はてなキーワード: お稽古とは
32歳女性。160cm52kg。中肉中背ちょっとむちむち。物心ついてからこのかた運動が苦手なまま生きてきた。体育は1か2だった。
現在の職種は座業。机に座ってPCに向かっていてほとんど動かない。通勤は、家から駅まで20分歩いて1時間電車に乗る(平均して30分くらいは座ってる)。
帰宅してからはご飯作って家事少々、食後は風呂に入った後はベッドに横になって本を1~2冊読んで寝る。趣味は読書。時々風呂のあとにストレッチ。
土日はちょっと体を鍛えようと思い始めて、エクササイズ系お稽古に週1回通っている。(1時間)
最近ダイエットのためにカロリー計算を始めたんだけど、どう計算しても1日1000~1300kcalくらいしかとってない。なのに痩せない。太りもしないけど。
どうなんだろこれ、基礎代謝少なすぎるような…。そんなに筋肉少ないのかな。老後がやばいだろうか。世の中の人はどのくらい動いているものなんだろう。
無邪気な子どもが、ねえねえこれ見て。これすごいでしょ。面白いでしょ。使ってみてよ。って感じ。
本業と間接的にからむ色々なサービスを無償提供している余裕なのか、サービス系が苦手な通りのイメージからなのか。こんな感じ。
よぉ。オレ様がいいもん作ってやったから使え。どうだすごいだろ。とか
こら、下品で野蛮なあんなお友達と遊んじゃダメって言ったでしょ。あなたは選ばれた人間なのよ。お家の中でお稽古しなさい。でしょうか。
自分たちが最高のものを提供している感覚はgoogleにもあるだろうけども、それ以上に極端な、ジョブズの価値観にそぐわないものは全て却下という
体質がそう思わせる。
ネガティブキャンペーンが大好きなところもそう思わせる。
専業主婦になりたい20、30歳代女性が増えている。不景気の影響もあって、若い女性が仕事をしてキャリアが積み上がっていくケースが少なくなっているせいらしい。希望を失った彼女たちは、その代わりにパンを焼いたり、料理に手間をかけたりといった、専業主婦としての生き方に、魅力を感じている。
国立社会保障・人口問題研究所が行った「第4回全国家庭動向調査」で、「夫は外で働き、妻は主婦業に専念」という考えに「賛成」と答えた既婚女性が1993年の調査開始以来、初めて増加に転じた。08年7月1日に調査票を配布し、有効回答を1万192票得た。このうち妻が回答した6870票を対象に分析した。
年齢別に見ると、賛成派は60歳代がもっとも多く半数を超え、次いで29歳以下が47.9%で、前回調査(03年)を12ポイント上回った。
20歳代女性の専業主婦志向が上昇しているのはなぜか。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員の石崎裕子さんは、
「女性が仕事を通して自己実現を果たすには、依然として高いハードルが存在しています。さらに、不景気の影響で、就職難だったり、非正規雇用が増えたりと、若い女性が、仕事を通してキャリアを積み重ねていくことに対して、希望が持ちにくい状況になっています。このような将来に対する先の見えない不安感を抱えた中で、専業主婦という選択が、結婚後も仕事を続けていくことと比べたとき、若い女性たちにとって、より魅力的な選択肢として浮上しているようです」
と話す。
前出の調査で30歳代にも専業主婦志向が目立った。「夫は外で働き、妻は主婦業に専念」との考えに41.7%が賛成し、前回調査を7ポイント上回った。
就職氷河期を経験した30歳代は、仕事に就くことの大変さを実感している。ところが、『アエラ(AERA)』(10年4月26日)の「結婚と仕事 不器用世代が願う『新・寿退社』」と題する記事では、キャリアを積んだ女性が結婚を機にあっさりと会社を辞める姿が報じられている。
例えば、氷河期まっただ中の01年に外資系金融会社に就職した既婚女性(30)は、深夜3時にタクシーで帰宅する生活が続いていた。仕事を家に持ち帰ることもあった。家庭を実感できず、「キャリアやお金がいくらあっても人生の最後には残らない」「夫婦の絆を失うことのほうが怖い」。そう思って会社を辞めた。専業主婦になってからは毎日の生活に幸せを感じ、「もう二度と働きたいとは思わない」という。
寿退社が決まった女性(28)は、「仕事は好きだけど、家庭がおろそかになるとストレスを感じる。両方を手に入れるのが難しいなら、仕事はしたくない」と専業主婦の道を選んだ。
