はてなキーワード: 食べログとは
「神戸のパン屋は東京に比べて圧倒的に美味い」みたいな話が盛り上がっているが、現状単なるオカルトであり信憑性は低い。
食べログで「神戸市 パン」と検索すると545店舗が引っかかる。「神戸のパン屋が東京より美味い」と言っている人は、この中の何店舗に行ったのだろう? 評判のいい店だけをピックアップしていたら美味いのは当たり前で、本当は
という手続きで検証しなければ「神戸のパン屋は東京よりも美味い」ことは証明できない。
また、人間の感覚というのは大変に曖昧なもので、先入観によっても味は変わる(参考 : https://agri.mynavi.jp/2019_03_12_62258/)。「神戸のパン屋は美味い」という先入観を持って食べると、それだけで美味く感じたりするということだ。
これは味覚に限らない話で、例えばクラシックの世界でも、ストラディバリウスやグァルネリといったオールドヴィンテージと現代の楽器に有意差がないことは、ブラインドテストにより何度も証明されている。一流の音楽家が聴き比べをしても差はないし、弾いても差はない。にもかかわらず、オールドヴィンテージはいまだにクラシックの業界ではありがたがられているのだ。神戸のパンも大規模ブラインドテストを実施してみたら同様の結果が出るだろうし、出ても「それでもやっぱり神戸のパンは、東京のパンより美味い」という説が唱えられ続けるであろう。
「神戸市 パン屋」で食べログを検索すると、各店舗に点数がつけられている。これを集計しスクレイピングして平均点をとったところ、3.2547点だった。
「東京都 パン屋」で検索すると5000件近くがヒットしてしまうので、先方のサーバーに迷惑をかけないためにもう少し細かいエリアで集計してみよう。
東京のエリアは私が思いつきで抽出しただけだが、一部足立区など低いエリアがあるものの、渋谷区、港区の平均点は神戸市を上回っており、優位な差がないことが分かる。
もちろん食べログの統計情報に高い信頼性がないのは言うまでもない。だがそれを言い出すと一個人の個人的な体験のほうがはるかに信頼はおけず、「食べログの点数で主張をするバカ現るwwww」的な反論をするのなら、より信頼性の低い個人の主観も否定されるか、食べログの統計情報よりも個人の主観が正しいことを証明しなければならないだろう。
こういう話法はまんま陰謀論的な話法であり、強弁されると論破することはできない。オカルトはこういうマウントの隙間に入り込んで勢力を拡大していく。
確たる証拠もない主張を行い、それを否定すると即座に「人間として瑕疵があるお前には理解できないのだ」という主張に切り替えてくる、これは論法として卑怯であり、真であると証明したいのなら、やはり統計的なテストを実施しなければならないのだ。
もっとも個人にここまでのことを求めるのは、実質的に不可能であることも事実だ。私の話法も「無理な要求を突きつけて相手の口を塞ごうとしている」と取られてもおかしくはない。
なのでデイリーポータルZさんあたり、どうですかね……? 検証記事、バズると思うのですが……!
