はてなキーワード: ベントとは
さっき外買い物いってかえってきたらめっちゃあったかいことに気づいた
きのうからよーやく冬らしい寒さになったのもあって外が寒かったから、
暖房いれてるみたいだった
ほんとは5、6個かごに入れたけど、冷静になって思いなおした
焼肉系とかでだぶってたし、1回くったことある生姜焼きチキン南蛮弁当もあったし、焼肉てんぷら弁当だと焼肉だぶってるだろみたいな
焼肉系って原価たかそうだけどこんなにいろいろあるのはどうなんだろう
トライアルの総菜ベントうってやすいのになぜか7,800円くらいする弁当もあって、
今回はそれを2つもかってしまった
400円弁当と思えば安い気はするけど、最初から400円の値札はってあったら買わないよなと思うと半額マジックすごいねってなる
9マスになっていろんなのがちょこっとずつ入ってるご褒美幕の内弁当をとりあえず買ってみたけど、
原価のほとんどがこの数粒のイクラに費やされてるだろって感じだった
9マスのセンターだったしね
400円ならまあ・・・って感じだけど800円だと高すぎだわ
いやまあいろいろ入ってはいるんだけど、よくみると1マスがやっすいピンクの漬物だったりして
うーん鮭の切り身ちいさいのまるごとと、とんかつ1/8、クリームコロッケ1/4って考えるとまあまあなのかな・・・
いやこれって自分がいつも思ってるやつじゃん おいしいのをちょっとずつ食べたいって
まあそうなんだけど
嫌いってわけじゃなくておいしいホタテを食ってないだけだろうけど
あと半額150円のかつ丼と、半額400円のハンバーグエビフライ弁当は昼くらいに食おうかな
6個もかわんでほんまよかったわ
早朝4時が期限のやつが半額になるタイミングがぜんじつ 21時なんだけど、それ以降でもっと安くなることとかあるんかなってのが気になってたから
まとめ
・ヒヤリハットは本当
・敗戦処理の手札を握っておければなんとかなる
それでも何とか昼には収まったわけですよ。
それでまあスカしてみたわけです。
ムニュッ
となったわけですな。
慌てず騒がず身体を揺らさずトイレの個室へ行ってみると、大さじ2杯ぐらいのしおからっぽいものがパンツの上になんとか留まっていたんですわ。
落ち着いて周りから包み込むようにペーパーで取り去って、落ち着いて残りを出し切ってからケツを丁寧に拭き、ロッカールームに向かいました。
帰り支度を始めるにはまだ早い時間だったのでロッカーは空いてて、パンツを脱いでるところを見つかる心配はなかったということになりますね。
実は私、夏場は外回りで汗グチョになったときのために替えの下着を常備しているのです。
それにささっと履き替えて、下着を入れていたビニールにパンツを移してカバンにポイでこの件は終わりなのです。
いやはや用途は違いますが「いざという時に備えて常備しておく」というのがこれほど効くとは思いませんでしたよ。
仕事でも人生でも必要なのは、なにかあったときに咄嗟に切れるカードがあることですねえ。
持ち駒が沢山あれば王手をかけられてもなかなか詰まないということです。
そもそもの話は私の油断が原因ですね。
昼には出し切っていたと思っていたのが間違いだったわけですね。
サメ映画で言えば沖から泳いでビーチまで来た所で「ふー……助かったぜ」と座りこんでしまったばかりにビーチングかました鮫に食われたようなものです。
これはもう自分が悪い。
まあ10回中9回ぐらいは本当に終わってるのかも知れないのですが、1000回やって999回安全だったかと言われると全然そんなことはないわけです。
今回はプリッとですみましたが、一歩間違えればケツからナイアガラが吹き出して床に足跡を残していたリスクもあるわけですよ。
ゲリをしたあと12時間は透かしっ屁をしてはいけないという教訓を得ました。
ピンチを乗り越えたと思ったときこそ、まだピンチが続いてると思って油断しないことの重要性。
日頃から準備をしていれば想像とは別の形でそれが助けてくれる可能性。
人生においてサヴァイヴするための秘訣はまさにこの2つではないでしょうか?
