はてなキーワード: 長方形とは
そいで今は
なんかと
なんかとの対立になってるんだっけ。
前者は「間違いである」という根拠を提示していないんだよね。
と
と
との対立だよ
TDLとファミコンが世に出た年に生まれた私でさえ3.5インチのフロッピーディスクを見るのが限界だった。
中学校ではTOWNSが撤去されWindows98に、それもMOに置き換わり、
>FDなぞ知らず、「青い正方形の上側にやや小さな白い長方形、下側に小さな黒い長方形が書かれた何か」そんな認識なのではないかと勝手に想像します。
どういう描かれ方かにもよると思いますけど
そのハードディスクも
タブレットになる時期も後2年程度でしょう。
(XPのサポート期間が2014年ですからパソコン需要が世界的にAndroidに代わる可能性が大)
by bobcoffee
何を今更と言われるかもしれませんが。
でも、しぶとく生きてるんですよ?
「サーバーとか見えないところででしょう?」
いいえ、皆さん使っているんです。
で、ここからが本題なのですが、今の若い子たちってこのアイコンの意味分かるんですかね?
私28歳ですが、大学時代、データの持ち運びは既にUSBメモリ(64MB)が主流でした。
一応、大学や自宅のパソコンには内蔵FDDがついていましたが、まともに使った記憶がないです。
小中高生ってもしかしたらフロッピーを見たことないって子、結構いるんじゃないでしょうか?
もちろん子どもたちはパソコンの授業で、「データを保存するときはこのボタンをクリックしてください」と習うから、ボタンの意味は当然知っているでしょう。
FDなぞ知らず、「青い正方形の上側にやや小さな白い長方形、下側に小さな黒い長方形が書かれた何か」そんな認識なのではないかと勝手に想像します。
既卒1年目の就活者です。中小の事務職と営業職を志望しています。去年までは大手ばかりを考えていたのですが、既卒になってからは中小に絞っています。
これまで、紹介状をたくさん書いてもらったのですがどこもかしこも落ちたのでハローワークの職員さんに履歴書について指導をして頂いたのですが、
当たり障りがないというか、履歴書を三つ折りにしてはいけないとか送付状を添える事とかビジネスマナーだからと求人先の会社の求めてない自己PR文も用意して他者と差別化すべきだと言います。この謳い文句はどの職員さんに聞いても同じで、そういうマニュアルがあるのかなとふと疑問に感じました。
インターネットで調べるとOKWAVEさんやヤフー知恵袋などで同様の質問に対するハローワークさんと同じような回答が多く、これが一般的なのかなという印象です。
しかし、一方で「添え状の必要性は皆無」とか「封筒のサイズは長方形(履歴書を折っても構わないサイズ)で問題ない」「外面なんてどうせ見ないしゴミと手間が増えるだけ」といった意見もちらほら窺うことがありました。実際、ノーマナーで内定を勝ち取ったという話もあるようです。
さて、話を戻しますがハローワークさんの仰っている部分はどこまで真実なのでしょうか。実際指導の通りビジネスマナーに注意し、自己PR及び志望動機の添削もして頂いたものを御送りしたら、一枚のお祈りの入った長方形(80円切手)の封筒が一通届いただけです。これが何十件もあります。
もしかしたらと思って関係のありそうなサイトを片っ端から観覧したところ、どうやら添え状やクリアファイル入りの履歴書等は邪魔になるそうです。履歴書と紹介状を郵送してくれと言ったのに送付状や自己PR文が一緒に届いてむしろ対応に困るのだそうです。落ちた会社にTELしてみたことがあるのですが、ネット情報の通りでした。ビジネスマナーと言いながら実際はそうでもなかった。でもハローワークさんはそれが常識だと豪語します。
Opera11.60になってfaviconを設定していないサイトのタブに表示されるアイコンが変わった。真っ赤な長方形の右上から白いOperaが覗いているというあまり慎ましいとは言えないデザインである。
以下のサイトはfaviconを設定していない(はず)ので見てみよう。
http://homepage1.nifty.com/rucio/main/main.htm
favicon未設定のサイトのタブに表示されるアイコンはスキンの'/icon/page.png'が適用されている。Opera11.60のアイコンが変わったというのは11.60付属のOpera Standardのpage.pngが変わったということだ。
この派手なアイコンは快適なブラウジングに少々相性が良くない。スキンごと変えるのが早いが、11.60のOpera Standardのこのアイコンだけ何とかしたい人は自分でアイコンを変えよう。'/icon/page.png'で設定できる。他のスキンからpage.pngを持ってきて11.60のOpera Standardに入れればいい。
http://ja.opera-wiki.com/%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25B3
2桁×2桁の計算で1桁どうしを足すと10になる数同士の2桁のかけざん計算
例えば 25×35 でやってみる。
これは長方形を使ってるだけなんだけど、忘れたくないからまとめておく。
説明長いし、人によってはめんどくさいかもしれない。どうでもいいことです。
まず筆算のために書くように縦に並べて描く、ホワイトボードでもおk。そのあとは頭の中で計算する。
この時小さい数字が上に来るようにする点気をつけて。そうしないと計算がうまくいかなくなる。
1、下の数字に上の数字の1桁目を足して40にする(5+35)
2、その数字に上の数字の2桁目(正確にいえばその位の数)をかけて800にする(40×20)
3、操作1で作った40から20を引く(40-20)、それに上の数字の2桁目をかけて100にする(20×5)
4、800と100を足して900にする(800+100)
以上で答えが出ます。
なんか縦に並べた数字をくるっと回して答えを出しているようで(右回りに)おもしろい。
めんどくさいけど、暇ならやってみてね☆
お化けに会いました!!!
