「受験勉強」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 受験勉強とは

2022-04-14

人生やり直せるとしてどこからやり直せばいいんだ

まず少なくとも一社目のクソブラックは避けたい

あと研究室ガチャヒステリック助教かいうハズレもひきたくない

大学生活はまぁそれなりに友達もできて楽しくやってたけどサークル委員会もやらなかったから学チカ的にはなんかもっと頑張れた可能性なくもない

それ言い出したら地方国立なんか行かずに都内公立かせめて有名私大入れるようにもっとちゃん受験勉強しろよって話になるか

高校入学時点に戻るくらいがちょうどいいのかな

それだと高校デビューすら出来ないほどの陰キャ地元同級生と過ごすの苦痛からやっぱ小学生くらいまで戻って陽キャ集団に混ざんないといけないんじゃないか

なんかもうそこまで戻るなら精子卵子に戻ってガチャ引き直した方がいっそ全て諦めがついていいんじゃない

2022-04-13

毎日リスクヘッジとの戦い

去年からコロナ禍を良いことに受験勉強していて今年受験する予定だったがまだ実力不足だし出願せずもう一年待とうと思った

その結果見事に志望校受験付近コロナ感染してまともに受験できる状況じゃなくなった

しか12月頃くらいか別に受験しなくても今の学歴のままでよくね?ってなった

幸い予備校にも通わず独学でやってたので電子書籍とかフリマアプリで買った本数千円くらい費やしただけで済んだ

授業は某サブスク動画無料体験のみで済ましたので一切お金はかからなかった

俺はリスクヘッジが上手いなーと感心した

だってお金を失っても誰も責任取ってくれないからね しょうがない

馬鹿滑舌

滑舌悪いやつって基本馬鹿じゃない?

んでアナウンサーはみんな滑舌のよさウリにしてるけど高学歴

ホンマでっか見てて思った

俺は去年受験勉強1年みっちりやったら明らかに滑舌がよくなったか絶対そうだ

2022-04-12

anond:20220412080837

かに昔は、受験勉強に破れたお金持ちの子どもたちが海外に行くのが定番だった。

おそらくそれは今も変わらない。

2022-04-08

anond:20220405064406

指摘している人はいないけど、昔のラジオパーソナリティは、そのほとんどが局アナかその出身者。常識人的な雰囲気があるとしたら、サラリーマン経験であるということが大きく関係していると思う。

今のラジオパーソナリティは、ほとんどが芸能界、とくに芸人が圧倒的に多くなってしまった。サラリーマン経験がないのはもちろん、受験勉強就活経験もそこそこ。さすがに話術は巧みだけど、その話術はライブ番組をわざわざ見ている、お笑い好きの視聴向けに鍛えられたもので、一般生活者向けとは言い難い。

芸人出身が一概に悪いというわけではないけど、個人的にはM-1ですら若干苦手なので・・・

2022-03-30

ミステリ初心者に勧めたい10冊-国内編-

対象読者

この春から大学生なる子たちがターゲット

受験勉強が終わって、開放されている子たちをミステリ沼に沈めたいですよね、私も貴方も、悪い大人なので。

この順で読むことオススメしま

1.謎解きはディナーのあとで

2.たか殺人じゃないか

3.容疑者Xの献身

4.屍人荘の殺人

5.十角館の殺人

6.殺戮にいたる病

7.イニシエーション・ラブ

8.星降り山荘殺人

9.葉桜の季節に君を想うということ

10.ハサミ男

この10冊を読んでおけば、それなりにミステリ好きの人と話せるはず。

選出理由

この辺を押さえて、中身と順番を色々入れ替えたいので、異論お待ちしております

自分読書体験ベースで組んだけれども、多分今ならもっと良いミステリとか順番があると思うので、ご意見お待ちしております

順次入れ替えていきたい。

海外編について

海外編は任せます自分は、国内ミステリは読み漁っていますが、海外ミステリは嗜む程度なので。

2022-03-29

20年前のゲーム聖地巡礼したが、開発されて変わってしまっていた話(神戸 ハーバーランド 『ハーバーランドでつかまえて』)

ハーバーランドでつかまえて』というゲームがある。

フリーゲームなので誰でもできます

2001年に発表されたゲームです。

  

内容は、関西弁が嫌いな男性が、神戸に転勤になって、関西弁嫌悪しているのを隠しながら暮らすというゲーム

  

で、このゲームが好きな私は、「いつかハーバーランド行きたいな〜」と思ってました。

  

それで、ようやく、神戸に行くチャンスができました。

20年前、辛い受験勉強を支えてくれたフリーゲーム舞台!!!

