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はてなキーワード: 縁起とは

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316031410

大衆祭りを求めている…。

ただそれだけのことなんだと思う。

みんなで、ワッショイワッショイしたいだけで、元ネタなんて何でも良いのだ。



神社神輿を担いで盛り上がってるおっちゃんに、この祭りの由来・縁起を尋ねても答えられる人はそう多くは無いはずだ。

そして、祭りが終われば、退屈な日常に戻り、また新たな祭りを求めて彷徨い続ける。

弥生時代から続くこの習性は、日本人遺伝子に深く刻み込まれている。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170312190945

関東に来たら、地域にある小さな神社や寺を楽しむ術を身につけることをお勧めする。

たとえば神社境内には、縁起の碑、末社御神木忠魂碑、ほかには伊勢神宮参拝記念碑、何か地元の偉い人の銅像などがあったりする。観光地寺社のようにわかやす歴史はないが、その地域歴史に対する想像力をかきたてるものがそこかしこにある。

たまたま人がいれば、気軽に話しに応じてくれることが多い。ある小さな町の観音堂で、管理している地元のおじさんからお茶をもらいながら2時間くらい、堂の管理方法から息子の自慢話までを延々聞かされたこともある。観光地ではこういうことは基本的経験できない。

寺社建築仏像などが好きだとか、門前町の賑わいが好きだとかい場合はまた話は変わってくるけど、歴史が好きなのであれば、小さな地域寺社も楽しみ方次第だと思う。

2017-02-24

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あらゆる縁起粉砕デモ



*協賛:小さな喜び委員会


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あらゆる縁起粉砕デモ



*協賛:地下牢委員会

    

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2017-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20170208091654

仏教入門はちょっと難しいのよね。

聖書っていう聖典がずーっと受け継がれてる(もちろん後代による修正・加筆はあるが)キリスト教と違って、仏教経典だけで図書館が1個埋まるぐらいあって、そのどれを正典とするかで争いがある。

これが宗派の分かれる原因でもあるのだけど、その正典選択によって教義が180度変わってくる。

しかもその経典というのも、そのうちかなりの量が、釈尊の教えが時代に合わなくなってきたために後代の人が書き足していったものから、初期の釈尊の教えが何かという点についてははっきり言ってよく分からない。

宗派釈尊の教えに一致する点があればそこを入門として取り扱えばいいのだけど、一致してるのかしてないのかがまずよく分からない状況。書店に並んでる仏教入門は「空と縁起」の話からはじめるものが多いけど、これも龍樹っていうお坊さん(学者)が体系化した考えに過ぎないし、宗派によって理解もバラバラ。

目的に応じて宗派を選んで入門を読むしかないのかな。

2017-02-04

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.顔に性器があれば、それは猥褻物になりえますか。

誤解している。

そもそも顔は性器なのだ

まり性器から猥褻物というわけではないということである

髭剃りで陰毛を剃るのは気をつけろ。



Q.恵方巻って正直そんなに美味しくないですよね?

いい質問だ。

美味いか不味いかという判断は難しいが、恵方巻食べ物としてそこまで洗練されていないのは明白だ。

具材が7種と多すぎて、十中八九ちゃごちゃした味にしかならないからだ。

そこで、ここは思い切って一種類にしてもいいかもしれない。

胡瓜とかだけなら多少の量でも一本食いも可能だろう。

いや、一本食いもやめて、輪切りでいこう。

それでは縁起的にどうなのと思うかもしれないが大丈夫だ。

もとから、こういった風習自体がこじ付けだからいくらでもやりようはある。

こういう時の日本宗教裁判だ。

2017-01-24

吉凶

蜘蛛縁起が良いが、夜の蜘蛛縁起が悪い。

このように、同じ蜘蛛でも朝と夜では吉凶が異なる。


自然死した象の牙を印鑑に使うと、その家は末代まで栄えると言われている。一方、密猟された象の牙を印鑑に使うと、その家は末代まで祟られる。子孫がすべて死ぬほど苦しみながら生き続け、惨めな状態子供を残すのだ。悲惨子供時代を過ごした子孫はやはり貧乏で苦しい生活をし、ろくでもない相手結婚して出来の悪い子供を作り、虐待して家族全員が不幸になりながらも、一家は断絶しないで、永遠に不幸の再生産を続けるのである

これはよく知られていることであるが、印鑑屋はあえて言わない。

2017-01-16

元号なにが良いか? という街頭アンケート

仕方がないんだけどさ、馬鹿じゃねーのかと思ってしまう。

元号四書五経などの古典とかから採るわけで、既存熟語をだせばいいわけじゃない。

平成は『史記』と『書経から採っている。昭和も『書経』だ確か。

これってある程度常識じゃないの?