riyanorie 京阪神のパンのレベルが高い話は昔から言われてたし、いきなり陰謀論や洗脳に結び付けるのは論理の飛躍では。データでいうなら都市別パン消費量は神戸と京都は上位で、こだわりが強いだろうとの推測は容易に成立する
2人以上世帯を対象としたパンの年間消費額は神戸市が38,435円、東京都市部が36,154円と、2,281円しかない。全家庭が2人世帯だと仮定しても、1人年間1,141円の差であって、神戸市民と東京都市部民は、月にパンをひとつ多く食べるかどうか程度の差しかない。この程度の差で「こだわりが強いだろうとの推測は容易に成立」などしないだろう(データはこちらを参照 : https://news.allabout.co.jp/articles/o/28209/)。
ラーメン激戦区東京出身だが、別にラーメンに拘りを持って生きてきたつもりは全然なかった。が、名古屋に住んでラーメンのレベルの低さに引いた。ラーメン屋っておいしいラーメンが必ず食べられるところという認識だったが、名古屋では平気でラーメン屋が不味いラーメンを売っている。
東京ではチェーンのラーメン屋が複数個あって、主要な駅周辺にはいずれかの店があり、脳死でそのチェーンのラーメン屋に入れば80点くらいのパンはいくらでも食べられる。(ちなみに東京在住時チェーン店パンは65点くらいだと思っていたが、名古屋に来て点数を改めた)
感動するレベルのラーメン屋を片手で数えられる程度だが知っている。(東京在住時はわざわざラーメン屋開拓をしなければいけないほどパンに困っていなかったので、片手程度しか知らない。開拓すればきっともっとあると思う)
マジで味がしない。スープの風味、麺の香り、そういうものをとんと感じない。ラーメン頼んだらちょっとスープすくって匂い嗅いでみるじゃん。名古屋のラーメンはね、味噌の匂いしかしないの。
食べログの百名店とかもいくつかか行ってみたが、レベルひっく~い!これで名店?!じゃあ東京のラーメン屋は全部超絶ハイパードリーム名店じゃ~ん!ってなる。ほんで名古屋のラーメンはバカ高い。3つも頼んだら3000円余裕で超える。ほんで美味しくない。
東京の感覚だと一個1500円越えのラーメンなんて高級ラーメンだ。さぞや美味しいに違いないとかじりついてあまりの無味っぷりに絶望する。
その度新規店舗開拓の意欲もそがれてしまい良い店に出会えない悪循環に陥る。
食べログはご飯屋さんを探す際にはとても重宝しているが、パンに関しては口コミがアテにならない。
名古屋のラーメン屋のレベルが低いせいで、名古屋の人間のラーメンレベルも大変低く、評価自体に意味がないのだ。
名古屋の人間は名古屋のラーメンがまずいことにそもそも気づいていない。
名古屋出身の妻に、「ラーメン屋のラーメンとのカップラーメンって、焼きそばとカップ焼きそばくらい違う食べ物だよね」といったら全然理解してもらえなかったことがある。東京では当然理解してもらえる感覚だ。
妻は「え、一緒じゃん」と言っていた。食にこだわりがないタイプでもないのに、なんでこれが理解できないのだろうと思っていたが、名古屋に来て理解した。
名古屋のラーメン屋のラーメンは、コンビニのカップ麺より劣る。
コスパで考えるとカップ麺の方が上。あのレベルのラーメンに1000円払うくらいならコンビニで200円くらいのカップ麺を買った方がマシなのだ。
え?名古屋出身だけど東京でラーメン食っても別に大差なかったって?
それはお前のラーメンレベルが低すぎて美味いか不味いかの違いも理解できないんだよ。ご愁傷様。生まれ変って味覚リセットされない限り美味いラーメンは食えないよ。可哀想に。また来世で会おうな。
パンの都神戸出身だが、別にパンに拘りを持って生きてきたつもりは全然なかった。が、東京に出てきてパンのレベルの低さに引いた。パン屋っておいしいパンが必ず売っているところという認識だったが、東京では平気でパン屋が不味いパンを売っている。
神戸ではチェーンのパン屋が複数個あって、主要な駅周辺にはいずれかの店があり、脳死でそのチェーンのパン屋に入れば80点くらいのパンはいくらでも食べられる。(ちなみに神戸在住時チェーン店パンは65点くらいだと思っていたが、東京に来て点数を改めた)
