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2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316144252

社会構造を考えればわかると思うけど、構成員上下するだけで努力意味が無いんだよなぁ

アメリカだと社会を変えるぞ~っていう人も出るけど、

日本場合社会が変わらないという考えが江戸時代からすべからく受け入れられてきたので...

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301132454

本当にこれなんだけど、自分もこういうときに何も言えなくて無駄貧乏くじを引いたことが何度もあるので、とっさに言葉が出てこなかった元増田気持ちもよくわかる。

その場で言えなかったモヤモヤは次に活かそう。

次似たような目に遭ったときにはハッキリ言えるよう心を強く持っておきたいものだよね。


存在のもの無視されたような扱いに立つ瀬のなかった思いには心底共感するが、実際ほんとに周りは元増田が思うほどには気にしてないと思う。

逆にさ、たとえば、同じプロジェクトグループの人たちがみんなで行っていた出張から帰ってきて、そのうちの一人だけが個人的おみやげとして(グループみんなからです、とかそういうんじゃなくてね)突然ちょっとしたものを配り始めたとして、配らなかった人に悪印象を持ったりしないでしょ。

バレンタイン出張おみやげじゃ意味合いが違うし、たとえとしてあまりしっくりくるものではないけれど、根本的にはそういうことだと思うんだよ。

仕事の場ではどうしてもグループ集団単位判断されるので話が違うのだけど、仕事と直接関係ない個人的なふるまいにおいては、「プロジェクトグループ」だとか「女性陣」としてまとめてひとつ存在として見ているわけじゃなく、お互いに個人個人を切り離して判断しているはず。一人の人が何かしたからと言って、他の構成員も同じようにしないのはなぜ?なんてほとんどの人は思わない。

あとあと気になるときには、飲み会の席なんかで比較的仲のいい男性社員(年の近い先輩が一番いい)に「あのときはほんとに何も聞いてなくて、びっくりしちゃったんです…」みたいにしょんぼりした感じで話をしておけば、大丈夫だと思う。

繰り返すけど、あくま仕事関係ない個人的なふるまいの話ね。仕事の話になると別。


元増田モヤモヤが晴れないのは、仕事の話でもその先輩がちょっとアレだからなんだろうと思う。

仕事の話になると、外側から見て「個人個人のふるまいを切り離して考える」ことがしにくい場面が出てくるので、そういうところで日常的に嫌な思いをさせられている前提があってバレンタインの一件もものすごい引っかかるんだろうな。

自分正当性を主張する言語能力とかコミュ力を日ごろから鍛えておくしかないんだろうね。お互い頑張ろうぜ元増田

2017-02-28

醜すぎるギャルコギャル世代と偉大なオタク世代

私たちには若い世代や中高年の知り合いはいっぱいいるが彼ら彼女らのうち「ギャルコギャル」を切り盛りする面々と接点がある人はひとりもいない。みんな渋谷系ファンではないし、むしろ嫌悪感をきっぱり明言する人もいる。「渋谷若者文化」も無関心か、嫌悪する人が多い。

渋谷系経験者のうち外国人・元外国人は、一人もいない。たぶんあの当事者以外は普通なんだと思う。当然、元不良でもないし、耳に穴を開けたこともないと思う。皮膚の色を故意に黒くした者でもないしまして女が下品な化粧なはずがない。つまり渋谷系世代(ギャルコギャル)は非常に狭い村社会なのだろう。

それっぽい日本人文化人が、あらゆる場面で相互関係しあうことで村社会のテッペンにいるようで、実際その構成員たちは人を動かしたりその庇護にあったりするようでも、弱点が見える。それは、肝心の民心がついていないということ。大衆外国人という大多数世論渋谷系メンバーの隔たりが大きすぎないか



その点で「オタク」は違う。右翼階層とは関係を構築するどころか基地問題をめぐるたたかいが繰り広げられている。しかしその背後には、大衆外国人の圧倒的民意がついている。秋葉原ブームは、他の文化では考えられない高い数の大きさのもとでオタクの一票の結集成功した。

そして、オタク人口は他の文化カーストよりも圧倒的に高い支配率がある。ヤンキーどころか、いわゆる大衆文化層さえ存在感はないのだ。その事情外国人にまったく評価されず、影響力が高いもの人口が小さい渋谷系とは大違いだ。

内部世論の大きさと、その世論を織り込んだ文化社会存在感については、どう考えても「オール○○」状態にあるオタク世代のほうが、少数の渋谷系村が大衆意見放置して勝手にあれこれ画策するギャルコギャル世代よりも大きく、確かではないかと思う。つまりオタク方式を見習うことが、汚名返上の上で重要ではないか

その大前提として、文化運動の大きなうねりが必要ではないか?何か注目されればサクッと1万人を越えるモテナシをできるようなオタク系の進んだ文化社会の仕組みを、渋谷系はしっかりと見習い、そうすることで、こうした問題を克服できるのではないだろうか。