安全確保は油断せず、準備をしっかりすること。
考察系で追っていた人が「水星の魔女はクィアベイト」と強めの口調で不満を述べていたから、さらっと調べてみたんだけど……違くない?
当方あくまでさらっと視聴勢。基本リアルタイム視聴だが時間が合わなかったら配信。しかし何話か配信も見逃しているので、そのあたりは公式のまとめやファンの感想や考察で補完。小説は未読。
だからところどころ公式とはかけ離れた流れの感想や解釈のまま進んでいる可能性もあるので、そこは普通に突っ込んでほしい。
前提として私はクィアベイトとは、ググって一分の知識だが要するに「同性/両性愛者ではないのに、ゲイ/レズ営業をするな。そうみせかけて寄り添った気になるな」ってことだと解釈している。
スレッタは初恋がエラン4号と明言されている、かつ第一話で「女同士なのに婚約者?」と戸惑っている。
ミオリネもシャディクに「ホルダーを目指さないの?」≒彼と婚約することを悪く思っていなかった、と見れる。
従って二人は同性愛者ではないと言える。
「同性のスレッタ/ミオリネを好きになった」という点で見れば確かに二人は両性愛者と言える。
だが「二人の関係が恋愛とならなかった、親友として完結した、または恋愛関係となったものの破局した場合、その後の恋愛で同性を好きになる可能性は?」と言われると微妙だ。
これは私が両性愛者を「同性を好きになる確率と異性を好きになる確率が2:8くらいはないとそう言えなくない?」と思っているからだ。この好きになるにはどんな形であれ(それこそ一方的にでも)性欲に類するものを抱くことも含んでいる。
あえてこう表現するが、同性を恋愛として好きになるハードルは確かに低くなっているだろう。
ただスレッタとミオリネの関係は二人の間で輝かしく不可侵なもので、同性を好きになるハードルの前に「この関係を過去のものにして、新たな関係を築く」という越えなければならない山のようなものができるように感じる。
この山を越えていけるのか、というよりもこの山ごと愛して新たな関係を築ける共に人がどれくらいいるのかな…みたいに思ってしまう。
時間はかかるけれどぐるっと麓をまわってきれいな山だねという女性に出会うかもしれないし、だったら私はあなたと一緒にこの山も含む国を世界を作ってみせるという女性に出会うかもしれない。
ただ、それよりは異性を好きになる可能性のほうが高く感じるんだよなぁ。
元々初恋やそれに近いだろう感情を異性に抱いていること、好きになったのが異性なら二人の思い出はそのままに別個の関係を築いていけるというか…表現が難しいんだけれど、独立したものとしてきれいな思い出のまま、比較対象となることなく新しい恋に進んでいけるものになるというか……。
私の結論としては「スレッタとミオリネは異性愛者。ただし二人はお互いにだけは友情も性愛もなにもかもを抱く関係になれたらから、友人、親友、婚約者、家族、婦婦(ふうふと読んでほしい)と様々な面を持ち、それらの表現の一つとして結婚を選んだ」みたいな感じ。
決してクィアベイトではない。ただあらゆる関係のうちの一つに性愛があり、それを結婚し婦婦という形で表しているんじゃないか。
マイノリティ(今まで迫害…とまでは言わなくとも後回しにされてきた少数派とする)を蔑ろにした最終話とか言う人もいるけれど、水星世界は「同性愛も同性婚も当たり前、ただちょっと珍しい」故に気持ち悪いとか大丈夫なのかと迫害や疑問を持たれることはなく、だからこそ同性とそういう関係になることに人生をかけるような覚悟も必要ない。二人があるべき関係として結婚を選んだ。友人親友としての延長で結婚したようにも見えるし、愛し合ったからこそ結婚したとも見える。それは現実の夫婦間でも当たり前にあるのは想像に難くない。
ただ現実の日本では同性愛者であることのカミングアウトには人生でトップクラスに勇気がいることだろうし、同性婚は制度として認められていない。だから彼ら彼女らのほとんど当然抱かねばならない覚悟や無念、憤りは水星の魔女では描かれることはない。
そのギャップがあることを忘れて、あるいは見ないふりをしているとクィアベイトという結論になるのかな、という印象。
というか「マイノリティである同性愛を貫く」というような話をする場合、水星世界はとことん相性悪くない?
