はてなキーワード: 天気予報とは
近くに全国的に有名な占い屋さんがあるから、気になっていって来た。特に将来に不安があったり悩みがあったりするわけでもない。全国からこの占い師さんに占ってもらうためだけに、こんな片田舎まで来る人もいるんだと聞いたため、「おもしろそうだな」と興味半分野次馬半分で行ったのだ。
「ここ1,2年不遇で…」「あ、いや、2年前から仕事始めて、お金もらえてしあわせです」「今の恋人に不満があるのは、君が我慢しちゃうからで…」「恋人に不満が一切なくて、逆に不安で…」「君は言いたいこと言えない性格で…」「思ったこと言いすぎて、よく怒られます」みたいな感じ。
ことごとく当たらなくて、私も途中から焦った。お膳立てしようと色々話したり質問したけどやっぱり空回り。父の適当天気予報(飛ばしたゲタがXXだから明日は晴れ!みたいな)の方が確実に当たる気がした。
占い師さんの言ってること、全部ネガティブだったのが気になったなあ。占いってやっぱり、なにか将来に不安だったり悩み事がある人がいっぱい来るんだろう。それで、ネガティブなことを言う方が、当たりやすいんだろうなと思った。じゃないと、あたると評判にならないし、全国から続々と人はやって来ないわけで。
最終的に「転職したいんですけど」って適当なこと言ったら、「今の仕事を少なくても3年続けなさい」って言われた。(おっそれっぽいじゃん)って思ってたら、「3年続けたら、転職に有利だよ」って妙に現実的なこと言い始めてちょっとわらった。
平日は週末を楽しみにしているくせに、週末になると絶望的な虚しさに襲われ、仕事したくないなあなんて思いながらまた平日を楽しみにしてしまう。
昔は1日中アニメ見たり漫画読んだりであっという間に週末は潰れてしまっていたが、
歳をとってきたせいか段々どちらも興味が薄くなってきて、暇を持て余してしまう。なおイングレスも飽きた模様。
平日仕事している時には「これは週末にまとめて調べてみよう」なんて後に回すんだけど、
週末になると自然と仕事に関することは避けてしまい、結局「やらなきゃ、やらなきゃ」なんて義務感と責任感の残骸みたいなものだけが残って心から週末を楽しめない。
テレビを見ていると、鉄腕ダッシュが放送されていた。どこかで見たことあると思っていると、やはり再放送というテロップが流れた。2014年の9月。去年の夏だ。
もうそんなに経ったのかという思いと同時に、俺は何をしてきたんだろうと思う。
思い出らしい思い出がない。この僻地で、一人っきりで、仕事しかしていない。
俺は何のために仕事をしているのだろう。何のために生きているのだろう。
思い出が主食だ。思い出を思い出しながら、俺はかろうじて生きている。
その割には、ここのところ将来に向けての思い出を作っていない。
作らなきゃ。思い出を、楽しい思い出を作らなきゃ、俺は人生に迷ってしまう。
結婚がしたい。もう、自分のために生きるのは飽きてきた。誰かのために生きたい。
でないと俺には仕事をしかなくなってしまう。仕事がなくなった時には、たぶん死ぬしかない。
旅に出よう。趣味がない自分にとって、主食のひとつである旅は、また自分に何かを与えてくれるかもしれない。
残念なことに、今週も来週も天気予報は雨だ。
はやくこの一人っきりの家を出ないと、俺は自分を救えなくなる。
自分自身、既読をつけるとかつけないとかそういうやり取りはウザったいと思っていたし、今でも思ってる。
だけど、さすがに四時間もの間既読がつかないのはおかしいじゃないか。
しかもフルタイムで働いているわけでもないフリーターの君が、だ。
そりゃあ、私のことなんてアウトオブ眼中だろうし、大した話をしてるわけでもないのは理解している。
退屈なら退屈と言ってほしいし、いっそのこと既読無視をしてくれたって構わない。既読すらついてないからやきもきしちゃうじゃないか。
今日は用事があったのかなとか、旅行でもしてるのかな、とか余計なことを考えてしまうでしょ。
私だってすることがあるんだ。いちいちスマホを持ち歩きたくないし、通知がきているか確認もしたくない。
だいたい、君のせいで予定が狂ってるんだ。仕事だって進まないし、家事だって手につかない。小説読んでいたって頭に君の顔が浮かんでくるし、映画見てたってそうだ。
なにしたって君のことばかり思い浮かぶ。今何してるかな、今どこにいるのかな、そんなことばっかり。
最近は君の住んでるところの天気予報を確認するようになってしまった。一度も行ったことがないのに。
チャットだって週一に抑えてるんだ。ウザい女だって思われたくないから。だって、恋人でもないのに頻繁にやり取りするのはおかしいでしょ?
