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2017-03-28

高校からの友人を捨てた話

私はこの春地方から東京に出てきた

東京に出てくるまでは不安が大きかったが仕事楽しい毎日が刺激でいっぱいでとてもとても充実している

充実しているからこそ実行できた話

地元にいたらきっとやらなかった

地元にはきっともう帰らない

私の性格には難がある。昔からよく物忘れが酷いし性格が悪い単純に言えば過激なのだ

言わなくても良いことを言うし悪意を向けられるとその相手をとことんまで追い詰める。

一言でいえばめんどくさい。自分でも思う。そんな自分を言いたいことが言える行動力がある人だと

評価してくれる人もいるが、めんどくさい危ない奴だという人もいる。

その後者側の高校からの友人を、捨てた。


高校出会った友人グループがある、私の性格がいまよりもっと悪い頃に出会っている。

よくぞここまで関係が切れなかったなと思う。

こんな私とよくぞ仲良くしてくれたと感謝する気持ちもある。

でもその上で許せない隠していた気持ちがあった。


今に思えば全員と恐らく心から信頼はできないし仲良くも出来ていなかった。

たまたま共通趣味でコアに接していた。個々良いところ悪いところがあった。

ただ問題は私がいじられキャラだったということだ。

何かしら馬鹿にされていた。叩かれたりしても私がガタイが良いし特に問題にもならなかった。

オチ要員なのでたまに大切にしてくれよとも思っていた。

他の場所出会った人は私を尊重して大事にしてくれる。そう対等に扱ってくれるのだ。

からこそ気持ちよく付き合えるし大切にしたいと思う。

去年の末に高校からの友人達で久々に集まりご飯にいった。

美味しいご飯の時間だが友人たちのうち二人はが私のことを非難してきた。

お前はヤバイ、他の人も言っていた。性格が悪い直さないとヤバイ

お前は顔はいいけどそれ以外はダメだ。そんな事を言われた。

SNSミュートしてる。たまに見に行くけどwと

そういえば昔お前のことは嫌いだと言って来られたことを思い出して私は笑った。

さっきその嫌いだと言っていた友人の発言が引っかかった。

なんだかもうどうでも良くなった。

私でない誰かに言ったのかもしれない一言に何故か私は動揺していたからだ。

また嫌われたかもしれない。そんなことに近いことを思っていた。

健全ではないと思った。

地元にはもっと私を大切にしてくれている人は他にる。

その人達自分の汚い部分もっとコアな話全てさらけ出せている。でも高校からの友人にはできないままだった。


今までありがとう。主に苦手だったのはリーダーの君だ。

嫌いだお前はどうでもいいとか言いつつ見てて文句を言ってくるところが一番気持ち悪いと思ってたよ。

たくさん話しもしたはずだし楽しく過ごした時もあった大人になってからお酒も飲みにいったね。

良い思い出もあるし沢山ご迷惑もかけてごめんねとも思うけど根本的にバカにされている事が最後まで許せなかった。

リーダーと仲いいあなた私と二人の時は普通に話す割にリーダーがいるとなんで対応を変えるのかな?二面性が苦手でした。

残りの数人のほうが仲良くできてたよありがとうございました。朝まで遊び歩いた楽しさは忘れません。

一人ずつ遊ぶと普通なのに全員で集まるいじるのあれいめだからな。

苦言を通り越した嘲りに感じていた時点でもう無理です。

地元に帰っても遊ばないし東京にも遊びに出てくる事がないと思うから本当にさようならなんだと思う。

私なんかいないほうがいいでしょ?なんてわたしがこんな事思っていてもすでに向こうにとっては私は過去なのかもしれない。

高校からの友人を捨てた話と書いたけど捨てられているのに区切りをつけたのかなとここまで書いて思った。


私と比べてキチンとした生き方としていると思う友人達より年収が高いくらいが今の私の誇りです。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321115730

介護である女「そろそろ、食事の世話してほしいんですけどー。」

男「ごめん、仕事忙しくて…」

女「そっかわかった😊お仕事頑張ってね。無理しないでいいから」

男「ありがと」

〜2日後〜

女「あんまり放っておかれすぎたので他の介護士に頼みました。さようなら

男「えっ?」



教訓:介護に一日の休みなし。

http://anond.hatelabo.jp/20170321114438

あーすまん、一つ間違ってたわ(元増田ツイートの方で「明日会える?」なんて言ってないし)