例えばミオリネがレンブラン家の跡継ぎとされているがあくまで中継ぎとして、本命は彼女の産む息子であることが明らかであり、ノートレットは子供を女一人しか産まなかった役立たずみたいに見る描写が彼女の周囲にだけでもあればそういう話もできた。
一族経営=跡継ぎを作らなければならない=おそらく同格以上の女性と結婚しなければならないジェタークの嫡子であるグエルが同性を好きになった場合もそういう話ができたと思う。ジェタークには庶子のラウダがいるが、物語開始時点でペトラといい雰囲気にしておけば「この二人を引き裂いて自分の感情を優先するのか?」みたいな葛藤も描けた。
世界観で見れば難しい描写も、個々の関係に範囲を狭めれば「戦いつかみ取っていくマイノリティ」を描くスペースはいくらでもあった。だけどそれは描かれなかった。
つまり「マイノリティが~」はこの作品のテーマではなかった。ただ現実とのギャップでそう錯覚してしまうだけの描写がなされており、水星世界では抱かれない疑問や与えられない試練に打ち勝っていく二人を期待していた人達が勝手に裏切られて不満なのかなあと。
木曜のよるに香薫500gとトマト缶を食ってから、いまのいままでなにもたべてない
水は飲んでるが
それでも食欲がまったくわかないのがなぞ
空腹感もない
まあ最近アイスドカ食いしたりパンやらベントうやらドカ食いして体重ふえて不健康になりつつあったしおかねもめっちゃへってたから
まあいろんないみでいいのかな
標準体重にはまだ足りてねえし
ちなみに今朝の夢ではあばらやみたいなとこでやってる孤児圧雁所みたいなところでだれかの誕生日ケーキをいっしょにたべる夢をみた
丸一日なんもくってねーのにいきなりケーキなんかくっても大丈夫かなと思ったけど大丈夫だった
起きてからなんか食堂あがってくるきがして少しはきそうになったけど
前日よるにくいすぎてそうなることはあったけど、
善治つなんもくってねーのに胃液あがってくるとかあんだな
んで閉店間際の値下げ枠もめちゃくちゃ渋くなった
まじ強気だなって思う いやまあコスト面とかいろいろあんのはわかってっけどさ
実際そこまで値下げしなくても売れるものは売れるし売れなかったらそれは潔く処分するみたいな
なんかもうクソみたいだわsdgsとか
注意事項
・良いも悪いも包み隠さず書いています。特に欠点に関する指摘はボロカスに書いている部分もありますが悪しからず。
・プレイしていると比較的簡単に気付きはするものの、先に知ってしまうと探索の楽しみを半減させるネタバレが含まれます。
評者について
ゼルダ歴9年。クリア済み作品は神々のトライフォース、時のオカリナ、ムジュラの仮面、風のタクト、ふしぎのぼうし、夢幻の砂時計、トワイライトプリンセス、大地の汽笛、スカイウォードソード、ブレスオブザワイルド、夢を見る島(2019)、ティアーズオブザキングダム。スピンオフ作品も加えればゼルダ無双HADX、厄災の黙示録。
後付け設定ではあるものの、公式の書籍にも掲載され、公式サイトでも大々的に紹介されていることを鑑み、物語の一貫性・整合性についてはゼルダ史を非常に重視します。
1. グラフィック
720p30fpsっていつの時代のゲームだよ。とはいえ、現代のゲーム機としてはあまりにも性能が低いSwitchでこの規模のゲームを作るとなれば致し方ないか。
AMDのFSRという超解像技術を採用することにより、低スペックながら美麗なグラフィックとフレームレートの安定を実現と謳われていたが…
・近景ではあまり気にならないものの、遠景ではちらつきが目立つ
・全体的に処理落ちが多くフレームレートが極端に落ちる場所が目立つ(1か所や2か所ではない、ほぼ全域にわたって)
これ、絶対に逆効果にしかなっていないよね。さらに次の理由も併せて、画面を見ているだけでも非常に疲れる。
・デザイン上仕方のない面はあるものの、瘴気など赤色系統のものが多く、画面全体が赤く目が痛くなることもしばしば。