  

ゲームでは、ハーバーランド埠頭ヒロイン女の子と語り合うシーンがあり、そのような、夕陽に期待していたのですが・・・・・・

なんと、開発されまくって、でっかいイオンみたいなのが立ってたり、コーナンがあったり、観覧車があったり。

寂れた感じの街並みはどこへ。

これじゃー港の風情がなくなってるじゃ〜ん。

  

主人公が、神戸という嫌いなところで、精神を休めたくてもハーバーラーンドも質素で。でも、地元民(ヒロイン)はそういうのを含めて地元を愛していて、主人公がそれに共感

みたいな〜〜〜〜

どこが質素やねん。めっちゃ発達しとるやんけ〜。これじゃあそこらの地方都市と同じだヨォ。

  

20年前にはなかった言葉ですが、

推しは推せる内に推せ」ですわ。

聖地巡礼はお早めに〜

2022-03-24

東大卒だけど友達ができてクズになった

数年前、東大修士まで出て就職した。

社会人になって、友達ができた。

まり大きな声では言えないが、コロナ禍の真っ只中でも飲み歩いたり、旅行したりと楽しかった。

非常に充実したプライベートを送っている。

その一方で、仕事へのモチベーションが無くなった。

在宅勤務では一日一時間仕事をすれば良い方で、ずっとゲームをしている。当然パフォーマンスが目に見えて落ちるため、上司からもたびたび怒られている。

就活とき自分スキルを活かせそうだとか頑張って成長したいだとか、そんなことを思っていたはずだが、いまや何の向上心もない。

最低限クビにならないようにしているのみ。全く頑張っていない。

考えてみると、東大に受かるまで受験勉強できたのも、学会で受賞するほど研究頑張れたのも、承認が欲しかっただけなんだと思う。

友達ができたことで承認欲求も満たされてしまった。もう頑張る理由がない。

生きやすくなった気はするが、これで良いんだろうかと思わなくもない。

2022-03-22

anond:20220322095020

受験勉強好きで毎年センター受けてるやで

センターだけは勉強ってよりは対策って感じでほぼゲーム感覚で9割は確実に取れる

会社では4割くらいの成果しか出せてないけど

センター自己肯定感を満たしてる

受験勉強したすぎて気が狂いそうだから会社辞める

何言ってるかわからないと思うが、本当にそうなのだ

受験勉強死ぬほど未練がある。

どれくらい受験勉強に未練があるかというと、仕事の移動時間速読英単語を開いたり帰宅途中に簿記勉強をしたり、いつか勉強に専念するために死ぬほどお金を切り詰めたり(貯金は2〜3年分の生活費くらいはあると思う。知らんけど。)休みの日に遊ぶことにはめちゃくちゃ罪悪感がある。

学生時代の頃から、うすうすまた受験勉強をしたいという思いを持ち続けていたが、そんなことは社会のレールから外れることだし、それよりも他に何か意味のあることをしなくてはと思い、大学講義死ぬほど詰め込んだりなんなら単位にならない講義まで通ったりした。

だが、私は学問が好きなのではなく、兎に角受験勉強がしたいのだ。現に卒論とかはめちゃくちゃ苦戦した。

私は中学受験をした頃から受験という事象が好きなのだ。毎週の成績で入れ替わる順位表、合格快感不合格の悲哀、戦略を立てて成績向上のために1人で戦う時間。その全てを愛しているし、それ以外の生きがいを持ったことがない。大学受験が終わってしまった時は生きがいをなくしたことが悲しすぎてこの先のことが何も考えられなくなったくらいだ。わかっている。異常だと。

受験勉強といっても、もう大学に通おうとはあまり思っていない。学費が勿体無いし、そもそも学問には興味がない。だから公務員を目指したい。私のこの気が狂いそうになる欲望を満たしてくれるものは、公務員試験しかない気がする。

市役所とかのレベルでは退職するまで専念するのはおかしいと思われそうだから国家を狙う事にする。

なんか他にいい方法があったら教えてほしい。

2022-03-21

メモ)中受のメリデメ

メリット

 高校の内容を先取りできるので、大学受験準備などが丁寧にできる

 学校が進学に好意的、生徒層がある程度中上流からくるので各種リスクが少ない

デメリット

 金がかかる

 子を受験勉強中に劇詰めしまくるなどして勉強嫌いにさせた場合中学入学学習が進んでいるのをいいことに全く勉強しなくなる(特に英語

 

