はてなキーワード: 国営化とは
実現可能性90%
・docomoの新料金プラン(以下「ahamo」とする)にauとSoftBankが追従する
・MVNOはかなりの数が淘汰される
・ahamoへの乗り換えをdocomoショップでやろうとする人間が出てくる(諸々は全部ネットでやらなきゃいけない)
実現可能性80%
・不採算店の閉店が相次ぐ→これにより地方の年寄りは丁寧な対応を受けられなくなる
・ahamo等の割安プランを契約している人のショップ対応は有料になる
・日本全国にアンテナを設置しahamo等の割安プランを導入出来るのは大手3社くらいなので新規参入は今以上に困難になる
・楽天モバイルは散々アピールしてきた2980円に並ばれ電波網も大手3社に太刀打ち出来ずジリ貧になる
実現可能性70%
・ahamoが実質的にはサブブランドと変わらないというカラクリが政府にバレてしまい更なる値下げを要求される
・端末割引が無くなり通信費が安くなる分端末代が高くなり合計で見ればトントンになる
今の40台位の人々は、バブル絶頂機を小学校高学年から中学生くらいの間に経験し、大学を出た辺りで超絶的な氷河期に入った、という経験をしている。俺もその中の一人だが、日本社会で印象的だったことをなんとなく懐古してみる。そして、今の時代の伏線は30年前にすでにはられていたのだな、というふうに感じた、ということも書いておきたい。
最近パソナの某がどうしたとかそういう企業による国民の搾取が問題になっていると思うんだが、「こうなるための準備は30年かけて着々とされてきた」ということだ。我々の親の代にはすべて始まっていた、と言ってもいいかもしれない。
まず、自分にとって最も印象的だったのは以下の2つだ。
1. 職業選択の自由アハハン
2. バイト探しが週二回
この2つを覚えている人は多いだろう。つまり、「なにか特定の仕事をやるんじゃなくていろんなこと片っ端から好きなようにやっていこうぜ」という社会的な機運づくりだ。たしかどちらもリクルートがやっていたと思う。リクルートは賄賂かなんかで大変なことになったという印象が強いのはこの辺のせいだと思う。
これまでは、一つの会社に新卒から定年まで勤め上げていく、ということが美徳であり、給料も年功序列、会社はアットホームだった。今でいうとどれも警戒されてしまう単語になっているのだが、この頃の会社は本当に一種の共同体として機能していた。バブルでお金に余裕があったからというのもあったとは思うが、この点は本当で、誰一人ここに疑問を持っていた人はいなかったと思う。
会社で運動会をやり、社員旅行があり、ゴルフ大会なんかもあったりと今では信じられないような状況だった。だが、同時に過労死であるとか、24時間働けますかとかの過剰労働が問題視され始めた時期でもある。
まだ、軍国主義の発想も強かった時代で、過労死した社員は2階級特進で部長待遇で退職したことにするみたいな、会社がそれに報いるとか、なんかそんなこともしていた気がする。この頃は俺は小学生だから、テレビで見た印象、ドラマで見たネタなんかも多分に混ざり込んでいるかもしれない。
タクシーなんかも無礼で、乗車拒否の嵐だったとか、彼女がほしかったらなんとかいうアクセサリーのゴールドを渡さないとだめとか、とにかく金、金、金、の社会だった。なんたら言うアクセサリーのシルバーだと女に「だっせ!どっかいけよ!」とか罵倒されていた。
この頃になると、あまりお金を持っていない男性たちはアッシー、メッシーとか言われて単なる移動手段や金づるにされていた。この辺りフェミニストの女性陣はどう思ってるんだろうか。とにかくひどいのだ。ある女性が彼氏とデートするので自分のことを好きらしい別の男性に長時間列に並ばせてチケットを買わせるとかそんなのをドラマでやれて問題視されない程度にはこのへん行き届いていた。