平和とか安直に言うんじゃねー。

ただ、平和字面からも出典を捻りだせそうなんだよな。筋は悪くない。実際。たまたまだけど。




これから元号が変わるから元号に興味持ったり、元号の是非や、元号の制定に関心を高めるためのニュースであるはずなのに、街頭インタビューをするのはおかしいと思うわけだ。筋がおかしい。

好きな食べ物とか漫画だとか自分の頭の中だけで答えられるものじゃない。本とか先例から考えなきゃならないものに街頭アンケートするなよって思う。

元号なんて東アジアもも日本しか採用してない謎レア古い制度なんだから適当認識で好きな言葉みたいな感覚アンケートとるなよ。

こういう安直な発想が、現場で行なわれるであろう作業への認識を遠ざけるんだよ。

歴代元号を見て、こんな漢字が使われるんですね、とかで良いじゃん。そういう番組もあるんだろうけどさ。アンケートおかしいよ。






ということで私のお勧め元号を紹介する。

良く議論されるアルファベット重複回避理論を踏まえるとKやJなんかが使いやすいと思うわけだ。あとはEとかOとか。




Kだと「広」「弘」「康」「建」「嘉」「慶」

Jだと「承」「貞」

Eなら「延」「永」

oなら「応」

あとBの「文」なんてのも字面が良いよなーって思う。

あとは適当よ。よさげな字を二文字めに持ってきて、歴代のに被んないようにして、適当に出典が有れば良い。

「広徳」とかでいーじゃん。「康徳」はダメだな。満州国元号からな。




あとちょっと考えなきゃならないのは画数だ。あと書き間違えやすいのも採用するべきではないのかも。

明治以降10画以上の字は採用されていない。偶然かも知れないけれど。

「慶」とか「嘉」とかはやや画数が多いのかも。「建」も「健」と紛らわしいかも。

それと、常用漢字と旧漢字との関係考慮しなくてはならないかも。

「応」なんかは、正式には「應」と書くべきなんじゃないですか? とかめんどくさいやつがしゃしゃり出てきて絶対議論になるから回避するべきかも知れない。

そしたら「広」も「廣」だから難しいかも。

こういう側面だと「文」はやっぱり良い。書きやすいし常用漢字の際の改めもない。




それと言いやすさ。「カ」とか「カン」とか「コウ(コー)」ってとても発音やすい。他の近代元号とならべた時に聴き間違えが無い。だから私はアルファベットで言うとK推し。

この点Jの「ジョウ(ジョー)は「昭和」と被りやすいかなと若干思う。




私は四書五経二十四史必要なところしか読まないし、元号念頭に読んでないか全然詳しくない。

元号なんて偉い人がちゃんと考えて決めるんだから庶民が考えなくたっていいんだろうけど、折角の何十年かに一度の話題なんだから、手元で扱える情報を集めて、素人なりに考えるのは面白いと思う。

たぶんそんなことにはならないと思うけど、何個か由緒ある候補有識者会議に出してもらって、皆で投票して決めるのも面白いと思う。





最後付言すると、決まった元号文句言うやつが絶対出てくると思う。この故事に際して縁起が悪い、とか、歴代天皇諡号と音がかぶってる、だとか、中国の悪い時代元号とおんなじだとか、私元号に事例があるからダメだとか、出典に由緒が無いとか。うるせークソ雑魚なめくじ。って思う。作ったもの文句言うのは、作ることそのものより非常に簡単なのだ

2017-01-01

勢いのある年の始まり

朝、トイレに入ったら、いきなり下痢ですよ。

勢い良くピューと出ました。

こいつぁ、元旦から縁起いいね

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20161124215351

ああ何かそれは手塚治虫の『ブッダ』で読んだような気がする。

てことはまだそのころは「空」やら「縁起」やらは出てこないのかな?