と言いましたが。
体育館で夜(4人)で よすみをやりました。
その方法は、4人が体育館のよすみに1人ずつ座り、最初の1人が2人目の肩を叩く。1人目は2人目が居た場所に座り、2人目は3人目の肩を叩く。2人目は3人目がいた場所に座り、3人目は4人目の肩を叩く。4人目が1人目の肩を叩くことで一周し、それを繰り返していた。長方形の体育館を周ること。
でも途中で友達の1人立ち止り、「この方法だと1人目は2人目の場所へと移動しているので、4人目は2人分移動しないと1人目の肩を叩ける事は在り得ない、4人では出来ない」ときずいた。
それからみんな怖がって、体育館から出て逃げるように帰りました。
ほんと怖かったです。
野菜を切るときも、肉を切るときも、魚をさばくときも、母はその包丁一本しか使うことは無かった。
遊びに行った友だちの家の台所で調理する友だちのお母さんが使うのも文化包丁。
外で見る包丁は皆一様に文化包丁で、実家の包丁はなんだか少し違うぞと思っていた。
だからと言ってそれ以上特に考えた事も無く、私は大人になった。
本当は母と同じ菜切り包丁にしたかったのだけれど、どのお店でもメジャーなのは文化包丁なようで、だからまぁ良いかとそちらを買うことにした。
でもどうして母は菜切り包丁を使っていたのだろう。
使ってみれば文化包丁のほうが格段に使い勝手が良いのは間違いが無い。
生まれて初めて、何故なのか深く考えてみた時、ふとすっかり忘れていた小さな記憶が蘇った。
確かそれは私が10歳だかそこらの時だったと思う。
母がこっちこっちと手招きして私を呼び、洋服ダンスを開け、その奥の奥から新聞紙に包まれたモノを取り出して見せた。
「どうしてこんな所にこれがあるの」と聞くと、母は「危ないからね」とだけ言ったのだ。
そこまで思い出してハッとした。
危ないからね、の前には多分、命が、と付いていたのだ。
何故あの時気づかなかったのか、今にして思えば不思議で仕方無い。
私の父はろくでもない人間で毎晩酒に酔って暴れていた。
母の髪を鷲掴みにして振り回したり、更にヒートアップするとそこら中の物を投げてぶつけたりもした。
一番怖かったのは包丁を取り出した時で、けれど台所にあった包丁には切っ先が無かったから母が大怪我を負うことは無かった。
母はそこまで予期し、あえて切っ先のない菜切り包丁を使っていたのだとようやく思い至った。
あの新聞紙に包まれた包丁は、今でもあの場所に隠されているのだろう。
でも、では何故母はそうまでして包丁を持っていたのか。
危ないならば捨ててしまえば良い。
だって菜切り包丁だけで事足りていたのは間違い無いし、事実母があの隠された包丁を使っている姿は今までついぞ見たことも無い。
もしかすると、ここからは私の憶測にすぎないが、母はいつかそれを自分が使う日が来るかもしれないと思っていたのでは無いだろうか。
本当の意味での「防衛」の為に。
私の家は決して平和な家では無かったけれど、あの包丁が眠っている限りは少なくとも平和に見えるのだろう。
この先もあの包丁が出番無きままな事を切に願う。
何を言っているんだ。2011年~2041年のグラフだったと仮定して、2011年-2012年の横の長さが2040-2041年の横の長さの8倍くらいあれば長方形のグラフになるだろ。
ああ、http://anond.hatelabo.jp/20110510170549の「長方形であると仮定している」が間違ってるのか。
漏れも数学良く分からないけど、87%の確率で起こるものは「30年間で87%エネルギーのM8地震が起こる」と仮定してもおそらく大丈夫で、そうすると図に現したとき横軸が30年分の直線で縦軸がリスク(0-100%)になり、三角形か四角形で87%分の面積を持つだろうというところまでは直感で分かるよ。
0.56%だろJKって言ってる人は、縦軸が0.56で30年の長さをもつ長方形であると仮定しているんだ。