あの時、テレビは1つ番組を視聴するのに63円程かかった。インターネットの普及により個別に電子決済が可能になったからだろう。だから起きてから寝るまでテレビを見ていたら、その日だけで800円くらいかかった。
けど、その代わり、映像も見せ方も内容も、すべてが作り込まれていた。
それまでの、従来型のスポンサーをつけて得る収益体系が成り立たなくなってから、テレビからコマーシャルは消え、クリエイター達が作品を披露する場になった。それまで大衆が"広告"によってペイしていた分をクリエイターがペイする仕組みになった。
なかでも私の気に入りは天気予報だった。
あえてアナログな装置によってやるのがこの番組のウリらしい。カメラとお姉さんの間にアクリル板があって、そこに、手書きのマジックで等高線やらが書き込んであり、お姉さんがそこに、天気を示すカラフルでゼリーみたいな粒を、説明しながら置いていった。カメラは少しローアングルで、お姉さんの顔は見えない。まるでカメラの存在を無視するかのように説明をしていく。なんだかフェティッシュをくすぐるような、そんな映像が45分続くのだ。
具体的に言うと新卒の皆様の就職活動に向けての準備でございますな。
そこで、超具体的に高卒or大卒or院卒(除く博士)就職する人向けのTOEICの話でも。
テクニカルに500点取る人と、理解して400点の人は、質が違う。
TOEIC公式サイトのサンプルでも見て、どう思うかで判定できるね。
これを「英語の試験だ」と思うか「ああ、ビジネスで使いそうな例題ね」かで違う。
業務で英語なんか全く使わないのに「高い方が優秀だろ」みたいな理由で点数見てるトコね。
まあ、世の中努力ではどうにもならん理不尽な事が多いのを知るのも就活の意義ではあるので、
そこは諦めて、出来る事をしてくれ。
商社やメーカー、中小工場の営業に至るまで、英語圏で仕事する人達は多い。
で、経験則的に、フツーに英語使えたら風邪引いててもこれくらい点数取れるだろ、と設定してる。
(まあ、野生の勘でブロークンイングリッシュで乗り切るオヤジとかが生息してたりするんだが)
新人の間はアンチョコ片手に苦労しながら現地のコーディネーターに合流出来て、
意思疎通して開拓したり交渉したりする(契約は英語屋orネイティブを挟む)のを期待してる。
だいたい、700~800点位を基準にしてるところが多い。
コッチ狙う人は正攻法で頑張ってくれ。
ワリとIT企業に多いんだが、意味もなく高い値に設定しているところが多い。
500~600点を基準にしてる所はまず意味ない数字だな。機械的に単位の「優」を数えるのと一緒。
あと、積極的に海外展開してるように見えないのに、750~900点とかつけてる所。
まず、商社や販社、外資の「英語普通枠」は、帰国子女とか準ネイティブが占めます。
身も蓋も無いですが、諦めましょう。
(諦める必要の無い努力型英語話者は、素でTOEIC800は超えるので関係ないしね)
「日本人だけど英語が使える枠」として残りたいなら、800点を目指しましょう。
まあギリ800,だいたい700~750くらいだと問題無いと思います。後は経験なので。
このレベルになるとTOEIC受けて知らない単語は滅多に出てこない、
思い出すのに時間かかるとか、なんかこもった話し方されると解らん、というレベルかな。
人によってやり方違うけど、まあ慣れかな。
学生さんだとそもそもビジネス文書に慣れが無かったりするので、
意外と日本語の新聞の社説を速読できるようになると、効果があったりする。
最初に言っとくと、試験の意味がわからない人でも、技法で600点ぐらいまでは行ける。
