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2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170419111942

自分はべつに他人の楽しみ方は好きずきだと思うし、半端な知識創作するのも別に構わないと思う。

なぜならそれは私にとって、東方で通った道だから

東方Project二次創作をしているうち、原作ハードコア弾幕STGについていける人がどれだけいるだろう?

実際それほどいないと思う。それでも原作プレイな人たちも含めて立派に同人を支えている。

なぜそれが可能なのか、お察しのとおりだけれども、

最近ネットコミュニケーションの発達で、未プレイ未到達でも、

十二分にストーリー性やキャラクター性のエッセンスを感じ取ることができる。

から原作のコアな部分を見ていなかったとしても、あながち見当ハズレとも言い難い創作アウトプットできる。

それは、実はけっこう面白い現象なんじゃないかと、私は好意的にとらえるようにしている。

エッセンスを掴んだ状態で、だが公式の描き出した「結論」に因われていない状態からこそ描けるものもあるんじゃないかな。

もちろん逆に、増田の言うように、半端な知識から細部も半端になることも多かろうが、まあ彼らは好きで書いて見せてくれているものから

製品クレームを入れる時のような感情を抱く道理もない。自分のお眼鏡に適わなければ、以後ご遠慮するだけの話で。

同人作家一人を見続けるという悪趣味なことをすれば、いつまでも原作のコアに手を伸ばさないなぁという人は確かにいる。

そういうのを見つけると、原作に対する敬意やなんやらを欠いているだとか自己表現のためだとか思えるかもしれない。

でも今の時代ほとんどの人はいくつもの作品を同時並行的に楽しんでいるわけで。

作品の「深さ」を完全に網羅していくほどの時間的精神リソースが割けないのだろう、と思うようにしている。

同人作家に対して悪意的な見方をするようになっても自分は何も得をしないしね。

そもそも自分を振り返っても、二次創作を楽しませてもらった作品ぜんぶをそこまで熟知してフルコミットしていたわけじゃない。

ハマったと自負する作品でさえ、もっとコアな人はネットを漁ればすぐに見つかる。ほとんどの人がそうだと思う。

から、ニワカを許容できるほうが、自分にとっても他人にとってもオタク活動を気軽に展開できて、楽しみを最大化できるはず。

そう思えるようになると、自己表現のために人気作品を利用しているような人の生き様も、共感はしないまでも可愛いものだと思えてくる。

そんな人の創作でも、いいものがあれば素直に読めるようになるし、なんなら尊敬もできる。消費専門の自分にしてみたらね。

あとは原作至上主義的にならなくなるから東方でいうと大沖チルノみたいな、

二次創作が独り歩きして生まれたような原作とかけ離れたキャラも楽しめるようになってお得だし。

いい意味で「意識の低い」もの跋扈していられるからこそ、敷居が下がって一大コンテンツになれるほど盛り上がるんだと東方を見て私は学んだよ。

因果は逆かもしれないけど、この構図はその他の大ヒット商業コンテンツでも同じことだと思う。

もう、自然の摂理として、“「深い」ものほど「浅い」ところでヒットし、その深度差が渦を巻き起こして大きくなる”とでも言ってしまおう。

そんなカオス様相が、私はけっこう好きだ。

2017-04-18

[] #22-1「大炎上時代

「やあ、マスダ」

「あ、センセイ。どうも」

センセイとバスで乗り合わせる。

相変わらずセンセイは新聞を読んでいた。

俺は気になって新聞を横から覗く。

ファイヤーブーム……」

最近、この町では火が流行っていた。

自然災害事故などで起きた炎の様相に、ある種の美意識を感じるだとか。

イマイチ理解に苦しむ概念だが。

「ああ、私も見たことがある」

「また奇妙もの流行ってますよね。そんなに喜々として眺めるようなものじゃないと思うんですけど」

「私も流行には疎い方だが、理由自体は分からなくもない」

理由?」

古今東西。火というのは人間にとって、非常に重要存在だ」

「大昔、獣から身を守るためだとか、明かりにしたり、食物に熱を加えたりとかは習ったことがあります

「ああ、人間に知恵をつけた代表格といってもいい。そして今なお様々な事柄に利用されている。人間にとって火とは、身近な存在なんだ」

「だからこそ惹かれる、と?」

「さあな。だが視覚的に、何かを引き付ける力があるのだろう」

「走光性の虫みたいですね」

「ふっ、案外そんなものかもしれないな」

「でも、こうも繰り返していたら、すぐ飽きそうな気もするんですけど」

「そうだな、同じことはやればやるほどつまらなくなる。そうしてマンネリ化し、徐々に下火となる」

「あ、上手いこと言いますね」

センセイはそっぽを向く。

顔色は窺えないが、耳が赤いことは分かった。

どうも、あまり指摘して欲しくなかった箇所らしい。

「まあ……ブームなんて、いずれもそんなもんですよね」

「そうだな、或いは……」

「なんです?」

「……いや、滅多なことは言うもんじゃないな。忘れてくれ」

その時、バスの揺れが止まる。

センセイがいつも降りる場所に停まったようだった。

「さて、私はここで失礼するよ」

『或いは……』

センセイは何を言うつもりだったのだろうか。




所変わって隣町では、民家から火事が起きていた。

火を目当てに集まってきた野次馬の声が、サイレンに負けないほど鳴る。

その野次馬の中には、弟たちもいた。

「うおー、生の火災だー」

「この規模の生火を見たの初めてかもしれないなあ」

私、女だけどテンション上がる」

「天まで焦がせ~」

「シロクロ、危ないからこれ以上は近づくなよ」

緊張感のないリアクションだが、そこにいる野次馬たちは誰もが似たようなものだった。

それからしばらく経って火が鎮まり始めると、野次馬は徐々にまばらに散っていった。

「いやあ、途中で魔法少女が消火に参戦してきたのは激アツ展開だったなあ」

「正体知っている私たちがいたのに気づいて、バツが悪そうだったけどね」

弟たちが余韻に浸っていたその時である

火事だー!」

弟たち、周りの人たちは、その声の方向に大きく反応する。

本日まさかの2回目!!」

今日は厄日だな。見に行こうぜ!」

(#22-2へ続く)

2017-04-16

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 48話

なんか『インセプション』じみたことになっている。

最初アグニ視点のものとして見るべきシーンかなとも思ったけれども、それにしては映画館様相が忠実だし、どちらかというとトガタ視点として解釈するところなのかなあ。

でも、アグニの妹も出てきているしで、やっぱりアグニとトガタの対面を象徴的に描いた、あくま演出として読み取るべきなのかな。

今回は、最近のも加味して中々にドラマチックな展開だとは思うんだけれども、トリップじみた演出の挿入はちょっと前にやったからクドく感じるなあ。



ムッツリ真拳 第18話

近年の能力バトルものはやたらと理屈っぽい説明を長々とやったり、リアリティを追及しようとしすぎているから、この漫画くらいの「大した理屈リアリティもないけど受け入れる」っていう感じのノリに安心する。

豆の感想で「あ、そっちなんだ」と思って、さすがにそこまで下品ネタは出せないのかなあと思ったけれども、その後「アレ!!!!」っていうやり取りが出てきた不意打ちだった。

それなりの配慮をした結果の言葉選びなんだろうけれども、そんな曖昧表現でも意味登場人物にも読者にも伝わっているから、かえってギャグとしてちゃんと成立している。

2017-04-15

最近オタク?ってのが気持ち悪い

妙に攻撃的だし、所構わずおかしな格好をするしさ。昨日のMステけものフレンズが出たってだけでギャーギャー言ってるのも嫌だ。

なんか俺が思ってるのと様相めっちゃ変わってる。こういう人らは一体なんと呼べば良いんだ?