サイコロとか、振った時に出る目の確率が必ず一定のものならそれでいいんだけど、
実際は後になればなるほどリスクは上がるので、長方形のリスク想定は間違いで、右肩上がりになる図を描かなければいけない。(としても、明日大地震に起こる確率は0じゃない)
実際にどこかの時点で地震が起これば87%の面積じゃなくて100%の面積がどこかの時間軸にぽっと出てくるだけなので、リスクの可視化という点で言えば大幅に間違ってるとは言えるんだけどな。
母親がアンテナ工事を業者に見積もってもらったら8万したというので、私にパス来た。
という訳でアンテナを自力設置してみた。首都圏在住、総計予算二万程度で地デジカとBS化完了。
以下参考までにメモ。
かなりアバウトなので、自力でも出来るんだな~程度で。
電波の中継地と、中継地がカバーする範囲を調べるには以下のサイトでチェック。
おおよそ関東首都圏だと、区内が強電界、~60km以内が中電界、60km~弱電界と言われる模様。
字の通り、簡単に言えば遠くなるほど映りづらくなるという事。
区内だから大丈夫!とっても遠いから無理・・・と決め付ける前に、本当に視聴できるか確認する方法が有。
電磁波測定器を使うとそれを買うだけで万を超えるので、
簡単タダで調べるには、総務省の無料アンテナ貸し出しキットを借りればおk
アンテナ4種類の内1種類を選んでファックス送信か申込書を送るかして申し込み、
1週間無料レンタル(B-casカード及びチューナー、配線コード送られてくるのでテレビだけあればおk)
ただし無料で借りられる代わりに、添付の地デジアンケートに必ず答える必要有。
アンケート内容は「アンテナを室内・野外どこ設置して映ったか」「地デジアンテナを買いたいと思うか」という10項目程度で
同ホームページの【地デジ専用アンテナ受信マップ】http://digisuppo.jp/index.php/antmap/のマッピングに反映されます。
アンテナをテレビと接続し、アンテナを一階二階ベランダ等に設置テストしてテレビが映ればおK
その際必ず受信強度の数値をメモっておく事!
周りは一戸建ての居住区で、電波障害になるような建物(工場、ビルは無し)
中電界と思っていたのに強電界用の貸し出しキットでどこの局も受信強度85(100中)を出し
出来なかった方は総務省に相談、もしくは月額払ってケーブルテレビで地デジを見る手有。これはアンテナいりません。
以下視聴出来たことを前提で次へ。
どういった形にしろ映った方は、強電界・中電界・弱電界の内、自宅の該当エリア用のアンテナを電気屋orホームセンター等で買うことに。
60以上安定して出ていれば強電界用、60前後でノイズがたまに走るなら中電界用、それ以下ならば強電界用をチョイス。
簡単に言うと、一般的にイメージする細い線を沢山くっつけたようなアンテナ、
最近増えてきた所謂長方形平面状のアンテナ、最後は総務省無料貸し出しで届くような小さい形状のアンテナです。
テレビは地デジ対応である事を前提で。そうでない人はチューナーを別途購入するなり対応テレビ買うなりで。
アンテナからテレビまでどうやって繋ぐか図にすると分かりやすい。
以下簡易例数パターン。
※ブースターをかませる必要も有
中強電界ならば、一々屋根に登って串みたいな形の八木アンテナをポールに立ててワイヤーで固定して・・・という方法よりも
アンテナ本体としては串型のアンテナの方がベランダ設置型より1000円ほど安いが、設置金具等トータルや屋根に登るリスク考えたら前者をワシは選んだ。
アンテナ本体及びアンテナ取付金具は近くの電気屋・ホームセンターという手も有だが、実はヤフオクで買う方が送料入れても安い。これ豆な。
取付金具なんて市販を3、4千円するのにヤフオクだったら100円~でいくつも出てるってばよ。
とはいえ市販価格の目安としてアンテナが3000円~、設置金具が2000円~、後はケーブル線買って繋げればおK
