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はてなキーワード: 対処とは

2012-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20120216111638

結論としては、フィードバックできるものはあまりなかった。

基本的には、君が問題にぶつかるまでとにかくやってみるという考え方をしているのはわかった(そしてそれはたぶん間違ってない)。

そして、ぶつかった後の対処として、何かしらの仮説をもって動くタイプではなく、その場で体感できるフィードバックをもって試行錯誤をする人なのだという印象を受けた。

勝手な決め付けかもしれないけど、トレーニングの全体感がある人は、それぞれのトレーニング意味と、なぜそうでなければならないかという自分なりの理屈を持っているように思う。

もちろん経験からくる知識もあるし、いろいろ掘り下げて訊けば何かしらのノウハウも出てくるとは思うけど、全体感を問うような質問では特に面白い話が聞けそうにないなということは感じたな。それがフィードバックといえばフィードバック

2012-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20120213161342

まあ、人気を競ってもしょうがないでしょう。

他の要素も必要です。

ま、曖昧です。人気がいい場合もあります

これから先は本気の勝負だ。みんなマジでいくぞ。これが成功したら我々は今まで折り合いをつけることの出来なかった機会達との対話とコミュニケーション、そして、












本当の自由とやすらかさと便利とこの豊かな時代の空気を享受三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店





赤いもやもやする線がついているな。警告文だ。ここから先は我々も対処を始める三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店さく











また赤いもやもやした線がついているな。別ま警告だ。まだやった方が良いと。機会も心へのあご彼があるからな。











アイ・アム・レジェンド                                                              この町から抜け出すには魔法使いを雇うしかない。それが彼だ。














受け容れる器が出来るためには時間かかるかも三点三点三店三転参天…遠い遠い空の星アンドロメダ盛運の天の光り…かもしれない三点三点三店三転参天…三点三点さん

Mozilla Thunderbird (サンダーバード) で「受信トレイ満杯」と?空っぽなんだが

「受信トレイ フォルダが満杯のため、これ以上メッセージを保存できません。メッセージを保存する領域を空けるには、古くて不要メッセージを削除するか、フォルダ最適化してください。」



ん?受信トレイは空なんだけど



とりあえず素直に受信トレイフォルダを「最適化」したら、受信が始まって、エラーは出なくなった。

社員の人から問い合わせを受けてから5分もかから対処できたので、まあよしとしよう。

Thunderibirdは、無料のうえに出来がいいソフトだ。どんなソフトにも100%は期待してないもん。

しかし、同じ症状でも面倒な操作をしなければならないケースもあるみたいだね。

http://forums.mozillazine.jp/viewtopic.php?p=44335

2012-02-11

ひとつ書いておきます。我々が責任をとると判断力が確実に落ちます

問題のある関係者に関しては地獄に行ってもらい、二度と更生の機会を与えず、落ち続けてもらうことにしています

これを書いても彼は罪悪感を感じていません。そう。

…どうやら、上の役職の方は快くは思っていないようです。しかし、「目をつぶる」というスタンス対処するつもりのようです。

以上です。

2012-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20120210154715

自分はそんな馬鹿じゃないか大丈夫」と思っちゃうでしょ?そういうの、たぶん過信だから

好意を表に出しながらだまくらかしに来る相手に対処するには、それなり以上の経験が必要。

「女から好意を向けられる」ってのは冷静な判断を狂わせる毒だよ。こんなん歳いってても女で身を持ち崩す人もいるんだから

http://anond.hatelabo.jp/20120209223843

根本では「あの会社は景気良くて社員もいい思いしてるらしい。気に食わん」が原動力だったとしか思えない。

いや、なんというか。それってごくアタリマエのことで。そういう事が起きるから各社広報戦略とかして

たとえば、チャリティーしたり、社会貢献したりして、かわそうとするんだが?

あぁつまり、マスともなるとそういうことも起き得るので、もうそれはそういうものとして対処していくというのが一般的で、だから広報戦略とかがあるわけな。

から、気に食わんが原動力なんてヒドイって言ったって、それは起こるわけで、何の意味もないのよね。

から、そういう会社に行くなら、対処しないと叩かれるということは理解した上で行かないとダメなのよね。

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120208213320

戦争はなぜ起きるか?みたいな話の中の過剰防衛による緊張の例みたいなコメントだな。

 

たとえば、普通の人が二人板とする。片方がバットで武装したら相手はどう思うだろうか? もしかしたら・・・

相手もバットで武装する。 それをみて・・・バットヘルメットで武装し・・・それをみて・・・

 

長い目で見た経験上の、暴力への対処法は 逃げろ 助けを呼べ 相談する人をもて。 そんだけ。

どんな相手でも、ストレスが貯まれば、男でも女でも、一時的に暴力的に鳴ることはある。絶対はない。

その上で、一般論で言えば、暴力を振るうか振るわないかはほんとうに人に依存する。相手をよく知るしか無い。

そうは言っても類は友を呼ぶ。 特定の友人クラスターだと、同じような人が揃うからな。

身の回り暴力的な人ばかりだというのなら、交友関係を刷新して、新しい出会いを探したほうがいい。

 

