話がズレてることに自分でも気付いて誤魔化しはじめたな。恥ずかしい奴。
preciar|amakanata|saikyo_tongaricorn|mirai28724|netcraft3|neogratche|ustam|ak1024|greeen23|kuzumimizuku|roo_ooy
・高級車や高級腕時計のように高価なものを自慢するならまだわかる。だが彼らはなぜか安さ自慢、貧乏自慢をする
・三大キャリアとまったく同じ品質の回線を安く利用できるならよいが、実のところ格安SIMの回線は都市部/ピーク時は使い物にならないほど低速。単なる安かろう悪かろうである
・にも関わらずその安かろう悪かろうを使っている自分を偉いと思っている
・格安SIMを使っている自分はリテラシーが高いと思っており、三大キャリアを使っている人間を見下している。理路は全くもってわからないが、低価格相応の価値しかない低速回線を使っている自分の方が、キャリアに十分に対価を払って高品質なサービスを受けているユーザーより優れていると思っているらしい
・格安SIMの契約なんぞ現代人なら誰でも出来ることで、全く持って難しくない。にも関わらず「格安SIMの契約ができる自分はすごい、情強である」と思いこんでいる
・「格安SIMを契約している俺はリテラシー高い」系のコメントをよくするが、実のところ学歴も給料も低い。学歴や給料が高く稼いでいる人間はそも携帯代金などいちいち気にしないのである
https://matomame.jp/user/yonepo665/c9bff96ca9e876a61771?page=1
何でやめちゃうんだろう
元記事についたブコメについて、返信や補足です。どうやら増田には7000文字くらいで文字数制限がかかっていて、それを超過すると記事が途中で途切れるらしいことがわかったので、ブコメへの返信や補足などはこちらにかいております。ブコメを取り上げる・上げないの判断基準は「補足して何かを言いたいものであるかどうか?」です。ブコメの良し悪しでの判断ではありません。
本当はリンク全部書きたかったけども、URLが多すぎるせいか投稿に失敗したのでURL省きます。ここで引用しているコメントは全て、元記事についたブコメです。
法人で事務所や借り上げ社宅を借りるには、法人としての信用が必要です。具体的には3年間(もっと長いかも?)の黒字決算でそこそこの事業規模が無いとキツい、とか。
ちょうど友人がこういう投稿をしていたばかりだ。https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=3719818448134271&id=100003184580045
そう、未成年で天涯孤独だったりDV親だったりすると本当に人生詰むんじゃないかって思います。生きるための障壁は住居確保以外にもたくさんあることは想像に難くありません。はてな界隈で有名な話としては「私が休学を決めるまで - Tritamaブログ」が挙げられますね。この方は高校出てから放り出されてこれだけ酷い目に遭う訳ですが、中学出た時点で放り出されたらもっと大変かもしれません。世の中、特に未成年の環境については「協力的な親が実在する」という前提に立った制度が多過ぎます。
これほんと辛いよね。独身のときは家借りるの一苦労だったし、ちゃんと働いてるのに出自を値踏みされてる感じで屈辱だった。増田の案は妥当に思える。どっかに意見出したのかな?
