はてなキーワード: バイアスとは
ShoCoh @ShoCoh
この人が男作者で同じ内容の作品を読んだらどういう感想を持つか気になる。作者が女性だから、ってバイアスが最初からかかってるだけじゃないかしら。 / “最近の『マギ』のアリババいじりが不快” http://htn.to/2vCSp3
T @FUNDOSHIMASK
最近の『マギ』のアリババいじりが不.. http://anond.hatelabo.jp/20131118224149 なんかミソジニーの方向に持っていきたいみたいだけど、あのネタは男性の担当編集が描かせてるんだぞ。そもそも喪男弄りネタは少年サンデーに横島忠夫という偉大な先駆者がいただろうに。
マギの作者は女性だろ、男性作家が童貞弄りするのと、女性作家が童貞弄りするのとでは意味が違う。
男にとっては童貞はいつかの自分であり、童貞弄りは男同士だからこそ共感するものがある。
一方で女が童貞弄るのは、完全に部外者が共感もなくただ面白がっているだけで悪質
http://anond.hatelabo.jp/20131118224149
hisawooo
元増田がはっきり「女の童貞いじりって嫌だよね」って書いてるのに
全く同じことを書いて「じゃないかな」って名推理顔するのやめろよ
物事の背景知らないやつがいちいちズレたことばっかり書かなくていーよ
ShoCoh
あれは片っ端から痴漢行為やセクハラ行為を仕掛けてしばかれるっていうだけ
流血はしょっちゅうだったけど精神的に惨めになる方向へネチネチいじめられたりはしない
そこがまさに男女差だと思う
mooth1006u3mooth1006u3 マギ 増田 サンデー
増田女かと思った。 / アリババってヘタレ男子萌えじゃないの?
今これそういう話してるか?
敵と戦って打ちのめされたりズタボロになったりするのと違うだろ
tamtam3
でたよこの「いじり」って言うの
やられてる奴が少しもおいしくない惨めなだけのシチュエーションを作って
それいじめじゃねーの?って言われたら
「いじり」じゃないかノリが悪いなー!とかほざくアレ
mirinon *
ここが一番へどが出るとこじゃね?
モルジアナとくっつけられるのを前提に
いろいろ嫌な思いや惨めな思いが降りかかるのを
ウヘー気持ちわる
あれは要するに「魅力的な異性が何故か片っ端から自分に寄ってくる」ってだけの
他愛ない願望じゃん?
アホみたいだけどまあそういう萌えマンガや少女マンガにめくじら立てないよ
アホはアホだけど陽性で根の明るい願望だよね
異性が苦しんだりみじめな思いに悩んだりするとか
そういうのを楽しむわけじゃん?
「仲間から散々笑われて打ちのめされたアリババ(男のぬか喜びを嘲笑する汚い役はモルジアナ以外がやる)に
最後モルジアナがちょっと救いの手を差し伸べて(あくまで自分はそしらぬ顔の聖女ポジション)
みたいないやらしい描写が来るに違いないわ
本当に生まれつきの性差なのかなー
ホルモンとかはまあわかるけど、それだったら男は理性ではどうにもならないほど暴力的な傾向があるはずだし、女のヒステリックだけ強調されてるのも変だよなぁ。
女のほうが共感力があるというけど「共感してるような受け答えができる」というだけかもしれないし。
論理的はどうかは訓練にもよるだろうし、どう育てられたかとかつきあう友達の種類のほうが大きいような気がするけど。
「まあ男の子だから仕方ないわねー」「女の子なんだからしちゃ駄目でしょ!」「男が簡単に泣くんじゃない!」「女の子は男の子と違ってしっかりしてて気が利くから」「やっぱり男は単純」と他人からかけられる言葉、態度、許される範囲の違い。
女同士は察しが悪いと空気が読めないと言われるし、男同士はそんなに空気読まなくてもなんとかなる。普段からこうだと練習量が全然違う。
日常にあふれてるこれらのバイアスなしで育てられた子供の差異が見てみたい。
