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2023-02-26

トムクルーズ発達障害だったの?

うちの子も大きくなったらトムクルーズアインシュタインみたいになるのかな

だとしたら報われる

2023-02-08

[]シュレーディンガーの猫のいくつかの解釈

シュレーディンガーアインシュタインに宛てて、量子力学コペンハーゲン解釈の重大な欠陥を明らかにするために、架空実験装置を作った。この解釈では、量子系は外部の観測者と相互作用するまで、2つ以上の状態の重ね合わせに留まるとされる[1]。

この効果を、原子というミクロ世界特殊性として片付けることはできるかもしれないが、その世界が、テーブル椅子、猫といったマクロ日常世界に直接影響を及ぼすとしたらどうだろうか。シュレーディンガー思考実験は、それを明らかにすることで、量子力学コペンハーゲン解釈不条理を明らかにしようとした。 粒子が重ね合わされた状態にあることは、一つの事実だ。しかし猫はどうだろう。猫はどちらか一方にしかさないし、死んだり生きていたりもしない。

ガイガーカウンターの中に、ほんの少しの放射性物質が入っていて、1時間のうちに原子の1つが崩壊するかもしれないが、同じ確率で1つも崩壊しないかもしれない。このシステム全体を1時間放置しておくと、その間、原子崩壊していなければ、猫はまだ生きていると言うだろう。システム全体のΨ関数(波動関数)は、その中に生きている猫と死んだ猫(表現は悪いが)が等しく混ざり合っていることで、このことを表現している。

この思考実験意味合いについては、多くの現代的な解釈や読み方がある。あるものは、量子力学によって混乱した世界に秩序を取り戻そうとするものである。また、複数宇宙複数の猫が生まれると考えるものもあり、「重ね合わせられた猫」がむしろ平凡に見えてくるかもしれない。

 

1. シュレーディンガーのQBist猫について

通常の話では、波動関数は箱入りのネコ記述する。QBismでは、箱を開けたら何が起こるかについてのエージェントの信念を記述する。

例えば、Aさんがギャンブラーだとしよう。ネコの生死を賭けたいが、量子波動関数が最も正確な確率を与えてくれることを知っている。しかし、世の中には波動関数のラベルがない。自分で書き留めなければならない。自由に使えるのは、Aさん自身過去の行動とその結果だけである。なので結果として得られる波動関数は、独立した現実を反映したものではない。世界がAさんにどう反応したかという個人的歴史なのだ

今、Aさんは箱を開けた。死んだ猫、あるいは生きている猫を体験する。いずれにせよ、Aさんは自分の信念を更新し、将来の出会いに期待するようになる。他の人が不思議な「波動関数崩壊」と呼ぶものは、QBistにとっては、エージェント自分の 賭けに手を加えることなのだ。

重ね合わせを形成するのはエージェントの信念であり、その信念の構造から猫について何かわかる。なぜなら、波動関数は、エージェントが箱に対して取り得るすべての行動(相互排他的な行動も含む)に関する信念をコード化しており、Aさんの信念が互いに矛盾しない唯一の方法は、測定されていない猫に固有の状態が全く存在しない場合からである

QBistの話の教訓は,ジョン・ホイーラーの言葉を借りれば参加型宇宙であるということである

 

2. ボーミアンについて

量子力学コペンハーゲン解釈によれば、電子のような量子粒子は、人が見るまで、つまり適切な「測定」を行うまで、その位置を持たない。シュレーディンガーは、もしコペンハーゲン解釈が正しいとするならば、電子に当てはまることは、より大きな物体特に猫にも当てはまることを示した:猫を見るまでは、猫は死んでいないし生きていない、という状況を作り出すことができる。

ここで、いくつかの疑問が生じる。なぜ、「見る」ことがそんなに重要なのか?

量子力学には、ボーム力学というシンプルでわかりやすい版があり、そこでは、量子粒子は常に位置を持っている。 猫や猫の状態についても同様だ。

なぜ物理学者たちは、シュレーディンガーの猫のような奇妙でありえないものにこだわったのだろうか?それは、物理学者たちが、波動関数による系の量子的な記述が、その系の完全な記述に違いないと思い込んでいたかである。このようなことは、最初からあり得ないことだと思われていた。粒子系の完全な記述には、粒子の位置も含まれるに違いないと考えたのである。 もし、そのように主張するならば、ボーミアン・メカニクスにすぐに到達する。

 

3. 知識可能性について

シュレーディンガーの猫の本当の意味は、実在論とは何の関係もないと思う人もいる。それは、知識可能性と関係があるのだ。問題は、量子世界が非現実であることではなく、量子系を知識対象として安定化できないことである

通常の知識論理では、私たち質問とは無関係に、知るべき対象がそこに存在することが前提になる。しかし、量子の場合、この前提が成り立たない。量子力学的なシステムに対して、測定という形で問いを投げかけると、得られる答えに干渉してしまう。

 

