はてなキーワード: 口説くとは
既婚者の皆さん、独身を口説くとはこういうことです。ご査収ください。 pic.twitter.com/IicjR9ViPn— 非常階段の住人 (@hjkidn_jn) November 17, 2019
アクション映画に限らずだ。
なぜなら「うるさい人達に文句を言われないようにするキャラクター造形」になってしまっているからだ。
例に挙げるが、マーベル映画の男性キャラはどいつもこいつも個性にあふれたキャラクターだ。
あいつらの欠点も性格もコンプレックスもとりえもすべて知ってる。大好きだ。
ただめちゃ強いだけっていうだけしか残ってないよね。
あれって、「個性を出せないから」なんだよ。男を見るととりあえず口説くスケベ、一般生活が送れないレベルのものぐさとか、逆にシャイすぎて女性とまともに話せない、とか性格付けをするとすぐクレームになるから。
ゲーム大好きのオタク、とか、学校でいじめられる、とか、娘に嫌われたくないダメおやじ、とか、そういう個性をつけられない。
アクション映画以外の映画やドラマでも、すぐに同じような自立してる女性像を書こうとするが、だいたいワンパターン。
もっとフェミニズムやポリコレに配慮しながらも、いろいろな個性を出す方法はあると思うのだが、ポリコレに配慮をすると人格まで画一化されてしまってる。
もっと知恵を使ってフェミニズム的な価値観に配慮しつつも魅力的な女性像を描くようにしてほしいとは思うが、それにしても本当に「魅力がない」。
プラグマティズムは一言で言えば行動を伴わない思想に意味はないというリアリズムの一種だけれど、フェミニストになって現実的に得をすることがない。
事務的なコミュニケーションを取る時にフェミニズム的にふるまい、男女差別をしないで対応することにより良い印象なるものを与えることができるかもしれないがフェミニズムなど意識しなくても単にロールプレイとして仕事すればフェミニズムのような思想を持つ必要はそもそもない。
フェミニズムを信奉する女性にとってはフェミ的な対応をとる男性は有用な印象を与えるかもしれないがそれで終わりである。それ以上の関係になることはない。
現実問題として男性が女性を口説いて恋愛が始まるモデルが支配的な以上、完全にフェミニズム的なふるまいを取る男性は無意味な人間になるしかない。無害な印象を与えてそれで終わりである。フェミニストは個人主義を叫んで男性は女性に侵入してくるなと言っているがそういうふるまいを取る男性の終着点を想像していない。あの人は良い人だった、それで終わりである。
フェミニズムが理想とする無害な男性は極端に恋愛の機会から遠ざかる。女性から口説かれる男性はほとんどいない。それが現実である以上、フェミニズムを男性が生き方として採用する社会構造がない。男性にとってフェミニズムは理想論として語ることはあっても永遠に現実論にはならない。男性が能動的、女性が受動的な世界において男性が無害な存在として振る舞うことは関係性の終わりを意味する。女性が男性的に男性を欲望し、男性が受動的になれれば僕もフェミニストになっていい。しかしそんな世界は永遠に訪れない。実存を伴わない思想に意味はない。男性がフェミニストになる意味がない。
フェミニズムは正しい。それは論理であり理想であっても決して現実にはならない。だから僕はフェミニストを支持し、同時に採用しない。現実的に考えて利益がないからだ。僕は女性に口説かれる男性ではないし、女性と関係を持ちたい普通の欲望を持ちたい男性だから僕は女性の意図を無視して口説くこともあるだろう。その結果、ハラスメントと言われるかもしれない。その結果後悔するかもしれない。
遊んでる感を醸し出してる子で、もっと口説くのがうまければもっと遊べたのかもしれないが、口下手下半身直結マンでしかないので、遊ばれただけでおしまい。
1.5万くらいぶっ飛んだ。アプリ経由で初回で(なお初回しかない模様)最高額やな・・・
1回会っただけでベタベタし出す女々しさを発揮して、多分これもダメ。
アプリの返信も、全然返信できなくなって溜まっていたのが、執念で毎日少しずつ返していった結果、完済。綺麗な身体になった(//∇//)
完済の過程で、過去にやり取りした人のプロフィールも覗いたが、女側なのにマッチングアプリは地獄とか抜かしてて、笑えた。
無料で使って必要な努力もしないで察して察して、それで地獄って何を言ってるんだろう。