女は女に成るのだというけど、男も男に成るように育てられているわけだし、最近のあんまり性差を意識しない育てられ方してる子って草食系(女にもいる)とか無性物に近づいてるんじゃないかなー
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=408293129204052
あなたのパソコンがフリーズしたとします。どうしますか? 「パソコンが動かなくなった。もうこのパソコンは捨てるしかない!」といって、パソコンを捨てる方はいますか? いませんよね。再起動すればいいだけですから。
別に自殺は考えてないけど、ここで「いませんよね」と断定しているところに疑問が残る。パソコンじゃなくても捨てる人いそうだもの。
そもそも「生きることは大切だ」というバイアスがかかっていて少し気持ち悪かった。
個人にとっては自由だと思うけど、それに関して政府が支援することはない。少なくとも日本国家は国家を存続させようとしているから、他の人も書いているように労働者を無駄死にさせることはしないだろう。
このふたつをざっと読んで思ったことだけど、ここまで一方的に運営側に非はあるのかな。
どっちにも非があるんじゃなかろうかと思う。
もちろん前提として運営の対応(話をしたいというお願いを拒否したこと)は非難されるべきものだし、その一点でやいのやいの非難されるのは納得がいくけど、
それ以外の部分では何か腑に落ちない。
そう考えた理由は、まとめの文章を読む限り、「自分がMtFである」ということを明示的に言っていないこと。
さすがにそれを言うことに抵抗があることは十分理解できるけど、さすがに明言せずに初対面の人(運営)に理解してくれというのは無理があるんじゃないかと思う。
例えば全く会ったことのない人の外見から、この人は女装趣味なのかそれともMtFなのかを判別することはできないと思うし。
特に、「男性ですよね?」という質問に「まぁ、そうですけど」と答えた時点で運営側には冷やかしか何かと考えられても仕方がないんじゃないかな。
まとめると、このまとめを読む限り両者ともに非があって、運営ばかり責められるべきではないのではないかというのが僕の意見。
何が問題かっていうと、以下の二つ。
運営:対応のしかた(特に話をしたいというお願いに対してそれを受け付けなかったこと)
ただ、何よりたちが悪いのは最初のまとめを作成した人だと思う。
そういう感性もあっていんじゃない、とおもうよ。
しかも実はもういっこバイアスがあって、「「物語を書きたい」「絵を描きたい」のためにわりとその他を犠牲にできちゃう系男子」が、
このアニメをつくっています。(あたりまえだけど見落とされがち)
その制作者やスタッフごとアニメを愛でる域に達しちゃうともう彼らの「俺の考えた脳内彼女」をみせてもらうのがひたすら楽しいです。
あれは脳内彼女なので(友達がいってたけど)生理とかない生き物なのですよ。
文化祭で男子が女装コンテストとかやってて、うげーマジきもちわるいという女子高生もいれば、コンテストはミスユニバースみたって差別だしヤメレといってる子も、
ガタイ系が出ないなら興味ないわーって子も、バカだなー少なくともすね毛それよ!え、脱毛したの?やり過ぎー!みたいなノリノリの女子もいる。
そういう話。
今期は別のアニメもおもしろいよ。妖怪や異人種つかまえて因縁話してるのが目立つけど。
でもわたしはサツキがデレるまで見るのをやめないッ!
あのさ、そりゃ、相関関係を「見えない」様な状況で検証してるからじゃん。。。
アホなの?
これ書いた人だって、「相関関係は因果関係の必要条件じゃない」と言ってるわけではない。そこは絶対必要条件。
統計上現れるとは限らないけどね。
この表現がアホ。
統計的に充分でないもの拾ってきて相関関係あるかどうか調べて無いわーなんて当たり前だろ?