複数のテレビに付ける場合はアンテナとテレビの間に分配器200円~をいれればおK
ケーブル線入れて総計1万前後でいける筈
最後に全部繋げて適当に東京タワーの方角へアンテナ向けるとテレビが映るので、受信強度強い方向に固定してオワタ\(^o^)/
BSを入れると通常は以下のように混合器(4000円~)が必要
更に配線が多い為ブースター(4000円~)も必要
二つも買うとタケーよと思ったので、混合器とブースター両方内蔵のUDA-200Aを5000円弱でアマゾンぽちる。
地デジアンテナ取付金具はヤフオクで200円前後、BSアンテナ&BSアンテナ取付金具はセットで5000円弱を。
分配器は3台全てのテレビでBSを見れるようにする為、屋外用全端子通電型(4000円相当)をチョイス。
分波器は900円前後で購入。計2万5千円未満。
皆さん、入社おめでとう。
長期不況、就職難のこの時期に、世界最大の部数と、高度の評論・報道を誇る読売新聞に入社試験を突破して今日入社できた諸君は、きわめて優秀な知性、体力の持ち主だと信じる。
「ネット時代に新聞は生き残れない」との扇情的な言論が見られるが、生き残る力のない新聞とは何らかの経営者の失敗、紙面の偏向、一般社員の能力の低下、愛社心の欠如等によるものであって、それらは読売新聞には当てはまらない。
私が誇りに思うのは、読売新聞の論調が公正であり建設的であること、報道が迅速、正確で、今日の国家、社会、国際関係等からみて、いささかの偏向もないことである。
今はやりのネットの世界では、責任不明の発信者による無責任な言論、他人の名誉に対する棄損行為、流言飛語、わい雑で反社会的な情報の流布、思想体系のない断片的言説のツイッター等が氾濫しており、青少年の教育を害するポルノや出会い系サイトのようなものを規制することもできずにいる。
私は、新聞も本も読まず、ネットの世界にのみ侵入している若者は、将来日本を支える指導力、知性、生産力、倫理観等を身につけることができず、国民の文化や民度の劣化を招くものと心配している。
欧米の新聞と違い、日本の新聞は個別配達制という日本特有の販売、配達網があり、販売収入が安定している。それに比べ、欧米はもとより、新興国、途上国では個別配達網がないか、あっても脆弱なものであって、その収入の七、八割を広告収入に依存しているため、その経営力は不況に恐ろしく弱い。欧米の著名な新聞が次々に倒産しているのは、収入源の七、八割が広告収入であり、不況時には企業の広告出稿が大幅に減るためだ。
日本の新聞は、独自の個別配達網を維持し、正確性、公正性、一覧性、ニュースの重要度による多様な情報の有用な整理力による総覧性、可搬性、利便性、教養性等を維持する限り、衰亡することはない。むしろ、乱立し、無謀な競争をし、無責任な情報を発信するネット業界の将来の経営の方が危ぶまれる。
だが、読売新聞も、新しいメディアの世界を傍観しているのではない。YOLや「あらたにす」等を通じ、必要で有用な情報の発信手段は広げている。問題はそれが十分な利益をもたらすかどうかであって、本社の強力なメディア戦略局が日夜、研究、開発し、効率よく利益を得るような事業を展開している。しかし、我々にとってはあくまで新聞が主軸であり、ネットサービスは副業だ。
読売グループには、姉妹社に日本テレビ、子会社に巨人軍、中央公論新社等があり、この不況の中で、黒字経営を維持している。
今政界は指導力が低下し、与野党とも諸勢力が四分五裂している。その結果、経済不況に伴う失業や要介護者等に対するセーフティネットが構築されていない。政権党は大衆迎合のマニフェスト原理主義で、財源がなく投資乗数効果も低い、子ども手当のようなバラマキに没頭している。そのため予算の歳入は赤字国債が税収を上回り、国家財政は世界最悪の状態だ。
ただし、米国や南欧の財政危機と異なり、日本国債の九三%は日本国民が持っている。しかし、国債発行も限度を越えれば価格の暴落、金利の上昇、そして不況の一層の深刻化につながる。