感動するレベルのパン屋を片手で数えられる程度だが知っている。(神戸在住時はわざわざパン屋開拓をしなければいけないほどパンに困っていなかったので、片手程度しか知らない。開拓すればきっともっとあると思う)
マジで味がしない。小麦の風味、バターの香り、そういうものをとんと感じない。パン買ったらちょっと袋開けて中の匂い嗅いでみるじゃん。東京のパンはね、紙袋の匂いしかしないの。
食べログの百名店とかもいくつかか行ってみたが、レベルひっく~い!これで名店?!じゃあ神戸のパン屋は全部超絶ハイパードリーム名店じゃ~ん!ってなる。ほんで東京のパンはバカ高い。3つも買ったら1000円余裕で超える。ほんで美味しくない。
神戸の感覚だと一個300円越えのパンなんて高級パンだ。さぞや美味しいに違いないとかじりついてあまりの無味っぷりに絶望する。
その度新規店舗開拓の意欲もそがれてしまい良い店に出会えない悪循環に陥る。
食べログはご飯屋さんを探す際にはとても重宝しているが、パンに関しては口コミがアテにならない。
東京のパン屋のレベルが低いせいで、東京の人間のパンレベルも大変低く、評価自体に意味がないのだ。
東京の人間は東京のパンがまずいことにそもそも気づいていない。
東京出身の夫に、「パン屋のパンとコンビニのパンって、焼きそばとカップ焼きそばくらい違う食べ物だよね」といったら全然理解してもらえなかったことがある。神戸では当然理解してもらえる感覚だ。
夫は「え、一緒じゃん」と言っていた。食にこだわりがないタイプでもないのに、なんでこれが理解できないのだろうと思っていたが、東京に来て理解した。
コスパで考えるとコンビニパンの方が上。あのレベルのパンに300円払うくらいならコンビニで150円くらいのパンを買った方がマシなのだ。
それはお前のパンレベルが低すぎて美味いか不味いかの違いも理解できないんだよ。ご愁傷様。生まれ変って味覚リセットされない限り美味いパンは食えないよ。可哀想に。また来世で会おうな。
きっかけ
はじめてアプリを使った。田舎の片隅で20ちょいの年数を生きてきて、彼氏欲しいな〜って思ったこともあったけど、嫌な思いもしたのである時から興味を持つことをやめた。私の好きなものは推しと推しカプとBLで、お金も仕事も自信ないし、いずれ適当に死のうと思ってその日その日が過ぎるのを淡々と待っていたから。
それはTwitterのフォロワーがマッチングアプリで男漁り(言い方)をしてるのを上げていたから。
そのとき私は気付いた。(私もマッチングアプリが使える年齢じゃん)と。そう思ったら俄然興味が湧いてきた。話のネタになればなーって思って動いた。
とりあえず顔面登録しなくても使えて、漫画とアニメと、もうオタク感満載のプロフィールを適当に。
地方都市で人口が少ないからか色んな人とマッチングした。歳上、歳下、みんな趣味は似てたけど、タメ口だった。なんならヤリモク(性行為目的)っぽいひともちらほらいて、適当に2、3通やりあったら逃げてた。どうやらアプリを使う人は女性が少ないらしく、蹴ってもそれなりにアポが来た。
登録して2、3日が経ち、歳上歳下問わずに初回でタメ口っていうのがどうも苦手で、そろそろ退会しようかなと思ってた矢先に
「はじめまして!」
と来たのが彼だった。
恥ずかしながらタメ口の男どもに疲れていた私はすぐにやり取りをした。チョロい
同い年、同じ市内、なんなら読書の趣味までそれなりに合った。今まで話した人の中で一番嫌な気持ちにならなかった。
初会編
それは彼も同じだったようで、すぐに「会わないか」と言う話になった。場所は県内で一番大きな書店。私は行きたい想いと、知らない男に会うっていう怖さで迷った。アプリ使っておいて何を言うかって話なのだけれど。
正直私は女としてはガタイがいい方で、可愛くもない、美人じゃないし、昔付き合った男には「痩せたら可愛い」と言われたくらいだ。今でも思い出すだけで泣きそうになる程度にはトラウマだ。悪かったなデカくて。
振るいにかけるつもりで「私可愛くないので期待しないでください」って送った。
(おもしれえ奴)
殺されたりしたらやばいから友人に連絡して、次の日までLINEがなかったらという条件付きで警察に通報を頼んだ。男の車には乗るなって念を押された。