祠や鳥望台をはじめ、視認性の悪すぎるデザインも多い。加えてムービー中の字幕の見づらさもひどい。アクセシビリティガイドラインに完全に違反している。美術・映像スタッフは一体何をやっていたんだと言いたくなるレベルで出来が悪い。
絵そのものの出来はいいのだが、結局上で上げた欠点があまりにも大きいので評価としては10点満点で1点といったところか。
2. UI
前作BotWのUIをほとんどそのまま引き継いだ感じのUIという印象。インベントリがいっぱいの状態で宝箱を開けたときに、その場で手持ちとの入れ替えができるようになったのは純粋に前作から改善されていた点だろう。もっとも、「入念にテストを重ねた」のであればすぐに気づくであろうこの欠点をBotWの時点できちんとしたものにできていなかったのは、UI設計班もテストを行った人間もプレイヤーサイドの快適性をまるで考えていなかったことの証左であり、「できていて当たり前のことができるようになった」だけのこの改善自体はプラス評価には値しない。
スクラビルドの追加により、矢の先端にいろいろな素材を付けられるようになった。これは面白い試みであるが、問題はどの素材を付けるか選ぶのに、いちいち探しにくい。おそらく100はあるであろう矢に付けられる素材を検索するのに、なぜカテゴライズもろくにされていない上に左右移動で1個ずつしか動かせないクソみたいなメニューから検索せねばならないのか。テスターは一体何をテストしてフィードバックしたのか。ソート機能があるとはいえ、あまりにも快適性がおろそかである。
矢のスクラビルド機能を十字上ボタンに割り当てた結果、前作をプレイしているプレイヤーにとっては、シーカーアイテムに相当するゾナウ能力の切り替えとの操作の一貫性の破綻がストレスとなる。シリーズ物でしかも同じハードで出されている以上、タイトル間における操作体系の一貫性は常に注意を払うべきであり、本質的に同じ機能は常に同じ操作に割り当てられなければならない。
評価は文句なしの0点。評価できる要素がない。UI設計班はシロートの集まりなのか?
3. 操作面
良くも悪くもBotW。このゲームが悪いというわけではないのだが、スティック押し込みという悪しき操作法を考えたやつは磔獄門になるべき。ただでさえ低コストのために耐久性が犠牲にされて飛躍的にドリフトしやすくなった、現代のアナログスティックという可動部品に対して、さらに製品寿命を縮める押し込み機能を追加するのは正気の沙汰ではない。誤操作の原因とかどうとかいう以前に単なる計画的陳腐化であり、それに何の疑問も呈さず受け入れている業界も本当にふざけている。
話題が逸れたが、1本指操作に対してジャンプボタンとダッシュボタンが離れているのはストレスでしかない。Yが攻撃、Bがダッシュなのであればジャンプ機能を割り当てるべきボタンはRかZR、あるいは1本指操作にこだわるのであればAボタン(これは実際にはやや使いづらい)である。まあ、TotKでここを変えると上に書いた操作の一貫性に矛盾するのだが。
カメラが非常に使い物にならない。制約も多かったが64ゼルダのほうがまともなカメラである。注目(注目できない)とかもはやいらない。ないほうがいいレベル。
カメラ距離もやたら近かったり、ややアオリ気味のカメラアングルかと思いきや急に変な角度になってみたり、何を映したいのか伝わってこない上に、何を映すべきなのかが分かっていない。
はっきり言って風のタクトのカメラの完成度が高すぎるゆえに最近の3Dゲーのカメラの劣化が余計に目立つ。まともなカメラプログラマーはいないのか。視覚情報が非常に重要なゲームにおいてカメラの性能はゲーム体験の品質を左右する非常に重要な部分であり、絶対に妥協してはならない部分である。特に、普段あまりゲームを触ってこなかったライト層に訴求するにあたり、制作者の自己満足でしかないやたら複雑な操作や、やたら見づらいカメラは、単に本質的でないくだららない理由でゲームのハードルを上げているだけであることにいつになったら気付くのか。