その場合は「相関関係がない」ではなくて、「サンプルが充分でない」と結論付けるだけ。
他のバイアスがあるとき、それを正しく考慮しなければ打ち消されるのは当然。
この研究員がどういう意味で書いてるかすらイマイチ意味不明だけど、
あんたはそれ以上に何も分かってないみたいだな。
その意見には賛成だが、論点が違う。正直、目的手段はどっちであってもいい。私が問題にしているのは、バイアスの問題。若者が思想を形成していく上で、世論なり親なり教育者なりが、英語は手段でしかないという方向に傾きそれが主流になるのは、おかしいのじゃないかと言っている。
I totally agree with your opinion but that's not the point. It's not essential whether purposes are more important than measures. What i'd like to discuss is about the problem of bias people have nowadays. It seems to me that there has been serious mistakes such as the view that learning English can't be any purposes, which are made by most of parents,teachers and opinion-poll in Japan.This sort of bias should be avoided especially in the process of teenager's growth.
自分としては、単にどちらもあんま偏った事を吹き込むなよ、と言いたいだけで。
まあ、教科書による史実は、どうしたって何らかのバイアスがかかることは仕方ないことではあるんだけど、
今の日本で天皇を拝める様な教育をするのも間違ってるし、戦争で日本だけが悪者だったというのも間違ってると思うし、
ま、何にしろ、もうちょい客観的な史実をまず教えて(これがどこまでが客観的か、と言うのが難しいところではあるが)、
センシティブな部分は、逃げるわけじゃないけど、少なくとももうちょい大人になってから教育してもいいんじゃないかとも思うけどね。
高校生くらいで、いっその事、その両極端な意見、ってのを授業とかでやって自分たちで考えさせる、っていうような事をしてもいいんじゃないかと。
はだしのゲンがどれだけ思想がおかしくて、どれだけ影響力があるかはよく分からんが、
危険な思想書を図書館におくのはいけない、ましてやマンガとして子供が読みやすい形で置いとくのは危険だ、
と言うのは一理あると思うよ。
そこは、自由閲覧である限りコントロールをしない、ということになるから。
閉架図書として、だれかがコントロールした状態で見せるならまた別だけど。
まあ、強烈な内容でもあるし、もうちょい分別つくようになってから読むってんでも問題無いと思うんだけどね。
小学校の時に読んだけど、それは図書館という場で、数少ないまんがだからって意味で読んでて、そこには結構なバイアスがかかる。
で、原爆もどういうものだかよく分かってないし、単なるキモイマンガ、位にしか思わない人が大半。でも、マンガがそれしかないから読む。
で、天皇批判だとかそういうのがあれば自然と刷り込まれるのも事実。
つまり、無意識の強制で読ませて部分もある。だから、もう少し慎重になっても良いと思うんだけど。
勿論、親が買い与えたりして見せる分には何も問題ないわけで。親が天皇批判の主張を持っててそれを子供に受け継がせるのは誰も止められないでしょう。宗教と同じ様なもんだし。
戦争の悲惨さを忘れちゃいけない、って散々老害が言ってるけど、
別に、戦争が悲惨だって、知ったからって戦争しないわけじゃないんだよね。
知らないで済むなら済むで良いし、単に戦争を悪として絶対しちゃいけない、ってことにしとけばいいだけなんだけど。
(でもま、国家の最大権力者が戦争したくてしょうがなくて憲法すら変えようとしてるからどうなんだろうな?ま、教育が間違ってたんだろうけど、あのぼっちゃんは)
なんかオリンピックが東京で開催されるって決まっても、さめてる人が多いなー、と思う。
ふと思うんだけど、その人たちってどれだけスポーツを生で観たことがあるんだろう?
人間が高く、速く、力強く、動く。
単純だけど、それだから観たら単純に「すげー」と思える。人間の凄さを感じる。
だから僕は生で観て欲しいと思う。
テレビがあるって?テレビじゃせいぜい1~2mくらいしか人や物が動かないでしょ。
それにさ、あなたの好きなもの、なんでもいいんだけど、テレビで見てわかった気がされたらどう思う?