この頃は女子高生がブルセラショップなる店で自分のパンツとか売っていた気がする。この辺から確か援助交際とかに続いていっているのかもしれない。とにかく老若男女ブランド物しか目に入らない、ブランド物が手に入らないことは恥、春を売ってでも手に入れるべき、みたいな価値観は蔓延していた。この辺は今もづついているかもしれない。
新築マンションも棟の単位で10億円とかで売っていたし、ゴルフ会員権とかも何百万円で取引されていた。とにかく金が余って仕方ない、金を使わなくては、という時代だ。
今若者たちが努めている会社にいる50代60代はこういう社会で生きてきた人たちだということは肝に銘じたほうがいいかもしれない。
さて、バブル崩壊だ。バブル崩壊、という言葉自体は自分にはなんの印象もない。当時の経済状況をバブルと言っていた人はテレビには出ていなかったと思う。そもそもガキ過ぎてニュースを見ていなかったというのもあるだろうが。なんにしてもバブルが崩壊した直後に起きたのは「リストラ」だ。
この辺りで自分たちは家族だと言っていた企業が突然社員に牙を向き始めた。
いきなりやってきて「君クビね、さよなら」くらいカジュアルに社員をクビにし始めた。バブルで家を買ってローンもかなり高いものを組んでいた家庭の大黒柱がいきなり収入を断たれる、という状況だったのだが、社会としてそもそもリストラをきちんとルールにしていないので、とにかくやったもんがちだと言わんばかりにどの会社も社員をクビにし始めた。そして代わりに台頭したのが「職業選択の自由を謳歌していた人々」だ。
彼らはとにかく働いた。アルバイトを何個も掛け持ちして月収100万円なんていう人もいた。いつねてるのかはわからないが、バイトがとにかく儲かっていた。彼らは企業に雇われてしまうと自由がない、自由に職業を選べて好きなときに好きなだけ働けて、休みたければ休めばいい、こんな人生最高じゃないですか、というように言っていたが、彼らが今も息しているかはわからない。
バブル崩壊を契機に正規雇用から非正規雇用に企業は主軸を移し始めた。正規雇用はクビにしようとすると大変だが、非正規雇用は単に契約を打ち切れば終わる。正社員への登用をちらつかせることで企業は優位に立つこともできる。多分この辺は今も残っている。制度だけ残して給料は極限まで減らしているということでもありそうだが、移行期間というのは企業もお金を出すので、この頃はバイトは結構儲かった印象が強い。当時の経済状況でも時給800円くらいだったのだから、結構出していたと思う。考えてほしいんだが、携帯電話、インターネッとと言ったものは無いのだ。生活にかかるコストなんかそんなに高くなかったのだ。
同時に問題になったのは銀行の不良債権だ。バブルのときには土地の値段はとにかく上がっていくので、銀行も土地にどんどん融資をした。この辺金融機関としてリスク管理できていなさすぎだと思うんだが、とにかく金を貸した。例えば土地を買うので1億円貸したとする。この1億円はもはや回収できなくなった。なぜなら土地を売っても数千万円にしかならない。日本の不良債権問題は銀行がこの状況を受け入れてしまうとどの銀行も債権が取り返せなくなるのでどんどん倒産してしまう、というところにある。この頃になると俺もある程度ニュースを見たりするようになるので、なんとなくだが覚えている。
返してもらうこともできない、精算してしまった時点で大損確定する債権が大量にある、という状況だ。この辺りはよくわからないんだが、よくある含み益、含み損、と言うやつのことを言っていた。そして、債務者もお金を返せない。債務者は破産していき、債権者はどうしようもない債権ばかりが溜まっていく。そこで何が起きたか、国による救済だ。この不良債権に対して国は税金を注入して銀行を救ってしまった。資本主義の世界であれば、この辺は銀行の自己責任で倒産するのが正解だが、もしそうしたら、日本に銀行は一行も残らなくなってしまう可能性が高い。