2017-04-12

大門みきしさんのジャパンライフによるマルチ商法への天下り官僚政治家の関与についての質疑

国会ウォッチャーです。

今日はもうひとつ書きます

さっきいっこ書いたんですが、全然伸びてないので、よければ読んでください。

http://anond.hatelabo.jp/20170412122218

あ、ブログを作る気はありません。

さて、タイトルの話です。

前に大門みきしさんがオススメだと書きましたが、彼の質疑についてです。

http://anond.hatelabo.jp/20170410114012

大門さんは、税制、財金問題については、おそらく政治家の中でも相当詳しいので、質問の仕方もどちらかというと講義質問といった様相になることが多いのですが、今回ご紹介する4月5日の消費者問題に関する特別委員会、4月11日の参議院財政金融委員会で、ジャパンライフによるマルチ商法の追及もすばらしいものでした。

大門さんは滑舌があまりよろしくないので、ちょっと聞きにくいかもしれませんが、オススメです。

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

の4月5日、2:34分ごろから

4月11日、1:23分ごろから

どうぞ。

みどころは、川口次長につらつらと答弁させたのち、

「わかりにくかったと思うので解説いたしますとね」

他の議員でもそうですが、議員質問の答えは基本的承知していることが多いんですが、

大門さんははっきりいってめちゃくちゃ詳しいので面白い

「うちで、ジャパンライフルートで入手した、水庫メモというのがありましてですね」からのところ(4月5日、2:50ぐらいから)

でどよめく感じ。

大門さんに限らず、共産党はこの辺が強いところ。

献金リストももってそうなので、掘ってみると面白いかもしれないですね。

あと4月5日の最後フィラーのところで、誰かが

「こりゃ闇があるわ」

とつぶやいているのが拾われているのも面白かったです。


要約がわかる赤旗記事

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-04-06/2017040615_01_1.html

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-04-12/2017041215_01_1.html

大門さんの見立て

そもそもマルチ商法が抜本的に規制されないことについて、マルチ商法業者天下り官僚との関係政治家献金等を繰り返していることが影響しているのではないかという指摘です。ジャパンライフ代表山口隆祥は日本マルチ商法最初から活動している、麻生太郎さん曰くの「有名人」でして、もう何度も何度も業務停止命令有罪判決を受けているので、行政政治家対策社会的認知の向上のために、本当にいろいろとやっているわけです。その中で加藤勝信大臣と会食して、その様子を広告塔にしたりして、顧客安心感を与えているという指摘で、マルチ商法被害者が増え続けていることをちゃんと考えろといっているのですね。

 大門さんは、マルチ商法連続取引自体規制せずに、訪問販売という商取引形態のみを規制して、店舗でやるのをお目こぼししている状況になっていることと、経済産業省官僚OBが天下っていることが影響しているのではないかと、こう整理しています

 民進党矢田わかこさんも質疑されていたのですが、ジャパンライフに消費庁出身の水庫さん、経産省キャリア組出身松尾さん、元特許庁長官中島誠さん、元内閣府官房長の永谷安賢さんが天下っていると。そんなズブズブの組織指導に手心を加えずにいられるのか、という指摘です。

 ちなみに、この山口さんは政治家業界にふかく、深く入り込んでいるので、いろんなところで名前を見ることができます大門さんも指摘されている、ライフサイエンス財団出資して、社会貢献もしてるよ、という顔もしていますし、日本文化協会のような日本会議加瀬英明代表をつとめる組織でも、永谷安賢さんと一緒に名前を連ねています

 大門さんは今後もこの問題を追及するとのことですが、マスコミにも当然大量の広告出稿をしているので、一般マスコミではなかなか騒がれないというアレなので、ぜひNHKストッ詐欺被害、私はだまされないで扱って欲しいところ(違。

 ちなみにジャパンライフ被害者への口止めにも力を入れているようですが、おそらくSEOも相当やっていますね。検索結果が笑えるぐらい穏便w

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409221942

俺の個人意見と断って言うならば、情動などそれこそ安っぽいよ。

情動は信念ではなくふわふわしてるし、ふわふわしてるからすぐに傷がつく。

ふわふわしてるから明確化しないし指針になりえない。

良い音楽を聞いたあとのハイテンションが数時間で消えるのと変わらないし、

過去行われたベトナム帰還兵セミナーを模した洗脳セミナー様相と大差ない。

感情一つとってもゆらゆらした青春のやるせなさ、心が爽快になり明瞭なメッセージを生む感覚は違う。

しかしこれらは一律に「情動」として処理されるので非常に面倒な気分でいる。

明確に言語化出来ない凄さ、という全体をさら言語化することで大切なものが何か分かってくる。

一方でもやもやした全体をそのまま描写する達人もいて、これも全く客観的ものだ。

渦中にいたら描写一方通行になってしまう。「ふわふわであるなら情動なので意味は無いな。

数日で消える。

2017-03-31

童貞がなぜ非童貞ではなくフェミ文句をつけるのか

あれは発破かけてるんや。

フェミさん、非童貞が嫌いなら俺を救ってくれ。

でも救ってくれないなら非童貞につくわ。得だから。」

ってだけの話。

ここに気づかない限り男社会構造は変わらん。

例えばフェミニストじゃない女性がなぜ積極的マッチョを持ち上げるのかと言えば、自分を救ってくれるからなんだよね。

いわゆる甲斐性ってやつ。

ところがフェミニスト女性にはこの甲斐性が一切ない。

大雑把に人間を分類すると

マッチョ男性マッチョじゃない男性フェミニスト女性フェミニストじゃない女性

になるんだけど、フェミニスト女性は味方がフェミニスト女性しかいない。

マッチョは他2グループを全て味方につけてる。

なぜなら支配する代わりに恩賞を与えるから

男性にはそれなりのポストを与えるし、女性結婚して生活保障を与える。

ところがフェミニスト女性は持っていても溜め込んで一切他者に与えようとしない(これが新自由主義フェミニスト親和性があるとしばしば言われる由縁。自力で這い上がって来いと再分配を否定する

それどころかマッチョ男性から普通女性と一緒になって甲斐性なる物を貰おうとしてる(←正直これが一番まずいと思う。それどころかマッチョじゃない男性叩いとるやんけw

これ以上先に進むなら女性自身が与える側にならなければならない。


ほとんどゲーム理論様相を呈してるけどまぁざっくり言うとこういうことだよね。

マッチョじゃない男性フェミニストじゃない女性

フェミニスト女性は何かメリットを与えてくれるのか?」

と値踏みしてる状況。

でも最近フェミニスト女性根本的にネオリベ的で自助努力を促すばっかりなのでついていけない。

このままついていけば最終的に切り捨てられて自殺するのが明らかだから

集団自殺は誰もしたくないわな。


どうも男性と違って女性には無能男性恋愛関係に持っていくのは女性動物本能から難しいようだ。

これは北欧女性の傾向から見てもほぼほぼまりつつある。

男性女性に比べてブサイク死ねといいながら金を払う動物的特徴がある。

なのでフェミニスト女性はせめて金を吐き出しまくるとか、非童貞組織の長として引っ張っていく気概必要だと思う(女性リーダーになるだけじゃ駄目よ。フェミニストじゃない女性マッチョ男性フェミニスト女性比較してマッチョ男性につくから

宮崎駿がドーラとかに憧れる気持ちわかるわぁ~

[] #20-2「帳尻クッキング

我が家食卓では、料理ほとんど具たくさんである

なぜなら食材中途半端に余らせたくないので、一回の食事で使いきろうとするからだ。

このせいで汁物は、むしろ煮物といった様相を呈することもしばしばある。

かといって食材を余らせても、冷蔵庫の中で眠るのがオチだ。

それを何か上手いこと別の料理に使えばいいと思うかもしれない。

だが、我が家にどんな食材が余っているか把握しておくか、それを献立にどう捻じ込むか、といったことを要求するのは酷というものだ。

じゃあ、この冷凍された野菜はその名残なのかというと、ちょっと事情が異なる。

もとから保存前提で加工されたものなのだ




俺の同級生には、タイナイという奴がいて、そいつ料理好きだった。

そいつ曰く、「野菜は大量に買って加工だけしておき、後は冷凍しておけば利口」だと言う。

やたらと熱弁するのでやってみたのだが、そもそも俺とタイナイでは“前提”が違う。

料理好きな輩の言う利口な、上手い料理法ってのは、他人環境スペックライフスタイルを一切考慮しないからアテにならないのだ。

だがタイナイだけではなく、俺もその“前提”の重要性をまるで分かってはいなかったのだからお互い様である

こうして冷凍した野菜活用の機会に恵まれず、冷凍庫に眠り続けた状態だった、というわけだ。

だが、今こそ本領を発揮するときだ。

俺は、スープ野菜冷凍したまま入れた。

解凍したら水分と一緒に野菜の旨味的な成分が出て行ってしまうと、どこかで聞いたのを思い出したからだ。

このスープだけでは食べられたものではないので、野菜から滲み出る成分に期待しようという算段だ。

しかし、思っていた以上に野菜が多く、鍋から溢れそうだ。

仕方がないので大きい鍋に移し、更に追加でコンソメと水を投入する。

すると、スープだけでお腹一杯になりそうな量になってしまった。

不味かったら大事だぞ、これは……。

(#20-3へ続く)

2017-03-23

プラネタリウムで見たアニメ

から20年くらい前、俺が小学生ときに、学校オリエンテーション地元少年自然の家に行った。森が鬱蒼としている中を進んで、夜になったらさぞかし怖えーだろーなあと思いながら自然の家に着いた。

