2016年08月18日の日記

2016-08-18

VCは糞

二回目のカキコ、ども。

前にスタートアップ(笑)かぶれのゴミ求職者が多すぎて困るんだが」というエントリーを書いた。

思ったよりも拡散され、驚いた。

http://archive.fo/BkHbT

けんすう自体批判したつもりは無いが、社員けんすう信者から「早く消してください早く」と急かされ、消してしまった。

社員に自慢気に話してしまったことがいけなかった。

増田墓場まで持っていかなくてはいけなかったんだな。

さないでもっと拡散させて欲しかったという意見もあり申し訳なかった。

でも賛否両論議論が深まっ太郎

さて、もう増田はやるまいと思っていたのだが、とんでもない記事を見てしまいまた書くことに至った。

もう社員批判されても消さない鋼のメンタルを手に入れたのだ。

そんな豆腐メンタルの俺を再度増田へと誘った記事はこれだ。

http://labs.skyland.vc/entry/2016/08/02/212935

知らない人の為に説明しよう。

このお方はエンジェル投資家(笑)と呼ばれる数百万から多くて1,500万円ほどの額を、まだビジネスも回せてないチームを中心に投資している方だ。

まぁ評判が〜とかリビングデット製造機とかは置いとこう。批判はしないと心に決めたのだ。

でも、ここの部分は黙っておけない。

なんらか新しいことをしたいならば、先に会社を『やめた後』来て貰えたらすぐ動きます



まりにも無責任すぎないか

そしてなんでこんなに上から目線なの?

