はてなキーワード: 遠い目とは
「父のプラモデルを売って家族旅行に行きたい」テレビの特集にネット同情「納得済みとはいえ可愛そう」「父さん心なしか遠い目」
https://news.nifty.com/article/economy/business/12117-9779/
これ番組見てたけど、倉庫とリビング収納と夫婦の寝室の収納を埋め尽くし、娘の部屋のクローゼットの半分も許可を得ず勝手に趣味の模型で埋め尽くし、全部出したら8畳の部屋にぎっしり積み上げられる量のコレクションなんだよね。
全部とは言わないけど一部だけでも処分してほしいと言う家族の要求はまだ思いやりがあるし、金の使い道の『今まで一度も家族旅行経験がないから、彼からのプロポーズを受けて結婚する前に一度家族旅行をしてみたい』ってのもささやかな願いだ。
お父さんも作らないなら作る人に売った方がいいかなと笑顔でどんどん出して査定してもらっている。
どう見てもキチガイじみたコレクターと同居する家族が気の毒案件だよ。
趣味の物>家族って価値感で、家族は自分の趣味のために犠牲にして当然って感じなら結婚しないほうがいいよ、物に埋もれて一人で死ねと思う。
Day 3
3日目 4,000年に一度
寝る前に飲んだ睡眠導入剤が効いたのか、夜中に一度目が覚めたものの、計8時間ほど眠る事ができた。
自律神経の回復に大事なのは睡眠なので、まとまった量眠れたのは喜ばしい。
5:45からの2度寝の最中に見た夢で、自分は刃物が絡むような人間関係のトラブルに巻き込まれそうになった後、道路が波のように捲れ上がって崩れ落ちる大災害を間一髪で逃れて、その様を遠い目で振り返る後日・会社のビルの前で、髪型の悩みを訴えてくる女性を褒めちぎって赤面させた挙句、恥ずかしさで昏倒させていた。
全身をピンと伸ばしたまま、後ろ向きに倒れた彼女が道路に激突しない様に抱きとめて、気分を落ち着けるために、彼女の真っ赤になってしまったうなじをさすっていると、仕事に厳しい事で定評のある女性同僚が「おい!」と咎めてくる。
場面が変わって、その後のオフィスでも自分は女性を褒めていた。
春の香港で、夢の出演者が習近平と麻生太郎だったのと比べれば、ややテーマが卑近になった印象がある。
願わくば刃傷沙汰や崩落事故はスキップして、女性を褒めちぎる件だけ現実のものとなって欲しい。
7:59、ホーチミン。
窓の外の通りではもうスクーターが行き交い、そこかしこでクラクションが鳴っていた。
予報によると、今日も雨は降らないらしい。
今回の旅程には自律神経の調子以外にもちょっとだけ不安要素がある。
前にも書いたが、2日後の帰国便は6:25発。
当日にホテルをチェックアウトしては到底間に合わないので、前日にチェックアウトして、タンソンニャット国際空港で夜を明かす事になるのだ。
そうなると日中歩き通しも辛いので、何処かで休めれば一番よく、H.I.Sの支店でそれが可能かどうか確かめたかった。
電話で事足りるのかも知れないが、日本人と顔を合わせて確かめたい。
朝食後の散歩ついでに行ってみよう。
軽く支度を整え、ベッドにチップを置く。
ベトナムではチップの習慣は一般的では無いらしいし、これだけ格式の高いホテルでホテルパーソンが悪さを働くとも考えづらいが、充分な額のチップがあれば不意に襲ってくる邪念の抑止効果にもなるかも知れない。
適正な額は分からないが、昨夜食べたバインミーが25,000ドン、と考えると昨日置いた5,000ドンでは軽食にも足りないぞ。安すぎだ。
一仕事片付いたらバインミーを食べられる額、25,000ドンを置いて部屋を出た。
ホテルの目の前にある公園で、制服を着た少年の一群が、順番に手にマーカーを持って走り、おそらくは地面に置き、次の少年がまた走ってそれを回収するという運動をやっていた。
少年達の歓声が、快晴の朝の公園の風景をより活き活きとしたものにしていた。