2017-02-14

自業自得だけど

過去本名音楽活動していたものの名残がインターネット上にある。

職場で定期的にそれが発掘され、職場構成員全員に知れ渡るってイベントが数年に1回発生する。

入れ替わりが割と激しい職場なんで、このイベントは繰り返し発生してしまうのだ。



これを避けるために本名での活動は嫌だって言ったんだけどなー。

まあそれはそれとして、他人のことをサーチする人って総じて噂好きだ。

増田ちゃんってようつべにさあwwww」

って言ってきた次の日には周り全員に知れ渡っとるもんなあ。死ねばいいのに

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207195716

話の真偽はともかく根拠が金っていうのはあまり説得力がないな

今の中国って日本でいうニコ生とかユーチューバーみたいなやつのくだらない動画配信に数百万円相当とかの寄付がポンって入ったりするような

日本人からすると本当に金持ちの金の使い道が読めない国なんだから

道楽とか暇つぶし日本左翼支援してるようなやつがいても別に不思議じゃない

日本国内の話に限定したってソシャゲ課金しすぎて生活費がなくなりましたとかツイッターでわめけば

なぜか金を振り込んでくれるような親切な人が意外といるし

左翼構成員の誰かに金を出してくれるツテがあっても別に不思議ではないと思う

2017-02-04

恋愛工学はアレだけど、正直、森岡氏もビミョーよ

http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20170202/1486027602

森岡正博さんのブログコメント欄にて。

このブログ記事は、「女性蔑視はやめろ。性犯罪はやめろ。相手自由意志を奪ってセックスに持ち込むのは人権侵害だ」という主張をしておけば済むでしょう。

それにもかかわらず森岡さんは、非モテ男が理想的恋愛セックスをやる方法をについて語っておられます。そこが唐突だし、押し付けがましいし、私はあなたのそういうところが本当にイヤです。

  

>>女性蔑視に陥ることなく、ひとりの好きな人と付き合い続けていけるやり方を伝えよう

>>長続きする恋愛必要なのは相手尊重できること、相手立場に立てること、相手共感できること、相手幸せを願えることである。そのベースができてはじめて、我々は恋愛技術性愛テクニックを互いの快楽のために肯定的に開花させることができる

  

↑ 私はこの手の語り口をたいへん欺瞞的に感じるのです。

藤沢某の"恋愛工学"なんかより、むしろこの語り口のほうが不愉快で、とうてい聞くに堪えられないものです。

私は上記のコメント投稿したが、あらためて解説しておく。

  

まず第一に、森岡は個人幸福政治的正しさをまるで一致するものであるかのように語っている。この点こそが彼の最大にして最悪の欺瞞である

私はこの二つのあいだに深い断絶、矛盾対立があると思っている。ふつうの人は誰しも政治的に正しくないことをやりたい願望があるはずだ。もちろん他人に優しくしたり、社会を良くしたいと求めるのは人間の本性だが、同時にまた、自己中心でわがままな願望を持ってしまうことも人間の本性なのである

森岡が言っている「相手尊重できること、相手立場に立てること、相手共感できること、相手幸せを願えること」は政治的に正しい。これは文句のつけどころがない。しかし、例えば私自身の性的欲望をかえりみて言わせてもらうと、そんなものは真っ平ごめんだ。つまり自分さえよければいい、1回だけセックスできればいい、女をやり捨てしてやりたい」と考えてしまうのだ。あと他には「レイプしてやりたい」という攻撃欲求だってある。

さすがにいささか露悪的な告白になりすぎたが、人の欲望というのは、多かれ少なかれ、政治的に正しくないもの反社会的ものを含んでいる。私は決してこの欲望肯定しろと言いたいのではない。無視するな、ごまかすなと言っているのである

例えば「女性蔑視はやめろ。性犯罪はやめろ。相手自由意志を奪ってセックスに持ち込むのは人権侵害だ」という主張について分析してみよう。これは私のような男の欲望無視していない。きっちりと敵対して抑えこむという形式を取っているのだ。

それに比べると、森岡の語りはこの敵対性をごまかしている。ごまかすどころか、味方のふりをして内心に踏み込んでくる。自分にとって何が幸せセックスなのか、それは私が決めるべきことであって、他人から上から目線定義されたくはない。この点で森岡の語りはデリカシーがなく不愉快だ。

  

第二には、森岡の主張に対し、私は倫理的意味においても反感を覚えた。

エサ(※この場合恋愛セックス)を目の前にたらして、それがほしかったらミソジニーをやめろ、人権思想を信奉しろというのである

これほど人をバカにした話があるか。利益誘導によって人を説得するのは、そうすること自体がきわめて倫理に反する。例えばもし長続きする恋愛なんかほしくない、共感なんかいらない、女性蔑視しながらセックスするのが好きだという男がいた場合、森岡は恋愛工学をすすめるつもりだろうか。

それにそもそも、ここで森岡が使っている“エサ”は空手形に等しい。キモくて金のないオッサンが森岡のメソッド実践しても、まあたぶんぜったいに幸せ恋愛幸せセックスもできない。オッサンではなく若者だって、うまくいかない者はいる。森岡がリベラルフェミニズム正義をふりかざすのは勝手だが、「これを信じれば幸せになれるぞ」という嘘と欺瞞でそれを糊塗することだけはやめてくれ。

  

第三に、リベラル観点から考えてみるなら、森岡の言っていることが正しいかというと疑問符がつく。

森岡のブログ記事は性暴力ダメ人権侵害からダメという政治的な話をしているのかと思ったら、唐突に“僕の考えた最高のセックス”について語り始めた。そしてこれがいかにもポリコレに沿ったものであるからリベラル思想の信奉者たちに受けがよさそうなものだった。

しかし、私は森岡の持論をむやみに賞賛するのはよくないと思う。本来リベラル立場としては、性暴力などの明らかな人権侵害を<悪>と定義してそれを法律抑制するとか、女性差別についてもやはり<悪>と定義してそれを無くしていく方針をとるべきだ。この方針は、個人がそれぞれ内心に持っている<善>・<幸福>の価値観に介入するということと、いくらか重なりあう部分もある。だが、この二つを混同してはならない。われわれが社会構成員に対して<悪>の定義強制することと、<善>・<幸福>の定義強制することは、根本的に性質が異なる。

森岡があの記事で語っている“僕の考えた最高のセックス”の主張は、あからさまに後者に該当する。リベラル立場からは「性暴力犯罪だ」とだけ言っておけばすむし、仮になにか道徳的言及をするとしても「女性蔑視はよくない」という話に留めるべきだ。そのさきは個人自由にゆだねればよく、むしろ安易に優劣をつけたり価値判断をはさむことは慎まなければならないだろう。だから森岡のように「政治的に正しくて理想的セックスを目指しなさい」などと他人要請するのは不適切なおこないだ。

  

第四に、森岡は不謹慎である

彼が非モテの男にアドバイスをすること、“僕の考えた最高のセックス”を力説することは、まったくの自由だと思う。しかし、それは現実に起こった性犯罪事件からめて言うべきことなのか?