ただ、こうした若い女性の専業主婦志向は今に始まったことではないようだ。「1998年版厚生白書」(厚生労働省)によると、夫婦の役割分担が「男は仕事、女は家事」から「男は仕事、女は仕事と家事」を経て、「男は仕事と家事、女は家事と趣味(的仕事)」に変わった。「新・専業主婦志向」と名付けられ、生活のためのパートやキャリアウーマンといった働き方を嫌うが、社会とつながっていたいため、趣味や趣味的仕事は欠かせないのだという。
前出の石崎さんは、女性誌『VERY(ヴェリィ)』(光文社)に、「新・専業主婦志向」の女性たちが憧れるライフスタイルが創刊以来ずっと描かれている、と指摘する。生活感を巧みに隠しながら、夫という経済的基盤のもとで、レストランでのランチやお稽古事を楽しむ幸福な専業主婦像は、それまでの主婦イメージを大きく塗り替えた。
最近の若い女性の専業主婦志向も、この延長線上にあると石崎さんは考える。不景気の中で節約を心がけつつも、自らパンを焼いたり、料理にほんのひと手間かけてみたりといったように、主婦として生活自体に楽しみを見出そうとする傾向がみられるという。
「夫や子どものために自分自身を犠牲にして主婦業に専念するというよりも、むしろ、専業主婦という生き方を通して、一人の女性としていつまでも魅力的でありたいという思いが感じられる」
お稽古ごとに通ってる。そこでは私がいちばん若年で30歳。他の人は40~50代が多く、全員女性。
この間は休憩時間にセンター試験の話から、娘や息子の大学受験の話になってた。私は子供もいないので、ふむふむと聞いているだけだったんだけど、
「やっぱりMARCHくらいにはねえ~」
「MARCHって言っても難しいでしょう?」
みたいな感じでごくごく自然にMARCHって単語が出てきてお茶噴きそうになった。
てっきり2ちゃん用語かと思っていたけど…こんな「2ちゃんって恐ろしい掲示板なんでしょ!?」と言い出しそうな素朴な感じの
田舎のおばさま方まで普通に使うような一般的単語だったのか…。
まあ彼女らだって生活板の住人だったりするのかもしれないけどね。
いやもう、ただの愚痴ですよ。
仕事あがって、ない時間やりくりして保護者会の会合に参加した帰り間際の雑談での発言
セレブ(笑)「Aさん(わたし)って、エラいわよねぇ。女手1つで2人のお子さん育てながら、昼間は仕事も頑張って」
わたし「はあ、まあわたしが見れないときは実家で面倒看てもらえてますし、職場も理解があるのでなんとか・・・と言うか、働かないと食べていけませんので」
セレブ(笑)「うちなんか、姑が2人目はまだかなんて言ってくるけど、とてもとても」
B美「あら、セレブ(笑)さんところなんて旦那さんの稼ぎも良いし専業主婦だから、まだ2人目どころか3人目だっていけるんじゃない?」
セレブ(笑)「とんでもない、お稽古事の月謝やお受験の準備と私立行ったときの授業料考えたらとてもとても」
大体、普段から年収自慢してるあんたんところで養育費を理由に子育て大変なんて言われた日には、腸煮えくり返って温泉卵が出来るっての
潤沢な生活費があって身体的な問題も無いのに、夫婦2人掛りで1人しか子育て出来ないなんて、どんだけ欠陥品ですかっての?セレブ(笑)が聞いて呆れるね
犯罪白書によると顔見知りと知らない人の割合はおよそ4:6。でもこれは検挙されてる分に限るわけだし、たぶん顔見知りの場合は訴えてないのも多いんじゃないのかなあと思うんだけど。なんとなく。
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/nfm/n_55_2_5_1_1_5.html
たとえば増田がうっかり財布の入ったカバンを外出時に置き忘れたままトイレに行ってしまい、金を盗まれたとする。その際、
という場合でショックを受ける度合いがだいぶ違うと思うんだけどどう?
私も子供のころに、仲良くしていたお稽古の先生に痴漢をされて(痴漢自体は未然に防がれたんだけど)、その後その先生がすごく厳しく冷たく対応してくるようになってショックを受けたことがある。やっぱりある程度心を許した人から裏切られるって精神的打撃が半端ない気がするんだよね。しかも仲間うちだったりしたら、金を盗んだ盗まれたという問題ですら「え、本当にAが盗んだわけ? あいつ別に金に困ってないじゃん」とほかの友達が言い出したりするんじゃなかろうか。というようなことを考えるとどれだけ表面化してるのかなーと思う。
では、都内の私立に進学したいって場合は?