2022-03-18

anond:20220318182334

高校入学直後から受験勉強

勉強時間を誇るタイプ受験失敗しやすいよ 俺はこれだけ頑張ったんだから報われるはずって勘違いして傲慢になる。

費やした時間じゃなくて学んだもの、得たものを誇りなさいよ

anond:20220318183517

いやだから最初から能力と体力のあるやつはできるし、無いやつはできないというだけだって言ってるんだよ。

能力も体力も遺伝子で決まる部分が大きいから、遺伝子微妙だった人はどう頑張っても無理だと思うよ。そういう意味で「諦めるしかない」って言ってるの。

強いて言うなら、自分が十分な能力を発揮できる分野と現在仕事が合ってないんだとしたら能力に合った仕事に変えるとかそういうくらいの工夫はあると思うけど。

例えば「別に受験勉強とかあんまやってなかったけど何か授業聞いてたら大体分かったし東大入試もそんなに難しくなかったです」みたいな人間一定数いるんだけど、お勉強に関わる仕事で家庭と両立したいなら最低限そのくらいの能力は無いと無理。他の仕事でも同様に、その仕事要求される能力(や体力)についてそのくらい飛び抜けた才能が無いと家庭との(元増田の言うような完全な)両立は無理だと思うぞ。

がんばっても報われない

高校入学直後から受験勉強始めてるのに志望校落ちるし

彼女ほしくてファッションとかデートスポット勉強しても3回目のデートはできないし

仕事がんばってもタスクが終わらなくて常に無能扱いされてるし

気晴らしにオフゲーム会いってもノンバーバルキモすぎてみんなちょっと引いてるし

Twitterアカウントつくって交流したくても滲み出るキモさで段々みんなからスルーされていく

しょーじき自分が悪いとこは多い。人から説明されたこしかできないし、理解力低いし思い込み思考ロックされちゃうからもっと簡単方法があっても辿り着けないし。

ただそれはそれとしてもっと俺を認めてほしい。がんばったねって褒めてほしい。一個くらい人に自慢できる成功がしたい

どこ行っても無能だと流石に孤独すぎてしんどいんだ

2022-03-13

去年いっぱいまで宅浪やってた

指定校推薦大学入ったかコロナ禍を機に受験勉強でもやってみるかと思ってやってた

学歴コンプは無かったがネットで調べてなんとかコンプを持ってモチベーションを保とうとした

だが自分のあこがれの人物が同じ大学卒業していたと知り一気に学歴コンプがなくなりモチベーションが0に

受験勉強したせいでなんか血糖値の数値が上がったらしく しかも先月はコロナにもかかった

リスクヘッジのために受験料払わなくてよかった するフリだけをしていてよかった

自分はより自分学歴に自信がついた 学歴コンプなんてくだらねー

一般受験してるやつってアホだわー

2022-03-10

anond:20220310194333

所詮うまくいくかいかないかは、「思考力」「努力」「真面目さ」「要領」「コミュ力」「体力」とかであって、学歴と直接的には関係ない。

上に挙げた一部が「受験勉強で試される」ってだけ。

それに仕事必要能力は、個々の仕事でだいぶ異なるしね。

オールマイティにこしたことはないが、全部は必要ない。

2022-03-08

小説が苦手になった

要約

小説を読むのは好きだ。私は小説を読む時、主人公感情移入して読んでいる。そして、本を読み終わった後も本の中の主人公思考から抜け出せない。そのため読了後、本の中の憧れの世界と、自分のどうしようもない生活との落差に驚かされて憂鬱になってしまう。皆さんはこの落差と、思うようにならないことも多い現実に、どう向き合っているのだろう?

