2015年10月13日の日記

2015-10-13

http://anond.hatelabo.jp/20151013234635

新しい知り合いを増やすぐらいの気持でいいんじゃね?

それはきっと偉い人のせい

脚本家が取捨選択したものについてネットでは様々に評価されるけれど。

あることをした、しなかった脚本家について、この人はいったい何を頼まれてこの脚本を書いたのか。

あるいは頼まれなかったのでそうなったのか。因果はあるのか。

最近書くものに全く変化がない事に気づいた

最近、書くものに全く変化がないことに気づいた。

普段、自分の書いた文章など読み返さないのだが、似たようなことばかり書いているなと思い読み返したら、同じ内容が繰り返されている。

最近は同じ学部で同じ学年の美容整形外科医も匙を投げるであろう醜さ故に孤独醜女の哀れさについて何度も書いている。

どうしようもない。しかし、これはとても重要な内容ではある。

美しいものと醜いものを同時に見るのは苦しいし、どうして世の中に容姿格差があるのか考えてしまものからだ。

から書くのだけど、あの醜女の姿が良くなることはないから書いてもどうにもならない。

だけれども、醜女を思い出すと色々と考えてしまうのだ。彼女の行動や性格 全てがあの醜い容姿が故であるのは確かだったので、綺麗な姿だったら。。。などと。

とても苦しい。

自分醜女のような醜い容姿から醜女を憐れむのだろう。

正直、書く頻度を減らしたほうが良いのかもしれない。

こんなサイトを見てただでさえあまり良くない精神状態悪化させてはいけない。

最近NETFLIXリトルウィッチアカデミアを見た。前作から見るべきだったのだが、最新作を見てしまった。

物語を振り返るのは苦手だから、前作を見ることはまだしていない。だけど、とても楽しく見れた。

おそらく、これは自称美人の腹立つ内容の文章美人が故にそれを擁護するブックマークがない世界からだろう。

恋愛がない。

こういう何もない世界を見ていくことをやっていくべきだと感じた。背景に金や女などが絡んでいたとしてもとりあえず綺麗なところだけを見ることに徹する。

とりあえず、鏡も大学人達も見ない。考えるのをやめたら負けな気がするがとりあえず心がやられてしまうから見ない。

例え、目の前で美人が良い思いをして、自分がひどい扱いをされていても見ない。目をつぶってとにかく耐えるだけだ。

NHKにようこそ!というメディアミックス展開された小説がある。

書かれたのは2001年。まだインターネットがどこかなにか現在とは違う おそらくまだ良い様子で、リタリンがまだ簡単に処方され、まだ格差はマシな時代

この小説が出てきた時、自分と同じような人間はいただろう。

現在、そんな人間は家に優しい美少女なんかこないいうことを嫌ほど知っているだろう。

出版時よりも容姿格差は強まったり、ありとあらゆることは変化した。大抵は悪く変化して絶望しているかもしれない。ヘタしたら死んでいるかもしれない。

とにかく自分容姿は醜いし内臓ゴミで、通う大学はクソだけど、仕送り家賃抜で12万円もあるから、本をダラダラ読んでいって、ここに書く頻度は減らそう。

それ以外にできることなんてないのだから

人生の分かれ道

婚活するかしないか

たぶんここでしないを選んだなら、その先には華の独身人生が待ってる

婚活するって決めたなら結婚相談所に行ってみる、結婚できるまでやる

私が一度決めたことは必ずやり遂げる人間だということをお母さんは知っているはずよ

結婚願望は若いからあった

将来大人になったら結婚するのは当たり前だと思っていたし、結婚できると疑いもしなかったし、

まさかこんなに縁がない人生とは30になるまで思わなかった

無理なく今までの人生の流れに沿えば、独身人生になる

もう現時点で完全に性格生活独身最適化されている

他人生活するなんて考えられない、お金自由に使えないなんて考えられない

それでも婚活するかしないか悩んでいる

それはきっと人生は一度きりで、後で年老いてから「やっぱり結婚すればよかったなあ」なんて後悔したくないから

決して生活に困る将来が想像できるから寄生先を見つけたいということではない