バカには何言ってもだめか
ばかばかしー。
いや必要条件なわけねえだろ。あるところを選んで行けばいいんだから。
俺の成績だとそこしか選べない、っていうのは考慮に値しないだろ。
生活保護世帯の家庭で育った子供は生活保護を受ける確率が高いという調査結果が既に出ている。
それは様々な要因が絡んでいるのだが、一つに高等教育を受ける機会が失われるということ、そして成功体験の無さや劣等感によって学習や勤労の意欲までが低い状態にあるということ。
お前さんが幾ら贅沢だ贅沢だと主張したところで、そういう結果が出てるのよ、分かる?
「お稽古ごとが好きなようにできない」ことから「そういう結果が出てる」まで全然つながっていないんだが。
どうしてそこまで飛躍できるのか、要するに「裕福でない状態」がまったく想像できないから、お稽古ごとも好きにできない→貧困→生活保護で直結してる。
そう大上段に構えて大いばりできるような認識でもねえだろ。むしろ恥を知れ。
どこのぼっちゃんが知らんが、釣りかと思うくらい想定する生活水準高すぎ。
時間の融通が利くバイト探すとか安アパート&自炊で生活費節約とか、いろいろ手はあるが、地方の大学なら月に6万もあれば生活できる。
まかないつきの寮に入ればさらに2万は浮く。
では、都内の私立に進学したいって場合は?
私立の医大は高いぜ、芸術系もな。理系は専門書も高いし今はパソコン持ってなきゃ話にならんだろ。
こうすれば出来るってのは、その条件から外れると途端に厳しくなるってことなんだぜ。
賄い付き寮なんてあるのかよ、今時。
「あるところもありますよ」じゃダメなんだよ、必要条件なの、分かる?
お稽古ごと「まで」って……
どこまでお坊ちゃんか。
もはや言葉もない。
こういう感性の人間が、俺はがんばったなんていうからどんどん基準が厳しくなってしまうわけだ。
団塊世代とか、俺たちの若い頃はもっと貧しくて~と言い出すのと全く一緒。
周りが皆貧乏で皆我慢している状態であれば劣等感を感じなくても、周りの子はあれを持ってるあれをしてるって状態で、自分は貧乏だから我慢しなくちゃいけないという思いは劣等感として子供を蝕む。
生活保護世帯の家庭で育った子供は生活保護を受ける確率が高いという調査結果が既に出ている。
それは様々な要因が絡んでいるのだが、一つに高等教育を受ける機会が失われるということ、そして成功体験の無さや劣等感によって学習や勤労の意欲までが低い状態にあるということ。
お前さんが幾ら贅沢だ贅沢だと主張したところで、そういう結果が出てるのよ、分かる?
どこのぼっちゃんが知らんが、釣りかと思うくらい想定する生活水準高すぎ。
時間の融通が利くバイト探すとか安アパート&自炊で生活費節約とか、いろいろ手はあるが、地方の大学なら月に6万もあれば生活できる。
まかないつきの寮に入ればさらに2万は浮く。
二重に間違っている。
・意味が無いわけがない。
・元発言は「出来る子には~」とは書いてない。むしろ家庭年収次第だとを書いてる。
それに貧困の問題は進学に掛かる費用だけの問題じゃない。小学校時代から、玩具や稽古事まで我慢させねばならず、友達の輪に入れないとかイジメの標的になる場合もある。
お稽古ごと「まで」って……
どこまでお坊ちゃんか。
もはや言葉もない。
似たようなタイプは似たような職種についているのだなあ。
幼馴染みの妹について、幼馴染み(既婚)から小言をくらったことがあるw 曰く、「アンタがひとりで楽しそうに過ごしてるからウチの妹も安心しちゃってさあー」
「本人の好きにさせればいいじゃん。ひとりで生活するのが楽しい人もいるんだってば」と言っても「アンタはいいよ、一応若い頃に色々あったじゃん。でもウチの妹はそういうのもないんだよ? 恋愛の喜びを知らない人生なんて…!」と返される。
聞けば妹は一応お稽古や社会人サークルなんかにも参加し、男友達もいるし、男性数名とグループで遊園地に行ったりなんかもしてるらしい。ただ、特定の誰かとお付き合いするにはぴんと来ないのだとか。男の子と遊園地行ったりしたことあるなら十分じゃね?と私は思ってしまうけど、"恋愛の喜び"はもっと別の深いところにあるのだろうか。よくわからない。
この手のタイプは(自分も含めて)若いうちから自分があんまり恋愛に興味をもてないタイプだということをうっすらわかっていて、一生結婚しない可能性を視野にいれて比較的安定している職場を選んでいるのかもしれないね。
ちなみに私は中学生くらいの頃からあんまり男の子に興味が持てないということに気づいていたので、両親には「私たぶん一生結婚しないよー」といい続けていたため、いい年になった今でも何もうるさくは言われない。