そうだなあ、
「英語は判んねえけど、今オレの悪口言っただろ」とか
「単語並べりゃ海外旅行は出来る」みたいなバイタリティ溢れる人は、
逆に、TOEICの点数はスゲエ良いのに、英語使って仕事できない人も居る。
で、「600点以上」とか書いてる会社は、何も考えてないことが多い。
600点って、辞書片手に英文メールで仕事のやりとりが何とか出来るレベル、だから。
これは巷にあふれるテクニカルな手法でとりあえずチャンピオンデータ取っちゃえば勝ち。
当然毎月試験受けるし、小手先のテクニックも大量に使ってくれ。
英語力(というと胡散臭いが)上昇には意味ないが、どうせ元々意味のない数字だ。
ヨドバシのチラシ見て「どれが一番割引率が高いか」とか、
中央線の時刻表見せて「どの列車に乗ると高尾山に一番早く着くか」とか、
展示会に行ったら「セミナー会場は変更になりました。なお飲食禁止です」とか、
ホテルにモーニングコール頼んで、お湯が出ないって文句言ってるオッサンの愚痴を聞いたり、
歯医者に「都合悪くなったんで、来週にならんかな」とか言ってるオッサンの電話聞いたり、
「明日の未来の為に、我がジオン国国民はXXXXXならんのである!」を穴埋めさせたり、
「あの壺をキシリア様に届けてくれよ! 」を聞いて、届けるのは何家か聞いたりとか、
和訳してテスト見れば、日本人なら風邪でもまあそりゃ取れるだろって内容なの。
だから「天気予報なのは判ったけど、その気象条件の単語は知らん」とか
「オッサンの説明がウザくて、何曜日か忘れた」とか
そういう状況なら、後は努力だ。
テレビで天気予報を見てもCMを見ても、お菓子のパッケージを見ても「がんばれ、受験生」なんて言っている。
言われるたびに申し訳なってくる。
ごめんなさい、お天気おねえさん。ごめんなさい、キットカット。ごめんなさい、森高千里さん。
今週、通っている高校で決起集会があった。
先生が僕たちに一言ずつ応援コメントを言い、最後でみんなで「えい、えい、おー!」って言った。
ここで、学校の先生は「今までやったきた自分の頑張りを思い出して、自信をもちなさい」なんて言ってた。
でも僕は頑張った記憶なんて全くないし、大学に受かるとも思っていない。
学校の定期テストで赤点をたくさん取っていたし、数学の問題集の提出日に間に合わなくてクラスメイトの前で先生に怒鳴られた事もしばしば。
でも、そのころの僕に「自分は頭が悪い」とか「自分はクズだ」なんて自覚は全くなかった。
試験に対しての緊張感なんて全くない。
むしろ「浪人したい。予備校に入って旧帝大を目指したい。」なんて思ってる。
自分は高2の頃に成績が悪いから勉強に専念するなんて理由で部活を中退した。
でも結局、アニメみてばかりだったし、図書館の自習室でも居眠りしかしなかった。
放課後はずっと暇なのに数学の問題集が提出締切日に間に合うこともなかった。
学校の現代文の授業で読んだ夏目漱石の「こころ」に載ってる超有名な台詞で「精神的に向上心の無いものはバカだ」ってあるじゃないですか。
僕はバカだ。もう取り返しがつかない。
今日の晩御飯は母親がスーパーの総菜売り場で買ってきたトンカツだった。
いま、「胃がもたれるんだよな...」なんて思いながらタルタルソースと一緒に食べている。
雨風ひどかったからこりゃ無理だわ天気予報だと通勤時間帯は大丈夫っぽい感じだったけどだめじゃんと思って上司にメールして休むことにした。