彼には車で迎えに行こうかって聞かれたが、流石に怖かったので辞退した。
その日の天気と彼の服装はよく覚えてる。春先にしては冷たい雨が降ってて、彼はしま〇らっぽいパーカーを着てた。めっちゃ田舎の男の子だった。
「A駅からです」
最初はそんなやり取りからだろうなーって思ったけどつい最寄り駅を答えるなど阿呆をやらかす私。
すると彼
「A駅ってことはB中学でした?」
「どうして?」
「いや、俺もそこなので」
「…………」
確かに田舎だからありえないことでは無いが、まさかそんな事あるとは思わなかった。
私の通っていた中学はそれなりのマンモス校で、更に私は2年生から不登校になっていたので、たとえ同じクラスだったとしても知るはずはないのだ。さらに言うと前述した元彼と同じ部活だったという。
同じ出身校という事であっという間に緊張は解けて、そのまま書店を三時間散策した。休憩無しだったので流石に疲れた。
そろそろ帰ろうかなと思って切り出そうとしたところ、彼から「お寿司、好きですか?この辺に食べログ1位の美味しいお店があって」と切り出された。
私は迷った。なぜなら私は
そして迷う私に彼が追加する
「俺の奢りで」
気が付いたら友人の忠告も忘れて車に乗ってた。寿司って怖い。食べログ1位のお寿司って行ったことないもん。行きたいじゃん。加えてこの男、
このあと持ち帰られたらどうしようと思った。もう持ち帰られても私が悪いんだけど。
全身しま〇らの男に持ち帰られたらネタになるなとか思いながら寿司食べてた。彼にもしま〇らに悪いな。
お寿司はめちゃくちゃ美味しかった。食べログ1位だった。ちょっといいお店だし、初めてだし、少しは気を使った。食べる方なので。彼は気にせずニコニコ食べてた。チワワスマイル全開だった。
そのあと、心配してたことは起こらなかった。自宅の最寄り駅で下ろしてもらって、次の予定を取り付けた。
後日聞いたら彼は、「そんなこと考えてなかった」そうで、素直な人間代表の私はそうなんだ……と助手席で思ったのだった。
帰宅後、今までは開きたいと思わなかった中学のアルバムを開いた。確かにそこには聞かされた名前と同じ名前の彼がチワワスマイルで載っていた。
少しだけ楽しみが増えたなとこの時は思った。
2回目
週を跨いで二回目。彼の車で水族館に行くことになった。(2度目にして既に彼に対する警戒感は多少薄れていた。)
致命的なまでに人の顔を覚えるのが苦手な私は、1週間で先週会った男の顔を完全に忘れていた。
覚えているのは名前と、強めの車の芳香剤の匂い。あとはやたら笑顔が可愛かったという印象だけだった。
以前降ろしてもらった駅で拾ってもらうことになっていたのだが、はて、車も覚えてないのだ。どうしようかと思っていた。
顔覚えの悪い私でも、こちらに向かって歩いてくる男が居れば流石にわかった。
当日の彼はジャケットを着ていた。
彼を見た時に私は息が止まった。
そしてこの私、三度の飯と同じくらいに男のジャケットが好きなオタクだ。推しカプがデートでジャケット着てたら丸一日元気で居られるくらいには好きだ。
目の前にはオフィスカジュアルな男がいる。例えるなら相棒の神戸尊である。しかも前回はしま〇らチワワだった訳で……。そんなギャップにテンションが上がらないわけがなかった。
一方の私、前回の彼に合わせてラフ目にしてきたため、互いに格好が入れ替わった形になった。格好を例えるなら相棒の亀山薫みたいな格好をしていた。
さて、無事顔を忘れた私だったが、話してるうちに(あー、こんな感じだったな。この人だ)と思い出し始めた。向こうは覚えてたのにこっちは覚えてないとは失礼な話だが、体質だからしょうがないのだ。
なお、このチワワの顔をふんわり思い浮かべられるようになるのは付き合って3ヶ月経つくらいになってからだ。車の顔の方が先に覚えられた。ごめんチワワ。
2度目は正直あまり覚えていない。泳いでた魚は美味しそうだとか、アジは沖と港とで種類が違うとか、港でブリも釣れるとか、話していた気がする。
「今度天気が良ければ釣りに行きますか」って言われた気がする。
それは付き合って早々に実現するのだけれど、そこで私は魚を素手で掴んだまま帰宅するのだった。
彼は何故か感動していた。
