はてなキーワード: 乱交とは
子供の頭数なんて実質賃金が下がれば教育の要求水準も下がるからこのまま失われた20年だか50年だかをやってればやさぐれたヤンキーが乱交して自然に戻る。
半分くらいは惜しい。というか、性交に女ばかりにリスクがあるせい、という前提部分は割りと同意できる。
というのも、人類は原始時代からずっと女の手で気に入らない子供は、間引きするか、時代が下れば堕胎、どうしても難しいなら子捨て、ってやってきているので、そもそもどんなに力づくで抑え込んだところで、人口増やすことはできない。
本当に人口増やすのが目的なら、彼らは自分自身で子供を育てる道を選ぶはずなんだけど、それはやらないんだ。
それにそもそも人口増加が目的なら、非処女やビッチは叩かないはずだしね。不特定多数と乱交することこそ、女のあるべき姿と言うはずだ。
そうでなくて、性欲が不釣合いで、女が男を一方的に選ぶ権利があることを「支配されている!!」と感じている。
母に支配され、性欲に目覚めるころにはその性欲のせいで女に支配される。
その被害者意識で女叩きしてるんだよ。彼らはゆがんだ平等意識で、女を支配しなければ不釣合いだと感じているわけ。
まぁそもそも論として、子育てにリソースがかかりすぎる人類は、量より質戦略で、雌がわざわざ閉経してでも、質の悪い子にリソース回さないのが有効戦略だから、人類増やす役にも立たない、ってのもあるけど。
去年あたり、セックス依存症(買春がやめられない)のことで何度か日記を書いた増田です。
あれからも結局、ネットで性犯罪ニュースやアダルトコンテンツを異常な長時間探したり、見続けたりっていうのは止められなかったです。
アダルトコンテンツも性犯罪(痴漢やレイプ)や調教、輪姦・乱交など背徳的だったり、女性を支配するようなものばかり見てました。
後は素人もの。地味目の女の子がお金のためにAV出ちゃうって(設定の)やつ。
好みの女優が出てることも大事ですが、単に美人女優がセックスを楽しむってだけの内容はそこまで興味なかったです。
(↑俺自身の嗜好は別にしても、AV業界全体的に美人がやるだけでは売れなくなってきてるでしょうね。より美人がよりハードな内容をより安いギャラでやらされる感じになってきてます)
二次元や創作系では寝取られが好みかな。「NTRはヒロインの彼氏に感情移入しちゃって鬱になるから抜けない」って意見をわりかし聞くんですが、自分の場合は好きな彼氏がいるのに、罪悪感を覚えながら、自分を性欲処理用としか思ってない男から離れられないヒロインの姿に興奮します。
セックスに囚われてしまったヒロインを嘲笑うような気持ちで眺めたりするんですが、それって多分、セックスに囚われている自分の姿をなにがしか投影してるのかも知れないですね。
さて、俺にとっては一番の問題である買春(円光)も、貯金が減らない程度には続けてました。
変なもんで長時間のバス移動をしてるとき、車の振動が股間に刺激を与えるのと暇つぶしで出会い系を見てしまうことで、円光につながってしまうことが多いですね。
「未成年じゃなければ円光だって違法じゃないし、男はみんなスケベなもん。合法風俗より素人の方が興奮するし」なんて己を正当化しながら。
でも、やっぱり自分は異常でした。ここ数日は自分でも性的な衝動が抑えきれないくらい高まっています。普段はそこまでにはならないのに、今日は仕事中に何度も強迫的なセックスのイメージに取りつかれ、作業する手が止まってしまいました。
同僚からは「元気がないね」と心配されました。外から見てもわかるほど憔悴してたんでしょう。
かろうじて耐えている堤防が決壊すればGWだけで、数か月分の生活費を使い切ってしまうでしょう。
もう自分だけでは無力だと思ったので、自助グループに参加してみることを決意しました。
ただし、まだミーティングの日程はわかりません。