最初はおさまったら行くって感じのメールにしようかと思ったけど月曜から無理してびしょ濡れになって片道40分も歩いたら週初めからテンションとモチベが下がりすぎて体力も無駄に消耗するから休みにすることにした。
おさまってから午後からの出社とかにすれば有休使わなくていいけどどうすると聞かれたけど今月は残業しても休んでも給料変わんないからそれなら休めるときに休んだほうがトクだっていう事情があったからありがたく休みますと即答した。
ほんとは今月もっと有休使いたいんだけどスケジュールが少し遅れてるから休みたいって言いづらいところだったからちょうどよかった。
などとニコニコしながら会話するJK三人組のとなりで、そのどれにも当てはまらない俺は信号を待っていた。
ようやく秋になったばかりなのに、きょうは暑苦しいくらいの陽気なので、オフィスの皆は不満を漏らしていたが、俺は内心わくわくしていた。
そして今、ランチタイムで賑わう街中へ繰り出してみると、期待どおりに、いつもよりは薄着の女性が華やいでいる。
透けブラ全開のJK三人組はもちろんのこと、その横で髪を撫でつける仕草が色っぽい20代後半の女性の背中も、一見するとキャミしか見えないもののよーく観察すればあの妙なる線が浮き上がってくる。横断歩道の向こう側で同じく信号を待つ女性たちの透けブラは見えるはずがないけれども、ピンク色のリュックサックを背負った女子大生の上半身を膨らませる丸い二つのものの大きさや、その後方で日焼け止めを塗っている30代後半の熟した色気などは、遠目からでも容易に明らかとなる。
信号が青にかわった。
Dはあるだろうと踏んでいた女子大生の胸は、近くに寄ってくるとまるで小さくなったように感じられ、実際にはCどころかBにも満たないくらいな貧しさであった。きっと気を失わせるくらいの香ばしい匂いを漂わせているであろうと察したあの30代女も、横断歩道の中ほどで俺のそばを通りすぎたが、いくら残香を吸ってみてもそそられず、見かけ倒しであった。
なーんだ、どうせ現実はこんなもんだ、目をつぶって横断歩道を通れれば夢は壊れなかったのに。はあ。
と心の中でため息をつく折から、信号を渡りきろうとする自分の方へ、まもなく赤になろうとする信号を見つめながら駆ける40代のおばさんが、少なくともFはあろうその巨乳をぼよんぼよんとさせるのが目に入る。
おおお。顔だけ見ればただのおばさんなのに、視線をちょっと下へ移すとまるで女王様。人生には意外がつきものだから面白い。
ふふふ、とまた心の中で呟いて、俺はランチ時の混み合う蕎麦屋に入った。
午後の仕事も男どもに囲まれながら。紅一点の女性社員は、貧相なうえに気が強いのでオカズの対象にもなり得ない。今日は俺のことを罵倒しやがった。仕事が遅いとか何とか。トイレで泣いた。俺にはM嗜好は無いつもりだ。
連日残業つづきだから帰りは暗闇になる。疲れた足でようやく駅に着くと、今度は満員電車の罰ゲームが待っている。この日も乗り込むやいなや反対側のドアへ押しつぶされた。背中の感触があまりに柔らかだったから、きっと若い女性の胸が当たっているんだろうと思って股間を熱くした。が、降りるときに顔を見たらただの太った男だった。
真っ暗な部屋の明かりをつけるとそのままトイレへ一直線。疲れを癒してくれるのはアレしかないのだ。ペーパーをぐるぐる巻きにして、一息ついたら、きょうの収穫を頭に描きながら、一気にする。女子大生や30代女、40代おばさんと俺とが戯れているところへ、ときどきあの女性社員が邪魔をしてくる。この野郎と怒鳴りつけてやり、顔にぶっかけてやったところで、もう紙は濡れていた。
ああ、疲れたなあ。と呟いたら、甲高い声が聞こえた。
おつかれ。いいこと教えてやろっか。