そこで何をしたのか細かく覚えてないんだけど、プラネタリウムがあったってのはよく覚えてる。プラネタリウム映像が始まったんだけど、ぼんやりしててよく見えなくてあれ?と思ってたら、街の光や排気ガスを消してみましょうというナレーションとともに星空がパーッと広がっておおおおってなったのは印象的だった。

ひとしきり星空の映像が終わったんだけど、そのあとなぜかプラネタリウムアニメを流すと言われた。どういうアニメか何も知らないし、プラネタリウムで見るなんて斬新で乙だなと楽しみにしていたんだけど、これが恐怖の幕開けだった。

タイトルがたしか『○○と不思議なドア』だったと思う。○○のところに、そのアニメに出てくるクマの子供の名前が入るんだが、思い出せない。

アニメが始まって、そのクマの子供が出てくるんだけど、普通にアンパンマンとかしまじろうに出てくるような二足歩行で人の言葉しゃべってるクマね。たしかそのクマの子が森の中を歩いていたんだ。そしたら、建物もないのに木のドアだけがつんと森の中に立っている。なんかそのドアの模様というかデザインというかたたずまいがものすごく不気味で嫌な感じだったんだよね。そしたらドアがひとりで開いて、クマの子はその中に吸い込まれていった。

クマの子が気がつくと、人間男の子がいて、たしかクマの子が倒れていたので運んできたんだったかな。クマの子は異世界に来てしまったらしい。クマの子不思議なドアに吸い込まれたのは覚えているのだが、そのドアが消えてしまっていてどこにあるかわからない。だがどういう流れかは忘れたが、人間の子のお父さんが、ここから行ったところに谷があって、そこに雷が落ちるとドアが現れてもとの世界に戻れるというので、行くことになった。

人間の親子と、クマの子でその谷底を目指す。その谷もなんだか妖気がもあもあうねうねしてて雰囲気がとにかく怖くて、地獄のような様相だったんだよね。そして谷底に着くと、なんだか得体の知れない怪物が出てきて、お父さんが持っていたライフルそいつをやっつけた。しかしたしかライフルの弾が雷を呼ぶのに必要だったんだけど、もう弾は使い切ってしまった。どうしようとクマの子が泣いていると、お父さんが、ライフルを縦に立てて、避雷針のようにそこに雷を落とすことにした。そしたらうまくいって、無事ドアが現れ、クマの子は元の世界に戻っていった、という話。

文字だけじゃ怖さが伝わらないんだけど、キャラとかは普通の造形なのに、とにかく全編に漂う雰囲気がめちゃくちゃ怖くて、一緒に見ていた友達感想が「やべえ今日眠れない」だった。そこの施設で一泊したんだけど、恐ろしいアニメ補正のせいなのか監獄で寝ていたような気がしてならない。

あのアニメがどういう教訓があったのかさっぱりわからないし、ネットで調べてもなんも情報が出てこないし、なんだか不思議体験だったな。

2017-03-16

ゲーム迷惑サイトの読者はなぜゲームメディアを信用しないのか?」を電ファミニゲーマー記事から考える

まずはこのリンク先のコメント欄を見てほしい。

https://df.nicovideo.jp/entry/347125

リンク先は「ゲームメディア側の視点からアフィブログ問題を語ってみる。ゼルダ95分で全クリという誤報の大拡散から考える、現代メディアのありかた」という記事だ。簡単に言うと、ドワンゴ(角川)が主体となって運営しているゲームメディア「電ファミニゲーマー」が「はちま起稿」や「JIN」、「やらおん」などのゲーム迷惑サイトフェイニュース大量生産姿勢批判するものなのだが、この記事に対するコメント欄の反応が地獄様相になっている。



ゲーム迷惑サイトの読者による罵倒荒らしは見るにも堪えない。感性の違いで済ませるにも中々厳しいところが多すぎる。電ファミニゲーマーはそもそもTwitterはてブコメントが付くことはあっても電ファミのサイト側にはあまりコメントが付かない(いつも常連の人か中の人しかコメントしてない)。電ファミにログインするにはニコニコアカウント必要なのだが、この記事コメントしたユーザーアイコンはほぼアカウント作成時のデフォルトツイッターでいう卵アイコン)のままだ。つまり、件の記事を荒らすためだけに作られた、もしくは初めて電ファミにログインしたユーザーである可能性が高い。実名顔出しアイコンの人は…知らん!


この人たちの主張をまとめると「既存ゲームメディアメーカー癒着してるから信用しない。だからメーカーとの癒着がない個人運営しているゲームブログを信用する」らしいのだが…


結論からいうと、この主張をする人は「既存ゲームメディア」ではなく「ファミ通」を信用していないのだ。実際問題、紙媒体として現在有力なのは実質ファミ通のみだろう。ファミ通レビューはさんざん注目されるが電撃のレビューは一切注目されない。紙媒体ゲームメディアファミ通、電撃を始めとしてほとんど角川系しかないし。


実際ファミ通レビューは「点数はアテにならない」なんてさんざん指摘されていることだ。それこそ2013年に発売されたジョジョASBである。あれを格ゲーとして見るかキャラゲーとして見るかで評価は変わると思うのだが、いずれにせよ満点はやりすぎだったと思う。現在人気タイトルの筆頭であるポケモンスマブラソウルシリーズデモンズ)も当初はファミ通レビューで大した点数をつけられなかったのも有名な話だ。どうせみんな40点(満点)か極端な低評価しか見ていない。




そもそも、「ゲームメディア」とは何だろうか?とりあえず増田が考えた簡単定義を紹介する。

1.ゲーム情報を中心とするメディアであること。

2.あくまメーカー開発者)と消費者中間存在であること。

3.営利組織運営しており、運営会社を明記していること。

4.記事執筆者が誰なのかわかるようにしていること。


まあ、1の伝える中心の情報を変えればわりと普遍的メディア定義になるのではなかろうか。これらの条件を満たすゲームメディアはかなりの数がある。


媒体ではファミ通(角川)、電撃PS(角川)、ニンドリ徳間書店)。

ウェブメディアではファミ通.com(角川)、電撃オンライン(角川)、4Gamer(Aetas)、GAME Watchインプレス)、インサイド(イード)、Game*Sparkイード)、AUTOMATON(アクティブゲーミングメディア)、IGN Japan産経新聞)他。

ちなみに電ファミニゲーマーファミ通と電撃と4Gamer関係者が合体したものだ。

増田が知っている範囲で並べた。かっこ内は運営会社


まさかこれらのメディア全部が「メーカー癒着しており、信用するに足らない」とでも思っているのだろうか。


…実際に定期的にねつ造じみた誤報を出したり、運営企業がそもそもメーカー側の事業の一部な所もあるのだが、そういったところは読者から指摘されれば記事を訂正もするし、責任所在がはっきりしているし、自社のゲームを取り扱う際は読者から疑われないようにかなり神経質にしている。もしメディア記事を読んで気に喰わないのであれば別のメディアに頼ればよい。読者はメディア自由に選ぶことができるのだ。紙媒体と違って無料で読めることが前提のウェブメディアなら尚更だろう。



まさかゲーム迷惑サイトの読者は自分が読んでいるサイト以外にゲーム情報源存在することを知らないし、知ろうともしない可能性が?

いやあ、それはないだろう…


ないよね?



そもそも何が悪かったのかというと、特定メディア企業)が読者(市場)をほぼ独占するとろくなことにならないという普遍的結論である新聞一社しかなかったら絶対にろくなことにならないのは誰でも想像がつくだろう。


最後に、電ファミニゲーマー既存メディアは他メディア記事に触れることができなかったとして「ゲームまとめブログみたいに複数メディア記事を閲覧できるようにキュレーションメディアという形をとった(もちろん無断転載ではなく、元記事リンクする仕組み)」のだが、そもそも電ファミニゲーマーが書くオリジナル記事(「ゲーム企画書シリーズ増田個人的に好きなのはドワンゴVR部系の記事)の品質が良すぎてそれだけで勝負できてしまい、キュレーションサイトとしての存在感が薄い。

あと、キュレーションするサイトの中にいわゆる「個人騙り責任所在曖昧にしている企業によるゲーム系速報/まとめサイト」がキュレーションされてしまっているので、ある程度責任所在が明確なメディア記事のみがキュレーションされるような仕組みに変えてほしい。

これらは増田個人的要望です。



<追記>

件の記事コメント欄ゲーム迷惑サイトの読者ではなくゲーム迷惑サイト運営側工作ではないかという意見があった。その可能性をすっかり失念していたが、いずれにせよゲーム迷惑サイト関係者は例え地の果てまで逃げようとも必ず追い詰めて責任追及してやる。


<追記その2>

久しぶりに電ファミニゲーマーを閲覧したらまさかのこの記事が載っていた。どうやら公開の約1週間後(3/22~23)にピックアップされたらしい。それで色々と反応を見てみたのだが、興味深いトラバhttp://anond.hatelabo.jp/20170323161617)があったので引用させていただく。