しかし、自助グループに参加するとなるとセックス断ち(自慰も含む)が待っています。アルコール依存症患者が断酒するのと同じで、それと「上手く付き合っていく」という選択肢はないようです。
そういう事実が待ち受けているとなると、「よーし、これで最後なんだったら、報酬10万(相場は1.5~2万)でやりたい放題させてくれる子を募集して、思い残すことはなくセックス断ち生活に入ろう」なんて思いが脳裏に走ります。
というか、先ほど「10万ならどれくらい女が釣れるのかな?」なんて実験感覚で出会い系に書き込んできたところです。何人かからエントリーが来ましたが、そのうち一人を明日会う約束をしました。顔入りの上半身ヌード写メも送ってもらいました。「これをバラまくって言ったらタダでやらせてくれるかなー」なんて思いながらも、そこまで悪人にはなれない俺です。
ちなみに自分の場合は出会い系で金を介在させないと女性とコミュニケーションができません。なのでセックス依存症とは言っても買春ばかりなのですが、「セックス依存症」で増田を検索すると、セフレが数人いたり、ナンパでいつも違う女を抱いてたり、特定の彼女だけどやってることは変態セックスだったりというのがヒットしますね。
ほんとに依存症なのか、お盛んなだけなのかはわかりませんが、正直嫉妬します。俺は金銭か、さもなくば暴力でないと女性に言うこと聞かせられないのに。稼ぎだってワーキングプアの類なのに。
当事者は果てしなく辛く、傷ついているのかもしれませんが、俺だって女を口説く能力があれば、あんなセックス、こんなセックスしてみたい、と思うのです。
ああ、早く心に平安が訪れてほしい。お休みなさい。
モテないヤレないと喚く前に頭を使って考えろよ。
でも俺は優しいから、世の中から不幸を少しでも減らすために教えを授けてやる。
それが9割だ。
すぐヤラせる女はそういう連中とつるんでいる。
そのコミュニティの外でいくら探したところで見つかるわけがない。
そして股のゆるい女にはチャラい男がつきものだ。
それは苦痛を伴う行為だろうが、その先にヤリマンパラダイスが広がっていると思って耐えろ。
1年耐えることができれば、お前もそこそこチャラくなる。
イケてる男にはなり得ないが、居ても別に困らないかな、という立場に収まれる。
そしてチャラ男をうまく騙して信頼を勝ち取ることができれば乱交パーティに呼ばれるようになる。
お情けでおこぼれを頂戴するということだ。
始めは女どもにいいようにあしらわれ、逆レイプのような扱いを受けるだろう。
それも耐えろ。
みんなの前でおかずもなしにオナニーして、出たものを自分で飲むぐらいのノリの良さを見せてやれ。
やがて女とからめるようになり、サシで会えるようになり、一人二人とハーレムが広がっていく。
もちろん自分一人が独占するわけではないが。
とにかく自分が今いるコミュニティを飛び出して、リア充にからめ。
それが全てだ。
今のスペックのまま、“ちんちんがそこそこ大きい”人生を歩みたい。
俺はルックス的にはおそらく中の上、ブサイクだと言われたことはないが
皆の心の中で「なんか惜しい」と思われている空気を感じる、そんなクラスだ。
そして俺はちんちんが小さい。いわば“粗チン”であり、言うなれば SO・CHI・N である。
ちんちんが小さいがためにできなかった事やなりたかった自分の幻影が俺の心の片隅を占拠しており、
このままでは死んでも死にきれないのだが残念ながら人はいつか死ぬので、
仕方ないから生まれ変わった時にちんちんが大きい男として生まれいろんな夢を叶えたい。
こういう事を言うと必ず「ちんちんの大きさなど関係ない」とか抜かすアホが出てくる。
関係ないわけあるかぼけクソゴミ虫。ろくに考えもせず適当なこと言いやがって。考えれば簡単に分かるはずだ。
ルックスがいかに良くてもちんちんの大きさによって不可能な人生がある。
考えてもみろよ。
毎晩美女をとっかえひっかえするプレイボーイになると思うか?
街中で超絶美女を悪漢から救いその晩、彼女を抱く事になると思うか?