要約終わり

小説を読むのが、苦手というか、嫌いになった。

ちょっとまでは、めちゃめちゃ小説を読んでた。

小学生の頃は、学校図書館にある本とか地域図書館の本をかなり読んだ。

中学生の頃は、学校図書館の本だけでは飽き足らず、友達からラノベを中心に本を借りて読んだ。

高校の頃は、「国語勉強」と言い訳して読書受験勉強を1対1ぐらいでしていた。

でも大学に入って、小説を読むのが苦手になった。

小説を読んでいるとき楽しい

登場人物気持ちに思いっき感情移入して話を読み進めるのにはワクワクする。

とっても綺麗な情景描写を見つけたときは、まるで自分が本当に綺麗な景色を見てるみたいでとっても感動する。

悲しい話だったら心が締め付けられるし、いい話だったら心がぽかぽかする。

ハッピーエンドで本が終わった時には、感動して涙が出そうになる。

でも、小説を読み終わった後が嫌いだ。

小説を読み終えると、小説世界現実との違いに驚く。

頭の中は小説世界でいっぱいで、私は主人公になったみたいに心が揺れ動いている。

でも現実はそうじゃない。

今は春休みから勉強ぐらいしかすることがない。

友達と遊ぼうにも、あまりにも突然すぎて誰も乗ってくれないと思う。

悩みや困っていることを真剣相談できる友達はいない。

逆に相談してくれるような友達もいない。

頭がぐらぐらする

本の中と現実が違いすぎて、その落差に頭がついていけない。

本の中では、楽しいことと、辛いことがバランスよく混ぜ合わされて出てくる。

そしてその出来事を、確かに主人公自分経験にできている。

主人公の行動が、周りに影響を及ぼしている。

そして何より、物語は都合がいいとこしか書かれてない。

高校生が主人公小説なら、雨の日の通学が面倒な様子とか、あんまり書かれていない。

友達と何を話していいかからずに悶々とする様子とか、あんまり書かれていない。

自分のいないところで友達が楽しそうに遊んでる様子とか、あんまり書かれていない。

現実はそうじゃない。

楽しいことも辛いこともある。

でもそれと同じぐらい、面倒なこともあるし、どうしようもないこともある。

本と違って現実は決して都合のいいところで終わらない。

いつまでも終わりが見えない道が続いてく。

本を読み終えると、まず現実との以外に驚く。

そして、もっとこうしていたらと自分の今までの生活を責めてしまう。

もっと友達と遊んでいたら。

面倒くさがらず行事とか習い事かにいっていたら。

後悔というよりは、諦めだ。

どうしようもない。分かってる。

その時の自分にできる最善の選択だった。分かってる。

でも現実は本の中と違って退屈だし、私は本の中の主人公と違い、空虚人間だ。

でもその事実に、どう向き合えばいいかからない。

今後どう振る舞えばいいかすら分からない。

結局憂鬱になって終わっちゃうだけだ。

その感覚とどう向き合っていけばいいかからない。

今日は重松さんの「一人っ子同盟」を読んだ。

小学生の男女の幼馴染が、お互いの家庭環境の悩みを共有しつつ成長していく話だ。

男の子は近所に引っ越してきたみなしごとの関わり方に悩み、女の子はお母さんの再婚相手とそのことどう関わっていけばよいか悩んでいる。

物語が進むにつれだんだんとお互いに秘密を共有しだし、仲が深まってきた中で、突然に女の子引っ越しが決まり卒業式を迎える。

最後に二人で一緒に夕焼けを見て感傷に浸って、物語は終わる。

きれいな景色を見ていると、いろんなこと、もう、どうでも良くなっちゃうね。」

本の中で女の子はいう。

本当にそうだと思う。きれいな景色を見たり、きれいな本を読んでいると、いろんなことがどうでも良くなってしまう。

でも、本の中では男の子がこうつづけている。

「そうだといい。でも、きっとそうではない。どうにもならないことって、ある。けっこうたくさんある。」

この本を読みながら、私は小学校の頃を思い出した。

幼馴染はいなかった。本当はいたのかも知れない。

でも、私は幼馴染になるほど人と関わる努力をしていなかった。

本の中と違って、現実はどうにもならない。

どう受け入れていけばいいのだろう。どう向き合っていけばいいのだろう。

私は本の中から、その答えを読み取れなかった。

皆さんはどうやって、簡単に変えることができない現実と向き合ってますか?