無理をしないのがいいよ、頑張ってね。
鹿児島県・奄美群島の公立中学校で男子生徒に頭髪の丸刈りを強制する校則は「生徒の人権侵害」というニュースをみた。
自分は20年ぐらい前に関東圏の田舎町の中学を卒業したけど、くだんのニュースと同じく入学時に丸刈り強制だった。
卒業後何年かして、細川政権時代の大臣が「男子生徒が皆丸刈りであるのをみると、戦争時代のようでゾッとする」というような発言がきっかけで
(追記:在学中は生徒会が中心となって丸刈り廃止運動があったが受け入れられずにいた。あまりハデにやると内申書に響くと皆思ってたのかもしれない)
学区制が撤廃されなければ、さいたま市内にある某公立中学への進学となるが、
さすがに丸刈り強制はないだろうなぁなんて思っていたらびっくり仰天、
何かしら部活動に入部しなければいけない校則がある中学のようだ。
自分の中学時代も、丸坊主と共に何かしら部活動に入部しなければならなかった。
しかし運動部が殆どで、文化部といったら吹奏楽部で女子しか居ない。
先輩や体育会系顧問からの理不尽な要求に否応なく従わされられる、
朝練や休日の練習、近隣中学との試合に多くの時間を割かれてしまう。
前向きにとらえれば、練習するのだからキツいのは当然で、
様々な活動によって心身の鍛練になると…
決して悪いことではないだろう。
しかし、それは自分で選んだ道であればこそ意義のあるもので、
やる気も無いのに無理矢理参加させられ、意味もなく顧問から怒鳴られて結局は凹むだけ。
中学のクラスメイトと仲が良かったから登校拒否になるほどではかかったけれど、
こと強制参加させられた部活動に於いては良い思い出が全くといっていいほど無かった。
(それでも前向きに3年間の部活をこなせられたのは親のサポートもあったから)
家を買うときそのあたりを詳しく調べなかった自分を悔いている。なんてことだろう。
そして自分の血を受け継いだのか、子供は部活動の強制参加には否定的だ(苦笑)。
小学校中学年の時に始めたお稽古事に没頭したいと言っているし自分もそうさせたい。
やる気の無い人を強制的に部活動に参加させていったい何の意義があるのだろう。
親としては、そういう場に参加してこそのプラス面を説得させるべきだろうか。
長い人生の中で高々3年間の短い修行みたいなものと思わせれば良いだろうか。
「やる気が無いのだったら行く(参加する)必要もない」と、ローカルルールを無視させて結果的に孤立させてしまうわけにもいかないとも思っている。
制度が変わらなければ結局はそこに馴染むしか無いだろうと今は思っているが、
当然、納得などしてない(子供の前でそういう態度はとってないにしても)。
こんなこと書くとモンスターペアレンツだと、私立でも通わせろと、違う地域でも引っ越せばよいだろうと非難されるかもしれないが、
経済的に私立には行かせられないし、違う地域への引っ越しも今の環境下では現実的でない。
この地域では政令指定都市といえども、都心のように自由に学区を選べる状態でない。
ただ、根本的なところで、なぜ部活動が強制参加なのか、合理的理由が分からぬままでいるので、
子供が通うであろう中学のHPを閲覧する限りでは、文化部には吹奏楽や美術部などなどいくつかあるようです。
http://anond.hatelabo.jp/20080520124758
http://d.hatena.ne.jp/gyu-san/20080519/1211213869
このへん。
なんで「女子男子の話じゃなくない?」という「コミュ拘束」の話が男女の話になるのか僕の考えた事を書いてみる。(ちなみに男です。ま宣言しても意味ないけどな。)そもそも男といる方が楽とか女といる方が楽しいとかって言い方自体、対象をひとりの人間として見てない時点でどうしようもないんだけど、あえて男女論にいってみる。
男に比べて女の方が比較的「コミュ拘束」から逃れにくいか。なんでかちゅうと簡単に言えば「女は一人で生きていくのは難しい」という歴史が長かったからだと思う(近代くらいからなのかな?いずれちゃんと勉強します。)。現代は少なくとも建前上は男女平等機会均等が求められてる。でも昔はたったひとりで仕事を得て自活する事、財産を相続する事、もちろん例外もたくさんいますが多くはほとんど縁がなかったはず。少なくとも男に比べれば相当不利だったでしょう。文化的な事(スポーツとか創作活動など)もお稽古ごと程度に済ませるべきで本気で取り組むと「そんな事やってるとお嫁に行けません!」となる。