答えは否だ。彼は絶対にどこかでちんちんが必要にならない選択をしてしまうからだ。
やりたくないのではない。ちんちんが小さいから逃げざるをえないのだ。
どうしても最初のご開珍の場面を先に想像してしまい無意識のうちにそうならないルートを選んでしまう。
風俗でさえパンツを脱ぐのと同時にどうしても「すみません」という言葉が出てしまう。
この「すみません」は、「小さくてすみません」「小さすぎて笑いたいのを我慢させてしまってすみません」
という意味だ。
書きながら画面が滲んでよく見えない。
想像してみろ。
JAY-Zのちんちんが小さいわけがないし、SnoopDogのちんちんが小さいわけがない。
この世の中で活躍してるのは概ねちんちんがそこそこ大きいやつらだ。
反して、秋葉原などでブヒブヒ言ってるやつらはきっとちんちんが小さい。
今度アキバでチン長を調べてみて欲しい。平均チン長が明らかに小さいはずだ。
むしろちんちんが小さくないヤツがアキバにいるべきではない。ちんちんが小さくないのならもっとやりようがある。
そもそもちんちんが小さいから、世捨て人の如く内に篭って外見にも気を使わずどんどん腐っていくというパターンは
確実に多いと思う。
だってどんなに洒落て充実したところで、ちんちんが小さかったら最後でギャグになってしまうのを我々は知っているからだ。
そう、ご開チンが“最後のセレモニー”だからタチが悪いのだ。(いやタチは良いのだが)
この手の話になると今度は女子が「女にだっておっぱい格差が」とか下らないこと抜かしやがる。
くそが。
おっぱいなんか大きかろうが小さかろうが大した問題ではない、おっぱいは常に素晴らしいものであるし、
そもそもそんなものは外見からも見て取れるものだからイメージと実物の齟齬は乳輪くらいのもので限りなく小さい。
パッド偽装が非難されるのは当然であり、それはおっぱいの小ささへの非難ではない。
「小さくても問題ない」と言う俺を信じなかった事への非難だ。
あと女性のおメンクは大きい小さいという評価基準が無いのが羨ましい。
たまに広さを問題にする愚かな男がいるが、はっきり言ってそんな事はどうでもいい。
多少のガバメントは問題にすらならないし、もし産後であるならそんな素晴らしい事を責める男はクズ以下の塵に同じ。
まじであんなとこから頭が出てきた時の衝撃と神々しさは忘れがたい。
少々話が反れたが、言うなればおっぱいは“中ボス”、ストーリー上の通過点、装飾として添える華であり、
おメンクは“エンディング”なのであり、めでたしめでたしなのである。ぶっちゃけエンディングってどんなんでもいいだろ?
ところがちんちんはそう甘くは無い。(いや実際の味は知らない)
ちんちんは“ラスボス”であり最後に登場するからタチが悪い。(いやタチは良い)
最後に登場したくせに小さいと、それはもはや“オチ”以外の何物でもない。ギャグなのである。
その瞬間に流れる微妙な空気は、実際にちんちんが小さいヤツにしか分からない温度と匂いがある。
また画面が滲んできた。
たまに「セクロスの良さはポコニャンの大きさじゃないよ!」とか言ってくれる素敵な女性がいる。
氏ね。そんな優しさいらないしそれはあくまで常識的なちんちんの大きさがあってはじめて成立する話だ。
じゃあナニか?おまえのおマンションに小指を出し入れして本当に気持ちいいか?あ?