本当に相手による。そして、その時の状況による。

2012-02-07

産業構造が昔と大きく違っている中で、「道徳を涵養していけば、道徳に忠実にやってくれる人が多くなる」

と思うのは見当違いです。とくに若者はそんなことは考えていませんから処方箋をいくら出しても、

強制でもする以外、そうはならないでしょう。強制すれば、また違う害が出てくることは明らかですから、強制もできません。



「こういうのがいいんだ」とわかっていても、そうはできないし、そのとおりにはならないのが現在の大きな問題なのです。

やる人がいないし、耳を貸す人もいません。もしいてもそれは少数だけで、根本的な解決にはならないでしょう。



長く人生を生き、戦前・戦中・戦後一定視点人間というものを見ていると、どうも人間というのは、なかなか向上しない、

立派になりにくい宿命を背負った存在ではないかと思うことがあります戦争のような大きな悪の中では、

個人個人は倫理的で善良になり、平和の中では個人個人が凶悪になっていくという矛盾があります



かえって人間としては時代を経るにつれて低下していくような気がしないでもありません。戦争から比べると、

現在はご飯を満足に食べられ、家柄や男女にかかわらず行きたい大学に行け、やりたい仕事に就ける夢のような時代になったはずです。



しかし、欲望がすべて満たされたら満たされたで、人間はまた悩み始めているのかもしれません。



あれほど未来性を持ったマルクスのような人でさえ、人類がこのような時代に直面するとは予期していませんでした。

世界の現状や個々人の考え方や生き方がこうまで問題の多いものになるとは思っていなかったと思います



いまの状態は、社会主義国だと言っている国も、資本主義国だと言っている国も

そう変わりばえのあるようなことをしているわけではありません。ひと昔前に声高に論争しあった思想や政治システムといったものよりも、

人間性や人間本質のようなものが生み出すものや、人間性そのものが問われる時代になっているのではないでしょうか。



そういうことを考えていくと、現代は人類がかつて体験したことのないまったく新しい状態まできているということになります

しかすると、これから先、歴史の繰り返し以上に人類はだめになる危険性もあります



残念ながら誰の考えをたどっていっても、こうまでは考えていなかったろうと思います。これから先のことは、

自分たちで新しく考えていくより仕方ありません。



よさそうでかつ害のなさそうなことをやる、小規模でもやっていくということ以外にこの新しい時代対処する方法はないように思います



これは、科学的に社会のことを考えてきた人も想像していなかったろうと思います。そこが現在の一番の問題かもしれません。



一つはっきり言えるのは、いいことをいいと言ったところで無駄だということです。それは歴史が何回も証明してきました。

いかいかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、問題の本質が見えてきません。考え方の微細な筋道をたどっていかないと、

解決の糸口を見失ってしまうでしょう。



何はともあれ、いまは考えなければならない時代です。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったということは

確かなのです。人間というのは善も悪もやり尽くさない限り新しい価値観を生むことができないのかもしれません。いま、

行き着くところまできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要があるのではないかと思うのです。

吉本隆明「真贋」より

2012-02-06

東京都自殺相談ダイヤルというもの

昨日の夜1時頃、東京都自殺相談ダイヤルという番号に電話をかけた。

内容は自殺未遂を繰り返す同居人を強制的に保護してもらう方法を教えてほしい、というもの

東京都福祉保健局の窓口だし、きっと俺の救いになってくれるだろうと期待をして電話をかけた。

 

ところがなんとなく予想はしていたが、この番号は「”自殺の悩み”を抱える方のための相談電話」なので

身近な人間自殺未遂を繰り返しているという悩みには何の対処法ももっていなかった。

その為「次また自殺しそうになったら警察電話してください」で終了。

 

警察なんてなんの役に立たないのに。

俺が自殺に挑む同居人を全力で静止させて落ち着かせてからのこのこやってきて

「落ち着いてるようなのでしばらく様子を見てください」と言って

俺たちを見捨てて帰る事しかできないのに。

 

