はてなキーワード: 言論の自由とは
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20131123104502
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kyoumoe/20131118/1384775000
下部にオススメ!がついている所はユーザーページから「虚構」で検索したら特に香ばしかったのを選んだのでみんなもやってみてね
Memeo Memeo いや本当にねえ。前々から言ってるけどそんな躍起になって叩かなきゃいけないほど意味や規模や影響力が有るとはとても思
えん。これは他の個人サイトに関しても思うけど。 2013/11/24Add
StarlanguKKaaZZtrashtoymatsuda0111ribotmorobitokozouiwwnobby81yamazakigosimplemindair7743harunabeyamuchagoldchihiyoardarimga
zi4wolfgang1006clclcldegichemrayukimi1977hosikendeztecjprain-treeseeescazxxxtrmmcotajpkakaku01kakaku01kakaku01torabaysync
↑オススメ!
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kunitaka 虚構新聞頑張れ!俺は応援してるよ!!日本ユニセフを叩く理由が俺にはあるし、証拠もBlogに公開してる。自称人権活動家っ
て表現がアグネスに対する名誉毀損?アグネスは人権活動家じゃないんだから関係ないだろ? 2013/11/24Add Star
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waiwaimic waiwaimic 虚構新聞好きだけどなあ。ああいう冗談すら許されない社会は嫌すぎ。 2013/11/24Add Stariwwyoko-
hiromair7743yamuchagoldpulp_literaturecazxxxtoraba
↑オススメ!
http://b.hatena.ne.jp/matsuda0111/
matsuda0111 matsuda0111 ネタ 未だに虚構新聞を叩いているのは、自分がそのことで恥をかいた、デマとして広めてしまったとかの負い
目でもあるからに見えた。 2013/11/24Add Stariwwair7743yoko-
hiromardarimpulp_literaturenari_sanmr_mayamamr_mayamahyougoishin7cotajptoraba
虚構新聞デジタル:本紙読者のみなさまへ、広告収入寄付のご報告 このエントリーには写真が掲載されています kyoko-np.net
matsuda0111 matsuda0111 ネタ 綺麗に完走しきった感。一連の記事を見て、誠実な読者に対してはかなり真摯に対応していると思っ
た。 2013/11/25 Add Stark_goboeriko315G17G17G17G17G17G17G17G17G17G17G17Bobby2001pazlRoom-BIWANORIMi-keito
↑オススメ!
jou2 jou2 増田 ネット 大多数のはてなーはどーでもいい、見ないって選択してブクマもしてないよ。過激派っつーか、気に入らないサイ
トは正さねばならない!って人が盛り上がってるんだよね。お前向けに作られてるコンテンツじゃないのに 2013/11/24Add
Starkiyo_hikoQJV97FCrMemeoMIZhyougoishin7qwertyuiop1111kibitakiphallusiailittakakakaku01kakaku01torabasimplemind
↑オススメ!
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asazuki508 asazuki508 社主さんは意外ともう忘れてると思うよ。忙しい人に悩んでいる暇はない。 2013/11/24Add Star
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ardarim ardarim はてな 結局騙された悔しい!っていう主観的な批判が目立つ気がするけど。犯罪だというなら淡々と犯罪事実を書いて
通報なりすればいい。そうしない(できない)ってことは、あくまで主観的嫌悪感の域を出てないと見てる。 2013/11/24Add Stargazi4
http://b.hatena.ne.jp/pokkiii/
pokkiii pokkiii 韓国もネタにしてたし2chまとめの同類としてサヨクに狙われた部分もあるのかな?彼ら安倍政権や原発推進派をデマ込
http://b.hatena.ne.jp/zanac-ai/
anond.hatelabo.jp/20131123104502 - 2013/11/24 -
いつまで虚構新聞なんか信じてんの
虚構新聞は規模が大きくなりすぎたのかもしれないな。
anond.hatelabo.jp/20131118155728 - 2013/11/18 - 243 users
虚構新聞だからデマでも許されますって思ってる奴今すぐタヒ...
騙されて相当悔しいのはわかった。
cyber-life.2chblog.jp/archives/7016889 - 2012/05/16
ysync ysync はてな 増田 虚構 タイトルに「虚構」と入れろ派結構多いな。騙してる主体は拡散する奴であって「虚構新聞」自体じゃな
http://b.hatena.ne.jp/weekly_utaran/
weekly_utaran weekly_utaran モンティパイソンを見るといいかもしれないですね 2013/11/18Add
Stariota_moshiota_moshnekomimistmurishinaitamtam3languasakura-t
↑オススメ!
http://b.hatena.ne.jp/okachan_man/
okachan_man okachan_man 風刺って誰も指をさせない権威に向かってやるからスッとするわけで、言論の自由がしっかり保証されてる日本
では成り立ちにくいジャンルなのかなと思った。/書いた http://bit.ly/IceibN 2013/11/18Add StarwatapocoseiyuDBsilvermoai
↑「虚構新聞かと思った」有り
http://b.hatena.ne.jp/a-ki_room/
a-ki_room
日本ではもはや風刺が成り立たないのかもしれない R11; 日本ユニセフと虚構新聞の炎上に寄せて 2013/11/19 Twitterでのツイートを
閲覧 Add Star
↑「虚構新聞かと思った」有り
http://b.hatena.ne.jp/hyougoishin7/
虚構新聞のようなユーモアを理解できないのも一種の発達障害...