お金払って必要な努力片っ端からして話題出しから出会うプロセスまですべて絵を描いて、男の人はそれでようやくスタートラインに立てるんですが、それは・・・
※ 架空の映画『ネトフェミ』の内容に触れています。また、当然のことながら、あくまで個人の感想文にすぎないものです。
この映画の主人公であるMはツイッターでキズナアイや真空パックAV叩きで細々と承認欲求を満たし、福祉の補助なども受けながら子供の世話をしている中年の女性だ。彼女が彼がこのたびの「ネトフェミ」、今まで何バージョンものキャラクターが提示されてきた伝説のヴィランの最新バージョンである。
彼女が住むのはもちろんツイッターランド。バッドガイのいる、あの町だ。すなわち、中世ジャップランドのように大きな都市でありながら閉塞した田舎のような空気をも漂わせ、オタクたちは精神病院にぶちこまれる(そしてひょいひょい脱出する)、例の町である。
のちに「ネトフェミ」になる主役の生活は貧しい。しかし、それほど激しい貧困状態ではない。ありふれた、なんなら「ちょっとした貧しさ」にすぎない。これはとても大切なことだから、先に述べておきたい。『ネトフェミ』は理不尽な男女差別に苦しむ女性が蜂起する映画ではない。映画の前半では、Mの貧しさ、Mの病気、Mの不運が描かれる。そしてそれらはすべて「ありふれている」。
たとえば、Mの子供は保育園に落ちる。だから彼女は増田で日本死ねと叫んで人々から不気味がられる。だから彼女はカードを持っている。男だったら垢BAN必死の発言でも「トーンポリシング」のカードを渡すことで批判を封殺できる、ラミネート加工したカードを。「女性が汚い言葉を使うのは表現の自由です」そう、これはいい手だ。M、適応しているじゃないか、と観客である私は思った。世の中には不随意でtwitterで男の金玉をつぶそうとつぶやいてしまう病気があるし、言動が尋常でなくなる病気もあるが、それらのためにtwitterを自粛しろというのは無茶苦茶な話で、それらを抱えてtwitterで男に向かって暴言を吐き続けるのは当然の権利だ。不随意の発言や、尋常でない外見を不気味がるのは無知によるものである。不気味がるほうが悪い。私も若い時分に脳器質の病気でネトフェミになり、自分でも「こりゃあすげえな」と思ったが、しかし一方でこうも思った。「とはいえ、これくらいの怪物性を帯びたネトフェミは、ありふれてもいるけどね」。
たとえば、Mの生活はつましい。お金の余裕はぜんぜんなさそうである。そもそも、ツイッターランドでは、成人してだいぶ経つ女性が親と住んでいる段階で「お金ないんだな」感が出る。しかも彼女は文筆家としてもまったく売れていない。映画評論ピエロの仕事もたくさんもらっているようには思われない。心の貧しい人である。
しかしそれは「(文筆家)という夢を追う女性」としては標準的といってもよい貧しさだと私は思う。カネの入りにくい職業をめざしているのなら、副業や何かで収入をサポートするのは当然のことだ。ピエロの仕事だけでは食えないなんて当たり前のことである。ピエロのない日に別のパートタイムジョブを持つか、さもなくばフルタイムで別の仕事をして土日にコメディの舞台に立ったらいい。そんな人はジャップランドにはたくさんいる。
さあ、おわかりいただけただろうか。Mは貧しく不運だからネトフェミになったのではない。貧しく不運な人はこの映画の中にも彼の他にいくらでも出てくる。ではなぜMが、Mだけが、ネトフェミになったのか。
「自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに、そうではなかったから、自分が与えられるべきだったはずのものをもらっているやつらを燃やす」
これがMをしてネトフェミに変身せしめた動機である。「すばらしいものを与えられるはずだった」というその思い込みに、根拠はない。ないが、なぜかそう思い込んでいる人はこの世にいる。たぶん一定数いる。
彼女らは「自分にはもっともっとすばらしいものが与えられるはずだったのに」という激しい飢えを抱え、たとえばインターネットで文章を書いているぜんぜん知らない人(私とか)に突然その怒りをぶつける。「おまえなんかが賞賛されていいはずがない」と。私は最初、その怒りの意味がまったくわからなかったのだけれど、何人かと遭遇して理解した。彼らはこう言っていたのだ。「おまえなんかが賞賛されていいはずがない、それは本来おれ(わたし)に向けられるべき賞賛だ」。