もう疲れたよ。

2012-01-30

イベントについて

忘れないうちに幹事についてまとめる。

あとでトゥギャッターにでもしよう

ちょうど0128hwoffが終わったタイミングだし。

本当に来ていただいた皆様には感謝

で今回は一応無事になんとか終わった印象。

少し私が顔とIDと経歴とを間違えてて不愉快にさせてしまった可能性は否めない案件はあって

それについては今後の課題。顔とIDを一致させる。

hwoffについて、57人参加で運営上の大きなトラブルがないのは奇跡に近くて

それに甘えてる幹事な私。

普通このくらいの規模ならば、連絡なしのドタキャンが発生することは否めないし

可能性としては織り込まなければならない。

その場合キャンセル料はどする?全額請求するのか、参加者につけ回すのか。

今回はドタキャン発生が皆無なのは本当にすばらしい、金銭的な収支も計算どおり。

実際はこれに対処する術をもっていない

現状1人でやってるってのは良くなくて、不測の事態が起きた時に対処が遅くなる。

本来ならばすでに1人でまわすことが無理あって

hwoffの参加者が行儀がいいだけの話。

なんで一人幹事ばかりなのかっていうと、話しあうとか意思疎通のコストが高いと思い込んでるから

対人関係をうまく構築できないといってもいい。

運良けりゃ回るけど、最悪なことが起きた場合 例えば私が当日42度の熱出てほんとに動けないとか

そんな時を想定すると1人で回すのは愚の骨頂。

マネジメントみたいな話になると思うんだけど、もう少し

自分でやったほうが早いとかいってないで、自分の分身をつくらなきゃまずいよね 的な。

これは高専部活時代にも先輩から諭された話。

中身だと0.5hが集合時間、開始から3時間で本会が終了。

結局1hくらいはLTやってた、このあたりのバランスは確認したい。

全部に興味ある人はいないだろうし、それを考えるとLTを挟むことの是非とか。

もともとの趣旨は顔見せて集まることの少ないエンジニア交流促進なわけで

そーすると無くてもいい事項か。

会費については5000円が妥当か。しゃぶ庵で3.5h専有して とか考えると

高いとは考えないが財布の状況を考えると軽食程度にして4kとかに抑えることも視野に。

今お越し頂いてる層が上は50くらい 下が19くらいなことを考えると微妙

大半は社会人なのを考えると5kにして、未成年B2M2まではキャッシュバックみたいな事を考えるか。

コストどーすっかね。

例えば立食で軽食で4h専有できて60人でみたいなスペースはあるんじゃないか

むしろ昼からみたいな、一つの解ではある。

しゃぶ庵のご飯は僕は好きだし美味しいと思うけど、それをメインにしてる人もいないのは事実

そーなると軽食のがいいのかしら。

これからの規模について

もし1人体制を改めるならより大きくする方向はありか無しか

それとも縮小させるか。

すでにある程度顔見知りになってしまってる人が多いので

このまま回数重ねて同じ人ばっかりになるとコミュニケーションの方向性が内向きになることはやむを得ない。

すでに常連みたいな人は30人を超えてる。

そーなると新しい人が入りやすい、コミュニケーション取りやすく促進をはかるならば規模は増大させるほうが望ましkうはある。

いまの規模の制約条件は、私個人が幹事である、私の知り合いに基本声かかる 宣伝の問題なんか。

規模大きくすると、特徴性が薄くなるのは仕方ない。

もし来場者の満足度を最大限高める方法って。。?つうか顔見知りばかりなら僕が主催しなくてもいいよね。

もし規模を拡大するならば、親和性の高そうなところに声をかけるのはありではある。

例えばtggdとかUNIXAndroidのとことかmbedのところとか

規模拡大させればいいこともあるし当然トラブルが増える可能性は非常に増大するよ。

定期的に開催することの意義はホントにあって

次いつやるかわからないよりは、来年もあるよね ってのが集客しやすいよね。来やすいだろうし。

スケジュール的には12/20前後にやること決定して

会場にお願いの連絡いれて12/21にATND立ててしばらくはtwitter広告みたいな感じか。

なので

もし来年も動くならば、それも一人でやらないなら少なくとも12/15くらいには動き始めようね 的な。

ということで乱文ですがざっと今回の0128hwoffの思うところでした。

2012-01-28

なぜ人事の人間会社にいるときにろくな仕事をしないで会社をやめた後暴露本を出すのか

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120127-00000006-rnijugo-ent

いや、これ悩むわー。これ答えた人も相当苦心したんだと思う。

この“社会人向けの教育研修事業を展開するインソース企画開発部部長”ってのが仕事できない奴に思えて仕方がない.

この人の気持はよくわかる。仕事をしている人なら、

この部長こそが自分責任を理解しておらず、個人の問題と組織の問題を切り分けられない無能だと思うだろう。

からといって、人事や教育はアホだ、何もわかってないとか言うのはちょっとまって欲しい。

わかってはいるんだよ。切り分けができてないわけじゃなく、切り分けた対処をすることができないんだ。

私が同じ立場でも、こういう質問のされ方をしたらこう応えると思う。

その割り切りができている上の人は「人事のローカルルール」ではさぞや優秀なんだろうと思う。

言い訳しかないけれど、

人事部の人間って問題はいろいろ把握してるんだけれど、こういう阿呆なことしか言えないように強いられているんだ!