はてな民も所詮は2chとかと何も変わらないよね。インテリぶってるだけで。
anond.hatelabo.jp/20131121190149 - 2013/11/23 - 133 users
虚構新聞が気に入らないってだけだろ。人や組織を批判したり、叩いたらダメなら虚構叩きもダメになるぞ。感情から来るものじゃなく、具体的に何がダメか言えないなら只の価値観の押し付けだぞ。
anond.hatelabo.jp/20131119150234 - 2013/11/20 - 137 users
虚構新聞が気に入らないってだけなんじゃないの? 人や組織を批判したり、叩いたら何がいけないんですかね?法律的に問題なんですか?どこまでがダメなんですか? そういう事を具体的にいえないと納得できないですね
d.hatena.ne.jp/kyoumoe/20131118/13847750... - 2013/11/20 - 350 users
遂に現実と虚構の区別がつかない体験装置が登場 - 理研の「S...
share 遂に現実と虚構の区別がつかない体験装置が登場 - 理研の「SRシステム」 | エンタープライズ | マイナビニュース - はてなブックマーク - 人気エントリー #share
なんかさ、言論の自由はあっていいけど、なんだろうな。
本人は気軽に言ってるつもりなんだろうけど、あまりにも気軽に生死を扱いすぎる。
http://d.hatena.ne.jp/kyoumoe/20131118/1384775000
人を傷つけ不幸にして誰かの溜飲を下げるだけの風刺サイトなんか誰も求めてねえんだよ。 え? 求めてる人もいるって? 馬鹿野郎、そういうのはヒトデナシってんだ。よく覚えとけ。
これみて驚愕した。彼は自分のサイトを公正明大な立場から批判を行う正義サイトとでも思っていたのか?
彼のサイトをちょっと見れば分かるが「アホ」とか「馬鹿」とか見るに耐えない直接的な罵倒だらけの(と言うかそれしかない)コンテンツなのだ。
自分の気に入らない対象を叩いて支援者と一緒に悦に浸るのは、はっきりいって「虚構新聞」と何の違いもない。違いといえば虚構新聞は作り話で当て擦るが「今日も得る物なし」というサイトは直接、アホ馬鹿いって直接叩くのが違いだ。
上記の発言をみて今までその自覚がなかったのかと愕然とした。
自分も虚構新聞は不快だし、クソだとおもう。ただそれはアホ馬鹿いってる「今日も得る物なし」も見ると不快になる。どっちかのサイトを褒めてる人間はどうかしてるとも思う。
それから「今日も得る物なし」では自分が不快と感じるものに対しては平気でやめろとか言ってるので驚く。自分のサイトにあるアホとかバカという言葉が不快な人間がいないと思っているいるのだろうか?
自分が人にとって不快な事を書くのは言論の自由に保証されたことで問題ないが、自分が不快に感じるものは言論の自由に当たらないのでなくなるべきとか本気でかんがえてるのだろうか?
もし、誰かにとって不快な表現が含まれるならば、削除すべきと考えているならば、「今日も得る物なし」は罵倒表現だらけで不快なので削除すべきである。少なくとも私は不快だ。
だが私は削除すべきであるとは思わない。自分の言論の自由を訴えるには他人の言論の自由を認める必要があると思うからだ。
そもそも、私は万人にとって不快でない表現は存在しないと思っている。たとえば世の中には「子供が生まれた」という表現すら不快に思う人物が存在するのだ。
自分の不快という感覚が他の人感覚より優先されるとは私は思わないのだが、「今日も得る物なし」の作者は自分のコンテンツは削除されるべきではなく、自分の不快という感覚は他人の権利よりも無条件で優先されるべきだと本気で思っているのだろうか?だとしたら恐ろしく傲慢だと思うのだが。
全ての人間の権利が平等であると考えるのならば、自分が自由に表現を行う事を肯定するためには、自分にとって不快な表現を受け入れなければならない。
なぜなら、万人とって不快でない表現が出来無い以上、不快であるという表明で表現が出来なくならば、全ての表現はできない。
「虚構新聞」は建前上、虚構つまりフィクションだから、一応アニメや小説と同じ部類にはいる。この削除という表現規制の前例を認めるのなら、「今日も得る物なし」の作者はユニセフはアニメ・ゲーム表現規制に賛成するのだろうか?ユニセフの表現規制はゾーニングすればOKという話ではないようだが。
もっともこの作者はアニメ・ゲームが大好きで規制しようとするのは白痴みたいなこというのだが。(ちなみに白痴という単語は出版社の自主規制で出版物には使用できない)