ネトフェミは金持ちの父親の夢を見る。Mは映画の中でずっと、手を変え品を変え金持ちの父親の夢を見ている。貴種流離譚的な夢だ。お金持ちの、人格者の、有名人の、素晴らしい男が、私を迎えに来る。そういう夢である。Mははじめから、いわゆる「信頼できない語り手」だが、それは彼女の性格からして当然というか、「Mは金持ちの父親から生まれてテレビで賞賛されるのが自分の本来の姿だと思っていた」という、それだけのことである。そう、Mは自分を王女さまだと思っているのだ。王女さまのはずなのに王さまのパパがいないから気も狂わんばかりにそれを求めつづけているのだ。
昔話の王子さまは冒険の旅に出るが、Mはその点、昔話のお姫さま的に動かない。簡単に言うと、すてきなパパの夢を見ながら、「金持ちの男が自分に恋をする」とも思っている。だからといって具体的に男を口説くことはしない。まるで王子さまを待つ白雪姫である。グリム童話の白雪姫は家出して七人のこびとと仲良くなって家事などしていたからMよりぜんぜんマシだ。Mは家出もしない。りんご食って寝てるだけの白雪姫、完全無欠の受動態である。
狂を発して「M」から「ネトフェミ」になるときでさえ、彼女は「与えられる」側でなければ気が済まないのだ。りんご食って寝てるんだ。永遠に家出をしない白雪姫なんだ。
さあ、おわかりいただけだたろうか。Mの怪物性がいかなるものであるかを。Mはなぜネトフェミになったか。Mは貧しかったからネトフェミになったのではない。Mは不運だったからネトフェミになったのではない。Mは「自分は大金持ちの有名人の子に生まれてテレビでスポットライトを浴びて子どもたちに大人気のコメディスターであるはずなのに、そうじゃなかった」からネトフェミになったのだ。Mは、自分は無限の賞賛を浴びて当然の人物だと(無根拠に!)思い上がっていたから、ネトフェミになったのだ。
私にはそういう映画にしか思われなかった。だから本作を観たあと、映画通の友人に「怖いね」と言った。「Mみたいな人、増えてるもんね、なんかこう、無限の賞賛を求める系の人。主演がMを魅力的に演じすぎていて、まるで時代のヒーローみたいに見えて、よろしくないよ、あの映画はだから、私は支持できないよ」。
ちょっと信じがたい誤解釈というか、ほとんどイチャモン感のある感想があったので、ツッコミを自分のツリーに下げておく。
私は元増田だ。
この人のブログは何度か読んでいる。面白く読ませてもらっている。
その人がこんなにも偏ったというか、ほとんど被害妄想では???という感想を書いてアップしていることに、ちょっと背筋が寒くなっている。
「自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに、そうではなかったから、自分が与えられるべきだったはずのものをもらっているやつらを燃やす」
作中で3人のエリート酔っ払いを射殺した件でニュースに出ていたトーマス・ウェインとおんなじようなこと言うてはる。
嘘やろ。あんなおもろいブログ書く人が。こんなにものが見えてへんようなこと言うものなのか。釣りか?
アーサーが父親に夢を見ているというのはある。あるが、所詮空想の範疇であって(それこそ彼の「母親」のように)病的妄想に駆られているわけではない。
後半で自分で言ってたように、彼はただ温かいハグや親しみの笑みをもって自分を受け入れてくれる存在として父親を欲しがっていただけだ。
だからランディから銃を受け取ってしまったのだ。"My son"とかなんとか言って本気で心配してるみたいなそぶりをしてくれたから。
パンフだったかWikipediaだったかによれば、あいつは実際にはものを深く考えてるように見せたいだけで大して後先考えないタイプで、
だからこそ雇い主に対してアーサーを売っちまい、のちの怨みを買うことになるのだが。
ランディといえば例の銃だが、多くのブログや記事で「小児病棟に銃を持ち込んだアーサーの自業自得」という評価を読んだ。
確かにアレはアーサーの失敗ではあったが、小児病棟に銃を持ち込むこと自体はそこまで責められることかどうか、個人的にはずっと疑問に思っている。
だって普通に通りで仕事してるだけで看板かっぱらわれて殴る蹴るされるんだぞ?
そしてその後に「自衛のため、自己防衛のため」といって銃を渡されるんだぞ?