評価は文句なしの0点。操作の快適性はゲーム体験の根本であり、そこが犠牲にされてしまっていてはどんなに面白いゲームもクソゲーまっしぐらである。
4. マップ
使いまわし。これ自体が悪いとは思わない。BotWの時のような新鮮味はないが、(ほとんど)同じマップでなければならないというのも頷ける。
地底と空島が追加されたが、PVなどで比較的アピールされていた割には空島はおまけミニゲームのための追加マップ程度でしかないという印象。もっとも、空に大量の島が浮いていたら空は暗く汚いのでこれは仕方のないことなのだろう。量が少ないといって不満を言うほうが間違っていると思う。その分内容を濃くしてほしかった。
地底マップは実は地上マップの高低を反転しただけのものということに気付いてしまえば、良くも悪くも地上マップを使って探索ができてしまう。個人的にはこれ自体が謎解きだととらえたが、人によってはただの手抜きと取られても仕方がないだろう。破魔の根の位置が地上で祠のある位置と完全に一致していることも、気づいてしまえば探索をするうえで道しるべとなる。地上と地下が完全にLinkしているというのは、デザインとして優れていると思う。
完全に新しいマップを期待していた人には肩透かしだったかもしれないが、評価は7点くらいかな。
5. ストーリー
作品単体としてみても、シリーズとしてみても、あまりにも整合性が取れておらず破綻している。過去作の設定をあまりにも軽視しすぎ。
・初代ハイラル国王が「ゾナウ族の」ラウル???ハイラル王国は神に選ばれしハイリア人の国ではなかったか?
・天から地に降りたゾナウと地上のハイリア人が手を取り合って国を興したと描かれてはいるが、それに対する動機づけが一切なされていない。これまでの設定を変える(公式の言葉を借りれば「新しい史料が発掘された」)のであれば、相応に納得できる理由づけが欲しい。
・初代国王がガノンドロフを封印したのはいいが、ではBotWやTotKよりも過去の時代である、例えば時のオカリナやトワイライトプリンセスなどの時代のガノンドロフは一体何者?ガノンドロフは、4剣+は例外として、それ以外は一貫して同一人物ではなかったのか?そもそもガノンドロフが初めて現れたのは時のオカリナの時代である。「名前だけ同じ別人が時の勇者の時代以降何度も蘇っては滅ぼそうとし、そのたびに封印していましたが、本当の諸悪の根源は別の(初代国王が封印した)ガノンドロフです」とでもいうのか?もしそうであるならば、完全に過去作のストーリーを無に帰す最悪な話である。
・(初代)ガノンドロフがラウル治世下のハイラルを攻め滅ぼそうとしたことについても動機づけがない。王に服従するふりを見せて寝返るのは時のオカリナと同じ展開であるが、決定的に違うのは時のオカリナにおける彼はそうする動機がきちんと説明されていたことである。何の説明もなく「家臣の一人が唐突に魔王となって王国を乗っ取り滅ぼそうとしました」と言われても「ああそうですか」としかならず、そこに納得感は生まれない。
・ガノンドロフがソニアの持つ時の秘石を奪い、闇の秘石に作り変えてしまっているが、それならばなぜ現在のゼルダは、ガノンドロフの手中にあり既に存在しないはずのソニアの時の秘石を受け継げているのか。そもそも過去にワープしたゼルダと当時のソニアがなぜ同時に時の秘石を持っているのか。初歩的なタイムパラドックスだし、この描写が正しいのであればゼルダが持っているのはレプリカかなんかですか?ご都合主義も甚だしい。
・秘石を飲むことにより竜へと転生し、悠久の命を得るが、代償として自我を失い二度と人へは戻れないとされた禁術。砕け散ったマスターソードをゼルダの持つ聖なる力によって長時間かけて修復し、現代へと伝えるために彼女はその禁術を使ったが、なぜか最後は人に戻ってハッピーエンド。散々不可逆性を煽っておいてこの終わり方は何なんだ。戻れてしまうなら禁術でも何でもない。もしも例外的な事例であるのであれば、それを慎重に理由付けしなければならず(「姫を連れて帰ってくるようにと言われているから」は理由にならない)、それもないままハッピーエンドにされても単なるご都合主義であり、納得感もなければ感動もない。