4. 反実仮想的な本質

シュレーディンガー実験には、3つの基本的意味がある。

これらの本質的な特徴は「反実仮想」であり、何があるかないか現実)ではなく、何が可能不可能かについてである。実際、量子論の全体は反実仮想の上に成り立っている。反実仮想性質は、量子論運動法則よりも一般的であり、より深い構造を明らかにするものからだ。

量子論後継者は、運動法則根本的に異なるかもしれないが、反実仮想性質を示すことで、重ね合わせやエンタングルメントさらには新しい現象可能になるだろう。

シュレーディンガーは、仮想的な猫の実験で何を言いたかったのだろうか?現在では、シュレーディンガーは、量子論は、猫が死んでも生きてもいない浮遊状態にある物理可能性を示唆していると主張したと一般に言われている。しかし、それは正反対であるシュレーディンガーは、そのようなことは明らかに不合理であり、そのような結果をもたらす量子論理解しようとする試みは拒否されるべきであると考えたのである

シュレーディンガーは、量子力学波動関数は、個々のシステムの完全な物理記述提供することはできないと主張したアインシュタイン-ポドロスキー-ローゼン論文に反発していたのであるEPRは、遠く離れた実験結果の相関関係や「spooky-a-distance(不気味な作用)」に着目して、その結論を導き出したのである

シュレーディンガーは、2つの前提条件と距離効果とは無関係に、同じような結論に到達している。彼は、もし1)波動関数が完全な物理記述提供し、2)それが「測定」が行われるまで常に彼自身シュレーディンガー)の方程式によって進化するなら、猫はそのような状態に陥る可能性があるが、それは明らかに不合理であることを示したのだ。したがって、ジョン・ベル言葉を借りれば、「シュレーディンガー方程式によって与えられる波動関数がすべてではないか、あるいは、それが正しくないかのどちらか」なのである

もし、その波動関数がすべてでないなら、いわゆる「隠れた変数」を仮定しなければならない(隠れていない方が良いのだが)。もし、それが正しくないのであれば、波動関数の「客観的崩壊」が存在することになる。以上が、Schrödingerが認識していた量子力学形式理解するための2つのアプローチである。いわゆる「多世界解釈は、1も2も否定せずにやり過ごそうとして、結局はシュレーディンガー馬鹿にしていた結論に直面することになる。

 

5. 波動関数実在論について

シュレーディンガーの例は、量子システムの不確定性をミクロ領域に閉じ込めることができないことを示した。ミクロな系の不確定性とマクロな系の不確定性を猫のように絡ませることが考えられるので、量子力学ミクロな系と同様にマクロな系にも不確定性を含意している。

問題は、この不確定性を形而上学的(世界における)に解釈するか、それとも単に認識論的(我々が知っていることにおける)に解釈するかということであるシュレーディンガーは、「手ぶれやピンボケ写真と、雲や霧のスナップショットとは違う」と指摘し、量子不確定性の解釈はどちらも問題であるとした。量子もつれは、このように二律背反関係にある。

ベルが彼の定理実験的に検証する前、量子力学技術が発展し、もつ状態実在性を利用し、巨視的なもつシステムを作り出す技術が開発される前、形而上学的な雲のオプションテーブルから外されるのが妥当であった。しかし、もしもつれが実在するならば、それに対する形而上学的な解釈必要である

波動関数実在論とは、量子系を波動関数、つまり、死んだ猫に対応する領域と生きた猫に対応する領域で振幅を持つように進化しうる場と見なす解釈アプローチであるシュレーディンガーが知っていたように、このアプローチを真面目に実行すると、これらの場が広がる背景空間は、量子波動関数自由度を収容できる超高次元空間となる。

 

6. 超決定論について

不変集合論IST)は、エネルギーの離散的性質に関するプランク洞察を、今度は量子力学状態空間に再適用することによって導き出された量子物理学のモデルであるISTでは、量子力学連続ヒルベルト空間が、ある種の離散的な格子に置き換えられる。この格子には、実験者が量子系に対して測定を行ったかもしれないが、実際には行わなかったという反実仮想世界存在し、このような反実仮想世界は格子の構造矛盾している。このように、IST形式的には「超決定論」であり、実験者が行う測定は、測定する粒子から独立しているわけではない。

ISTでは、ISTの格子上にある状態は、世界アンサンブル対応し、各世界状態空間特別な部分集合上で進化する決定論的系である非線形力学理論に基づき、この部分集合は「不変集合」と呼ばれる。格子の隙間にある反実仮想世界は、不変集合上には存在しない。

アインシュタインは、量子波動関数は、不気味な距離作用や不確定性を持たない世界アンサンブル記述していると考えていたが、これは実現可能である特にシュレーディンガーの猫は、死んでいるか生きているかのどちらかであり、両方ではないのだ。

 

7. 関係量子力学について

シュレーディンガーの猫の寓話に混乱をもたらしたのは、物理システムが非関係的な性質を持つという形而上学仮定である。 もし全ての性質関係であるならば、見かけ上のパラドックスは解消されるかもしれない。