だから一度、「まぁ観てもいいかな」って思える競技で、お住まいの都道府県の地方大会とか行って欲しいな、と思う。まぁオリンピックと比べたらレベルは低いけど、それでも観たことなかったら「すげー」って思うんじゃないかな。
それでも嫌いだ、とか興味ない、って言うなら仕方ないと思う。無理にとは言わない。
一度生でスポーツ観ると、すげーおもしろいんだけどなぁ。だから僕はオリンピックが東京で決まって嬉しい。世界最高峰の戦いを観る機会が身近になるわけだからね。
↓
突然隣に座っていた男が大声で怒鳴り出す。「電波がペースメーカーに及ぼす影響ガー」とのこと。
こえーとか思いながらとりあえず「いやこれ電波出てませんから影響ないですけど」って言ったら
「そういう電子機器使ってると自分もやっていいと思う連中が出るから全部お前のせい」と言い出す。
「そりゃその本人の問題では? あとちょっと声抑えてもらえません? 心臓が悪い人も座る席なんですから」
↓
男、激昂。大声のまま暴言吐きだす。とりあえずヘッドホンかけてガン無視、ポメラの入力を進める。
「自分のことしか考えない自己中女」「ブス」「ルールを守れ」「女だから許されると思ってる」「ブス」「俺はそういうの許さないタイプ」「お前に何があっても俺は助けない」「ブス」「お前は絶対子ども虐待する」「こういう自己中のブスは必ず子どもを虐待する」
だいたいこんなようなことを延々大声で言っていたが声はとても遠い。いやあパイオニアのMJシリーズ71番は素晴らしくいい仕事をしますね。密閉型の売り文句は伊達じゃない。
しかし指は震える。大声って苦手なのよね。
↓
男、最後まで暴言吐きまくって下車。確か大江戸線月島駅だった。
↓
明日以降も同じ電車で遭遇したときのためにICレコーダー買って帰ろうかなーどのくらいのスペック要るのかなあ
証拠がたまって告訴まで至ったらエキサイティングだけどPTSDの診断書でもとらないと傷害はつかないだろうし
暴行強迫にも至らない軽犯罪法抵触レベルで済んじゃって難しいかなあ ←今ここ
電車は変えたくない。朝くっっっそ弱いのにそのためだけに早起きはできないしわざわざ混むやつに乗り換えたくない。
相手は終始大声だったが手は出してこなかった。つまりその程度の計算はあるか、単にチキンなのか、或いはその両方かだ。
更に暴言の内容から考えるに、自分はルール或いはモラルに基づいていて正しいという確信があり、かつ正しければ何をやってもいいと思っていて、自分の思い通りにならないことが耐えられないタイプなんだろう。あとブスと虐待を連呼するあたり、女はみんな嫁でカーチャンだとも認識してそう。
怒鳴り出す引き金がごく些細で(私に怒鳴る前から優先席に座った高校生、スマホいじってたリーマンと相手構わず挙げ足取ってぎゃんぎゃん言って無視されていた)激昂するまでのタイムラグが短い(殆ど無い)ことと、あと恰好がかなりカジュアルだったから、十中八九まともに就業はしていないんじゃないかと思わせるものがあった。いや適材適所というしひょっとしたら就業ニッチが存在するのかもしれないが、あれじゃまず間違いなく客商売の類は務まらない。となると朝から通院か、ご苦労さまですって感じ。
何だろうな、家人(たぶんおかあちゃま)に大事大事に育てられルールを守れば褒められて何でも受容されてきたので傍若無人な振る舞いにためらいがないけれども、一方でそんな真っ当なお育ちの自分を受け入れないものに対して免疫がなさすぎてひたすら攻撃してしまうみたいなセンシティブこじらせボーイ的な雰囲気があった。ボーイっつーても精神年齢の話で肉体年齢は不明。成人はしてるだろう。おまけに肥満体。ホント暴力に訴えて来なくて良かった。
総合して考えるにまた電車で遭遇する可能性はどちらかと言えば低い。あんなクソ些細なトリガーでいちいち粘着してたら身体がいくつあっても足りないだろうし、向こうが通勤じゃないなら会わないだろう。現にこれまで何年か同じ電車で通っているが見かけたことはない。レコーダーは買うだけ無駄になりそう。
http://anond.hatelabo.jp/20130831135023
スルーするつもりだったが、マメに応答してるのに感心したので少しだけ。
ああ、最初に私の立場を明らかにした方がいいかな。私はサヨクではないが、ウヨクの主張とサヨクの主張とでは後者に共感を覚えることが多い。
あなたの疑問は以下の2点。
1点目については、既にバイアスがあるのではないかとの指摘がなされており、あなたも認めている。私も指摘は正当だと思う。
というか、あなたは最初から「現代日本ではサヨクの人の方が言論や議論を否定したレッテルばりと一方的な言説を行う」というのが「僕の印象でしかないのだが」と認めている。
にもかかわらず、その単なる「印象でしかない」はずのものを当然の前提として「それはなぜか」と問う。