http://anond.hatelabo.jp/20161124174304

空と縁起が分かったとして、そこから何が生まれるのか。どう救いに結びつくのかってのがいまいち見えてこないのよね。

 

えーっと、スッタ・ニパータだったかなぁ、最初期くらいのお経かあるいは何かの言い伝えだったかもしれませんけど、病気の人をお釈迦さんが医学的に治療した、のような話が確かあったと思うんです。

2500年くらい前のインドなんて、迷信だらけの世界だったと思うんですけど、お釈迦さんはきっちり病気の原因をどうにか突き止めて治療したらしい。

そういう、現代社会では当たり前のことだと思うんですよ。

病気なら、病因を突き止めて、治療する、みたいな。

或いは病気が治せそうにないなら、せめて痛みとかの苦しみを和らげてしまおうとか。

それが例えば、悪霊退散みたいな、実体のないもの実体ありとみなして祈祷したところで、効果があったとしても気休め程度のものだってのは今の人ならわかるでしょ。

釈迦さんは、そうじゃなくてできるだけちゃんと原因突き止めて、本当に苦しみから救おうって方針だったみたいなんですよ。

もっとも、お釈迦さん自身すら赤痢かなんかで死んじゃったくらいですし、当時の医学レベルなんて今とは天地ほど違うんですけどね。

何せ、当時のインドじゃ、今もなおそうですけど、カースト制とか或いは思想としての輪廻転生とか「お前ら人間なんかどうにもならん存在じゃ!」って感じで生きてても苦しみがあるだけじゃ!みたいな世の中だったみたいで、その中で「いーや、現実の苦しみならば何とか出来なくはない」って実際にやっちゃったもんだから、それで後々まで崇め建てられまくるようになっちゃったんじゃないのかなぁと思います

で、変に神格化されすぎて、わけわかんなくなっちゃった、みたいなw

http://anond.hatelabo.jp/20161124171730

真偽と命題のことを仏教用語で有無と空と呼ぶってことですか。

それとも命題のうち存在を問う物が空という名前なんですか。

後者っぽい気がするけど、それを科学というのは微妙違和感あるな。

述語の真偽を問うのがギリシャ名詞の有無を問うのがインドって感じなのかな。

論理学はもはや何年も前に入門書も捨ててしまったんですけど、論理学上で仏教の空論を扱うというのは私も過去やった事があります

残念ながら、今はもうほとんど忘れてしまいました。当時も付け焼き刃だったし。

どう言えばいいのかよくわかりませんけど、「ある」「ない」ってすっごく単純じゃないですか。

そういうものすごく単純なところで考えるとわかりやすいかもしれないって思うんですよ。

元増田になる記事の人は難しいと仰ってたし、確かに世に溢れる空とか縁起について書かれた本とかクソ難解に書いてあるので、単純なところで考えてもいいんじゃないかなぁと思った次第です。

釈迦さんとか昔の仏教の人だってただの人間ですよ。ただの人間が知恵絞って考えただけの話でしかないと思うんですけど、何であんなにクソ難しくするんでしょうね?

 

ともあれ、固定観念をできるだけ捨ててしまって、アホみたいに簡単に考えると吉だと思います

http://anond.hatelabo.jp/20161124133323

丁寧にどうもありがとう

何となくわかったようなわからんような(?)

空と縁起が分かったとして、そこから何が生まれるのか。どう救いに結びつくのかってのがいまいち見えてこないのよね。

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※[追記]

あと思ったんだけど、空と縁起ってやっぱり難しい概念だと思うんだわ。

学のない人だと理解できないんじゃないか?でも救いを必要とする人ってそういう人たちだよね。

それともキリスト教三位一体説みたいに、そもそも理解不能ものとして扱っているのか。

空と縁起

http://anond.hatelabo.jp/20161124103710

仏教入門の本ってよく手に取るんだけど、「空」と「縁起」の話になったとたん異様に難解になって、そこだけ飛ばししまう(ただ大体その後の記述も両概念を前提にしているので結局全部分からなくなる)。