==

ゲーム迷惑サイトの読者は事実ではなくゴシップを求めている

http://anond.hatelabo.jp/20170316204720

上の記事を興味深く読んだけれど、少し違和感があった。

読者がゲーム迷惑サイトを読む理由事実にある点だ。

彼らは自分の分かるネタで盛り上がりたいだけである

参考

オタクではなくアニメが好きなだけのゴシップ好きが増えたと感じる

http://futalog.com/369294475.htm

==

ちなみに私はゲームメディア関係者ではない。強いて言うならば、「みんな、どうしてテレビゲームに飽きちゃったんですか?(http://anond.hatelabo.jp/20170207194549)」とかい駄文を書いた挙句はちまJINやらおん拡散されてしまったゲーム業界志望者の学生であるあいつらに自分PV稼ぎの餌にされたと思うと心の底から悔しい。この記事なら多分あいつらに拡散されることはないだろう。


言いたいことがたくさんあると文章が散らばって良くないですね。読んでくれてありがとう


以下、書いたはいいけど主題関係の薄い無駄話なので読まなくてもよい。


正直なぜゲームブログが「メーカーとの癒着がない」前提で話しているのかがわからない。つい最近にもはちま起稿DMM管理下だった時期があるとニュースになったばかりではないか。S社なんて何人かの関係者ゲーム迷惑ブログ管理人と接触して増田みたいな人間から滅茶苦茶叩かれているのを知らないとは笑わせてくれる。


そもそもゲーム迷惑サイトがあの規模で記事を大量量産しまくっているのを見て個人運営(笑)だと思うのがおかしい。大手に限らず話題の新作ゲームが発売されるたびに雨後の筍のごとく出てくる「○○(ゲームタイトル)速報/まとめ」は大体まとめブログ収入源とする企業が作っているものだ。個人運営匿名を装うのはまず組織的犯行とみて間違いないだろう。個人収入源にするには採算が合わない。一番いい例がそれこそはちまだ。あれは管理人の親が広告業だったからそれの発展形として企業化したのものだ。


なぜ自分の愛読するブログが親の仇にように増田から執拗に責められるのかがわからないゲーム迷惑サイトの読者のために理由簡単説明すると「記事ほとんどが他所メディアから無断転載」で「PV数を稼げるように転載内容を編集してねつ造」し「まるで何の変哲もない個人運営しているようにみせかける」ことによって「責任所在あいまい」にして自分の身に不利益がないようにふるまっているかである

2017-03-10

お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう

今、ADHDの人と残業反対派で、話が噛み合っていないことが問題になっている。まだやってんのかと思うころかもしれない。手斧スター手裏剣の投げ合いを見ていると疲れてそこから離れたくなるよな。

だがもう少し聞いてほしい。続く過労死運輸業界の疲弊を経て、今ようやく「さすがに労働環境について検討し直さないとまずい」という認識が広まってきたところだ。すぐには解決するわけがないので焦らず妥協案を探る話し合いをゆっくりとでも続けてほしい。



今回主語が大きくてすまない。二者択一ではないということは承知している。

ただ、本来労働者会社」という枠組みで協力し合っていいはずの労働者同士が、現在弱者強者」もう少し正確には「ADHDに多様な働き方を派 対 それでも残業ダメ派」が争点となっている。どうしてこうなった

と、せっかくの話題が膠着してしまったことが悲しかったので、一連の流れを見返してみたら原因が分かった。

この問題残業禁止派は

個人責任を論じても効果はない。会社社会全体を変えなければ解決しない問題であるという認識を皆が持つ必要がある

と考える。他方、

普通の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ」という多数意見を見るとは思わなかった

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

ADHD側に主眼を置いたコメントにも多くのスターがついており、「交渉決裂」の様相を呈している。が、そうではない。単にハテブが100文字しか記入できないからお互い齟齬が発生しているだけなのだ。ここで諦めずに折衷案を探していけば、仕事ができる人もできない人も今よりずっと働きやす環境になるので、長くなるが聞いてほしい。



一連のトピックを追う。昨年10月頭の長谷川秀夫教授残業100時間超で過労死は情けない」等の話題を通過した後、このあたりから始まる。

2016-10-16「長時間労働撲滅運動」には賛成できない http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/16/120846

という内容だ。同時に

人を奴隷のように扱うような企業には反対

とも書いており、お?分かってる人か?と一瞬思わせるが、この人はその少し前に、

問題105時間という残業量それ自体にあるわけではないのです。自分が心から打ち込め、周りともいい関係を築き、素晴らしい人に囲まれているような環境であれば、残業を何十時間しても苦にはなりません。http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/08/113552

という言葉を残している。ワタミ等多くの例があるが、このような人は「自分ができることは人にもできる(できない奴は無能)」と考える傾向がある。疲弊している人や弱者に寄り添う方針とは相容れないように思う。そこでブコメ欄は次のようなものとなる。

このエントリ言及して、同日に次のエントリが上がる。

2016-10-16 会社員には「長時間労働をする自由」など必要ない http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2016/10/16/173609

これらは先のブコメを追認しており、残業反対派の言いたいことをうまくまとめてくれている。



そして先日、上記を引きとる形で次のエントリが書かれた。

2017-02-24 残業禁止強者ルールなのでは、という話 http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

ここで幾つかの食い違いが出てくる。
  • どうも、効率の悪い人です。それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな。
  • 「え、職場についていけないなら辞めればいいじゃん。無能なんでしょ?」そういう声も聞こえてくる気がします。

まず「無能はやめろという方向のブックマークコメント」はごく少数でしかない。先の2エントリ計、約750コメントの内7つ前後判断が難しいコメントがあるので)。獲得★スター合計、TOP10の1,800個に対し10前後

時間を区切って生産性上げろよ」「効率上げろ」と仰る皆さん

同様に先の2エントリ中にこの方向のブコメは同750中24前後。獲得★スター合計、TOP10 同じく計1,800個に対し16個前後

ここで『残業禁止強者ルール』という重要言葉が出たわけだけど、上に書いたように「無能は辞めろ」「効率上げろ」といった個々人の弱さを責めるコメントはごくわずかだった。

(「残業をしないということは弱者はクビにされる。つまり無能はやめろと言っているのと同義ではないか」という方向から意見かもしれない。しかし私はこの前提が正しくないと考えている。理由は最下部に書く)

前の方のエントリで書きましたけど、効率よく仕事する皆さんにボッコボコにされた悲しい経験があります

とあるように、このエントリには自身の別記事のやり取りでの経験が尾を引いているようだ。(あの記事かな?と思うものはあったが特定できなかった)

であれば当該記事との関連をもう少し明確にしないと、やはり「何の話をしている?」となりついて行きにくい。



このエントリには次のようなハテブコメントが付いた。

これらのコメントを受けて

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

とのコメントが付く。これは大事な一文なので、続くエントリのあとで合わせて追記する。

2017-2-26 ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて http://menhera.jp/2064

前提が間違っている。

先に記載された通り「労働ダンピングは許せない」は一連の流れにおいて主内容ではない。ダンピング言及したコメントは先の2エントリ12前後/約750コメント。獲得★スター合計、50個前後/TOP10計1,800個。

「噛み合っていないんですよ」と言うのであれば、まず自身が噛み合わせてから話し始める必要がある。

「"仕事が遅いからといって労働ダンピングは許せない"というコメントに対する反論」とするならば正しい。だが、その一部分を主題とせず「一律の残業禁止は是か否か」という大元の流れを自身で呼び寄せたにも関わらず「(全体の話は置いておいて)私は今回ADHD特性をより詳細にお伝えすることで"労働ダンピングは許せない"という人への反論します」という内容でしかないのであれば、そちらがズレている。

はてなで”普通”の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ。という多数意見を見るとは思わなかったね。

残業禁止強者ルール」でのブコメ発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

マイノリティーにも多様な働き方を」という主張は正しい。だがここで使うのはズレている。システムとしての安全策を構築するのではなく"弱者自己努力でなんとかしよう(時間はあげるから)"と言っているようなものなのだから



ADHD側の話題が徐々にずれてきているから「主題残業例外を認めるか否かだよな?答えは、ADHDでも例外は認めない。個人責任を負わせてはいけないから」と主題への返答をしたのに「私は全体のことについて話しているのではない。私自身のことに目を向けてほしいのだ」「マイノリティーを黙殺するのか」という方向にもっていっている。

全体の流れを追って話をしている人たちからすると、いきなりポンと話を支流へ飛ばされてしまうと面食らうんです。えっと…今急にその話題に飛ぶの?その話も確かに大切だけど、主題をもう少し詰めてからでないとややこしくなるよ、と考える。