あと、大衆を愚民だと思ってよくわからない選民を抱いているの一緒だ。「虚構新聞」は騙される人間を「釣ってる」事で間接的に馬鹿にしてる。
「今日も得る物なし」というサイトはやっぱり直接的にアホ馬鹿言ってるんだけど、このあたり同属嫌悪のように見える。
P.S
ブクマコメント一同おまえら三行以上本文読まずにタイトルぐらいしか見てないだろ。
文章の扱ってるテーマは3つくらいにわかれているがみんな最初のテーマにしか反応しない。
あと、彼自身が人を傷つける事を文章で批判しているのに、彼がそのような言動を行うの許容するのはダブルスタンダードにみえる。
内容の正しさと人格批判はわけて考えるべきというのはたしかにそう。だからこそ、内容が正しいからといって人格批判を行って意味なく傷つけていいとは思わない。内容が正しいという事はエクスキューズにはならない。
言論の自由がよく誤解されるけれども、
そもそも論としては、国家の誤りを国家に指摘しても国家により制裁を受けることのない権利が 言論の自由の発端。
社会的圧力のために自由に話す事を阻害されている場合にも適用されるようになってきた。
権力に対する言論の自由は、権力を監視する意味合いがあり、もし制約があれば民主主義とは言えない。しかし、個人に対する言論の自由は、濫用すると、名誉毀損罪・侮辱罪に抵触する恐れがあり、充分に注意して行使しなければならない(ロンドンのハイド・パークにある「スピーカーズ・コーナー」は、この制約さえもなく、主張・発言の自由が完全に保障された珍しい場所であるが、同時に「ヤジの自由」も保障されている)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AB%96%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1
言論の自由は、国家・権力に対して自由な言論をする権利であって、個人に対する言論は、必ずしも言論の自由の対象にはならない。
それともただただ
このナチス野郎が。
別に自由に意見を言ってもいいと思うが、人を馬鹿にする、文句だけ言う、そういった無意味な物はただの耳障りで周りの不利益にしかならないから
言論の自由って何を言ってもいいよ、ってことと履き違えてる人がいるから困るんだよね。
挙句の果てには、人を殺しても何も問題ない、とか言いだしたり。禁止されてるのは法律であって、罪を償う必要は法治国家ではあるが、
方で禁止されてることをすることもまた自由だ、と。
ホント、やめてくれ。
何も分かってない人間に対して黙れというのは、言論の自由の弾圧である。分かってない他人から意見を言われたくないのなら、自分と、自分と意見を共有する仲間だけで集会を開き、その議論を外に出さずに封印しておくべきである。あるいはコメント不可、はてブでのコメントも不可のブログを開設するとかね。
他人から文句を言われずに、自分の言いたいことだけ垂れ流す方法なんて、いくらでもあるのに、不特定多数の人間がアクセスするシステムで愚痴を垂れ流して、横槍入れられたら罵声を浴びせるとか、単なる阿呆だぜ。
言論の自由って、
また憎むべき政治家が増えるのか…
ただ政治家が悪い、って文句言ってるだけじゃん。何しても文句言うじゃん?
何したらいいん?
いやいやいやいや。少なくともわざわざ海外行って仕事したんだろ?外資で働いたとか、ある程度まともな職業なんだろ?
そんな職場でそんな発言はありえないよ?
セクハラとかパワハラどころの話じゃないからね?セクハラすら当たり前に行われる様な職場なら知らないけども。
うぬ、それだけお花畑なんだと思ったんだが...
これは、もうこっち来んな、って意味だと思うぞ。差別発言だとすればそうだと理解できたでしょ?
流石にこれ言われてキレて、キレた方が咎められるような会社なら、わざわざ海外に行って仕事なんてしないや。
余程特殊で手取りも良くて、って言う職業なら考えるかもしれないけど、上にもかいたとおり、それなりに
ちゃんとした会社ならそんな事はあり得ませんので。
これは確かに読み過ぎたかもしれません。すいません。
でも、バナナゴーホームの意味は、お前日本人だろ、そこがお前の国だろ、白人ぶるなよ、自分の所へ帰ってろよ、と言う意味ですので...
海外に行ってたし、嫌なら海外に行くし、日本なんてどうでも良い、ということですね?
別にそれはもう咎めませんが。
うぬ、別に言及することは自由だが、
滑稽と見るのは当たり前かと?
