はてなキーワード: ガツとは
本増田です。
公募も創作も、はっきり「悪」と見なしている人が、「早くやめろ」と騒ぐのと、後は変な誘導を受けてる同趣味の人の好戦意識がガツンガツン来るのが煩わしいのよね。。。
多分ね、普通に創作を楽しんでる人は彼らを納得させんのは一生無理だと思う。
価値観が違いすぎる。農業や漁業を笑い者にする人らには収穫や出荷の満足感って分かんないでしょ。
「売れないくせにw」とか「廃棄乙w」とかしか言わない。そして「やめろやめろ」と煩い。
作品のクオリティ云々以前に、そんな態度悪い人たちばかり威張りまくってる我が国の文化性、何だか高尚過ぎてボキ馬鹿だから意味わかりまちぇんよ。
目玉焼きの黄身いつ潰すという漫画で、ハンバーグいつまで食べるという話があった。
気になる女性を誘って奮発して高い和牛の店へ行ったキャラが、ハンバーグを注文したら相手の女性が
高級和牛の店でハンバーグ頼む?と驚き、味覚が子供なのねと続けられ、男が大ショックみたいな話で始まる。
そのキャラはハンバーグが宇宙一好きでいろんな店でメニューもまともに見ないでハンバーグを食べているようだ。
主人公はそんな性格の女やめちまえと思う、確かに人の注文にグダグダ言うようなやつはダメだ。
しかし高級和牛の店でハンバーグ、デートのたびにハンバーグの相手を子供舌と思うのもたしかだ。
なぜそう思うのか。
子供に大人気の定番料理だから?でも同じく定番の唐揚げやカレーに子供イメージは薄い。
ハンバーグはカレーや唐揚げなどに比べ結構当たり外れの大きな料理だと思う、弁当で選ぶ気にはならないし安いファミレスでも食べたことがない。
でも確実に美味しいであろう高給和牛の店でも選ぶ気にはならない、だってどうせならミンチに色々混ぜたハンバーグより肉をガツンと楽しみたい。
あくまで俺の話をする。この話の主語は全て俺で。お前のことでもお前の嫌いなやつでもない。もっとも、お前が俺のことを嫌いなら、その限りではないけれど。
俺はたぶんアニメキャラが好きだからアニメアイコンにしているんじゃなくて、そういう女の子に成りたいからそういうアイコンを使っているのだと思う。そんなことに最近気が付き始めた。「好き」と「成りたい」にどういう違いがあるのかという話になるかもしれない。俺はそのキャラクターとキスやセックスをしたいわけではない。そのキャラクターがキスやセックスをしているところを眺めたいわけでもない。俺は、アイコンのような女の子になって、かわいい服を着たり美味しいお菓子や果物を食べたいんだと言えば、いくらか通じるだろうか。
今のところ自認している性は男だし、性的な関心を抱くのも女性だ。とはいえ、男として(いわゆる男らしく)生きるのはかったるいし、女性にもあまりガツガツと行く気にはなれない。セックスも最後まで集中できたためしはないし、もしかしたらゲイなのでは?と思って念のため男とやってみたけどそういうわけでもなさそうだった。まあその時はタチだったからサンプルとしては正しくないのかもしれないけど。たぶん俺は異性愛者の男性ながら異性愛者の男性としての才能が決定的にない。というかぶっちゃけ、自分が恋愛的なことをしているのを想像するだけでも気持ちが悪い。結婚とか子育てとかはストレスなく想像できるけれど、自分の容姿に対する評価がとても低いから、自分が恋愛しているのを想像するのがとてもつらいんだ。女性と仲良くわいあって話すところまでは大丈夫。でも、自分が女性とキスやセックス、それもどちらかと言えばキスをしているところを想像すると、本当にきつい。悪い冗談はやめてくれと言いたくなる。俺とセックスできる女の正気はいつも疑っている。どうしてこんなに醜い男と?という疑念が絶えないし、実はこれは俺が気が付いていないだけでレイプなのでは?という考えも浮かぶ。だから、つらい。それに、男の体を持っていると、誰かを「かわいい」と評価すること自体に特別な意味が生まれてしまう。俺は無邪気に、意味もなく、本当になんの意味も伴わず、ただ「かわいい」と祝福したい。なのに俺の肉体はそれを邪魔する。俺は自分の肉体が憎い。だから、アニメアイコンのようなかわいい女の子になりたい。