学校の外で知識を得るのは悪いこと

親が高卒なので、知識を授けてくれる人が学校先生しかいなかった。

塾に行くことは悪いことだと思っていた。

本屋に行って自分参考書問題集を買うことも良くないことだと思っていた。

学校の授業と学校から配られた教材だけで受験勉強した。

旧帝大志望だったが、結局、田舎にある国立大学しかからなかった。

大学院日本トップレベル大学に入った。

都会の同世代は塾で勉強しているのが当たり前だったと知った。

いや、塾だけじゃなかった。

中高生の時から自分本屋に行って、研究者の書いた新書を読んだり、高校生のうちから大学で使うような本や教科書を読んでいた人だって、珍しくなかった。

学校の外に勉強する場所があるなんて、思いつかなかった。

学校の外で、先生以外から教わることは、悪いことや間違っていることばかりと思っていた。

学校敷地の外の世界は、悪い大人と悪い言葉であふれていると思い込んでいた。

出身高校の近くにも少し大きな書店はあった。

でもマンガラノベ買う時しか使わなかった。

本屋知的ものがあると知らなかったし、自分で本を読んで勉強するなんて発想がなかった。

高校時代クラスメイトに再会して、私がマンガラノベばかりを買っていた学校近くの本屋で、彼はブルーバックスニュートンを買って、宇宙に興味を持ったので、それを学べる学科に進学したと言った。