勿論、周りの人が全て何もしないのに文句ばっかり言ってる人だらけなら同調するのかもしれませんが。
うーんと、だから自由に発言することには罪はないよ。
でも、行動を伴わない人がいうことには何の重みもないし、誰も動かされないし、滑稽だよ。
選挙だけの話じゃないよ。
http://anond.hatelabo.jp/20130728010031
…はあ。
まあ、まるで日本みたいに民度の高い外国で仕事できて幸せですねーとしか言えんわ。のどかな、いい職場で良かったね。
それと、バナナ言われて褒め言葉と受け取るのは、どれだけ脳がお花畑でも難しいと思うがな。
差別や侮蔑を受けていちいちそれを返すのはアホらしいから付き合わないだけなんだが。というか所詮軽口に青筋立てて怒るかな普通。
いちいち顔真っ赤にして怒るか怒らないか決めかねるようなことでもないだろ、って普通に流すんだけど。
キャパシティは人それぞれだから、それであっさり被害妄想スイッチ入っちゃって急にキレだすような輩もいるのかもな。
ああ、あと指摘しておくと、“日本の窮屈な生活について愚痴を言っていたらバナナと言われた”という話を、
あなたの政治や選挙に対する姿勢をバカにしていると解釈するのは、…まーさすがに無理があるわな。
そもそも外人にいちいち「日本の政治興味ねーし!選挙いかねーし!」とかドヤ顔で語ったりしてないからな。これはごく普通のことだが。
先にも一度書いたが、人前で選挙行きませんアピールなんてしないからな? メリットないしな。
…一応、念の為に書き添えておくんだが。(必要ないとは思うが)
まあ多分真面目な人だから真面目に受け取ってるんだろうが、こちらの愚痴もそれに対する応酬も、全部真顔でなされた会話とかじゃないからな?
互いに近況報告しつつヘラヘラ笑いながら交わされたどうでもいいような会話だからな? まあ、まともに受け取って妄想を逞しくするのも自由だが。それって疲れない?
それから、政治に興味も関心も無い奴が、政治に言及するのが滑稽、とは思わないな。それこそ個人の自由だろ?
話なんて個々人が好きにすりゃいいし、話をする資格を人から云々される謂れはない。
はてなブックマーク - 「任官辞退の防大卒業生に250万円」の功罪 95%が自衛隊員になる事実を前向きにとらえよ
http://b.hatena.ne.jp/entry/jbpress.ismedia.jp/articles/-/34836
id:Cunliffeのように「田母神俊雄先生もヒゲの隊長こと佐藤正久代議士も防衛大学の出身者であらせられる。確かに素晴らしい教育が行われているのだろう。」と一部出身者の行いだけを根拠に防衛大学校全体を貶めるような発言を左翼が認めるならば、朝鮮人の犯罪一つで、朝鮮人全てを貶める発言もまた認めるべきである。
このid:Cunliffeのブクマを見てみれば、どうやら嫌韓レイシストに嫌悪感を持っているようだが、自分が同じ穴の狢だとは気付いていないか、指摘されても認めようとはしないだろうな。
言論の自由を完全否定するバカがここにいた。
若い世代の方にとって、今回の参院選ではどういうことが話題になったでしょうか。「ブラック企業」と名指しで批判されることも多い、ワタミの渡邊美樹候補を自民党が擁立したことでしょうか(ここではワタミが実際に「ブラック企業」であるかどうかは問いません)。
「ブラック企業」と呼ばれる企業は、労働基準法の抜け道をつかい、若い労働者を長時間働かせます。もちろん、低賃金で、です。そのような扱いを受けた労働者のなかには、体調を崩し、「うつ病」に近い状態になり働けなくなってしまう人もいれば、自殺をしてしまう人もいます。「ブラック企業」は、どうしてそんなひどいことをするのでしょうか。
「ブラック企業」の経営者は、国内や国際の市場における競争に勝つためには、経営努力が必要であるといいます。つまり、売上を増やし、売上をつくりだすために必要なコストを最大限に下げるのです。際限なくコストを下げようとするとき、まっさきに削られるコストは人件費、つまり労働者の賃金です。
そんなひどい低賃金で長時間労働をさせられるのなら、退職すればいいじゃないか、もっといい会社に転職すればいいじゃないか、そうすれば「ブラック企業」などなくなってしまう、と考える方もいるかもしれません。
しかし、現代の就職難の状況では、生活していくためのお金を稼ぐために、厳しい労働環境の職場を選択しなければならない人々がたくさんいます。誰かが退職しても、いくらでも新しい労働者が「ブラック企業」に供給されるからこそ、「ブラック企業」のようなやり方を続けていくことができるのです。「ブラック企業」は、「お前がやめても代わりはいくらでもいるぞ」と労働者を恫喝します。だから、労働者は労働環境を改善するような声を挙げることが非常に難しくなってしまいます。
つまり、「ブラック企業」で働く労働者には、企業の言いなりになって奴隷のように働くか、退職して厳しい求職活動を行っていくかの2択がつきつけられるのです。背に腹は代えられません。いくら低賃金でも、お金がなければ日々を生きていくことはできません。その結果、労働者は自分の自由を犠牲にしてでも、ブラックな労働環境で働きつづけることを余儀なくされます。