銀行は金融庁による介入を受け入れて国は銀行を救済した。とはいえ、いくつかの銀行や証券会社は倒産してしまった。
このときに銀行は「もうこれで銀行は倒産しないことになった」という認識を得たかもしれない。国による救済というのは、ある意味で半分銀行を国営化するようなものだからだ。今後銀行が倒産すれば、国が損を被ることになる。そして熾烈な不良債権処理が開始された。
とにかく債務者から引っ剥がす。貸し剥がしというのが確かそれだ。銀行は自分たちが損したくないのでとにかく徹底的に国民から搾り取った。国民がどうなろうがお構いなしだ。少なくとも日本において債権者と債務者は全く公平ではないということがここに現れる。
ところでなんでこんなにひどいことになったのか、というはなしだ。どの国でもバブルが崩壊することはあるだろうが日本のそれはとにかく深刻だった。国が支配力を強めるためのシナリオでもあったのかと思うくらいにひどい。
おそらく当時の人々は何も考えないで借金して先物取引していたんだろう。借金と先物取引の組み合わせの極悪さは想像すればわかるだろうが、当時の人々はとにかく酔っていた。国はちっとも諌めなかった。
この辺は都市伝説だが、あるときにユダヤ系資本が急に日本から引いてしまったらしい。日本がアメリカの重要なものまで買い取り始めたからかもしれないとかいろいろ言われているが、俺の中にある投資に対する不信感はこの辺にあると思う。「ある時更に力を持つものが食い荒らすだけ食い荒らしていなくなってしまう」ということだ。
さて、このリストラが吹き荒れたことで企業は正規雇用を徹底的にダンシャリして非正規雇用に走った。就職氷河期というが、これは正規雇用を企業がひどく渋ったことによる。使い捨てのバイトがたくさんいたほうが企業としては助かる。だが、国民のメンタリティは社員になってなんぼ、というのが強かった。
更にこの頃になるとITも一般的になり、これまで10人でやった仕事が1人でできるくらいに合理化されていった。もはや人間はそれほど必要ない、という時代に突入したと言ってもいい。コンピュータならぶっ壊れるまで酷使しても違法じゃない。この大きく時代が変わるときにプログラミングが少しでもできた人は大いに特をした。20年後の今は結構苦しんでいるが。周囲が仕事のなさにあえいでいるときに適当な会社で仕事を手に入れることができた。多重請負地獄があるとも知らずに。
時代が変わるときは、大きく得する人と大きく損する人が出てくる。就職氷河期に仕事を見つけられなかった人々の現状はさんさんたる物だ。変な話だが、WORDとEXCELができれば仕事があったのだが、それを受け入れられなかった人(ここには仕事はEXCELカタカタやるもんじゃないという反発する人もいたかもしれない)との間で命運が別れたと言ってもいいかもしれない。
この頃になると、旦那の小遣いなんか0でもいいがそれだと死んでしまうから一日500円くらいは渋々許す(収入の殆どは旦那なのに!)という変な歪みが出てきたように記憶している。お金は子供の習い事や塾、そして、日々家事に忙しい奥様のたまの贅沢に主に使われるようになった。旦那は家に収入の100%を吸い取られるようになった。お金がない旦那似合わせて飲食店も値下げを始めた。ワンコインランチというのを出すようになった。
この辺は鶏と卵の話かもしれないんだが、男性が社会に還元するお金を持てなくなったこととデフレの開始は無関係ではないかもしれない。もうちょっと言うならば、お金の行き先が特定の業務に行くようになってしまい、ほかは旦那の少ない小遣いの獲得合戦になっていったように思える。
そして値下げ合戦が始まる。マクドナルドなんかは何でもかんでも100円とかで出すようになった。アルバイトたちが激務になることはお構いなしだ。値段を下げる、商品もしょぼくなる、デフレスパイラルの開始だ。