難しいといえば難しいし、簡単といえば簡単なんです。

龍樹ナーガール・ジュナ)と呼ばれる昔の大乗仏教派に属する偉い人の書いた『中論』ってのを紐解いて行くともしかしたらなんとなく分かったような気にはなれるかも知れません。私も分かったような気になってるだけですけど。

 

先ず空とは何かというと、「何ものでもない」ことを表す言葉上の発明、とでも申しましょうか。

ありとあらゆるもの、以外のもの「空」と呼ぶ、ということみたいです。

なのに、昔の仏教ってば、「一切皆空」とか言うのでわけがからなくなりますよね?全部空じゃ!ってどういうことやねん?って。

でもよくよく考えてみると、「一切皆無」とは言ってないんですよね。

これが良くある誤解の正体みたいなものでして、空は無でも有でもないんです。だって定義として「何ものでもない」つってんだから

 

一切のものは、全て何ものでもない。

 

いったい何が言いたいんでしょう?

空は何ものでもない、のですから、すなわち完全無欠に「存在しないもの」のことです。

ということは、一切のもの存在しない、と言っているに等しいんですが、存在性そのもの最初から否定されているので、有るとか無いということすら言えません。

だが、そういうものとして「空」と呼ぶことは出来る、とこれ以上にない簡潔さで証明してるんです。

まり、一切のものは例え目の前にあるスマホであろうが、いるのかいないのか良く分からん神ですらも「空」と呼んでしまえる。

でも、これ多分かなり抵抗の大きい考え方だと思います。神ならともかく、目の前の今まさに手に持っているスマホに対してはそうなんじゃないでしょうか。

そこで、仏教ではありとあらゆる存在している(と思われる)ものは縁によって生じたものである、という存在性に変わる論理に変えてしまうんです。

これが縁起(性)と呼ばれるものです。

スマホは生じたものであり、滅するものである、みたいに。

そして、あらゆるもの縁起によって生じたものであるが故に、それらの実体否定される、とナーガール・ジュナはその中論で長々と論じているんですよ。

なお、実体とは「それ自身のみで存在性を持つ」様なものとでもお考え下さい。例えば・・・「我」とか「自我」みたいなもんですかね?

ともかくも、ありとあらゆるもの縁起において成り立っているだけのものと言えてしまい、実体性が入り込む隙は微塵も考える必要はない、っていうことを延々と論じておられます

 

これって、実は科学の考え方とそっくり同じなんです。

科学においては如何なる存在も、科学理論上の存在としてしか語られず、理論上に存在しないものを語る事は出来ません。

そして、科学仮説が実証される限りにおいてしか、それらの有無を語る事は出来ません。

 

その根本的な基本論理みたいなものインドでは今から2千年より以上も前に発見していたって事だと思うんですけど、ま、そんな気がするってだけの私なので、後はご自身で色々お調べくださいませ。

http://anond.hatelabo.jp/20161124064919

仏教入門の本ってよく手に取るんだけど、「空」と「縁起」の話になったとたん異様に難解になって、そこだけ飛ばししまう(ただ大体その後の記述も両概念を前提にしているので結局全部分からなくなる)。



仏教はその意味でキツい。誰か分かりやすく書いてくれんかな。

2016-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20161114181503

そりゃ縁起かいうと厳密な定義を求められてめんどくさいか

2016-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20161113121920

なんかゴータマシッダールタのころはまだ「縁起しかなくて、「空」概念は無かったらしいじゃん。

龍樹かいう僧が作ったとかなんとか。

とここまで書いて、そうなると龍樹の本の解説書を読めばいいのかな。と思って検索したら中村元先生解説書があるらしい。

仏教入門書を何冊かぱらぱら見てたら

最初の方に「縁起」と「空」概念が出てきていきなり意味不明になる。

あれちゃんと理解してる人いんの?つかあん難解な理論理解できなきゃいけないとしたら、ほとんどの人は救われないんじゃないの?