SNS上で政治家のアカウントに軽く進言したりすることはありますが、きちんとした意見書を出したりパブコメに投稿したりということはありません。今後は検討したいです。
出自を値踏みされてる感じ、それはありますね。差別を受けるってこういうことなのか、って思います。
大手の不動産仲介よりは、地場の不動産管理会社の方がネゴは効くかもしれん。地主やビルオーナーが一階で営業して自分の物件や管理物件だけ紹介してることも多い。まあ古い考えの人も多いのでハズレも多いが。
これは、そうなんだろうと思います。問い合わせして回るのに足を使うので私は手っ取り早くURに保護を求めましたが、万が一URの運営が止まったり等すれば、この手段は頭に入れておきたいところです。
もしも長生きしてしまっても、そのころには安アパートを借りれるか借りれないかというシングル老人が大量発生しているころだろうから、なんとかなるんじゃねえかと思ってる。空き家も増えるだろうし。
「なんとかなる」状況が発生するとしたら、国内の治安や衛生状態が悪化して社会問題となり、法制度が改正された時、だと思っております。
定期借家契約が出てこないのに違和感がある。普通借家における貸主・借主のバランス(一般に「借主が強い」と言われがち)を若干貸主側に傾けたのが再契約条項ありの定期借家契約で、当然その活用が考えられるはず。
借主が緊急避難をする手段としては定期借家契約は非常に優れた話ではあります。実際に契約した経験が無く実態を知らなかったので省略しておりました。指摘ありがとうございます。
わかるけど、解決策はピントがずれている。問題は、賃貸借契約は相続されるということ。増田が急死したら、増田の相続人が借主になるので、相続人に連絡を取れないと貸主側から部屋を解約することが難しい。
これが一番ここで取り上げたかったコメントです。元の記事には書きませんでしたが、借主の死亡や失踪というのは大家にとって非常に大きなリスクです。他のブコメでもしてきされている通り、相続人となり得る者は存在しないという証明書を借主が提出することによって借主死亡or失踪時に大家は都合の良いように処分できるっていう制度が必要です。
少し話が逸れますが、例えばDV親から逃げ出した時にDV親を「相続人の廃除」することが私たちの人生で重要なポイントなのですが、このハードルが高すぎることも問題としてあります。相続人の排除を否定した判決の判例を見ると、ほんと頭痛がします。
賃借権だけでなく増田の遺品についても相続される。大家は勝手に処分することはできない。問題は家賃だけじゃないのよ。親族の連絡先がないとこれらの処分方法が確定できない。遺言執行人の選定も強制力ないし
こちらも同種のコメントです。日本の社会は、この問題も解決しなければなりません。
サービスアパートメントだめなんですかね。ずっと海外で住んでたけどよかったですよ。入居はパスポートとデポジットだけ。あとはシェアハウスかな。デポジットと前家賃払えば大抵のところは住めます。
海外に居たときは、私もデポジット(敷金のような扱い)払うだけですんなりとシェアハウスに住むことができていました。気をつけないといけないのは、歳を取ると(30代半ばくらいから?)シェアハウスで間借りするのは肩身が狭くなる、といったところでしょうか。
緊急連絡先は借主が死んだ時の処理のためにあるのか、そりゃそうか。じゃあ死後処理を頼める会社や団体ができるしかないな。遺書を預けた弁護士とか含む感じになるんだろうか。それはそれでニーズありそう。
団信なしでもフラット 35 は行けるので住宅ローンは出来るよ。共同名義じゃない限り連帯保証人も不要。賃貸なら UR という解決策が存在しているし、あらゆる物件に住めるわけでは無いが、選択肢自体は割とありそう。
フラット35がそういう制度になっているとは知らなかったです(調査が足らなかったです)。てっきり、フラット35でも団信を求められるものだと思っておりました。
東京にはURよりもう少しリーズナブルな「公社住宅」がありますよ。諸条件クリアしやすいです。そこにも漏れるような層をこぼさないようにさらにリーズナブルな「都営住宅」は場所を選ばなければ空がたくさんあります
公社住宅に関しては
都営住宅も「住宅に困っている収入の少ない方に対し低額な家賃でお貸しする住宅です。」と謳っており、やはり私たちは支援対象外です。 https://www.to-kousya.or.jp/toeibosyu/
全保連の「入居申込書兼保証委託申込書」を見る限りだと「緊急連絡先」があれば良さそうに見える。これとは別に親族の連絡先が求められるのかな?
記憶が確かではありませんが、私が2017年時点で見たのはこれかもしれません。2019年時点の家探しで出会うことができなかったのは運が無く、費やした探索労力が少な過ぎたせいかもしれません。
というか筆者は十分上級国民なので参考にならない。時給1,000円、氷河期非正規、前の住居が老朽化のため立ち退きを迫られている、ぐらい言わないと。
こういうケースを救うのは生活保護とかの制度だと思います。こういった保護はとても重要なのですが、これだけだと私のようなケースで人権が侵害されていってしまうという想いから、元の記事を書きました。元記事の上の方にある通り、私は1000万円ほどの物件を買えば(倒壊とかしなければ)保証会社と無縁の人生を得ることができますが、それだと同じ境遇の若い人たちが救われません。
一般論として「身元が確かでない人は家を借りにくい」という問題は「身元が確かでない人に貸してトラブルになると家主が困る」からで、家主の権利を強化すれば貸しやすくなる。さて、どうする?といういつもの話。
この「いつもの話」を解決するためには法改正するしかありません…!!
損をするのは悪意を持って詐欺や滞納とかやらかす輩だけで、それ以外の関係者全員がハッピーになれる社会を作っていきましょう!
賃貸契約まわりの契約書の中には、虚偽の情報を記載した場合は即時退去になるような条項が入っていることもあります。2019年の家探しの時に、不動産仲介屋に虚偽情報を記載することを示唆されましたが、リスクが高すぎるのでやめました。
分譲住宅で2DK未満の広さのものって、物量がそんなにありません。買いたくても買えないので、安値を狙うならボロボロの2Kや2DKとかになります。
ぜひ、その「1300万円ほど」の貯金で1Rマンションを購入し、貸し出してみてください。身銭を切って逆の立場になったら別の世界が見えるかもしれませんよ。例えばあなたが貸主で借主にどうやって強制退去させるんですか
腐女子の話などで赤十字の宇崎ちゃんポスター問題が再度持ち出されてたので、批判派のおかしかった点などを改めて整理しておく。
ただ、「なにを性的と取るか」は個人によって違い、時代によっても変化することには留意してほしい。
「胸を強調するためのアングルだ」という批判があったが、あの絵はどちらかといえば「先輩を見下すうざキャラ」という意味での煽りのアングルだと思う。
なにより「胸を強調したいだけ」なら、他に適したアングルやポーズがいくらでも開発されているのだ。
二次元の18禁文化に親しんでいる世代からすれば当たり前の事なのだが、そうじゃない人にはわからないのかも知れない。
これも尊重すべき意見とは思うが、ある程度具体的な批判なので少し反論しておく。
説明するのも馬鹿らしいが、例えばマッサージ広告でリラックスしている表情を「感じてる!アヘ顔だ!」と非難するのと同じである。
頭が悪すぎる。
問題意識自体はわかるのだが、宇崎ちゃんポスターに当てはめるべきかは別だ。
意見の分かれるところだと思う。
そもそも「性的搾取」という単語が曖昧なくせにレッテルを貼りやすい物なので、別の言葉で問題点を整理した方がいいとは思う。
誰かが定義を説明していたが、それでは結局「男性芸能人が起用されること」だって十分な性的搾取である。
そして性的搾取の話で「男の場合はどうなるのか」という流れになると出てくるのがこの「権力勾配があるから、性的搾取は成り立たない」論だが、これは雑。すごく雑。
「男と女」という(雑な)二分法の「男」の中にはゲイもトランスもいるし、あえて言えば女性に虐げられる弱者男性だっているのだ。
権力勾配を問題視する「人権派」や「リベラル」が、そういう「少数者の存在」を邪険に扱ってどうする。
雑さに甘えることを「マジョリティ特権」と批判していたのではないか。
これに絡んで、最近は「男性弱者の声を私はもっと聞きたい」などと宣う怪物もいるのだが、他の被差別問題に置き換えて考えれば、どれほどグロテスクな発言をしているか理解できるだろうか。
一見理解を示しているようで、今上がっている声には向き合おうともしない、かなり糞な論法だと思う。
論外。
論外だが、理由をつけて巨乳モデルまで叩きだす勢力もそれを支持する人もいた。
改めて言うが、論外。
論外パート2。
今ではそんな奴らはいなかったぐらいの勢いで矮小化されているが、実際にいた。
声を大にしてボイコットを諫めたポスター批判派は、自分は見ていない。
献血やポスターはどうでもよくてオタクを叩きたいだけの本音が、ヒートアップするうちに漏れ出てしまったのだと思われる。
一見聞くに値する意見のようだが、その他の広告が同じように批判・炎上していないので、「それだけが理由ではない」ことが自明だ。
公共やゾーニングの問題だというなら、他の広告も同じように批判してください。
「地下鉄の駅内や車内」で「セックス丸出し」の非常にセンシティブな広告を毎年出しているのだが、宇崎ポスターと同じように炎上しているだろうか。
そのことを指摘されても「whataboutismだ」「ようやく男が性的搾取されることの不快感に気づいた」「男が自分で被害の声を上げろ」と意味不明な意見ばかりであった。
(それに、「男が自分で被害の声を上げろ」の理屈だと女性が被る問題も「女だけで勝手にやってろ」となってしまう。非常によくない論だと思う)
長野県警では「BL的カップリング」を押し出していたが、これは「ゲイの性的搾取」を「公共機関が行った」と問題にならないのだろうか。
(イラストがエロじゃないから性的搾取や消費じゃないという反論は、「腐女子は性行為ではなく関係性を消費している」という言説で封殺されると思うのだが)
※(例に出しただけで個人的には長野県警のポスターが問題だとは思っていないが)もし実際にゲイが搾取された場合にも、上記の人たちは「ゲイが自分で被害の声を上げろ」と言うのだろうか。
この長野県警の例はわかりにくかったようで反省しているが、上記のややこしい「性的搾取」の部分に絡む話でした。
県警ポスターが「直接的に性的な絵だ!」ということではないし、県警ポスターを批判したいわけでもない。
※偏見ではなく、女性の「セックスファンタジー」のためにゲイが使われている(ゲイ漫画とBL漫画は違う)ので、一般的にそう説明して差し支えないと思う
・宇崎ちゃんポスターが「公共の場での女性の性的搾取」(だからアウト)なら、BL押しのポスターも「公共の場でのゲイの性的搾取」でアウトになるはず
・なのに触れないのはダブスタ
という話。
また、ダブスタだよねって指摘であって、「長野県警含めすべての性的搾取を許すな!」という主張ではない。
追記終わり。
また、こうした意見を言うひとの「公共」の概念は「コンビニ」から「ネット」まで伸縮自在すぎるので、そこも整理してください。
最近よく見るやつ。
先ほども書いたように、「宇崎ちゃんポスターと同じように炎上していない」話をしているのであって、その言い訳には意味がない。
ダブスタだとわかっていて言い訳しているのだから、すごい卑怯者ですという自己紹介でしかない。
今見返しても、「ポスターを問題視してるはずなのに」それを作った赤十字よりも「ポスターを擁護するオタク」の方を叩く意見がやたらと目につく。どういう思考回路じゃ。
発言の総数ではこれが一番多いんじゃないだろうか。
知らんけど。
他の景品の時点で言え。
理解不能。(本当にいました)
とりあえず以上。
主張がばらばらでまとめるのが難しいし、他の派閥にもかぶってるしめんどくさかったのだが、指摘があったので。
https://togetter.com/li/1428213
saebou先生の反倫理的な「すごく高い倫理」と献血における倫理/安全性:「宇崎ちゃん」献血ポスター③
わざわざ書いていただいて恐縮ですが(細切れのTweetで主張されるよりはマシだが)、日赤は真面目に広報すべきで、おふざけはダメという感じで、「そうですか」という以上の話ではないですね。
本気でそう考えているなら、こういう広告が批判されるはずで、まぁ、後付けっぽさは拭えないですね。 pic.twitter.com/y5PYjJBnB1— 弁護士 吉峯耕平(「カンママル」撲滅委員会) (@kyoshimine) November 12, 2019
要は論外パート4。
しつこいな。アンタが好きな分には構わないから密かに楽しんでればいいのに、何で「この素晴らしさがわからない奴はバカ」と主張するのか。まあそのピントのズレ方が「オタク」の定義なんだけどさ。
オタクを叩きたいだけの論外さんのご登場だが、しかし圧倒されるなこの壊れ方は。
「この素晴らしさがわからない奴はバカ」なんて主張はしてないし、「性的だから嫌だ派は尊重すべき」と一番最初に書いてるのだが。
このピントのずれ方は一体「何の」定義になるんでしょうねえ。
ていうか、「アンタが好きな分には構わないから」の「アンタ」が(この人の脳内と違って)現実にたくさんいるから、ああしたコラボが成り立つんでしょう。
他人の楽しみ方や現実の在り方を決める権利があると本気で思ってるんだろうか。
どれだけやばいことを書いてるか、少し客観的に振り返るのがオススメです。
ブコメにて登場。はっきり言って狂ってる。
そうやってあの騒ぎを矮小化するってことは、「巨乳は公共にふさわしくない」「献血ボイコット」「赤十字は売血」というやばい派生ムーブメントに対しても、「ただの批判」「いちいち騒ぐな」「黙ってろ」と擁護してるってことだぞ。
ありえないわ。
それらも含めた一連の問題だったのに、いま総括して言うことが「ただの批判」かよ。目と耳をふさいで生きてるのかこいつは。
逆にそんな奴が何でこの話題に食いつくんだ。
そもそも炎上なんて1週間ももてばいい世の中なのに、ただの批判が原因であの規模の炎上が何か月も続くわけがないだろ。
ポスター批判派はこういう頭のおかしい人が結構いて、議論どころか会話すら成り立ちようがないのが困りものなのだ。
本人が馬鹿なのは構わないが、健全な議論を邪魔してくるから本当に害悪。
ああいうポージング・強調が公共活動に使用・許可されてお墨付きを得ると、他の所でも、女性がそういう内容を押し付けられそうだっていう危機感があったな。常に見る側の人にはわからないと思うけど…。
だけど、じゃあananのこういう広告は…?と疑問も湧くんだよね。この写真の車内広告で「おいしい胸」ってかなり露骨だと思う。
http://adgra-tokyo.blogspot.com/2017/09/anan.html
http://sax5.hatenablog.com/?page=1471532400
いや、だからお前は間違ってる!って否定したいわけじゃないけど。
女性用雑誌の広告だから危機感を抱かないということもあるのかも知れないけど、そうじゃない人もいるわけだし。
ananの広告に顔をしかめる女性は、自分の中でも結構思い当たる。
そうなると、じゃあ「宇崎ちゃんポスターだけあれほど騒がれた理由って、何?」となるんです。
別にこの人に答えを求めて詰め寄ってるわけじゃなくて、なんていうか、単純に決められる話じゃないよねっていう。
だからそもそもの発端である「環境型セクハラのようなもの」って決めつけは(のようなもの、って逃げ方も酷い言い種だ)悪質だった。
多分、宇崎ちゃんポスター擁護派の中には、宇崎よりもananの広告の方が際どいものに感じる人もいると思う。
で、それは個人の感覚の話だし、どちらかが絶対正しい!なんてことはなくて、意見をぶつけ合うしかない。
それであーでもないこーでもないと議論するのは健全なことだと思うんだよな。
でも、しつこいけどこの騒動では「不健全な」方向に話がどんどん転がっていったから問題なわけです。
広告に不快感とか危機感を抱いた人も、「胸の大きいモデルを広告に使うな」とか「献血をボイコットしよう」って話には「なんだそれ?」ってなるでしょ。
後輩たちの理想になることは諦めた。