ちっちゃな頃からずーっとそういう空気にさらされて生きていく。そうすっとひとりでアイデンティティを確立するのが非常に難しいんではないかと思う。だから世間の言う「ふつう」路線への同調圧力が高くなる。学生ふうに言うとイケてないグループに落ちないように必死にならないといけなくなる。
(男女論から離れるが、さらに性質が悪い事に自分がイケてないグループに入ってないという立場をより強固にするためには「イケてないヤツ」を無理矢理にでも作り出す必要がある。これ「魔女狩り」です。)
女性実業家や女性スポーツ選手とか女性漫画家などもちろんいるんだけど、失敗したときの目線が違うというのかな。
失敗して悲惨な人生になっても男は自分の人生に責任を負う権利を認められている。まあちょっと抽象的な考えだけど。バカやってのたれ死にする自由がある。極端に言うと女はその責任を負う自由すら無い。晩婚化未婚化が進んだ今の時代でも女が一人で老いて死ぬまで生きているのを見る時「嫁の貰い手が無かったんだなかわいそう」という哀れみの視線を向けられるような雰囲気はまだある。
もちろん男でも「コミュ拘束」に圧殺されるような奴はいっぱいいるし、「男はこうであるべし」という同調圧力もあるけど、のたれ死にする自由がある分全然違うと思う。
ある作家が自分の小説の主人公がほとんど男なのはなぜかと問われた時「自分の小説の主人公はピエロでなければならない。今の世の中ではまだ女はピエロになれないからだ。」みたいな趣旨の事を答えていた。ダウンタウンの松っちゃんが女が芸人をやる難しさを言っていたと思うが原因はこの辺りにあると僕は思う。女がバカやってのたれ死にする自由、それを男含むみんなが見て対象が男である時と同じように「無茶しやがって…」って笑えるような世の中にするのが必要なんだと思う。
(まあフェミニズムに関してちゃんと勉強すれば僕の考えてる程度の事はとっくに議論済みなんだろうな…易きに流れてテケトーな事を書きちらせるネットの弊害だなぁ。)
夕方にミスドって、たぶんなんか用事のあとなんだよね。子どものお稽古事の帰りとか、あるいは母親が仕事していて、仕事のあと子どもを保育所へ迎えに行った帰り。後者なんか、ほんと幸せな気分になってると思う。母親も子どもも。そこに甘いドーナツ。
勉強の仕方が分からないのと教え方が分からないのは全く別だと思うのだが。
自分でどうにかしたいなら教育学部にでも行けと。
まあ、多分。分かる分からないってのは。例えるなら歯が強いか弱いかってことで。
堅いものでもかみ砕ける人は、そのまんま与えられても食べられる。
歯が弱い人は、柔らかくしたものか、ちょっとずつかみ砕くしかない。
つまりそれが、教科書そのままで分かるか、参考書が必要だったり予復習が必要だったりするか。
子供ってのはやっぱりなんもかんも弱いから。歯も頭も。
柔らかくして与えてください、ってことで。
自分で教えるのに自信がないなら、専門の人を雇ったりお稽古に出せばいい。
小さいときのことあんまり覚えてないから自分じゃわかんないんだけど。
お稽古ごとでバレエとかやってて、その当時有名なスクールに通ってた関係で、国賓の歓迎とかしてたらしい。
寝てる時十中八九うなされてるんだって、前の彼女が教えてくれた。
確かに悪夢はよく見る。黒いのに追われてるのに足が沼につかって動けないとかそういうやつ。
あと、大学受かったけど通っちゃダメ、入学金なんて払いません。だってバレエのお稽古が終わらないから。
と母親に言われて泣き叫んでるみたいな、時系列ぐちゃぐちゃになった回想が多い。
早くに家を出て牛乳配りしたりヒモになったりしたので、現実の母親とは5年くらい話してない。
携帯の番号を教えたら5分おきにかかってきたりしたので、番号変えて実家を着信拒否にしてる。(父親には教えてるけど、葬式以外かけるなと言ってある)
でも、どんだけ現実にシャットアウトしても、脳内の物差し持った母親はいなくなってくれないんだな。
あと、優しく見えれば見えるほど、最終的に女は俺にひどいことをするものだ、という強迫みたいなのがあるっぽい。
ひどい捨てられ方されるとほっとするとか。そういう結末になるように自分で仕向けてる節もある。
自分でもいつまでひきずってんだバーカとか思うんだけど、晴れ晴れスッキリと生きていける気がしない。
別に死のうとか全然思わないし昼間は普通に楽しいんだけど、毎週のように見る悪夢は消えない。
これも一種のマザコンなのかな。もう少し楽になる方法ってないっすかね。