持ち歩くのが当然だろうが。
アーサーが迂闊だったのはあの時あの場面でポロリしたことであって、
ピエロアクトを始める前にカバンにでもしまっときゃ良かったのにという一点だけだ。
そして発達の私としては、物が銃でなく場面が小児病棟でないだけで、
そういう不注意で細かいドジを踏む機会というのは日常では無数にある。
無数にあるからこそ、私は、銃で小児病棟というシチュエーションがそもそも発生しないように、
いろいろと立ち回ったり細かい工夫でしのいだりしている。
それらは今のところ実っている。
実っているが、なぜ実ったかというと、もうこんなの「運」でしかない。
そんなの私には責められない。
責められないから余計やるせないんだ。
大事なところに限ってやらかすタイプの、クビになって当然の、笑えないミス。
ああ、件の感想記事が、読み返せば読み返すほど恐ろしくて仕方がない。
ジョーカー観てきたとあるけれど、目に入ってなかったのでは?というほど誤読(誤観、か?)が多い。
アーサーはその上司を許さない。自分をあざわらう裕福な奴らも許さない。自分の「パパ」じゃなかった有名人も許さない。殺す。バッキュンバッキュンに殺す。そしてジョーカーになる。
アーサーは上司を殺していない。
殺したのは自分に銃をよこしたランディ、銃をくれたくせに我関せずで貫いてアーサーを裏切ったランディだ。
アーサーは笑われたから裕福な奴らを殺したんじゃない。
例の殴る蹴るをおっぱじめられたから殺したんだ。
そしてアーサーが殺したマーレイは、アーサーのスベり倒したライブの映像を彼に無断でテレビ放送し、更にスタジオに呼びさえした。彼を笑い者にするために。
そして、これは私の持論だが、アーサーはジョーカーになってないし、なれないだろやっぱり。あれら全てが事実なら。
「自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに」。
そもそもアーサーに限っては、これは完全にその通りではないか?
幼少期に母親の恋人から虐待を受け、脳及び神経系に外傷を負った。
これさえなければ、もっと違ったルートもありえたんじゃないか、というのは、そんなに高望みだろうか?
アーサーは大人になった今も、日記で割としょうもない初歩スペルを誤字っている(「下ネタは、いづも、ウケる」)。
アーサーはピエロという「笑うのも仕事のうちだろう?by刑事」な仕事に就いている今でさえ、
「お前のことを嫌がる奴もいる。気味が悪いからだby冒頭のピエロ業ボス」。
ピエロのない日に別のパートタイムジョブを持つか、さもなくばフルタイムで別の仕事をして土日にコメディの舞台に立ったらいい。
他の仕事、あったんかな?
でも、ラミネートカード戻って来んかったんやで、ゴッサムでは(←確かめるためもあって2回観た)
アーサーが徹底して受動的、「りんご食って寝てる白雪姫」なのは、三分の一くらいは肯定できるが、でもやっぱり悪意ある評価に思える。
まずアーサーはマジでかなり受動的ではあって、例えばコメディアンになりたいという夢自体、母が「人を笑顔にさせる人間になりなさい」と言ったから、という以上の動機はない。
その母の台詞も、おそらく「発作」へのフォローかはたまた「発作」等々に端を発するイジメを受けたアーサーへのフォローに過ぎず、母自身アーサーがコメディアンになれるとは思ってないぽい(入浴介助時「あなた、ちゃんと人を笑わせられる?」)。
もうなんていうか、こんなの呪いに等しい。
もちろん「普通は」これを呪いとは受け取らない。呪いと呼ぶには弱すぎる。
でもアーサーは呪われてしまう、その「将来の夢」にすがってしまう。脳の外傷のせいか、アーサー自身に素質があったのか?それはわからない。
アーサーの、あの受動性。ものを判断するときや、自分でその場で考えて何かするときの、微妙な、ちょっとボンヤリとした感じ。
あれと「発作」のコンボがジョーカールートへのかなり決定的なフラグであるってのはあると思う。アーサーが状況を変えることをものすごく難しくしている。
でも、じゃあ例えば受動態人間であるってことをアーサーが自分で変えられるかっていうと、どう考えてもひとりでは無理で(能動的な生き方の受け皿どころかモデルすらない状況だもの)、というか脳外傷から来るものなら誰がいても無理で、あーこれフラグ折れんわー、ツムツムだなあ、となってしまう。みんな病気が悪いんや。病気と虐待が。
まあそれはそれとしても、アーサーは「与えられる側でなければ気が済まない」んじゃない。気が済むとか済まないの問題じゃないだろう。
そもそもあの状態で、母親の介護放り出して家出してどうする??
メシ風呂が自力不可で「みんなが言ってるって、みんなって誰さ。今日誰と会話したの?」言われるくらい孤立してる母親、
郵便ポストを見に行けない母親をひとり置き去りにしたら逮捕されない??保護者責任遺棄的なやつで。
家出したあと住むところは?