なぜ話が飛んだんだろうか?カドカワさんに「めっちゃいっぱいPV集めたら書籍化」って言われたから無理やり話題を引き入れたのかな?と一瞬勘繰ったが、いや違う、思い出した。

ADHDの人って「途中から話に割って入ってしまう。今言わないと忘れるからという傾向があることを。ああそうか、と自分の中では納得がいって、別に喧嘩するほどのことじゃないなと安心できたんですが、どうでしょうか。

そうでなくても、いちいち全体の流れなんか把握してらんないのでちょっとずれたこと書いてしまうということは誰しも思い当たるふしがあると思う。だから自分の話も聞いてほしい」と思ったり、話がポンと飛んでしまったりすることがあるのは仕方がないけど、同時に、いきなり話題が飛んだことについていけない人がいるのもまた仕方のないことであり、そのことをもって「心無い人たちだ」と思うのは間違い。


このポンと飛んだ話から「言いたいことは発達障害者の切実な状況についてである」を第一に考えられた人はえらい。一方で、他の人がそのことを本当に理解できていなかったかというとそれもまた違うと思う。

話がずれているな、と感じるとき人がすることは二手に分かれる。話題を元に戻すか、一旦主題は置いておいて副題へ移るかだ。しかしこの時点では主題煮詰まっているとは言い難く、このタイミングで副題へ移ってしまうのは主題が疎かになる可能性があった。こうした理由とハテブの100字制限もあり、「ADHDの置かれた立場という副検討課題」よりも主題に対してのコメントが多くなってしまったのだと思う。

残業禁止個人仕事の進め方の話をしてるんじゃなくて、「赤信号は止まりましょう」位のルールの話で。赤信号で止まるのは視覚障害者に厳しいから止まらなくても良いことにしてくれという事にはならないだろう。

そう。視覚障碍者への対応を考えなければいけないのは明らかだが、まずは主題「赤信号は止まる必要がある」という原則を皆が共有する必要がある。しかし「全員が止まるなんて無理」という意見が出ているので「いや、やはり赤信号では全員が止まらなければいけない。なぜなら」という話を進めていく必要がある。



ADHD側が阻害されたと思うのと同様に、根幹の話し合いを疎かにすると以前から話を進めていた残業反対派も進行を阻害されたと感じてしまう。

ADHD管理職をやっている者なんだが http://anond.hatelabo.jp/20170227161628

このエントリでせっかく素晴らしい知見が得られているのに

  • なんかなあ。別に誰も「定常的に一定効率を出せないやつは死ね」なんて言ってないと思うんだけど。問題は「残業規制するのはADHD疎外だ」って主張だよ。それはまちがってる
  • 最初の話は多様性を認めろじゃなくてサビ残認めろだったよな。サビ残と戦おうとしてる人を強者扱いしてかわいそうなADHD物語作ってたよな。多様性認めなかったのどっちだよ。俺は雑な話をしたくないだけだ。

と、内容に直接触れたものではないコメントが最多の支持を得ることになってしまった。この反応は、率直に言うと「"過労死を防ぐ"という核心部分のために残業規制を話し合っていたのにADHDの人に全部持っていかれてしまった……」という"悔しさ"みたいなものかもしれない。そして「ADHDの人にも関係あること話してるのに黙殺だって言わないでよ」と。なぜなら、その残業問題主題にはADHD仕事ができない人も当然内包されているから。どういう意味だろうか?

まり、こう。

仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ。

夢のある予想だが、しょせん理想に過ぎないだろうか?

ここで一度話を切ります。次の増田では、上記理想論を含め当初から出ている多くの疑問点について一つ一つ答えてみる形で進めます。続けて読んでもらえたらうれしいです。→http://anond.hatelabo.jp/20170310204122

もうひとつ

一番最後エントリ1000ブクマを超えている。ハテナ民がブクマをする理由はこうだ。「うわー長文だしなんか難しそうだな…でも"知らないままで置いておくわけにはいかない"。ポチっとな(後で読む)」。そう、後で読まない。ともかく、皆発達障害の人を見ないことにしてれば良いなんて考えてないんだよ。知っておかなければいけないと分かってるんだよ。

残業規制問題の盛り上がりはまだ始まったばかりで、発達障害、その他沢山の課題順次考える必要がある。そのときADHDについて日々書いてくれている人たちが強力な助っ人になるので、どうか焦らず、でも止まらず書き続けてほしい。

2017-03-06

デートサイゼはない」を理解できないのは発達障害から

馬鹿舌の庶民のくせして一丁前に「サイゼはない」だぁ?

どうせテメーは外見至上主義低俗な下級国民でそれを食事にまで適用してるだけだろうが、くだらねえ

舐めてんじゃねーぞカス

所詮テメーらの恋愛には寄り添いが、コミュニケーションがないんだよ

から肩書や外見に過剰に縛られる、お前が見てるのは人間ではない、属性集合体言葉の集積地だ

傷つくことを恐れ保身に走り、常に利益だけを求める怠惰な豚に堕ちていく、悲しみも怒りもマニュアル化されコンテンツとしての様相を呈している

そんなやつと関わっていると自分まで汚染される、自分実体は消え失せ、そこには霧散したアイデンティティ残滓けが滞留する

人と人とのぶつかり合い、欠けた破片が飛び散る、コミュニケーションとはそういうものだよ

そういうところにこそ皆が求めてやまない本当の愛というものがあるんだよ

虚栄を捨てろ、本当のお前を思い出せ

違うだろ

俺達はそうじゃないだろ

2017-02-27

ポケモンGOでの不正行為について

kkzy9

あなたコメントが気になったので、ちょっと書いておきます

読んでもらえると嬉しい。

ポケモンなのに通信対戦も交換もできないっていうのが致命的だった。

あと廃人勢が必死になりすぎてどのジムも強キャラ個性とか全く無し。」



ええと … これ実際にジム戦を監視していると分るんだけれど、

まずジムレベル10に到達するまでと、到達後の状況が違うのだよ。

レベル10になるまでは、ジムポケモンの種類は結構さまざまなのだ

そしてジムレベル10に到達すると「乗っ取り」が起きる。



乗っ取りには「ダブルアカウント(時に位置偽装との複合)」が使われている。

ジムレベルが上がるほどジム加入の難易度も上がるのだけれど、

レベル10場合様相が変わるのだ。



攻撃者はまず「門番(一番下)」のポケモン攻撃して追い出す。

もちろん自分のチームを攻撃することは不可能なのでダブルアカウント

別のキャラは別のカラー所属させているわけだ。



門番ポケモンを追い出す為の「名声減少」はほんのわずかにとどまる。

なぜなら、自分が入り込む為の労力は最小限にしたいから。

敵チームが攻撃している場合ジムは数万単位の名声減少を被るので

それが敵チームによる攻撃ではない、というのはすぐにわかる。



不正行為者はそうしてまんまとジム侵入し、長くジムに留まって

不正にポケコインとほしのすなを手に入れる為に強いポケモンを置く。

現状では「カイリュー」というわけだ。

それが繰り返されると、10段全部がカイリューというタワーが誕生する。



こういった部分は、ジム戦の仕様が変更されない限り続くことになる。

乗っ取り」は楽だからね。




それでね。

ポケモンなのに通信対戦も交換もできないっていうのが致命的だった。」

の部分は多分こういった不正行為の結果起きているのだよ。

強いポケモン不正を繰り返してまで作成する目的RMT

まりポケモン現金化だろうと考えられるので。



さらに、配置されているポケモン名前を見ていると、

位置偽装によって日本国外からおかれていると考えられる事例も存在する。




ポケモンRMT貨幣価値)が付加されるのは好ましくないだろう?