結婚すればよかったなあ」よりは「結婚するんじゃなかったなあ」の後悔の方がリカバリが効きそうだという打算がある

今の独身人生がずっと続くことに飽きるまでにそんなに時間がかからないのではないかという気持ちもある

このままだと、きっとあと10年くらいで、人生とかどうでもよくなる気がする

まあ、ぐだぐだ書いてるけど、たぶん婚活はするだろう

できることはいつかやってしま

ボタンが目の前にあったら我慢できず押してしま

動か静かなら、必ず動を選ぶ

私がそういう人間だということを私はよく知っている

 

婚活する前から離婚した時のこととか、なるべく傷の浅い離婚の仕方とか考えていることとかどうかしてるかな

親や兄弟と同じくらい近しい関係にならないときっと一緒に生活できないと思うけど、そう思える他人は見つかるのかな

今までそういう人に出会ったことないんだけど、運良く結婚相談所登録してくれているといいんだけど

AとZがアルファベットをやめちゃった!?

http://www.sankei.com/affairs/news/151013/afr1510130014-n1.html

 

少年A~Zというコードネームで呼ばれる少年少女達がいる。

彼らはある組織によって、特殊能力を植え付けられた少年達で、組織の駒として任務をこなしていた。

その中で、少年A少女Zがある事件きっかけに組織に離反しようとする。

もちろん他の少年少女達が組織命令でそれを阻もうとするが、その時は逃げ切ることができる。

月日が流れて、元少年Aと元少女Zが組織に見つかったところからインパートがはじまる。

そんなようなラノベか何かを誰かが書いて、大ヒット。

アニメ化実写化等のメディアミックスもされて、「少年A」「元少年A」と検索しても出てくるのはその作品話題ばかり。

こうして、少年A元少年Aという単語が彼の元から解き放たれる。

内容は拙いけど、そんな感じの事ができたらいいのにな、という妄想

ニートブロガーにとって重要なのはブログで稼げるかどうかではなく親が養ってくれるかどうかでは?

かくいう私も3年親に住居代社会保障費食費薬代まで負担しつづけてもらえるなら俺もブログだけ書いて暮らすの目指したい。ブログで稼いだかねを親に還元せず飯レポとか書いて暮らしたい。

明らかに銃より弱そうなのに剣とか生身で戦うバトル物ってどうなの?

例えばハルクアイアンマンが殴り合いで敵をぶっ飛ばすのは理にかなってると思うんだよね。

だってあいつら強いし。

でもキャプテンアメリカとか名前忘れたけどあのエロい設定のスパイ女みたいな、

人間レベル範疇で最強くらいの奴が生身で銃持った軍隊相手に無双してると、

それは流石に軍隊の方がよっぽど無能じゃなきゃありえねーだろって思ってしまう。

銃がある世界においてわざわざ拳や剣で戦ってる以上、

ドラゴンボールみたいに強すぎて銃なんて効きませんくらシンプルな設定でも

北斗の拳みたいに銃なんて核の炎でほとんど燃えましたみたいな設定でも

なんでもいいから銃で戦うより生身で戦う方が合理的だっていう説得力が欲しいと思ってしまう。

銃弾一発でも喰らえば致命傷だしドラゴンボールキャラみたいに銃弾見きれるわけでもないのに

生身で銃より強いって、それ結構無理がない?

ひねくれた見方をしすぎだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20151013204759

楽天なら1万件くらいレビューついてるのもそう珍しくないよね。

Amazonの方が1商品当たりの販売数の上限は高そうだが(ベストセラー書籍なら10単位で売れてるだろうし)、文化の違いだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20151012180659

ま、アスミンやらちょろいの人が結婚してもそのまんまファンだしな。

まつらいさんとかあやっぺに男ができたらむしろみんなめっちゃ喜ぶしネタにすると思うのではよ。

年収の何%を洋服に使うべきなんだ?

4000万の年収があって5%を洋服に使うとしても、

200万だろ?