2016-11-10

[]ちゃんこ鍋

人間と同じように二本脚で立つ鶏から縁起を担ぐ意味で、肉は鶏が最も多く用いられている。かつては「四つん這い」=「手をついて負け」という連想から、牛や豚などの四足動物の肉は避けられていたが、昭和40年からはこれらもよく使われるようになった[4]。

ちゃんこ鍋 - Wikipedia

2016-10-24

日本人よ、はやく「とびら開けて」の縁起の悪さに気付け

数日前、ペコ&りゅうちぇるがこの曲を普段からやっているとテレビ披露していた。

やっとでてきた林家ペー・パー子枠の二人なのに、このままでは別れるのではないか心配だ…。

カップルであれを歌っている人が居るが、こいつら絶対別れるな…と思ってしまう。

アナ雪の詐欺宣伝のせいで、超キュートラブソング認識になったんだろうが…。

アナ雪といえばレットイットゴーだって、あれは独身街道を突き進むと決めた女が、カラオケでヤケ酒しながら歌う曲ではないか

日本人もっといろいろ考えたほうが良いと思う…。

アナ雪がテレビ放送されたとき、やっと気づくんだろうか…。

2016-10-22

火星探査

そもそもスキアパレッリって名前縁起でも無いよなあと思う度胸星読者

2016-09-26

え、じゃあ、正直に言っていいですか。

臓器提供する意思はありますし、もし私が死んだら頭のてっぺんから足の爪先まで使えるものはすべて全部使ってもらって結構です。

でも、そんな縁起でもないこと書きたくありません。これは、私の場合です。

さら一般化して考えると、もしその人が死んだら、もうその人には意志も何もないただの「物」なのですから

強制的に臓器を取ってもらっちゃって構わないんじゃないでしょうか。

まり以下のようになります

「本人が拒否姿勢を予め示していない限り、家族等の同意があれば臓器提供可能とする」。

この辺りがリーズナブル結論だと私は思うのですが。



追記:なぜなら「引き寄せの法則」だから

2016-06-23

私の記憶の始まりは、田舎に向かう新幹線の途中。

全く知らないおじさんに話しかけて、遊んでもらっていた。

一緒に乗ってたのはお母さんと妹。お母さんは妹をきつく抱いて、私が遊び呆けているのを黙って見ていた。

しばらく乗って、薄暗い駅に降り立った。おじさんが迎えにきて、私たちを車に乗せた。途中、おじさんがタコの吸盤の話をし始め、その話があまりにも怖くて大人になるまでタコが食べれなかった。

これは、私と、ちょっと変わったお母さんのお話です。

お母さんはほどなくして、パートを始めた。スーパーフードコートでのアイスクリーム売りが彼女お仕事だった。

私はその当時4歳。お母さんはずっと働きに出ていなかったから、おじいちゃんに主に遊んでもらっていた。おじいちゃんは新聞漢字を私に教えるのが大好きで、そのおかげか6歳になるころには赤川次郎三毛猫ホームズくらいなら読めるようになっていた。

絵を描くのも大好きで、おじさんが買ってたマガジン漫画の真似っこをよくしていた。おばあちゃんが鉛筆工事で働いていて、絵を描くのを好きな私に色鉛筆を買ってくれた。毎日毎日飽きもせず、へたくそな絵と漫画を描いていた。

お母さんは、夜も家にいなかった。たまに知らないおじさんを連れて、家に帰ってきた。そのおじさんは私と妹にとても優しくて、おじちゃんおじちゃんと慕っていた。おじちゃんに絵を見せたら、俺のことも描いてくれと言うので描いてあげた。

そういえば、お父さんはどうしてうちにはいないのか、ふと考えることもあった。でもなぜか、聞いちゃいけない気がして私はずっと黙っていた。お母さんを怒らせると怖いから。おじちゃんが優しいし、おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんの弟のおじさんも優しい。だから別にお父さんがいなくても大丈夫だった。ここまでは本当にそうだった。

ある時急におじちゃんが言った。おじちゃんはおじちゃんじゃなくなるよ、増田のパパになるんだよ、と。私は、パパはおじちゃんじゃないよ?と言った。即座にお母さんに叩かれた。妹は言われた通りにすぐパパと呼んでいて、私はそれが今でも悔しかったのを覚えている。パパはおじちゃんじゃないのに、どうしてパパと呼ばなくてはいけないのか、私には理解できなかったのだ。