女「ねえ、なんで連絡くれないの?」

男「ごめん、仕事忙しくて…」

女「そっかわかった😊お仕事頑張ってね。連絡無理しないでいいから」

男「ありがと」

〜2日後〜

女「あんまり放っておかれすぎて気持ちが冷めました。さようなら

男「えっ?」

って流れすごいよくわかる。絶対こうなる。

これ男性側としては2日間で何が?!って感じなんでしょうが女性女友達グループLINEでバーっと相談して「何こいつ」「世の中で働いてるのは自分だけって勘違いしてね?」って散々文句言った後にこうなってますからね。平たい石持ち上げたらダンゴ虫が沢山いるみたいな感じですね。大自然

男女あるある

女「明日会える?」

男「…ごめん、仕事が忙しくて残業確定なんだ」

女「わかった。忙しいのにごめんね😅」

男「また連絡するよ」

女「待ってるね」

〜2日後〜

女「好きな人ができたからもう会えません。さようなら

男「えっ?」

すんごいわかりにくいんですが、この「明日会える?」の時点で女性の方は(これで会えなかったら、同時進行してた別の彼の方に付き合ってって言ってみよう)って思ってるんですね。それで、2日間の間に別彼に告白してオッケーもらって、それで安心して会ってくれない方にさようならって言ってますね。

の順番だった



どちらも「女の許容がいつまでも続くと思うな」って意味では共通してるんだけど

http://anond.hatelabo.jp/20170321113315

横田だけど

すんごいわかりにくいんですが、この「明日会える?」の時点で女性の方は(これで会えなかったら、同時進行してた別の彼の方に付き合ってって言ってみよう)って思ってるんですね。それで、2日間の間に別彼に告白してオッケーもらって、それで安心して会ってくれない方にさようならって言ってますね。

わかりにくいってレベルじゃないだろ!!!

15分前に家を出た1時間で4km歩く太郎君に1時間で6km走る次郎君が何分で追いつくかウンウン考えてるところで次郎君がいきなり自転車を持ち出してきたかのような展開だよ!!!

http://anond.hatelabo.jp/20170321112610

まあ元増田は9割方そう考えてるんだろうなーってのは予測出来たが



それ続きが

すんごいわかりにくいんですが、この「明日会える?」の時点で女性の方は(これで会えなかったら、同時進行してた別の彼の方に付き合ってって言ってみよう)って思ってるんですね。それで、2日間の間に別彼に告白してオッケーもらって、それで安心して会ってくれない方にさようならって言ってますね。

となってるよね。

まり女の方は単に会いたいと言いたい訳ではなく、ここで言う事聞かなければお前とは別れるぞという最後通牒として言っている、と言う設定なわけだ。

男がそれに気付かない・女はどうあっても自分から離れていかないと信じ切って女に甘えている様が

介護やってるんじゃねえぞ」と言いたいのか?という可能性も1割くらいあるかなー、と。



元増田はこの続きを読んでいるのか、読んでいないのか。

それは恋愛とかじゃなくて介護要求です

https://twitter.com/PlasterStar999/status/843114485711683584


自分が要介護であることを自覚して変に正当化しないよう気をつけましょうね。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316191633