というかただでさえろくに満足させてやれなかった嫁も2人射出してからさすがにガバメント2.0になり、
なおさら俺のSOCHINでは満足させられなかったせいか見事にセックスレスになってて泣いた
もしも俺のちんちんが大きかったなら、想いのすべてを歌にしてから即セクロスに持ち込んだかもしれない。
あの時すれ違ったストライクすぎる美女に気兼ねなく声をかけてその晩ゴルゴばりに抱いたかもしれない。
近所の不良どもを片っ端からやっつけ今頃関東○合のトップで仕切ってたかもしれない。
同じチームの女性陣を片っ端からひいひい言わせて味方につけ、会社のトップに君臨してたかもしれない。
“ちんちんが大きいと得をする”と言いたいのではない。
大は小を兼ねる、ちんちんが小さいとする躊躇もちんちんが大きければ何も躊躇しない。
ちんちんが小さいことを無駄に気にして避けてしまったルートを、なんの気兼ねなく検討できる。
この感覚はちんちんが普通、もしくは大きいヤツには絶対に分からない事だ。
そんなわけで、ちんちんが小さい今世を頑張っていくしかないのでxvideos見ながら小さいちんちんマッサージしつつ(タチは良い)、
HMJM ハマジム 10th Anniversary Nights - イベント | UPLINK
この日上映されたのは
『大橋仁 そこにすわろうとおもう メイキング 』(2013年/24分)
『ドキュメント 安達かおる~ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたの舞台裏から』(2013年/60分)
という松尾監督が友人や師匠など近い存在の男性を撮った非AV作品3本。3本目の安達監督のドキュメントがAVの撮影現場を舞台にしている為、18禁イベントだったのですが、女性客も結構いらっしゃってました。
最初に松尾監督が登場。軽くこの日の進行を説明(豊田さんのが終わったら休憩を挟みますよ、みたいな感じ)してから上映開始。
『豊田道倫 映像集3』はそのタイトル通り、豊田道倫氏の色々なライブ映像を1つに纏めた作品。1と2はDVDとしてリリースされているのですが、3は映画館やイベントでの上映のみでソフト化されていません。
この作品が一番最初に公開されたのは2010年10月30日の豊田道倫新宿4DAYS最終日で、その時は『豊田道倫 映像集 Ⅲ 新宿Poo上映版 』というタイトルでした。
その後、2011年2月26日に池袋ロサという映画館で行われたMOOSIC LABというイベントの3日目(#3:豊田道倫映像集/実験の夜、発見のロサ。)に『豊田道倫 映像集3-MOOSIC LAB Version-』が、そして2011年のゴールデンウィークに広島と大阪で『豊田道倫 映像集3 地方上映版』、2012年の7月3日に神戸の元町映画館、8月13日に渋谷アップリンクで『豊田道倫 映像集3 無題(new version 84分)』が上映されました。
新宿Poo版、ロサ版、地方上映版、そして2012年の無題と一応同じ作品という事になっておりますが、編集が物凄く変わっていて、「え?あの日のライブは丸々カット?」「前見た時のラストシーンの後に見た事ないシーンがめっちゃ追加されてる!」という感じなので上映される度に見に行ってます。Poo、ロサ、大阪で3日連続、去年のアップリンクに続き今回で見るの7回目。多分全部のバージョンコンプしてるはず。
この日上映されたのは去年神戸と渋谷で上映されたのと同じ『豊田道倫 映像集3 無題』。…のはずなんだけど、最後のクレジットに2013って出てたんだよなぁ。それが気になってる。もしかしたらちょっと編集し直してたのかもしれない。けど前に見てから1年以上経ってる&ちょっとずつ違うのを何回も見てるので、正直どこが違うのか、もしくは全然変わってなかったのか解んなかったっす。。。(全部の版を見に行ってる意味が無いw)
最後のトークコーナーでもちょっと触れられてたのですが、今までは豊田さんが出演するイベントでかかる事が多かったので豊田さんのファンの方が見に来られてたのですが、今回は豊田さんも出ないし、この作品ではない作品目当てのお客さんも結構居たので今までの上映とはお客さんの受け止め方がちょっと違った感じ。最前列のど真ん中に座ってたグループが途中で席を立って戻って来なかったり携帯を弄っていたりと完全に飽きていた様子。確かに豊田さんのような音楽は刺さらない人には全く刺さらないからなぁ。実はこの日、私は友人と一緒に見に行ってたのですが、そういやその友人は豊田さんみたいな音楽全然興味なさそうだというのに途中で気付いてヒヤヒヤしてたのですが、後で聞いたらまぁ何となく楽しめた、みたいな事を言ってくれてたのでホッとしました。