これは、議論のやり方としても、サヨクに対する態度としても、非常に不誠実なものである。
どうもあなたはこの点について中心的な話題でないなどと軽く考えているようだが、相手に対する敬意や誠実さは議論を行う上でもとても重要なものだ。あなたの友人も、あるいはあなたの敬意や誠実さの欠如を感じとって拒絶的な態度をとったのかもしれない。なんにせよ、この点については単に「主張が誤りである(可能性がある)と認める」だけでなく、なんらかの反省の言葉を述べるべきだと思う。
2点目についても、前提の部分におおいに疑問がある。
「非武装ならば攻め込まれない」などと主張している者がいったいどれだけいるのか。
自衛隊が憲法違反だと主張する共産党でさえ、自衛隊の即時解消は求めておらずその段階的解消を主張するにとどまる。憲法違反の存在であるにもかかわらず即時解消しないのは当然安全保障上の考慮に基づくものであり、「非武装ならば攻め込まれない」などと考えていないことは明白であろう。
私の実感からしても、代表的な左翼政党である共産党の見解からしても、「非武装ならば攻め込まれない」などと主張する者はごく少数にとどまるものと思われる。そのような状況下で、たまたまあなたの友人が「非武装ならば攻め込まれない」と主張したからといって、それをサヨクの問題として大々的に取りあげなければならないのだろうか。
全体に、あなたはいわゆる「脳内サヨク」を勝手に作り上げ、それに対して疑問の形式をとった皮肉をぶつけることで悦に入っているようにしか見えない。
また文章を読む限り、「現実」についての理解が平面的で、丸山眞男すら読んでいないように思える。
本を読めという言い方は好きではないのだが、疑問を解消するには多くの場合(本を読むなどして)きちんと勉強することが有効であるということだけ、老婆心ながら忠告しておく。
この論の前提の一部である「現代日本ではサヨクの人の方がレッテルばりをする人が多い」というのは僕の印象なので、ご指摘のバイアスの存在やレッテルばりの可能性が十分に成り立ちます。
ただし、僕の論の中心はそういったサヨクの人たちが一定数(多いかどうかはバイアスがあるかもしれませんが)存在し、その言説に自己矛盾があるということです。
融和的、非排他的論を前提としているはずなのに最終的に排他的となる。また、非武装では攻撃されないということを前提としているはずなのに軍が非武装人民を虐殺したという事件(それが事実かはおいておいて)を軍を持つべきでないという論の根拠にしたりという矛盾です。
http://anond.hatelabo.jp/20130901071827, http://anond.hatelabo.jp/20130901025609
この論の前提の一部である「現代日本ではサヨクの人の方がレッテルばりをする人が多い」というのは僕の印象なので、ご指摘のバイアスの存在やレッテルばりの可能性が十分に成り立ちます。
ただし、僕の論の中心はそういったサヨクの人たちが一定数(多いかどうかはバイアスがあるかもしれませんが)存在し、その言説に自己矛盾があるということです。
融和的、非排他的論を前提としているはずなのに最終的に排他的となる。また、非武装では攻撃されないということを前提としているはずなのに軍が非武装人民を虐殺したという事件(それが事実かはおいておいて)を軍を持つべきでないという論の根拠にしたりという矛盾です。
以下は「集団主義という錯覚」という本からの要約引用で、私は心理学を学んだわけではないので誤謬もあるかもしれませんが、
・確証バイアス:自説に有利な証拠ばかりが目に付く
その後被験者aにAがセールスマンの仕事を希望していると言うと外交的な側面ばかりを思い出し、
被験者bにAが図書館司書を希望していると言うと内向的な側面ばかりを思い出した、
Aの一週間の行動には内向的なエピソードも外向的なエピソードも等しく入っていた。
・錯誤相関:現実にはそぐわない相関でも、先入観を持っていると実際に相関があるように思ってしまう
例:ロールシャッハテストにおいて、ゲイは肛門を想起しやすいという先入観を臨床医の大半が持っていた、
実際には人間以外の架空の生物などが見える場合が多いが、そのことを指摘した医師は極少数だった。
・信念の持続:自説(先入観)を合理的な形で否定された後にも、自説に対する非合理的な執着が残る
例;4つの遺書を用意し、一つは本物の自殺者の遺書だが残りは偽者であるので本物を見分けてほしいと被験者に言う、
実際にはすべての遺書が偽者なのだが、グループAには正解である旨をつげ、グループBには不正解である旨をつげた。
実験後に「実は遺書はすべて偽者である」と告げた上で、実際に本当の遺書を用意したらあなたは遺書を見分けられますか?