スタートアップ(笑)かぶれもゴミなんだが、独立煽り虫も本当にアレだよな。

というかこういった輩がかぶれを生み出しているんだ。


イケダハヤとかもそうなんだが、煽る奴らは基本的無責任だ。

見ている奴が影響されてどうなろうが知ったこっちゃないんだ。

それなのにそのポジションに影響され、素直に受け取ってしまう純朴な奴らも多いんだよ。

そいつらは見事にゴミサービスを生み出すし、結果ゴミ人材が世の中に流れるしロクなことがない。

負のサイクルだよ。浄化されるポイントがない汚物食物連鎖だよ。

ちなみに、エンジェル投資家というと身銭を削って投資している人のように見えるが、こいつはそうじゃないっぽい。

成功者でもなんでもないエンジェル投資家価値はあるのかね。

俺はチョコボール買って金のエンジェルでも集めてたほうがいいや。


追記

やっぱりイケダハヤさんもリツイートしてた。

https://twitter.com/IHayato/status/760694681365807106

虫は虫を呼ぶのですね〜☆

http://anond.hatelabo.jp/20160818173044

そーなんよね。毎日数百万、大きい時は数千万の決済してるんだけど「今ある会社の金全部使えたら一生困らなくね?」とふと思ってな。

実際は税金やら雇用者責任やら有るから無理だけどな。

ミスって数十万の穴開けるとかザラだし、一回若手のミスで350万やられた時はマジギレしたけど、まぁ翌日には気にしてなかった。

ウチは現金千万流動資産で見ると3億有るから、影響は微々たるもんだったしな。

まぁ法人から金抜くには名目がいるし、仕事楽しいからもうちょっと稼ぐわ。

残業会社を強くするし残業をなくすなんて理想主義なんだよ

リンクは貼らないがダイヤモンド記事炎上していた。

なぜ最近の若者は定時帰りするのか的な感じだったと思う。

これに対して9割以上の反応が筆者に対する批判だった。

老害ブラック、こういう奴が日本を滅ぼす的な意見ばかりだった。

私も、無駄残業は減らすべきだし、残業目的になるようなことは避けるべきだと思っている。

また徹夜での業務病気になるほどの残業おかしいと考えている。

それでもこの「行き過ぎた残業バッシング」には違和感を感じるのだ。

以下が私の経験から得た、その理由である

行き過ぎた効率主義になっていないか

定時が絶対となると無駄時間を全く取れない。

これは一見、良いことのように見える。

しかし、行き過ぎた効率主義組織を滅ぼす。

例えば緊急性の高い仕事や面倒なもの押し付け合いになる。

また手遅れが発生するようなミスに対して非常に敏感になり、人間関係もぎくしゃくする。

コミュニケーションミスも多く発生するようになる。

仕事業務は異なる。業務効率性を求めたとしても、仕事業務以外でも成り立っている。

その為、行き過ぎた効率主義業務改善に役立つが、仕事全体として上手く回らないケースがあるのである

残業は「できない社員」を救う措置

残業をなくすべきと言っている社員のどれくらいが、会社で求められている以上の成果を出すことができているだろうか。

私の経験上、優秀な社員というのは社員の中での1〜2割だ。その他は普通、もしくはダメ社員なのだ

そしてそのダメ社員はどうしても優秀な社員よりも成果物の精度が低く遅い。

どうするか、残業するしかないのである

出来る社員に追いつく為、少しはマシな成果物を出す為には残業をするしかない。

上司のせいにばかりするな。

自分の成果が低ければ残業をしてでも取り返さなければいけない。

こちらは君たちが無能でも首を斬ることができないのだから

全員が定時で帰れば会社は傾く

残業なしというのは理想主義だ。

常に競争の為、当然他社よりも高品質安価もの提供しなければならない。

どうしてもその差分を補う為、多少の残業は発生するのだ。


いかがだろうか。

君たちは自分能力もないのに残業を敵視しすぎなのだ

理想主義だけでは会社はやっていけないのだよ。

ちゃんとはてなだけでなく現実も見ような。

野菜350グラム無理

がんばって作ったり選んだりしても無理。

野菜ジュース入れても無理。

朝御飯に野菜組み込むの無理、せいぜい味噌汁きゃべつ

昼御飯に野菜組み込むの無理、外食になるからどーあってもヘタれたサラダ程度が限界

夕飯、すべてを注いで野菜のみの献立にするも、無理、野菜サラダだけの夕飯にすればいいかもしれないけど、そんな人生は嫌だ。

がんばってがんばって、今日食べた野菜はたぶん150グラムあるかないか味噌汁きゃべつかけら、野菜ジュースコンビニサラダささみ和え物作ったのでみょうが二個ときゅうり一本、ピーマン二個とえのき半分できんぴら。

限界。これ以上野菜食う人なんなんだ。

五輪ピック

誰が何メダル取ろうが俺やお前の生活は何も良くならないんだが何が面白いんだ

女性友達にすらなれなくてつらい

そりゃ彼女居ない歴=年齢の、できれば彼女に出逢いたいと思ってるおっさんだけどさ

せっかく数少ない出逢いがあったと思っても

とりあえず彼女じゃなくてもいいからと普通に友達として付き合ってるのに

つの間にか距離を置かれてるんだ

もちろんデートにすら発展しないんだ

つらい

よそでやってくれ消えてくれ…苦しんで消えてくれ…

ネタバレあり)ゴジラ綾波レイである

って思いついた話。


アラサー腐女子です。

夏コミも無事に終了したため「シン・ゴジラ」を鑑賞してきました。

結論から言えば、最高。


父親の影響でそれなりにゴジラにも触れてきた幼少期。

ストーリーを暗記するほどに思い入れはなかったものの、

ゴジラ氏をはじめとする個性の見える怪獣達に親しみを持っていました。

(当時はモスラが可愛くて好きでした)

実家にある小美人ペンダントまだあるかな

(ついでにミニラよりはリトルゴジラ派でした)


更に同時期、我が家でフル稼働していたSSソフトゴジラ 列島震撼」をプレイしていたことにより、

私の中のゴジラ氏はすっかり愛着のあるキャラクターと化していました。

※「ゴジラ 列島震撼」…SS向けに1995年に発売されたRTSであり、自軍であるGフォース兵器を用いて都市部に現れる怪獣殲滅していくゲーム

ちなみに難易度が糞高い。基本、複数怪獣が出てくるステージ怪獣を同士討ちさせることに全力を注ぐプレイ必須


しかし今回の「シン・ゴジラ」、どうやら様相が違う。


世間では蒲田くんだなんだと呼ばれて人気の第二形態、あれ普通に恐ろしかたからね!