からそういった部分が解決できない限り「通信対戦も交換も」無理だ。

ポケモン権利者達はそういった汚点を望んでいないので。




不正解決策としてジム戦歴の公開を提案しているけれど、どうなるか…

戦歴公開なら不正痕跡は明白だからね。



あいずれ対処される時には

何カ月も不正を続けて強化した(とほくそえんでいる)ポケモン消滅するが

それまで不快な状況が続くわけだ。


気長に通報するけどね。

2017-02-13

[] #15-1「返し返し」

バレンタイン営業戦略から始まったらしい大衆文化は、今や欠かせない一大イベントである

そして社会に浸透したそれは、様々な側面でもって人間喜怒哀楽を彩る。




とある会社の休憩室。

午後のひとときではあるものの、今日は一風変わった様相を呈している。

職場社員たちからの、一斉バレンタインチョコ贈呈である

父はそれらを受け取ると、他にも同じ品を貰っている社員を眺めていた。

学生の頃、男たちの見栄やステータスになりえたものが、いまや社交辞令アイテムというのも、中々に感慨深いものだとしみじみ感じていたのである

ところが、こういった文化をただ「そういったものだ」といった風に飲み込めず、馴染めない人間も少なからずいる。

「うう……やはり来るのか」

同僚のフォンさんがそれにあたる人物だった。




はい、フォンさんもどうぞ」

差し出されたチョコを見て、フォンさんの顔は引きつっている。

チョコが食べられないだとかではなく、ただ「何かを貰う」という行為全般精神疲弊しているからだ。

「は、はい……ありがとうございます

それでも体裁を保ちつつ、フォンさんは社員たちのチョコを受け取る。

そうして全員に行き渡ると、社員が持ち場に戻り始めた。

それを確認した後、フォンさんはおもむろに胸ポケットに入れた手帳を取り出した。 

貰った相手名前、貰ったものを書き留めているのである

マメですねえ、フォンさん」

「覚えておかないと、ホワイトデーの時に痛い目を見ますからね」

その発言に父は軽く笑おうとするが、フォンさんの大真面目な顔と声の調子に思わず息を呑んだ。

「笑い事ではありません。これを間違えると、“お返し”の無間地獄に陥るんですから

無間地獄……」

「貰ったものに対して、相応じゃないもの相手の心象を悪くします。安いものダメですが、かといって高すぎるものホワイトデーに“お返し”したら、それを埋めようと“お返し”をしてくる可能性があります。そしてワタシはそれに対して、また“お返し”をしなければならなくなる、ということです」

父が接するようになって気づいたのは、フォンさんはこういった世俗に酷く敏感なことであった。

「うう……チョコが欲しいだなんて一度も言ったことはないのに、それを貰って“お返し”も強制される。だからこの文化は嫌なんだ」

「いやいや、フォンさん。『強制』だなんて、重く受け止めすぎですよ」

「マスダさん。心にもないことを言うのは社交辞令の基本であることは知っていますが、今この場で会話をしているのはあなたとワタシだけだ。そういった無意味な取り繕いはやめていただきたい」

「取り繕いだなんて……滅相もない。なんなら“お返し”なんてしなくてもいいんですよ。彼女たちはそんなこと気にしません」

「『気にしない』んじゃなくて、『気にしないようにしている』んですよ。そんな言葉鵜呑みにして“お返し”をしなかったら、十中八九ワタシを心の狭いケチ人間だと軽蔑する。強制ではないといいながら、その実“お返し”を当たり前だと思ってるから、そういう考えになるんだ。それは、つまり社会通念上の強制なんです!」

フォンさんは神経症気味だったが、実際問題としてその側面を父は否定できないのであった。

こういった社会通念をフォンさんに説いてきた張本人なので尚更である

事態をどう受け止めるかの、丁度いい塩梅なんて分かりはしないのだ。

(#15-2へ続く)

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170208105212

ダメだ。

そうやって、さも当たり前の共通言語のように、ツイカスだとかクズだとか、品性に欠ける単語を使ってしまっては。そうやってラベリング意識刷り込み他人侮蔑することを当たり前にやるというミーム感染拡大させる、それは増田が嫌うネットの人々がやっていることと何も変わらない。特に、私達のようにWebを見てきた30や40を超えた人間は、ネット空気になじんだような口調になってはいけない。

どんな嘲笑を受けようが、自分高潔さを保ちながら、丁寧な言葉を選びながら誠実に謙虚に核心を突く議論を(たとえ匿名でも)展開していく。そういう事を続けて、わずかでもその姿勢共感して倣ってくれる人を増やしていかないといけない。ただでさえネット上ではみな次第に同じような卑しい口ぶりと思考回路になっていくバイアスがあるのだから、それに抗って「ネットの向こうの人」の多様性を見る者に意識させていく必要性が、今ますます高まっている。

想像してみてほしい。Web言論悪化してみえる大きな原因の一つは、発信者リアルに低年齢化しているからではないか10年以上前の時点ですら、小中学生PCを使ってMMORPGに入ってくることがあった。今の子どもは幼稚園以前からスマートデバイスに触れて、小学生でも大人以上に使いこなす。そうしてネット上で、子ども子どもを「キッズ」だなんだと揶揄しているような中に、そうと気づかず青年中年までも同じようなノリでやれやれと叩きはじめる。現実に、小中学生しょうもないいがみあいをしている所に大人が一緒に混じってやりあうことがあるだろうか。ネット上では、ある。しかも悪いことに、子どもたちは彼らが自称ながらも本当に大人であろうということを知ってしまっている。世の中はそういうレベルものだという認識を強めていってしまう。そんな中で、そういう輪の中に大人たちが立ち入らない(スルーする)ことは賢明ではあるけれども、場合によっては、きちんと良識ポリティカル・コレクトネスをふまえた丁寧な注意をしてあげるべき状況も少なからずあるはずだ。その時ただちに理解されずに、袋叩きにされて逆効果のように思えたとしても、子どもたちが育っていったとき「あの時はアホだと思ったけどマトモな大人が確かに存在した」と思って貰えることが重要だ(ただし上から目線にならないよう相当注意しないと、本当に逆効果になってしまう)。それがないと、ネット同調性に囚われ、低みにとどまり続け、自省能力を失った大人たちが将来多数派になってしまう。その後の未来はもう誰もが薄々感じているような様相になるだろう。実際のところ、ネット上での振る舞いを教えてあげられるのは、教師でも親でもない。彼らはその場に居合わせていないのだから同級生から学ぶことも難しい。この問題を現状で一番どうにかできる可能性があるのは、その場に居合わせ大人だけ。その事実をもう少し重く捉えてほしい。

から、本当に憂いているならば、そう簡単に「さよなら」を言ってほしくない。日本人性質的に無理なんだとか、そういう諦念をバズらせて思考感染させないでほしい。

2017-01-22

文科省天下りあっせん問題

どこまで本気で調べる気あんのかね?

全省庁、省庁が管轄する官公庁過去の事例など波及範囲が広すぎてまともにやるとは思えんのだが。。

現に、文科省のでも既にとかげの尻尾切りの様相を呈してきてるし。

でもこれちゃんとやるなら安倍評価する。

2017-01-20

電子書籍と紙は対立するものだよ

id:eerga 僕の頭が悪いせいなのか、どうも論点が違う(すり替わっている)気がする。もともとは電子書籍を同じクオリティで出し続けろっていう主張ではなく、電子書籍で(も)出版しろっていう主張だったのでは?

id:Kil 「紙をやめて電子に置き換えろ」でなく、「紙と電子自分の好きな方を選べる権利もっと広く多くくれ。そして読者を対等に扱ってくれ」と言いたいだけなんだけどね。前者を主張する人もいて混ざるから荒れるけど。

id:kagerou_ts 「熱心な読者」向けの商売をしすぎたからこうなったのだ、といいたいのかなと思うど、それならその 「熱心な読者」のほうにむしろ絶望まれてるっぽい電子書籍に全力フルコミットしてくれてもよくないです?

いまのところ、電子書籍市場の大きさは紙の書籍市場の1/10以下で、電子書籍設備投資イニシャルコストを、電子書籍利益は全くまかなえてないよ。おおげさに言えば、電子書籍部門は、紙の書籍部門利益を食ってるんだよ。もちろん細部は、出版ジャンル出版社によってちがいはあるよ。でも、マクロ視点で言えば、そうなんだよ。

電子書籍市場は成長中だし、未来への投資だろ? という言説は、たしかにあるよ。それには一定説得力が有る。でも、だとするならば「電子書籍専門の出版社を立ち上げて銀行から融資を受けて運営すればいい」んだよ。社内の別部門(紙の書籍部門)の利益をもちいて新事業を始めているってのは、これと構造はほぼ一緒なんだよ。「社内だから融資相当の)経営資源投入の稟議が、銀行から融資引き出しよりも、ゆるい」って言うだけのことなんだよ。「ゆるくないと電子書籍の推進が出来ない」ということでもある。

出版社がやる場合原稿著作者っていうリソースを共用できてシナジーが得られる(ことになってる)から、緩めの稟議でも推進できる。でも、じゃあ、現状、電子出版部門利益で「作者の発掘」「企画の立ち上げ、進行」「取材や著者との企画協力」「原稿進捗管理」「各種素材の入手管理」「紙面デザイン」「広報」「メディアミックスなどのIP管理」ができるのか? そのスタッフ人件費払えるのか? と問えばそれはNoだよ。

読者は無責任に「電子書籍を読む権利をよこせ」とか言うし、単体著者視点では「ボクの本は両方ででてますし、電子書籍と紙の間に対立はありませんよ」とか言うかもしれないけれど、内部の経営リソースの分配という意味合いにおいて、現在は明確に電子書籍と紙の書籍は、対立するものだよ。対立っていうか「少なくとも現時点、電子書籍は紙の書籍利益スタッフ寄生している」よ。