と問うと、グループAの人々は「見分けられる」と言う場合が多く、グループBの人々は「見分けられない」という人々が多かった、
グループAの人々は実際には全部偽者であることに気が付かなかったのにもかかわらず。
・外集団同質性効果:自分の内集団は個性的に見えるが、外集団は没個性的に見えること
という、この辺りの組み合わせなんじゃないですか?
市場の内外と、組織の大小で4分割するフレームワークは概ねあってると思う。
ヒト・モノ・カネの3大リソースはIT化のおかげでますます国をまたがった移動が低コストになっていて、
そうすると大きな資本で集中投資できる大きな組織が、大きな市場で勝負するのが最も効率的で合理的ということになる。
アップル、アマゾン、グーグルのIT御三家は言うに及ばず、ウォルマート、コストコ、日本ならイオンなどの流通業、GAP、ZARA、日本ならユニクロなどのファストファッション、マクドナルド、スタバなどのファストフード、話題の外食チェーン、グローバル展開したりしなかったりしている銀行、保険、証券の金融サービスなど、多くの業種で「大きな組織、大きな市場」モデルによる市場の寡占化が進んでる。
もともと、エネルギー(石油メジャー)、自動車(日米独仏の各国数社)、原発(東芝、日立、三菱)をはじめとする重電分野(米GEが代表例)など参入障壁が高い業種では、「大きな組織、大きな市場」モデルによる寡占的な市場が形成されやすかったが、近年のIT化によって、消費財や消費者向けサービスを提供する上に挙げたような業種でも「大きな組織、大きな市場」モデルが適用できるようになったと見ることもできる。
このように考えると、ひとりの個人として身を立てる、あるいは中小企業やベンチャーが生き残るには夢も希望もない社会のようにも感じられるけれども、俺は必ずしも捨てたもんじゃないとも思ってる。
どういうことかというと、大手資本が「大きな組織、大きな市場」で効率的な市場環境を整えてくれたおかげで、逆説的ではあるが「小さな組織、小さな市場」モデルの個人やスタートアップが活躍できる余地が広がってるんじゃないかということだ。
効率的な市場環境ってなにかというと、例えば決済。国際間の決済が個人レベルでも簡単にできるようになった。
流通もしかり。これは物理的に大きく重いものはまだ敷居が高いけどね。
広告。Googleなどのおかげで世界中に安価かつ瞬時に広告を出せる。
販売。猪木じゃないが「ネットがあればなんでもできる」。そして英語ができれば(かつ物理的に大きく重いものでなければ)世界市場を相手に販売できる。
製造。これはさすがに工芸品のようなものでなければ個人でどうこうするのは難しい。ただしはてな民に馴染みのあるところで言うとenchantMOONが可能性を示したように一介のベンチャーが工業製品を作るのは、規格の標準化や安価な海外リソースの存在もあり、やはり敷居は下がっている。3Dプリンタもここの部分の効率化に大きく寄与しそうだよね。
資金調達:これも可能性は広がっている。上述したようにスタートアップの敷居が思いっきり下がっている現状では競争倍率がハンパないが、ダメなビジネスは資金調達できないという意味ではここも効率化されていると考えることもできる。あとWebサービス系のスタートアップならばプロトタイプ作るところまでは必要なのは人件費だけだから、そういう意味でも個人やスタートアップには恵まれた環境と言える。
こんな感じでビジネスの上流から下流まであまねく効率化、標準化、オープン化されつつあるのが今の世界で、そういうわけで、個人やスタートアップが活躍できる余地が広がっているというのが俺の考えだ。