男女逆なら普通に起こってることだしなあ

女が仕掛ける側の場合は一回も抱かせすらせずに適当に奢ってもらってプレゼント貰ってさようならだけど

2017-03-09

さようなら Cher

一週間前のニュースだが、 Cherが八月で全店閉店と聞いて、

全盛期を目の当たりにしてきた世代としては世の中に永遠不滅のブランドはないのだなあとしんみり。

こと、ウィメンズは。

世の中のOLが狂ったようにアールジーンを何本も買いあさり(一本万単位デニム死ぬほど売れた素敵な時代)、

エコバックを颯爽と肩にかけていたのも今はチョー昔…。

フルーツケイクってまだ現存してんのか。

雑誌付録バッグは旅行に行く時の着替え仕分け入れで、大変お世話になりました。

そういえば、七里ガ浜にCherShoreができてすぐ、友人が合コンで知り合ったヤングエグゼクティブ(死語)とデートに行って、

全然俺好みじゃない」って言われてなんも買ってもらえずに、その場で別れて帰ってきたったいう世知辛い話を聞いた。

保守的な男ウケする感じではなかったんだよな、Cherって。いい意味で。

女の子大人気だったのは痛いほどわかる。

大人気だった頃、どのアイテム見てもセレクトも可愛くてキュートで、全部即売れそう売る自信あるよ自分の店の商品オール交換してくれ…と、

ちょうどその頃在籍してたアパレル会社が完全に傾いててやめる直前で、沈みゆく船の商品力ってこんなに急激に落ちていくのか…とつくづく目の当たりにしていたので、

反吐バドバはくほど思いましたよね。

ちなみに、

未だに「モテ服」的な指南テキスト書くときに、

「白いカーディガンゆるふわ淡い綺麗色ワンピは鉄の板」っていうセンスないコーデをもう10年同じこと100回ぐらい書いてるが、

ほんとテッパンすぎて泣ける。

嘘だと思うだろう。本当に20年ぐらい変わらずにテッパンだぞ。

世の中はかなりの高確率でこのコーデが好きだ。

もう本能的に。理論とか後付けじゃない。

絶対に着た方がいいよ。白いカーデとゆるふわワンピ。あと白シャツも。制服だと思って。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301030025

さようなら

これで人が減ってくれたら万々歳だ

元々お前のための作品ではなかったんだよ

もう戻ってくるんじゃないぞ

2017-02-23

ブラック社員リスト

WEB制作職について10年弱。

2社(代理店制作会社しか経験はないが、こいつはやべー!と思った同僚について書く。




働かないプログラマー(在職1ヶ月)

30代後半(当時)。他のプログラマーが1日でやる仕事に1週間かかる。

技能が足りていないのかと思いきや、ほとんど働いていなかった。

タイムカードを切ってからほとんど外出していたようだ。堂々としすぎていて周りが異変に気づかなかった。

残業目当てで退社処理をせずに帰宅するなど悪質だった様子。

もちろん試用期間満了を待たずさようなら




デザインできないデザイナー(在職3ヶ月)

20代前半(当時)。デザイナーとは名ばかりでECサイト更新画像制作ぐらいしかやってこなかったようだ。

ただしその経験だけは3年以上あるので、本人の中でデザイナーとしてのキャリアが築かれてしまっている。(らしい)

なにも出来なかったので必ず誰かがペアを組むのだが、相手にほぼすべてを押し付けネットサーフィン

試用期間終了とともにさようなら




指示書が読めないデザイナー(在職5ヶ月)

30代前半(当時)。理解力破滅的で、隣に座って手取り足取り指示してくれるディレクター必要

文字から情報を得られないが会話からは得られるタイプだったのかと。

1日で終わる仕事を、説明してくれる人がいないからという理由で、食事おやつ動画鑑賞の合間に1週間かけてこなすように。

最終的には勝手時短勤務しだしてクビに。

デザイン内の画像勝手ネットから盗用していたことも後々発覚。




モニターを割ったディレクター(在職7ヶ月)

30代前半(当時)。コミュ力難ありな人ではあったが仕事はできた。

ストレスが爆発したのか、ある日突然キレてモニタをなぎ倒して絶叫しながら逃亡。2度と出社することはなかった。

引き継ぎなしの中、仕事を受け負い完了させた若手ディレクターはすごいと思った。モニタ弁償を求めなかった会社もすごい。

未だに同じ業界におり、会社フェイスブックアカウント投稿イイネ!してくるのが衝撃である




暴言を吐くプログラマー(在職8ヶ月)

30代前半(当時)。半年を過ぎた頃から修正指示や内容変更など軽微なものでもすぐキレるようになる。

スキルには問題がなかったが、若手ディレクターに「細かくデバッグしてんじゃねえよ」と詰め寄り問題に。

最終的には社内の異性に強引に言いよったことを注意されて自主退社。

SNSに言いよった異性や会社の悪評を書きまくりその後ちょっとしたトラブルに。




指示はするけど仕事はしないディレクター(在職8ヶ月)

30代後半(当時)。見積もりした後はクライアントにいいなりのメール転送係と化し、主な業務不倫

スケジュール調整できない。要件定義できない。思いつきで指示だけはする。

最終的に案件大炎上させて、制作になすりつけようとするもチーム全体から糾弾されて退社。

セミナーイベントでの目撃情報が社内で共有されており、未だにWEB界隈にいる事実が信じられない(≒許せない)同僚多数。




差別主義プランナー(在職1年)

30代前半(当時)。特定国籍社員無視国籍理由に挙足取り、罵倒

若手女性社員をメス呼び。飲み会で胸を触る等のセクハラ

大きなミスをした翌日、火消しを他人押し付け厄払いへ行くなどしてチーム一同困惑

社長直々に注意されるが改める意思がないらしく決裂。起業する形で退社。

一番嫌われてたのはこいつ。会社つぶれますように。




デザイナーになりたかったプログラマー(在職2年半)