デフレスパイラルに入り、企業はお金が手に入らなくなった。手に入らないのだから給料も支払えない。年功序列型の給料をもらっていた中年層が今度は槍玉に挙げられた。日本ではリストラは絶対にできないと言われているが、実はできる。
こうしてみると、今の状況は変な話だがバブル崩壊から始まっていると思う。もっと言うなら明治時代から始まっているかもしれない。パソナの竹中平蔵に対するバッシングが最近すごいが彼の経済学者としての歩みを見ると、1990年くらいから始まっている。彼はおそらくバブル崩壊経済とそれが崩壊することの意味をわかっていたのかもしれない。
小泉内閣から急に出てきたように見えるが、実は小渕内閣の頃にはすでにいろいろやっている
びっくりするくらいブクマされてんのね。
よく調べてかけとか言う人々、嫌だよめんどくせえ。
はっきりいうと自分の記憶と印象だけで書いている文章だから、間違いや事実誤認、正確性の欠如、だらけだろうね。気になるならこの辺の正確な経緯でも書いてみてくれ。
https://anond.hatelabo.jp/20200521211842
当初政府はその問題を、不況と同じレベルで考えていたらしい。時代に適応できない事業が淘汰され、自殺者が増えても、全体としてはやがてバランスが取れていくだろうと。
「エコシステムってやつね。何かが壊れたり死んだりしても、時代に沿った形で自然に復元し、バランスが保たれるはず、そう考えたのよ、政府は」
ところがそうはいかなかった。専門家の試算によると、復元が不可能なほど、人も事業も経済的な理由で死ぬことがわかった。あるいは海外に身売りする企業が増えるだろうと。実際、その兆しが見え始め、政府の支持率も落ち始めた。
焦った政府は、そこで本格的に救済措置を検討し始めた。それまでも単発的な給付金や貸付などは行っていたが、それでは間に合わなかった。
「結局いろいろあった後に、有望な事業は国が保護することになったの。うーん、半分国営化みたいな感じ?」
その経緯についてもっと詳しく聞きたかったのだけど、サタさんは「カショウに聞いて」と言って、説明を端折った。
一方、個人に対しては、継続的な給付金、つまりベーシックインカムが検討され始めた。
「その話が出たとき、もうみんな大盛り上がりだったわよ。そんなのできっこないって言いながら、本心ではみんなワクワクしてた。でもやっぱりね」
そうはいかなかった。財源が足りないのは明白だった。
「ベーシックインカムの話が出るずいぶん前に、政府はマスクと一時給付金を配ろうとしたの。でも、IT化の遅れのせいで、あちこちでトラブルが起きたの」
IT化の遅れ。これはカショウも言っていた。簡単にいうと、それまで政府は、既存の産業やエコシステムに気を使いすぎて、新しい技術を取り入れることができなかったらしい。あと、かたちを伴わない情報やデータを軽く見ていたのも、IT化が遅れた理由のひとつだったと。
「そんなときおとなりの国がね、ITの専門家――専門家って言っても学者というよりガチでコード書くプログラマのほうね――を招き入れて、マスクをみんなに、均等に行きわたらせることに成功したの!」
その様子を見た役人か誰かが、本格的なIT化と、配給制を検討することを政府に進言したらしい。そこではじめて、その技術的価値に見合う予算が組まれ、実務的なプランや技術の選定が行われた。どういったリーダーやエンジニアが必要かも、“おとなりの国”を参考にして割り出し、その発案者は政府を説得した。
「そんな案、コロナ以前は絶対通らなかったわ。政府は、それまでの社会の基盤となっている業界を優先せざるを得なかったから。でもそのつながりを断ち切ったのがコロナだったの。コロナが新しい可能性のリミッターを外したの」
古い社会的基盤を維持するために、新しい可能性は活躍の場を奪われていた。そのことをサタさんはリミッターと表現したらしい。サタさんは、配給制のバックグラウンドに、労働力不足があったことにも触れた。