それはただ責任から逃れているだけなのでは?とか、結局与えられる側に徹したいという幼児性の表れなのでは?という指摘があるかもしれない。その通りだよ。頼むからみんな死んでくれ。かわいいと祝福することによって何かの意味を伴ってしまう性別に生まれたことが本当に悲しい。女性も女性で何か社会的な意味合いを生じさせながら何かをかわいいと評しているのかもしれない。だとしたら俺は人間をやめたい。かわいいアニメキャラになりたい。
俺はアイコンのようなかわいい女の子になりたかった。さもなくばこの世すべてのペニスを道連れにして全員去勢したい。少なくとも、この男としての体と社会的立場は捨てたい。
それをわざわざ伝えてきた同期も、あなたのことをそういう風に見てるってことだね。
同期が本気で憤慨して呆れてるならその場でガツンと言ってるはずだし、本人の耳に入らないようにするだろうし。
それを伝え聞いたあなたの反応を見て興奮してるんじゃないの、その同期。
奴らにも通じてるのは間違いない。
狼どもに気を付けるんだ。
いるじゃん、ストリップはアート的な身体表現だとか、女性の裸体とダンスが美しいとか言って、女友達どころか男友達まで誘ってストリップとか観に行っちゃうサブカル女。
そういうのに一緒について行く男は、清潔でおしゃれなサブカル男子で、セックスにガツガツしてないタイプ。
で、終わった後の感想とかも「綺麗だったねー」とか「すごいアートだよね」とか「パフォーマンスとしてレベル高いよね」とか、興奮してなくて凄く冷静なの。
とてもじゃないけど男からは「M字で大陰唇を広げたとき興奮した」とか「まんこ丸出しで超エロい」とか「フルボッキした」とか「今ムラムラしてるから一発やりたい」とか言えない雰囲気。
カップルで行ったとしても、サブカル文脈でエロを漂白されちゃって、なんか男が去勢されてる感じ。
女の方は、セックスに関する話題について照れたりせずに開けっぴろげに語れる自分を、格好いいと思っちゃってる感じ。
こういうの、すっごく苦手なんだけど、わかる?
「ちんことまんこが丸出しでエロい」「観てたら変態セックスしたくなった」とかじゃなくて
「これはエロじゃなくてアートだよね。規制されてたのがわかんない」「あっけらかんと明るくて、いやらしさがないよね」とか言っちゃってる。
そもそもストリップも春画も本来の役割はエロ目的なのに、観に来て興奮して勃ってるやつの方が白眼視されそうなノリがおかしい。
アートとかカルチャーとか言う以前に、猥褻でありエロだろ、と。
まあ、歴史的な価値という側面を持つ春画展はともかく、ストリップとか、本来の目的であるズリネタにするために来てる純粋なファンに失礼だろ。
例えば、TSUTAYAのエロビデオコーナーに、美大生の男女グループがいて裸体デッサンについて語ってたら、オカズを借りに来た男からしたら、すげー邪魔だろ?
そういうことなんだよ。
春画展だって、本来ならエロいものを観て興奮しに行くのが正しいんだよ。ラブホテルでセックスの前にAV見るみたいにさ。
カップルで春画展に行ったら、その後はむちゃくちゃセックスして欲しいわけよ。
でもさ、春画をサブカルとアートの文脈でしか観ないカップルとか、ちょっと意識してるのに一度もセックスしたことがない異性の友達グループとか、絶対いるわけよ。
つうかサブカル女子、お前らめっちゃ業界人とかバンドマンとかバーテンとかとゆきずりセックスしまくってるのに、何で異性のサブカル仲間といる時は割り切ってんだよ。
彼氏いない歴が3年とかいいつつ、セックスしてない歴は1週間とかだろ!
一緒にストリップとか春画とか観に行こうとか誘われて、内心ではエロい気分でもんもんとしつつ、おしゃれで淡白なサブカル男子の役割を演じて話を合わせつつお茶して、夜にはセックスしに男の部屋に向かうお前を送り出す男友達の気持ち、考えたことあんのか!?