話が脱線した。あらかた水族館を見終わって、天気がいいから浜に行こうって言われた。
めちゃくちゃ天気が良かった。カップルが山のようにいた。あまりにも居すぎて見てるこっちが恥ずかしくなった。
それは向こうも同じだったようで、
「わかる」
夕食は誘われたけど、今回は辞退した。理由は忘れたけど。
つぎはご飯を食べようって話になって、知人の店に行きましょうって私が提案した。
拾ってくれた場所で下ろしてもらって、「また来週」って挨拶した。
久しぶりに楽しかったので、友人に洗いざらい報告して、その夜は珍しくよく眠れたと思う。
3回目
ここまででかかった日数は僅か二週間。
二週間で知らないチワワ男と毎日やり取りする仲になったのだ。面白い話である。
ここまでくると次のイベントはそう
「告白」
永遠に私と縁がなかったイベントである。なんなら告白された事はなく、男を見る目もない。可愛くないと家族にも男にも言われ続けて自尊心なんてほとんど残っていない二十代前半で既に出涸らしのような女である。
この頃の私の検索履歴は「付き合ってない 3回目 デート」でいっぱいだった。頭の中はなんでだらけだった。
今回は飲む予定だったので互いに最寄り駅で合流する手筈になっていた。
当たり前のようにチワワの顔は忘れていた。
出かける前にそう彼から連絡が来ていた。
田舎だから駅で降りる人達なんてほとんど学生で、だからなんとなく彼を見つけられた。
その日の彼は残念ながらしま〇らboyに戻っていた。
その時私はなんとなく気付いた。
話が逸れるが、私の実弟はものすごくオシャレが好きな男だ。私なんかよりずっと靴を持ってる。
そんな訳で、イマドキの若い男ってここぞと言う時にはめちゃくちゃかっこいい服着てくるイメージしかなくて、色んな意味でびっくりした。
おすそ分けのタケノコを持っていた私が言えることではないけれど。
初めての異性とのサシ飲みは、本当に友人達とのものと代わり映えもなく、互いに「酒は飲めるがあまり飲む必要はない」というスタンス通りに2、3杯飲んで終わった。
電車の時間まで40分くらい。最後に頼んだ梅酒ロックが効いてふわふわになりながら、「おさんぽすき!!(本当に好き)」とハイテンションで了承した。
散歩と言っても田舎の9時は真っ暗で、ぽつぽつとある街頭の下を酔っ払いのテンションで学生時代の話なんかしながら歩いていく。気がつけば電車の時間まで20分を切ってて、次の電車がいつあるのか把握していない私は心配になった。
「そろそろ戻らないと電車間に合いませんよ」
「あ、公園がある!もう少しだけいいですか」
(なんで草ボーボーの公園に入っちゃうかな〜)と当時は思ったのだけど、今思えばタイミングを探してたのかなと思ってる。
結局ブランコに座ったまま雑談に突入。もう電車は間に合わない時間帯だった。
「俺、もうこのアプリ辞めようと思ってて。」
「私もそろっと辞める予定です。変な人と沢山会ったし!勉強になりました」
これは本当。彼と会って最後は辞めるつもりだったし、身の丈に合わないと思ったから。
彼はそのまま隣でスマホを開いて退会処理を始めた。
気が早いな〜と思って見てたら
「あの、アプリ消したし、よかったら付き合って貰えませんか」
「はい」
なんか流れるように告白されて、私も脳みそが認識する前に反射で答えてた。ついでにどうしたらいいか分からなくて握手した。
電車の踏切の音が聞こえて、乗る予定だった電車が華麗に通り過ぎてった。
なんかもっとこう、告白って、少女漫画みたいなキラキラシチュエーションで、もっとゆっくり時間が過ぎるのを感じるものだと思ってた。
現実は草ボーボーの公園だし、足は寒いし、目の前にいたのは嬉しそうなしま〇らチワワだった。
帰宅後、LI〇Eで「これからよろしくお願いします」と送ったら「うん!こちらこそよろしく😁」ときて、2週間の間全く外れなかったチャットツールでの敬語が外れたので、距離感の詰め方に驚きながらもようやく彼氏が出来たことを実感した。
そんな子と半年も付き合ってる。
不味い料理を不味いと口にするのは許されると思う。
だけどそれを「こんなの出してる味覚障害に金払う必要があるとか飲食業って本当簡単だよなぁ?」と言いながら会計して出ていったらカスハラになるかも知れない。
どうなんだろうまだ大丈夫かな?