過去作への冒涜と整合性もなければ納得も感動もできない表層だけのストーリーのどこを評価しようというのか。0点を通り越してマイナス100点。
6. バランス面・その他
・プレイヤーの発想次第で好きなようにプレイできることがオープンワールドの良さであるにもかかわらず、いちいち攻略ルートを指定してくるような会話・イベントが多すぎる。そのうえそのルートから意図的に外れると、理不尽を通り越した仕打ちを受けることになる。これではオープンワールドにした意味がない。
・大妖精の開放イベントは、前提イベントとしてシロツメ新聞社のイベントを受注していることが条件となる。オープンワールドの意味をぶち壊す誘導に従ってプレイしないことを選ぶと、そもそもこのイベントを受注しないまま大妖精を見つけてしまい、解放イベントが発生しないのでいつまでたっても服を強化できないことになる。しかもこの前提イベントと大妖精解放イベントとの関連性がなく、前提イベントの存在に気付けても何が前提なのか全く手掛かりがない。
・いちいち敵の攻撃が重い。これは前作からの問題。ろくに装備が整わないうちは、大体すべての攻撃が即死級であり、実質ただのオワタ式ゼルダでしかない。そこに防具強化のために大妖精を訪れても、イベントさえ発生しないので強化できないという余計にストレスな状況に陥る可能性すらある。そして強化もろくにできない状況ではハートを1個2個増やしたところで焼け石に水であり、状況はさして変わらないのでハートを増やす動機さえ発生しない。
・スクラビルドとウルトラハンドの機能の類似性から、これらを分ける必要性がない。そもそもスクラビルドは武器や盾に対して使うものであるから、武器を構えているときにウルトラハンドを使えばスクラビルド機能になる程度でよかっただろう。
・いちいちロードが長い。ただでさえオワタ式でリトライ回数が増加しがちなうえに、広大なフィールドをワープしつつ探索するとなるとロードの長さはストレスでしかない。加えて、馬で走っているだけでもしばしばロード待ちの停止が挟まる。本当にテストしたんですか?
・敵のHP・攻撃力に対して武器が総じて弱い。これはある程度進めてしまうと強い武器が売るほど手に入って戦闘の難易度が極端に低下してしまう前作の問題点を、弱い武器と強い強化素材をスクラビルドすることで強い武器を現地調達させることにより解決を図ったものと理解している。これにより戦闘に適度な緊張感が持続することになり、この点は特に悪い印象は持たなかった。一方で弓は瘴気によって蝕まれていないために元から強いのがバランスが悪い。矢をスクラビルドしてしまうと、どんなにいい素材でも使い捨てになってしまうためだと思われるが、結局は遠距離からヘッショし続けるのが一番楽な戦闘法になってしまった感は否めない。
・前作では地形ギミックなどを活用して、ある意味ズルく戦ってズルく勝つことができたが、そういった敵配置はかなり削減されている。スクラビルドを半ば強制するような戦闘になってしまうのは、結局プレイヤーの選択肢を奪っていることになる上に、いやでも接近戦が増えるためにオワタ式ゼルダの問題点がより強調される。
・全体的に6年かけた割にはバランス調整がいい加減すぎる。
・無駄に精密な操作を要求される場所が多い。そもそも謎解きですらない、どれだけうまく操作できるかチャレンジでしかないような祠もある。これは前作も同じ。
・そもそもゼルダのゲーム体験のキモは謎解きであり、アクションはそのおまけでしかない。やたらとアクションを強要されるようになった前作も含め、本質が変容しているように感じる。「アタリマエを見直す」とは「本質を破壊する」ではないはずだ。アクションをやらせたいのであればマリオで十分である。そういった部分でそりが合わないので余計にストレスを感じてしまうのだろう。