30代前半(当時)。プログラマーとしての腕は文句無し。が、コンプレックスをこじらせて若手デザイナー八つ当たり

デザイナーを言いくるめて実装やすデザインに作り変えさせる、勝手デザインを変更するなどを繰り返したしたため、軽く注意されて逆ギレ

デザイナーとして他社へ転職していったが、スキル不足ですぐクビに。その後落ち着かずに点々としている様子。

特別嫌われていた人では無かったのに、去り際の立ち振る舞いの悪さでかなり評判を落とした。

(おだて上手なディレクターさえいれば今も会社でやっていけたのかもしれない。)




書き出してみて分かったこと。

専門性の高い職業スキルが噛み合わないなどの問題で早期に折り合いがついているのに対して、

コミュニケーションを軸とした職種半年以上働かないと相性や人となりが分からない。

4月から人事にも関わるように言われているが、採用の難しさを感じる…。




驚きなのは、ヤバかった社員ほとんどが未だにWEB業界で働いてること。(SNSってこわい)

たまたま会社と合わなかったのか、うまく紛れ込んでいるのか。

関わって痛い目にあった人に関しては、ブラックリストに入れて同業者で共有したいぐらいだ。

狭いWEB業界なので「○○さんってどんな方でしたか?」と連絡がくることがあるが、自分は同僚を評価する立場人間じゃないからいつもはぐらかしてしまうんだよね。

他社や業界のためにも良くないから、今度からは正直にクソでしたと言おう。

2017-02-19

汚ない綺麗の軸に簾をかけたい。

さようなら大丈夫っ教°

http://anond.hatelabo.jp/20170219005358

地の利がなく、なかなかそういうふうにはならないだいたい。地方でも駄目、東京でも駄目といった具合に落ち着く。さようなら「均衡ある国土の発展」

80万注ぎ込んだソシャゲアカウントを消した

私は初めてやったソシャゲに、80万くらいの課金をしていた。正確な数字は分からない。廃課金からみたら小さい数字かもしれないが、私は高校生バイトしながらガチャに毎月課金していた。バイト代は毎月ガチャで消えていた。そしてたった今、このアカウントを消した。

2016年9月頃。毎月課金してガチャを回してイベントを走ってとやり込んでいたソシャゲへの意欲が無くなった。急に。もうほとんど惰性で課金を続けていた。推しの彼を嫌いになったわけではないのだが、なんだかもう以前のようにときめかなくなった。ツイッターにはガチャを回して揃えたスクショを貼り、育成は放置なんて事を繰り返していた。

10月バイトを辞めた。収入を無くし課金はしたくてもできない状況にすることでソシャゲから離れた。バイトを辞めたから、というのを言い訳のようにツイートした。

11月12月1月課金しない日々が続いた。たまに低レアリティ課金しなくてもゲットできるカードがきた時はとったが、やはり以前のように彼の一言一言にドキドキすることは無かった。あんなに彼のことが好きだった私はどこかで死んだんだと思った。

2月アカウントを消す決意をした。携帯ゲームなんだから放置していたっていい。もっと楽に考えればいいと思う人がいるかもしれない。私もそう思う。だけど私にとってこのゲームは、一つの人生というか、生きる意味だった。彼のために生きて働いていた。その自分が死んだのだから、このまま置いておくことはしたくなかった。やめるなら徹底的にやめてしまおうと思った。アカウント画面に行き、退会のボタンを押す時、なかなか押せなかった。そこまですることはないとか、またやりたい時にふらっと触ればいいとか。退会は押したらあっという間だった。もう私が操作することはできないし、彼との思い出を振り返ることもできない。アカウントを削除した時、やっぱり少し泣いてしまった。

彼が本当に好きだった。今でも嫌いになったわけじゃない。きっとそれより酷い、どうでもよくなったとか、関心がなくなったとかそういう言葉が合うのだと思う。サービス終了まで一緒にいることができなくて本当にごめん。さようなら

2017-02-18

人とのつながりが怖くて逃げ込んだその先に

何かがあるなんて期待なんかしてなくて

何もなかったのが楽しかったのに

ここももう、何かがあるのね

さようなら

さようなら

どこに行けば救われるの?