たとえば店の前で「この店は超まずいですよ~~~」と大声で叫んだら流石に業務妨害も通るんじゃないのか?
いわゆる「ハラスメント」ってのは窃盗罪を万引きに言い換えるようなものなのでは?
つまり、「お前はそれがヤンチャで済むと思ってるのか?そろそろ弁護士呼んで蹴りつけるから震えて眠れ」を意味しているのでは?
じゃあ俺たちがやってきたクソゲー叩きってどうだったんだろう。
多分きっと間違いなく恐らく絶対メイビーで「この会社の作品がこれ以上世に出回らないように、売上を下げなければ」という使命感があったはずだ。
それはクソゲーを掴まされたことに対しての正義の怒りであり、言うなれば詐欺にあった被害者の訴えとして存在していたんだと思う。
つまりそこには業務妨害をしようという明確な意志があり、それが詐欺被害者という立場から来る特例によって許されると信じていたんだ。
食べログに騙されて不味い料理を食わされた客が、それを詐欺だと感じて相手が詐欺師ならこっちもある程度は強気に出てもいいだろうと暴言を吐いて回るのと同じ思考回路で。
でもそれは単に今まで訴えられてなかっただけで、いつ訴えられてもおかしくなかったこと、要するに「ハラスメント」だったんじゃねーのかと。
インターネットを通じて気軽にレビューが出来るようになった直後、気に食わないものをコテンパンに叩くのを当たり前だと人類が考えた時代があった。
それが一段落したあとに今度はそうやって自分の趣味嗜好で人様の作ったものをボロカスに言う事の是非が問われるようになった。
トドのつまり、どっちも流行りに乗っかって手当たり次第に言葉の暴力を合法的に振り回したかった人達による叩いていい認定ブームだった気はしないでもないのだが。
そして今、「クズに対してクズというのは正当なレビュー」という人類が長年守ってきた文化に対して「ハラスメント」という概念からの疑問符が投げかけられている。
ツイッターにおける誹謗中傷に対して弁護士が出てくることも増えた。
この時代の価値観で振り返ってみると、クソゲーだから何を言ってもいいし晒し上げにしてお祭り化してもいいという考えはかなりアウトに思える。
上辺で「愛がなければ出来ない」というくだらん言い訳をした所で、それは学校のイジメにおける「弄りを通してクラスに馴染んで欲しかった」と同じようなもんじゃないのかと。
もしもあと5年も続けていれば、いよいよどこかの会社がブチ切れて殴り込んできたんじゃないだろうか?
2000年頃のインターネットの価値観、世間一般の価値観においてはまだそういった行為は単なるお遊びで済んでいた。
でも今の時代の価値観で見るとそれはかなり危険な行為になっている。
昭和の時代は他人をぶん殴るというのは割りと一般的なことで、ちょっとした口論から派生して手が出るのはそんなに珍しいことではなかった。
それは「殴る」という行為が持つ意味、重さが今とは違ったからだ。
今の時代において「殴る」というのは最終手段としての面が強い。
論理を飛び越えて物理的に相手の言動を排除しようと試みることは、社会における通常の枠組みの外に位置しているのだ。
たとえばこれが原始時代であれば、暴力によって気に食わないものを排除するのは一般的だった。
気に食わないものを排除してから死人に口がないのを良いことに好き放題に自分に都合がいい理論を暴力を振るったあとに語るのは通常の営みであった。
それは実際に「決闘」というシステムとして社会に組み込まれていた。
だがいつしか決闘は禁止され、現代においても決闘を挑んだ時点で6か月以上2年以下の懲役が課せられるように法律で決まっている。
暴力を通して自分の意見を通すことは、原始社会においては許されていたが、現代社会においては禁じ手なのだ。
同じように現代においては「相手に罵声を浴びせる」ということにより相手を心理的に追い詰めることも禁止されつつある。
現代社会において人類は論理的に振る舞うことを目指している部分が強く、都合の悪い他者を社会から葬り去ろうにもそこには論理的な手段が求められる。
たとえばそれは権力構造であったり金銭の流れであったり法律であったりだ。
そういったものを通すことなく「相手に精神的な負荷をかける」ことによって自分の都合を通すことは、現代的でないものとして次々に禁止されてきている。
気に食わない商品に対してマイナスイメージを広めることで市場から追放することは、果たして論理的に正当な手段を用いているのだろうか?