200万っつったら、ビクーナコート作ったら、あとブリオーニのスーツ1着と靴一足しか買えねーじゃん?

いったい何着たらいいんだよ。

藤沢先生は2億稼いでるから良いんだろうけどさあ。

http://anond.hatelabo.jp/20151013230636

ゴールを間違えて設定しちゃうことが計画経済における失敗原因だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20151013162648

ディスク状態が良かっただけ救われているな。

80枚目で読めないとかなってみて欲しかった。

カビ生えたりするからな。

書体のもの著作権はない

東京都ロゴ問題勘違いしてる人が多いので。

判例では書体著作権が認められるには「顕著な特徴を有するなど独創性があり、かつそれ自体美術観賞の対象となるような美術特性を持つ」必要がある。

書家による書などはこれに当たるが、いわゆるフォントと聞いて普通思い浮かべるようなもの著作権が認められることはまずない。

じゃあなぜフォントが売られてるのかというと、コンピュータで利用するフォントデータは「プログラム著作物」にあたるから

著作権者許可なく勝手に配布したり複製したりすると違法

じゃあそのフォントを用いて作った印刷物はどうなるかというとこれは著作権上はまったく問題がない。

しかフォントを利用する際に「フォントを用いた印刷物の商用利用は禁止」などの利用許諾契約同意していれば

著作権とは関係なく契約を守る必要があり、破れば違約金などが発生する可能性がある。

その文句に1億5000万の価値あるの?

TOKYOロゴ文句言ってる人いるけど、その結果作り直しになってまた1億5000万使うことになってもいいの?

別にあのロゴが良いとも思わないけど、商標取れてるなら別にいいじゃん。

また税金使われる方がよっぽど嫌やわ。

他人より少し頭がよくてかしこく生きてると思ってるやつ

いくら性能のいい車でもカーナビ目的地が設定されてないと、普通以下の性能でも目的地がちゃんと設定されてる車には勝てないよ

案の定職場で同僚のtwitterを開いてしまった。

新たな視点を獲得したことで私の目に映る同僚はこれまでとまったくの別人になり、今や業務時間中の私の頭の中の半分は同僚で占められている。

職場ではおくびにも出さない同僚の、趣味嗜好(隠れオタだった)や、仕事人生に対する姿勢共感するところが多々あり、仲間意識が膨れ上がってしまうけれどこれは発露のしようがないわけだから大変危険兆候である。ここから友人関係を築けるかと言えば、私は同僚に対するアドバンテージと拭いきれない罪悪感とできっと頭がおかしくなってしまい、まともに接することはできないだろう。私がA部長とB社員不倫関係にあると知っていることをA部長とB社員は知らないけれど、それでも二人に普通の顔で接することが出来るのは、それが職場内で二人を除いて周知の事実からであって、今回は話が違う。

この状況を簡単かつ確実に解決する方法は大きく二つあって、一つは私か同僚が退職することである現実と重ね合わせられないtwitterはただの人工無能にすぎないからだ。

もう一つは自らの精神力でもって欲求を押さえこみ、これまでと変わらない生活を送ることであるtwitterなき同僚もまた、ただの同僚にすぎない。

というわけでどうにかtwitterから気を逸らす秘奥を授けてください。アナニ-以外で。

not until they are in their teens;

「Grammar in Your Pocket Series Introduction」の1節。

A very wise person once remarked, “We shouldn’t teach grammar to a child — not until they are in their teens;

http://anond.hatelabo.jp/20151008141451

昨今、携帯端末で作業恋率を上げる行為スマホリングと呼ぶのか。なるほどと思っていたら全然違った。

声を大きく出す、大きい声が出せなくても明るい声で喋る、声かけをする

自分なりに駄目なところ把握して意識して徐々に直して来てるけど

から入って来た子が先輩方のお気に入りになれば挨拶してなくても声小さくても注意もされてないっていうね

こんなこと気にする自分にも嫌になってくるし

からさまな態度の違いを見せる綺麗ごとと陰口だらけの会社にも嫌になるわ

開き直って性格悪いだけのクソババアになったほうが楽だなあホント

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