当然、利益が拡大しないまま電子書籍を増やすっていうのは、紙の書籍利益を圧迫するっていう意味で、紙の書籍に悪影響を与えるよ。紙の書籍利益構造っていうのはもうガチガチに決まっている。印税も%減らすことは出来ないし、印刷も枯れた技術なので旧に値段が下がったりはしない。つまり利益が圧迫されれば、企画のもの扇情的になって内容のない本が増えたり、単価が上がったり、出版点数が減ったり、地方への配本が切り捨てられたりするよ。

そもそも、「ある書籍の読者が2万人」いたとして、これにたいして電子書籍を推進して「紙の書籍読者1万5千人+電子書籍の読者5千人」になったとする。単価的にも、利益率的にも、こうなったとしても現在、ちっとも売上増えてないよ。読者が増えないのだとすれば、電子書籍インフラを作り上げて維持するのは、ただの重荷でしかないっよ。2万人の読者を支えるにあたるコストがただ単純に増大するという、経営視点で見たら愚かな判断だよ。電子書籍は非常に利益率が高いとか(そんなことは現在全くない)、電子書籍版を出すことにより既存読者の外に読者の母数がすごく広がるとか(そんなことは現在全くない)しない限り、「電子書籍化を超加速する」っていうのは、下手をすると利益背任ですらあるかもしれないよ。

もちろん長期的に見れば電子書籍市場無視できないよ。電子書籍の配本システム構築のコストも、長い目で見れば(そして理屈で言えば)、1冊あたりの負担率が低くなるはずだよ。だからいま、大手はどこも、利益が早期に回収できそうなコミックとか技術書を切り口にして、少しずつ電子書籍対応を進めているよ。短期的な損失を我慢しつつ、投資しているよ。

でもその状態に対して「紙の書籍電子書籍のどちらかを選ぶ権利を広くくれ」とか「全部電子書籍で出せないのは無能」とかいうのは、いまこの時点では、ただのモンスターユーザーだと思うよ。

電子書籍への移行がいまのペースなのはなにも手抜きでもないし陰謀が有るからでもなく、既存出版多様性やらノウハウを守りながらソフトランディングしようとしているからだよ。

(だから作家IPを抱えていない非出版社のほうが、ためらいなく新規事業展開できるわけで、非出版社新興企業Amazonなんかのほうが強気改革できるのはごくごく当たり前なんだよ。そっちを応援したほうが、日本全体の出版業界刷新は早くなると思うよ)

もちろんそれも含めてただの利益追求企業活動なんで、ぶっ壊れちまえ、Amazonに滅ぼされちまえって消費者判断し、そういう行動をするのはありなんだけど、現在出版状況が「消費者がどんなにわがままを言ってもぶっ叩いても壊れない、天与の権利」だなんてのは錯覚にすぎないよ。

id:YaSuYuKi音楽業界が衰退していく様相を、再生装置技術的制約から10年以上余裕を持って観察し対応する余裕があったのに、そっくり同じ失敗を繰り返しているのはなぜか」という問には答えられていない

この手の疑問、よくあるんですけど、この国ってバブルの頃から少子化予言されてきて、年金破綻も十年以上前には予言されてて、それでもろくな対策取れてないよね? 政治批判でも出版社擁護でもなく、なにがいいたいかって言うと「それって疑問に思うほど特別じゃない、この国によくある普通に愚かな光景じゃないですか?」ってこと。出版業界神聖視しすぎだなって思うのはこういうところで、普通日本の平均にふさわしく愚かな業界なんだよ。

2017-01-13

[] #12-1「自由大国

俺たちはとある行事で出し物をやった。

このテの行事消極的な俺たちは、ウサクが自信満々に監督を申し出たこともあって反対しなかった。

こうして、いわれるがまま出来たショートムービーが、この日衆目のもとに晒されるである

バイト仲間のオサカも観に来ているが、俺たち作り手の気は重かった。

「さてさて、学生の出し物なんて期待していないが、どんなものか見せてもらおう」




……

タイナイのマイブーム旅行である

普段やたら海外の良さについて熱弁をふるっていたが、興味のない俺はテキトーに相槌を打っていた。

それがタイナイの琴線に触れたらしく、俺は半ば無理やり海外の良さを体験させられる羽目になった。

そして、今回の旅行にはウサクもついてきている。

ウサクは、タイナイとは別ベクトルで“精力的”な人物であり、様々な国の政治に触れておくのも一興とついてきた。

そうして旅行する国は、タイナイも初めて来た国らしい。

「あえて下調べをしないことで、より体験を新鮮で特別ものにするのさ」

はいえ、さすがに不安なのでガイドを雇うあたり慣れている(と思われたいのだろう)。

俺たちはガイドに導かれながら観光を始める。

「ようこそ。この国は“個人意思”を尊重します。そのフレキシブルさ含めて、どうぞ観光を楽しんでください」




何はともあれアテもなく歩き出すと、早速タイナイが観光独自理論を展開させる。

基本的観光が盛んな国というのは、海外向けに首都最適化されているんだ。場合によっては地元の人が疎外感を覚えるほどにね」

こーいうのを悠々と語りたがる年頃なのだ

「だけど個人的には大通りじゃなくて、小脇の道に寄ってその世界の情勢を側面的に見るのもオツなものだよ」

「なるほど、我もこの国の情勢をしかと体験してみたいしな。よし、ちょっと寄り道しよう」

そうして目に付いた小脇の道に入ろうとすると、ガイドの人が止めてくる。

「いけない。巻き込まれるかもしれない」

不穏なことを言ってくる。

「なんだ。治安が悪いってことか?」

「いや、取り締りはしっかりやっていますが、大事になったときに巻き込まれ可能性がある」

「そーいうの含めて治安が悪いって言うと思うのだが」

自由尊重している国なので、まあ多少は。もちろん、どうしても行くと言うなら構いませんが……」

なんだか腑に落ちない理屈だったが、とにかく危険だということで俺たちは行くのをやめた。




俺たちが立ち寄ったのは大きめの雑貨屋だった。

「俺たちの国でも海外観光客が大型雑貨店で買い物するってことは多いだろ? その国の雰囲気を感じ取るのに実は最適なんだ」

別にもっと如何にもな場所観光してもいいと思うのだが、どうもツウぶりたいらしい。

だが、確かに立ち寄った店には独特の世界観が構築されていた。

俺たちの国にもあるメーカーのものに、この国独自ブランド商品も共に並ぶ、何とも奇妙な様相を呈していた。

そして、ふと一際目立つ、異様なデザインパッケージが目についた。

(#12-2へ続く)

2016-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20161214234709

作ってる人はいたけど

「こんなの難しすぎw

業界人からって小難しい書き方して調子乗ってんじゃねーぞ

あほ学生とかギャルとか主婦が読みたくなるようにかけないんですかww」

って茶化す人がいてうやむやになった



本当に信頼に足る一次ソースってあの蹴鞠おじさんのハンドブックぐらいお堅い様相を成しているわけで

あれに抵抗感を抱かないようにすることが

第一に身につけなければならないリテラシーだったのかもしれない


追記:

ヨッピーももしかしたら詳しくわかってないんじゃないか

アニメ漫画はややこしいから依頼された作品しか触れない

インタビューと街頭調査みたいのしとけば確実でしょ

ぐらいの認識かもよ

ネット芸人的なライター有識者インタビューする企画企業が通せばいいのかな、どうなんだろ

2016-12-10

[]