森岡は自著『草食系男子の恋愛学』を引用して、「女性蔑視に陥ることなく、ひとりの好きな人と付き合い続けていけるやり方」をすすめている。たしかにそれ自体は素晴らしいことかもしれない。だが、それは性犯罪とは直接関係がない。

これは性犯罪があったとき、男に代替となるセックスの利用をすすめる論法に似ている。すなわち、「風俗に行けばレイプなんかしなくてすむ」とか「嫁か彼女をつかって性欲を発散しておけ」というゲス意見のことだ。もしそれを真顔で言っているならばドン引きだけれども、森岡が今回やっていることからはそれに通底するものを感じる。

  

  

参考:この増田タイトルは、id:zaikabouさんのブコメから拝借しました。

2017-02-03

越えないべき一線を越えればサブカル死ぬ

アメリカ伝来の文化は30年続いたのに日本では終わってしまった。なぜかと言うと不良文化だったからだ。1990年代意向社会PC化し、道徳化し、マフィア組織が淘汰され警察組織が台頭する中、その文化の住人はそれを貫くことができなかった。結果、サブカルの台頭があった。外を見習って文明開化近代化することで文化社会は洗練されていった。

そのサブカルが下火になったのはなぜか。越えてはいけない一線を越えたかである底辺層が飲み込まれ、(マイルド)ヤンキー文化になり、おりこうさんが嫌気が差して離れてしまった。健気なオタクが離れし、鉄道をみればわかるがヤンキーナイズが横行した。

そんなくそみたいな失敗だからサブカルが何度も大衆から白い目でみられ、地下社会に付きまとわれ、無残な滅亡をするのである。(昔ながらの)鉄道好きがファッショの影響か最近大人しくなっているのも、車好きに社会が寛容になったのも、決して彼らが貧しくなったのではなくまさに自身の行いのまずさに危機感を覚えているからではないかと思う。

昭和平成初期時代には鉄道趣味若者に影響力があったが、今はそうではない。むしろの車とかの方が都市部だけ見ても各地で花を咲かせている。なぜか?当時と違い今の鉄道趣味進化余地がなくなったからだ。そして車とかは逆に進化を再開したのだ。

鉄道文化若者文化として開花していった昭和末期は、珍走団問題で、車・バイクブームが下火になった。1990年代アニメオタクみたいなものであるしかし、珍走団を倒し、自らが勝ち取った安心自由を成長させた。あの暗黒時代に、どうにか努力して外のコミュニティから助けを得た人たちが成し遂げたことだ。

また車・バイクブームアニメオタク文化同様にマスコミバッシングなどで、文化が一度破綻した。これ自体はかなり不幸だが、結果的構造の再編が進み、改革に繋がり、オタク旋風の延命などにつながった。鉄道趣味はまさにこの時期がリセットする機会ではないだろうか?

宮崎勤事件の時にアニメオタクキモヲタはそれで生きていくこともできなくなり、他のオタクに転身した。ゲームオタクアニオタがいるのも、キモヲタ出身作家漫画家が増えているのもそのためだが、彼らが外の優れたものホームグラウンドに持ち帰ったりしたことも大きい。

これは模型好きも似ていて、アニメオタクと同時期に復興を遂げた模型好きでは、プラモデルオタクはみんな転身を経験している。つまり模型オタクは良くも悪くも一般人的な感覚がある。だから、他のみたいにくだらない慣習がなく、自立性があるんだろう。

東日本大震災前には鉄道オタクや車・バイク好きはオタク文化構成員だったが、いまは鉄道オタクと車オタクマイルドヤンキー文化になっている。だが日本アニメオタク文化はいくらオタクとしてどうしようもなくなっても、それを切って伸びしろのある分野に力を注ぐことはしない。結果ボロボロになってやっとマイルドヤンキーとかに身売りされるんだろう。

2017-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20170127224355

学校に対して根本的に勘違いしているようなので釘を刺しておく。

保護者児童は、学校にとって「顧客」ではない。「構成員」だ。通常の店やサービスを利用するとき消費者感覚安易に持ち込んではいけない。

2016-12-29

無宗教だと思っていたら、実は内閣閣僚の大半が日本会議という宗教団体団体構成員だったりしますけど。

宗教団体支配される無宗教日本国民

(注)この日記は某勢力によってスルーされて沈められます

2016-12-25

何か問題が起きても「現場は悪くない!本部システムが悪い!」しか言えないはてなーゴミども

佐川しろドミノピザしろ現場は悪くないみたいな人間はただの甘やかしなので傾聴してはならない。

組織に勤めて現場最前線で働く「会社の顔」はもちろん組織構成員なので、不始末があれば当然そいつらも悪いし販売責任もあり、加害者として全てのクレームを我が事のものとして受け止めなければならない。

何でもかんでもシステム本部がとか責任転嫁するのは普段仕事からも俺は知らないとか意味不明供述をするのは目に見えている。この程度のものまさかスマート()とかありがたがっているんだろうか?