猫に関しては、毒が出るか出ないか、猫自身が生きているか死んでいるかであるしかし、この現象は箱の外にある物理系には関係ない。

箱の外の物理系に対しては、猫が起きていても眠っていても、猫との相互作用がなければその性質は実現されず、箱と外部系との将来の相互作用には、原理的に、猫がその系に対して確実に起きていたり確実に眠っていたりした場合には不可能だった干渉作用が含まれ可能性があるからだ。

まり波動関数崩壊」は、猫が毒と相互作用することによって、ある性質が実現されることを表し、「ユニタリ進化」は、外部システムに対する性質の実現確率進化を表すのである。 これが、量子論関係論的解釈における「見かけのパラドックス」の解決策とされる。

 

8. 多世界

物理学者たちは古典物理学では観測された現象説明できないことに気づき量子論現象論的法則発見された。 しかし、量子力学科学理論として受け入れられるようになったのは、シュレーディンガー方程式を考案してからである

シュレーディンガーは、自分方程式放射性崩壊の検出などの量子測定の解析に適用すると、生きている猫と死んでいる猫の両方が存在するような、複数の結果が並列に存在することになることに気づいた。実はこの状況は、よく言われるように2匹の猫が並列に存在するのではなく、生きている1匹の猫と、異なる時期に死んだ多数の猫が並列に存在することに相当する。

このことは、シュレーディンガーにとって重大な問題であり、量子測定中に量子状態崩壊することによって、量子系の進化記述する方程式としての普遍的有効性が失われることを、彼は不本意ながら受け入れた。崩壊は、そのランダム性と遠方での作用から、受け入れてはならないのだろうか。その代わりに、パラレルワールド存在が示されれる。これこそが、非局所的な作用回避し、自然界における決定論を守る一つの可能である

[1] https://en.wikipedia.org/wiki/Schr%C3%B6dinger%27s_cat

2023-02-07

anond:20230207203817

そうした選別に毎日新聞は反対の立場なんだけどな。

例えば、ネガティブ評価をされがちな発達障害学生たちのポテンシャル毎日新聞10年前から高く買っていたよ。

当時の「余禄」本文はネットから削除されちゃったけど、それの残骸を引用しているまとめサイトからうかがい知れる。

毎日新聞「人事担当者樣、発達障害学生たちをよろしく

http://0taku.livedoor.biz/archives/4233548.html

不思議に思われるにちがいない。超難関大学合格し在学中の成績も優秀なのに就職試験に落ち続ける。

就活に苦戦している若者は珍しくないが、発達障害のある学生にとって就活はとりわけ厳しい

▲「今日はいい天気だね」。あまり意味のない会話が苦手だ。「あなた長所は?」。それに答えるとどのようなメリットがあるのかを聞きたくなる。以心伝心、言外の意味、周囲の空気を読む、ということがとても苦手な障害なのである

▲けっして少数ではない。文部科学省調査では学校で何らかの発達障害が疑われる児童は全体の6・3%に上った。毎年大学卒業する人のうち発達障害のある人は数千人規模でいるとの指摘もある。親の育て方や環境のせいではない。

先天的な要因で起きるが、外見ではわかりにくいせいもあって誤解される

知的な遅れのある人は多いが、びっくりするほど知的能力の高い人もいる。

最近歯科医師公認会計士資格を持つ人が「障害者枠」で企業採用されたと聞いた。

筆記試験は点数が取れても面接で落ち続けたらしいのです」。人事担当者は大いに驚いていた

▲高性能の工業製品大量生産して成長する分野に貢献できる人材が求められると、彼らは苦しい。しかし、均質で間違いの少ない人材よりも、独創性や深い洞察力・執着心が評価される時代になるとどうだろう

エジソンアインシュタインなどの天才はいずれも発達障害があったとされる。彼らがいなければ人類進歩はなかったはずだ。

イノベーションは横並び思考からは生まれない。人事担当者様、発達障害学生たちをよろしく

2023-02-02

M-1開始時の松本人志、38歳だった

松本人志1963年9月8日まれ

第1回M-1グランプリ2001年12月25日放送

2001年松本人志といえば、すでにビジュアルバムのようなマニアックな方向に進んだり、あの若井おさむ自殺を思いとどまったことでも知られるドラマ伝説の教師に出演したりしたあとで、なにやら「大御所」感を醸し出しつつ審査員席に座っていた印象があったのだが、当時はまだ38歳だった。

お笑い界が高齢化しているためか、日本社会自体高齢化しているためか、そもそも天下を取って34歳でごっつを終わらせたダウンタウンスピード感が凄かったのか、なにが理由わからんが、いざ振り返ってみて驚いた。


ついでに現在38歳の芸人

2023-02-01

シュレーディンガーの猫、理解できてないヤツ多すぎるので解説しま

anond:20230131135435

シュレーディンガーの猫っていうのは、量子力学の重ね合わせの原理の奇妙さを表す例え話なんやな。

ちょうど100年ちょいくらい前に、物理学界隈で量子力学なるもの流行ったんや。アインシュタインとかが現役時代の話しや。量子力学っていのは、原子とか電子中性子とかの、ごっつ小さい粒について研究する学問や。