「外出や人との接触も制限されるじゃない?そしたら、必然的に労働力も減るのよ。労働力が減ればつまり……、モノが減るの。外国との行き来もできないから、輸入も難しくなって……」
つまり、資源は限られている。その資源を過不足なく、国民に行きわたらせるには、現金よりも物資のほうが有効との考えで、配給制が有力となった。
「もうみんなガッカリよ。SNSは荒れまくって。配給制って、戦争の貧しいイメージしかないじゃない?あと、社会主義っぽい感じ?完全に私たち、管理されてるような?」
しかし政府へのネガティブなイメージは、数年後にはまったく真逆のものに上書きされることになった。
「着いたわ、ここよ」
サタさんは大きな建物を指さした。その配給所は、この一帯の集積所も兼ねていて、ここからさらに小さな配給所にも送られるらしい。サタさんたちは、たまたまこの大きな配給所の近くに住んでいた。
「よくここで買い物したのよ昔は。いろんな服屋さんとかレストランが入ってて。懐かしいわ」
今は、積み上げられた荷物以外は人も物も少なく、がらんとしている。
サタさんは並んだ端末のひとつに、自分の小型タブレットをかざした。
「指輪型とか時計型とかあるけど、私、指輪も時計も苦手なの。だからずっとスマホ型のを使ってるの」
サタさんのタブレットに、荷物の格納場所が示される。その案内に沿って、僕たちは移動する。
「よう!サタちゃん」
初老の男がこちらに笑顔を見せる。作業着らしい服装に身を包んでいる。サタさんも満面の笑顔とあいさつを返す。
「前言ってたやつ。届いてたよ」
彼はそう言って、僕たちをその場所まで案内した。
配給所では、必ずこういったおじさんを見かける。彼らはたいてい、荷物を下ろすのを手伝ったり整理したりしている。
すでに紹介したとおり、この世界では、生活のための労働というのはほとんどない。たいていはロボットによって自動化されている。
じゃあなぜ、彼らはここにいるのか。
それは、ちょっと説明がむずかしいのだけど、彼らのパッションとしか言いようがない。
つまり彼らは、ここで作業を手伝うことを喜びとしているのだ。誰かと立ち話をすることを楽しむものもいる。黙々と作業するものもいる。
いずれにせよ、誰かからの感謝の言葉や、あるいは作業そのものを、自分の喜びとしている。
カショウと行った盛り場なども同じで、過去にそういった経験のある年配の男女が、食事や飲み物の提供を手伝っている。配給所や盛り場に限らず、こういった自主的な労働は、あらゆる場所で見られる。
「昔はみんな、生活のためとか、それが普通だからって理由でしかたなく働いてる人が多かった。労働は苦痛だと思ってる人がほとんどだった。だけど今は、楽しみや自己表現でさえありえるのよね、働くことが。自由だから」
おじさんが笑顔でそう言った。
おじさんのような有志の労働には、ポイントが付加される仕組みになっている。ポイントは、この世界の通貨のようなもので、モノやサービスなど、何とでも交換できる。僕たちは基本的に政府の配給とサービスだけで生活ができるので、ポイントはまさに、趣味や嗜好品のためのおこづかいと言える。
「昔のポイントカードのなごりね。もうちょっと気の利いた名前なかったのかしら」
ポイントが使われるシーンとしては、誰かのハンドメイド家具やアート作品と交換したり、何か作業を頼んだ時に、その謝礼として送ったり。たいていは個人間取引で利用される。
おじさんは振り返って棚のひとつを指さした。
「これだ。降ろしてやる」
配給物資だけでなく、個人間取引の荷物もここに届く。サタさんはうれしそうに小包を受け取った。
おじさんは自走式のカートにすべての配給物資を積んでくれた。3、4日分の食料や生活雑貨なので、そこそこの量がある。
「前回は雑穀を頼みすぎたから、今回は減らしたのよ。その代り、今回はペーパー類がかさむわね」