しかし早くも二次創作キャラクター化して落とし込まれる様に日本オタクのたくましさを垣間見ました)


恐竜とも水生生物もつかない見た目にエラから露出する赤い中身。

そんな得体のしれない生き物が血を流し、更に大きく進化していく。

最終形態を見たときには絶望しかありませんでした。勝ち目ないじゃん!私アイドル辞める!

今回のゴジラ氏は今までよりも身近な、より現実的な脅威として私達の前に立ちはだかったのです。


さておき、私エヴァも好きなんですね、腐女子的な要素を抜きにしてもすごく。

リアルタイムでは見ていなかったんですが、やはりそこは社会現象

深夜の再放送などで目にする機会が多く、旧劇場版区別のため、あえてこう表現します)の

絶望とも希望ともとれる無常観が強く印象に残っています

TV放送ときから新劇場版が上映される今の間にネットなどの情報網も発達し、

隠されていたメッセージや設定など、語り尽くされている感こそあります

それを置いてなお今も人々の心を捉えて離さな作品だと感じています

私自漫画を描く人間なんですが、エヴァカット割りや間のとり方などの作品に流れるリズム

今でも参考にしています



今回の「シン・ゴジラ」、ネットでも様々な方が仰っていますが、

シーン一つ一つの割り方やBGM、果てはヤシオリ作戦への流れ方など

エヴァノウハウを存分に活かした映画でしたね。

ちゃんとゴジラという枠組みなんですけど、庵野監督作品に落とし込まれている。

見方を変えれば公式の超金のかかった二次創作との解釈もできてしまうんですが、

多くの人を巻き込んだ一流のエンターテインメントであることは間違いありません。

日本映画の到達した「点」を目の当たりにできたことを幸せに思います


上映後に私が感じたのがタイトルにも記載しました、

ゴジラとは綾波レイなのではないか、という妄想、もとい仮説です。


綾波レイと言えばご存知エヴァンゲリオンヒロインであり、

無口で感情に乏しいという日本美少女界のテンプレートを不動のものにしたレジェンド

彼女は劇中で主人公シンジと触れ合うことで人間らしさを見せ、

かと思えば新旧劇場版では世界ヤバイ状態に落としこむお茶目さんです。


彼女は人の望むものに形を変えられる概念だと思うのです。

ミクロな部分で語ると旧劇場版の人がLCLへと変わっていく描写が有名でしょうか。

あの刹那彼女は、人類それぞれの一番想っている相手へと姿を変えました。

綾波レイというキャラクター自我がないように思えます

そのキャラクターシンジはじめ劇中の登場人物、そして庵野監督

果ては我々観客の望みによって変化し、確立されているように感じるのです。


そこが今回「シン・ゴジラ」を観て共通するかも、と思った点。

ゴジラは私が生まれる前から恐怖の象徴として、人類対峙するものとして、

あるいは正義ヒーローとして、そのかたちを様々に変え今も愛され続けています

その我々の望みを吸って息をする、ある種世相を反映するあり方に

私は綾波レイと同じ血が流れていると感じたのです。


彼(彼女)は何にだってなれるし、何だってできます

恐らく今回のゴジラ氏もそうで、あれはきっと我々が望んだ姿なのです。

そしてこれからゴジラ氏は我々の望みによってその姿を変えていく、

そういう生き物なのかなと。

あわよくば、これから作られるゴジラヱヴァ

どんな結末であっても受け止めるのはもちろんなんですが

望みを吸って育ったそこに少しでも希望がありますようにと