彼の親は大卒

私は親が高卒文化資本が無いのだ。

2022-03-05

先生に出さなかった年賀状の思い出

今は個人情報問題があって難しいと思うが、私が子供の頃は、担任先生から必ず年賀状が来ていた。

よく考えたら、年賀状代はおそらく私費なんだろうし、40人分近く印刷するのだって、それなりに手間がかかる。

そんなふうに、プライベート費用と手間まで費して、教員というのは本当に大変な職業だと思う。

その点ではむしろ教員が生徒に向けて年賀状を出す習慣というのは、無くなった方が平和なのかもしれない。

さて、年賀状は来たら基本的に返信するものである。私も担任先生に返信していた。

そして、担任から外れた次の年からは、感謝なのか慣習からなのか、年賀状自分から出すようになった。

すると、いつ辞めるかが問題になる。私の場合大学生になってようやく辞めた。

逆に言うと、大学生になるまで、担任だった先生への年賀状を延々と出し続けていたのだ。

初めてもらった年賀状幼稚園先生からだった。なので、一番長先生だと10年以上やりとりを続けていたことになる。

そんなに長くやりとりが続いて、微笑ましいことだって

いや、その事実は私にとって結構トラウマだ。

なぜなら、担任先生年賀状を送るのは、おそらく「学級通信」の延長みたいなもので、

担任としてのコミュニケーションを円滑にするためであろう。そうであるならば、担任と生徒の関係が終わったあとは、

こんなに長く年賀状をやりとりするなんて望んでいなかったんじゃないかと思うのだ。

端的に言うと、迷惑だったんじゃないかと思うのだ。

年賀状しか接点の無い単なる一生徒から10年以上も年賀状を送り続けられて、果たしてしかったのだろうか。

なにしろ、送った相手教員なのだ

「○○高校に行きました」と報告されても、多数居る教え子の一例でしかないのだ。

そんな多数の中の一情報に「嬉しい」と感じられるものなんだろうか。私が教員なら無理だと思う。

それに、この件で何が一番たちが悪いかというと、私自身の対応の仕方だ。

大学生になるまで担任だった人に年賀状を出し続けるというのは、そもそも私の本意ではなかったのだ。

他人年賀状をやり取りできる嬉しさで、10年以上も会っていない人に年賀状を出し続けたわけではなかった。

しろ、怒られるのが怖くて年賀状を出し続けていた。

具体的には、「担任だった先生年賀状を出さないなんて礼儀を失している」と親に怒られるんじゃないかと思っていた。

担任先生を想ってではなく、親に怒られるのが怖いという一心で、出したくもない年賀状を出していたのだ。

先生年賀状を作るのは手間だったろうが、当時子供だった私には、年賀状作りなんて冬休み憂鬱になるほど面倒な作業だった。

30代を終えようとしている私が子供の頃は、PCなんて普及していなかった。

そのため、自分干支イラストをクーピーで書き、「高校では○○部に入り、云々」みたいな近況を知らせる文面を考え、

ペン書きなので、書き損じにならないよう(つまり無駄になったと親に怒られないよう)、必死に気を使って書き付ける。

そんな、夏休み工作みたいなことを大学生になるまで毎年繰り返していた。

ということは、高校生のときももちろんそうしていた。

高校3年生の受験シーズンでも、受験時のナーバスな時期だからこそ、親に怒られるなんて絶対に嫌だと思って、

干支の絵をお絵描きしていた。そしてそれを、例えば幼稚園とき先生に送っていたのだ。

こうして、改めて今になってよく考えると、本当に頭のおかしいことをしてたんじゃないかと思う。

高校生になっただろう相手男性)が、小学生みたいな干支イラストで毎年年賀状を送りつけてくる。

それも、10年近く会ってない相手から

きっと、なんでこんな稚拙な絵を延々と送り続けてくるのか、新年早々の疑問になっていただろう。

しろ、恐怖を与えてしまっていたかもしれない。

などと客観的に考え出すと、我ながら恥ずかしいことをしてきたと、枕に顔を押し付け叫びたくなるほど後悔する。

受験勉強をセーブしてまで、やりたくも無いお絵描き10枚近く、きっと存在しなかった親の怒りを恐怖するために書き続けていた。

そう、この恥ずかしい行動の原動力は「親への恐怖」だったのだ。ここがいまだに、自分ことながら意味がわからない。

どうして、そこまで親に恐怖していたのだろう。別にそこまで仲が悪いわけでも無かったのに。

12月になると、特に希望もしていないのに、親から毎年無地の年賀状10枚渡されて、

それを無駄にすると怒られると思ったから?それにしたって、「もう高校生だから」と断ればよかったのだ。

本当に、私は頭のおかしなことをしてたと思う。「親への恐怖」という妄想で、かつて担任だった人々に迷惑をかけた。

自分ことながら、一種心理ホラーにさえ思える。

まあそれでも、大学生ときには、担任だった先生への年賀状を辞めることができた。

大学生になったので、塾のバイトを始めて給料が手に入り、年賀状くらい自分で買えるようになる。

当然、親から年賀状をもらう必要も無い。「年賀状自分で買うから」と、ようやく断ることができたのだ。

そして、自費で年賀状を買う段になって気づいた。気づいたことは2つある。

まずは、それなりの額を出せば、イラストが付いた年賀状が買えるのだということだ。

それまで、イラスト挨拶が書かれた年賀状は、大人業者に頼んで大量注文しないと手に入らないものだと思っていた。

それが、大学生協に並んでいたのだ。これは、本当に救われた!という気分になった。

そんなの、コンビニスーパーにも並んでるから大学生にならなくとも気づくだろ、と思われるかもしれない。

しかし、私は大学生になるまで、ろくにコンビニに入ったことが無かったのだ。

その理由は、私の家ではお小遣い制度が無かった(金銭必要とき必要なだけもらえる)というのが大きい。

学級帰りにコンビニに立ち寄ってパンでも買って帰ってくる、みたいなことをするお小遣いが手元に無かったのだ。

スーパーにしたって、中学生以降は親と行動するのが恥ずかしくなるわけで、ろくに立ち入ることが無かった。

まあ、そもそも田舎に住んでいたので、自宅から歩く距離にはコンビニスーパーも無かったわけだが。

話が横道に逸れたが、とにかく、金を出せば年賀状稚拙イラストを載せなくてもよいと知ったわけだ。

そして、もう一つ気づいたことは、そもそも論になるが、担任への年賀状意味はあるのかということだ。

それは大学生になって、担任というシステムから解放されたのが大きい。

(いや正確には、学年全体での担当教授は居た気がする。しかし、有名無実というか空気みたいな存在だった。)

大学では、自分知識は多くの教員バラバラと与えてくるものであり、担任という唯一の存在依存する必要が無い。

(まあ、ここについても、研究室に配属されるようになると、考えはまた変わってくるわけだが。)