「クソゲーを掴まされた時に辛辣なレビューを通して次に購入しようとした人に警鐘を鳴らすのはセーフなのか」を命題とする。
この場合、「一個人のレビューの範疇に収まるか」によってその是非決定されると私は考えている。
④脅迫を伴わない
それぞれの反例をあげてみる
①’販売店舗にて「クソゲー!絶対買ってはいけません!」と言うテロップを勝手に貼る
②’複数のアカウントを作成してレビューサイトに何度も批判を書き込む
③’製作者の人格や経歴についての批判をゲームのレビューに持ち込む
⑤’「本当にクソゲーですよね。皆さんの意見を集めて投書したいと思います」
こういったことをね、本当にやっていた人がいたんですよね……インターネットの歴史の中では……マジで……
このレベルのことをしていないなら、今の価値観でも大丈夫だと思う。
反例として挙げたのは明確にアウトな行為だと思うが、そこより下のラインでどこからアウトになっているのかがよく見えない。
「このクソゲー酷すぎwww」と書き込んだ時点でそこには「皆も一緒に叩こうぜ!」という意思はあるんじゃないだろうか?
だったらそれはレビューサイトにてあらゆる批判をすること自体がある意味で扇動の意思があることになってしまう。
まあ実際にそれは事実で、あと50年もしたらレビューなんてものが完全に禁止されるのかも知れないわけだが。
でもそれは会社によっても、製作者によっても、その時の空気によっても、そして刻一刻と変わっていってるわけで。
そこが見えないんだよな。
怖いね。
公式発表がないままストライクゾーンが変わっていくようなもんだよ。
アプデ告知のないオンラインゲームみたいなもんだ。
おい運営どうなってんだよ。
皆さんどう思います?
それまで自身のブログで書いてた奴らが一気にメジャーな舞台になだれ込んできて、
10年ぐらい前か?
ギャラ貰って呼ばれて、
仕事辞めて、専業になった奴もいたと思う
態度でかいし、好きではなかった
いやむしろ嫌いだった
お前ら食べてるだけやし、旨い旨い書いとるだけで、よう偉そうにできるな、と
調べたら、1人2人は、何とかまだこの世界で生き残っとるみたいやけど
それ以外の奴ら、今は何しとるんやろなぁ
入ったらカウンター普通に3席以上あいてて、いやもっと早く案内できたよね・・・と思う
グーグルの口コミあったけど、わざと行列作るような回し方をして話題作りしてんのか?と思ってしまう
狭い店内にやたら店員はいるけどオペレーションがgdgdっぽい感じ
定番らしいラーメン定食 (ラーメン、半チャーハン、餃子3個)780円をチョイス
ラーメンは大盛にした
よくいえばあっさり、悪く言えばとんこつに期待するこってり感やかおりが全然ない
メンもとくにオーダーせずに頼んだらクタクタな感じ
こないだ買ったチルドのラーメン2食200円と大差ない
具は小さくてぺらぺらのまずいチャーシューが2枚と、メンマが数本、それから家で味噌汁に入れるのに使うような輪切りの小葱がパラパラとでボリュームもない
チャーハンもまずい
べちゃべちゃしてるしなんか冷えてるしほとんど味しない
いやまあ値段考えれば、このほぼ一等地でラーメンチャーハン餃子で800円でおつりくるレベルなんだから
東京の三鷹のどさん子って店でくったまずいラーメンを思い出したわ
冷凍(チルド)食品のラーメン、餃子、チャーハンを自分でチンして作った方がうまいしコスパもいい(時間もコストも)
ここを食うために天神にまで来たようなもんだったのにマジでがっかりさせられた
もう二度と行かねえ