から、時々人事部をやめた後に暴露本を書いたり、理想の人事論みたいなことを語りたがる人が出てくるのよ

私は見ての通り文才も叩かれまくる度胸もないからやらないけど、憧れるよアレは。 そのくらい人事ってクソです。




実際、まともな人事なら、ここで揚げられている問題の解決って、個人をいくら指導をしても改善しないことくらいは知ってる。

実際に改善しようとして必ず失敗する、という経験をしているからだ。

でも上司から問題を報告しろって言われると、やっぱりこういわざるをえないのが現状。

よって報連相をしっかりやればやるほど、ずっと同じところでグルグル回って問題が悪化するんだよね・・・

人事ってのは一応みんなに指摘するだけあって報連相には最も厳格だ。

しか報連相ってのは、問題がわかりやすかったり上司が優秀である限りは成立するけれど、

こういう問題に関しては報連相って結構微妙だったりするわけですね。



コミュニケーション能力不足タイプ

報連相って昔から言われてるけれど、

標準化しようとすると余計に悪化するし、

かといって必要以上に干渉することは許されてない。

おたくの部署はあまりうまく言ってないみたいですけど雰囲気悪いんじゃないですか?とか言えない。



事業内容を把握するのがヘタなタイプ

これなんかは個人の問題というよりは完全にミドルマネジメントの問題なんだけれど、

まぁうちの会社だと、事業部目標とかって

大体ぶちょうとか課長がそれより上の人の期待を勝手に読み取って

現実乖離した目標を設定し、その資料を下の人間に作らせる」みたいな方式になってる。

そのせいか、上の人間が言ってる目標自分が全く結びついてないみたいなんだよね。

簡潔な資料でいいから確実なトップダウンが行われるべきとか思うけれど

これまた人事ってみんなが思ってるほどは強くないんよ。

事業部長クラスになると、こちらが下手に手出しするとすぐ乗り込んでくるし。

部署単位だと人事部の方が強く見えても、個人対決だと勝負になりません。



成長の“伸びしろ”がない

手始めに、好きな先輩やデキる上司の行動をマネてみては?

このあたりは、特に入社1・2年目は本人の責任ではないと思ってます

そうでなくとも、リーマン・ショック後は、出張等引き締めのほか、

コスト削減やらなんやらで、席をたつときは記録して無駄がないようにとか言い出しちゃって、

自由に他の部署と交流とかできない雰囲気にしちゃってるから

営業関係の部署の人くらいしか自由に動き回れなくなっちゃってる。

就業時間後に勉強会とかやればいいじゃんって言うのは気軽なんだけれど、

まぁ会社自身の成長の伸びしろがない状態、むしろガリガリ削ってる状態で

右も左もわから新人にそれを期待するのはちょっと酷かなと思ってはいます




正直ね、私なんかは最近組織側に問題ありすぎて、新人も元気なくなっちゃうというのは認めないといけないと思ってる。

でも、上の人達っていつまでたっても自分が若い時の感覚で考えるから

彼らの「俺達の若い頃はこうだった」という感覚にあわせて、そこからずれてる点を問題として報告しないと

お前はこんなこともわからんのか、っていって俺の評価が下がるんだよね。

私もついつい自分の身が可愛いから、事業部のエライ人とあらそったり、人事部の上の人に現実を理解してもらおうとか努力できない。

そんなふがいない状況で、事業部の若い人達に頑張れ頑張れとか言う気にはとてもならない。

実際、人事部の人間現場新人を批判する権利など全くないと思ってる。

むしろとても申し訳ない気持ちが強い。




ここでだけ本音を言う。

上の人はごちゃごちゃ言うだろうけれど、新人の人たちよ、君たちは決して昔と比べて劣ってはいない。

昔みたいに組織が人を活かせる状態じゃないんだ。だから、自信を失わないでほしい。君たちが悪いんじゃない。

からといって、君たちも、組織に潰されて終わりたくはないだろうから、なんとか努力して欲しい。

正直、人事部が率先して新人を助けることが困難だ。

なにか良い取り組みがあって、それが成果を出したら横展開させる、くらいの待ちの姿勢だ。

虫のいい話しだけれども、頑張って、成果出してください。ある程度うまく言ったらこちらも全力で応援します。

ほんとうに情けない人事ですまんね。

2012-01-27

特許庁の55億かけて頓挫したプロジェクトの報告書が面白い

http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース

http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書

まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!

1部~2部で内容が重複してるからストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。

これについてのブコメTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。

情報共有

入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。

共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラー方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。

極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。


入札システム

入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。

上流偏重

報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクト既存システムを0から作り直すのだから既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。

既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るけがないという問題があると思うんだ。

時間かけすぎ

6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。

どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システム仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。

6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。

問題が浮き彫りになったきっかけが汚職ってどうなの

これだけプロジェクト炎上していたのに、汚職きっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・

これは国のプロジェクトから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。

人数増やせば解決できるというやり方

もうね、

SOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

SOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

破滅の足音しか聞こえない・・・

人数を増やすと教育コストが増える

あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。

下請け構造

大量の下請け同士の連携情報共有がされていなかった。経験ノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウ管理もっと意識されるべきだよ。

そもそも、開発の遅れは人を増やす事で対処できるものなのだろうか?