2016-12-19

法治主義弊害

ルールあいまいなために構成員認知上で「ここまでは確実に言える」というラインが無く、認識の摺り合わせのために余分な時間がかかる

また全ての作業ひとつひとつオーダーメイドのようになってしまい入れ替え可能性が皆無になってしま

2016-12-13

ホモソーシャル見てBL楽しめなくなったというけど

現実同性愛者みたらさらに楽しめなくなるんじゃない?w

よくIPS細胞が発展すれば女1人で妊娠できる男なんていらないって主張あるけど

 

明らかにセクシャリティへの侮辱的な表現であるホモ」を男性同性愛者に対して使ってるうちは   

  

ゲイにとっては女なんて性的魅力もないしセクシャリティを踏み散らす存在だしはっきり言って全く、全くいらない存在からね。

ホモソーシャルとの違いはホモソーシャル構成員ストレート男性は結局家に帰って寝室では何の疑問も持たず女性と正常位でセックスする点だね。

ホモソーシャルミソジニーホモフォビア内包していることはわざわざ「ホモソーシャル」という言葉を用いていることからご存知だと思うけど

そのホモソーシャルを見てBLを楽しめなくなったって結局、男性ホモソーシャルを鏡として増田自身ホモフォビア自覚して自己嫌悪になったからじゃないの?

腐女子の「尊い」なんて「女性同士の禁断の愛」の「禁断」くらいにはホモフォビックだよ。

 

大体なぜかYOIじゃあの二人の愛を現実の愛を超えたものだとか崇高なものだとか愛の再構築だとかいってLGBTに影響を与えるとかレビューあるけど

世界LGBTムーブメントは「LOVE IS LOVE」なわけで尊いわけでも禁断なわけでもないんだよねえ。

http://anond.hatelabo.jp/20161213002005

2016-12-07

大学職員入試合否判定について思ったこと

国公立大学職員

たまに学生に間違われるくらいの未熟者だけど、それなりの経験は積んできた。

 

先日臨席した教授会で、ある学科入試(非一般入試)の合否判定が行われた。

 

以下は、資料を直接目にしてはいないが、議論過程で把握できたことだ。

 

判定の原案によると、募集人員(少数)を大幅に超過した人数を合格としている。

募集人員無視しているだけでも、あやしさMAXなのだが、それだけではない。

 

水増しされた合格者の専攻分野が偏っているのである

この原案ボーダーラインだと、特定の専攻分野の志願者のみ全員合格となっているのだ。

特定受験生得点だけ上乗せ操作しているのがモロバレである

 

この背景には、権限強化している学長意向がある。

学長特定の専攻分野の学生数をどうしても確保したいらしい。

 

原案疑義を呈した教授が一部いたけど、結局原案通り承認された。

 

これではとても公正な選抜はいえない。

世間にバレたら間違いなく問題になるだろう。

なにより受験生全員に対して不誠実だ。

それでも、教授会事情を呑み込んで承認してしまった。

組織的不正行為といわれてもしかたない。

 

教授会が終わったあとで、職員たちは「ありえない」と囁いていた。

ちなみに職員教授会構成員ではないのでみずから発言はできない。

 

どこかに告発したほうがいいのだろうか。

 

(追記)

もういちど読まれることはないかもしれないけれど、主な反応にコメントを返す。上ではあっさり書いたので、判定のヤバさが伝わっていなかった。反応のおかげで頭の中を整理できた。

合格者数が多いのは辞退者を見込んでいるので問題ない

一般入試では、その通りだ。合格者数の調整と歩留まり予測は難しく、入試担当者能力が問われる。入学者は大幅超過しても定員割れしても、文科省から交付金補助金が不交付や減額になる。

だけど今回の入試一般入試ではない。合格者は辞退しないので全員入学する。だから一般入試で定員割れする場合を除いて、この入試で大きく超過する必要はない。超過しても1・2割増が一般的範囲だ。上で「大幅に超過」と書いたのは、1・2割程度の超過ではないからだ。

以下はたとえ話だが、募集人員10人のところ、当該専攻の受験生が4位、9位、12位、19位だったとする。19位までを拾いたくてボーダーラインを大幅に下げ、19人目までを合格にしたのだ。合格させたい受験生に相当下位の者がいたということは、公正に採点しようとした採点者がいて、採点の「上乗せ操作」がうまくいかなかったのかもしれない。

合格者超過はこれまでもあったことで問題とは思わない。ただ今回ざわめいたのは、さすがに特定専攻だけを全入させるために、10を19にするのは「度が過ぎてる」ということ。外野から見ても不自然だ。

最終的な入学者数は変えられないので、この措置のしわ寄せは一般入試におよぶ。いま一生懸命受験勉強している一般入試受験者にとって、合格機会が減らされてしまう。

私大入試では、もっと露骨得点操作をしていると聞いたことがある。裏で操作し公平な試験のように見せているのはコンプライアンス的にどうかとおもうが。)

資料ない=証拠ないよね

その通りだ。証拠を出せないか告発しようがなかった。資料入試課が保管している。持ち出せないし、入試課は表に出さないだろうから文字通りのお蔵入りだ。資料には、順位受験番号と(操作済みの)得点結果と合否が記載されている。誰が見ても、順位合格ボーダーラインが不自然なことに気がつくはずだ。

合格者発表の受験番号の並びで、カンのよい受験生高校はすでに気がついているかもしれない。

募集人員を少なくして倍率を高く見せている

少なくともここはそうではない。倍率はそれなりにある。大学はやりたくないが受験機会を増やさざるを得ない。文科省入試改革で推薦入試AO入試の枠を拡大しなければいけない事情がある。

学長権限集中

その通りだ。不正の原因はここにある。学長予算権限が集中し、この数年間で学内雰囲気が変わってしまった。

文科省 > 学長 > 教員

の構図が強化されている。一見ガバナンスの統制がとれ組織経営的にはスマートになった。実際は意思決定プロセストップダウンになり、学長のアメとムチが容赦なくふるわれるようになった。今回の不正判定は、教授会積極的に実行したというよりも、みな学長のムチが恐くて、おそるおそる不正に手を染めたのだ。