H.I.Sの日本人女性スタッフはちょっと素っ気ない感じで、満面の笑み少し期待していた自分の甘さにガッカリした。
接客業者が客に対して笑顔で接するのは日本独特の事で、ベトナム人にそういった過剰サービスは期待していなかったが、日本人に素っ気なくされると少し驚く。
異国に長く住めば、日本人でもサービスは異国風になるのだろうか。
ラウンジにいたベトナム人女性スタッフの方が物腰は柔らかかった。
まあとにかく、明日、ここで休憩できるのは間違いない。
ちょっとだけ一息ついて、目と鼻の先にあるフレンチ・コロニアル様式の建物に向かった。
歩いて5分もないところにある美しい建物は2つ。
ここはレートの良い両替所として事前にチェックしていたが、入ってみると内装のレトロな美しさに圧倒された。天井のアーチの下には扇風機が緩やかに回り、さらにその下に並ぶカウンターでは人々がガラス越しに職員と話している。郵便か、預金か、両替か。
アーチの突き当たりに掲げられた、ホー・チミンの絵画がその様を見守っている。
スマホで何枚か撮ったが、出来ればちゃんとしたカメラでも撮りたい。
可能ならまた来よう。
と、外に出ようとして、館内の土産物屋が目に留まり、のぞいて見ると帽子が売られている。
黒いハットをレジに持って行った。
「80,000 don.」
「non , non. That,s 800,000 don. This is 80,000 don.」
お金が流通する郵便局で派手な間違いをしてしまった。ドンマイ。
ベトナム人はこういう際にも誤魔化しはしないらしい。
と、広場脇の木陰に、白いドレスを着た少女が大人に手を引かれて、何かの記念撮影の準備をしていた。
「Excuse me , Mr, I want teke she photograph.」
後から考えれば文法がメチャクチャだが、自分の為だとゼスチャーで伝え、
「She is beautiful.」と言うと、カメラマンは笑顔で
「No probleme.」
マリア様に続いて、木陰で微笑む小さなレディーを写真に収めることができた。
ここで旅の目的の一つ、練乳たっぷりのベトナムコーヒーが飲めそうだ。
カウンターで指差し注文をすると、ややあって陶器のカップに注がれたベトナムコーヒーがサーブされた。
カフェの奥に陣取って口にする。
柔らかで濃い苦味に、底に溜まった練乳がほのかに香る。美味い。
旅の目的に充分耐えうる味だ。
ふと思いついて、ベトナムでMV撮影したガールズグループの新曲をDLした。
強い日差しの中を歩いてなんとなく思い出し、この瞬間にぴったりだと思ったからだ。
日本で聴いた時は「ちょっと古いテイストだなぁ」と思っていたが、自称「4,000年に一度の美少女」が唄う希望や自由に溢れる歌詞と、明るいメロディーに涙が溢れてきた。
自律神経をやっていて心がある面で脆くなっているのは間違いない。
でも涙を流せばストレスも流れ落ちると言う。
泣けるのはきっと良いことだ。
この瞬間を楽しもう。きっと今しかできないことがある。
校門にたむろする白い制服。
カオタン テクニカルカレッジでもそうだったのだが、校門前にはスクーターが引っ切り無しにやってきて、学生が乗り降りしている。
ちょうど昼時だ、近くに食事を取りに行くのかも知れない。
女学校を通り過ぎてしばらくすると、正面から長い黒髪の少女が駆けてきて、すれ違った。
散々ワケのわからん攻撃してきた挙げ句、ブロックされちまったぜ(笑)
ところで、この山本さんてのは誰?何?
百田さんを思い出すなぁ(遠い目)。百田さんのことはちゃんと知ってたけど。— 及川眠子 2月21日『ネコイズム〜及川眠子作品集』発売 (@oikawaneko) 2018年5月31日
↓↓
クソバ及川大先生に学ぶ「クリエイター、いや社会人が呟いてはいけない三大タブー」!