さて、一部から「ブラック」と呼ばれる渡邊美樹候補は、こんなことを言っています。つぎの演説をみてください。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/90354
この演説のなかで彼はこう言っています。
「日本のこの国を立て直すとしたらですよ。確かに社会保障費、そう動かせないお金もあります。しかし半分にしたらですよ。この国、立ち直るんですよ!」
国には、たしかに「経営」としての側面があります。その点では、国の運営にかかるコストを少なくすることが大事でしょう。
ワタミの渡邊美樹候補は、会社の経営を合理化するように、社会保障費を縮小し、国の経営を合理化したい、と言っているのです。
「社会保障費」は、働けなくなった人、病気をした人、高齢者などの生活を支えるための重要な費用です。すこし前に、生活保護の不正受給が問題になりましたが、実際のところ、生活保護の不正受給というのは、全体のわずか1.8%にすぎません(2010年のデータ)。もちろん不正受給は許されるものではありませんが、専門家は、生活保護に関してはむしろ、本当に生活保護を必要な人に支給できていないことが問題だと指摘しています。つまり、実際には生活保護が必要なのに、生活保護が支給されていないケースが非常に多いのです。
このように考えると、渡邊美樹候補の主張に疑問を感じる方も多いのではないでしょうか。
だから、ワタミの渡邊美樹候補を批判しつつ、彼を擁立した自民党を支持するという意見を聞くことがあります。
国の経営を合理化し、国際競争に勝つために労働基準法そっちのけで労働者を使い捨てるいわゆる「ブラック企業」の精神は、現在景気を回復させはじめた経済政策(アベノミクス)を武器に、さまざまな労働改革を行い、社会保障を引き下げ、生活することすら困難な日本に住むマイノリティを排除しようとする自民党の精神と同じであるように私には思えます。
いわゆる「残業代ゼロ法案」であるホワイトカラーエグゼンプションを推進したり、企業が労働者を解雇しやすくする解雇規制緩和を推し進めようとしているのは、自民党です。安倍首相は、アベノミクスによって60万人の雇用をつくりだしたと主張しています。しかし、実際に増えたのは非正規雇用が116万人であり、正社員は47万人減少しているのです。国の経営合理化によって、今後も不安定な非正規雇用を強いられる傾向は、今後どんどん高まっていくのではないでしょうか。
そのほかにも、自民党は憲法を改正し、立憲主義の原則を取り壊し、これまで保障されてきた基本的人権を縮減し、自衛隊を「国防軍」として位置づけることによって、日本が軍事力を明確にもつことができるようにしようとしており、その点でも多方面から批判されています。
しかし、それでもなお、自民党の経済政策に期待する声があります。
そういう人は、おそらく次のように考えているのではないでしょうか?
―― 「国際競争のなかで日本が負けてしまったら、大変だ。うちの会社がつぶれると、自分も食えなくなる。だから、自民党の多少の欠点には目をつぶって、日本をうまく経営してもらいたい。それが結局のところ、自分の利益にもつながるのだ」、と。
しかし、この考えは、「うちの会社はブラックだけど、自分がサビ残してでも何とかしないと、自分の職がなくなるから困る。食えないのは困るから、ここで働くしかない」という、「ブラック企業」で働くことを余儀なくされている労働者の考えとまったく同じです。
「ブラック企業」やそれに近い労働環境で働く人たちは、自分のことを「社畜」などと呼んで、ブラックな労働環境をネタ化して、無害化することがあります。ならば、「ブラック企業」と類似した考えによって行われる経済・福祉政策を肯定する人たちは、自分のことを「国畜」と呼ぶのでしょうか。
「社畜」「国畜」などとネタ化すると、本質が見えなくなります。それは、たんに「奴隷」なのです。賃金がなければ、お金がなければ生きていけないから、基本的人権は制限されてもしょうがないし、社会保障はどれだけ削られてもしょうがない、という考えは、お金という鎖につながれた奴隷以外のなにものでもありません。
無理やりの原発再稼働、ブラック企業の正当化、国防軍が必要だという声。これらに共通するのは、恫喝でものごとを動かそうとすることです。権力者はつねに次のように言います。「原発を動かさないと経済がダメになるぞ! 労働基準法など守っていては国際競争に負けてしまうぞ! 中国韓国に侵略されるぞ! 」、と。
このように、危機に乗じて威圧的な論理をつかい、政治を動かそうとすることを、ナオミ・クラインは「ショック・ドクトリン」と呼んで批判しました。
もっと簡単にいえば、それは「(現在の危機に対して)いつやるの? いまでしょ! いまやらなければ、さもないとひどいことになるぞ!」という論理です。
こういう論法は非常に威勢のいいものです。たしかに、いますぐ何かをやって、変えてくれそうな気がします。しかし、その一方で、「いま」の危機がどういうものであるのか、という点は覆い隠されてしまいます。たとえ国際競争に負けるからといって、過労死者をだすような労働環境が正当化されるでしょうか。たとえ経済がダメになるからといって、活断層の上にある原発を動かしていいものでしょうか。
その意味で、例の「いつやるの? いまでしょ!」の人は時代の申し子というか、およそ考えうる最高の(最悪の)タイミングで出てきたわけです。