この専攻は学長肝いりで実現し、大学広報の目玉になっている。つまりこの専攻の入学者が低調だと、大学にとって都合がわるく学長メンツがつぶれる。このことを関係者全員がおびえている。学長は、交付金をくれる文科省から評価を落としたくない。教員も、学長の意に沿わない判定を出して、学長から評価を落としたくない。なぜなら人事評価予算などの権限を最終的には学長がにぎっているからだ。

こうなると、みな組織の上にいる者の機嫌ばかりを気にする。教育の質や研究倫理や公正な選抜といった大学本来果たしていた機能が弱くなる。なにより受験生のことを考えていなくて大学としてヤバいと思う。

2016-11-16

「見たいものしか見ない」ネット時代と取調べ可視化

個人的には、取調べの可視化は行うべきだしこれで告発受理しなかったらケーサツの威信は地に落ち最悪の恣意的暴力装置に成り下がると思うが、それはそれとして、標題の両者はとても相性が悪いのが気になる。

取調べ可視化の具体的なツールとしてどういうものが想定・議論されているのかよく分からずとりあえず録画録音による動画公開と前提しておくが、例えば録画中で取調べされてる容疑者の態度が死ぬほど悪かったとき、我々の社会はどんな風に判断するだろうか。

単に容疑がかかったという段階では当然の権利要求することさえ、ずうずうしいとかふてぶてしいのでけしからんみたいな、そういう話になりはしないか

「これだけの悪事に関わっていてこの態度なら、警察暴力に走るのは仕方がない」という流れになりはしないか

今回暴行で死亡したのではないかと言われている容疑者だが、なんの容疑かと思えばなかなかスゴイ事件である

こういう事件容疑者の態度がゴミだったとき、「それでも彼は法的には犯人でなく容疑者に過ぎないのだから守られる必要がある」と冷静に考えることができる社会になっているだろうか?

あるいは、取調べ可視化を経てそういった成熟した社会を目指す余地というか下地が、既にできている社会だろうか?

ネットリンチバッシングネタとして消費されておしまいにしないというコンセンサスが、せめて社会構成員の半分くらいにおいては、取れていると言えるだろうか?

地獄を見る気がして憂鬱になる。

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107151530

多数決国家を長く運営させるためではなくて国家構成員の多数の意見政治に反映させるための手段なので

バカ基準ならバカ意見どおりに政治が動けばそれでいい

2016-11-06

http://anond.hatelabo.jp/20161106125615

普通に学校に行って、授業時間は勤勉に学んでいるようなまともな学生も、空きコマだの昼休みだのにネットやってる場合はかなりあるよ。勿論それが健全なことではないという考えも大いにありだとは思うが。

言葉を変えれば、昼休みに持参した本を読むような感覚ネットを読んだり書いたりしている者もだいぶ多いってこと。

そしてそういう学生が、いわゆるニートリタイヤ老人の戯言と、一部の人は思うだろうなあって攻撃的なことを書いている場合もあるし、実際目撃した。



その意味で、平日昼間のネットは必ずしも働いてないものや、それに準ずるものたちではなかったりする。

まあ労働体系が多様化した現代では、普通に平日の昼間に仕事がないだけで勤勉に働いている人ってのもいたりはするんだけど、そういうのとはまた違った事情で「昼休み学生」という、平日昼間ネット構成員もわりと重要なんじゃないかって思ってる。

2016-10-27

大麻合法化するべし、されど悪法も法である

基本的な話しとして、世界の著名な多くの犯罪組織の、収入の一部を担っているのが麻薬ビジネスであるとすれば、これを合法化するだけで、それらの組織に打撃を与えることができる。

無法と名高い中南米麻薬組織も、おそらくは瓦解して大多数の構成員は小規模な武装強盗団あたりに落ち着くだろう。

大麻日本では違法薬物として扱われているが、服用者は自家栽培をしている人を除いて、誰かから購入している事になる。

これは当然犯罪行為だが、そのうえで無税の取引となる。

本来、国に入るはずの税金が入らない上に、犯罪組織収入になっているのだ。

であれば、JTあたりがタバコと同じように契約農家栽培させ、公的流通させればいい。

品質にバラツキのあるうえに違法、割高の私製大麻なぞすぐに淘汰されてしまうだろう。

と、いうのが推進の理由の一部だとして。



仮に、大麻の売買が公的に認められる決定が出て、法が整備され、施行される前日であっても大麻不法所持は逮捕されるべきだ。

それもこれも、全部分けて考えるべきで、法治国家である日本違法行為が発覚したのなら、法が規定するとおりに処理すべきだ。

これは決して曲げるべきではない。

権力恣意的運用というのは、ひいては特定の者の暴走につながりかねない。

から、今回の元女優さんがどんな思想の持ち主で、どんな活動をしていて、どんな財産を持っていたとしても法に従って処理して欲しい。

有名人からという特別扱いも、見せしめ厳罰無用である

裁判も、権利を守られた上で結審して欲しい。

2016-10-25

[] #4「ハロウィン作戦」(前編)

イタズラという行為は、ある意味でコミニケーションの一環でもある。

相手が許してくれるだろうという信頼と、そして許すという反応で信頼を示すわけだ。

もちろん、そんなことに確証なんてないのだから「イタズラはいけない」と大人たちは言うだろうし、それは何一つ間違っていない。




今年もハロウィンの時期がきた。

馴染んでいないし、今後も馴染まないイベントだと感じる人もいるけれども、俺の町では楽しみにしている人も多いようだ。

はいっても、やることは茶番で、あらかじめ決められた住所で、あらかじめ用意していたお菓子を貰うだけ。

トリック・オア・トリートではなく、トリート・オア・トリートってことだ。

弟のマスダや、その仲間たちはそういうのが気に食わなかった。

トリックもトリートも存分に堪能してこそのハロウィンだと考えているようだ。

個人としてはハロウィンのものには関心がないが、弟の明瞭な考え方は評価たかった。

だが、そういう崇高さの割を食うのは大人たちだ。

特にマスダ家の隣人であるタケモトさんは、いつも酷い目にあっている。

そんな傍若無人っぷりに大人たちは戦々恐々とし、様々な注意喚起を呼びかけたが、弟たちは子供の発想力と行動力で、どんどんお菓子をくれない人間にイタズラを仕掛けていった。