でも、叩かれたときに悪いことをしたのだと思った。パパと呼ばれなかったおじちゃんは悲しそうな顔をしていた。私は悪人だ、としくしく泣いたけど、誰も慰めてくれなかった。

そして、結婚式。否応がなしに見せ付けられたセレモニーと、いつの間にかお花渡し要因にされた。親の結婚式を見た、ということがおかしいと気付くのはもう少し後なのだけど、どうやら私はこの日を境にパパではない人をパパだと受け入れないといけないことに気づいて、また泣いた。母親には、縁起のいい日に泣かないでと言われた。また私は悪いことをしてしまった。

新居には、優しいおじいちゃんとおばあちゃんがいた。お母さんはパートを続けるからと、私は早速お手伝い要員になった。大方の料理はここで仕込まれ、夕飯の準備はなんでもできるようになった。お母さんは気が向くとパフェを作ってくれて、それが私の密やかな幸せだった。

このころから、「パパ」のスキンシップが激しくなってきた。起こしにいくと、一緒に寝ようと言われ、おとなしくしてると身体を弄られはぁはぁいっている。怖くてお母さんに相談したけれど、子供相手に変な気起こすわけないでしょ、大袈裟だと言われた。本当のことなのに誰も信じてくれないから、起こすのを拒否したら、反抗的子供で可愛くないと言い捨てられた。また私は悪いことをしてしまったのだ。

私が今でも母親を許せない出来事その1が、小学校2年生の宿題。どこにでもよくある「名前の由来」を聞いてこいと言うものだった。

ゲームをしている母親に、私の名前はなんで○●なの?と聞いた。すると、ため息を一つついた後、母親はこう言った。

「そもそも、お前のことは最初堕ろすつもりだったんだよね。」

そこから始まった彼女告白は、どうやら私は誰の子かもわからないらしいこと、当時付き合っていた彼氏はいたけど、他の男性とも関係を持っていたらしいこと、実際5ヵ月目くらいに流産してラッキー!と思ったものの、私は流れず残ったこと、当時の彼氏結婚するからこんなに頑張って残った子は産んでくれと懇願したこと、しぶしぶ了承するも、私を産むときに生死の境をさ迷ったらしいこと、二番目の妹はお腹の中でもおとなしく、安産だったらしいこと、どうやら私をめぐる喧嘩が原因で離婚したらしいこと、ここまでを一気に話した上で、だから私はあなたの由来は詳しく知らないよ、相手が考えてくれたんだもん。と言われた。

そっかぁ、と言って部屋を出た後、私はわりと冷静で、だからうちにはパパがいなかったのか、離婚たから。とか、私は望まれて生まれたわけじゃないから当たりが今まできつかったのか、と納得するしかなかった。作文は、私の名前漢字私自身で調べて、それらしい理由を描いた。そして私は、あまり家で遊ばなくなった 友達の家か、学校に残ってずっと漫画を描いていた。絵も話も、同年代の子供たち以上に上手にかけたから、私の漫画は知らない上級生にまで広がり、続きが読みたい!とせがまれる程だった。おじいちゃんの教育のおかげか、学校勉強も聞いてるだけで問題なく解けたから、学校は楽しかった。

そのころ、母が妊娠し、男の子を産んだ。その途端、おばあちゃんは私のことはどうでもよくなったみたいで、毎日弟にべったりになった。お母さんは私に弟のオムツ飲み物を作ることを要求してた。よく寝てた記憶だ。学校テストで100点をとっても、小学校で躓いてたら話にならんと誰にも誉めてもらえなかった。お父さんは相変わらず隙があれば触ってくる。私は気持ち悪かった。

私は中学生になるとき母親に念押しされたことがある。頼むから大きくなってくれるなと。制服代は馬鹿にならない。そして制服を使い回せる某進学校に行ってくれと。私は、家が貧乏なら仕方ないかな、と思った。部活ユニフォーム以外お金のかからない陸上部に入った。その間、家には大型テレビが入り、衛星放送が入り、大きなダブルベッドが母親のために注文されていたが、見てみぬフリをしていた。