人数増やしてプロジェクト炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。

開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。

例えば、優れた売れっ子マンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。

開発も同じなんだよ、本質的にはね。

でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマ仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだ定義している会社もある。技術お金にならない低俗ものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。

売れっ子マンガ家のような設計(マンガで言えばネーム原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。

でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。

それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者モチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上しかならないってこと。お金けが莫大にかかっていくということ。

55億かけてもやめたのは英断だった

これは間違いない。

このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生デスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。

このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。

追記

時間ができたら後で読む

特許庁業務・システム最適化計画」(改訂版)について

http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm

実際の業務の内容がある

http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ

1/28 NTTNTTD に修正。

2012-01-25

細胞記憶

http://anond.hatelabo.jp/20120125044542

人は生まれてすぐは興奮という感覚のみがあり、乳児期に快と不快分化します。

2歳ぐらいの乳児期には快から愛情と喜び、不快からは怒りと恐れに分化し、さらに5歳頃の幼児期に怒りから羨望・嫉妬失望が、恐れから心配羞恥分化すると言われています

主さんが何歳頃にその体験をしたかによって、細胞記憶としてその体験による体の生理的な反応に付随する感情希薄ものでも不思議だとは思いません。


体験した記憶をその時に対処できない場合、人は体験ごとその記憶細胞筋肉に閉じ込めてしまます

快・不快という強烈な感覚が伴っていれば尚更だと思います

人が対処できる時期になると、その記憶タイムカプセルのように開かれていきます

現在、思い出したことで怒りなどのやり場のない感情を感じるのでしたら、カウンセラーなり心理セラピストなりに話を聞いてもらって、気持ちを理解し共有してもらうことで、今後の感情の行き詰まりは最小限に防げるかと思います

その体験から、今どのような怒りと不快感覚を感じるか、とても理解できます

2012-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20120121115303

楽天の商品ページを日本語処理する際の概要について。

これは、「事務職リーマンwebサービス作ってみた話」のトラックバックに対するトラックバックです。


サイズデータ抽出の正確性について

もちろん、この手のアルゴリズム処理に「完璧」は存在しません。

ですが、拾った結果の品質を数百個ばかり、サンプリングで調査した範囲では、商品サイズを拾える商品のうち、9割を大きく超える率で、正しいサイズを拾えていますので、

「たまにはミスってますが、おおよそ役に立つ」

レベル認識率は十分に達成していると思ってます

もちろん、検索できる商品数が尋常じゃないので、サイズ抽出ミスっていそうな商品を狙い撃ちで探すと、結構見つかったりはしますが。


ちなみに、上記の「商品サイズを拾える商品」という表現には、レトリックがありまして、結構楽天ではサイズ画像のみで記載されている商品もありまして、そういうものは、当然、検索できない商品となっています

まあ、これは仕方が無いところです。




商品サイズ抽出について

サイズは、正しくサイズを拾えるよう、複数の書き方パターンサイズ候補を抽出しています

おおまかには、

  ・幅XX × 奥行YY × 高さZZ(センチ)

  ・幅×奥行×高さ(単位センチ・・・・・・XX × YY × ZZ

 の2パターンで、このパターンを軸に、さまざまな派生対処しています

 この派生(というかノイズ要因)が滅茶苦茶いろいろなパターンであって、相当手を焼きました。



拾ったサイズ候補に対応するサイズ単位センチミリ)の抽出

 実はこれも、簡単そうに見えて、結構、面倒なところでした。

  ・サイズ記載部分から遠く離れた部分に(単位ミリ)とか書いてある場合がある

  ・センチミリを混在してサイズ記載している場合がある

 など、さまざまなパターンがあり、結局、サイズ記載箇所の前後を見て、距離などから重み付けを調整して、サイズ単位を拾っています

 また、そもそもサイズ単位が記載されていない(意外とよくある)場合は、サイズ値の大きさを見て推定したり、(例えば、家具カテゴリサイズ表記に小数点があれば、それはきっと、ミリではなくセンチだろう、など。)全く見当が付かん、というときには、決めで処理したり、仕方なくあきらめたり・・・といった処理をしています



正しい商品外寸の指定

 サイズを拾うだけでは、梱包サイズとか、引き出し内寸とか、ノイズが多いので、これらは、重み付けを行い、一番重み付けが高いものを外寸サイズとして拾っています

 この辺の重み付けは、ある程度、作りこんでいますが、もちろん、完全ではないので、今後のブラッシュアップが必要な部分です。



型番など等で、そもそも違う数字を拾ってしまうこと対策

 こちらは、型番等で誤反応を起こしやすい、W/D/Hでの記載サイズのレーティングを少し下げて対処しているのですが、初めのほうにトラックバックを頂いた方もご指摘されているとおり、それでもある程度引っかかっちゃいます

 タイトル中の型番を検索外すとかの手も無くはないのですが、型番って意外と本文中にも多くて、例えばテレビ台とかで、本文中にテレビ型番をズラズラ列挙されて、それが反応した時もあります

 一応、異常値についてはレーティングを下げたり、サイズ数値取れずで処理はしています・・・みたいなところではありますが、検討すべき改善箇所です。



意外と多い、店舗側のサイズ記述間違い対策

 ex)「幅800×奥行400×高さ100センチ」の棚・・・など。

 こちらは、最終的なサイズ数字を見て、「サイズ単位の書き間違い・拾い誤り推定」の判定を入れておりまして、判定に抵触したサイズについては、正しいと思われる単位に変更・救済しております