そこで、今年は対策本部設立

その実力行使役として白羽の矢が立ったのが俺だった。

それは俺にバイトをするノリで大人たちの味方となり、弟たちの敵になれということを示していた。

そして、俺がそれを断れない程度には大人でもあるということも知っていたのだろう。




俺は同じく対策員であったクラスメートたちと、来るべき時に備えて作戦を練った。

「で、対策つってもどうするんだ」

「弟たちの破天荒さに面食らって錯覚している者もいるが、身内の俺から言わせれば実のところ大して頭のいいことはやっていない」

「じゃあ、どうして大人たちは出し抜かれるの?」

「まあ、大人プライドから子供を舐めてかかっているのもあるが、弟たち個々の能力の高さによって、多少強引でも可能に出来るからだ」

俺は弟や、その仲間たちの説明を始める。




まずは弟のマスダ。行動力がズバ抜けており、リーダー存在

シロクロ。本名は知らないが、モノトーン服装ばかり着ているので周りはそう呼んでいる。大人顔負けの体格と、子供ドン引きするレベル頭脳を持ち合わせたアンバランス存在だ。

ミミセン。日常生活ほとんどを耳栓をつけて過ごしていることからそう呼ばれている。優れた頭脳武器だ。

タオナケ。チームの紅一点。無機物破壊する超能力がある。




「厄介だな。こいつら全員に思うがまま暴れられたら」

「とはいっても実の所、大人が本気で止めようとすれば、止められるレベルだ」

「じゃあ、なぜそうしないの?」

大人げないからさ」

「なるほど。だから対策本部構成員私たちが中心なのね」

子供大人理屈でもって従わせるのに、その大人大人げないことなんて出来ないわな」

まあ、ある意味で俺たちにそれをやらせる時点で、それはそれで大人気ないとは思うんだが、大人たちの理屈ではこれはセーフということなんだろう。

「それで、結局の所は当日どうすればいいんだ?」

「いや、最も大事なのはもっと前だ」

「何か作戦があるってこと?」

「そんな大層なものでもないが、考えがある」

(後編へ続く)

2016-10-24

社会正義のため戦うネット聖戦士様をポリコレヤクザと呼んであげよう

ソーシャルジャスティスウォーリア(social justice warrior 略称SJW)という言葉は、海外だとめっちゃ話題になってるから、知ってる人は知っている。でも国内じゃ知らない人はまったく知らない言葉だと思う。

SJWとはすなわち、「これは人種差別!」「これは性差別!」「これはヘイト表現!」と政治的社会的に間違った出来事を徹底的に指弾して、社会清浄にしようとする……という建前で、マウンティング行為誹謗中傷嫌がらせをする輩。まさに社会正義のために戦うネット聖戦士様だ。

この類いの人達こそ最近日本国内ネットコミュで一番声のデカ人達だと俺は思っているし、実際共感してもらえると思う。なにせ紙の新聞を読んでてもこの人達が発信した話題が出てくる。そのくらいに声がデカい(数が多いとは言っていない)。

一方でこの狂犬みたいなのを一括りにするSJWのような言葉は、日本には無かったように思う。性表現方面では「まなざし村」という言葉があり、特定人種差別がどうこうには「しばき隊」という名前があった。一方で宗教の方にはそういう名前は無かったと思うし、これ以外も含めた面倒な連中をまとめる言葉もやはり無かった。社会正義を盾に気にいらない相手を殴る、という行動原理が一致しているやつらなのに。



ところが、最近になって「ポリコレヤクザ」という国産呼び名ができた。ポリティカルコレクトネス理由因縁をつけて嫌がらせをすることから、そう呼ぶらしい。反社会性に溢れていて素晴らしい名前じゃないだろうか。

ポリコレヤクザ』とはSJW同義である - Togetterまとめ

http://www.togetter.com/li/1038872

ついにああいう手合いのお名前ができた! ソーシャルジャスティス云々という長い横文字じゃなく、「ポリコレ」という最近話題の四文字略語ヤクザという日本語をくっつけた、とっても分かりやすいお名前だ! 皮肉ってたSJWよりも、悪いことだと分かりやすい!

なので、これから国内活動する聖戦士様はポリコレヤクザと呼んであげようじゃないか

まなざし村村民ポリコレヤクザしばき隊構成員ポリコレヤクザ最近特にハッスルしている萌え絵性的不愉快さん達もポリコレヤクザ

みんなまとめてポリコレヤクザ! みなさんも呼んであげましょう。やーい、ポリコレヤクザ

http://anond.hatelabo.jp/20161024030903

ポリコレ社会構成員しか考慮しない。

日本には日本人しか(ほぼ)いないのでその辺は逆に一切考慮しなくなる。

ポリコレが最も進んだ国は日本である

ぶっちゃけ日本ほどポリコレが進んだ国はない。

あれは本音と建前をちゃんと使い分けろという話で日本は元々徹底してる。

失敗したやつは社会から引きずり下ろすっていうシステム機能してるしね。


ちなみにポリコレ社会構成員以外の人の意見を全く考慮しないので、「文化の盗用は悪」みたいなことが平気で起こる。

日本人外国人に箸うまいねっていうようなもんだ。

2016-10-19

怒られるのが嫌だ

仕事がいやなのではない。怒られるのが嫌なのだ。隠さずに言えば、今年で48であるし、一課の長ではあるが、毎日怒られる。社外、社内を問わず怒られるのだ。いい年して、とは思わない。年を取れば怒られなくなる時代は終わったように思う。人は一生怒られ続けるのだろうか。多分、これから生きる人たちはそうなるのだろう。団塊の世代はとにかく怒るように思う。団塊の世代の前の世代がとにかく怒ったからだろうとみている。かといって、私は怒らない。怒られるのとおなじくらい怒るのは嫌いだからだ。私は怒って問題解決した経験がないからだ。