なかなか希望の持てない現代社会で揉まれ腐女子は思うんです。


考えが浮かんだときやばい天才だ!と思ったんですが文章にまとめるとそうでもありませんでした。

お付き合いいただきありがとうございます熱量を吐き出す場所がほしかったんです。



最後に、多大な熱量でこの作品を生み出してくれた庵野監督には本当に感謝です。

新作のヱヴァンゲリヲン、ご健在のうちに世に出していただければ嬉しいです。

今回の「シン・ゴジラ」が免罪符…というわけではありませんが

どれだけでも待たせていただきます

http://anond.hatelabo.jp/20160818003718

いやいや、福島とか新潟じゃないか

そうまでして雇い続けるということは、この人超優秀なんだな。

友人がちょっと重めの話題愚痴ってたので「ホンマそれな、めっちゃわかるわー」という意味のことを言おうとして

口がこんがらがった結果、「ほんわか」って言ってた

なにがホンワカやねんシバくぞ!って言いながらシバかれた

ちゃうねんホンワカしたんとちゃうねん、ほんそれみたいなこと言いたかってん!

というようなことを言おうとしてまた口がこんがらがって、「ちゃちゃちゃわちゃんそーれってぃ」的な呪文を口走っていた

即座に、なにがめんそーれシバくぞ!あ、海ぶどう食いたい!って言いながらもう一発シバかれた

一連のやり取りで愚痴が笑って流れていって、今度沖縄料理店に一緒に行くことになったのでうれしい

夏のオリオンビールから泡盛シフトは至福である

でも次回までにもうちょっと口が回るようにしておかないと大変だ、最近誰ともしゃべらなかったからなー

家にいると家族が俺のことを「勇者」と呼ぶ

先月会社を辞めた25歳(イケメン)なんだけど、仕事を辞めて以来、家族が俺のこと「勇者」って呼んできて辛い。

仕事を辞めた翌日から始まったんだけど、朝起きたら「おはようございます勇者様。朝ごはんの用意ができております。」とか

勇者様、今週号のジャンプでございます。」とか「勇者様、お風呂の準備ができております。」とか、妹と母親特にひどい。

父はさすがにそんなノリに乗らないだろうと思ったら「勇者よ、ビールを買ってきたんだが一杯どうだ?」とか言ってくる。

なんなの?嫌がらせなの?しまいには家事でもしようと思ったら

勇者様!そんなことは私がやります勇者様は次の戦いに備えて体を休めてください」とかぬかしやがる。

もう実家でて一人暮らししようかな・・・

承認欲求っていつから広まったのかなと思ってgoogle trendで調べたら

2014年1月くらいに伸びがあるんだけどなにがあったんだろ。

承認欲求を広めたのは俺だ!って名乗り出て欲しい。

スマップ解散騒動が勃発したのが半年前ってまじ?

誰かタイムリープ使った?

社会問題としての広がる女装裾野

少し前に男の娘という言葉流行ったが、そのムーブメントは去ったように思われている。

http://matome.naver.jp/odai/2134149251375308901 『男の娘ブームです!』

http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/asaloon/1405243950/ 『男の娘ブームとは何だったのか

しかし僕はどちらかといえば定着したのではと考えている。ある一定市民権を得て、男の娘というジャンルムーブメントから離れて、女装、もしくは女装子という一段階上ステートとしてくくられたのではないかと思う。