立ち上げたビジネスは大手に売るか、大手が触手を伸ばさない程度にニッチな市場を狙うか、最高なのはTwitterやDropboxなどのように買収提案を蹴って独立の道を歩めるだけのブランド力あるいは特許をとって身を守りつつ自らが新たな「大手」プレーヤーになるか。
個人にいたっては別にビジネスを立ちあげなくたって能力と英語力さえあれば、国際間での雇用の流動化とクラウドソーシングの普及で、収入を得る方法は格段に広がっている。
逆に今後厳しい立場になると思われるのは、とくにこれと言って強みのない個人や、接待や御用聞きなどの人間関係だけで仕事をとっていた企業。
これまでならそういった企業でも「呼べばすぐ来てくれるから」とか「他に手頃な業者がいないから」ということで仕事にありつけていたのが、コミュニケーションコスト・移動コスト・情報コストの低下で、探せば他に同じ(あるいはもっと高い)バリューを安価にを提供してくれる業者にコンタクトしやすくなると、仕事を失う。
これは日本の製造業や小売業が過去20年でイヤというほど経験してきたことだからここであらためて書くまでもないけどね。
そんなわけで俺は今後数十年の競争社会というのは、増田が言うように大資本が中心にはなると思うけど、大資本以外にも十分にチャンスがある世界だと思ってる。
かくいう俺はフリーランスでやっててこの手の話っていうのはガチで人ごとじゃないので、意見にそういうバイアスがかかっているかもしれないことは断っておく。まあ正直なところ、ここに書いたようなことを自分に言い聞かせてないとやってられんという気持ちはあるな。
ただ同時に、こういうボーダレスな世界だからこそ、俺みたいな組織で生きられない社会不適合人間でも、独立という選択肢を持てて、それなりに家族を養うことができてることも事実なんだよ。まあ俺個人の話は余談でした。
増加する“クックパッド至上主義”な女性達 あなたはどう思う?
http://dot.asahi.com/life/hobby/2013082100016.html
この記事の矛盾や突っ込みどころは既に関連のブクマやブログでさんざん指摘されているけれど、もしこれが「クックパッド」ではなくて、「ピクシブ」「ニコ動」「ウィキペディア」等々だったら、その論旨はわりあい受け入れられたのではないだろうか?
要は、河原氏が言いたかったのは「他人の、それも素人のアイディアを丸写しにして満足するのではなく、失敗や非難を恐れずに自分独りの力で『作品』を作り上げてみろ、それこそが受け手に対する本当の愛情だ」そして、そういう努力や意識を常に欠かさない女性を肯定したい、ということだろうから。
こう書いてみると、いちクリエイターの述べる意見としては、一見まっとうなものに感じられる。しかし、問題は、既にさんざん逐一突っ込まれているように、こういう論旨を述べるに当たって最もそれに不適当な題材と事例を選んで、不適当な解釈で展開してしまったことだ。
(ちなみに、掲載雑誌の読者層を意識してこういう事例を選んだ、というわけではないと思う。この読者層である大半の中年男性ならば「お前の余計なクリエイティビティなんぞ要らん、まず俺の口に合う物を滞りなく用意してくれ!」という人が殆どだろうから)
加えて、この文章一つから、これまた既に指摘されているように所謂マイナー系文化人がマイナー止まりである所以と、女性に対する抜きがたいバイアスとコンプレックスが端的に表れている。「総じて女性は男性に比べて、創造性や冒険心に欠けている」という考えが根底に感じられるし、そして、そういう男性に限って、真に(自分以上に)クリエイティブな女性は決して伴侶に選ばないのだ。