多分、昔はみんなして怒って、そして、問題解決していたのだろう。怒りが問題解決手法だったのではないだろうか。だから団塊の世代は、いま、社会の主たる構成員でないとしても、とにかく怒るのだろうと思っている。

最近になって、やっとアンガーマネジメントという言葉が使われ始めた。日本語ではないのだから、非常に格好悪く感じる。私は日本以外ではたらいた経験がないのだが、ほかの国で生まれ育った人間は、日本人ほど怒るのだろうか。また、日本人ほど、とにかく体裁もなく、怒りに身を任せるのだろうか。ネットでいろいろ調べてみたのだが、やはり日本人というか、中華文明の影響が強い国の人は怒りっぽいようだ。

とりわけ日本人は怒りっぽいのではないだろうか。「菊と刀」に言う、恥は死とする文化のため、いったん怒ることで恥を避けているのだろうと今は思っている。

自分は温厚だと思っている人でも、十分に怒ってばかりなので、基本的自分は短気で怒りっぽくって、プライドが高くて度し難いと思って生きている。でも、怒られるのは嫌だし、仕事は怒りの交換ばかりなので、本当に嫌だ。

2016-10-16

人権民主主義理念はただのでまかせで、単に権力者が国を統治するのに都合がいいからやっているだけ。

国民になんとなく幸せ感を与えておけばクーデターは起こりにくいし、なんとなく自由やらせておけば勝手イノベーションを起こしてくれて力を増してくれる。

管理者合理的判断として構成員自由を与えている。

自由にさせるのと締め付けるのを適当バランスさせて、最も生産性が高くなるようにコントロールしている。

ただし国民もどんどんわがままになって際限なく自由の拡大を求めていくので、自由が拡大する方向に進めざるをえないかもしれない。

そうだったら嬉しい。

2016-10-04

復職して、人の陰口をいうボスの顔色を窺わずになれるようになりたい

ボスとうまくやれない。

ボス上司じゃなくて、雇用主。


ボスは70歳前後男性

私は20代後半女性

仕事は士業。

院に行ったのもあって、20代後半でようやく社会人になった。

難関っていわれる仕事だし、就けて光栄

20代後半にしては高い給料をもらっていたと思う。


仕事に対する意欲はあった。なんでも挑戦したいと思っていたし、経験を積みたいと思ってた。




でも、就職して、ボスとうまくいかなくてっていうか、私が一方的ストレスを感じて、プライベートでもいろんなことが重なって体調崩して休職した。情けないけど。


職場では、ほぼ私とボスの二人で仕事をしてる。

私の仕事は、ほぼボスの補佐。

事務所構成員は5人。

事務員もいるけど、そこは役割分担なので、あまり接点なし。

私とボスの間には誰もいない。

から相談できる人もいなくて、私ははじめての社会人だったし社会常識もないし、私の心が弱すぎるのかぼすちょっとおかしいのかわからなかった。




ボスは、悪い人じゃない。いい人。

でも、せっかちで、ちょっと空気が読めないのかも。


たとえば、事務員20代半ばの女性)にBMI値を平然と聞いてしまったりする。私に対して「あなたにはわからないだろうけど、美人っていうのは苦労するんだよ」とか言って来たりする。美人じゃないのはわかってるけど、やっぱり傷つく。


資格をもって、プロとして雇われたのはわかってる。

けど、それでも新人。わからないことだらけ。

だけど、ボスはせっかちで仕事を教えるのが面倒くさいらしい。

指示が曖昧で、何を指示されたのかがよくわからない。

漠然としてる。

から、何を指示されて、何を求められているのかを質問する。

からないでやるより、マシかなって思ってた。

けど、ボスはせっかちで、説明するのが面倒くさいらしくて、質問に答えてる最中

「あー、もういいや。自分でやった方が早い。」と言って、私に任せるのをやめてしまう。

私が質問したのが悪かったのだろうか?


ボスには言わないけど、お歳のせいもあるのか、うまく言葉が出てこないのか、ボス説明ボスが知っている事実を私も知っていることを前提に話してきたりして、結構分かりにくい。

から質問が多くなる。

知識不足なら私のせいだけど、ボスが打ち合わせでお客さんから聞いた情報とか、私が知りようもない事実を前提に説明したりする。

から、私にはわからない。

なので、わかるまで聞き返す。

最初理解力のない自分が情けないと思ったし、遠慮もあって聞けなかったけど、それで一度ミスをしたのでわかるまで聞くことにした。

そしたら、「もういいや、自分で~」という流れになって、任される仕事が減っていった。


どうしたらいいのか、わからなかった。

前任者は仕事が雑だったかほとんど仕事を任さなくなって最終的に契約更新せずに切った、という愚痴を何度も聞かされていたが、前任者が雑、というより最低限の仕事しかしなかったのも無理ないと思った。