少し近接してしまいそうなので先に断っておくことがある。

世間ではLGBTについて、ジェンダー課題について議論されているようだ。僕はあまり調べていないが、そのような特集がよくあるようである

心のことであるとか、様々な議論がなされているのだけれども、僕はもっと深いところでの事情があるのではないかと思っている。

ここではそのような課題について気論するつもりはない。

それでは何の話題なのかというと、性別境界曖昧になっているのではないかという疑問が主題である

若い人はセックスをしないというけれども、データでもそれは少しづつ出てきている。

http://matome.naver.jp/odai/2142314033149402301 『草食系絶食系へ退化?若者セックス離れが止まらない!!』

http://saras-media.com/12982 『20代処女高齢処女が増加中?年代別・処女割合が明らかに』

調べ始めたのが最近だろうから昔のデータとの比較はできないだろうけれども、それでも肌感的にも自分は同じように感じている。

ただし、スーパーマジョリティー、スーパーメインな人たちというこれまで(もこれからも)メインカルチャーど真ん中にいる人たちが世の中の大部分を占めていることは間違いない。そしてそういう人たちは上記記事には当てはまりにくいだろう。

しかし、その傍ら、女装中性的、もしくは無性といった輪について、20年前であればスーパーマイノリティだったジャンルスーパーとはつかないマイノリティになってきているのではないだろうか。それこそ20年前であれば、人口比0.0いくつ%という数が、下手をすると予備軍を含めると1%台まで急伸しているのではないか想像している。(あくま想像範疇であることに留意されたい)

かといって、新宿二丁目の規模が100倍になっているかと言われればそれは違う。むしろ横ばいか、下火なのではないだろうか。

【最もゲイで溢れていた1990年代と比べると、目抜き通りは閑散とし、人通りは減っている[要出典]。異性愛者向けの店舗オフィス、そして異性愛女性の客が増え、ゲイタウンとしての特色も薄れてきている。(抜粋出典wikipedia : https://ja.wikipedia.org/wiki/新宿二丁目)】

2丁目はまた別の機会にきちんと調べる必要がありそうだが。

ここから先はほとんど僕の勝手想像上の物語だ。

そこでまた仮定になってしまうが、変身願望と十把一絡げにしてしまうのは間違っているような気がしないでもないが、女装は単純に化粧をして、女物の下着と洋服を履いて着て、オネエ言葉を使い、一時的女性の偽物になりたいのではないかと、考えてみた。また、現代女装において、ゲイ必須の項目でなくなったこともあるのではないだろうか。

自分に置き換えて考えてみる。(自分女装をする、限定バイセクシャルである

女装をすることに対し、一時的な非日常感を味わいたいわけではない、自分がそれでは継続的に留まるべき性であるという責任も持ちたくない。かといって、男性であることを意識したくない。体の良い逃げだとも考えられるが、そうすることで自律することを怖がる自分をなんとか支えているのではないかと思う。

たまたまかもしれないが、女装さんのフォロワーを見ていると、決して異性と上手に、もしくは世間と上手に渡っていけている人間が多いとは思えない。これは僕個人の一所感である

話は変わってしまうが、女装をしたいという人間が増えているような気がする。僕の過疎放送に来てくれる中にも、少なくない数の、女装をやってみたいんですがどこからやればいいかからなくて、という質問が寄せられる。僕は暦だけは長いが、何も教えられるようなことはないと思い、うまく言語化できないのだけれども。

これは、またあくま憶測しかないのだが、学校社会といったものとうまく馴染めない、もしくは馴染んでいるつもりなのだが、心ここに在らずといった、自分三人称視点で見てしま人間が、自分肯定する手段の一つとして、女装という選択をとったりするのではないだろうか。

昔で言えば一人でゲーセンスコアラーとかしていたような、もう少し最近ならヒトカラが好きな層、そんな人たちが、違う選択肢として取るのではないだろうか。

ゲーセンはあまり明るいニュースもなく、カラオケ自体も、以前に比べて減っているように思う。

その代わり、もうニコニコ生放送は古いかもしれないが、ツイキャスやショウルームなど、自分から少ない人間に発信できるメディアは、どんどん増えている。自己承認欲求をかむアウトすることはしないがインターネットならばさらけ出せるという人間が増えているのではないか