あくまで俺の話をする。この話の主語は全て俺で。お前のことでもお前の嫌いなやつでもない。もっとも、お前が俺のことを嫌いなら、その限りではないけれど。
俺はたぶんアニメキャラが好きだからアニメアイコンにしているんじゃなくて、そういう女の子に成りたいからそういうアイコンを使っているのだと思う。そんなことに最近気が付き始めた。「好き」と「成りたい」にどういう違いがあるのかという話になるかもしれない。俺はそのキャラクターとキスやセックスをしたいわけではない。そのキャラクターがキスやセックスをしているところを眺めたいわけでもない。俺は、アイコンのような女の子になって、かわいい服を着たり美味しいお菓子や果物を食べたいんだと言えば、いくらか通じるだろうか。
今のところ自認している性は男だし、性的な関心を抱くのも女性だ。とはいえ、男として(いわゆる男らしく)生きるのはかったるいし、女性にもあまりガツガツと行く気にはなれない。セックスも最後まで集中できたためしはないし、もしかしたらゲイなのでは?と思って念のため男とやってみたけどそういうわけでもなさそうだった。まあその時はタチだったからサンプルとしては正しくないのかもしれないけど。たぶん俺は異性愛者の男性ながら異性愛者の男性としての才能が決定的にない。というかぶっちゃけ、自分が恋愛的なことをしているのを想像するだけでも気持ちが悪い。結婚とか子育てとかはストレスなく想像できるけれど、自分の容姿に対する評価がとても低いから、自分が恋愛しているのを想像するのがとてもつらいんだ。女性と仲良くわいあって話すところまでは大丈夫。でも、自分が女性とキスやセックス、それもどちらかと言えばキスをしているところを想像すると、本当にきつい。悪い冗談はやめてくれと言いたくなる。俺とセックスできる女の正気はいつも疑っている。どうしてこんなに醜い男と?という疑念が絶えないし、実はこれは俺が気が付いていないだけでレイプなのでは?という考えも浮かぶ。だから、つらい。それに、男の体を持っていると、誰かを「かわいい」と評価すること自体に特別な意味が生まれてしまう。俺は無邪気に、意味もなく、本当になんの意味も伴わず、ただ「かわいい」と祝福したい。なのに俺の肉体はそれを邪魔する。俺は自分の肉体が憎い。だから、アニメアイコンのようなかわいい女の子になりたい。
それはただ責任から逃れているだけなのでは?とか、結局与えられる側に徹したいという幼児性の表れなのでは?という指摘があるかもしれない。その通りだよ。頼むからみんな死んでくれ。かわいいと祝福することによって何かの意味を伴ってしまう性別に生まれたことが本当に悲しい。女性も女性で何か社会的な意味合いを生じさせながら何かをかわいいと評しているのかもしれない。だとしたら俺は人間をやめたい。かわいいアニメキャラになりたい。
俺はアイコンのようなかわいい女の子になりたかった。さもなくばこの世すべてのペニスを道連れにして全員去勢したい。少なくとも、この男としての体と社会的立場は捨てたい。
おれもいつも失敗してる。
とりあえず社会人になってからはできるだけ率直にいくようにしてるから。
今付き合ってる人いますかーとか気になってる人いますかーとかごはんでもいきませんかーみたいな。
余計な日常会話の皮かぶった腹の探り合いをメールとかでやるのはめんどくさいし。
そんな暇も精神的余裕もないし。
んでガツガツ行くとだいたい引かれてそれとなく断られるからそれですっぱり諦める。
もう30だし、今からそんなゆっくりお互いを知って愛を育んでとか時間ないし気力もないし。
それだったらもうお互いに割り切った付き合いができそうでとりあえず一緒にいて不快じゃなくて落ち着けるとかでいいんじゃないかみたいな。
でもやっぱり否定されるってのもラクじゃないから結局何もせずにいるわ。
異性と付き合うのめんどくさすぎだろ。
女めんどくさすぎ。
社会人にもなって恋愛楽しもうみたいなのんびりお花畑思考でいいのかよってむしろ心配になる。
女性のほうが焦るような気もするのに。
まあそういう恋愛脳の女性はなんだかんだでいい男つかまえるから大丈夫なのかな。
男友達とメシくったりしてて思うのは、男同士のほうが気楽だなってこと。
先日ミニマリストが集うセミナー&オフ会が近所で行われるという事で潜入してきました。
最近妙にはてな界隈で叩かれてるけれど、いまいち何故叩かれているのか理解できず、そもそもミニマリストって何やねんと思っていた所にタイムリーなことにオフ会が行われるということで行ってきました。
関東に住んでた頃はwatch対象にできる痛いオフ会が日々どこかしらで開かれてたので潜入のネタに困らなかったんですが、今住んでる所は地方中核都市レベルなので、残念ながら関東圏に比べると少ない。また、参加者が少なく人間もあまり流動的ではないので、顔を覚えられやすいという危険性も。関東圏にいた頃は新興宗教の勧誘とかマルチ商法のセミナーとかガンガン行ってたんですけどねえ…。こっちではそこまで危険なのには顔を出し辛いです。
さてそろそろ本題に。ミニマリストとはどんな奴らか
ノマド連中のセミナー・オフ会に出てみた時に感じた気持ち悪さを、ミニマリストはさらに濃厚に凝縮させてる感じでしょうか。
普通の人と違うライフスタイルを貫き通す自分って凄いじゃんというオーラが両者共にむんむんに出てます。
ただ決定的に違う点は、ノマドは「普通の人と違う働き方」に喜びを感じているのに対し、ミニマリストは「労働そのものを否定」している人が多いところでしょうか。いわゆる社畜批判だとかはノマド連中も同様にやってるんですが、じゃあノマド共は働かないかといえばそんなことは無くてちゃんと働いてるんですね。働き方が違うってだけ。ちゃんと働いて金を稼ぐという信念自体は普通の人と同じなんです。普通の人に比べてお金にガツガツしてる人多いぐらいだし。オフ会なんかに顔を出すのも仕事の人脈目的な人が多かったですね。実際バリバリに稼いでそうな感じの身なりな人が集まる界隈もよく見かけました。
そんなノマドに対し、よく訓練されたミニマリストは働くことそのものがNGらしいです。
ちょっと前にビックカメラに行って云々とか書いて炎上してたミニマリストのブログを見れば一目瞭然でしょう。
そんなミニマリストさんなので、とにかく貧乏臭いです。大半が女だったんだけど身なりがとにかく酷い。服にお金をかけてないとかいうレベルじゃなく、見るからに貧乏こじらせてますって感じなの。ヤバい。女で穴開いたニット着てる奴とか初めて見たかもしれない。気付いてるけどあえて着てるのかな。白いシャツ着てたおばちゃんの襟は茶色いし。ちゃんと洗濯しようよ。ミニマリストなので洗濯機持ってないのかな。
「私は〜〜さんに憧れてこの世界に入りました、まだまだ新米ミニマリストですが早く皆さんのようになれるよう、頑張って行きたいと思います」とか貧乏臭い若い女が挨拶すると、万雷の拍手なわけ。こんどは御局みたいな女が「皆さんより少しだけ先に進んでいる身として、教えられる事は何でも教えたいと思います!若い皆さんに托せることは全て托したいと思います!」とかちょっと半泣きで叫ぶわけ。私は笑うのを必死でこらえてるんだけど、ミニマリストな皆さんは心を打たれてしまったようで一緒に泣き出す奴も現れる始末で、さらに私の腹筋が崩壊寸前。
もう完全に宗教。新興宗教ですよ。福音派系の新興宗教に出た時まさにこんな感じだった。マルチ商法も以前はこんな感じだった。最近はネットワークビジネスと呼び名を変えてスマート(笑)な感じになっててつまんないけど、90年代のマルチのセミナーと似た雰囲気。
まあはっきり言って顔つき・身なり・喋り方の全てが普通の社会に属してる人間とは一線を画しちゃってるわけ。ノマドってみんな馬鹿にするけど、2割ぐらいはバリバリに仕事できそうな奴らだし、残りの8割はうだつのあがらん個人事業主だけどそれでもまあ人間偏差値みたいなもん付けるなら50付近をなんとかキープしてる。それに対してこのミニマリストは世の中からドロップアウトしちゃってる感じがムンムンに出てて偏差値35って感じ。完全に人の道を踏み外してしまってるわけよ。
じゃあ、こいつらってどうやって生計立ててるんだろう。何して金稼いでるんだろう。そう疑問に思ったので2次会ランチまで行ってみた。
一番多いのは学生、次に主婦、そして数名生活保護(よくカミングアウトできるよなあ)。
まともに働いてる人が本当にごく僅かなわけ。
ようするにミニマリストって、
1.働かなくていいポジションにいる
2.お金も無いし才能も無い
4.そうだミニマリストだ!
みたいな感じなんだろうなーって。
そんで、こういう奴らって今まで人にチヤホヤされたことがない。馬鹿だしブスだし金無いし、全然誰からも相手にされずに生きてきた。そんな状態からミニマリストを名乗った瞬間に、「凄いね!」「私たち同士だよ!」とチヤホヤされちゃう。
これ凄く快感なんですよ。色んなセミナー・オフ会に出てきてwatchしてきた自分なので凄くわかる。新興宗教とか、似非科学も全く同じ構図なんですよね。凡人以下の取り柄0な人でも、新興宗教(or似非科学)に入れば仲間ができる。あなたは素晴らしい選択をした!と褒められる。そのうち選民思考が植え付けられて、外の世界の普通の人を馬鹿にしだす。見下す。
とりとめなくなってきたのでこの辺でまとめるけど、ミニマリストとは一言で言えば何か。
取り柄0人間が、ある日突然チヤホヤされて、選民思考をこじらせてしまったプチ新興宗教
これに尽きると思いますね。こうなっちゃうと、まず戻ってこれません。外部がいくら説得しても考えは変えられないです。まあミニマリストはそこまで害が無いから放っておけばいいんですが、身内がこうなっちゃうと極めてめんどくさいので皆さんも気をつけましょう。
これって、ナンパ師達がやってきたことをまた同じように繰り返しているんだけど。
確かに面白いと思った。
工学って名乗るくらいだから、専門用語を作ってみたりして概念を数理モデルに落とし込んでいる。
これは非常に俺は納得できた。
言ってることは、
「ナンパでの声かけは、定型文作って、それで話かける、これを『オープナー』と言う。『写真撮りましょうかオープナー』『こんばんはオープナー』などいくつか定型作れ」
こういう感じで、定義つけられた行動をひたすら繰り返せば、ヒット確率が5%なら20人話しかけられればいけますね。これはナンパ業界では常識だけど、これを『メソッドだ』と割り切ったのがよかった。
俺は、どーも話しかけることに感情の機微的なものを感じすぎていたが、メソッドだから心を無にしてやってしまえるんだ!と解く。
それとか他には、「セックスすれば女はその男を好きになる、セックスする前は女が主導権あるが、セックスした後の主導権は男。だから、セックスする前にセックスできるように女をいかにだますかが大事」というのは常識だけど、それまでの過程をいくつかに分割して、それぞれ無感情でできるメソッドでくくっている(まったく同じデートコースを繰り返すことで流れになれるとか)
もちろん、これまでもナンパ技術で、さんざん言われてたことだが。どーもナンパ技術は、「メンタル」「度胸」となっていた。俺はどーしても感情で話してしまうから難しいんだけど、それをできるようになる。
会話についても、どーも俺は感情を読み取って話ししていたが、「ラポールを作るんだ、これらの技術を繰り返すんだ」と単純化されてしまうと、なるほどできそうだと思えた。俺は、機微にこだわりすぎて、大筋を忘れていたみたいだ。
あと、恋愛工学は、それぞれの過程で専門用語を作って、ある程度体系化しているからこそ、研究しやすいと思う。
オープナーのメソッド、連絡先聞き出しのメソッド、クロージングのメソッド、デートに誘うメソッド、デートからセックスに持ち出すメソッド、セックスを断られそうなときのメソッド。
もちろん、これまでもナンパ師はこういう分割で研究してきたんだけど。どーも彼らナンパ師の言葉はふんわりしていて。理系には分かりにくかった。オラオラだぜ~とか、ノーグダとか、体験してない側には意味不明だった。
あと、「普通の漫画とか映画とかドラマとかの手順を踏んだ恋愛は無理」ってのをはっきりと書いてくれたこと。イケメン美女なら、できるんだけど。それを普通の男がやってもまず無理。ってのを教えてくれた。
まあ正確には無理じゃないが、ヤリチンと女が遊んで、その間のキープってのを普通の男は付き合ってると言ってるんだよ。ってことをはっきりと言ってること。その、ヤリチン側に回る手順は、一般の、仲良くなって、尽くして好きになって~ではないと。
女達が偉そうに教えてくる優しくしろだの、マメがすきだのは嘘だ、女はヤリチンに相手してもらえなくて、だから押し付けがましくそういう理想像があったらいいなってだけだ、本当は冷たくされて喜んでるんだ。と。
これは本当に目をさまされた。なんで、ナンパ師達が、あんだけオラオラやってるのか俺は理解できていなかったが、なるほど、そういうフレンドシップ戦略、とか一人の女だけを好きだぜ、みたいなのはキモいと女は感じるようにプログラムされてるらしい。