休憩を挟んで2本目の『大橋仁 そこにすわろうとおもう メイキング 』。今回のイベントはこの作品目当ての女性客の方が多かったようですね。自分の全財産をはたき、男女300人による大乱交を作り上げ、その様子を撮影した写真家・大橋仁氏の3冊目の写真集『そこにすわろうとおもう』の撮影現場のメイキング映像。この乱交シーンを作り上げる為にHMJMが協力していたという事で松尾監督がメイキングを撮影されたようです。
この映像は2013年4月14日に原宿VACANTで行われたこの写真集のトークショーと、9月10日に渋谷WWWで行われた大橋仁写真集『そこにすわろうとおもう』刊行記念 大橋仁×七尾旅人 ~百人組手番外編・写音真楽~というイベントで上映されました。私はVACANTで見たのですが大入り満員、WWWの方も満員で見れなかった人もいたとの事(というか今回一緒に行った友人が当日券に希望を託して会場まで行ったのですが入れずに帰った中の1人でした)。
大乱交シーンの撮影の様子を中心に構成されていて、東京郊外の駅前に沢山の男女が集合し、バスに乗せられスタジオ入り→休憩無しの過酷な撮影に挑む様子が映像に収められておりました。途中で体調を崩してリタイアする女性の様子が映し出された後にしかし男性陣でリタイアする者はいなかった、という様な説明テロップが出たりしててちょっと面白かったw
写真家として活躍して得た数千万円の貯金をはたいて写真集を作る大橋氏の撮影中の気迫はカメラを通してもしっかり伝わってきました。終演後、ロビーにこの写真集が置いてあったので急ぎ足でざーっと見たのですが、頭の中にあるイメージというか妄想を数千万円のお金をかけて作品に「せざるを得ない」という彼の業のような物を感じました。23000円という価格も納得の出来。でも買って家に置いてちょくちょく見たりするにはパワーが強すぎるというか。ナンカ色々な物が吸い取られそうな。とか書くと買わない言い訳みたいっすね。そうじゃなくてホントそれくらいの力がある写真集だと思います。ちなみに、写真集の中身についてちょっと書きますと、乱交シーン以外のページもいっぱいあって、そこに大橋氏がたまたま発見してしまった首吊り自殺の遺体の写真なんかもあったりします。
そのまま続けて3本目の『ドキュメント 安達かおる~ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたの舞台裏から』が上映されました。
こちらの作品は松尾監督の古巣、V&Rプランニングの看板シリーズ・ジーザス栗と栗鼠スーパースターが10数年ぶりに復活するという事で、その撮影の様子をドキュメント作品にした物。ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたのDVDに本編とセットで収録されて販売されております。
今回はメイキングのみの上映だったのですが、こうやってメイキングだけ見ると本編見てなかったら意味解らんシーンあるなぁと(最後の方の終わり方とか)一緒に行った友人の反応が気になってたのですが、後で聞いたらその辺は特に気にならなかったようで良かったです。
大掛かりなAVの撮影現場の様子自体が物珍しくて面白いってのもありますが、安達監督も面白いですね。この日上映された3作品の中ではこの作品のみ普通にDVDで買えるので興味を持たれた方は買ってみて下さい。HMJMファンの方向けミニ情報としては、ジャケのうたちゃんの後ろに立ってる男性陣に梁井監督とKENSAKU監督が混じってらっしゃいますよー。メイキングの中でもちょこちょこ映りこんでらっしゃるので探してみましょう。
上映後、トークコーナー。実は予定としてはこのトークコーナーに琥珀うたちゃんが登場するというお話もあったようですが、前のお仕事が長引いてしまって間に合わなくて出演出来なかったとの事。代わりにバクシーシ山下監督とカンパニー松尾監督のお二人によるトーク。山下監督はジー栗にメインカメラとして参加してらっしゃったのでその時のお話など。時間が遅くなってしまっているという事もあって10分ちょっとくらいの短い時間でした。
ジー栗はDVD持ってるし、大橋さんのも4月に見たし、豊田さんのに関しては7回目だし、という事で腰をすえて細かい所を見ていく感じで見たのですが、楽しかったです。特に豊田さんの映像集はアップリンクの前の方の席で見るのがちょうどエエ感じですわ。今後もちょくちょく上映して欲しいです。あと、大橋さんのはそれ目当てで来てたお客さんも多かったのでまた何かの機会に上映されたらいいのになぁ。願わくばもうちょっと長い時間のバージョンで。