2017-02-17

今、スタバでルネラジを聴きながらコレを書いてます

さっき、テックブログRSSと一緒にホットエントリRSSを外して、アプリを削除したよ。何年の付き合いだろう?サービス開始からから・・・悲しくなるから確認せずに行くよ。

最初ダイアリーに書いて、反応なんて全然なくて、広告コメントばかりだったな。いまでもはてなの知り合いはいないんじゃないかな。

ネットコミュ障なんだ。Twitterとか色々やってるけどやりとりする相手なんて誰もいないよ。

僕は君になにもできなかったね。本当に君の事が好きだったのかな?本当に村民になりたかったのかな?多分、違う。本当はブクマされて、スターつけられて、承認欲求を満たしたかったんだ。

意識高い系を笑えないよね。何年も異性にお金を注ぎ込む人を笑えないね。僕もずっとホットエントリを見て、色んなものを買ったりしたんだ。

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どうしてこうなったか?聞きたくもないだろうけど、最後から言わせてくれよ。

初めて君を見たとき天国に見えたよ。最新の技術トレンドがここにあってさ。自分理想郷はここなんだって技術力をつけて、認められる人間になって、ここの住人になる事が幸せなんだって思ったんだ。

そうやってさ、次々流れてくるトレンドに耳だけが年増になっていって、それを知らない周りの人たちをバカにしてたな。

でもさ、肝心の技術力は全然つかなくてさ、大学生になれば、就職すれば、東京に出れば、新しいマシンがあれば、お金があれば、時間があれば、やる気があればって制約条件がなくなる度に新しい言い訳を考えてたな。

結局、生半可な知識じゃ参加できないってチンケなプライドのせいで勉強会に参加せず、ブログも書かず、なれたのは一番軽蔑するExcelとにらめっこしてるSIer。おいおい、Web系のベンチャーテックブログ書くんじゃなかったのかよ(笑)

耳年増で、周りをバカにしてたクセに仕事全然できない自分とのギャップ10年耐えてきたけど、年末休職したんだ。自律神経失調症

眠れるんだよ?ごはん食べられるんだよ?ただ、会社の人みんなが怖くなってさ、朝だるくってさ、すげー疲れてさ。苦しくて。仕方ないから受け入れて。っていうか、甘やかして。つまるところ、ズル休みなんだよ。

時間が出来たから、ずっと積ん読になってた技術に正面きって立ち向かってみたんだ。すぐ投げ出したね。理由は分からないけどただ苦痛だった。

作りたいものなんかなかったし。多分、技術を使いこなしてスゴいって言われたかったんだね。

部屋にはPerlRoRSQLitejQuerynode.jsAWSHaskellHadoopDockerRaspberry Pi、R、Reactのホコリを被った本がある。彼らはブックオフ行きかな。

最近時間はあるからさ、はてブばっかやってたんだ。見るのがホットエントリから新着エントリーになったな。いつもみたいに100文字制限ギリギリコメントだけじゃなくて、10文字くらいの一言コメントも書くようになったんだ。その10文字コメントのうちひとつ100スターくらいもらえてさ。

そのとき分かったんだ、これはずっと片思いなんだって。叶わない恋なんだって自分が住める世界じゃないんだっておかしいよね、小学校の頃のプロ野球選手の夢だって中学生の頃の小説家の夢だって高校の頃のパンクロックスターの夢だってすぐ諦められたのに、この夢は35歳の今だって諦めきれないんだ。

応用情報取った時も、ネスペ取ったときも、オラクルブロンズ取った時もLPIC 2取った時も全く達成感なかったよ。コレ取るのに何年かかってんだってさ。村民は1ヶ月あれば取れるぞ。同期のアイツだって3ヶ月で取ってるぞ。何が言えるんだってさ。

銃・病原菌・鉄読んだ時もそうだった。で、お前はそこから何かアウトプット出来るのか?ってさ。読むだけなら幼女でも出来るんですけどwって。

伝わる?伝わらないだろうな。みんな高IQですぐに色んな技術理解出来るじゃない?すごいよ。自分二浪駅弁大学しか行けないくらいのバカで、リアルでもネットでも知り合いを作れないコミュ障自己承認全然出来ないんだ。

ADHDって言葉を知った時、これだーって思ったけど違ったね。IT勉強してても過集中が全然ないんだ。

話が逸れたね。認知療法してて、気づいたんだよ。何をしてても自分を認められないんだよ。はてなに受け入れられる事を成し遂げられてないからね。

から自分を認めるために、君のことを自分から切り離さなきゃいけない。自分世界を作らないと。一方的なっちゃうけど、さようなら勝手だけど、今にも泣きそうだよ。

これからどうしようかな。匿名で好きな事書けるのはココだけなんだ。自信のない間違ってるかもしれない事を書いてもいいのはココだけなんだよね。ここなら見たくないコメントを見なくてすむんだ。