量子力学研究が進んでいくと、ごっつ小さい粒のふるまいが奇妙なことが分かってきたんや。その奇妙な振る舞いっていうのは色々あるんやけど、「小さい粒子の振る舞いは確率的に起こる」こと、そして、「粒子は二つの状態が重ね合った状態になっている」ちゅーことが特に奇妙やったんやな。

で、当時量子力学研究バリバリやってて活躍してたシュレーディンガーっていうおっさんが居たんや。そのおっさんが、ある時、「みんな重ね合わせの話とか言うてるけど、それ常識的に考えておかしない?二通りの状態になってる粒子が同時に存在してるとか、生きてる猫と死んでる猫が同時におるようなもんやん。それおかしいから、もっと研究余地あるで。」って言ったんやな。このたとえ話がシュレーディンガーの猫やねん。

シュレーディンガーの猫のミソな所は、生きてる猫と死んでる猫が同時に存在している、という現実的にありえない状態が、ごっつ小さい粒に関しては当てはまってしまう、という奇妙さなんや。せやから量子力学の話抜きにシュレーディンガーの猫を語るのはまるっきり意味ないし、ただのたとえ話やからシュレーディンガーの猫から哲学的結論を導こうとしても無駄やで。あきらめや。

ちなみに、この重ね合わせの原理を応用してできたのが、量子コンピュータなんやな。みんなシュレーディンガーおっさん感謝せえやー。

字が汚い勢はほんまに生き辛くて損

むかし(平成時代まで)はアインシュタインテスラエジソン坂本龍馬織田信長ジョブズダヴィンチみたいに、字が汚いのが天才の証と見なされて

しろヤンキー陽キャからすらさえも一目置かれたのに

今や障がいの徴候と見なされて福祉接続されかねないらしい……

2023-01-24

anond:20230124183225

昔の人もそりゃ同じだけの頭の回転があったんだからバカだったとかではないでしょ

今では不要になったいろんな生きる知恵みたいなのはもちろん現代人よりたくさんあったしな

過去テクノロジーの蓄積があるからあんまり個の人間として賢くある必要がないというかさ

これ誰がテクノロジーを維持してると思ってるんですかね・・・?っていう話なんだよな 立派で論文を読んでた高卒お父さんがかつて電気技術を維持してきたように、現代でも裏方でいろんな技術を維持してる人がいるんだよね そういう人たちがこれまでの知識さら効率化していろいろ頑張ってるわけよ そういう人たちを知り合いに持たないっていうのなら、それは頑張って勉強しなかった増田問題だよねってだけ

アインシュタイン理論とかも昔は限られた一部の超一流の学者しか理解できなかったけど、今では学部生とかでも普通に勉強してたりするからな ほんの100年前の技術でさえテキストとかが何度も書き換わって少しずつ分かりやすくなって習得が早まり、多くの人がそれをさらに押し進められるようになっている

個として劣化してるっていうのが意味わからんが、大多数が技術享受するだけで無知蒙昧だというのはその通りで、ただそれは昔もそうなんだよな

平均を見ればモラル学力普通に向上してるとしか思えないんだけど、さすがに過去を美化しすぎでは・・・

2023-01-22

[] anond:20230121123355

元増田コミュニケーションコストを肩代わりするなんて言っていない (anond:20230121130433)

じゃあ下記必要無いんでないの?

わざわざ可視化するまでもなく、整えても・砕けた表現にしても・要約しても、話が通じない人がいることは皆日常で実感しているでしょう

SNS書き込みのような社会的な発信をする際に、また他人の発信したものを読む際に、AIによる自動添削/要約作業インターフェイスを挟むのは当たり前のことになるだろう。そしてそこ>に一枚AIが噛んでいることすら意識されなくなるだろう。

IMEも「欲しい字を呼び出すための道具」から自動で変換してくれるアシスタント」に意味が変わってきている。

 

とりあえず、おバカな人が見えない空間できゃっきゃしたいも何も、

おバカな人が好きそうなコンテンツSNSにいたらおバカな人を目にする機会はどうしたって増えるんじゃないか

例えば、おバカな人が好きな Twitter だと、 NASANature論文紹介アカウントかにでもアレな人が突撃してるのよく見るよ

精神を病んだ人・宗教の人だけでなく、フツーに該当ジャンルバックグラウンドがある人だったりもしてる

科学アカウントでもそんなレベルなんだからマンガアニメゲームなんて説明するまでも無いよね

ましてや自称政治とか自称ジェンダー見てる人はとても正気とは思えないよね。趣味から致し方がないが

 

ーーーーーーーーーー

追記

増田主題としているところはAIって言ってみたかっただけよねって感想になるし、

おバカな人が好きそうなコンテンツ場所にいなきゃ良いだけじゃんってなるし、

所得(知能が影響することが多い)が違うと生活スタイルが異なることが多いは別に近代に限ったことじゃないじゃん

エスタブリッシュメント(上級国民)でもない限りむしろ現代は差は縮まったでしょ

・・・・って感想になるけど、

 