この次の日のイベントにも行きました→
HMJM 10th Anniversary Nights Vol.2『ハマジムだよ!全員集合 ~主要監督と共に振り返るハマジムの10年』というイベントに行って来ました。
なんかもう、議論がむちゃくちゃだな。
生物の多様性が「目的」だとか言うバカが居るが、なんだよそれ。
本当の生物の「目的」が何か、と言う話になれば哲学的な話になってどうこう言えないとこがあるけど、
「多様性」は生物が種として生き残ってくための手段でしか無いだろう。なんで手段自体を目的にしてんだよ。
不安定に数年から数十年単位で朽ちてくのは、その多様性を実現するための手段だろ。
生物の多様性なんて100%エラーのない完璧なコピーを作り続けることは不可能っていう物理的な制約にともなって 勝手に生まれちゃうもので目的でもなんでもないでしょ。
とか
そこら辺から先は古典物理を越えちゃうからあれだけど、「なぜ生物は細胞などの完全なコピーを行うシステムではないのか」ってのが割と解き明かすべき命題な気はするよ。
とか、馬鹿なのか?生物は敢えて2種を混合したりそこに不確定要素を大きく入れることで多様性を深めて適合者を生き残らせようとしてるんじゃん。
てか、無性生殖生物も居るわけで。無性生殖だと100%完璧なコピーと言えばそうなんじゃないの?後の外的要因で変化したりはするだろうけど。
ある特定のグループの性質自体をいう場合もあれば、本当にそれが備え持った外的要因無しの能力のことをいうこともあるし。
人間の男女として生まれたら、その性質としては異性と繁殖して子供を残すこと、ではあるだろう。
だが多様性の中で、その能力その物を持たない物も生まれるし、そのような気持ちにならない、と言う者も生まれる。
そのような者が生物にとって何の意味があるか、と言われると、誤解を恐れずに書けば単なる失敗でしか無いだろう。
障害を持って生まれた生物に意味があるか、と言うことに関して、人間社会ではそれすら補う能力を備えているが、
多様性を求めるので、何が成功するかわからない、ランダムに作る、このことで、その時点で全く意味のないものが生まれることだってあるだろう。
そのことに関して、感情的に、「サイエンスでは測れない物が人間にはあるんだ」等とほざいてるのは笑止。
@guchinandayo サイエンスでいうなら、遺伝的に多様な子を残す事は有利なのだから、乱交やレイプは推奨される行為になる。サイエンスでいうなら、なるべく大勢の人間を生存させるのが有利なのだから、カロリー辺りの生産効率が悪い肉牛の生産は禁止しなければならない。
現にサルの社会ですらレイプのような事は当たり前に行われる。いわんや他の生物は。
人間社会でそれを許さないのは、自分の権利を守るために他の人間にも強制してるだけ。
また、人間は、元々非常に弱い種で、特に幼少期は他の種には見られないほど弱く、成長が遅いが、
恐らくそこには生まれてから「学習」する機会を存分に与える、と言う他の生物に無い機能を実現するためのものだと思う、サイエンスで言うならば。
それを補うために、人間は子供をきちんと育てる、守る、という本能を持っていて、
無駄な繁殖行為はそれを妨げる事にもなるので、レイプや乱交で無駄に子供を産まないのはサイエンスで言っても正しい。
というか、他の生物でもメスがこれと決めたオス以外とは交尾を拒否したり、一度妊娠したらオスを完全に遠ざける行為はある。
@guchinandayo サイエンスでいうなら、生物の目的とは子孫を残すことなのだから、あらゆる文化活動は時間の無駄であり、農業、またはその生産性を向上させるための産業以外の産業に従事する事は積極的に否定されなければならないし、全ての趣味も否定されなければならない。
人間の文化的活動は、人間の知識進化の一部であるので、無駄かどうかは別として進化の過程で当然発生するもの。
文化が無駄かどうかは別として、生物の多様性で、確実に意味のある優れた物だけを産め、ということがそもそも不可能なように、確実に生物の目的に合うものだけを正しく選択することは不可能。
ただし、それが長いこと人間社会に根付いているのであれば、サイエンス的にも「意味」のあるものである、ということだろう。
何が意味があるかないか、サイエンス的に言ってもそれがあるかないか、でしか言えない。
逆に言えば、同性愛者等も、現に生まれている以上、意味のある存在ではある。だが、その意味として、単に多様性を生むためのランダム性の中で生まれてきているだけ、と言う可能性もある。