ユーストや、YouTubeなどと決定的に違うのは、コンテンツを作っていくのではなく、自身コンテンツとして売っていこうとしている点であろう。

これは、エロライブチャットとあまり違いはない。言い方は悪いが、安く身売りをしているのだ。

そうすることで、数字も伸び自尊心は保たれる。

これまで明言してこなかったが、女装する男性は、多くはヘテロセクシャルだと僕は考えている。女装同士は友達にはなれど、性的交渉相手ではないのではないだろうか。どの程度がバイゲイMTFノンセクシャルなのかはわからないが。今の所調べようがない。

想像するに、童貞というキーワード気づきをもたらせてくれるのではないかと思った。

女装をする人は、もちろん例外はあれど、ほとんどが独り身の男性である童貞ではなくとも、童貞感覚を持った人間童貞観念を捨てられない人間なのではないかと思う。自己愛が強く、他人から愛情を上手に受け止められない人が多いのではないかと思う。もしくは他人から愛情というのはデータ証明されるもの言葉や行動など)が伴わないと感じ取りにくいのではないだろうか。

脱線してしまった。童貞というキーワードを持ってくるには少し理由がある。

比喩として童貞を失うということは、大人への強制的な一歩を踏み出させるものではないかと思う。

また、僕が師事させていただいた教授が『日本という国は、年齢に比例するように年を取らなければならない社会である』というようなことを言っていた。そのように、すべての行動に責任を取っていかなければいけない社会なのである

もちろんこれは成熟した成人であれば、何を当たり前のことを、となるのかもしれないが、成熟した人間がどんどん減ってきているのだと仮定すると、(あえて厳しい言葉で書くと)未成熟人間が取るべき責任から逃れる方法模索してもおかしくないと考える。

責任というと、あまりにも重いものに感じるかもしれないのだけれどもうまいたとえが見つからない。

さて、そこで冒頭の性別あいまいになってきているという話である

この国において、終身雇用制度は終わりを迎えようとし、世界的に見ても賃金の低い国になりつつある。

そんな社会で生まれ持った持つべき男らしさというものから身を離そうとするのは不思議なことではないのではないだろうか。

嫁を取り、社会に貢献する義務を果たしたくないと思っても仕方がない。

かなり突飛な発想であることは意識しているが、あえてここでは上記のように締めくくらせていただく。

そのうえで、そのように責任を負いたくないモノと社会とがもう一度きちんとささあえあっていけるインフラ必要だと考えている。

それは産業であり、インフラであり、思想である

女装者が、女装者として生きていかなくてもよい社会づくりをするのか、女装者として生きても十分な責務を果たせる社会を作るのか、それはわからない。

ただ、こうあえて書いてしまう。

上記はれっきとした社会問題なのだ

四月の墓場スープを買いに行ったら店員のお姉さんに笑われた

http://anond.hatelabo.jp/20160818013029

b:id:sabacurry 次はレビュー掲載されそう


注文後2週間たってから在庫が無いと言われてキャンセルされ商品が届かなかったのにレビューしろメールが来たのでレビューしますが☆1つです

就活留年したけど何も変わらなかった。

夢を目指して始めた就職活動

とは言っても呑気なもので、4月の半ばにスーツを買いに行ったら店員のお姉さんに笑われた。

「えっ、3月説明会とか行かなかったんですか?w」

好きな会社情報しか見ていなかったから、就活3月から始まることなんて知らなかった。

行きたい会社説明会は少し時期が遅かったので別によかった。

それから行きたい会社説明会を回ったりエントリーシートを書いて送ったりした。

結局受けた企業10社もなく、ある1つの会社を除いてエントリーシートは全て落ちた。

エントリーシートの書き方も知らず、バカ正直に自分の書きたいことばかり書いていた。

就職活動の場において「やる気と熱意」というのはあまりにも無力だった。

たった1つだけ最終面接に漕ぎ着けた会社があった。大本命だった。

グダグダ面接だった。

夜行バスの中で眠り興奮して眠れずにシュミレートした、たくさんの喋りたいこと。

何一つ喋ることはできなかった。

そもそも面接官が聞きたいことはそんなことではなかったのだろう。

まりにもトンチンカンなことばかり言うからきっと面接官も困っていたはずだ。

なにより、

通らないエントリーシート不安になり、

夜行バスでの東京往復と

他人より残りすぎた単位を集めるための講義

ゼミのための予習と

時々やってくる卒論演習での中間報告と

資金を稼ぐための土日のフルタイム夜勤バイト

消耗戦フルコースで疲れきった私には驚くほど覇気がなかった。

あれほど行きたかった会社の最終面接を目の前にして。

結果は言うまでもなく「お祈り」だった。

持ち駒がなくなったが、なんとか志望の業界に近い仕事を探しだし、

説明会エントリーシートを提出するためだけに再び東京へ向かった。

藁にもすがる思いだった。

やっぱり落ちた。

この辺りで心が折れた。

7月だった。

テストも近いというというのに身体は動かない。

クーラーもない蒸し暑い部屋で泣いていた。

自分にはやりたいことををやる資格がないことがとても悔しかった。

それでも頑張ってテストのために学校へ行き、

中身のないレポートを書いて、拾える単位だけ拾った。

そうして夏休みを迎えた。

就職活動卒論があるからと週1に減らしてもらったバイト身体を引きずる以外、

本当に一日中寝てすごした。夜は眠れず、不安に泣いた。

時々起きて求人サイトを見るが、やりたい仕事は見つからず、さらに泣いた。

手付かずの卒論に心は焦る。でも焦るだけで、なにもできなかった。

前期の授業料を払った口座の残高を見て肝が冷えた。

12万。これから半年間毎月奨学金が振り込まれるにしても、あまりに心もとない金額だった。

そうして本当に何もしないまま2ヶ月が経とうとしていた。

これからのことを考えなくてはいけない。

内定絶対に無理なことではないのだろう。秋をすぎて内定先を得た先輩たちをよく知っていた。

卒業もできないことはないだろう。うんこみたいな卒論を書くことになるが。

でも自分にはそれに立ち向かっていく勇気はなく、これ以上に心が潰れていくことが怖かった。

なによりも半端な気持ち就職が決まっていくのも、

せっかくやりたいと思うテーマを見つけた卒業論文をてきとうに済ませてしまうのも、

嫌だった。

親の前で泣き、先生の前で泣き、そして留年を決めた。

4年生の残りの半年は残った授業の単位を取ることに集中し、

あとは自分の心を立て直すこと、メンタルをしっかりとコントロールすることに費やした。

そう安心した矢先、家庭やバイト先、人間関係などプライベート面で信じられないほどのトラブルにも見まわれたが、