この2つはすごく共感できる

別にバカのやることに大した理由はない。ド詰めにして「真意」を吐かせたところで「ちゃんと働いてなくてけしからんから」とか、その程度のものしか出てこないだろう。

>むしろそういうことをしない者はなぜしないのか。

>同情心、共感能力があるから。それはそう。しかし「しない人」がみな生来優しい心の持ち主なわけではない。

ひとつ理由合理的判断だ。露見して罪に問われたら割に合わないから。

>もうひとつ理由抽象思考だ。どういう立場人間尊厳尊重すべきというフィクションに現行社会制度立脚しているのを理解しているから。

そもそも自分より下の階層があるのは安心できることだ、自分より下のものバカにできるのは嬉しいことだという前提でモノ言ってるが、私はその前提を共有していない。

 

共感できないと言うか単純に間違っているのはここかな

教育によって遍くすべてのバカにそうした思考を植え付けることは可能か。できるわけがない。

ここが YESなっちゃうようなら、ペット共生なんて出来ないし、人間限定しても道徳社会規範刑法も要らないんだなぁ

○○をしたら自分社会的に損をするってことを理解させることは可能だし、それが達成出来ればその人物社会化成功したと言える

動物だって理解させることが出来るんだから人間理解できないわけないじゃない

これを理解させることがすべて保護者義務だし(なのでメンヘラ開き直りDQN保護者として不適格なことが多い)、

フツーに文部科学省もそういう子どもたちがいることをちゃん認識をしていて

特別支援必要とする 児童生徒』として取り組み自体はあるよ。発達障害の枠組みに入ってるよ

CU特性

共感性に乏しく、悪いことをしても罪の意識を感じない。非行ハイリスク

http://www.ed.niigata-u.ac.jp/~nagasawa/2019SEN.pdf

 

あと『知能が低い=共感性が低い』ではないし、『知能が高い=共感性が低くても"どういう立場人間尊厳尊重すべき"の建前を守ることができる』わけじゃない

アインシュタインがド畜生だったの有名な話(https://anond.hatelabo.jp/20200706223440#)だし、

福沢諭吉大学出身者で世間を賑わせるド畜生発言している人(https://anond.hatelabo.jp/20210911095702#)たくさんいますよね?

あとアカデミアの人間なのに自身バックグラウンドを明示した上で、140文字できゃっきゃやってる人らたくさんいるし、

それだけでも度し難いのに、単純に学術的に間違ったこと(少なくとも国内外学会同意が取れないこと)を言ってる人すらいますよね?

こういう人たちは一刀両断バカで良いと思いますけど、別に知能が低いわけじゃあ無いと思います

ただただひたすらにバカなだけで

 

 

社会にとって、下記の二つに該当する人物は脅威になり得ます

 

こういう人たちが増えないよう出来ることをしたいものですな

 

その中のひとつが娯楽の襟を正すことだと思います

ガチャ環境ガチャが大はずれしたキッズにお外の価値観に触れる機会を与えることができるのが、

スポーツ、娯楽(映画ドラマアニメマンガゲーム音楽小説)

から、売れれば正義現実空想妄想は違うからどんな非倫理的でも売れればセーフとか、

本当、いい加減なんとかした方がいい

 

参考にしてね

anond:20240310173949

2023-01-21

夢見すぎだと思うんだよな

増田が言ってる対象者オウム(AI)に整えられた文章そもそも理解することが出来ないぞ

対象者努力不足(訓練不足)で文章が読めないのではなくて生まれつきの学習障害なので

せいぜい接客営業で正しい振る舞いができない子が上っ面マシになる程度で

話が通じない人とのコミュニケーションコストを肩代わりなんかしてくれないと思うよ

 

まぁそういう水準の人の話は置いておくとして、

 

使ってはいけない言葉家族友達パートナーに投げかける人はどこの階層にもいて

アインシュタインレベルでも余裕でいるわけなのだが、

disコミュニケーションを繰り返す人がオウム(AI)によってマシになるかといえばそれもまた怪しいと思うんだよな

極端な話、学術的な話・技術的な話・複雑な制度の話とかで無ければ、

言葉が通じなくても時間かければ最終的には通じるから

 

使っている言葉問題ではなく増田自身が言っている通り思考能力問題よ、

ワイ的に言えばその人の価値観問題

同情心、共感能力があるから。それはそう。しかし「しない人」がみな生来優しい心の持ち主なわけではない。

ひとつ理由合理的判断だ。露見して罪に問われたら割に合わないから。

もうひとつ理由抽象思考だ。どういう立場人間尊厳尊重すべきというフィクションに現行社会制度立脚しているのを理解しているから。

 

まぁ、一部の人増田でずっとChatGPTにきゃっきゃ言ってるが、元増田AIって言いたかっただけよねという感想持ちました

anond:20230121112445

2023-01-15

anond:20230115063412

アインシュタインの元論文を読んだことがないやつが尊敬とか言っても信用できないなぁ

anond:20230115063013

尊敬って言葉の重さって人によって違うからなあ

ワイは尊敬っていうと

エジソンアインシュタインとかバッハとか、歴史上の偉人にするものだと思ってる

からそれ以外は尊敬してない

 