〇売ったら勝ちと言う
〇批判を「嫉妬だ!」と言う
〇ヒット作に乗っかって自分の手柄を気取る
勉強になるぜ!#及川眠子は生きる教科書— 山本寛@売れたら勝ちです (@yamacane_0901) 2018年5月31日
どこのだれかTogetterでもまとめて。
成人してからは、お酒だと缶チューハイ1缶飲んだら尋常じゃないくらい赤くなって動悸がしてくる
それ以上飲むと気持ち悪くなる
どれくらい気持ち悪くなるかというと、50メートルを息止めて全力疾走したらこんな感じだろうか、という苦しさ
そんな感じで日常酒を飲まずに、飲み会には常にシラフで陽気にを信条に参加しながら30代も半ばを過ぎたけれど、正直お酒飲む人うらやましい
まずワインとか日本酒とか、そもそもお店で選んでところを見る時点でなんかカッコいいし大人っぽい
何年もののなんとかーとか、どこそこの蔵のなんとかーとか、お酒ってウンチクも豊富だし
私なんて輸入菓子目当てにやまや入るのもなんか気がひけるのにさ
1人でBARとか行きつけのBARとか駆けつけ一杯とか家呑みとか憧れる
家で熱燗とかつけてみたい
記憶を失うくらい楽しい思いをしてみたいし、目が覚めたら河原にいたとか電柱抱えて寝てたとかカーネルサンダースと手を繋いでたとか、ハードボイルドな経験もしたい
ちょっと美味しいものをつまみつつ一杯だけお酒飲んで人を待つ…みたいな小洒落たこともしたい
お酒飲んで誰かに迷惑かけてみたいし、誰かにお酒の勢いで甘えたりもしたい
お酒で失敗してそれを翌朝後悔してみたい
酔っ払って何度も壊れたレコーダーみたいに同じセリフを繰り返したい
お酒飲めたほうが誰かと深く仲良くなるの、早いと思うんだよ
いいなー酒飲み
でもこういうことをそれとなーく大酒飲みの人に言ってみたら、
彼ら彼女らの放課後と土日を「強制管理」する手段として部活が強化される。
強制的な部活動の悲喜こもごもはいろいろと聞いたことがあるだろう。
しかも、運動系の部活に参加しない人間は、まともな扱いをされなかった。
せめて卓球部……とまで言われたが、初志を貫徹した。
歴史研究部では遺跡の発掘調査に参加して話題になったりとそれなりに頑張ったつもりだ。
それでも、(運動部じゃないから)「部活動に熱心ではない」と本当に内申点を下げられた。
志望校の公立高へ合格するには、本番の試験でリカバリーするしかなかったのを思い出す
おっさんになると、管理する中学当局や教師、PTAの立場も理解できるが、
現場の空気が相も変わらずと聞くと、なにか遠い目をしたい気分になる。
部活動のリスクが大きくなり、学校や教師は本音ではやりたがらない。
そんな話を生で聞いていると、
さあ、仕事だ。放っておくと際限なく膨らむみんなのto-doリストから、実質的に価値を生んでいない仕事を根回しののち注意深く枝刈りしていく。もし判断を間違っていたとしても、関係各位に謝って改めてto-doに加えればよいのだ。残った仕事からも、本当に必要なものは何かを明らかにして、仕事のサイズを小さくしていく。目標はメンバー全員が16時にはその日の仕事を終わらせられる仕事量にすること。遠い目標でも、公にすれば潰される目標でも、理想に向かって着実に進んで行かなくては。それと同時に残業が減る分の報酬の補填を、各所と粘り強く交渉していく。家に帰りたくないというメンバーには、会社に死蔵されてるスポーツクラブのビジターチケットを渡して、寄り道して風呂にでも入ればと提案する。
管理職なんかになりたくはなかったが、なってしまったものは仕方がない。なったからには、ちょっとでも居心地よく雰囲気を変えたい。明らかに、このチームにはリフレッシュの時間が足りない。睡眠不足からくる判断力の鈍り、ギスギスした環境、心身の不調による病欠や休職退職、仕事への極度の拘束を遠因とした離婚。そんな個人の時間を縛り上げて作られた負のスパイラルを断ち切って、業績も上げてやる。
幸いなことに、密かなこの取り組みに気がつきつつも邪魔をせず応援してくれている人がいる。ここで培った人脈、処世術、交渉術とかすべてを使って、チームを潰さず、自分も潰れず、やれるとこまでやってみよう。
いや、泣いてないんだけどね。
私父親から体罰受けて育ったんですよ(唐突)。私だけでなく、母親も家庭内暴力受けてまして。母が父に蹴られて吹っ飛んでタンスに頭ぶつけて頭割れて縫ったこともあったなぁ(遠い目)。私もグラスで殴られて頭割ったなぁ(遠い目2回目)。
まぁこうやって思い出してもやっぱり胸がザワザワするぐらいキッツーな思い出、たんもりの我が父ですが、孫も生まれて自分も老けてすっかり角が取れ、優しい爺さんになりました。たまに実家に帰るともんげー厚く出迎えてくれますわ。
でもね、私父が普通に戻ってからもずーーーっと父が大嫌いだったんですよ。いやいや、少なくとも育てて貰ったんだから優しくしなきゃ、とかでもあんなこともされたこんなこともされたくそ、お前のせいで性格ねじ曲がった許せねぇとかね。うちなる天使と悪魔が戦い続けてた訳。丸くなった父に対してもなかなかこちらから優しくもできなかった訳。それほど不自然にツンケンもしてないけど、なんかあれば不親切な対応を取ってた訳。
はてなに限って見回しても、某トイアンナ女史とか、某ずんずん女史とか、某蜜の国の蜜さん(最近更新ないけど元気かな?)とか、某元鈴木さんとか、おしなべて自称毒親に育てられたけどわたくち頑張って生きてまちゅ☆やん?