少しうがった見方をすると、ワタミの渡邊美樹候補というのは、今回の参議院選挙における自民党支持のための逆説的装置なのではないでしょうか。
つまり、こういうことです。――世の中では、自民党の勢力が強いらしい。かといってその流れに単に乗るだけでは自分は「自由」ではない。しかし、ワタミの渡邊美樹候補を批判することができる私は「自由」であり、自分で「主体的に」政治についての情報を得ている。だから私は政治を「知っている」。 このように考えることができるというわけです。
要するに、「ブラック企業」といわれるワタミの情報をインターネット等から得て、それを批判することによって溜飲を下げ、安心して「自由な主体」として自民党を支持できるというわけです――「私は自民党にどっぷり浸かっているわけではない、批判もしている。それゆえ私が自民党を支持することは自由の証である」、と 。
この参議院選挙のあと、自民党は憲法改正にむけて大きく舵を取ります。彼らの改正案は、どういうものでしょうか。
その一番の特徴は、基本的人権を守ろうとする姿勢が大きく後退していることです。たとえば、自民党の改憲案では、表現や集会や言論の自由は、たしかに保障されています。しかし、この自由は「公益及び公の秩序を害することを目的」とする場合には、保障されません。この規定によって、たとえば今の政府についての批判を行うことが「公益及び公の秩序を害する」と権力者が判断すれば、そのような批判は制限されてしまいます。政府を批判することすらできなくなってしまう可能性があるのです。
もちろん、批判する必要のないほど完璧な政府であればいいでしょう。しかし、日本に生きる全員にとって「完璧な政府」などというものが、はたしてありうるでしょうか。
それでも、景気の回復だけを理由に、自民党を支持することができるでしょうか?
ある男が暴漢に拳銃をつきつけられ、「自由か死か!」と問われます。ふつう、死にたくはないですから、「自由」を選びます。しかし、「自由か死か!」という二択を迫られたときに「自由」を選んでしまうことは、その選択を暴漢から強制されることにほかなりません。ならば、その男は、自分が自由であることを示すためには、「死」を選び、自由を放棄するしかありません。こういう逆説がいま、現実に起こっているのです。
経済政策を武器に、私たちの自由を奪うような憲法改正を行うとする自民党を支持することは、自分が自由をもっていることを示すために、表現の自由も思想・信条の自由も、さらには基本的人権すら売り渡すことに他ならないのです。
実際に、いままさに私たちの「表現の自由」が制限されはじめつつあります。興味のある方は、次の記事をしっかりと読んでおきましょう。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/?no=3113
世界の歴史の至るところで、私たちは私たちの「自由」を獲得するために、数多くの努力を行ってきました。その結果が、現行の憲法の「思想及び良心の自由(第19条)、表現の自由(第21条)、学問の自由(第23条)」です。こういった自由は、おそらく、あっさりと奪われてしまいます。そして、こういった自由をふたたび取り戻そうとするときには、数多くの血が流れることは間違いありません。そのことは、歴史が証明しています。
すでに長くなってしまいました。
ここまで読んできてくれた方のなかには、「いや、そうは言っても外交問題などは、自民党以外にはまかせておけない」と言う方がいるかもしれません。
ところで、今の若い世代の方のインターネット上の発言をみていると、少なからぬ方が、いわゆる「2chまとめサイト」(「痛いニュース」「保守速報」「アルファルファモザイク」など)のURLをSNSに貼り付け、それを情報源として政治について語っていることがよくあります。中国や韓国、北朝鮮といった東アジアの外交問題に関しては、とくにその傾向が強いように感じます。
しかし、そのような「2chまとめサイト」を情報源として利用することは、とても恥ずかしいことだと私は思います。
なぜなら、いわゆる「2chまとめサイト」は、その名の通り「2chで話題になったことをまとめた」ものではないからです。
この点について興味のある方は、次のURLを参照してください。
http://anond.hatelabo.jp/20130705113110
若い世代の多くの方が、「2chまとめサイト」をTVや週刊誌などのマスコミから伝えられる情報とはちがった「自分で手に入れた真実の情報」として受け取っています。しかし、「2chまとめサイト」は、その話題を提供するプロセスから、その記事作成に至るまで、実はごく少数の人物によって管理されているのです。
多くの「2chまとめサイト」は、嫌韓や民族差別ネタを娯楽のようにパッケージ化して私たちに提供しています。本当に愚かなことですが、「差別」はもっとも簡単に娯楽になるのです。差別を娯楽として提供することが一番PVを稼げるから、結果として思想的な偏向を生み出しているわけですね。
しかし、その娯楽を享受し、そのURLを嬉々として貼り、情報/娯楽として消費する行為は、まるで、いとも簡単に餌につられ、その餌に群がる昆虫のようではないでしょうか?