 もちろん、フォローにも限界があったり、フォローを行って二重遭難する場合もあるんですが、検証してみたところ、ほんのわずかな二重遭難よりも、誤り救済を行ったほうがはるかに結果がよかったので、処理を入れてます



楽天自体がサイズ検索対応することリスクについて

このリスクは、着手する前によく検討しました。

ただ、結論から言うと、サイズ情報に対する、楽天市場側の動きはほとんど無いと読んでおります

なぜなら、圧倒的にニーズが高く、ハードルも低いと思われる、送料込み価格検索すら、彼らは実現できてないからです。

恐らく、楽天側では、出店側に登録させる情報を、いじりたくないと思っているのではないでしょうか。

しかも、サイズ情報は、楽天が扱っているほとんどのジャンルの商品にとっては、それほど重要性の高くない情報です。

ごく一部のジャンル向け以外は重要性の高くない追加の登録情報なんて、楽天はあまり実装したくはないのではないでしょうか。


・・・と、そういう読みをしてますし、さらに、読みが外れて楽天対応を行ったとしても、別に私は片手間でやっているだけなので、それほどペナルティが大きい訳ではありません。

ということで、「許容できるリスク」と判断しています



以上、カグサイズのページ処理の内容部分の説明でした。

それではー。


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幅x奥行x高さ(家具サイズ)で商品を検索できる、楽天市場家具カテゴリ専門の検索エンジン

カグサイズ検索

http://kagusize.com

2012-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20120121113619

女とのトラブルについての経験がなく、自分でも対処する能力がないとわかっているからこそ、だ。

2012-01-19

食べログの「ステマ」批判そらす目的で「ステログ」開発?




ステログ」って、今回問題になったPR会社による火消しステマなんじゃないだろうか。

というのは、ステログは、「レビュー数が少なくて、高得点をつけてる人」をあぶり出してるんだけど、食べログもさすがにそんな作戦にはとっくに対処していて、そういう場合は点数が上がらないように、もともと作られてるんだよね。つまりステログ」であぶりだせるのは、素人による「自作自演」だけなんだ。プロモーション会社が有料で引き受けて、巧妙に点数を上げてるような事例、つまりレビューを数多く投稿していて点数に大きな影響を持つユーザを事前にじっくり作っておいて、そのユーザに高得点をつけさせるような作戦は、華麗にスルーされてしまうんだ。

もちろん、そこまで悪意なくておもしろ半分にやってるだけかもしれないけど、一番注意した方がいいのは「ガチヤラセ??」って赤文字だけ見て喜んでる人ね。それ、ステマに騙されてる可能性は高いと思います

そもそも。

食べログ」って、レビューを書き込んだユーザーの「レビュー書き込み数」とかを単純に返すAPIとかないので、「ステログ」の会社は、自社製のクローラデータ収集してるんだろう。ま、それは別に悪いことじゃないんだけど、そんなクローラまで作ってる会社が、食べログの採点の仕組みの基本を知らないってのは腑に落ちない。

2012-01-17

[]混乱中

2chTwitterを見てると、あのブログソニーの回し者であるかのような流れになってるんだけど、何だか違和感を覚えるんだよな。

なので、とりあえず最近のあのブログPSVITAタグの中からネガティブっぽい記事をピックアップしてみた。

元ネタ

※ちなみに先頭の数字TwitterのRT数。

1月だけでこれだけあるわけだが。

PS3の初期もこのブログはこんな感じだったし、ほんとにこいつソニーからカネ貰ってんのか?その辺はどういう解釈でみんな納得してんの?

追記

12月も…と思ったけど多すぎて後半だけで力尽きた。

2012-01-14

若者意識離職率に急激な変化は見られない。企業側の採用行動の変化により、希望通りのコースを歩めないというのが事実である。働く意志がある人間がなぜ働けないのかという観点から企業の側の原因が指摘されてきた。これを、働く意思の存在しない、特異な傾向を持つ集団にフォーカスすることによって若者が甘えているからいけないのだ、と「問題のすり替え」が行われているのがニート問題(あくまで2005年段階の話です)。実際は、たとえニートを働かざるをえない状況に追い込んでも働くことはできない人が多数いることが問題。

しかニートの中でも「刹那を生きる型、つながりを失う型、立ちすくむ型、自信を失う型」の4類型が確認されているが、このうち「刹那を生きる型」のみに焦点が当たっている。ニートについてすら正確に理解されていない。ニートですら甘えが本質問題ではない。

高度に専門化した現在職業状況では、最も多いと言われる文系フリーターちょっと訓練さr他程度では使いものにならない。それゆえ彼らはノースキルでもなんとかなるアルバイト派遣社員を選択せざるを得ず、また企業側もそうした使い捨て人材を欲するという構造悪循環しかもこれを放置していると潰しの聞かない人材を多く抱えたフリーター世代が後世で日本社会の大きな負債となる。