残った単位をしっかり取り、卒業論文も進め、心も立て直し、新たな気持ち3月を迎えることができた。

そうして、新たな気持ちで始めた就職活動はとても楽しかった。

就職活動の流れようなもの理解して、しっかりその波に乗っかることができた。

去年の反省から違った業界を覗くようにもなった。他にもやってみたい仕事を見つけることができた。

エントリーシート面接の乗り越え方もなんとなく理解し、選考を進んでいくことができた。

面接に落ちることはあっても割り切り上手にもなった。

なんども行き慣れた東京でも時間の使い方なんかも上手くなってきた。

それでもやはり就職活動の大変さに驚く。

完全に学校に縛られることはなくなったはずだが、暇ができたような感じは全くしない。

ピーク時には1ヶ月中半月ほども東京滞在していたし、

やっぱり工夫はしていてもお金はどんどん減っていく。

去年失敗したのはしょうがないことだなと思えた。

はいえなにより、また夢を目指せることが本当に嬉しかった。

やりたい仕事のために頑張れることは本当に嬉しかった。

ところがどっこい、6月の頭にまた持ち駒を失った。

面接ではどこでもそれなりにしゃべれていた。

落ちていくのは「合わないな」と思った会社だったので気にしなかった。

2つの会社でかなり良いところまで進んだが、

片方ではヘマをしていまった。片方はサラッと落ちた。

ヘマをしてしまったのは惜しいことをしたが、

受けていたところはどこも狭き門だったのでそれこそ「ご縁」がなかったのだろう。

持ち駒を失った時、自分が体力的に疲れ始めているのを感じたし、

資金の消耗も激しく、交通費などでクレジットカードの支払いがかさんでいた。

少し休んでまた始めればいいや、そう思って就職活動を2ヶ月ほど一度休むことにした。

そして2ヶ月経って就職活動を再開し、

少し興味のある会社に応募するものの、

説明会にいっても心は沸き立たず、

面接にいってもどこか身が入らない。

そのうちに求人を見ていても興味が湧かなくなった。

このままでは拉致があかないと思い、いわゆる求人紹介会社を利用してみる。

まり話も聞いてもらえないままにとにかくIT企業を紹介される。

正直なところそうとう気持ち萎え気味だったが、

いつまでも駄々コネてられない、何も見ずに判断するのも良くないだろう、

そう思ってとりあえず紹介された会社選考スケジュールを埋めてみる。

やはりちっとも興味を持てなかった。

イヤイヤ選考に足を運ぶ日々が続いた。

そしてある日、面接官の女の人に怒られた。若い人だった。

それは圧迫面接相手と試そうとするようなものではなく、

ただただ怒っていた。そして、至極もっともなアドバイスをくれた。

「しっかり目的意識をもって行動できるはずの人なのに、全然うちに入りたいという意識が感じられなかった。

 本当に入りたいの?違うんじゃない」

「本当はやりたいことがあります。」

「いやいや気持ちを取り繕ってもすぐやめちゃうよ」

「そう思います

 多分自分は取り繕いきれません。」

「ちゃんとやりたいと思える仕事探した方がいいよ」

はい……」

結局自分にとってはどれも紛い物でしかなかった。

この1年で何も成長しなかった。

この期に及んで自分のやりたいことしかやりたいと言えない、わがまま不器用クズだ。

どこかでちゃんと覚悟を決めなきゃと思いながら、ずっと心はイヤイヤ言っている。

社会人になるという覚悟が足りない。知っている。

でも、どうしても自分の心にふたをすることができないのだ。

時々取り繕う言葉に混ざる本心に涙が出る。

半端な気持ち面接に言っても「ははっ、やりたいっすね~w」みたいな舐めた態度に見える。

じゃあこんなクズは素直に卒業してアルバイトいからでも行きたい業界に潜り込むか。

でも、今から全てを投げ打ってでもそういう努力ができない自分は結局クズなんだよな。

時々ある行きたい業界二次募集や小さい零細会社求人に手を出す勇気がない。

つのまにか「やりたいです!」と言う気力さえ失ってしまった。

あれも嫌、これも嫌。

結局自分はなにをやりたいんだろう。

結局就活から逃げたいだけ。

ああ、そうなんだろうな。

おそらく面接官のお姉さんの言葉警鐘だったのだろう。

毎年多くの人が入社し、それと同じくらい多くの人たちが辞めていく、そんな会社だった。

そんな中で自分のような同期や後輩たちがくたびれて辞めていくのを目にしていたのだろう。

やりたいと思える仕事を見つけたい。

なるべくそ努力をしようと思う。

でも、少し疲れてすぎてしまったし、

なんだか見つけられる気がしないんだ。

死体ものいわない

行きてる人間よりよっぽど恩情

IBMワトソンだかなんだか、まずてめえの会社を直せ!

何かコグニティブだか、呆れるわ。

バグ沢山の顧客WEBサイトワトソンに見させたら??

漢字の読みの頭文字が全て同じ三字熟語

可換環(かかんかん

死傷者(ししょうしゃ)

徹底的(てっていてき)

他ある?

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