一匹の精子が微笑をたたえながらこちらを見つめていた。
あのな、お前の悪口を言ったあの女、よく見てみろ。暑い日には、ノーブラで通しているんだぜ。
マジか!と叫ぶと、笑顔でピョンピョンと二跳ねしたきり、精子は消えてしまった。
こいつの命はこれ限りだが、俺には明日がある。夢がある。希望がある。
なんだかおかしくなってきてヒャッハーと奇声を上げて大笑いする。勢いよく立ち上がり、テレビをつけると、明日の天気予報は今日以上の炎暑を予告していた。
2つ上の先輩(女のかた)があってから2回目でメールアドレスを教えてくれというので、
携帯代2000円までしか使えないのにLINEみたいなSNSっぽい使い方したくないなあと
思っているからちゃんとつたえたのに、なんだあの人!
なんていうのかなあ、2回しか会っていないし、そもそもちゃんと口で会話することさえ
意思疎通できていなくて聞き取れなくてなんて言っているのかなあ…なんて思っているのに
やっぱりメールがかみ合わん。
「メールしたりしてごめんね」「暇だったからメールしたの」「今何してる?」ばかりで、
そういう風な文面でメール送られてくるの人生で初めてなんで対応に困る。
もともと連絡手段として使っていて
ほとんど「○日にあそぼ!」とかGAPのメルマガとか、これだけ見たいと思って通知してもらっているTwitterの通知とか、
ウェザーニューズの朝の天気予報とか(考えたら連絡手段でもねえわ…)そういうものばかりなんで
頻繁にメールするとかそういう文化が考えればなかったもんで「暇だからメールしたんだけど、今何してんの?」って聞かれると
でもその人のメールってどこか重苦しくて返信したくない感を感じる
ほぼひらがなとか。好きな人が誰だとか言われても面識ないんでちょっとだから何?になる。
既読無視がどうのこうのと物議をかもしてますが、LINE自体やっていないので
その人とちゃんと話が通じない時点でちょっと厳しい気がする。返信にもすごく困った。
http://anond.hatelabo.jp/20140820120315
そもそも「お姉さま」という呼称何なのだろう。「さま」がつくわけだから敬意を払っているのは間違いない。これが「お姉ちゃん」や「おねえ」では駄目だ。これだと実の姉妹のような距離感になってしまう。「お姉さん」になると見知らぬ若い女性に対する呼称になる。客引きが使ったり、「あのショップのお姉さんかわいい」のように使ったりする。
まず、実の姉妹ではない。親密な関係にある。年齢差がある。という前提条件があり、年下の子が年上の子に敬意を払っていること。そして、明確な上下関係があること。
人間、恋人のような親密な関係になれば、年齢差など上下関係には成り得ない。年齢差が上下関係になるためには、学校や会社などのコミュニティに属している必要がある。コミュニティに属していれば、年上の子だけではなく、周りの年長者との関係も無視できなくなる。それによって年齢による上下関係を破壊することができなくなる。
つまり、「お姉さま」という呼称は以下の例のような場合に発生するのだと思う。
花恵さんは私立白桜女学院に通う高校一年生です。お嬢様学校に通っているから家はちょっとばかり裕福ですが、彼女自身はごく平凡な箱入り娘でした。
ある日の放課後、花恵さんはトイレに入っていました。うっかり屋さんの彼女は、用を足してからトイレットペーパーがないことに気づき、恥ずかしがりながら大声で人を呼びました。
すると、個室の上から、
「どうぞ。これを使って」