@guchinandayo サイエンスでいうなら、生物の目的とは子孫を残すことなのだから、もはや子孫を作れず、それを育む活動にも従事できない老人や重度障害者は、生きること自体が積極的に否定されなければならない。
これは確かだろう。現に、だからこそ人は死ぬわけで。繁殖行為や出産後にすぐ死ぬ生物も多くいる。
人間の場合は、上にも書いたが、出産後も「育てる」という目的があるため、繁殖行為ができなくなった後も長く生きる。
だが、
もはや子孫を作れず、それを育む活動にも従事できない老人や重度障害者は、生きること自体が積極的に否定されなければならない。
これが何故受け入れられないか。
生物として、優劣があり、どこかの部分で見捨てられ、生きることを許されない境界があるだろう。
だが、種として、余裕があるかぎりなるべく多くの者を残しておくことは有利になる可能性が高い。
だが、その分他の個体の負担も増える。そこのトレードオフを鑑みた上で、今の人間はある程度の者を残すようにしているのだろう。
また、そのような余裕は、各個体としても普段の活動を充分に行うために必要な物であり、サイエンス的にも無駄とは言えないだろう。
正直、何十年前に決めたことを引きずっているんだと思うが、そこまで問題になっていないようなのでここで吐き出す。個別に見ていこう。
公然わいせつ罪と言われてまず思いつく犯罪は露出狂や青姦だろう。『どの範囲から罪とするか』についてのボーダーラインについては議論があるだろうが、それ以外に議論はない……と思うかもしれない。
だが実は、公然わいせつ罪が保護しているのは『あからさまな性的行為を見たくもないのに見せられたくない。見たくない権利』ではない。
では何を保護しているのかというと……一つ下のわいせつ物頒布と同じく、最低限の性道徳である。
だから、公然わいせつ罪になる行為は露出狂や青姦だけではない。ストリップ劇場で性器が見えた場合や、乱交パーティーに参加した場合も公然わいせつ罪になる。
今の時代にそれらをわざわざ取り締まって「最低限の性道徳の維持」につながるのだろうか。読者の方はどう考えますか。
第百七十五条 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
条文これだけ? と思うかもしれないが、これだけである。まず注意して欲しいのは、『18禁マークなどをつければ取り締まられにくくなる』ような規定は刑法や関連する法律のどこにもないということだ。
18禁やその他の年齢制限は、地方の『青少年の健全育成に関する条例』のような物で規定されている。
わいせつ物に関しては小説で一時期問題になって、チャタレー事件で「社会の平均ではなく、あくまで最低限の性道徳」を基準にすること、四畳半襖の下張事件で「その時代に合わせた性道徳」を基準にすることになった。
小説より少し遅れて(四畳半よりは前だけど)ヌード写真方面でも写真家と警察のいたちごっこが繰り返された。具体的には以下のような流れだ。
警察「アンダーヘアが見えたらアウト」 →写真家「じゃあパイパンならOKですね」 →警察「性器が完全に露出していたらアウト。なお、アンダーヘアも性器の一部とする」 →写真家「じゃあパンツはかせます。アレ、少し透けてるような気もしますけど、着てるからセーフですよね」 →警察「じゃあアンダーヘアはOKだが性器そのものが見えたらアウト」 →写真家「ヘアヌードはOKですね」 →警察「一応セーフにしておくか」
ということで、現在では成人を撮影した物については性器そのものは写さない、もしくはモザイクなどの修正があればセーフということになっている。
だが、このわいせつ物頒布罪はよく読んでもらえば分かるが、作った側だけでなく、売っている書店も罪になることがある。
「それじゃ店としては何は売ってよくて何がダメなのか分かりにくいよ」というわけで、映倫やビデ倫といった組織が作られ、警察OBを含めた関係者で性器の修正などについてチェックすることになっている。もっとも、一時期『薄消し』が流行ってそれにOK出したビデ倫に捜索の手が入ったこともあったはずだ。
逆に言うと、「性器が見えないように修正していればわいせつ物ではない」「青少年にも見せないようにしてあれば青少年育成条例上の問題も無い」ということになるので、(三鷹の事件では被写体が未成年なので児童ポルノ法が適用できるが)リベンジポルノに対して現行法で対処しきれるかどうかについては若干の疑問がある。
