プラグマティズムは一言で言えば行動を伴わない思想に意味はないというリアリズムの一種だけれど、フェミニストになって現実的に得をすることがない。
事務的なコミュニケーションを取る時にフェミニズム的にふるまい、男女差別をしないで対応することにより良い印象なるものを与えることができるかもしれないがフェミニズムなど意識しなくても単にロールプレイとして仕事すればフェミニズムのような思想を持つ必要はそもそもない。
フェミニズムを信奉する女性にとってはフェミ的な対応をとる男性は有用な印象を与えるかもしれないがそれで終わりである。それ以上の関係になることはない。
現実問題として男性が女性を口説いて恋愛が始まるモデルが支配的な以上、完全にフェミニズム的なふるまいを取る男性は無意味な人間になるしかない。無害な印象を与えてそれで終わりである。フェミニストは個人主義を叫んで男性は女性に侵入してくるなと言っているがそういうふるまいを取る男性の終着点を想像していない。あの人は良い人だった、それで終わりである。
フェミニズムが理想とする無害な男性は極端に恋愛の機会から遠ざかる。女性から口説かれる男性はほとんどいない。それが現実である以上、フェミニズムを男性が生き方として採用する社会構造がない。男性にとってフェミニズムは理想論として語ることはあっても永遠に現実論にはならない。男性が能動的、女性が受動的な世界において男性が無害な存在として振る舞うことは関係性の終わりを意味する。女性が男性的に男性を欲望し、男性が受動的になれれば僕もフェミニストになっていい。しかしそんな世界は永遠に訪れない。実存を伴わない思想に意味はない。男性がフェミニストになる意味がない。
フェミニズムは正しい。それは論理であり理想であっても決して現実にはならない。だから僕はフェミニストを支持し、同時に採用しない。現実的に考えて利益がないからだ。僕は女性に口説かれる男性ではないし、女性と関係を持ちたい普通の欲望を持ちたい男性だから僕は女性の意図を無視して口説くこともあるだろう。その結果、ハラスメントと言われるかもしれない。その結果後悔するかもしれない。