そう考えると、それまでの「担任」という人々に、こんな10年も経ってまで感謝を示し続ける必要があるのか疑問になってきたのだ。

そういうわけで結局、大学一年生のとき年賀状は完全に取り止めた。

ちなみに、当時は実家暮らしだったため、自分年賀状を出していないというのは、親にも当然バレるはずだった。

正月以降に、毎年来るはずの担任先生たちから年賀状が全く来ない、という形でバレるはずであり、戦々恐々としながら新しい年を迎えた。

しかし、親には怒られなかった。

今考えれば、親に怒られるなんて全て私の妄想だったので、当然の結果だったわけだが、当時は心の底からホッとした。

まあ、そこからようやく「親への恐怖」が自分妄想であることに気づくようになり、

前述のとおり、これまで稚拙年賀状を出してきたことをトラウマに感じるようになってしまうわけだが。

というわけで、担任だった先生への年賀状の話でした。

結局、自分妄想他人を振り回してしまったわけで、その点は今でも申し訳なく思っている。

そして何より、自分自身稚拙イラストを書いたり本当に苦痛だった。

そんなお互いに苦痛な習慣を、自身勘違いで長年続けてしまったのは本当に黒歴史だ。

リアル相手にはとても言えないけど、黒歴史な思い出は文章にしてちゃん客観視しないと、

いつまでも「思い出しアー」になって苦しむことになる(実際、毎年年末に思い出して苦しんでいる)ので、一通り書き出した。

あとはこうして、匿名掲示板に記して供養としたい。

ちなみに、年賀状トラウマになったので、大学生以来誰にも出していません…

となれば、お話し的にはキレイな展開なんだと思うが、高校ときの友人との年賀状は、数枚ながらもまだ続いている。

大学生の頃は、年賀状なんか一生出すもんか!とも思っていたのだが、卒業すると就職で散り散りとなり、お互いの近況を知りたくなった。

現在であれば、それはLINEか何かで実現できるのだろうが、15年以上前の話なので、そこはやはり年賀状でのやり取りとなった。

携帯メールはあったんだけど、何かこう、正月だとかのきっかけがないと、お互いやりとりしないよね。

って、やっぱり私も古い人間なのかも。

まあとにかく、子供の頃は色々やってしまったけれど、年賀状を誰かに出す習慣はまだ潰えていない。

今はさすがに年賀状コンビニで買ってきたものを使っているけれど、その印刷された文面の端っこに、

ペン書きながらも簡単イラストを書いてしまうのは、そういう過去があったからなんです。

最後まで読んでくれて、ありがとう!)

2022-02-28

気持ち悪いので吐きに来た。

世界とどこかでつながっていたい気持ち。でも完全につながっているんじゃなくて、安全なところに隠れて、そっと伺い見るような、そんなのを望んでいる。誰かが話しかけてきたら逃げてしまうだろう。いや、そんな気取られることすら嫌だ。そっと、屋上の物陰とか、屋根裏の隙間からとか。

ぼくは出て行っていいのかな。挨拶をしたり、話しかけたりしていいのかな。ぼくのような出来損ないが。

 

LIVE東京新宿駅ライブカメラ Shinjuku, Tokyo JAPAN - YouTube

 

あの新宿南口は、何度も行ったり来たり出たり入ったりしたところ。高校生の頃からおなじみの場所予備校の帰りとか、入試日のチキンライス弁当とか。

受験弁当を駅の西口コンコース階段の広い踊り場にある売店で買って、いつも唐揚げチキンライス弁当で。30年以上前のこと。

ほんとうに、ぼくはどうしてこんなに無駄に回り道ばかりしているんだろうか。それとも回り道じゃなくて彷徨っているだけなのか。目的地すら知らない。もしかしたらずっと東の彼方に見える海峡の向こう、もしくは夜の黒い平原の彼方の光の粒に向かっているつもりなんだろうか。

降る雨が窓ガラスに降りかかり、細く開けた窓枠の横の隙間から右手を肘まで出して、手には何か棒状で平らなもの、たとえば定規とか持って、バスのワイパーになったつもりで動かす。扇形に。5歳、6歳のぼくだ。

あの頃、目的地なんて知らなくて、そんなものなくても平気で。でも、毎日から叱られるのは嫌だった。脚を持たれて逆さにぶら下げられたり、床の上を引きずり回されたり。お母さんはいつも寝ていて、話しかけても叱られるだけで、そして仕事から帰ってきたお父さんに告げ口して、同じことでお父さんから叱られて、それも毎日時間、2時間、立ちっぱなしで。晩ご飯を食べながらお父さんは叱り、食べ終えても叱り。

知らないおじさんおばさんのくせに。

 

家の前の石段で苔の盛り上がりを撫でたり、側溝の流れに揺れるご飯粒と、白くなったミミズの死骸の生臭さをかいだりしていた頃。自分のつま先よりも大きな石が転がる砂利道を歩いて、道端のコンクリ製のゴミ箱の中をのぞき込んだりしていた頃。台所の電灯の笠のスイッチを回す「キュッ」という音で夜がやってきていた頃。

 