なるほどと思った。女向け恋愛映画は、ヤリチンくさい男が、一途に君だけ見てるぜ的なのが多い。ヤリチンはそれを読んで、やりまくってる、やりまくってるそぶりも見せる、しかし、君が好きだ、君の話を聞いてタイアピール。をする。
これはその通りだなと。ヤリチンが好きなんだから、一途に思うこと自体無意味。余裕を持たせるために、たくさんの女と同時平衡にアプローチしろ。それ、ナンパ師が毎回言ってたが、意味が分からなかったが、なるほどと分かった。
俺は、どーもそのあたりの機微を詠みすぎていた。
医学なんかでも、確かに患者の話を聞くのだけれど。じゃあ薬はどうやって選ぶのか、手技はどうするのか、ってなるとそれは冷徹に論文に根拠を求めるんだよね。
この部分、昔の医療は医者の経験とかで判断してたんだけど、それよりは論文に寄ったほうがいいよね(EBMっていう)ってなった。
そうすると、すんげー専門用語が多くなった。それもそのはずで、専門用語ってのを理解できるってのは原理を理解できるってことに近い。専門用語を知ってる知らないってのがダイレクトに理解してるしてないにつながっていくから、専門用語を作ることが合理的になる。
そういう意味で。確かに恋愛工学はいままでの焼き直しだけど、そこに名前をつけたのがいいなと思った。
俺は、ナンパ師たちのテクニックを学んでも一向に実行できない。
正確には、10回くらいはナンパして、5回は話かけられず、5回は2,3人にこんにちはーとか、道を聞いたりしたが、韓国人の女と1回おちゃした程度で、連絡先交換もなかった。
でも、工学といわれて、メソッドだといわれるとできそうな気が少しした。
医学でも、自分の経験だと微妙に挑戦しにくいが、「この論文でこっちの薬がいいと結論でている」といわれると、「証拠があるし、悪いことしてない気になるしいっかー」とやれる。逆に、勉強してるからできるんだぜーくらいに誇らしい気持ちすらあるw
女性は恋愛したいのに、恋愛工学だと女性はセックスするためのもので。しかも工学にあてはまる女ってのは一部のそういう工学にはまりやすい女だけだ。という主張。
これもその通りだと思うが。
論文で薬を与えられる患者というのは、完全にモデル化されてるし、それぞれの患者に効く効かないは個人差あるけど、それでも薬を投与する。統計的には効くから。
そして、経験的な医療では、患者の話を十分に聞いて機微を察して薬を投与するが、それでは学問として成立しない意味合いもあるから、論文重視になって、だれでも同じ医療が受けられるようにしている。
確かに、女性の言うように、恋愛の機微で感情を持ってやるべきだってのも分かるんだけど、それでは男は女と付き合えないというわけだ。女なら股をひらけば男をゲットできるが、男は50人に声をかけて1人と付き合えるかどうかなわけだ。
まったくのゼロの女しか捕まえられない男に、次のステップである恋愛の機微とか説いても無意味じゃないかと思った。
ってか、そういう恋愛の機微を捕まえる、一途な男にたいして、女はどういう態度を取ってきた?クリスマスプレゼントだけもらって、デートがあっても浮気相手のヤリチンに走って。そういうのが多すぎる。だったら、女がそういうの言う資格ないと思うんだよね。
また、一部の女にしか効かないというが、それでいいと思う。効かない女もいる、それは当たり前。効く女だけに薬を売ってるんだろみたいな話だが、それでいい。まったくのゼロで女に相手されないより、そういう女でもやれるほうが絶対いい。
まあここまで散々持ち上げたけど。俺はそれでも、風俗に行く。
金もあるし、楽だから。セックスもクッソ自分の好き勝手にできるから。
だって、恋愛工学での女って、確かにゲットできるんだろうけど、面倒くさいよ。
そりゃ、自分の奴隷みたいな女を見つけられればそれで風俗行かなくてすむだろうけど、それまでにどんだけの労力かけるんだよ。
俺は、医者で、一回の当直で10万とか給料もらうから、ナンパにかけてる時間分働けば、風俗で美女とやれる。
風俗ってのも、よーするにナンパ師に似た、スカウトマンがいい女をナンパして、風俗に横流ししてるわけだから、ナンパしてるより効率がいい。
でないが、趣味の一つとしてコツコツ続けるのはいいことだと思う。
ドラゴンの怖さというのは、とても歯が立たない相手が空から襲ってくる恐怖。