から凡人なのに自分尊敬されるべきって思ってる奴は

マジもんのキチガイやと思ってる

 

自分歴史上の偉人レベルとか頭おかしいんちゃう現実見ろよって。

2023-01-14

チコちゃんの愚問に感じた既視感

https://president.jp/articles/-/63627

大昔に「アインシュタイン」というフジ深夜番組があって

当時まだ大学にも入っていない、理系に行くかどうかの意志固めすらしてなかった時分に、なんかすげえ番組始まったな、と思いながら欠かさず観ていた。

だが同時に「これ元々複雑な話をかなり単純化して語ってる」っていう点も当時から何となく理解できていて、その点をうまく言語化できないながらもモヤっていた。

 

チコちゃんだけじゃなく、最近NHK情報番組ってそっちの路線だな、って思う。イエナガとか、笑わない数学とか。

2023-01-13

anond:20230113095041

お前、「アインシュタインのほうが夫人よりバカ」とか言い出して、逆に夫人申し訳なくないのかよ。

 

anond:20230113094347

昔は医学部やら学業やらの業界でも男子は体力があるから勉強時間が多いとかそう言われてたんですよ

蓋を開けてみればただ単に女子減点されてるだけだった

アインシュタインだって、優秀なのは妻の方で夫であるアインシュタインと共著をしたかアインシュタインが有名になっただけ。

男が優秀というのはトップ層でも違うと思う

たぶん、真面目さで女が勝り、しかトップ層は全員真面目なので総勉強時間=体力がものをいいだす。そういう理屈だと思う。

2023-01-09

子供がいる人を見ても。この人は立派だな。とは思わない

本人たちは思って欲しいみたいだが、誰を立派だと思うかは勝手だろ

正直アインシュタインの方が立派だと思ってるし

アーティストでいうと椎名林檎が好きだけど、そのレベル尊敬しろかいわれてもさあ

おかしいんじゃねえの?って思う。

 

子供がいる人間は素晴らしい!!尊敬しろ!!

っていわれた時点でそいつへの好感度底辺になるし

子供がいない人間は劣ってる

っていわれたら「直接手を下さないけど、死んでほしい。生きようが死のうがどうでもいいリスト」にそいつを追加する

2023-01-06

anond:20230106212617

東大はなんでも卒なくこなすジェネラリストを育てる学校からアメリカ大学比較する意味はない。お利口な官僚サラリーマンは育つが、入試で他の点数低くても数学物理が異様に出来る子を特別措置で入れるなんてことは東大入試制度じゃできないかアインシュタインのような人間は育たない

2023-01-03

もっと頭よくなりたいもっともっと頭よくなりたい かしこくなりたい 頭よいの反対は?バカ頭が悪い

ちょっとアメトークがすごい 父親母親も変わっている その娘もすごい あの3人家族はなんなんだ

量子力学動画をみるとすべてどうでもよくなる 性欲ってなんなんだ アメトーークがアホにみえる Pに依存してバカじゃねえの

見ることによって量子を飛ばすことができるんじゃないか 見るってのは特別なんじゃないか プログラマー 殺気って存在するんじゃないの

アインシュタインユダヤ人か まじでアジア人ってサルなんだな 悲しい 父親が笑っている バカっぽくみえ

この世界大丈夫! なんだそれ その非理屈的考え なんで日本人って漫画書くんだろ Aヨンのことどうおもう

サッシ能力が低い 頭悪いのかな 殺したら その間勉強できないじゃん タバコを吸うってバカなんじゃないの

性欲ってバカなんじゃないの タバコ吸ったことないけどさ アンチしてるってばからしいな 

価値っていう言葉のものがない そんなもの存在しない そんなものはない

2022-12-27

文系の人たちに「自分の食い扶持は誰が負担しているのか」の自覚がないようなら、木簡国庫支出を全額削減して理系実学に回した方がいいんじゃない

本心のところはどうでもいいからせめて対外的には金出すにふさわしいメリットがある事を提示するのが義理ってもんですよ

てだけなんですけどね。なぜかそれすらやりたがらず、それどころか理由を求める金出す側を馬鹿にし始めるので…

問題特に文系研究者傲慢である

アインシュタインですら市井の人々の働きがなければ自分学問出来ていない事を理解していた。

今の日本人文学徒にこの弁えがない

2022-12-11

anond:20221209230121

文系翻訳に対する感覚の話、ブコメちょっと反応してみる。

何が書いてあるか、誰が書いているか、の違いか文学作品ならそら後者やろうけど、技術書理論論文後者重視したら権威主義への傾倒でしかないな

いや、文学研究でも「何が書いてあるか」です(「何が書いてあるか」を解釈する上で「誰が書いたか」という情報必要場合があるだけ)。たとえば、ピケティ英語で書いた論文なら英語から訳すべきで、ピケティフランス人からといってフランス語から重訳するのはおかしい。逆に、仮に著者がイギリス人でも、フランス語で書かれた本ならフランス語から訳すべき、そういう話です。文系大事にしているのは「文章それ自体」であって、文章それ自体を忠実に原語から訳すことが重要である、というのが文系の考え方。

だって、「オリジナル文章」こそが我々にとっての生データですからね。もちろん完全にオリジナルなのは難しい場合が多いけど、なるべくオリジナルに近づける努力をすることは必要で、原文にあたるのはその基礎的な作業であって学部生とかの未熟な人でない限りは省くべきではないプロセスですよね、ってこと)

さえぼう氏側は「間違いが起こり得る」としかわず、具体的にどこが「間違いだった」という指摘がないから、屋上屋を架す空論でしかない。具体的に誤訳だったという指摘、出版から随分経つけど今までにあった?

