なのである。(この支配から解放を願うというのはウクライナ戦争にあるウクライナ人も同じ心地にちがいない。余談だが。)
とはいえ、ここまで私を苦しめる親とは一体何者なのであろうか。何様なのだろうか。私の友人もこうした苦労をしているのだろうか。
この答えは私は持ち合わせていないが、私のような立場であればこうして心からの叫びを発せざる得ないほど追い込まれる状況になるかもしれないことを思い
無配慮に批判することだけはしないでほしいと思うし、心にもない世論形成には加担せず、無視せず、信念に基づいて行動してほしい。
なぜなら、この、人間関係の構造は今話題の山上と同じなのだから。
そして、こうしたいきさつを各々が抱えているというのも、出生率低下の副因になっていると思う。勿論、経済的な理由もあるのだろうが、貧しいのは金銭的なものではなく、精神的な側面にも潜んでいることを見落としてはならない。公園に苦情する地域社会というのも良い例である。
またも、「いやいや、私はそれでも産んだ」という上から目線のものも出るだろうが、正直言うが、そんなあなたは自分が毒親の確率がだいぶあると思う。
むしろ、教えてもらいたいのだ、毒親でなく、不信感なく親の言うことが正しいと信じられるその理由が。
毒親に何を聞いても間違えたことばかり教えられていると、毎日が辛いのだ。
お前いくつだよというかも知れないが、それは良い指摘である。いくつになっても親は親、子は子なのだ。
どんな間違った親で、洗脳が解けない親であっても、いくつになっても親のためを思っていることは根底にあって、
そこはしっかり外していないことを思い出してほしい。