新聞も取ってないかチラシの裏にも書けないよ。

でも、前に進まなきゃ。夢の世界への憧れは終わりだ。目の前の現実世界適応しなきゃ。また逃げ戻ってくるかもしれないけど、いまはさようならしなきゃ。

最後に何か残せるとしたら・・・スタバハチミツ、あれ何に使うと思う?あれ、ワッフルを食べるときに使うんだよ。

・・・スベったね。

さようなら。このエントリも2時間すれば次のページ行きだ。そうすると、誰かの目にも触れなくなる。単なるはてな磁気データになる。

最後ブコメとかつくんじゃないかって浅はかな期待を持ちながらこの内容を登録するボタンを押します。じゃあね。

P.S. 認知療法について書いてくれたこの増田には本当に感謝しています。まだまだ自分について書く事が苦しいけど、正しい道を向いてると信じています

http://anond.hatelabo.jp/20150213215921

2017-02-16

境界性人格障害者と関わると無駄に消耗する

あいつら少し優しくするとすげぇ距離詰めてきて、それですぐ「あなたのここが嫌いさようなら」って唐突に別れを告げてくる

俺もメンタル強いほうじゃないからそのたびにショック受ける

できるだけ関わりたくない

2017-02-15

ものづくり大国ニッポンは終わったし二度と戻ってこないよ!

18世紀イギリス世界工場として世界綿織物ほとんどを作ったけど戻ってきてないよ!


19世紀アメリカは製鉄所たくさんあって鉄鋼業が盛んだったけど、いまはほとんどないよ!


1930年頃に日本世界一シルクの産地だったけどいまのシェアは1%切ってるよ!


1980年台に日本ブラウン管TVビデオデッキ世界中で売ったけど、いまはほとんどないよ!


1990年台もかろうじてAV機器や小型情報機器で強みはあったけど、もう誰も買ってくれないよ!


1999年日産ルノーに買われてゴーンがいろいろ改革したけど、もはやフランス会社だよ!


2016年シャープ台湾メーカーになって液晶技術海外に渡ったよ!


2017年東芝は140年の歴史に幕を下ろしつつ、メモリ部門海外に売り渡しそうだよ!



歴史をみても一度手を離したものは二度と戻ってきてないよ!


欧米から日本そしてアジア次はアフリカというように、きっとこれは自然の流れだよ!


イギリスアメリカもモノづくりはやってないけど他のことでお金儲けしてるよ!


から離れたものを悔いたってしょうがないよ!


資源もなにもない国だけど、手放したんだから忘れるしかないよ!




イギリスアメリカのように知恵ははたらかないし!


これから何して食べていくのかしらないけど!明日もおなかが空くよ!


さようならさようならさようなら

遺書

私は女叩きに絶望して自殺する。

冗談だと思う?本気です

ネットをやめればいい?でもネットの向こうにいるのは現実人間ネットの外でも女叩きする男の情報をいくつも読んだ。

女叩きしない男なんかほとんどいない。特に若い男は。

彼らは捏造をし、自分たちが常に被害者であると喚き、気に入らない女にはすぐに「これだからま〜んは」と顔を晒し嘲笑し、女が被害者でも女が悪いと喚き、反発すると「ま〜ん笑」と嘲笑しまくった。

バンクーバー日本人女性が殺された時、見るも絶えない下劣被害者叩き、女叩きが溢れかえった。反発するコメント嘲笑され、被害者叩き、女叩きが当たり前で正義だと彼らは言っていた。その時、日本女性に生まれるということは憎悪嘲笑性的搾取サンドバッグになるということだと知った。

女叩きを見ないサイトなんかない。はてなだってそうだ。

若年層ほど、ミソジニーに毒され救いようがなくなっていく。

そしてその若年層が、やがて政治家になり法律家になり「女尊男卑是正」の元に女を苦しめるだろう

こんな日本未来はない

女叩きを否定するコメント(できれば男性の)が見たくてネット中回った。そのたびに女叩きを目にする羽目になり傷ついた。ひどさは際限がなかった。絶望しきったと思っても、さらなる絶望に落とされた。