とトイレットペーパーが差し入れられました。花恵さんはありがたくそれを受け取り、色々済ませてトイレを出ました。トイレから歩き去ろうとしているその人を追いかけて、おかげでたすかりましたとお礼を言います。
その人は上級生の菫子さまでした。図書室の姫と呼ばれている人で、図書室に自分の専用席を持っていて毎日遅くまで本を読みふけっていることで有名でした。
「気にしなくていいのよ。困ったときはお互い様だから。代わりに、もし私が困っていたら助けてね」
菫子様は図書室の方へ歩いていきました。その素敵な後ろ姿に見とれながら、花恵さんはそんな機会一生ないだろうと思っていましたが、意外に早く機会は訪れるのでした。
ある日の放課後、花恵さんは委員の仕事で帰るのが遅くなりました。ちょうど帰ろうとしていた時に雨が降ってきます。しかし、花恵さんは天気予報を見ていたので傘を持っていました。すると、昇降口に雨天を恨めしそうに見ている菫子さまがいます。花恵さんはどうしようか迷いましたが、意を決して近づいていき傘を差し出しました。
「あら、あなたは……。本当に覚えていてくれたの? ふふ、それじゃあ、お言葉に甘えてご一緒させてもらおうかしら」
英恵さんは菫子さまと一緒の傘に入って帰りました。会話らしい会話などしたことがない二人でしたが、みょうに話が弾んでとても楽しい帰り道になったのでした。
それから、花恵さんは図書室に通うようになり、菫子さまに勉強を見てもらったり、おすすめの本を読んだりして過ごしました。
月日は流れ体育祭。花恵さんも菫子さまも運動は得意ではありませんでしたが、一生懸命頑張っていました。そして、借り物競争に菫子さま出場します。お題を手にして花恵さんのところまで走ってきました。
どうしたのか問いかけると、少し照れくさそうに菫子さまはお題を見せてくれました。
「妹にしたい下級生」
それを見た瞬間、花恵さんは自然に答えていました。
花恵さんはお姉さまの手を取ってゴールへ向けて走りだしました。
なんとか自然な感じで「お姉さま」と呼ばせることができたんじゃないだろうか。
ああ、それにしても百合は最高なんじゃあ〜。
どう思いますか?
しかし、その主張の論者たちの力が弱いと感じる。
こういった視点での議論が無く、そのまま今に至っている。(ビックデータを個人に結び付けなければ分析OKでしょでしょ)
まず、分析とはなんだろうか?
分析とは、数値などを扱い、予想すること
分析結果などは、今の現状と、これからどうなるかという事が分かるだろう。
今のマーケティングにそういった分析が不可欠なのは言うまでも無く、
なぜ分析するかと言うのは、説明しなくても良いだろう。(なぜあいつらが分析が大好きなのかは正直分からない、多分やる事がないのだろう)
そう、分析とは未来の行動がある程度読むことが可能なのである!!
実際不可能だと思うしね。
しかしだ、分析によってある程度まで、読むことが出来ると思っている。
コントロール可能だと思っている。
例えばだ、マックの椅子は座りごごちが悪いのは、店の回転率を上げるために
行っているのは皆さん知っているだろう。(長いしたくないと思わせるため)
・回転率を上げるのにはどうしようか→椅子で無駄な事をしている人が多い→椅子に長く座れないようにしよう!
これの何が悪いの?と皆さん思うだろう。
これは大問題ではなかろうか?つまり、操作されてしまっている。
我々の意志で動いているようで、動いていない事が容易に発生してしまう。しかも、故意によってだ。
しかも、なぜか滑稽に思われないだろうか?
マックを利用している側が、逆に操作されているなどというのは。
なぜ滑稽か?