「配給制も、最初の頃はめちゃくちゃだったが、こんなに細かく調整が利くようになるとはな。便利なもんだ」
「最初はね、あれが足りないとか、システムのトラブルとか、大混乱だったわよね」
「機械化が追いつくまでは本当にモノがなかったしな。でもあっという間に、人間の労働力の不足を機械が埋めてくれた。それに今は……、ストレスが少ないから、ストレス解消のために無駄に消費することもなくなった。そんな気がするんだよな」
「リミッターもはずれたしね」
「ん?リミッターって?」
サタさんはフフフと笑ってごまかした。
「ほんと!何もかもストレスなくてラクになったわ。昔ほら、オンラインショップのサービスで定期購入ってあったじゃない?あれを政府が一括でやってくれてるような感じね、今の配給制って」
そう。配給制と言っても、一律で配給されるわけではなく、その家庭の消費傾向が反映されているので、不満を感じることはほとんどない。
各家庭ごとに一定の枠があり、その枠の中でならどんな組み合わせで発注してもかまわない。そしてその消費傾向はコンピュータに記憶され、次回からの配給プランに反映されるので、放っておいてもある程度その家庭の生活傾向に合った物資が届く。
「ただ、昔ほどバリエーションがないのは寂しいわね。昔はね、石鹸ひとつとっても、いろんな企業が、いろんな色や香りのものを売ってたのよ」
「今は需要の大きいものしか作らないからな、政府の一元管理だから」
「技術や品質、コスト的に洗練されたものしか作らないとも聞きました」
僕も勇気を出して、会話に参加してみた。
「昔あった企業の、すべてのノウハウや技術を結集させて作ってるからな。どの製品も、最高のところでコストと品質のバランスが取れてる。まあ、どれも無難で個性がないと言えばそうなんだが……」
サタさんはさっきの小包を開けて、中から半透明のなにかを取り出した。鼻元に近づけ、においをかぐ。中に鮮やかな花が埋め込まれているのが見えた。明らかに量産された配給品とは違う、“誰かの作品”だった。
そう言って、それをひとつおじさんに手渡した。かすかに清々しい香りが漂う。
「いやぁオレはこういうのは……」
「じゃあ奥さんに。ふふふ」
おじさんにお礼を言って、僕たちは配給所を後にした。自走式カートの後を、僕たちはゆっくり歩いた。
「ああいいにおい」
サタさんはその間ずっと、“誰かの作品”を鼻に押し当てていた。
必要な仕事ではないが需要が見込まれるからこそ保障する意義が生まれる。
風俗も酪農家も国営化する必要はないしされてない。本当に必要な仕事なら自由化の議論自体が起こり得ない。国でやらないといけない事だから。
農業について言えば企業参加の促進などに助成金を出す。並行して自由化も展開する。企業がペイするレベルまで発展すれば保障する必要がなくなる。すでに農家に依存しない体制が少しずつ進んでいる。当然だよね、なり手がいないんだから。本当に必要なら、徴農でもさせるべき?
別の話にもあったけど、図書館とおなじで
国民全員に健康と「文化(良質な)」をあたえるためのツールであることが一つの理由。
だったら国営化しろって? 北の独裁国の放送みたいになっちゃうでしょ。
それが前職○○大臣の政治家がかわるがわる任じられるようになるわけだ。
そりゃ加計森友なんて与党に不利なものはおくびにもでなくなっちゃうだろうな。
今ある報道の公平さ、自由は、「金がいっせんも政府から出されていない」ことによって成り立ってるという建前。
(ま、それを十分に行使してない部分も多いけど。相撲などでは逆に不正を助長してしまっているし)。
今後CMスポンサーつけたらブラック企業を指摘できない。電通自殺事件とか。
せめてやっぱりN国のいうようにジャミング放送で娯楽をおさえていいから、
フリーミアムのフリー部分で報道をしっかり貧乏人に無料提供してほしい。
というか、アマプラネッフリニコとNHK受信料とパケホ高速回線を包括契約すりゃいいんじゃないの