これはもう「具体的に間違いがあるから問題だ」ではなくて「重訳なのがけしからん」という話なので……具体的な実害の問題じゃなくて規範の話をしてるんですよね。ただ、その規範が他の分野の人たちに受け入れられていない、という状況。

たとえば増田は、ちょっとマニアック事柄についての論文を有名な査読誌に投稿したことがあるんですけど、「よく調べてあるけど学術インパクトが足りない(要は面白くない)。却下」という趣旨のやり取りを何度かして、もういっか、めんどいから載るとこに載せよ、って思って当時所属してた機関紀要に無査読論文いたことがあるんですよ。業績欄には当然その論文を載っけてます(もちろん査読の有無は明記した上で)。で、この論文形式上査読なしであることに特段の問題はないですよね。だって研究結果が間違ってるわけじゃないもの。ただ有名な雑誌に載るほど面白くないだけ。それでも、論文には査読がついていて当然、という人たちは「いや、査読なしだと間違った論文が載るリスクがあって、だから査読がないもの論文と認めるべきではなく……」って言いたくなるんじゃないですか? 「重訳だと誤訳リスクが……」ってのもそういうことですよ。

物理学では基本的英語から翻訳だと思うけど文句言ってる人見たことないなぁ・・・価値観の違いを感じる

物理学のものではないですけど、いちおう、文系には科学史という分野もあり、そこでは物理学歴史について原語を使った研究がされてます。たとえば、 isbn:4486021746 なんかは、ソ連時代物理学をめぐる論争について研究した本で、がっつりロシア語の文献を読み込んでますネットで読める論文だと、DOI: 10.34336/jhsj.47.248_193とか)。外国学者が書いたこの本 isbn:4815808090 も、英語以外の文献も読んでたような(この本は面白いので超オススメです)。アインシュタインドイツ語相対性理論論文を書いたわけですからね(DOI: 10.1002/andp.19053221004)。もちろん、繰り返すようにこれらはあくまで「物理学対象とした文系学問」であって、物理学のものではないので、「物理学では基本的英語から翻訳」というのはそうなんだろうなぁ、と思いますが。

これ、医学系が人文系にIF要求するような無理筋を感じる 読者がやるのはピケティ研究じゃなくてピケティを踏まえた研究では

これメチャクチャ思いました。過去査読云々の論争を思い出しちゃいましたよ( anond:20181009070341 とか、 anond:20181011090428 とか、このへんの話ね)。「翻訳するとき原典から訳すのが当然だろ!」「いや、別に重訳でも意味が取れてればそれでいいじゃん……」「出版スピード感大事だし……」っていうやり取り、まんま過去の「論文は全部査読するのが当然だろ!」「ええ、別に査読で載せても、後続の論文でしっかり吟味されてればそれでいいじゃん……」「出版スピード感大事だし……」っていうやり取りとソックリというか。増田は「なんで原典にあたるという当然のことを重要視しないんだろう……」って思っちゃうんですけど、理系経済学の人たちも「なんで査読という当然のことを重要視しないんだろう……」って思ってたわけですよね。まあだからあんまり自分野の基準で他分野にケチつけるのはよろしくないなぁと、自戒を込めて。

追記

査読に落ちる場合は、その落ちる原因をちゃんと指摘されてるんじゃないの?そんなお祈り一行みたいな感じで落とされるっけ?

増田に書いたことは原文ママじゃなくて要約です。当たり前でしょ……(ほんとはきちんと細かく落とす理由を書いてあったけど自分の専門分野も出した雑誌名前も言いたくない)。まあ「大意」とか「趣旨」とか書いておくべきだったかもしれないけど流石にこの文面見たら要約だとわかるっしょ? って思ったんですけど伝わらない人もいるんだなぁと新鮮な驚きを感じたので「趣旨」って付け足しておきましたわ。要約を鉤括弧で括ったこちらにも非はあるし。

査読もされていないのに「だって研究結果が間違ってるわけじゃないもの」と自信満々に言えるのが分からない...文化が違う

から丁寧に「有名な査読誌に出して面白くないからと蹴られた」話をしたんですけど伝わりませんでした? 間違いがあるとかじゃなくて、マニアックすぎてうちの雑誌に載せるには面白くない、っていう理由却下されたんですよ。まさかそこに引っかかる人が出てくるとは。ちゃんと経緯は書いてあるでしょ。

でもまあ、反射で「査読ついてないなんてけしからん」って思っちゃうってことですよね。重訳もそういうことです。反射で「直訳しないなんてけしからん」って思っちゃう、っていう話。

インパクトが足りない。却下」が研究結果の正しさの保障になる???