少し、個人的な話をさせてください。
私はたぶん2chとの出会いは早かったほう(たしか2000年)だと思います。
2chを最初に見たとき、歯に衣着せぬ酷い書き込みの嵐に、「あ、これが筒井康隆が言っていた「ブラックユーモアは厳しい自己認識の手段である」ということなんだな」と思いました。そのことをよく覚えています。
作家・筒井康隆の作品には、さまざまな差別ネタや障害ネタが登場します。そのため、筒井は「2ch以前から一人で2chみたいなことをやっていた人」のように言われることがあります。
しかし、彼の作中での差別や障害ネタは「差別を見て笑って/楽しんでしまう私のおぞましさ」を発見するための装置なのである、と筒井は語っている。私たちは、いくら「差別はいけない」と思っていても、実際に差別を目にしてしまったときに、笑ってしまう、その差別を楽しんでしまうことがあります。そういう「私」のおぞましさを発見させてくれるのが、「厳しい自己認識の手段としてのブラックユーモア」だということです。
文学的価値としてはパロディよりもブラックユーモアのほうが高いとされている。なにしろ ブラックユーモアは16世紀のイギリスで発生してこのかた5世紀というスウィフト以来の伝 統を持っていて、それはすなわち死体をもてあそび、宗教を冒涜し、病人をいたぶり、糞尿を 好み、身障者を笑いものにし、極端な人種差別をするというものであることはご存知のとおり である。それはまさに人間が、人間であることによって否応なしにもたされた醜さをすべて暴 き立てられ、鏡のごとく自分の醜さに対面させられ、叫ぼうがわめこうがどうしようが、それ を自らの笑いによって証明させられて認識せざるを得ないという、いわば厳しい自己認識手段 なのである。この伝統を守り、20世紀の日本などという建前社会において消滅させたりして はならないと孤軍奮闘してきたつもりであったが、今や世の底流はほうっておいてもブラック ユーモアを指向しはじめた。「偉い人」だの「尊敬すべき人」だのといった言葉が出てきた限 りは、以後そういうことを言い出した人自身が自分の醜悪さの中にまみれてもらわねばならな い。どうやらまた何かしら倫理を作ろうとする連中がちらほらしはじめている。人間が人間の 倫理など作れるほどの偉いものなのかどうか、自分の魂の地獄へサイコダイバーとなっており ていってもらい、じっくり見てもらおうではないか。もちろんおれも一緒だ。安吾先生ではな いが、堕ちるところまで堕ちた人でないと倫理の何たるかすらわからない。
(『笑犬樓よりの眺望』http://sound.jp/kita-g/black.htm より引用)
初期の2chには、おそらく「厳しい自己認識の手段」としてのブラックユーモアがあったように思います。しかし、現代の「2chまとめサイト」は、その差別やブラックユーモアを単に娯楽として消費されるようにパッケージ化しています。
こういったサイトの「情報」をもとに、政治の話をするのは、もうやめにしませんか?
最後に、映画監督の想田和弘さんと、哲学者の木田元さんが今回の参院選について語った言葉を引用しておきます。
「僕は別に自民党に恨みがあるわけじゃないんだけどいまだに原発進めたり海外に売ったりTPPを公約違反を犯してだまし討ちで進めたりトンデモ改憲案を出したり軍法会議を検討したり生活保護切り崩したりワタミの会長公認したりとあまりに最近ブラック過ぎて絶対投票するのはやめて欲しいと言いたい。 」
「時代には勢いがあります。今ならば、ちょっと右寄りの方がかっこいいとか、そろそろ憲法改正が必要だとか、昔日の日本の威光を取り戻そうとか、そういう動きですね。それらに安易に同調したり、勝ち馬に乗ろうとしたりすると、とんでもないことが待っているかもしれない。… 戦前、日本の孤立を決定づけた国際連盟からの脱退に国民は拍手喝采しました。その愚を繰り返さないように立ち止まって考え、『勢い』をチェックして、場合によっては抑えることが必要でしょうね。賢さと言い換えてもいい」
よくはてブやツイッターなどでメタ視点で「これは良いリトマス試験紙」という発言を見かけるけどこういう勝利宣言ってバカみたいだよ。
どうも左翼の人に多い傾向が見受けられるけど、なんで物凄い上から目線で人をふるいにかけて「馬鹿と賢い人が分けられましたよ(喜)」って言えるんだろうか。
もしくは「敵と味方がこれでわかりますね(ドヤッ)」なのかな。
この発言している時点で馬鹿だと思うことにしているけど。
「このネタで、お前が俺並みにわかってるかどうか俺が判定してやるよ」的な使い方は確かにイラッとくるかも。
でも、たとえば2つの価値体系が交わるところで発生するような具体的問題に対して、各人がどう考えるかという
「リトマス試験紙」もあって、それは結構おもしろい。自分自身も含めて試験される感覚といえばいいのかな。
最近話題のトピックで言うと、言論の自由とヘイトスピーチの関係とか、女性の人権とセックスワークの関係とか。
どっちを取るかだけじゃなく、どれぐらい考えて答えるかで、その人のひととなりが見えたりする。
会社経営者で自由民主党参議院議員候補の渡邉美樹の発言、「365日24時間死ぬまで働け」が報道されている。ヒラのサラリーマンが中央線ガード下の居酒屋で安酒を飲みながら同僚に「365日24時間死ぬまで働け」と愚痴っている程度なら、なにも問題はない。問題は、その言葉を発した人物が、企業内において人事権を持ち強制できる代表取締役であり、労働政策のルールを提案し作る国会議員の予定候補者という法的身分を持つ公人だという事実だ。
パワハラだと批判されたくないなら、渡邉美樹にできる選択肢がひとつある。代表取締役を辞任し、参議院議員予定候補者を辞退することだ。その上でならいくらでも発言すればいい。一般市民の立場に限り、言論の自由が憲法で保障されている。
ワタミ社内文書で「24時間死ぬまで働け」 パワハラにならないのか?