色々な視点があると思う。どれが正解と言うわけでもないが。
二つあげたいと思う。
1、主体性
まず、考えたのは主体性だよね。
存在しないのであれば、主体性という言葉はよほど近代に生まれた言葉だろうな。
考えるという言葉にしたいけど、動物も考えると言う事は当たり前だ。
その壁と聞いたら前に進めないと思うだろう。
多分人間だけだろう。
(2について、こういうことを一言で言いたいのだが、いい言葉が見つからないな)
ええ、それでマックの観客は、まさにこの壁が見えてない。
どこかで見下している、そうしないとやってられない。(ご飯食えなくなるよね)
つまり、この時点でマックの観客は人間らしさを全く失ってはいないが
なにか、動物のようなアホさを感じるのだ。
動物のようなアホさというのは、あのー
あれのような感覚に近い。
退職してもうそろそろ半年ぐらい経つが、退職後は抑鬱状態が発生していない。
収入がなくなることに不安はあったが、会社を辞めたのは正解だったと思う。
うつ病がひどくなって2年ぐらいは耐えた。
ある日、出勤途中で不安感と吐き気が止まらなくなり、家まで逃げ帰った。それから会社を1週間休んだ。
長く休んでいるわけにはいかなかったので耐えながら出社していたが、全く生きている実感がなかった。喜びはなかった。
仕事は何も楽しくなかった。帰宅しても何も楽しくなかった。休日も鬱々としていた。毎日が地獄だった。
仕事仲間はいい人たちばかりだったのでたびたび休むことが申し訳なかった。
死んだ方が楽かもしれないと思った。
自殺を考えたときに、なんで会社のために苦しまなければならないんだと思った。
このときに自殺ではなく退職を選んだ自分を褒めたいと心から思う。
貯金はある。1円も収入がなくても、これまでと同様の生活をしても2年は生きれる。質素に生きれば3〜4年は大丈夫かもしれない。
再就職は可能だろうか。年齢的に難しいかもしれない。
独立は可能だろうか。再就職より成功率は低いだろう。だが不可能ではないかもしれない。
死ぬよりはましだ。
今死ぬよりは絶対にましだ。
実際には退職を決断するまでにかなり時間がかかったし、上司に退職の意思を伝えるまでに時間がかかったし、きりのいいところまで仕事が終わり引き継ぎが終わるまでに時間がかかった。
それでも退職することができた。
そして今でも生きている。
それも幸せに生きている。
将来に対する不安はある。
食えなくなるときが来るかもしれない。
でもなんとかなるかもしれない。
天気予報はハズレだ。
7年前ぐらいに購入したソニー製のやつがあるのだが、最新型容量も多いし機能も進化しているだろう。
・自転車
東京に住んでいるのでとても便利そう。ガチ乗りする気もないのでクロスバイクあたりでいいと思っているが、メンテがめんどくさそう。
ただこれで移動するとビール休憩ができないので厳しい。あと東京の道は死にそうで怖い。
一年前に買ったよくある安っぽいファーのやつ。引っ越した時に間に合わせのつもりで買ったのでそろそろ買い換えたい。
夏は暑いし。去年は夏は丸めて片付けといたが、あると夏終わりにひいてしまいそうなのでここらで捨ててしまうべきかもしれない。
・ベッド
今は無印のマットレスを10年ぐらい使っているのだがたぶんもう寿命だろう。
買い替えないとヘタってる感じがよく分からない。分からないもんだから買い換えるタイミングが分からない。
・小さいバッグ
基本的に手ぶらで移動したいのでいらないが、あれば便利だろう。
ボディバッグはださいし、ミニショルダーあたりがいいのだけどドンピシャな感じのバッグが見つからない。
・食器とかカトラリー
毎日使うやつは多少値段が張っても好きなやつを使った方が絶対に良い。
天気予報見なくても干せるのは一人暮らしだとだいぶデカイと思う。
生乾きのニオイとか苦手なので欲しいが高い!