あのエレベーターのイカれたボロ家以外にどっかある??アーサーに貸してもらえる???
それと女を口説くことをそんな冒険ポイントみたいに言いなさんなよ…そういうのもう流行んないんじゃないの。
それにアーサー最大の冒険をカウントしないのはフェアじゃない。
コメディアンとして舞台に立ったじゃないか。ネタ帳携えてでも、妄想に後押しされてでも。
母の話の裏付けを取ろうと、ウェイン邸にもデモ会場の劇場にも病院にも行った(どこまで妄想かはともかく)。結構行動している。
これがアーサーをしてジョーカーに変身せしめた動機である。「すばらしいものを与えられるはずだった」というその思い込みに、根拠はない。ないが、なぜかそう思い込んでいる人はこの世にいる。たぶん一定数いる。彼らは「自分にはもっともっとすばらしいものが与えられるはずだったのに」という激しい飢えを抱え、たとえばインターネットで文章を書いているぜんぜん知らない人(私とか)に突然その怒りをぶつける。「おまえなんかが賞賛されていいはずがない」と。
もうこの辺に至っては被害妄想入ってませんかね。飛躍がすごくてどうしてそうなった、みたいな話になってるというか。
アーサーが欲しがっていた素晴らしいものというのは、大衆からの賞賛もあるが、最大のものは愛だろう。アホみたいな結論になるが。
愛。親しさ。笑われないこと。爪弾きにされないこと。受け入れられること。その象徴としての賞賛。
一応言っとくけど、「この人に怒りをぶつける人々が欲しがっているもの」が愛だといいたいのではない。そんなことは知らない。
このツリーでは基本ジョーカーあるいはアーサーの話をしているんであって、賞賛が欲しくてネットで他人に突然キレる人のことはわからない。
ああ、それにしても。
確かに、怖い。怖いですわ、これは。
アメリカだと性的にセクシーに見られるのは美人の証拠で、むしろほこらしいことだとされる。
もちろんアメリカでも、女性を性的なシンボルとしてアイキャッチに使うような広告や、そのような発言や表現は厳しく糾弾される。が、それはシンボル化がいけないのであって、女性を性的に見ること自体までは糾弾されていない。ここの線引き。フランス人が「口説く権利」とか言ってたが、おそらくこういう発想から来てると思われる。
翻って日本。体感では韓国や中国など東アジアの国々では、儒教的なアレで性的なことがアレされてきたせいか、女性にとって性的に見られること自体のハードルが高い。よって、社会に求められる性的に見ないハードルもまた高い。
そういうイメージ。
方法を考えてみた。
2. Lineやメール、Facebookで繋がりのある女性に片っ端から連絡して口説く
3. 誰かに合コンをセッティングしてもらい出会った女性を口説く
4. ナンパ(見知らぬ女性と何かしらの接点を持って口説く全般含める)
5. その他
自分の場合、2の繋がりは殆どないので却下。3もセッティングできる男友達いないので却下。
よって1か4になる。
1の場合、規模の小さい会社なので、対象はかなり限定されて2人。会社関係なので人間関係に注意が必要。
4は色々方法がある。いわゆるストリートナンパは迷惑なので、異性だけでなく人との出会いを求めているような場に顔出して、繋がった女性を口説くのがいいかも知れない。
とりあえず活動記録は定期的に書こうと思う。
自分で書いてるじゃん。
高望みの男が多くいることは全く否定しないけど男女の違いは明確にあって、
男は上位のルックスでも自分から口説かないと何も起こらないことが多い。
普通に社会的に生活していても、(受動的なお断り含め)異性との色恋沙汰がゼロになる。
断られるだけでなく、下手したら気持ち悪がられたりセクハラとかストーカー扱いされる世界で、
異性を色恋目的で誘って口説くのは結構なエネルギーが必要なんだよ。経験が少ない男ならなおさら
そしてまっとうな色恋の経験が積めない男は、当然自分を適切に評価できない
何度もふられながら、結婚にいたるまで異性を誘い続けるエネルギーを持った女性ってどれくらいいますか?って話
単純に男性が結婚するために求められるエネルギーは女性とは違うんだよ
女性は性的な目的で、嫌でも「格上」の男が勝手によってきて高いごはんおごっておもてなししてくれる。
だから女性は「実際の経験に基づいて」高望み = 自分を過大評価する。
これもまたしょうがないことだよね。