なお漫画については「漫画であっても、性器は修正しない・不十分だとわいせつ図画」「ただし漫画などのわいせつ性は実写に比べ相当に劣る」という最高裁判決(松文館事件判決)があるが、この判決がどの程度警察の取り締まりに対し影響を与えているのかは正直、分からない。
(強制わいせつ)
第百七十六条 十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(強姦)
第百七十七条 暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
強制わいせつ罪の「わいせつ」は公然わいせつやわいせつ図画頒布のわいせつとはイコールではない。強制わいせつ罪が保護しているのは『個人の性的自由』である。だから、他人に対して強引にキスをする行為は立派に強制わいせつ罪になるが、路上でキスをする行為が公然わいせつ罪にはならない。リア充爆発しろとは思うけど。
現在の日本では、強姦罪の被害者は女子限定であり、正犯には必ず男子が含まれていなければならない(女が「気にくわない女をレイプしてくれ」と男に依頼して男が乗った場合など、共同正犯に女子が含まれることはあり得る)。が、それはいくら何でも時代錯誤でないか……と現に国連から勧告も受けているのだが修正される見込みは薄い。
ついでに言うと、日本の強姦罪の定義は厳しい。被害者を女子に限っているのもそうだが、「男性器が女性器に挿入された時点をもって既遂と見なす」としている。逆に言うと、器具を用いた場合やアナルセックスの場合は強姦罪にならず、一つ上の強制わいせつ罪になる。
この辺、強姦罪の成立が厳しい分を強制わいせつで補っている部分はあるのだが、いい加減に「被害者は女子に限る」は改めるべきだろう。ゲイの男が同意を得ていない相手と強引に同性愛行為を行った場合や、ショタコンの女が男子小学生を襲った場合も強姦罪ではなく強制わいせつ罪というのはおかしいと思う。
児童福祉法とか児童ポルノ規制法とか都道府県の青少年育成条例については言及し出すとこの数倍の長さになるので今後の課題とします。
「”女子”は何歳まで」議論を法律に持ち込んではいけません。強姦罪を含め、少なくない法律が成年まで含めた女性について”女子”と表記しています(笑)
実業団 社会人 社員 わからんね。 雇用 なら 野球にもある けど 通常 会社 に 雇用 ない もんね。 法人には 雇用がある。 もう わかるめ。 そういう乱交政党 は およしなさい (じぶんをいじめる
正午 から 1時間 の うち に 昼食 を 摂る こと を 雇用 と いう ( じつは 雇用 は 1日1時間程度 じゃない なら 365日 雇用日 を 設定することは できない
なかなかむずかしい ぞ 事業所 はね。
現在 前年 以前 の 記載 を 順次 抹消 している はず でね。 今年度 から 過去 を 再構築 する アルゴリズム を 試運転 してる 最中。 もうすこし おまち を。
( なんでも そうだけど それそのもの に かかわって それを 具現化 する ひとたち が はたらいている んだ という 感覚 は 後年 いらないことをふやすばかり で 当事者 の ひとたち が 実際 に 公示公表 するまで 「しらないこと」にしておく のも 人生有意義に過ごすコツ かもよ
まあ。 聞き及んでいる こと の うち 「いえないこと」ではないこと を いって 注意を即す 癖 が 強い からね。 聞き及んでいること って 犬がなにか記憶している という状態に等しい からね 「いぬぐせ」というんだけどね
オンライン インターネット を 含めた ネットワーク から 極力 「いぬぐせ」 を 存在 させない よう。 いぬぐせ を みる いぬぐせ って 人間関係 で もっとも どうしようもない から ねえ
まあ わたし が 実名 で 投稿している プロフィールサイト に そのとおり (高校卒業・大学入学 これぐらい) を 掲載した から ご参考までに。
きみたちが 私のプライバシーに関して強く主張してもだな それプライバシーだからね 私本人 が 渡し本人に関して 公表する 事実 のほうが 正しかったりする。 プライバシーの扱い を まちがえない ように。
プライバシーを書き換える行為 って 案外認められてない んだよね。 つかまらないなら犯罪じゃない という その ひとりよがりな 感覚 は 他人に迷惑をかけるだけ。
警視庁に愛知県下の現行犯を逮捕する権限がないだけ なんじゃねえの?
安定した企業でも 25年魅力ある企業実績を築いていても その後25年 は 事実上 警視庁からみれば 仮の留置 で しかない 状態 に 陥る もの かかわる気 は 毛頭 ない 「逆」