私はその解決策を持っているが、部分的には社論でも報じ、時を見て全面的計画を発表する。
日本政治の劣化、それによる不況の深刻化を防ぐためには、新聞、特に読売新聞の論評、解説、報道により、政治そのものの質の向上、活性化を図るしかない。
読売はこれまでにも、憲法改正案、行革案、戦争責任の検証、社会保障と税制改革などについて、次々に建設的提案をしてきた。今は不況脱出のための財政、金融、産業政策についての提案に力を入れている。
最後に、読売新聞の将来について極めて重要な計画を申し上げる。
今朝の朝刊にも出ているように、新社屋の建設である。この大手町の本社は一九七一年に建てられ、築後約四十年となる。
その建設当時は、古い経営者の頭の固さもあって、一極集中印刷が最も効率的であると誤信し、しかも鉛と手拾いの活字による輪転機、印刷とその発送のための長方形と三方道路の立地にこだわり、九五台の輪転機を地下五階層にわたって並べることを理想としていた。
私や内山グループ本社社長は、印刷の電子化、発送、輸送の合理化、全国分散印刷体制を主張したが、まだ若かった我々の主張は頭の古い硬直化した経営者に押しきられてしまった。中でも内山社長は長文の全国分散印刷体制論を当時の社長以下に提出したが、却下されてしまった。
私は三年ほど前から、ひそかに大手町から輪転機を完全に移動し、IT時代にふさわしいシステムの配線やコンピューターの設置に適した新社屋の建設を検討してきた。
その結果、この大手町の社屋を壊し、その跡に、三○階建ての最新機能を備えた新ビルを建設することを決断し、一昨日の東京本社役員会で正式決定した。再建期間中、三年から四年は、銀座の新橋演舞場に面した旧日産本社ビルに借家する。この借家は、この本社より外見、内装とも立派だ。皆さんもいずれ新社屋が建設されれば、日本における情報・金融機関の中心である大手町を睥睨する新本社で、執務することになるだろう。
思い起こせば、大正末期以来、読売新聞社屋は受難の歴史だった。一九二三年、銀座三丁目に建設した新社屋は、披露パーティーを前にして関東大震災で完全に崩壊し、一九四五年には空襲で跡形もなく全焼した。
その間、朝日、毎日は大阪に本社を置いていたため、関東大震災の被害を受けなかったが、一七紙あった東京紙はほとんどなくなってしまった。大空襲でも朝日、毎日は戦火を免れた。
このような二度にわたる社屋崩壊にもかかわらず、新社屋の建設を続け、不死鳥のごとくよみがえり、一九七七年、務台社長のもとで発行部数が日本一となり、翌七八年には世界最大発行部数としてギネスブックに登録された。九一年に私が社長になり、それから間もなくの九四年、一○○○万部の世界最大部数を達成した。この時巨人軍も、日本一に輝いた。
創刊以来の苦難の中で、百三十年余にわたる先人たちの苦労の上、今や不滅の読売を象徴する超高層新社屋をこの大手町に建設することは、私の生涯の最後の使命である。このデフレによる営業収入減の中で無謀ではないか、との批判も出るかもしれないが、わが社の資産力、経営力からしてもいささかの不安もない。
もちろん、この大事業は私一人の力でできるわけではない。全役員及び社員諸君も、日常的な経費節減及び販売、広告収入の増強に向けて、全力をあげて協力していただきたいと思う。新聞窮乏化論のなかで、読売新聞の未来は限りなく輝かしいものだと確信する。
だから間違ってる主張ってのは「縦3m横5mの長方形の面積を3+3+3+3+3=15という計算で求めるのは、左辺と右辺で次元が違うから、誤り」という命題だよボケナス。今までさんざん言ってきただろクズ。
俺の面積に関する2つのレスを見てもらえばわかるようにこの誤りというのは相対的なものでなく絶対的なものだから、お前の言う「お前は自分の意見が認められないと納得できないようなクソガキの尼ちゃん」というような煽りは全く持って意味を成さない。