だからせめて、少しくらいは続くたくさんの後輩が働きやすくなるように。
本当は、性別なんて関係なく、なるべく多くの人が健やかに生きていける社会になるのが一番だけど、日本というジェンダーギャップが大きい国に生きる女のひとりとして、女性が輝ける社会になりますようにと願いたいと思う。
塩谷舞さんのnote記事を読んで、私も筆を執ってみようと思った。あんな風に前を向ける記事ではないけれど。(リンクのつなぎ方がわからなかったので気になる人は探してみてほしい)
小学校の時は、男友達とよく遊んでいた。一番仲良しだった幼馴染は女の子だったけれど、年の近い兄弟がいたせいか、外でフットベースやどろけいに明け暮れていたように思う。リカちゃん人形やたまごっちにはあまり興味がなくて、ハイパーヨーヨーとミニ四駆は持っていた。そして単純に身体を動かすことが好きだった、そういう小学生だった。
小学校4年生まではスカートが嫌いでズボンばかり履いていたし、つまるところあまり「女の子っぽくなかった」のだと思うが(そもそも女の子っぽいとかぽくないとか、そういうのが時代錯誤なのはさておき)、幸か不幸か男の子と仲良くしていても、とやかく言われずに済んだのは幸いだったと思う。男の子と仲良くしている女の子の中には男好きだと陰口を叩かれている子もいたのだが、「まあAちゃんだし」と言われて女子から目の敵にされることはなかった(と、思う)。今になって思えば、女の子たちから「女」と認識されていなかったのだろう。要は、あの子は恋愛対象にはならないからOK、ということだ。
お互いを好き合った男女がカップルになったりしていて(同性カップルもいたのかもしれないが、私の耳に入ることはなかった)、仲が良さそうな男女がいれば噂になった。そして私は相も変わらず休み時間は割と男友達と話していた方だったと思うのだが、「Aちゃんだし」という理由で特に噂の対象にはならなかった。おかげさまで僻まれることもなかった。
やっぱり、「女」ではなかったのだと思う。そしてそれは私としても自覚している。
そういう環境で育ったので、「男」だとか「女」だとか、そういうものには鈍感というより興味がわかないまま中学3年になり、進学先を決めることになった。私の出身都道府県には、今では珍しい公立の男女別学校があった。こだわりがない故に別学校を選ぶ必要もなかったのだが、当時私を可愛がってくれていた先生が、「あなたは絶対に女子高が合うと思う」と言ってくれたという単純な理由で、私は女子高を目指すことにした。
結論から言えば、私は本当にあの時にあの女子高を目指した自分を褒めてやりたいと思っている。
ギャルもヲタクも皆一緒に学校行事に参加して勉強で競い合って最高の3年間だった。楽しかったというのもあるが、何より変な気を遣う必要がなかったのだ。当時から制服はスカートとズボンが選べたし、当たり前だが誰と仲良くしていようと噂されることだってなかった。
強くて逞しい人が多かったから、比較して自分の小ささに凹むことはあったけれど、とても刺激を受けたのもまた事実だ。
共学校が駄目だと言いたいわけでも、男女別学であるべきだ!と思っているわけでもない。
ただ、あの3年間は間違いなく私の自立心を育てていて、「女だから」は理由にならないし、する必要がないことを学んだ。
日本という国において、絶対に、女子校が担っている役割は大きい。
そういう、とても私にとって意味のあった3年間を過ごし、大好きな分野の学問を学ぶため大学に進学し、こんなにも文理で男女差があるのかと驚いた。
高校では半々とまではいかなくとも、どの学年も大体文系の方が少し多いくらいで、理系の女子も多かった。(どうでもいい余談だが私はゴリゴリの文系である)自分も文系なのでとやかく言えないのだが、何で女子は文系が圧倒的に多いんだ?と不思議に思ったものである。
入学してから数日、久しぶりに皆で連れ立って食事をし、皆で一緒に次の教室へ移動した。
多分1週間も持たなかった。