ゾンビの怖さってのは、油断せず理性的に対処すれば逃げ切れる程度の相手に、
角を曲がったら出くわすんじゃないか、いつか一瞬の油断を突かれてやられるんじゃないかという恐怖。
でもゲームじゃ、どっちも重装備の騎士が『たたかう』コマンドで真正面から殴って倒せる相手でしかない。
『どういう怖さを持った相手なのか』
という点に注意を払って欲しい。
ウィザードリィの罪は深い。
バイオハザードも、ゾンビの『トロさゆえの恐怖』みたいのが表現できていて良かったのだが、
結局出てくる敵がみんな拳銃でバキュンバキュンやってりゃ倒せる相手ばっかだから、
そのうちタフだけが取り柄の筋肉筋肉した敵が多くなっちゃったし。
モンスターってのは本来、『出会わない事に全力を尽くすべき相手』という点を、リアルに表現したゲームに出会いたい。
恐怖の怪物にガツンガツン噛まれて大けがしてんのに、葉っぱ食って全快されたら興ざめも良いとこだ。
仙豆持ったサイヤ人みたいにサクサク回復しながらどんどん強くなられちゃ、そのうち神だの魔王だのと戦い始めるのも納得ってもんだ。
つまり、ドラクエやFFのキャラ達にとってHP減少は、実は怪我しているのではなく、疲れている程度の事なのだ。
彼らは、ジャイアントに殴られてもドラゴンのブレスを浴びても「疲れるだけ」なのだと考えると、色々納得が行く。
疲れてるだけだから、葉っぱ食って全快するし、宿屋で寝ても全快するのだ。
すげえよあいつら。
なんか、モンスターが怖くないのも納得の強さだわ。
HP回復アリのゲームのキャラって、地球人じゃなくてサイヤ人だわ。
青鬼とか恐怖の森みたいに、『敵に触ったらアウト』状態のファンタジーゲームがあれば、
わりとやってみたい。
わかる(笑)
長年いろんな作品を見続けているとある程度パターンがあるから驚きや刺激がなくなってくるからだと思う。
とはいえ、なにか面白いものには出会いたいという気持ちだけはあるので、最近はアニメ1クールものとかだと録画だけして、たまたま手持ち無沙汰で見る気が出た週だけみて面白ければ続きを見て、それでも物足りなければ遡るとかやってる。面白いものは途中から見てもたいてい面白いものだ。
途中で見るのをやめてしまった作品でも最終回だけ見たりする。それでけっこう全部見た気になれたりもする。やはり見たくなったら見ればいいのだ。
最初からちゃんと見ないと…と思うと続かない。ゲームは体験版はよくやる。それでも会話には困らないし、たまにガツンとのめり込めるときもあるから。最近だとグリザイア(2シーズン目1時間スペシャル)だけ見て、面白かったから結局ずっと前クールまで見てしまった。
それこそ、すべて使用人にまかせているから子育てぐらい余裕という人もワンサカいるだろうし
忙しくて、逆に子育てを使用人に任せるような人もいるだろうし
静音系ファンクってなんだ?って話ですが、ファンクをあれこれ聴いていると、アッパーに持って行かない曲を耳にすることがあります。
数は多くないけど。
個人的にそうした曲を静音系とかダウナー系、あるいはイントロ曲って呼んでいます。
ヒタヒタとした感触の抑制されたリズム、デリカシーのあるホーンアレンジ、スペイシーなシンセ類、象徴的なフレーズを執拗に繰り返すメロディ楽器類。そうしたもので構成される静かでダウナーな雰囲気を持つ曲。
あるいは、今にもはじけ飛びそうなテンションをぐっと抑え込み、ひたすら熱をため込んでいく長い長いイントロのような曲。
それらは、ガツンとぶつかってくるのではなく、静かに体に注ぎ込まれ、内側からおれの体の中にある"動物/生物としての何か"を強烈に揺さぶるわけです。ファンクはもともとそうした部分を刺激する音楽ですが、これらはダイレクトに内面にリーチしてくるため、ファンクのコアを感覚として理解しやすいと思っています。
そんなわけで、しずかに、しかし熱く、おれにファンクを注ぎ込んだ曲たちを紹介しようかと。
https://www.youtube.com/watch?v=n6DAqMFe97E
ファンクのオリジネイターでありかつ到達点であるJB。70年代に彼の音楽的な足元を支えていたのはフレッドウェズリー率いるJB'sだったわけですが、JB's名義で何枚かアルバムが出ており、どれも良いです。その中で最もおれを揺さぶった曲です。
注意深く刻まれるハイハットから始まり、小刻みに揺れ、上に向かうフレーズを繰り返すサックス、抑制的なロングトーンでスムーズな流れを強固にするトロンボーン。ドラムとベースは1拍目を強調するスタイルで、ハネのエッジもきっちり立っていてこの曲がファンクであることを主張します。