議論が行き詰まるもなにも、そもそも俺や他の人たちは元々かけ算・面積に関して純粋に数学的に議論していただけであって、そこに馬鹿どもが首をつっこんで「説明がわかりにくい」やら「かけ算の順序なんてどうでもいいからどうやって教えるべきかを考えるべき」だなんてまるで論点のズレた横槍を入れてきただけの話。そういうクソレスに対してまともに返してやっただけありがたいと思えゴミクズ。
そういう話の筋を履き違えてる奴らに対して「私の主張はそこではない」と言って何が悪い。
それとお前のコメントの冒頭:
「それはどうして間違っているの?「正しい」状態があるから、「間違って」いるのだよね?そういうことを話せば良いだけ。」について、これはまさしく面積についてのレスで述べているだろ。
これ以上相手してても仕方ないし、延々とナンセンスな突っ込みを入れ続けてくるんだろうからもう落ちるわ。
ここまで読解力の無い馬鹿が多いとは思わなかった。やはりまともなのはほんの一部だけだな。期待して損したもうこのサイトには当分きません。
では。
もうこういう書き方めんどいから普通に書くけど3m+3m+・・は無理ありすぎ。本気でそんな考察しちゃってるのなら合掌ものだよ。
そもそも(長方形の)面積を求める際のかけ算というのは一種の(=定数関数の)積分に等しいわけだから、そういう意味では、単に「縦×横=面積」という公式を当てはめただけに過ぎない3×5=15という計算よりも、むしろ、より積分的な(=細かく分割、それぞれを求め最後に足しあわせる、的な)3+3+3+3+3=15という計算の方が適切であると言えると思う。
この図形の面積が3×5で求められるのは、それの特殊性(図形が直線のみの造られている、辺々が成す角度が90°、etc)のためであって、図形がほんのわずかでもグニャリと曲がった箇所を含んでいたならばたちまち積分計算に帰着されるわけだからね。
「たとえば、掛け算には面積を計算するという重要な意味もあります。縦3m横5mの長方形の面積は何平方mでしょう?3+3+3+3+3=15により15平方mと解いたならこれは自信をもって×にできます。3mを5回足すことに面積を求めるという意味はありえません。大体、左辺と右辺で次元が違っています。」
これは私のような馬鹿な人間を釣るためのネタですか?なのでしたらそれでいいのですが、万が一、増田が真面目にこれを論じていた場合のことを考えて一応突っ込んでおきます。
まず、1行目について、これは文句なしにその通りでしょう。しかし、それ以降の3、4、5行目に激しく違和感を覚えます。
増田はかけ算には面積を求めるという幾何学的な意味での側面もあるとおっしゃるのですから、逆に幾何学的な面、すなわち図形からかけ算という操作を考えても差し支えないでしょう。
それでは同じく、縦3m、横5mの長方形を考えることにします。
まず、私が何かの気まぐれではさみを持ち出し、この長方形を縦に5等分してしまいます。
その次に、これまた気まぐれで、今度はこの5つの図形の面積の和=元々の長方形の面積を求めたくなってしまいます。
このとき、これら5つの図形は全て等しく、縦3m、横1mの長方形ですから、求めたい面積は 3m×1m+3m×1m+3m×1m+3m×1m+3m×1m=3m^2+3m^2+3m^2+3m^2+3m^2=15m^2 となります。
めでたく面積が求まったところで、今度はこの計算式を見やすくするために単位を取り除きます(※このとき、両辺の単位は同じです)。すると、3+3+3+3+3=15 となりますね。
はてさて、この等式は増田が「自信を持って×にでき」るとおっしゃったものと全く同じですが、果たして本当にそうなのでしょうか。
図形の面積を求める際、それをまずいくつかに分割し、それらの面積をそれぞれ求め、それらの和を得ることにより元々の図形の面積を得るということは、自信を持って×にされるほどおかしいですか?