一瞬で最初のグループからは離れ、ひとりで食堂に向かったら、浮足立つ新入生のグループが多い食堂で、明らかに新入生であろう女子が、ひとりラーメンを啜っていた。
そうだよなあ、好きにお昼くらい食べるよなあ、と安心し、少し離れたところで同じくラーメンを食べた。彼女とは今でも連絡を取る仲である。
女子高を卒業し、大学は学部もバイト先も女子が大半を占めるコミュニティの中で過ごし、たまたま男女比9:1の会社に就職した。
総合職を選んだ以上、男も女も関係なく業務に邁進するのみ!という心意気だったのだが、割と早々にしんどくなって泣いた。ひどいセクハラを受けたわけでも女を捨てることを強要されたわけでもないのだが、「男も女も関係ない」という自分の意識と、「圧倒的に男が多い集団の中にいる若い女子」である事実を上手く融合させることが出来なかった。
どうしたって「女」を上手く利用している子の方が可愛がられる。可愛がられたいわけではないが、「女を捨てる」ことも出来なくて(いやしなくていいんだけど)、何とも中途半端な位置になり、色んなバランスが崩れて勝手にしんどくなった。
男社会の中で女であることに甘えられない・出してはいけないのだというプレッシャーはあるのに、貴重な女子社員として意見を求められるという矛盾した立場にいて、「女」を肯定すればいいのか否定すればいいのかわからなくなっていった。
「女」が主語になるコミュニティで生きていると、自分の意識もそれに近づいていくのだと気づいたときが、一番怖かった。
「女は女に厳しい」「女は気まぐれだからやりづらい」「女は甘えればいいと思ってる」「女はすぐ子どもを産むからここから離脱する」「女は…」
前述のとおりあまり「女」としてカウントされない私は、そういう声もよく耳に入った。要は男性がそういう話をしている場面に出くわしやすいし、そういう話題を振られることが多かった。「Aさんは違うけど、」という枕詞を挟んだ上で、「女は…」と語られる。
今でこそ「それ、女じゃなくて〇〇さんでしょ(要は個人の話)」と言えるようになったけれど、しばらくの間は擁護をすれば自分もそう思われるのではないかと思うと怖くて、この手の話題が出た時に否定することが出来なかった。ずっと悔やんでいる。
会社の人が噂をする「女は…」に自分が入ることが怖くて、これは私を少しずつ蝕んでいき、この立場でこの仕事を続けながら「結婚」と「出産」を選ぶことは出来ない、と思うようになってしまった。
性自認は確かに女なのに、自分が女であることを肯定できなくなっていった。
もちろん、活躍している女性だっているし、今の現状に満足出来ている女性がいるのもわかっている。
自分が気にしなければいいのだとも思うけれど、30年生きてきていい加減わかっている。私は他人の声を気にせずいられるタイプではない。
いっそこの業界が嫌いになれたら良かったなと思う。
女性の採用も増えたけれど、まだまだ圧倒的に男が多いこの業界を飛び出していけば、もう少し気楽に働けるのかもしれない。
でも、会社のことは変だと思っているし、決して誰もが働きやすい会社ではないと思っているけれど、この業界が担っている社会的役割だとか、やりがいだとか、そういうのは好きなのだ。
だから、やっぱり続けたい。
優遇してくれとは思っていない。
ただ、男性と同じところに立たせてほしい。
男だってつらい、という声も聞くけれど、男優位に作られた社会で、女と同様男にも悩みがあるだなんてどうして言えるんだ。立っている場所が違うということをわかっているんだろうか。
結婚適齢期で子どもを持つ同期が増えた。「やっぱ子育てもしながらっていうのは大変だよ」と言った彼は、毎日残業していた。彼は優秀な同期で、残業しなければ終わらないような会社の仕組み自体どうなんだとは思っているけれど、彼が毎日残業出来るのは奥さんが子どもの面倒を見ているからだ。他人の家庭に口を出すつもりはないし、1人が稼いで1人が家事を行うと決めているのであればそれも良いと思う。