今回はコミックウォーカー

ススメ! 栃木部 第11

素人参加番組ローカル花形だね。

老若男女、玉石混合っぷりが凄まじいが、それ含めての楽しさというのもあるのかも。

あと、訛りに客観的自覚がないネタは、栃木だけじゃなくて割と共通かもしれない。

というか、訛りって喋るとき無意識に出るようなものから、作中のは極端ではあっても、訛りに対してそこまで自覚がないってのは大なり小なりあると思う。

その地域生活していれば、そこでの訛りは実質「標準語」といえなくもないしね。

そして番組本番、クオリティは出場者によって全然違ってピンキリながらも、平均的なレベルと出場者の年齢層からいけると踏む。

だが、ジョーカー出現で意気消沈、と。

どこまで意図的に、かつそれが功を奏するかなんてこと分からないが、目標を掲げるなら多少のクレバーさはあったほうがいいだろうね。

漫画とか、フィクション全般においてもいえることだけどね。

私は漫画に限らず創作において、そういう利己的な手法のもの否定しない(支持もしないけれども)。



賢者の孫 第8話その1

なんか、元からそうだったけれども「主人公スペック披露目会」みたいな様相を呈してきたな。

どれだけ主人公がすごい発想とすごい魔法を使えるかをつらつらと。

私が中学生のころ、TRPGキャラの設定とステータスとかを練りこむだけの遊びを仲間とやっていたけれども、要はそれにちょっと物語付与しているだけだよね、今のところ。

そりゃあ、キャラの設定とかスペックとか書いているとき楽しいし、それを読者も疑似体験できるという意味でナシではないとは思うけれども。



メガロポリスノックダウン GAME-06

今回はちょっと特殊演出表現をしてきたなあ。

意図的現実ゲーム世界をごちゃ混ぜにしている。

客観的に見れば危うさがあるんだけれども、あくまで全体的なノリは楽しく描かれているんだよね。

どうでもいいけれども、ゲーム脳って私はてっきり現実ゲーム的なもの見方をする人を指すと思ってんだたけれども違うんだね。



ディーふらぐ! 88話

勝負の内容もよく分からんが、その後の物言い展開のほうが本番ってのがすごいな。

巨乳同士の(物理的)なぶつかり合い」という胸躍る展開にも関わらず、その後の物理的に過剰なインパクトと、物言い展開のハイテンションぶりでエロティシズムがまるでないのもすごいな。

そういえば、以前の夜の学校エピソード懐中電灯を胸の上に乗せるとかいう、たわわチャレンジじみたことを「月曜日のたわわ」が世に出るずっと前からやっている位、この漫画巨乳の扱いってバカバカしいんだよね。

そして相変わらずモブ出張る。

外野外野」って、それ完全に無関係の人じゃねえかって言っちゃダメなんだろうなあ。

というか、当たり前のように受け入れられているけど、「外野外野」って文言おかしいけれども。

2016-12-07

キャラだけ漫画記事に対して

少し前キャラだけの漫画が苦手という増田記事を見た。個人的にはキャラだけ漫画刃牙みたいな系列かなと感じているのだけど、

これはキャラだけ漫画というより世界観を感じさせない漫画が単調になってしまう一例ではないかと思った。

別段それは屁理屈めいた世界設定がたくさん用意されている、という話ではなく。

サブカル日常系によく見られる一部の漫画は、日常の中の細々としたガジェット風習を見せることによって

世界存在していることを感じさせてくれる。

先日『ぬらりひょんの孫』が「(ジャンプ漫画として)ハイグレードな普通」だと言ったんだけど、

この作品ジャンプ的な悪癖が何かといえば世界設定が文字しか語られない、ということ。

例えば別段バトルはかまわないけどバトルの中間妖怪世界では常識とされている日常風景などが幾つか登場しなければ、

人間社会とそう変わりがないものになってしまう。水木しげる妖怪人間にはパーティション存在していて、

隣の世界でありながら断絶されていることを示していた。『うしおととら』の主人公も獣の槍をもった瞬間に

「人ならざるもの」の様相を見せるのであって、決して「剣心に似た誰か」になるわけでもない。

怪物くん』の世界では人間味が感じられる味方の妖怪でも必ず味方とは言い切れない非情かつ残酷な側面を背負っていた。

まり妖怪もの世界設定は人にも味方するが基本は山窩のような常民と違った組織であることを明示する必要性がある。

その意味ヤクザ組織として描かれている事自体は正しいと思う。

だけどそれだけで世界観の広がりが感じられるかといえばそうでもない。

世界設定をそれとなく広がりを持って説明するには絵もそうだけど世界風景

ガジェット、しきたり、慣習などがそこに存在しているように描かれなければならない。

まり「誰が」「どこで」「何を」「どうした」かが明確である必要性がある。

この点例題したぬらりひょんの孫はどこで、という空気演出はほぼお座なりになっていると言ってもいい。

ぬらり~のキャラたちはどこを舞台にして何で戦ってもキャラ特性を発揮して舞台に左右されない。

筋書きは文字だけで進行しているようにすら思える。

舞台に左右されないキャラはとても大雑把位に言って白背景のキャラだけ絵で、

仮に環境の中にいてもジョジョのように環境利用闘法的な用法となってしまう。

ここから先は妖怪世界ですよという区分必要だけど、

閑話休題して妖怪の細やかな日常シフトした回も設けないといつまでたっても妖怪全体の設定が形成されない。

そこから出てくるキャラも表面的な資料の寄せ集めになってしまう。

ちょっと頭の中をはっきりさせるために散らかってしまったけど、

結局キャラ漫画と言われてしま所以キャラが乗っかっている場所がないことだと思う。

決して問題ストーリーでもないし、口幅ったい説明的な設定でもない。

ぬらり~だって世界設定はあるし組織だった活動もあるでしょ、

なんて反論もあるかもしれないけど、リアリティある実在感があるとはちょっといえない。

例えば『ドロヘドロ』はこの点は非常によくできていて、

謎の用語や仕組みも作中で自然に出しながら勉強させずに世界を読者の脳内に構築できるようにしている。

誰かが暮らす前提にはその場所土地がありそこから人が出てくるのであって、

人だけ配置されたチェスをやってしまうと上の指摘みたいな問題を起こす。

じゃあこっから漫画における世界設定の伝達ってなんだろうと考えると、

多分絵によって設定を開示しつつキャラストーリーに絡めることだとしか言いようがない。

特に設定が人に影響する、人が設定に干渉するという部分で言えば、

ぬらり~は少なくとも今まで読んだ巻の中で全く達成しているとは言いがたかった。

キャラ世界観舞台背景の設定資料がそれぞれ分離して語られている。

なんとなく自分の中で整理できたのでここまで。

2016-12-05

Twitter殆ど馬鹿であることに反して、Togetterにはやたら知識自慢があつまる。

あれは結局記事元に対するはてブみたいな機能になっていて、論争に発展することから増田はてブ様相がある。

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-12-03

最低限社会人として必要なまともさと

生活を共にするうえで必要になる責任感等を求めただけで

「ならお前は何を相手提供できるのか」というプラスアルファ要素を要求するトラバつけまくられる地獄

逆に女性様にとってそんなにハードル高いのあれ?何か相手差し出してる気分になるレベルで辛いのあれ?

提供するも何も自分がそれを満たしてるからってのじゃ駄目なのか女性様相手には?

2016-11-24

[]

今回はガンガンオンライン

リマニア 第24~25話

24話はカワイイ系を演出する女子高生メイン。

いきなり仲の良い女子アピールの打算から始まって、その打算があくまで異性を意識していること前提なのが、生きている世界線が違いすぎるなあ、と。

そんな打算的な部分を正直に吐露している時のほうが好きだという同級生に対し、そんな自分が大嫌いと屈託なく言ってのける、この一連のやり取りを四コマさらっとやっているのが驚きだ。

気に入ったシーンは、男子3人組がニヤニヤしながら女子に絡んで、女子は何も言っていないのに勝手自己完結して退散していくところ。

話題相手を置いてけぼりにして、無駄にハシャいでる感じが微笑ましいと共に、青臭さ全開で妙に生々しかった。

25話はカモメの回想。

この漫画全体の作風にいえることだけれども、恋愛絡みになると途端に面倒くさい観念的なものを出すよね。

恐らく愛情以外の様々な「情」を絡みつかせて、それに対して明確な是非を作中で提示しないから、ヤキモキするんだろうなあ。

そういう情や弱さに対して、作中で肯定はしないけれども否定もしなくて、やや前向きに描写しているようにすら見えるから、鼻につくって側面はあるかもしれない(こういう人格の複雑さからくる人間ドラマの面倒くささって、私としては大好物だけれども)。



蟻馬くんは現実を見ない。 第6話

うん、いい感じにポジティブ機能している。

それが過剰だったり微妙にズれていることでコメディになりつつも、功を奏するっていう展開がいい。

最近気づいたんだけれども、蟻馬のポジティブぶりに比例するかのように、周りの毒気が強くなっている気がするんだが。

まるで某芸人ツイッターみたいな様相を呈してきている。

それにしても、相手本音を引き出すためにとる方法が、吉本新喜劇でよくある芝居展開っていうね。

そういう点で、蟻馬はポジティブではあっても純粋人間ではないのか。




兄の嫁と暮らしています。 Diary.15

雨で濡れているせいなのか、妙な勘繰りをしたくなる構図が中盤に多かったね。

いつも百合っぽいなあと思っていたが、冷静に考えてみたら別に百合でもないんだよね。

血縁関係はないけれども、立場上家族のように仲良くってのを必然的テーマとして描いているだけで、

男同士が仲良くしているだけでBLっぽいとかい想像力豊かな輩と同じになってたわ、危ない危ない。

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ようこそ ゲスト さん