母親との嫌な思い出その2。学校喫煙の害についてのシンポジウムが開かれ、おうちの人に喫煙者がいたら、ぜひ止めるように言ってくださいと言われた。私の母は喫煙者だったので、学校で見てきたことを話した。結論、キレられた。なんで私の稼いだ給料で買ったものをお前に余計な口出しをされるんだ、そもそもお前が産まれなかったらこんな田舎暮らしてることもないんだからなと。多分世間の狭い田舎での生活に、心身ともに参っていたのだと思うけど、傷ついた。もうそれ以来喫煙についてはふれないでおこうと思った。

このころ辺りから母親お菓子報酬に、子供マッサージを毎晩要求するようになった。私は高校にあがるまでその要求を呑んでいた。(何せ、親の部屋はアニメチャンネルが見れたから)そのおかげで私はマッサージ技術が拡大に上がった。母親は2時間くらい全身のマッサージをさせた後、100円のポテトチップをくれた。だがこれも、最初マッサージの対価=お菓子だったのが、お菓子が欲しかったらマッサージしろというものに変わっていき、私はさすがについていけなくなった。

高校は母の望んだ進学校に進んだ。ここで私は同人を始め、世界が変わるような体験をする。自分の描いた絵は誉められ、漫画も値段をつけたのが売れた。私は家に寄りつかなくなった。帰る時間も極力遅くし、可能なら母親実家に泊まった。家に帰ると私はイチからごはんを作らなければならなくなったが、母親実家料理を用意してくれ、お小遣いもくれた。(実家一円もくれてなかったので親にも学校にも内緒バイトもしていた。)学校の成績も上々で、でも頼むから就職してくれと言われていた。進学校なのに。そのころ妹はお金のかかる部活に入れてもらい、練習道具も全部揃えてもらっていた。弟は頭の出来が悪いから、私が家庭教師変わりだった。もちろん、無休。

このころから休日の昼食は私任せになり、母親夜ご飯ほとんど作らなくなった。妹や弟は料理ができないので、私が全部作った。

私は就職なんてしようと思ってなかった。何が何でもこんな家は出てってやると思っていた。そんな時、母親病気になった。ガンだ。

私はそれでも構わず家を出て、自分の夢のためにとにかく稼いだ。悔しかった。ノート一冊買うのですら渋られたのが悔しくて、ずっとずっと収入がある仕事と、自己実現のできる世界で生きた。途中途中で連絡はあっても、すべて無視した。

ただ、母親死ぬ1ヶ月前だけは毎日のように病院に通った。妹に頼まれたかである。妹は、献身的母親看護をし、ずっと実家暮らしで働いてないのに、よっぽど私より評価は高かった。

はいつかみたいに2時間マッサージをした。どうやら、母親は私のマッサージお気に入りだったようで、弟や妹じゃぜんぜんダメから私を呼んだようなことをかすかすの声で言っていた。たぶん、初めて私があの人に求められた瞬間だったのかもしれない、今思うと。

ほどなくして、母親は亡くなった。まだ40代、かわいそうだと思った。私がいなければ、この人の人生は輝かしいものだったはずで、こんな病気にもならずに済んだかもしれない。そんな思いで死に化粧と、お父さんと子供たちのスピーチを全部用意した。何故って、お父さんが、お前くらいしかそんなことできる子いないんだよ、って言うから

ふと思う。私はここまでされて、なぜ母親が嫌いじゃないんだろう。

しろ大好きで、出来ればもっと長生きしてほしかった。

人に言うと、よくぐれなかったね?と言われるけれど、ぐれたところで何も変わるわけなかった。だって、興味を持ってくれなかったんだもん。私という人間に。

私は生き方がまともじゃないとよく言われます

自分性格関係してると思うけど、じゃあここまで話して、私の人生あなた人生取り替えっこしてみようか?と言って首を縦に振った人間は一人もいません。

それが全てです。

でも、母親の作ったパフェの味だけは、今でも鮮明に思い出します。甘くて、幸せな味でした。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160620223031

名前に意義を求めてないからどっちでもいいかな。

幼少期の両親離婚時と、結婚する時で改姓の機会が2回あった。

正直どっちでもよかったから幼少期同様改姓しようかと思ったけどもろもろのめんどくささが勝って結婚では変えてない。

妻の姓はすげー縁起がよかったから今でもちょっと惜しいことした気がする。

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