ただ、この状態の総合職(男性)が圧倒的に多いこの会社で、この人たちと同じようにキャリアを積んでいくには、同じように働くしかないのだ、と思うと、まだまだ社会的に女性が家庭を守るべきという風潮が強い中でそんなことが可能なのか?と絶望する。
「キャリアと子育ての両立に男だって同じように悩む」と言っていたけれど、本当に同じなんだろうか。
同じだったら何故男女でこんなに差が出るんだろう。
「女は昇進させない」というほどひどい会社ではない。女だってちゃんと昇進できる。ただし、子育てを優先せざるを得なかった人たちの昇進スピードが落ちるから、見渡した時に男女で差があるように見えてしまうのではないか。だって男で子育てを優先した人は圧倒的に少ない。子育てを頑張りながら同じように昇進していくことはかなり大変なのではないか。周りを見渡してそう感じ、夜中に大泣きするくらい悩んだ。悩んで、今はとりあえず結婚・出産は考えられない、と判断した。
男性も本当に同じように悩むんだろうか。
大多数の男性社員と同じようにキャリアを積めた女性の、独身・子どもはいない率に茫然とする。
きっとこの人たちも大変だった。この人たちはもっともっと苦労して、女性が活躍できる場を広げてくれた。
ただ、こうでなければたどり着けなかったんだな、と思うと、自分が思い描いていた将来とは違うのだ。
一緒に頑張ろうと言っていた同世代の女性が、何人も「もういいかな、仕事は。子ども産んで適当にやっていくよ」と言うようになった。あんなにたくさん将来のことを話したのに、もう話せなくなってしまった。そういう道を選んだ、というよりは、諦めたんだな、と思った。
幸いなことにと言えばいいのか、この会社は「子どもを産んで適当にやっていく」ことも出来る。制度は整っているし、相談すれば配慮もしてもらえる。
そうだ、確かにたくさんいる。でも多分、男性の同期と同じようにキャリアを積んだ人は少ない。
だって私は現時点で、お子さんがいる先輩方を結構な人数追い抜いている。
それでいい、という女性がたくさんいるのもわかっている。でも、それでいい、と思わせるような構造になってしまっていることが、そもそも問題なのではないか。
男は、子どもがいようがいまいがほとんどが同じようにキャリアを積んでいくのに。
気が付けば私も、昔の私がその姿を見て茫然とした人たちと同じように、仕事だけを取る方の道に進み始めている。
これだけ家庭と仕事の両立が叫ばれる時代に、家庭を持たずに道を進んでいくことは、きっと後輩たちの光にはなり得ないのだと思う。私が昇進したところで、私が思ったのと同じように「あの人独身だしな…」と感じるんだろう。自分も思ったんだから、自業自得なのはわかっているが、なんて地獄だここは。
男性諸君は、諸先輩方を見上げて、「あの人独身だしな…」と思うことがあるのか?女性の待遇が上げられないというのなら、いっそ男性も同じように悩む社会になればいい。
そういう呪いにも近い気持ちが渦巻いている。出さないように、細心の注意は払っているけれど。
後輩たちの目標にはなりづらいかもしれないけれど、せめて家庭と両立を頑張ろうとする女性たちが働きやすくなるように、手助けが出来る社員にくらいはなろうと思う。
そもそも平等に働くことさえ出来なかった時代に、女性の社会進出の場を切り開いてくれた先人のように、後に続く後輩たちのために粛々と働くのだ。
自分がラッキーなのもわかっている。男性優位な社会で、男が圧倒的に多い会社に、総合職として入れたのだから。
それなりに力がある立場になろうと思えばなれる。トップダウンと言われようとも、権力を駆使して変えてやりたい。大企業が変わることは、多分それなりに意味を持つ。
私の心がそれまでに折れなければの話だけど。
日本社会のジェンダーギャップを埋める、ひとつの駒くらいにはなれるように。
なれるかな。
なれたらいいな。
この国に対してくそくらえとも思うけど、たくさんお世話になった人もいるから。
少しでも社会がよくなれば、それが一番の恩返しになると信じている。