「365日24時間死ぬまで働け」——。ワタミグループの全社員に配布されている「理念集」に、渡辺美樹会長のそんな言葉が書かれていたと週刊文春が報じ、物議を醸している。
6月6日発売の同誌によると、この「理念集」はワタミの全社員が従うべき規範とされる。渡辺会長は自らの著書で「この理念集を否定したときは、君たちにこの会社を去ってもらう」とまで書いているという。また、入社内定者に配る『質疑応答』という冊子にも、「『勤務時間そのもの』に捉われることなく仕事をします」「『休日』とは『与えられるもの』ではありません」などの記述があるとしている。
渡辺会長は文春の記事に対し、ツイッターで「本日の一部週刊誌記事は、明確に事実と異なる点があり弁護士を通じて対応いたします」と説明したが、具体的にどこが異なるのかについては言及していない。
週刊文春の記事の真偽や言葉の文脈は明らかではない。しかし本当に「365日24時間死ぬまで働け」という言葉が投げかけられたとすれば、従業員には相当なインパクトがあっただろう。このような労働基準法に触れるとも思われる「理念」を、企業がその従業員に伝えることは、法律的に問題ないのか。いわゆる「パワハラ」にあたらないのだろうか。労働問題にくわしい野澤裕昭弁護士に聞いた。
●このような文書は「きわめて異常」
「使用者が、労働基準法を無視する内容の宣言を、公然とするのはきわめて異常です。ただ、こうした発言・文書だけでは労基法に違反するとは言えません。違反となるのは、実際に違法な長時間労働を命令・強制したなどの、個別具体的な事実がある場合だからです」
では、こういった発言はモラルの話で、法的には「問題ない」と言えるのだろうか。
「いえ、こういった発言がのった文書を従業員に配れば、パワーハラスメント(パワハラ)となり得ますので、問題です」
その理由は?
「まずパワハラの定義ですが、厚労省『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議』の2012年3月の提言は、職場のパワハラについて、『同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』としています。
また、典型的なパワハラの例としては、『脅迫』や『ひどい暴言』『業務上明らかに不要な事や遂行不可能なことの強制(過大な要求)』などがあがっています。『死ぬまで働け』というのはこれらにあたる可能性が高いと言えます」
「使用者は『安全配慮義務』の一環で、パワハラを防止する義務があります(労働契約法5条)。労働契約法に刑事罰はありませんが、もしこれに反した場合、民法の不法行為責任や使用者責任、債務不履行などを問われ、多額の賠償を請求される可能性があります。
経営トップは自分に安全配慮義務があることを自覚し、このような発言・文書はそれだけでパワハラになり得ることを肝に銘じてほしいものです」
野澤弁護士はまた「『(できなければ)会社を去ってもらう』と経営者に言われれば、労働者は死ぬまで働かないとクビになると恐怖を感じて精神的苦痛を受け、職場環境も悪化するだろうことは容易に想像できます」と指摘、このような発言が職場全体に与える影響についても、心配していた。
かつて日本では「24時間、戦えますか?」と問いかける栄養ドリンクのCMが人気になったこともある。しかし時代は変わった。過労による「うつ」になる労働者も少なくないなか、経営者が従業員に発する言葉にも、十分な配慮が求められているということなのだろう。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/06/14/power_harassment_n_3444873.html
労働契約法
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議審議会資料|厚生労働省
平成24年3月15日
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000255no.html
資料1 職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言(PDF)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000255no-att/2r9852000002560k.pdf
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
【職場のパワーハラスメントの行為類型(典型的なものであり、すべてを網羅するものではないことに留意する必要がある)】
①暴行・傷害(身体的な攻撃)
④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
⑤業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
①については、業務の遂行に関係するものであっても、「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない。
②と③については、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられる。
④から⑥までについては、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。こうした行為について何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。