http://anond.hatelabo.jp/20101118060341
みなさん分かってると思いますが上のは嘘ですよ。
これは豆知識の部類ですが、割り算の記号は国によってばらばらです。「÷」「/」「:」がほとんどだと思います。
ピーターフランクルが「:」を使ってたので、東欧のほうではこれなんでしょう。
左から割る記号に「\」を使うのは数学で一度だけ出会ったことがあります。群論で剰余類で類別するところです。
参考: http://www.econ.hit-u.ac.jp/~yamada/algebra_pdf/2_2_subgroup.pdf 2ページ目の記号のところにありますね。
普通はこの意味で「\」を使うことはありません。差集合の意味で使うのが普通です。
参考: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AE%E9%9B%86%E5%90%88
整数どうしの割り算には大きく2種類の意味があります。等分除と包含除です。
上に書いたように5人で分けると1人分はいくつでしょうといった等分除と、3個ずつ分けると何人に分けられるでしょうといった包含除です。
参考: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A4%E6%B3%95
普通に算数を学んだ人は、この2つの違いを意識することはないと思います。
どちらも同じ割り算という計算をすれば答えが出ることをすぐに思いつけるレベルになっているでしょう。
即座に割り算だと分からないと、割り勘も出来ないし生活で困るはずです。
むしろ、この2つの違いを意識して式を立てるほうが異常だと思います。
3×5 の定義は3を5回足し合わせること。すなわち 3+3+3+3+3 である。もちろんこれは正しいことです。
よって、3×5 は3個のりんごを5組集めてきたときの総数という意味に解釈しなければならず、5個のりんごを3組としてはならない。これは完全に誤りです。
定義は掛け算の計算方法を定めているのであって、意味を定めているものではありません。
たとえば、掛け算には面積を計算するという重要な意味もあります。縦3m横5mの長方形の面積は何平方mでしょう?
3+3+3+3+3=15
により15平方mと解いたならこれは自信をもって×にできます。
3mを5回足すことに面積を求めるという意味はありえません。大体、左辺と右辺で次元が違っています。
3×5を定義で置き換えることで完全に意味が変わってしまいました。これは定義が意味を示してるわけではないということです。
割り算も同じです。等分除で定義した割り算も包含除で定義した割り算も計算の結果は同じです。意味が違うだけです。
意味が違うからと違う記法を導入してはいけません。数学は意味を捨て去って計算を抽象化する学問です。結果が同じならみんな割り算と呼んでやればいいのです。
意味の違いを捨て去ることで算数のレベルはひとつ上がりました。掛けられる数は常に左で必ず個数だと決めて覚えるのはもちろんレベルダウンですよ。
掛け算は何を意味するのか?それは定義ではなくて掛け算の性質(=定理)から得るのが自然だ。
3×5は定義から「3個×5組」という意味にとれるし、交換法則と定義から「3組×5個」という意味にもなる。
「3m×5m」なら面積だし、「3m×5本」なら長さの合計でもいい。
大事なのは上のように式の意味をたくさん見つけてくる能力を強化することと、逆に意味から式を作る引き出しを充実させることだ。
みんなこのプロセスを辿ってきたから、等分除とか包含除とか意識せずに割り算できるし、掛け算の左と右を区別するという引き出しの容量の無駄遣いなんてしなくなったはずだ。
わざわざ理屈で考えて式をひねり出させるような問題ではない。そんなことができるのは算数が得意な利口なのだけだろ。
少女漫画は上まぶたから下まぶたまで楕円に近い形で描く。
大学生の友人数人とおしゃべりしていたとき、どういう流れか話題が「ゆとり教育」についてになった。
「円周率が3なんてありえないよね。」「残り二桁くらい覚えられるよね」等わいわい言ってる中で、ふと
「円周率なんて値は何でもいいんだと思う。大事なのは”円周率が一体なんの値なのか”じゃないのかな…?
皆は円周率が3.14だっていってるけど、円周率がなんなのかは覚えてるの…?」
と聞いてみたら「は?なにコイツ。」みたいな顔をされた。
その時、友人たちにとって一番大事なのは「円周率が3.14であること」であって、
「円周率が円の周の長さと直径の比率で、それがたまたま3.14で始まっていること」ではないのだとわかった。
円の周の長さの公式が”直径×円周率”なのは覚えていても、なぜそうなるのかは理解していない。
今の小学生に「円をたくさんの扇形に分割してその扇形を交互に反対に並べて…そしたら円の面積の計算は長方形に近似できるでしょ!
だから円の面積は半径×半径×円周率!」みたいな話を納得しろとは言わない。
だがせめて、なぜ三角形の面積が「底辺×高さ÷2」であらわすことができるのかを考えることが出来るようになって欲しい。
そうすれば平行四辺形の面積だって台形の面積公式(教育課程で削られたらしいけど)だってわかるようにから。
「それが一体なんなのか?」「どうしてそうなるのか?」を考えることができるような教育が一番大事なんじゃないのかな…と考えていたら、
友人たちは「まぁ円周率が3だろうと3.14だろうと社会で使わないけどね」と笑っていて、やっぱり日本は一回滅亡するしか無いなと思った。