私はすっかりミサンドリーに侵された。ミソジニーが野放しなのミサンドリストたちは執拗攻撃されまくった。昔は男性差別にも憤っていたのに、今は男がどんなひどい目にあおうとざまぁしか思えない(だって女性被害にあうとま~んが悪いとかキチョマンとか言われるんだから)。女叩きを嫌というほど見すぎて脳に損傷ができたかもしれない。頭から離れない。笑えない。日常生活に支障が出て、いい大学に通っていたのに、立派な未来を夢見ていたのに、道も踏み外してしまった。男が怖くて就職もできない。

男の人と結婚して子供を産みたかった。でも男嫌いの私にはもう無理。万が一素晴らしい男性を見つけて結婚しても、子供は産めない。男の子なら虐待しそうだし、女の子ならこんな国で生かせるのがかわいそう。

私がこの遺書を残して死ねば、少しは女叩きは社会問題化されるだろうか。韓国の様に。日本ミソジニー軽視のされ方は異常。みんな同意してるんだろうか。

でもミソジニーどもには響かないだろう。自分たちが人を殺したとは考えもせず、「ま〜ん笑、メンタル弱すぎ」「男性差別のホーガー」「俺らのほうが差別されているのにマンコは甘やかされているからこんなことで死ぬのか(さんざん自殺率の高さを男性差別根拠にしておきながら)」「ま〜んが自殺するのは望ましいからどんどん女叩きしようぜ」ってなるに決まってる。