ぼくはずっとあの町で過ごしたかったのに。あそこが一番素敵だったのに。寝台特急サンドイッチと、そして車窓から射し込む朝日コーヒー匂いで騙されるようにして、知らない町、知らない大人のところに連れてこられた。そして、学期途中から入った幼稚園初日、園庭の遊びの途中に他の子に触られて吃驚して、ぼくはその女の子を叩いて、そしてぼく自身が泣き出した。

通園バッグのパイピングは、ぼくの噛み痕ですぐにぼろぼろになった。ワイシャツも、吊りズボンも、蝶ネクタイも、カンカン帽も嫌いだった。

小学校も知らない町だった。卒業するまで、両手指は深爪のままだった。だって、通園バッグを噛むわけにはいかないから。「よくできる真面目な子」が通り相場だった。十本の手指だけでは足りなかったが、幸いなことに体は柔らかかった。ニ十本で何とかなった。

中学校友達のいない遠くの私立で、中高生友達も出来ず、大学受験宅浪で、でも共通一次は頑張った。しかし、それをお父さんは認めてくれなくて、国大で最底辺の遠くの学校しか許してくれなかった。入学しても受験勉強して大学を受け直せとお母さんには言われた。

そんなぼくに、何ができただろう。

 

靴は指を丸めて履くんだと思っていた。だから、駈けっこはいつでもビリだった。中学生になるまで、両足指の関節は丸くタコのようになっていた。靴は指を伸ばして履くもんだと知ったのはいつだったろうか。

 

うん。

中高生とき、ぼくは何をすればいいのかわからなかった。大人は「テストで点をとれ」とばかり言うだけで、それにはどうすればいいのか、そんなことは一言も教えてくれなかった。「勉強しろ」としか言わなかった。勉強って何? 何をどうすればいいの? という質問すら思いつかず、おそらく思いついたとしても質問自体が禁じられていただろう。「そんなこともわからいかダメなんだ」って叱られただろう。もしかしたら物を投げつけられたり、殴られたりしたかもしれない。教師は笑って相手にしてくれなかった。

勉強する、身につける、試験でそれなりの成績をとる――そこへ向かうには、幾重もの疑問や課題障害不安ひとつずつ解決していかねばならないというのに、それを一気呵成にぶち破れるような幻想を抱かせる言葉しか手許にないとしたら、夢の中に暮らすしかないじゃないか

そして、ぼくは夢の中に逃げ込んだ。

東の窓。黒い平原。地平線の光の粒々は未来都市宇宙港。ほら、横切る点滅は惑星からの到着便だ。低く流したAMラジオハチミツたっぷり紅茶大学ノートに青インクの極細サインペンで思いつきを書きつけていく。お手本は稲垣足穂

そうか、40年も同じことを続けているのか。

大したもんだ。

夢の中に40年間も暮らしている。

おかしくもなる。中も外も。

ぼくの人生復讐か。復讐する相手は、もういないけど、居る。だから、ぼくは自分自身復讐する。

道理で苦しいわけだ。

 

息子には味わわせたくない。

2022-02-22

受験勉強が辛いと思ったとき対処

高校3年生へ 「受験勉強が辛い」と思ったとき対処

https://www.tohsemi.com/10516.html#heading2

3. 絶対に忘れないでほしい「受験勉強を頑張る理由

最後に、どんな状況にあったとしても君たちには全員に当てはまる勉強する理由があるはずです。それは、ここまで約18年間、大切に育ててくれ、支援してくれた保護者笑顔にすることです。

前述した「課題区別する」と矛盾したような話になりますが、志望校合格という結果や、受験勉強を通して成長した姿というものは、保護者にとってかけがえのないものです。あなた保護者を喜ばせることができるのは、あなたしかできないことです。私にはできません。どんな偉人にもできません。あなた保護者の方を一番、幸せ気持ちにできるのはあなたしかいないのです。辛いなと思ったときこそ、周りの人への感謝気持ちを想い出してください。感謝気持ちを持ち続けた人こそが辛いときに踏ん張れるのです。

あなた保護者が辛いときや大変な時でも、あなたのためにご飯を作ってくれ、心配してくれて、励ましてくれたように。辛いときは、「保護者」のために受験勉強を頑張ろう!

君たちならできる!自分を信じて、感謝気持ちを忘れずに突き進んでいこう!

私も会社家族への感謝気持ちを持ちを忘れず朝から晩まで一生懸命働かせていただいております!!毎日働くことができて幸せです!ありがとうございます!!

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん