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はてなキーワード: 無名とは

2016-11-30

今回の件がなければ乙武政治家になれていたというが

今回の件があって、例えば明日選挙があったとしても乙武小選挙区で勝てると思う

知名度はたとえそれが悪名高さに基づくものだとしても、無名おっさんおばさんは絶対かなわない。

2016-11-27

東京大学総合図書館書庫をさまよう―中島敦「斗南先生」によせて―

東京大学総合図書館を、平成29年度の一年間閉館する計画が決定されたという。

図書館の開館に合わせ旧図書館改修工事を進めるという段階的な予定が、なぜか、いつのまにか前倒されたらしい。

人々が書き残した文章から過去社会に迫る。そうした人文学を志す私にとって、何よりも思考の源泉となる場所がこの図書館であった。


一年間閉館という自己否定暴挙を取ろうとするのは、畢竟、図書館大学当局内ですら図書館価値が共有されていないからだろう。

議論になるような大きなことを言うのは苦手なので、ここでは私が総合図書館書庫をさまよった話を記したい。



ある日、昼食から総合図書館に戻った私は、三島由紀夫が「灯台のようだ」と表現した階段を4階まで登った。

進まない研究から目を背けようと手に取ったのは、『中島敦全集第一巻(筑摩書房1977年)。

山月記」や「名人伝」といった誰もが知る短編を読むつもりだったが、「斗南先生」という作品が目に入った。



斗南先生とは、中島敦の伯父にあたる無名漢詩中島端のことである

幼少より秀才の誉れ高く、「にもかゝはらず、一生、何らのまとまった仕事もせず、志を得ないで、世を罵り人を罵りながら死んで行つた」。

その遺稿集『斗南存稿』(文求堂書店1932年)を帝大・一高の図書館に寄贈するよう、中島敦は親戚に頼まれる。

気質が似ているとも言われた伯父の晩年の姿を思い出し、躊躇しながらも、遺稿は郵便小包で寄贈することにした、という私記の体をとっている。



一通り読み終えた私は、寄贈されたというその遺稿を確かめに、がたがたのエレベーターで一階に下り書庫に分け入った。

私の歩みに合わせて明りの点く書庫を、請求記号を書きとめた紙をたよりにさまよう。

書庫のなかでもとりわけ人気のない、和装本の並ぶ一角でそれを見つけた。

中島敦が寄贈してから80年余が経つその本は、周りの本とともにわずかに埃っぽく並んでいた。

案に違い、他人が頻繁に開いたような跡も、ましてや書き込みもない。

それと知らねば目立つこともない一冊の本にも、一篇の物語がある。ろくに読めない漢詩に目を通しながら、そんなことを思った。



もし反対運動が実って来年度の閉館が撤回されたとしても、数年もすればあの暗い書庫をさまようことはできなくなる。

本を求めてさまよい、手にとって過去を思うといった行いは、ありふれていながら何と贅沢なものだったのだろうか。

知に触れる日々を、願わくは、私から奪わないで欲しい。

2016-11-21

Twitterから書籍がうまれることへの雑感

「o号室」というアカウントTwitter上での投稿書籍化されたことが話題になっていたのだが、その投稿をここにいくつか挙げてみると、「なんでもそうだけど 大切なものほど後で気付くから」「大切な人をもっと大切にしていきたい」「遠距離だろうと近距離だろうと 続く人は続いていく」等々、具体的なシチュエーションは一切書かれていないが、恋愛関係における格言めいた言葉ポエム調の文体で並んでいるものであった。

上の三つのうち、一つ目と二つ目恋愛関係でなくとも、家族や友人といった人間関係全般に当てはめることができるものである。それ以外の投稿もほぼこういった、o号室氏が日常で頭に浮かんだ「気づき」めいたものが並んでいる。先に具体的なシチュエーションが書かれていない、と書いたが、o号室氏の投稿から想定されるシチュエーションは「恋人ガソリンをかぶってライターを握り電話してきている」「親が数千万円の借金を完済した」といったものでは決してなく、「恋人と別れた」「同級生部活を辞めた」といった多くの人が経験として持っていてもおかしくないもので、さらにその「ありきたり」な事象に対する投稿の切り口自体も「ぼっちになったのでヤケクソで風俗四件ハシゴした」といったおかしものではなく、その投稿独自性といったものは皆無だ。しかし、突如投稿される「一生届かない好きもあるよ」という投稿は多いときでは三万リツイートされる。

このたびそれらのTwitter上での投稿書籍となったが、「いちいち言わなくてもいいことをツイートにしただけで書籍化かよ」といった感想もあるが、「共感した」「泣けた」などの感想が多く見られ、刷られた部数も六万部を突破したことから、支持している人たちが多くいることは間違いない(無名作家や物書きの書籍の部数など、初版では数千部程度である)。

出版業界を考えてみると、

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いま、酒を飲みながらなるべく感情を込めずに「0号室とかいうどうでもいいクソみたいなアカウントキモいツイート書籍にして印税でカネを得ることが気に入らない」という私の感想他人共感を持てるように書こうとしたけど、面倒になった。結局、彼もおれも共感が欲しいのだろうか。0号室氏のクソ書籍Twitterでのクソ投稿も「共感しました」という感想で語られている。小説でも映画でも、「主人公共感を得られない」ということから評価を下げる感想が多くある。「共感を得られる」ことで評価されていいのだろうか。独自視点自分の中になかったもの見方)を読者やお客さんに提示する、それがメディア存在意義ではなかったのだろうか。共感というものに対して目くじらを立てるつもりはなくても、さすがに0号室の書籍はねぇよ。途中からグビグビ酒飲んで書いたからぐちゃぐちゃだけど、ねぇわ。あんなもん読んで人生が変わるわけねぇ。毒にも薬にもならない。カス。同じカスでも、深爪とかの方がまだ芸はあるかもな。独自性があるから(で?という内容だけど)

2016-11-18

マンガ実写映画化が嫌な人も、その映画に貢献してる

先に言っておくと、すごく普通のことを書く。



最近マンガ実写映画化で話題になっているものと言えば、銀魂ハガレンジョジョくらいしか今思いつかないけど、さらに毎度毎度話題に上るのが、



原作を汚すな」

出演者全然キャラに合ってない」



などの反対派の声。





自分実写化と聞いて、「もう漫画で完成されているので、実写化必要なし」と思う作品もあれば、実写化されたものを見て「その漫画もっと好きになった」と思う作品もあり、作品それぞれ思うことは違う。



ちなみに実写化さらに好きになったのは、のだめカンタービレ重版出来だ。素晴らしい実写化があるのも事実ではあると思う。




しか最近実写化企画が乱立しているように感じる。ここまで多いと、もはや金の匂いしかしない。

漫画の内容に関係なく、人気だけで儲けるために実写化をしていると思われても仕方がなく、作品を汚していると、とてもネガティブな印象を持つ。




しかし、そういう世間の反応が、実は実写化にいい影響を与えてしまっていると思う。



今回のトランプ勝利でもあったように、「悪名無名に勝る」。



企画側は、とにかく悪い印象でも、いい印象でも「話題になること」が大事なのだ

これだけ話題になれば、確実に映画を見る人はいる。



「思ってたより面白かった」



マジでつまんなかった」



「見てないけど、そこまで言うほどなのか?どんな風につまんなかったor面白かったんだろう?気になる」

観なくても気になって貰える。



これだけ創作物にありふれた世界で、人々に何の影響も及ぼさず、誰の目にも止められず、忘れられる作品死ぬほどある。

映画漫画も同じだ。



漫画なんて毎日大量にTwitterで流れてきては、一瞬で読まれて数日後には読んだことも忘れられている。

作者がどんなに死ぬ気で書いたとしても、10年、20年かかって描いたとしても目にも留まらなきゃ、描かなかったのと同じだ。

誰かの目に留めて貰えたら、幸せである




叩かれようが何だろうが、漫画家にとって作品自分の生きた証。

まれない、忘れられることが何よりも一番怖い。

まれなきゃ、何も感じてもらえない。

情報社会の中で波の中で生きていくには、辛いけれどもこれしか今はないのだと思う。




そういったことを考えると、作者が実写化OKしてしまうのも無理はない。




実際作者には「ハナクソみたいな」金額しか入ってこない、と銀魂の作者空知先生証言している。単行本の方が全然儲かる。しかし、そんな金よりも自分作品をみんなの心に届けたい、という気持ち実写化に協力していると、単行本質問コーナーで答えている。





じゃあ、実写化反対のファン気持ちはどうすればいいのか。

本当に心の底から嫌なのであれば「一切反応しない」のが一番ではある。しか話題に上がらないのは作者の方がかわいそうなので、オススメはしない。




作者や映画製作者は、十分にファンを思いやる必要があるし、

実写化してほしい漫画」、「どの女優俳優キャラを演じてほしいか」などアンケートをとるなり、意見を聞いてるという意思表示必要だと思う。実現は難しいとしても、そういう努力が見えたら好感が上がる。



ファンは好きな作品企画に携わることがもちろん好きだし、一緒に作品を作り上げたような気分にさせてあげれば、今よりももっと好意的実写化に対して反応する人が増えるのではないかと思う。



多くの会社みたく勝手に色々と決めて、「もう何言ったて、しょうがない。決まってしまったことなんだから…」と諦めさせるのはやめて欲しい。ただでさえ日常絶望を感じているのに。





最後に、

逃げ恥面白いよね。

2016-11-11

アイドルマスターミリオンライブ天空橋朋花について

まずは朋花、誕生日おめでとう。これからも一緒にがんばっていこうな。

という訳で、天空橋朋花さんの誕生日を記念して、僕の中の「天空橋朋花観」について、長々と意味もなく綴っていこうと思います

はてなで、というかツイッター以外でネット文章を書くのが初めてなので、読みづらいとかそういうのは勘弁してください。

まず軽く自分語りします(興味の無い方や急いでる方は飛ばしてもらって大丈夫だと思います)。

この文章を書くに至った経緯です。僕はリアルネットどちらにおいてもあまり知り合いが多いほうではないです。その中でアイドルマスターに関心があり、更に「〇〇観」みたいなこじらせた、深い話をできる相手って本当にわずかなんです。ていうか多分1人か2人しかいない。

なので、公式に与えられたテキスト自分解釈だけでアイドルの像を創ってきたんですが、最近それが怖くなってきたんです。

佐久間まゆさん担当プロデュンヌさんの話とかあったじゃないですか。あれ、このまま突き進んでいったら僕にも起きうるな、と思って、ならいっそ匿名で思いの限りを書き殴って、ガッツリ批判でもしてもらって、ガス抜きでもしようと思った訳です。

なのでこの文章を読んだ方、是非URLつきツイートをしてほしいです。読みづらいとか長いとか気持ち悪いとか全然天空橋朋花をわかってないとか、批判的な内容で全然構わないので。とにかくこの文章存在意義は、多くの人の目に止まってもらい、感想をもらって、ある種の答え合わせをすることなのです。

ここから本文です。まぁまぁ長くなると思います

初めにちょっと天海春香の話をします。かなり前の話になりますが、「天海春香神格化された」って話を聞きました。多分ムビマスの「私は、天海春香から。」ってセリフで、天海春香アイドルマスター象徴として一つ上に登って、そこに初期の等身大女の子はもういない、みたいな話だったと思います。僕はアニマスからのPなのであんまりそこらへん詳しくないんですが。これ、ちょっと朋花の聖母としての在り方に似てるなと思いました。天海春香はどちらかと言えば作品世界外の話、朋花は作品世界内の話なのでそこはちょっと違いますけど。

はい、ここから天空橋朋花の話になります

ミリオンライブ世界において、彼女は自らを「聖母」と称しています。迷える子豚ちゃんを導くのが彼女の使命なんだそうです。

初めて彼女出会ったときちょっとした恐怖を感じました。だっての子15歳ですよ?そんな1人の女の子が、自己を完全に殺して、大衆のための存在となる。そんなことができるのか、あっていいのかと思いました。ここらへんはMaria trapをそこそこ聴いてくれれば言ってることがわかると思います

それでしばらくこの子のことを知っていくうちに、今度は疑いのような物が浮かんできました。

「天性のシスター」や「楽しいイルカショー」、「幸せな空の夢」辺りのカードを見ていて、この子は本当はまだ自分を殺せてはいないのではないか必死で「聖母」を演じているが、まだ心の内に15歳のただの女の子天空橋朋花」をもっているんじゃないか、そしてそんな不安定、不確定な状態彼女を、僕が「聖母」として売り出していくのかは本当に正しいことなのか、なんて考えに変わってきたのです。まぁもちろん本人が聖母であることに苦痛を感じているわけではないと思うんですが、それによって失うものを、彼女は諦めきれているのか?って話ですね。

そして今日誕生日セリフが来るわけですよ。彼女彼女誕生日を祝福する子豚ちゃんを前に、「これから聖母として、永遠に君臨し続ける」と宣言したのです。鳥肌が立ちました。

冒頭で触れた「天海春香神格化」は、恐らくはアイドルマスターというコンテンツ肥大化によって、天海春香の考えとは無関係に起きてしまった、あるいは起きるべくして起きた現象なんですが、天空橋朋花は、自らの意思で、自らの選択他人のための自分、「天空橋朋花聖母化」を決めたわけです。これがどれほどの覚悟なのか、僕には正直想像もつかないです。(表現結構アレですがさすがにここまで読んだくれた方の中で「二次元キャラクター意思ってなんだよ」みたいな考えの方はいないと想定してそのままにします。)多分、とっくの昔に覚悟は決まってたんだと思います

朋花がどのような経緯で「聖母」になったのかは分かりません。その起因は、彼女プロデュースする上でそれほど重要ものとは思ってないのであんまり考えてないんですが、きっとその時に彼女死ぬほど悩んで、泣いて、怒って、その上で「聖母」となる覚悟を決めたんだと思います

そんな彼女覚悟を、アイドルとなった彼女しか知らない僕が揺らすのは無粋だと思いました。なので僕はこれからも「聖母天空橋朋花」を僕の全力を持ってプロデュースし、聖母としての彼女の願いを叶えるお手伝いをしようと思います。例え朋花が僕に対して特別な何かを伝えようとしても、僕はそれをはぐらかすか、はっきりと「今は答えることは出来ない。」と拒絶するかのどちらかしかできません。それが今回の誕生日セリフを見て僕が決めた覚悟であり、僕の考える最善のプロデュースなのです。

それでもいつか聖母でいる必要がなくなった時(それがアイドル引退した時か、はたまた世界中の子豚ちゃんが救われ、聖母存在必要なくなった時かわかりませんが)が来たなら、15歳だった天空橋朋花が何を考えていたか聖母になることを決めたとき天空橋朋花がどんな葛藤をしたのか、話を聞いてみたいものですね。その時なら、僕もきっと「天空橋朋花」の言葉に対して、正面に立って答えられると思います

ここまで読んでいただきありがとうございました。プロットなしで迸る衝動だけで書いたので、誤脱とか、叙述ミスとか、読みづらいとか色々あると思います。それでも、今日という祝うべき日に、これまでの自分天空橋朋花観を記録して、他人に見てもらいたいという思いが強くありました。

TA01がゴミとか、まえのりで言ってた子豚ちゃん以下なんて表現は有り得ないとか言いたいことはまぁまぁあるんですが、とりあえずここらで一旦筆を置こうと思います

最後にもう一度だけ、ここまで読んだくれた方、是非URLつきツイートしてください。よければ感想もください。自分無名Pで、拡散力は毛ほどもないんですが、それでもこの文章はできるだけ多くの人に読んでもらい、できれば考えや感想をなんらかの形で頂き、そして願わくばより多くの人に天空橋朋花の魅力を知って頂くために書いたものなので、まずは人の目に触れなければ意味がなくなってしまうのです。

追記

気づいた誤脱修正して内容を若干足しました

追追記

やっと読んで欲しかった方々に読んでいただくことができ、同意だったり批判だったり様々な意見を聞くことが出来ました。ツイッター拡散してくれた方、本当にありがとうございました。この文章がその意義を果たせたのはあなたのおかげです。

そうです、僕は僕が今日まで築いてきた天空橋朋花しか持ち合わせがありません、よければ皆さんの中の天空橋朋花お話も是非聞きたいなぁと思っております、まずはお友達からよろしくお願いします(匿名ブログを使いながら

ネイティブ広告ハンドブックの炎上騒ぎに乗り遅れた

http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2016/11/10/111014

今になってネイティブ広告ハンドブックの件、追いついた。

自分としてはヨッピー支持派。

老害高広とか自称ジャーナリスト気取りの藤代とか老害レベルがドヤってるけど、はっきり言って彼らは終わってる人間

玉川っつーじいさんに至ってはまったく無名あんた誰状態老害がガタガタ言ってんなって感じ。

あ、ちなみに自分はJIAA加盟社の人間広告PF関係者だけど、あのハンドブックが読みにくい文章なのは事実だろ。

あと現役のWeb広告屋マクルーハンがーとかい馬鹿はいない。この業界長い方だけど、正直聞いたことねーし。

保身のためなのか既得権を守りたいのか知らんけど、古いってだけで上から目線で語る老害は消えろ。


広告マーケティング業界って、どんどんレベルが低くなってきてる感じがするわ。」

って高広が言ってるけど、正直お前には言われたく無えよ。

2016-11-09

恋人冷蔵庫

から一生懸命口説いて付き合うことになった恋人がいる。

しかし、彼は何故私と付き合ってくれているのか全くわからないまま時は過ぎた。



きっと彼は別に私のことなんか好きじゃ無いんだろう。

から、いつか目の前に若くて美しいスタイリッシュ女の子が現れたら、

の子になびいてしまって、彼に振られてしまうかもしれない。

そんな不安を抱えたまま、季節は冬になってしまった。



そこで、何かに例えて考えてみようと思った。

そうだ、冷蔵庫だ。

例えば、冷蔵庫を持っていないとして、

或る日突然知らない人が、

無名メーカーちょっと古い型の冷蔵庫を、

「タダであげる」

って言ってきたらどうする?

一通り調べて不具合がなければ、

冷蔵庫をもらうかもしれない。



なるほど。

わかった。



じゃあもし、その古い型の冷蔵庫使っている時にだ。

名家メーカーの新型冷蔵庫を、

「タダであげる」

って言ってきた人がいても、

いまの冷蔵庫処分するには金も手間もかかる。

中身も一度全部出さないとならないし、

何年も前に買ってしまったままの冷凍食品処分するような、

めんどくさい仕分け作業も行わないとならない。

から、よほどの不具合がなければ、

そのままその古い型の冷蔵庫を使い続けるのではないか



なるほど、つまり私の他に若くて可愛いスタイリッシュ女の子が突然目の前に現れても、

彼、引き続き私を使ってくれるかもしれない!!



よし、勇気が出てきた。

あしたもこの調子で愛し続けよう。

2016-11-03

ブコメマジレスする馬鹿なんなの?

俺たちはただ国や自治体企業や団体や有名人無名人など

色んなものコンテンツとして安全地帯から馬鹿にして遊んでるだけなのに

こっち側攻撃すんなよゴミ屑が

anond:20161103145329

TSUTAYAにいくと無名でも面白い映画はちゃんと借りられてて安心する。

観てる人は観てる。

TSUTAYA とかレンタル店をあまり使ったことがないんだけど(近所に無いから借りに行くのめんどくさい)

その映画が「借りられてる」というのは棚を見てわかるものなの?

棚に有るか無いかはわかっても、無い理由が「借りられている」のか「はじめから棚に置いてない」のか判別できるもの

anond:20161102201336

TSUTAYAにいくと無名でも面白い映画はちゃんと借りられてて安心する。

観てる人は観てる。

2016-10-25

あのキュレーションメディア

今年まで中にいた人から聞いたまとめ

2016-10-13

http://anond.hatelabo.jp/20161013130219

どういった方法面白さの担保品質担保をしてるのか不思議

という「個別論ではなく全体論」ということなので、身バレもないだろうしそのへんに絞ったレスをしてみたいと思います

ああ、一個上のP付きっす。

その前に軽く触れると、自分出版系のIP管理からアニメにもゲームにもアプリっぽいのの制作にもPで参加したことが有るという立場増田です。なので、アニメにそこまで肩入れした擁護はないので、そのへんは差っ引いてくださいませ。

まず

アニメ場合は最低ラインでも「まとも率」が不思議と高い

という点なんだけど、それは概ね事実としてある。アニメ制作さえ決めれば空中爆発率は低いし、動く絵としてものは出来上がってくる。

それは「完成して出て来る」ってのを至上命題として業態業務か出来上がってるからっていう部分がまず第一に大きいです。

完成することを第一に求める制作体制

だって予告して、放送枠取ってそこにV(=動画)が到着しなかったら放映できないでしょう? 良くも悪くも「タイトな締切に間に合わせてでっち上げる」ことが常態化しているし、そのためにいろんな仕組みが整備されている。深夜まで作業するのも常識になってたりもする……。ゲームサービスみたいに「クオリティのために延期」というのが「ない」って言う前提で動いているんですね(総集編っていうのは、だからこそ本来例外だし、やばいわけっす)。

「完成すること>クオリティ」って言う価値観なわけです。

でもそれは前提であって「完成する理由」にはなっても「そこそこまともになる理由」ではないですよね。「そこそこまともになる理由」は、個人的には以下の2点があると考えています

強力な前例

ゲームとかマンガとかWebサービスなんかに比べて、アニメ制作スケジュールとかチームの規模感みたいなもの前例豊富で強いです。12話1クールを作る人数はこれくらい、必要役職はこう、時間はこれくらいかかる、そのためのお金はこれくらい。

そういう規模感がはっきりしてる。

だってシーズン数十本も作ってるんだから、そりゃ数字もつみ重なる。

プロジェクトハンドリングはたしか属人性が高いけれど、こういう数字まで共有されていないわけではないです。むしろ一般常識化しすぎてて話題にすらならないほど強固に存在します。そこから外れた作品が皆無というはなしじゃなくて、その規模感から外れるにしろ「規模感という地図を持っている」ことに大きな意味が有るって話です。

特に工夫をしようと思わなければ)アニメ制作バジェットは、穴埋め式のテンプレートみたいなもので、記入欄にスタジオ名とかスタッフ名を入れていけばチン!と出てくるようなものです。「スケジュール遅延による予算の倍増!?」みたいなトラブルは少ないです(劇場版では聞きます)。

製作工程自体も(何か変わったことをしようとしなければ)概ね予定通りに進みますアニメ制作において制作の遅れは作画スタッフの不調とか、確保してたスタッフがうまく稼働できてないとかであって「技術的困難があって見込みが外れた」みたいな事例は少数です。そういう意味では製作期間も読みやすい部類に入ります

アニメに比べれば、ゲームWebサービスや新製品開発は、闇の中を手探りで地図もなしにうろついているようなものに見えます。逆にそちらからアニメを見れば、一度作ったものテクスチャ張替えをして類似商品を量産しているようなものです。

この構造クオリティコントロール意味では強いです。要するに初期予算部門ごとに配分して、それを話数で割って、出来ることはできるし、出来ないことは出来ないって話だからです。これがそのまま職人的な監督のこだわりに対する手綱にもなってますだって、ここでそのお金つかっちゃうと、こっちが足りないですよね? 無理ですよね? と説得が出来るからですね。

個別現場の話で言えば、それをやりくりとか、追加予算をひねり出すとかもPの仕事だけど、前提として上記みたいな構図が有るのはハンドリング面では楽ができる要素です。

クオリティを高める侵攻戦と下げない防衛戦

アニメ場合は最低ラインでも「まとも率」が不思議と高い

という指摘に対する返答が今回の中心なんだけど、「まとも率」ってなんだろう? って言う問が答えのヒントです。

すごく大雑把な話をすると、アニメには(というかコンテンツ制作には)2種類の方向性があって、それは「外れるかもしれないけれどバットを思い切り振り回していこう、当たればホームランだぞ!(はずれれば三振だが)」というのと、「とりあえず進塁打めざしましょ、コケそうになっても最低限くさいバントして大コケはしないように(でもその打法ホームランは出ない)」の2種です。

どっちがいいというものじゃないですが、とにかくそういうふたつの考え方があります。全てのPは例外なく今手がけている作品をどちらにするか考えます

もちろん現実にはもうちょっとかいです。たとえば、ある作品は全体的には手堅くバント狙いなんだけど、音楽だけは超ゴリゴリインディーズ起用でギャンブル、とかもあります声優だけ豪華! とかも。無名だけど実力があって伸びそうなスタッフ中心部に据える冒険というのもあります。とにかくあらゆる判断において「大当たりを狙って強振」か「手堅く固める」の判断があります

ここからが非常に夢のない話になるのですけれど、アニメは(とくに地上波の週刊アニメでは)どちらかというと「手堅く小ヒット狙い」なメディアなんです。だから「最低ラインでもまとも率が高い」という結果になっています

なぜか?

理由は様々にあるんですが、本質的には生存戦略としてそれが(一応の全体認識としては)有利だからです。

あらゆる面で革新的で挑戦を行ってフルスィングをしていくと、三振討ち死に率が高い。ホームラン率3%で三振60%で残りがポテンヒットみたいな印象です。しかもこのフルスィングは、そもそも予算を大きく要求しておいてこういう結果になることが多い。

そこへいくと、小ヒット狙いのコンパクトスィングは、35%三振(=赤字)40%バント34%ヒットで、実はホームランも1%くらいは出るかなー? みたいな構造です。

もちろん、安全性と飛距離の両立ができる企画があればいいですが、それはとても難しいことがもうわかっているので、企画の全体も、細部もジャッジしてどちらかに振っていかなければならないです。

アニメ場合は、しかもその判断製作委員会(もしくはそれに準ずる意思決定機関)で合意しなければならない。多人数での合意なので、どうしても「安全策」が採用されがちです。

(余談だけれど、監督業の一番尊敬できる部分は、そういう安全への堕落に対して『いいや、今回はこういうチャレンジをする。僕等にはその力があるはずだ!』という果敢なジャッジをして、それに向かって猛進してみんなを引っ張れる部分だと思います

夢も希望もないけれどこの「集団判断による安全策への流れ」がアニメにおいて「どれもそれなりに見れる作品になる理由」です。

もちろんそういう安全策ばかりでは1作品の勝った負けたに終止してしまうために、どこかでは冒険もしなければならないです。また、円盤の売上という一面的勝敗判断以外にも判断基準はあります

それはたとえば、社内への技術蓄積(この作品を作ったので3Dエフェクト技術が社内に蓄積された)とか、スタッフの成長の舞台としての作品かい視点です。ファンの人が思っているよりもアニメスタジオはずっとそういうお金以外のことを気にして運営されてますお金を信用してないとも言える)。

まあ、冷めた話をすれば、巨大な予算と巨大な人数をかけた企画において、夢物語ホームラン狙いが抑制されるのは当たり前の話です。バブル期ゲーム業界とか、アメリカンドリーム次代のハリウッドが異常だっただけで、億超えの規模動かしてれば慎重な方が当然です。

ライトノベルアニメの相性が良いのはそこで、ライトノベル個人制作でそれはつまりかかった予算が非常に小さいジャンルです。予算が非常に小さいということそのものが直接関係するわけではなくて、そういう個人制作小規模ジャンルであれば、(ある意味非常に無謀な)挑戦ができるということだからです。

他にも色々触れるべき点は有るかもしれないけれど、暇なので書いてみた「アニメ制作フローにQCのヒントが有るのでは?」に対してのお返事でした。思いつくままに適当に書いたので誤字脱字とか、文章の乱れとかあったらごめんなさい。

2016-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20161010100648

100分のビデオコンテを完成できる時点で無名ということはありえず業界またはネット界隈では確実に有名人だろう

2016-10-11

本当に

本当に100分のコンテがつくれたら、業界に入るきっかけくらいにはなると思うよ。

完成度はともかくとしても、100分のコンテを完成させられる素人なんてまずいないから。


いくら自分ならやればできる」と頭では思ってても、

ほとんどの人は何だかんだと言い訳をして、つくり始めることすらしないし、

実際につくり始めても、最初の5分くらいで挫折するのがせいぜい関の山だろうからね。


あと監督っていうのは、大勢スタッフリーダーになって作品をきちんと完成させるのが仕事から

無名で絵も描けないならそのぶん、

全員に的確な指示を出して、言うことを聞いてもらうために、

コミュニケーション能力人徳、そのための知識教養、頭の回転の速さや口の上手さ、

なにより作品にかける情熱必要になると思うよ。


「他の人がやってくれるだろう」とか「上手くいかなくても自分のせいじゃない」

なんていう無責任な考え方の人には、監督は務まらないだろうね。

http://anond.hatelabo.jp/20161010100648

2016-10-10

君の名は。新海誠監督ビデオコンテが凄いと聞きますが、

無名一般人が同じ完成度の100分アニメビデオコンテを作って、映画会社に持ち込みしたら、プロデューサー作品として評価してもらって、有名スタッフ集めてアニメ化してくれたりするの?

今回、新海監督は作画動画ほとんど口出せなかったというから無名で絵が描けなくても映画を見る目があれば監督まりますよね?

2016-10-07

ハイスタは死んだ。

告知なしCD発売。

ここまではいい。

 

店頭のみ、配信なし。

意味わからん

 

ハイスタ△最高にパンク!」とか

意味わからん

 

社会に反抗するという意味ではパンクかもしれない。

だけど時代に逆行してかっこいいのか?

 

おれはね、当時のハイスタ日本未来音楽シーンを夢見てたんだよ。

甘ったれ商業音楽じゃない、インディーズでもDIYであそこまでやれる。

将来のアーティストはこうあるべきだってね。

社会に対して前のめりに反抗的だったからこそ、未来が見えたからこそ、かっこよかったんだ。

 

だがもう死んだ。こんな懐古主義を褒めてるやつはただの盲信だ。

おもしろプロモーションだと思う。でもおもしろいだけのプロモーションだ。

「告知なしで口コミだけでこんなに売れたんですよ」

SNSでこんだけバズったんですよ」

これはハイスタブランドの浪費だ。

そこらの無名バンドがやったんなら意味がある。

でも彼らはレジェンドだ。

後ろ向きの反抗心で駄々を捏ねるのはレジェンド仕事じゃない。

 

がっかりだよ

2016-09-28

越谷

毎日環七を走っている。

俺はナンバープレート地名を見るのがわりと好きでよく見ているのだが、

最近、同じ車ではない、越谷ナンバーを付けた車をちょくちょく見かけるようになった。

それを見る度になんとおぞましいことかと思わずはいられない。

数多くできたご当地ナンバーの中で、

越谷春日井(桃鉄地図を見るのも好きなのに知らなかった)は、

その文字を見て思い浮かぶものが少ない地名2トップなのではないだろうか。



俺は春日部ナンバー地域に住んでいる。

越谷市も含め、埼玉東部地区はみな春日部ナンバーを引っ提げ、

麦わら帽子と畑やせんべい香りを乗せた車が日光街道を南下する。

それが正しい姿だった。

確かに田舎臭く、23区を走ろうものなら後ろ指さされて笑われかねないが、

クレヨンしんちゃん知名度もあり、また、3文字ナンバーというのもあり、

俺は結構気に入っている。

それなのに、越谷市は何が不満なのか、

あるいは、自分たち春日部などという田舎者ではないとでも言いたいのか、

厚かましくも独自ナンバーを作ってしまった。



同じタイミング埼玉県には川口ナンバー誕生した。

浦和大宮とはゆかりのない俺でも、浦和ナンバーを先に作った方が良かったんじゃね?とは思うものの、

埼玉県における川口市役割や規模、全国的知名度(少なくとも越谷春日井よりはあるはず)からして、

川口ナンバーに対しての文句はない。

しかし、越谷市レイクタウンという関東代表するショッピングモール、それしかない。

いや、埼玉東部地区で一番の大都市といえば春日部市ではなく越谷市だ。それは認める。

春日部ナンバーも俺がガキの頃に新しくできたナンバーだったと記憶しているから、

もし、埼玉東部地区ナンバーがなかったとして新しく作るなら?と聞かれたら、それは越谷で良い。



しかし、埼玉東部地区にはすでに春日部ナンバーがあるのだ。

出来立ての頃は全国的無名だったのかもしれないが、今では馬鹿にされるぐらいには知られているはずだ。

越谷市民も、そんなちょっとしたダサさが可愛らしい、春日部ナンバーを誇りにしていると思っていたのにそうではなかった。

同じ埼玉東部地区に住む者として、そのことが悲しい。

2016-09-26

まだ転職ドラフトで消耗してるの?

第二回に参加した者です

600〜700万円あたりのオファーいくつか貰ったけど断ったり、断られたりしました

フリーランスだし色々仕方ないね

 

でさ、アレってあくま最初提示額なわけですよ

お互いに「ねーわ」って思ったら、お祈りになって無かったことになるわけですよ

それって、他の転職サイトのように500万〜700万って提示されるのと大差なくない?

 

大差あるパターンがあるとすれば

特定スペシャルな人」に対して「あなたなら特別に1000万です」って提示するケースとか

「私の会社まだまだ無名ですけど、あなたにぜひ来てほしい」とかだと思うんですよ

まりベンチャー企業スペシャル人材以外はあまり意味がない

 

特に大企業になればなるほど給与テーブルなんて決まってるわけで

どれだけ転職サービス側で柔軟さを持たせようが団子になるのは目に見えてるわけ

大企業限界まで値切ってくるのなんて目に見えてる(値切るというか、水増しして外に見せてる)

もちろんお行儀は良くないけど、日本転職率の低さ見たら入れたもん勝ち、やったもん勝ちになる

 

ちなみに、スペシャル人材ベンチャー企業に限って言っても

給与交渉できるような人ならこのシステム意味ないよね

いっそWantedlyでよくね?

 

というわけで個人的には転職ドラフトに魅力は感じない

有名企業跋扈してる現状は特に

でもまあ面白いところもある

 

 

まあでも「面白いけど、WantedlyやGreenやビズリーチや、その他よくあるサービスでもよくね?」なんだよね

 

___

 

蛇足

 

最近IT業界転職状況調べたんだけど

予想以上に転職率って横ばいなんだね

もちろん20代30代の転職は多いんだけど、それは昔もまったく同じ

その割にIT業界転職サービスが増えすぎてると思うんだけど

レッドオーシャン化してるのかな?

2016-09-18

別に大学行かなくたって幸せに生きている人いるよね?

別にどっちの方持つ気もないんだけど,

大学行けば人生変わる!みたいなのばっかで違和感半端ない

結局得た知識生かせるか生かせないかって本人次第やんけ


卒業して振り返ってみると,

ちょっと点数悪くて,赤点60点未満だったら,

ばっさり切られてハイ終わり!っていう感じだったんだけど,

そんなにいいかな?

お前らの大嫌いな生存者バイアスガチガチの少しのミスも許されないような場所じゃない?




あと,この人たちのいう大学って明らかに気軽に入れないような無名でない大学の話なんかな

2016-09-15

ナオトインティライミ必要性

あの人、どこら辺の層に需要があるのでしょうか。

顔もイマイチ、歌もイマイチ面白いわけでも才能があるわけでも何でもない男じゃないですか。

そりゃね、彼が無名時代に行った、世界中回って歌ってサッカーしてアラファトスキヤキ歌ったったツアーは凄い事だと思うんです。

凄いことのわりにさ、その時の経験自分の歌に反映されないって逆にすげえよ。

その国その国の、メロディだったりリズムだったり、情景だったり思い出だったり。

それを踏まえて、そんな凄い経験をして、出てくる曲が純度100%ジェイポップてなんですのん

毒にも薬にもなりゃしねえの。

たぶん、あの人、世界回って何してたかというと、自分の歌を押し付けて回っただけなんじゃないですかね。

それかあれですか、そうかそうかそうかなのかな。

ナオトインティライミ

から読むと、ミイラティンポでオナニーと読めます

2016-09-14

手を握り返された世界の僕への私信

生憎の雨はまるで自分の心の中から滲みでたかのように思えた。

まとわりつく湿度はまるで全身が呼吸するかのように心の外と中とを行き来している。

あの角を曲がった先の居酒屋で、女性と会う約束をしていた。

曲がり角の手前に立ち、呼吸を整えようとする。

これから断崖絶壁を覗きこむような覚悟と緊張感で足元がおぼつかない。

こんな状態では踏み外して奈落に真っ逆さまになってしまう。

すこしでも落ち着こうとケータイを取り出すとメッセージの新着を知らせるランプが光っていた。

素早くロックを外すとメッセージが表示された。

”お店が臨時休業でした。駅まで戻ります。”

読み切ると同時に声が掛かる。

「あ!ちょうどよかった!早かったですね!」

意表を突かれて取り繕った笑顔を返すのが精一杯だった僕の心に、底抜けに明るい声が鈍く刺ささる。



突然会いたいと言ってきたのは彼女の方からだった。

お互いが人の親になり、忙しさを理由に連絡を取らなくなって3年が過ぎた頃だ。

こちらの気持ちなど構う様子もなく、一方的熱量に溢返った言葉たちが並べられていた。

逢いたい。声が聞きたい。話を聞いて欲しい。

その言葉どれをとっても、今の疲れ果てた自分には麻薬のように魅惑的だった。



僕が結婚をする前、彼女とは不倫関係にあった。

結婚を条件に上京してきた彼女にとって、都会での生活は何もかもが苦痛だったそうだ。

しかし、仕事接待に明け暮れる夫は彼女を癒やそうとはしなかった。

そんな彼女が僕に対して癒やしを求めてきたことが、二人の関係の始まりだった。

働き盛りだった僕も疲れていたが、僕に癒やされる存在がいるということが、僕にしてみれば最大の癒やしになった。

そもそも独り身が長い僕にしてみれば彼女の重荷にならないように付き合うことは簡単だったし、今までの生活やしがらみに疲れた彼女にしてみればそこから離れて素直になれることだけで十分に癒やされていたのだろう。

夫の仕事の帰りが遅いことをいいことに、一緒に食事をしたりカラオケで歌を歌ったりする毎日を過ごしていた。

ただ、身体関係はたったの一度しかなかった。

その一度もあったといっていいかは難しい。お互いが裸になって抱き合っただけで終わってしまったのだ。

なぜだか分からないが、いざそういう関係になろうとしたときにお互いが急に冷静になったのだ。

求めていたことはこれだったのだろうか。それをしてしまうことでこれからの付き合いが慣れ合いになってしまうのではないだろうか。

もはや戻れない所まで来ているつもりだったが、高いと思っていたハードルを不意に超えてしまったことで拍子抜けしてしまったというのが正直なところかもしれない。

ただ、彼女に対する愛が本物なのだという確信に変わったのはむしろこのことがきっかけだった。



略奪愛は何度も考えた。慰謝料がどれほどになるかわからないけど離婚させたいと真剣に考えていた。

しか彼女は何度も結論をはぐらかし、それを理由に会うことを拒んでもいつの間にか現れては、気付いたらまた一緒の時間を過ごしていた。

そんなふうに憎めないところが彼女の一番やっかいなところだった。

自分に素直だといえば聞こえがいいが、自分がそうだと思ったら相手の考えなどお構いなしに真正から突っ込んでくるのだ。

いつまでたっても彼女結論を出す様子はなく、つかず離れずの日々ばかりが過ぎていった。

それもこれも自分がしっかりしないのが悪いのかもしれない。そう思って、別の女性との結婚真剣に考えるようになった。

程なくして、知人の紹介で知り合った女性とまさにトントン拍子で縁談がまとまることになった。

まさに奇跡的な出会いで、実に出会いから結婚まで半年もかからないほどだった。

その事実彼女に伝えると、僕の期待とは裏腹に彼女は無邪気に喜んだ。

そして、彼女から妊娠を聞かされたのはそれからすぐのことだった。



結婚してからは順調に子供を授かることができた。

彼女とは忘れた頃に送られてくるメールでほそぼそとつながっていたが、ある日生まれ子供を見たいと言い出した。

妻とも会いたがっているようで、いわゆるママ友が欲しいというのだ。

冗談ではないと思いつつも、いつも通りの押しの強さに僕はあっけなく折れてしまった。

はたして当日はい地雷が爆発しないかと生きた心地がしなかったのだが、母親になったことで責任感が目覚めたのか、そもそも僕に興味をなくしたのか全ては杞憂のまま時間は過ぎ去っていった。

結局ママ友になったわけでもなく、それっきり連絡もよこさなくなりこのまま自然と離れて忘れていくのだと思っていた。



ある日テレビを見ていて心臓が止まるほど驚いたことがあった。

CMで人の良さそうに振る舞う無名女優彼女にそっくりだったのだ。

大げさに目を見開いて驚く様子や、目尻のシワを構う様子を感じさせないような満面の笑顔、肉厚な唇を表情豊かに動かす大きめの口。

忘れていたはずの感情血液が注ぎ込まれて鼓動を始めるかのように、彼女を求める気持ちが目覚めていくのが分かった。

妻は子育て疲弊しながら結婚生活に慣れ、僕をないがしろにし始めた。

僕は妻から愛され続けられるように家事子育て積極的に参加したし、妻の疲れを少しでも癒せるように外に連れ出したり話に耳を傾けたり妻が楽しめそうなものは何でも用意した。

同時に、僕は妻のことを好きで居続けようと毎日努力をし続けた。妻の何が魅力なのかを考え、思い出し、再確認する毎日だった。

でも、妻が僕のことを好きでいてくれる努力をしてくれているかは疑問だった。

結婚して7年。二人目の子供を授かってから4年になるが、それ以来身体を交わすことはなかった。

何度か誘ってみたものの、願いが受け入れられることはなかった。



こんな状況だからこそ彼女からの誘いははっきりと断ったのだが、熱量と無邪気さに押し切られてこの日に至ってしまった。

今足を踏み外せば僕は全てを失って奈落に落ちるだろう。

こんな憔悴した状態で崖の上を歩くのが危険なことだというのは子供でもわかることだというのに。

僕のそんな気持ちもつゆ知らぬ様子で、彼女は無邪気に自分のことを話し続けた。

僕の話す言葉一つ一つを本当に嬉しそうに聞いては、無邪気な笑顔を見せていた。

僕の精神は何度も僕の身体を離れ、彼女の手を握ろうとしていた。

その度に僕の手は空を切り、彼女の手は蝶のように気ままに舞い遊んだ



長い長い綱渡りを終え僕らにタイムリミットが訪れた。

お互いには家庭があり待っている人間がいるのだ。

この日彼女に会うことは当然妻にも伝えてある。むしろそうしたほうが自分が足を踏み外さな保険になると思ったのだ。

それに、隠れてコソコソ会えるような器用なことは自分にはできない。

楽しくなかったといえば嘘だ。でも、それを楽しんでいいのかどうかはずっと疑問だった。

大げさな話をすれば自分人生は何のためにあるのかという話になる。

でも、そんなことをいちいち考えたい気分ではなかった。



彼女は満足できたのだろうか。彼女が望んでいたのはほんとうにこうして気軽に話すことのできる状況だけだったのだろうか。

僕の気持ち彼女はどう思っているのだろうか。

僕がどんな気持ちでここに来たのか、彼女はわかっているのだろうか。

そんなことを考えていると、いつの間にか僕の手は無意識彼女の方へと伸びていた。

いや、本当は彼女気持ちを試したかったのかもしれない。

僕の手は、彼女の胸の高さまで来ると平を上にして開いた。

彼女はその手を不思議そうに見ている。

そのまま数秒の時が過ぎ、僕は苦笑いとともにその手を引っ込めた。

彼女もつられて笑い、別れの挨拶とともに改札へと消えていった。



僕が今いるこの世界は、彼女がその手を握り返さなかった世界だ。

からほとんどのことがいつもの通り進んでいる。

今朝はまたリビングで眠り込んでしまったことに対する小言を妻に言われ、問題が起きるまで大してやることのない職場でこうして文章を書いている。

彼女が僕の手を握り返した世界では何が起こっているのだろう。

大げさな話をすれば自分人生は何のためにあるのかという話をもう少し落ち着いて考えてみたいと思う。

2016-09-07

同人誌感想が中堅サークルを潰す

同人作家にとって、「感想が欲しい」「感想がもらえない」というのは大きな悩みの一つだと思う。

大前提として、同人作家は、もともと「自分の書いたものを見てもらって、誰かから評価されたい」という、自己顕示欲が非常に強い人種だ。

腐女子特にそうだろう。


でなければ、わざわざピクシブ登録して自分の絵や小説を発表したり、ツイッターで絵を流すなどということはしないはずだ。

そんな自己顕示欲の強い腐女子が、コミケの後に例外なく欲しがるのが「感想」。

これには、同人誌と言うのが、非常に孤独作業であるからといえる。

中には作業イプやハングなどで仲間とワイワイ言いながら仕上げている人もいるだろうが、ほとんどの人は、たった一人で、何十時間もかけて仕上げている。

同人作家仕事ではないので、大多数が、日中普通に家事仕事をしており、休日仕事が終わったあとに原稿をするため、十分な時間も取れず、常に締め切りとの戦いである。

もっとも、自分お金を払い、自分でスペースと取り、自分で売りに行くものなのだから、「締め切りがつらい!」などと言うくらいならやらなければいい話なのだが、そこが特殊腐女子世界

いっぱしの作家気取りで、締め切りが~、今回もギリギリ入稿だ~、原稿つらい~、などと言いたくなるものなのだ

から見たら「じゃあやめればいいのに」で済む話。これが腐女子にとっては禁句である

そんな「自己顕示欲の塊」の腐女子が「いっぱしの作家気取り」で出したものが売れたのだ。そりゃあ、感想も欲しいだろう。

嫌な書き方をしたが、これは腐女子が日ごろ目を背けている、れっきとした事実だ。

同人誌と言う文化を知らない人間からすれば、たかだか数百冊(無名サークルだと数十冊)しか自費出版自分で設定した締め切りにヒィヒイ言っている。ちゃんちゃらおかしい話である

この前提をふまえて。




ツイッターを見ていて思うことがある。

それは、買った同人誌感想をつぶやいていること。

何をつぶやこうが勝手ツールではあるが、書き手が見ているかどうかもわからないタイムラインで、「●●さんの作品最高でしたー!」とつぶやくことに、何の意味がある???