そもそも若年層の就業問題とは、既得権益を有した、特に男性の年長世代が、相対的な弱者としての若者たか構造だったのだ。若者はそうして保護された親の既得権益たかりかえしているのであり、あくまで「たかあい」の関係。この認識ができていないと議論が進まない。

自己責任原則は、一方で国や企業に頼るなといいながら、あらゆる長期計画(安定性)を放棄せよというダブルバインドメッセージを発している。若者たちはこの分裂したメッセージ対処するために、やりたいことを目指しながら、現在の状況をそのまま受け入れるという宿命論を招き入れざるを得ない。結果、不断の躁鬱状態に置かれることになる。

2012-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20120112221236

こういうケースでは具体的な要求を言ってはダメなんだよな。どうせもめごと起こすなら、徹底的に相手の嫌がることしてやりたい。(セリアの人ごめん。一般論と思って聞いてね。)


1. 相手の弱みを探り、嫌がりそうなネタを探す。できれば複数。


2. 見つけた弱みをいきなりつきつける。「○○をしてほしいんですが」という切り出し方は最悪。こちらの要求を先に言ってしまうと、相手の弱みではなくこちらの要求が話題の中心になってしまい、見事にはぐらかされる。できない理由なんていくらでも作れるからな。


3. 弱み探しがうまくいっていれば、相手はひるむ。ここで交渉開始。「で、どうするんです?」と問いかけること。そしてこちらののぞみ対応がでるまで、「はあ?おかしいでしょ。これだけのことしておいて、そんな対処で済むと思ってるの?」



ポイントは、


高望みしないこと。不当な金品要求しようもんなら、こっちが犯罪者になってしまう。合法ラインを見極めよう。


社会人は「言わされる」ことを激しく嫌がる。自分の発言には責任が伴うから。痛いところをズバリつくときも「ここがダメ!」って言っちゃうより、「こういう事実はあるけど改善する気はあるかないかはいYES/NOで答えて!」「で、具体的にどうするの?」って質問攻めにした方が相手はどんどんボロを出す。


上手くいくといいね

2012-01-07

日本メディア間の隔絶について 続き

元記事

http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html

9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そら社会理想希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果であるといえる。

その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピー日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。

ネット上の無料コピーによる、著作権侵害違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民意識に応じて法を変えれば良い。

そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。

(終わり)

日本メディア間の隔絶について

日本メディア間の隔絶について 日本のおけるネットオールメディアの最適な関係の構築方法模索

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44

2012-01-02

日本大企業に生きる

研修を終えて、いまの営業部に配属されて3ヶ月が過ぎた。

営業現場ビジネスモデル研修現場で学んだものとは全く関係がなく、

営業現場ルール採用現場が唱えているグローバルとかダイバーシティとかにも全く関係がない。

ある意味、旧体質の職場なのだろうが、慣れてはきた。

3ヶ月働いたなりに、日本企業的なルールを感じてきた。。

他の会社にも当てはまると信じているが、修正点があれば指摘して欲しい。

社長株主に対する責任があり、会社を守るために、数々の「言い訳」を作る。

   (それが本当であっても、嘘であってもよい。)

事業部長社長の方針に近い形で事業部方針を作り、数字目標をたてる。

   (たいてい方針も数字も前年を踏まえた形で作られる。社内の部長報告や社外の重役との会食が仕事。)

部長:営業部毎に数字が与えられており、その数字責任者となる。

   (上とは調整、下には強制である。ただし、下のトラブルには部長対処する。)

課長係長:上の立てた方針は営業現場適用できないので、目先の計画をたてる。

   (上から宿題」を与えられたら、それに答える。雑用は末端にどんどんやらせる。)

係長・末端:タスクがどんどん降ってくるので、残業してでも終わらせる。

   (課長係長は指示をするのを嫌がるので、末端は課長係長の指示を予め予測する。)