でも、私それを読んでもイマイチしっくりこんかったのよねー。
いや30いくつの女が、今更今の自分の人生を親のせいにするのはどげんかぃね...ちゅーかんじで!
でも、つい最近私このモヤモヤした感情に名前を付けることに成功したの!(じゃじゃーん)それは、「あぁ、私もっと普通にあいして欲しかったなぁ」です!(えっへん)
私今まで父親に対して、憎しみと軽蔑が強かったのね。自分自身に関しても軽蔑(私はこんな暴力にさらされてしまうぐらい価値のない生き物)と憐憫(私は親に味方してもらえない憐れな生き物)が強かった。
でも、根元にあったのはもっと愛して欲しかった!という愛への渇望。(ピュアか。)これに気づけて私はすごーく楽になった。そっか、愛して欲しかったのかー、じゃあ過去は消せないけど、私がその分もこれから自分の息子を愛してあげよー、って素直に思えた。
これまでは父が憎い..あぁでも毒親(笑)に育てられたせいで歪んだ私の性格ではきっと同じようなことを息子にしてしまう...という呪いがかかってたのね。その呪いもとけた。
毒親とか言ってると、その定義からして、帰結するところは「憎い親と可哀想で哀れな私」だからね。でも、憎い親も可哀想で哀れな私も、必要ない。
これに気づけるまで30年かかったよ。ちなみに気づけたのはなんか昔の暴力を受けてるシーンがばぁーって夢に出てきて、それをそのまま目が覚めても覚えてて、横を見たら息子が寝ていて、アァ可愛い。って思ったんです。で、「あぁ、愛されたかったのか。もっと普通に愛されたかったなぁ」と素直に思えました。
暴力を受けて育つと、愛して欲しいなんて思えなくなるんすよ。あんな憎い奴、こっちが元からクソ嫌いだしね、って思うのよねん。まぁ多分嫌いな奴から暴力受けてると思った方が楽なんでしょうね。脳の意図的エラーでそう思い込んでしまう。その方が楽だから。
とゆー話。タイトルはその日の朝でした。
誰かの為になったら良いな。
なんか、辛いですね……。
善意のお手伝いが当たり前みたいに言われるのは、きついなぁ。
ひとことでもいいので労い欲しいですよね😢😢わかります。
上司さんにひどい扱いされるってのは、上司さんが最初から粗野なタイプでは?
増田さんだけにそんな感じなのかしら?
私も昨日は🐷🐷豚豚と言及がついたり、
お勧めの曲書いたら「ゴミ貼るな」とかかれたり←翻訳の素敵なBLOG見つけて貼っただけで他人のなのに💦
増田では散々でしたよ。
増田さんも元気出してね✨
LINEで同性のお友達に久々連絡したらお返事来てたの、良い感じに眠れそうです。
アプリやSNSでしかお話ししたことないと、しつこいと迷惑かなぁって、返信しなかったんだけど💦
考え過ぎだったかも。アプリじゃよく遊んでっ下さってたんで、杞憂でした。
推しのLIVE抽選の申し込み来たけど、心が死んでるので、当たらない可能性も高いし
残念だけど、これ以上、メンタル的にきついとだめ。
ということで、じゃぁの。
お元気でね。お幸せに。