それ、本人に言えばよくないか????と思いませんか???

相互フォローであっても、たまたまそのつぶやきをしたときに、相手がいるとは限らない。

まして、このようにつぶやかれている相手は、たいていが大手

まず間違いなく伝わらない。

伝わらない感想は、相手にとっては「無反応」と同じだ。

さらに、これだと、つぶやいた人と相互フォローで、同様に同人誌を出した人にとっては、非常に不愉快だ。

自分の本は買わず、何も言わずフォローだけして、伝わりもしない感想大手一方的に発信。

なぜ、日ごろから話をしている相互フォロワー感想を伝えないのか。

大手に話しかける勇気はないから、日ごろそのジャンルカップリングへの愛は手ごろな相手と語り、本を買ったり感想を言うのは大手だけ。

同人誌を作るのも馬鹿馬鹿しくなるだろう。

また、傾向として「そのジャンルが大好きだと叫んでいる人は、感想がもらえない」。

なぜなら、感想など言わなくても、どうせ次の本が出るだろう、という甘えが読み手にあるからだ。

腐女子とはひねくれ者で、書き手ジャンル移動しそうになった時や、すでに活動していない作家作品にたいして、絶賛し、感想言葉を送り、やめないでくださいと縋るのである

はっきり言って、もう遅い。

移動しそうになった段階で、その作品にもう愛はない。感想を言われても「何をいまさら」だ。まして、すでに活動していないとなると、復活することなどありえない。

移動ならともかく、その作品に飽きたとか、描く気がなくなったなどの場合は、まず間違いなく「体調不良」「仕事が忙しい」などの理由撤退していく。

大嘘である。そのジャンルに飽きただけだ。

ここであわててその相手感想を言うのだが、遅いんだよ!

そんな無駄なことをするくらいなら、今現在活動している人に、一言でも「大好きです」と伝えるべきだ。

腐女子は、本を読んで面白かったか感想を言うのではない。

自己アピールだ。

「私は大手の本が買えた」「大手の本を読んでいる」とアピールしているだけなのだ

弱小サークルの本でこれをやったところで、誰それ?と思われるだけだろう。腐女子読み手であってもプライドが高く自己中心的だ。弱小の本を読んでいるなど知られたくもないのだ。

あわよくば大手からリプがつき、知り合いになれるという期待もあるのかもしれない。

腐女子とは、大手と知り合いであることを自慢したがるものなのだ

実際は「知り合い」であってもなんの得もないし、自分文章力画力があがるわけでもないんだが。

小説書きなら、表紙を描いてもらえるというメリットはあるが、回りから見れば文章に自信がないから表紙の力に頼っていることばバレバレである


腐女子に限らず、日本人とは「文句を言うことには手間暇かけるが、お礼を言うことは面倒くさがる」人種である

読み手が知らないだけで、誹謗中傷を受けている作家は多くいる。

本が売れる。誹謗中傷が送られてくる。感想は来ない。

これでは、本を作らなくなるのも当然だろう。

また、逆に、「まったく売れていない相手にあえて感想を送る」というものがある。

これはもっとタチが悪い。ツイッターで日ごろから仲良しアピールしている相手が、ほんの数十冊作ったであろう本を絶賛するのである

この場合、たいてい相手は「勘違い野郎」だ。

数十冊の同人誌完売したことをアピールし、再版します!などと宣言して回り、おめでとう~と周りからはやし立てられることに喜びを感じている勘違い野郎

同人誌は「完売」がすごいことのように思われるが、30冊発行して30冊完売するのと、1000冊発行して800冊売れるのと、どちらがより売れているかは明白だ。

この、明らかに弱小どころか零細サークルを絶賛し、もてはやし、相手が喜んでいるのをみてほくそ笑むのである

中には、「自分より上手い相手とは付き合いたくない」と言う人もいる。

この、「まったく売れていない相手にあえて感想を送る」のは、自身も売れていないサークルの主であることが多い。

同族同士で集まり、お互いの作品を褒め合って慰め合っているのだ。なんとも気持ち悪い光景なのだが。

こうなると面白くないのは中堅サークルだ。

300~500部程度のサークル。そこそこ売れているが。大手まではいかない。

しかし逆に、大手になる可能性ももっているサークルでもある。

この、「感想ももらえず、フォロワー大手に媚び、弱小同士のなれ合いを眺めているだけ」の中堅サークル馬鹿馬鹿しくなるのも当然だ。

そうなるともう、撤退しかないのだが、これで出来上がるのが「大手と弱小の二極化」の構図だ。

これではジャンルは成り立たない・・・・・


なぜ、自分たち自分たちの好きなものを潰すようなことをするのだろう???

疑問で仕方がない。

2016-09-06

東京五輪開会式に出てほしい歌手

断然、小林幸子だと思う。


彼女なら、アニメゲームキャラクターとも、ボカロとも共演して違和感がないし、

ARでもプロジェクション・マッピングでも、あらゆる最先端演出にも対応できるはずだ。

もちろん、派手派手な装置衣装)で世界の度肝を抜くのはお手の物だろう。

しかも、出てきただけで「あ! 小林幸子!」と日本全国の老若男女が盛り上がること請け合い

パフュームやベイビーメタルだと、年配者の反応がいまひとつになると思う。



まあ、世界的には無名だろうが、どうせ、ロンドンポールがヘイ・ジュード歌う、みたいな「世界中の誰もが知っている歌手が聞いたことある歌うたってる」というシーンは

日本人歌手だとほぼ不可能なんだから

だったら、「日本人なら誰でも知っている」人を堂々と出せばよいと思う。



多分、クライマックスでド派手演出小林幸子が登場すれば、会場は異常に盛り上がるはずで、

その空気が中継でつたわれば、「ああ、なんかよく知らんが、このベテラン女性歌手ニッポン代表する人気者なんだろう」ということは伝わるはずだ。

それで充分だろう。



ここはなんとか、一世一代小林幸子ステージ世界に発信してもらえないだろうか。

2016-08-28

東宝君の名はで得られたもの

コアなファン大勢いるバンドを起用すると人が来る

若い子にはアニメ

監督がほぼ無名でも宣伝量出せば人が来る

田中将賀という一般受けするキャラデザ

他の監督でも応用できるものが詰まっている

2016-08-25

公平な炎上

雑な意見を言っている人が叩かれて炎上するのはよくあるが、同レベルの雑発言でも叩かれないこともある。

「このくらいの雑発言はよくあることなのに、なんでこの人だけ叩かれるんだろう」と思ったことが何度かある。

発言の内容ではなく、外部環境によって炎上するかしないかが変わってくる。

公平性に欠けると思う。発言の雑さレベル一定以上の者は全員叩くべきではないか