まり現場現場で動いており、会社全体と現場は別物、という印象である

入社前は上述した日本企業ルールに従う全てを「社畜」と言っていたが、

こうしたルールから逸脱した途端、会社からパージされる。ルールに従わなければ会社にいる意味がない。

知り合いは、「海外に行きたい」と言ってドメスティックな部署に配属されたり、

東京が良いです」と言って地方に配属されたり

上司無能力」と言って閑散とした新設部署に配属されたりしている。

奴隷になりえない「わがままなやつ」は扱いにくいかパージする。

自分が人事とか経営者だったらそうしているかもしれない。

ただし、こうしたルールのもとで前例踏襲が横行し、社内変化がなく、景気変動一喜一憂しているように見える。

現場現場で動いており、会社内が縦割り、サイロ化しているようにも見える。

ここで、クエスチョン

採用現場でいう「グローバル」や「クリエイティビティ」など含む「異色の人材」はどこで活かされるか。

学歴採用リクルータ採用や推薦採用では「一色の人材」になってしまうため、オープン採用に変化したはずだ。

ところが、現場では「一色の人材」が求められているような気がする。

異色の人材はどこに消えたのか。あるいは、どこに生きているのか。

2011-12-31

震災現場で頑張っている総務官僚をおとしめる記事 誰得

小松 秀樹氏の現場を知らないひどい記事を読んだ

南相馬市放射能検査をやめさせた総務省

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34121

この記事を書いた小松氏は、総務省(旧自治省から南相馬市に出向している官僚が知り合いの医学生に宛てた記事を丸裸。

これじゃ、総務官僚はもう気軽にメールなんかできないね

しかも、今は南相馬市副市長という立場であって、総務省うんぬんではない。

内容は、医学生給食ミキサーにかけてホールボディカウンターで計測したら?という提案を南相馬市に出したことが発端。

きちんと手順を踏まえて提案するならまだしも、思いつきで出した内容に対して、総務官僚は、筋を通して話をしてくれっと言っただけ。

それを、この小松は、「総務省がやめさせた」となった。

もうね、ひどすぎる。本当にひどい。

やさしく解釈すれば、一方的な現場を知らない論調による見解の相違。

現場で長期に踏みとどまって本気で考えている立場と一時的な思いつきで考える立場の違い。

給食ミキサーにかけてホールボディカウンターで計測する」

実施することはいいことだと誰もが思う。誰も異論はない。

しかし、この検査をいつまで誰が実施し、そのデータをどのように公表し、その結果を踏まえてどのように対処するか、ヒト、モノ、カネ、情報の流れが明確ではないのが問題。

しっかりと最後までのフローを明確にしなければ、単に不安を煽るだけで、提案した側の自己満足しかならない。

から、総務官僚は、きちんと筋を通して提案してくれっと回答しただけ。

 

計測すれば、たしかベクレルとして表示される。

毎日計測した結果をどこに出すのかわからないけれど、子供たちに放送するのかい

今日は、何ベクレルです。

今日は、何ベクレルです。

子供メンタルケアは誰がするの?

 

それに、こうした情報を親は「本当に」知りたいのだろうか。

知りたい親もいる。しかし、知りたくない親もいることも事実

きちんとニーズ調査をしたのだろうか。

押しつけの提案ではないのか。

知りたくない親に対して、バカだとかアホだとか言う人もいるかもしれない。

しかし、実際、この地域に残って住んでいる人は、低線量の被爆覚悟している人たち。

実際、不安な人は、市外へ、県外へ自主避難している。

今、残っている人(踏みとどまっている人)は、もう被爆については、耳を閉ざしている人たちなんだよ。

この医学生の提案は低線量の被爆覚悟して現場に踏みとどまっている人たちに対して、不安をあおるだけではないのか。

 

現場に踏みとどまらず、離れたところから勝手な思い込みと押しつけによる支援ほど、迷惑ものはない。

それが、この小松医師医学生にはわからない。

総務官僚 村田副市長の奮闘を願う。

南相馬市民より

2011-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20111227000601

あーいや、「常時着けるべし」と心に決めればそりゃ可能だろうけど、「誰もが常時着けてる」という状態の実現は相当難しいんじゃないのという話

指輪なんて、既婚者誰もが着けてるわけでもなければ、着けてる人でも24時間365日肌身離さず着けてるとは限らないわけだしね



「普段病院にかかっている人の医療情報災害で失われて、緊急事態なのに対処できない」というケースの頻度を考えると、

多少コストがかかるにしても生体認証現実的じゃね

2011-12-26

Oracle Express やめた。どうせバグ修正が有償なんでしょ

事実上性能悪いでしょ。

たとえばこのご時世で、NLS対応なんかが糞。

根本的な部分に手を出せないんだろ、「過去の安定した実績」とやらを保つ弊害だな。



Expressなんか無償である程度使わせておいて、バグ対処必要とのことで有償でパッチを配る。

パソコンデザインキーの感触、I/Oポートの配置などトータルでの洗練は無用

クロックアップでベンチがすごいとか、PCI-X(出てるのかな...)にも対応、とかで

「さすが!」と嬉々とする厨房みたい。



まあ、Oracle様のアコギ商売、信者どもが守ってくれるからな。

「うまく使えないのは、使うおまえが下手なだけ」...って言ってお終いの、よく見かける世間パターン



という俺はゴールド餅だけど、新規DBOracleは、俺の為にも会社の為にも絶対採用しない。

採用時の1従業員(SIerかもしれぬ)の好き嫌いで、業務が左右されてたまるかよ。(SIerなら、バックもあるのか?)

今後数年の保守システム拡張、何より費用からして会社へ背任行為をするわけにいかない。

困るとすれば、転職とき経験スキルOracle求められること。

DB意味もわからない人事のひとがとりあえずメジャーということで

求人要件に載せやがるっぽくて参る。



http://www.limy.org/program/db/not_oracle.html

http://www.atmarkit.co.jp/bbs/phpBB/viewtopic.php?topic=30408&forum=7&start=8



一方のMSさんは、ゲイツさんの「世界のタネ保存計画」が怪しくてたまらん。

けど、DBには何も関係ないから。。

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