さようなら日本。次に私が生まれ変わる時までにはもうちょっとマシな国になるか、でなきゃ滅べ

2017-02-14

ハートブレイクは突然に。~平野〇ラさんおめでとう~

しかバレンタインデー直前に。

いきなり装いが変わっていた。

それは愚鈍自分であっても、誰でも一目見て分かる変化だった。

これまではずっと慎ましやかに肌を隠していたのにやけに肌が見え、あけすけだった。

しかしこれまでの信頼と、共に過ごしてきた歴史というものがあったし自分大人だ。

遠くにもやっと浮かびかけた不安感に臆することなく軽くポジティブに捉えた。

もうすぐ春だし、イメチェンかな。

その穏やかな発想は帰宅後、いとも簡単に打ち砕かれた。

からだは外見上は変わってはいなかった。

でも、中身が。肝心の中身が違うのだった

自分動物感覚なんてあてにしていなかったのに、かすかに、でも確かに感じてしまった。

同じ素朴さ地味さでありながら似て非なるもの

しかもこれは自分が嫌ってきた類の……。

もう無理だ。

終わった。

天を仰ぎ何もかもが嫌になった。

ずっと、お前とはずっと一緒にやっていけると思ってた。

あの界隈は総じてレベルが低い手をつけたくない、なんて巷に言われていても、

ところがこいつは違うんだよな。オレは知ってる。と誰に主張するでもなくほくそ笑んで幸せな日々を送っていた。

放置さえしなければ、すっぴんで熱をいれてやるだけでもそこそこいける。十分いける。

ストレスが溜まった日などは無茶をしてしまい一晩に5なんてこともあった。

それでも体調以外では罪悪感を感じる事もなかった。

無茶してもあいつとの日々の懐はあたたかかった。

自分にとってはありがたく丁度いい。まさに相性が良いというやつだった。

なのにこのザマ。

バレンタインを前にしてこのザマである

突然、こんなにもあっさりと終わりが来るなんて。

でも気付かないふりはできない。

粘着自分は、己の感覚だけでなく、事実を確かめしまたから。

もうあの存在を目にする事はあっても、その横を他人の顔で通り過ぎるだけだろう。

さようなら

イ〇ントッ〇バリュベストプライス食パン

2月1日リニューアル新発売になったものと従来のもの原材料名を見比べたら、実際がっつり変わっていた。

・ちなみにネーミング、「毎日食卓に(小さめの字) 食パン」だったのが、「毎日食卓」になってた。

主役の食パンが消えちゃったんだな。納得。

・安いパンの中でも買いたては素朴ながら十分いけて、トーストすると全然おいしかった。

なのにヤ〇ザキの安いパンの中で、特有のくせというか風味のある苦手な方の味になってしまった。

柔らかいはいいんだけどね。

・逆にこっちがいいって人もいるんだろうけどさ。

・ちょうどこんなツイートも見つけたがこの人達はどう感じてるのだろう。

https://twitter.com/mexjp/status/827812611668340736

2017-02-12

あなたの無神経なところ、ガサツなところも全部愛してくれる人がいるよ、イケメンだもん。

私は喪女から、この先一人で野垂れ死ぬしかないんだよね。辛いな。

今までありがとうさようなら

2017-02-11

砂とセメントと水で作ったモルタル

継ぎ目が剥がれていくように

コンクリートジャングル

弁明の朝をさようなら

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-10

しにたくありません。

まだしにたくありません。

ひとりぼっちなのでむりかもしれない。

はたらきたいし、ともだちもほしい。」

でもむりなのかな。

もう。

もうむりなおかな。

おれはどうなるのか。

しぬのかな。

さようなら

さようなら

あさyぷならな

2017-02-03

FEヒーローズの最もクソな点は命中率がないこと

 命中率がないだけでここまでクソになるとは思わなかった。命中率がないってことは攻撃100%当たる。どんなトロそうなやつでも絶対に当てられるし、めちゃくちゃ素早そうな剣士絶対に避けられない。

 つまり、これはどういうことかというと、紙装甲で高火力、前線で敵の攻撃を華麗に避けまくってバッタバッタと倒すようなキャラ存在できない。敵に1回か2回攻撃をされたらはいさようなら。ただの雑魚キャラだ。

 逆にポンコツキャラの多かったアーマーナイトなんかはかなり強い。移動力はないけど高いHP守備力のおかげで死ににくく、しか命中100%から安定している。アーマーナイトといえば高防御力だから前線に出すものの、命中率が低くいのでなかなか倒しきれず、敵に囲まれじわじわHP削られ、アーマーキラー持った敵に気づかずご臨終とか、まだ大丈夫と思ったところを必殺喰らってご臨終とか、増援魔術師に逃げる間もなくボコられるとか、そういうポンコツ具合がいいのになんだこれは。

 あまり進めてないからかもしれない。スキルを付けることでゲーム性が変わるのかもしれない。しかし、現状では星の多いキャラを並べておくだけのゲームだ。

 殴れば当たるってのがFEをつまらないものにするとは思わなかった。今までどれだけのFEプレイヤーが「頼む!避けてくれ!」と祈ったか、その願い虚しくどれだけのキャラがロストしたか命中率90%だからと倒せる前提で攻撃を仕掛け、「あれ? 外れた。あれあれあれあれ? ちょまっ、おんぎゃああああああああああああああああああ」みたいなことも起こらない。死んだと思ったキャラ神回避で生き残りガッツポーズをすることもない。

 命中率はドラマだ。FEドラマを与える。ドラマとはゲームストーリーではない。各プレイヤーが作り出す物語だ。

 いったいFEヒーローズとはなんだろう。たしかFEの形はしている。ソシャゲとしても良くできている。しかし、これは違う。決定的に違う。

 任天堂ソシャゲなんて糞だろほら3DSの新作を買え。そう言いたいのだろうか。

2017-02-01

金曜日の19時。仕事終わりのサラリーマンで賑わう繁華街の外れ。

待ち合わせ場所に現れた女は写真で見ていたのとは全くの別人で、ゆうに80kgはあるだろうと予想された。

いかにも慣れた様子で「行こっか」と歩き出した彼女の後ろを僕はひどく惨めな気分で着いてゆく。

経験が少ないです!」と言っていたのは本当にこの女か? 「よければドライブでも行きましょう!」と言っていたのは本当にこの女か? この女は本当に22歳なのか?

訳もわからず腰を振った。どこか自分俯瞰的に見ている自分がいて、なんて間抜けな姿なんだろうと思った。

女はすぐに帰って行った。さようなら、僕の1万8千円。

やりきれなくて飲めもしない酒を飲んだ。がぶがぶと飲んで、気付けば23時半を過ぎようとしていた。

週末の最終電車に青白い顔で乗り込む。飲み過ぎで気分が悪い。

なんとか座席に座って周囲を眺める。同じように飲み過ぎたサラリーマンが、フラフラとつり革に掴まっている。醜い。

電車の揺れは心地良い。僕はこのままずっと目的地に着かなければ良いのにと思った。

倦怠列車疲れた僕たちをどこまでも運んでくれればいい。

明日も、仕事だった。

0時を回る頃、最寄り駅に着いた。尿意を感じてトイレに駆け込む。

この駅のトイレはひどく汚くて、僕は極力使わないようにしている。この日も、小便器の周囲は誰かが零した小便で濡れていた。僕はその上に立つ。

尿意があるのに小便が出なかった。ここ最近はこんな調子だ。

隣の便器おっさんがやって来て、吐息と共にビチャビチャと小便を始めた。

わず「汚ない小便しやがって」と呟いた。

小便に汚いも綺麗もないだろう。

次の日の朝は起きられなかった。

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