だって、何をしたらいいのかわからない。

でも、その話を聞いていたから、任される仕事が減っていったとき、すごく不安になった。



ボス計画性もあまりない。

期限ギリギリまで仕事をしない。


期限ギリギリになって、間に合わなくなって、私に仕事を回してくることが多かった。

なので、提出期限が明日という仕事もよくあった。

しかも、帰り際に「明日までによろしく」と資料を渡されることもあった。


締め切り前のボスは遅くまで帰らない。

夜の8時とか9時で仕事してたりする。

たまに週に一度ぐらい早く帰る。7時過ぎぐらい。


ボスより早く帰ると、ボスは何も言わないけど不機嫌になる。

新人は誰よりも多く経験を積んで仕事をすべき、と思っているのかもしれない。

私が先に帰る日が続くと、「お先に失礼します」の挨拶無視されることもあった。

なので、仕事が減って、やることがなくなっても、することもなく職場にずっと残ってた。(もともと残業代はでない職種

それも新人仕事だし、円滑な関係を築くのも仕事だし、と思って最初は何も思ってなかった。

けど、私は体力がなくて、そのうち、何も仕事がないのに職場に残ることに疲れてしまった。


年齢のせいもあるし、性別のせいもあるのだろうが、価値観があわないこともよくあった。

仕事計画的に前倒しして早く終わらせるのがいいという私の考えと、ボスの考えは違った。

期限より早く書類を提出すると「手抜き」だと言われた。どこが「手抜き」だったのかは、教えてもらえなかった。

なので、時間をかけて仕事をするようにしたら、今度は「遅い」と言われた。加減がわからなかった。


ボスに雇われている以上「ボス価値観」で働くのが正解だと私は思っていた。

から、内心の葛藤はあったけど、雇われの身で、私は新人で、ボスに合わせるべきだと思った。




他にも色々とボス価値観と合わないことがたくさんあったり、自分が言ったことを忘れたり、言葉足らずなことがよくあった。


ボス愚痴が多い。

本人は悪口のつもりはなく、ただの本心で、悪気はない。

けど、他人に対する批評が多かった。

愚痴を聞くのも仕事のうちだと思って最初は聞いていた。けど、話を聞けば聞くほど、心が荒んでいくのでやめてほしかった。


特に前任者の悪口が、多くあった。

早く帰ってしまうだの、事務所にあまりいないだの、仕事が雑だの、色々と。

「私はそうなったらクビだ」という遠回しな忠告 だと思うと同時に、裏で私も何を言われているかからない……と、ボスが怖くなっていった。

どんどんボスと会話するのを避けるようになった。

私の心が弱く、「仕事から」と割りきれず、必要なことも聞けなくなっていった気がする。


そんな頃、

「この件、ぜんぶ君に任せるから」と頼まれ仕事があった。

はじめてことで、すごく嬉しかった。

はじめての仕事で、わからないことだらけだった。

自分なりに頑張ったし、お客さんとも話を進めていった。

私なりに、たまに報告もしていた。


ある日、ボス帰宅後、

取引から別のオファーがあり、手に入る金額は下がるだけど早く進行できるというメリットがある内容だった。

夜だけどいち早くお客さんに伝えた方がいいと思って電話でお客さんにその事を伝えると、お客さんがそのオファーを受けてもいいと言った。



翌日、その事をボスに話すと

「なんでそんな重要なこと、俺に相談せずにそんなこと決めちゃったの?電話でそんなこと決めるとかあり得ないでしょ。」

と言われた。



ボスは決して怒鳴りも怒りもしなかったけど、明らかにイラついた口調だった。

私が決めた、というより、お客さんに報告したらお客さんがそれでいいと言ったのだ……私はどうすればよかったのだ?と、すでに泣きそうになっていて言葉がでなくて「すみません」としか言葉が出てこなかった。 


ボスのいう『ぜんぶ任せる』の意味が、私にはわからなかった。

私の報告ミスもあったと思う。私が悪い部分もたくさんあったとは思う。

でも、どんどんボスコミュニケーションをとるのを避けるようになった。


そしたら、そういうボスからの「注意」が立て続けに起こった。

でも、ここに書いたこと以外にもいろんなすれ違いやわからないことがたまってきていて、

もうボスが私に何を求めていて、何をすべきだったのか、わからなかった。


いろいろ書いたけど、ボスはいいところもたくさんある。

悪い人じゃない。

せっかちで、気が利かないけど、いいところもたくさんあるのだ。

今まで書いたこだって、悪気があってやってることじゃない。

理不尽なこともたくさんあるし、不機嫌になるけど、理不尽に怒鳴ったりはしない。


でも、他人仕事を任せられなくて、

新人を育てる気もなくて、

仕事に対するフィールドバックはなくて、

仕事の指示は曖昧で、

質問すると不機嫌になって、

本人には注意しないけど陰ではいろんな不満を他の社員に漏らしていて、


私も何か言われているのではないか……と、

私はボスが怖くなってしまった。

仕事を振られるのが、怖い。

質問するのが、怖い。

早く帰るのが、怖い。

そしてなにより、怖いがゆえに、ボス質問したりすることを後回しにしてしま自分が情けなくて罪悪感でいっぱいだった。


人目はあまり気にしない性格だったので、こんなことはほとんどはじめての経験だった。


精神的に疲労してしまったけど、早く帰って休むこともできなくて、誰にも相談できなくて。


そのすぐあと、プライベートで不幸なことが重なって、私は体調を崩して、そのまま休職した。就職して一年も経っていなかった。

申し訳なさでいっぱいだった。

当然ながら休職中の給料の支払いはない。





仕事には、戻りたい。

私にも改善すべき点はたくさんあった。

報連相を怠って、逃げた私が悪い。

社会人なのだから理不尽ことなど当たり前。

そう思ってる。

どこに行っても、理不尽なことはある。それが社会

ただ、立ち向かえない私が弱いだけ。

ちょっと注意されたり、不機嫌になるからといって、コミュニケーションをとるのを避けた私が悪い。

勝手に顔色をうかがってネガティブ妄想をした私が悪い。




でも、正直、どうボスと接すればいいのかがわからないし、戻ることを思うと吐きそうになる。

直接「ダメだ」と言われた訳じゃないのだし、

顔色をうかがわずに気にしないでいるのが正解なんだと思うけど、

「気にしない」でいられる方法があるなら、やってるよ、と思う。



あー、情けない。

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