はてなキーワード: すっとぼけとは
SNSでColaboに関する記述を血眼になって探し、敵認定した人物へはクソリプの嵐。
「Colaboがちゃんと説明すれば済む話」というが、目的はそこじゃないだろ。
憎悪の言葉をぶつけると一瞬スッと気持ちいい感じがするからやってんだろ、加虐心がくすぐられて自分が強くなったような気がするんだろ、すっとぼけんなよ。
人を呪わば穴二つ、いつか必ずしっぺ返しを食らうことになるぞ。
悪いことは言わない、取り返しがつかなくなる前に今すぐやめた方がいい。
なにをどうしてもネットでモロが漢字一文字で検索して表示される世の中で、駅のエロ広告が目につくからってのはみんな心の底から「アホか」と思ってるのよね。「ケシカランと訴えてるひとも大多数それやろ(天然もいるだろうが)
あいつらは「気に入らない」と唱えたらそれをすぐに引っ込めてくれる魔法の杖がほしいのね。
そして「気に入らない」から「引っ込める」を常態化したのちに、なんらかの思想や政治を盛り込んでくるのかと。
陰謀論乙なのかもしれないが、さしあたり今のやり方が嫌なので抵抗し続ける。
【追記】
出たよ、こういうすっとぼけ。
駅の広告は鉄道会社や広告屋のすり合わせによって「これで大丈夫」という公序良俗に合わせたものが掲示される。
これはわかりますよね?
それは検索して出てくるモロよりはかなり抑えた表現でありますよね。
公共の場でモロが出ないのはなぜか?それは大好きな建前であるところの「子供に悪い影響を与える」というものです。これを主砲として持ってきてます。というかそれ以外はありません。なぜなら、「虹絵のセクシーな女の絵が気持ち悪くてしょうがない」じゃ、「ハイ2番テーブルお気持ち入りました!」「ヨロコンデー」で終わるからです。だから、「子供」という便利な存在が必要なのです。
では、便利じゃないリアル子供は駅の広告以上のエロを知らずに育っているか? ペアレンツコントロールは絶対に機能してるか?
そんなわけないですよね。それ以上言うのは野暮ですけど説明いります?あなたの子供時代を思い出せばいいだけです。
じゃあ駅の広告を開示する際に関わる沢山の人が「大丈夫」としたもの、子供にもぬるくてぬるくて死ぬぜ!な広告に異議を唱えるのはなんででしょう?
答えは上記です。
わかってていってるのでしょう?
【追記2】
辞める理由は、
『経営陣に超怒られた。会議で私の仕事の仕方がやり玉に上がり、とてもいたたまれない思いをした。』
辞めたらどうする?と聞かれるけど、
『怒られて以来、眠れない日々が続いているのでしばらく静養します。』
増田と同じであんな子どもが露出したイラストを駅に掲出するのは止めて欲しいけど、それが少数派なら仕方ないかなとは思う。けどいつからエロにそんな寛容な世の中になったんだろう?時代について行けていない。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4728728834177762756/comment/sslazio0824
いや、1991年の日本では朝日新聞の一面広告に18歳女性タレントのヌード写真集の広告↓が載ってましたが、、、?
https://twitter.com/hippocampus_mdk/status/664074633109377024
すっとぼけるのやめてもらっていいですか?
https://twitter.com/tori7810/status/1596728424063594496
毎度繰り返すこのテの話、「ドスケベで何が悪い」ならまだ筋が通っているし対話やすり合わせも可能な方向性だと思うけど、「これのどこがスケベなんですか?」に関してはお前らもうコンテンツ楽しむ資格ねーよってなっちゃうな すっとぼけだとしても
で、この中でもすっとぼけてる自覚があるのはまだマシで、マジで”わからなく”なっちゃってる場合はもうどうしようもない
その場その場の揚げ足をとることに全力注いでもその先に何も生まれないよ どなたのつぶやきか忘れちゃったんだけど以前見た「世の中は屁理屈で回っていない」っていうのは真理ですよ。ツイッターで上手な屁理屈言えたって何の発展性もないので…
こういうのを見ると「狂気とは即ち、同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること」って言葉を思い出す。
このツイートした人は、相手が何を言ったかより、まず自分たちがどういう形で言いがかりをつけたのかを全く反省しないよね。
「これは(規制や自粛が必要なくらいに)エロい」ということを主張したら反発されてるのに「すっとぼけるな」という。
ここまで「あーあーきこえない」をずっと続けるのってそうとうな狂気だと思いますよ。まぁアイコン山姥だから意図的に狂人ぶってるのかもしれないけどやめよう。
表現の問題でよく「オタクが『これのどこがエロいのかわからない』というのはすっとぼけている!」という意見を見かけるが、単に「エロい」には2つの意味があるというだけのことだというのが理解されていないように思う。
この2つは閾値が全然違う。たとえば1の基準でいえば今回の『咲-Saki-』と『雀魂』のコラボ広告は間違いなくエロい。しかし同時に、ピーチジョンの下着広告も同様にエロい(家族に送られてきた下着カタログをこっそり読み耽ったことのある男児は多かろう)。そしてプリキュアもエロい(今作では青の娘がえっち)。セーラー服もエロい。ポニーテールはめちゃめちゃエロい。街中のスタイリッシュなお姉さん達が出ているファッションブランドの広告もそこそこエロい。なんなら好きなキャラがセーターを着て膝下丈のスカート履いてる絵ですらエロい。
だが、公共空間から排除してよいか、という視点で見るなら、下着広告も、プリキュアも、セーラー服も、そして今回の雀魂コラボも、同様にエロくない。
オタク仲間を相手に語っているときの「エロい」の意味は1なので、「むほーっ! キュアミルキーの変身バンクめっちゃエローーーーい!!!」みたいな発言をするわけだけど、フェミは2の意味で「エロい」と言ってくるので「いやエロくないです」と言うことになる。矛盾しているのではなく、「エロい」には複数の意味があるということだ。