わざと言ってます? それとも本当に読めてない? 「よく調べてあるけど」と前置きしたでしょ? 研究成果それ自体への疑義査読からは呈されていません。むしろ称賛されてます。その上で面白くないから書き直せってやり取りを何度もしたの(再投稿を可とするリジェクトだった)。何度か書き直して、ああこれは先方が求める「面白さ」と増田がこの研究に感じている「面白さ」が噛み合うことはないな、と思ったので再投稿せずに無査読紀要に載せることにしました。自分にとっては自明ことなので説明不足になっていたきらいはあり、そこは申し訳ないけど、もとの文章ちゃんと読んでくれませんか?

だいたい、研究成果の正しさはディジタルじゃなくて、「部分的には正しいが、しかし……」みたいにグラデーションがあるものでしょ。査読100%の正しさが保証されると考えているならそれは大間違いですよ。増田研究だって研究手法結論的に「正しいか、間違いか」なんてディジタルに言えるような研究じゃないっす。なので査読で「間違いだとわかる」なんてこともほぼあり得ない(資料の読解間違いとかはあるかもしれないけど、増田論文総体として「間違い」であることを示すには増田論文と同程度以上の調査をし論文を書く必要があるんで、普通査読じゃ「間違い」とか言えないはず。関連する資料を全部諳んじてる大家なら別だけど)。

そもそもピケティ先生は狭い学術ギルド論文として書いたんじゃなく経世済民の書として世に問うたわけだから増田の話(や一部ブコメ)は大分ズレてるのでは。例えば「翻訳とか無駄原本を参照汁」的な暴論との文字数

学術業界だけじゃなくて、一般書の方でも最近は「原語から訳すべき」という流れが定着しつつあったじゃないすか。スタニスワフ・レムも昔はロシア語からの重訳だったけどポーランド語からの新訳が出てるし、昔はフランス語経由で訳されてたイスマイル・カダレも今はアルバニアから訳されてるし、バスク語チベット語イディッシュ語文学翻訳されてきたでしょう? そういう流れが出てきてたのに有名なフランス語の本を英語から重訳するなんて、というショックは当然ありますよ(だから私は『三体』も相当ガッカリしましたよ。中国語版には検閲が入ってる、と聞いて納得したけど。エーレンデュル捜査シリーズの方は、重訳自体はもう仕方ないけど、頼む~~~せめて著者の名前おかしいのくらいはどうにかしてくれ~~~って感じ。重訳のせいで著者の名前すらおかし表記がされてるんですよね……)。時代を巻き戻す気か、と反射で思っちゃうのも無理はないです。

2022-11-28

狂気とは即ち、同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること」ってアインシュタイン言葉かと思ったら違ってたのか。

https://twitter.com/tori7810/status/1596728424063594496

毎度繰り返すこのテの話、「ドスケベで何が悪い」ならまだ筋が通っているし対話やすり合わせも可能方向性だと思うけど、「これのどこがスケベなんですか?」に関してはお前らもうコンテンツ楽しむ資格ねーよってなっちゃうな すっとぼけだとしても

で、この中でもすっとぼけてる自覚があるのはまだマシで、マジで”わからなく”なっちゃってる場合はもうどうしようもない

その場その場の揚げ足をとることに全力注いでもその先に何も生まれないよ どなたのつぶやきか忘れちゃったんだけど以前見た「世の中は屁理屈で回っていない」っていうのは真理ですよ。ツイッターで上手な屁理屈言えたって何の発展性もないので…

こういうのを見ると「狂気とは即ち、同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること」って言葉を思い出す。

このツイートした人は、相手が何を言ったかより、まず自分たちがどういう形で言いがかりをつけたのかを全く反省しないよね。

「これは(規制自粛必要なくらいに)エロい」ということを主張したら反発されてるのに「すっとぼけるな」という。

ここまで「あーあーきこえない」をずっと続けるのってそうとうな狂気だと思いますよ。まぁアイコン山姥だから意図的狂人ぶってるのかもしれないけどやめよう。

https://www.gizmodo.jp/2014/03/9_13.html

初出はリタ・マエ・ブラウン1983年小説『Sudden Death』とあります。けど、もっと古そうです。

2022-11-25

宇宙の球体の外側はボースアインシュタイン状態ではないのだろうか

絶対零度チーズの中の泡が今の宇宙というイメージ

銀河の光線等が、チーズの内表面をネズミのように少しづつ噛り、球体の大きさを広げている

銀河が遠ざかるのは、ビッグバン仮説の運動もあるだろうし、内表面Yで生じる謎力Zのためかもしれない

今ある銀河恒星の移動量を分析すれば、YやZの形状が分かるんだろうな

これは単なる想像なので

反証可能性など知らんよ

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