結論から先に書くと、相手の行動原理が消費にあるのか生産にあるのかを見極めて、そこに積極的に理解を示す態度を表現すること。
自分の行動原理がどれだけ優れていると思っていても相手に押し付けたら終了。
大切なことは、相手の行動原理を大きな器で受け止めるという態度を見せること。
簡単でしょ。
ところで、山ちゃんすげーな。いくらなんでも蒼井優はすごいよ。
ただ、どちらかというとブサイクでも女優と結婚できるっていう希望というよりは、頭脳と金があれば世の中なんとでもなるっていう強烈な絶望でしたね。
表題の通り。
信じる信じないは勝手。
俺も勝手に書く。
会見見てて、山ちゃんすごいなって思ったのは、世の中の大半の男性が取りたがる行動原理をしっかりと殺しきれているところと、それに対して蒼井優ちゃんがすっかり信頼しているところ。
あれはモテるよ。
そもそもの話、結婚って男性にとってほとんどメリットがないのね。
手に入れて消費、手に入れて消費の繰り返し。
男性社会においては、どれだけ大きな消費をしたかがステータス。
稼ぐことはステータスじゃない。使ってなんぼ。
一見生産性のない長話を好き好んでいるように見えて、あの長話の目的は中身より共感にある。
一番わかり易いのはセックス。
男性は性欲の消費のためにセックスをするのに対し、女性にとってセックスとはまさに生産活動。
消費のためのセックスを女性に強要すれば拒否されるし、生産のためのセックスを男性に強要すれば拒否される。
多少は付き合うけど、そればっかりだといつか終わりが来る。
セックスレスの大半の原因はまさにこれ。どちらも歩み寄らない。
そもそも結婚に対して男女に共通する価値観は、拠点を構えること。
家庭を築くなんてよく言ったもの。
でも、その拠点を構える目的がすれ違うからうまくいかなくなる。
男性が新たな消費をするための拠点がほしいと考えているのに、女性は新たな生産をするための拠点がほしいと考えていたらどうなるか。
そうして分断されている家庭の多いこと多いこと。
さて、ここで話を戻すと、山ちゃんのすごいところはゲスなつっこみをしているように見えて、実は共感しているというところ。
蒼井優が山ちゃんの好きなところを聞かれて「優しい」と答えたところにすかさず記者に向かって「ざっくりです」と返す山ちゃん。
これなんてまさに共感で、相手が自覚しているけど認めたくないところを笑いに変えることに成功している。
これだけを点で見ると批判とも取れるけど、線にしてみると彼のつっこみは基本的に共感だということがわかる。
世の中にこれができてない男性の多いこと多いこと。
女口説くってなるとまっさきに消費自慢が始まる。それに共感する女性は消費が原動力になっている女性だけ。金の切れ目が縁の切れ目。老後に捨てられて終了。
まずは相手の話をよく聞く。その上で行動原理を見極めて、そこにすかさず共感の姿勢を見せる。
それを繰り返していれば、この人とならうまくいくかもしれないっていう信頼感が積み上がっていく。
ただね、できないことはできないんですよ。
自分の行動原理に嘘をついてなんとか手に入れてもね、長い人生ずっと無理してたら疲れるだけ。
長い目で見たらおすすめしない。
山ちゃんが果たしてどこまでが本当の行動原理で、どこまでが口説くための処世術かはまだわからないけど、どれだけ続くかはこれからが見ものだっていうことです。
まあとりあえず騙されたと思って試してみなさい。
世の中の男性に向けられたレッテルは消費自慢なので、まずは生産重視っていうだけで女性からの印象が全然変わってくるから。
一応の注意点としては、意中の女性が消費が行動原理だった場合は逆効果なのと、突っ込まれたときに答えられる具体的なエピソードいくつか用意しておくと説得力が増しますよというところかな。
夢だの希望だの、情関連が強いのは足元見られる餌になるからな。
裏にあるのはともかく+VCを口説くときに言うときぐらいはともかく、裏は金算段と相手の行動と信用と契約だけで行くべきもの。この信用とは、相手が正しい行動をしえるか、こちらに損害を与えるような行動をしないか、契約を守るか、だまさないかというのも含む。
金がまず第一に来たうえで満たせる欲望は好きにしたらいい。他人にちやほやされるということも起業の醍醐味の一つかもしれん。まあ、ちやほやされて甘くした結果単価下げられたりもするかもな。
欲望、夢、希望なんてのは他人から見たら交渉で使えるツールにすぎない。かつ、他人と金について目を曇らせるフィルターになる。