つまびらかに見ていくと、決して100点とはいいがたいゲームである。巷の評価が軒並み100点なのは一種の気持ち悪さすら感じるし、100だらけのレビューにいったい何の意味があるだろうか?欠点から目をそらしているだけのレビューはレビューではないし、これだけの擁護不可能な欠点をすべて覆すほどの魅力があるとは思えない。私はかなりに辛口に評価をしている自覚はあるが、それでも軒並み100というのには非常に強い違和感を覚える。
タイトルのとおりだが、基本的にインベントリに強い武器を揃えたりレベル上げして俺つえーにはあまり興味がない
対戦ゲームでもそこそこ勝てればいい
いろんな戦法を試して終わるばかりだ
例えばポケモンは好きだが図鑑コンプは一度もしたことがないし、育成や対人戦でガチになることない
普通の日本人はみんなコンプが好きで対人で他人を駆逐することに快感を覚えるのだろうが、そんなことには大したものを感じない
何が好きかは未だに分からないが、一つだけわかっているのはゲームをプレイするよりその仕組みに触れるのが好きなんだろうなってこと
そのゲームのルールを理解して解説したり、そのゲームの中でみんなで見たこともない作品や記録を作ったり、そういうゲームの奥に触れたいんだろうなって
4月といえば、出会いのシーズンなんていうだけあって、入社式だとか入学式に向かうフレッシャーたちと街中ですれ違う機会というのも多いものですよね。
スーツでピシッと決まってる立派な姿を見ると、他人ではありますが、思わず親の気持ちにもなってしまいます。「あんた、こんな大きくなって……」
嬉しい反面、親元を離れていくことに少し哀しさも覚えます。思わず涙がこぼれてしまうことも。
けど、振り返って、すれ違った立派な彼女たちの後ろ姿、ジャケットのベントの部分をみると少し安心しちゃうんですよ。スーツには不格好な白いしつけ糸。「ああ、まだまだ子どもだなあ。」
10年前、長男の大学の入学式の朝、しつけ糸が付けっぱなしになってるのを教えてあげなかったことを思い出した。いじわるなお母さんでごめんね。「しつけ糸」は親離れしてほしい思いと親離れしてほしくない思いの混ざった複雑な親心が課す最後の試練なのかもしれません。
慣れない革靴で歩きづらそうにしていた長男も上京してもう5年、来月には結婚が決まりました。何歳になっても、家庭を持ってもいつまでも母親でいさせてください。
自分のTwitterアカウントにはいわゆるエロ垢が入っているリストがある。無差別に入れているのではなくて、特に気に入ったアカウント4つが入っている。ここ数ヶ月、ずっとリストの存在を忘れていたものの、久しぶりに思い出したので今日の”おかず”はこの中から選ぶ事にした。
TLを開くと相変わらずえちちな画像が流れてくる。1分程度スクロールして、違和感を感じた。リストに入っている4つのアカウントのうち、3つのアカウントの投稿しか表示されないのだ。アカウントが凍結されてしまったのか?と思い、リストに入っているアカウントの一覧を表示すると、しっかり4つのアカウントがある。凍結や削除ではないようだ。
ん、このアカウントからの投稿がないな。どんなアカウントを入れていたかも忘れていたが、久しぶりに名前を見て思い出した。
アカウント名をタップし、すぐにスクロールを開始して画像を探し始めた。少しして、何だか様子が違うように感じたので、タイムラインの始点に戻り、一番上のツイートからしっかりと字を読んでみると、そのアカウントの主は自殺したという固定ツイートが飛び込んできた。
おっふ、何というか、見えない角度からのパンチを食らったような気分になった(本当に食らったことはないが)。頭が真っ白になったとはこういう事だろう。Twitterで一方的に観測しているだけだったが、活動は密かに応援していたが、今はそれを使える事もできない。よくある話だが、応援できる時に応援しておくのは大事だと思い知った。一方的な自己満足に過ぎないのだろうが。