何度聴いても、曲が終わりに近づくと「ああ。この満たされた時間はもう終わってしまうのか。」という喪失感を味わいます。
Kool & The Gang - Summer Madness
https://www.youtube.com/watch?v=2SFt7JHwJeg
一定以上の年齢の人にはディスコブームの中心的バンドの一つとして記憶されていることが多いであろう K&G ですが、この曲はファンク期の名曲中の名曲。
トレモロの効いたスペイシーなシンセが揺れ重なりあい、おれの体をひたひたと満たしていきます。やがてコンピーな音で物憂げなソロを取り始めるギター、後半それにとってかわるシンセソロ。曲はそのまま最後のシンセの上昇シフトで締めくくられます。そして曲が終わった後の一人ぼっち感。。
この曲が入っている Light of Worlds はアルバムタイトル曲をはじめとして名曲が多いので是非。Light of Worlds 以外でもファンク期のアルバムは良いものが多いです。一時期入手性が悪くなっていたアルバムもありましたが、最近はそんなこともないし。love&understanding を海外のショップから購入したらカセットテープだったのは良い思い出です。
roy ayers everybody loves the sunshine
https://www.youtube.com/watch?v=M36OGCfYp3A
純粋なファンクというよりはジャズファンクですね。後にレアグルーブなどと呼ばれたりもしましたが。ヴィブラフォンの人であるロイエアーズの代表曲。
印象的なボイスの繰り返しが極上のトリップ感を与えてくれる一曲。ボイスが印象的ですが、シンプルにコード進行を支え、間を多くとりつつもところどころで動きを見せるベースも良いです。
先に挙げた JB's の生き残りや K&G は最近は衰えを隠せないのに比べて、ロイはいまだに元気なステージを見せてくれるので、機会があればライブもおすすめ。ツアー毎にメンバーを入れ替えていてるようで、その辺もプラスに働いているのではないかと。
Parliament Chocolate City
https://www.youtube.com/watch?v=DZaVA3NS7zE
P-funk の名盤 Chocolate City のタイトル曲でありオープニング。「さあ、はじまるぜ!いくぞ!やるぞ!」とはじけそうな期待感をこれでもかとじらす長い長いイントロのような一曲。ドロドロのファンクをブーツィーがニヤけ顔でおれの腹に注ぎ込んで、そして「もっとだ!もっとくれ!」と言わせる。そんな光景を想像させます。
こうした半開の状態を長く続けるのはファンク勢が得意とする手法で、その中でも p-funk のそれは抜きんでているのではないかと。
ほぼハイハットだけのリズムの上に、ピアノやらボイスやらホーンやらが出入りするのだけれど、それらがいちいち気が利いています。そしてモゴモゴ動き回るエンベロープフィルタの効いたベースは、もう「これがファンクです。」としか。
そして2曲目 Ride On で心置きなくはじけ飛べるので、忘れずに下記を!
https://www.youtube.com/watch?v=8PbK48jMyxc
Bossa Nostra - Home is where the hatred is
https://www.youtube.com/watch?v=69GGjbITB6k
最初からこれも入れようと思っていたんだけど、改めて聴いてみたら静音系というにはちょっとうるさいですね。ただ、内側から来る感じはちゃんとあるし、良い曲なので入れておきます。
JB のバックダンサーだった ヴィッキー・アンダーソン(カーリーン・アンダーソンのカーチャン) が歌う ギル・スコットヘロン という面白い 1 曲。
アレンジは今日的で洗練されており、ファンクそのものというよりはファンク色の強いソウルといったところ。エレピののっぺりと抑制されたプレイがダウナーな雰囲気をかもしつつ、ヴィッキーのアッパーさが曲をピリっとさせます。
ドラム/パーカッションとベースは洗練されつつもマッチョに曲を下支えしてファンキーさを強く感じさせます。ワウを踏んだギターがさらにファンク感をあおっています。