はてなキーワード: ブラウザとは
⻑い⻑い文になってしまった。
と文に続いて画像が送られてくる。
だいぶ彼も慌てていたのだろう。
ブラウザのタブに、xvideoの名が残っているのに気づかずに私に送ってきたのが微笑ましい。
Facebookの投稿は、もう1年近く会っていない私の友人、しおり(仮名)のものだった。
そして、墓参りなどは心遣いのみで良いこと。
LINEに「Facebook見てなかったから気づかなかった」と返信をした。
とはいえ、彼女のフォ ローをやめていた私はFacebookを見たとしても気づけなかっただろう。
彼の重い声色と対比するように、私の声はうわずって震えていた。
その震えが、まるで泣きそうな声であるかのように演じながら私は密かに、笑みを浮かべてい た。
本当は大笑いしたかったのだ。
私と亡くなった彼女と、そして連絡をとった彼が出会ったのは、数年前のことだった。
当時私たちは二十歳を過ぎたばかりの頃合いで、バイト仲間として付き合ううちに3人でつる むことが多くなっていた。
そして若かったから、それが恋愛感情を伴う三角関係に移ろうのも自然な流れだった。
彼に片思いをする私たちと、その間でのらりくらりと気付いてるのか気付いてないのか分から ないようなふりで友人関係を保とうとする彼。
そういう微妙なバランスで成り立つ私たちは、バイト先の閉店と共に徐々に疎遠になった。
そしてそこから二年越しで私たちはまた出会う。バイト先の同窓会だ。
まるで三人で喋っているかのような雰囲気で、私は彼女へ話を振っているのに、自然な流れで 私は彼女から完璧に無視されていた。
理系の大学に入り直すの、と彼女が言った時だけ私のことを見てニヤッと笑ったのを覚えてい る。
大学を中退した私への、当て付けであるのは確かだった。(それにダメージを受けるかはとも かくとして)
ただの恋敵から、マウンティングまで始めた彼女を見て、私は小さく、死ねばいいのにと呟い た。
その願いは数年後に叶うとも知らずに。
その同窓会から私と彼はまたつるむようになり、彼から、彼女の近況を時折聞くような日々が続いた。
大学へ入るまでにメンタル的に崩してしまい、入学後もそれを引きずったままであること。
そういう、彼女が不幸な話を聞くたびに、心の中で喝采をあげたいような朗らかな気持ちと、 悲劇のシンデレラを演じて興味を引こうとする彼女のやり口の汚さに辟易する気持ちの二つが 入り混じる。
私はこのまま拒食症になり骨だけの姿になってしまえと思っていた。 もちろんこれも今は叶っている。
彼女の肉は燃え、今は墓の下で骨だけになり壺に押し込められている。
そうして、今回の訃報に至る。
彼は、ここまで来てもずっと私たち三人は良い友達関係であると信じ、私だけに電話をして、 私だけに彼女の死への思いを吐露してきたのだ。
勝った、と思った。
私の心は汚いな、と諫める自分もいたがそれ以上に、祝祭の最中のように心躍る自分の方が強 かった。
後日、私たちは二人だけで、彼女の家へ向かった。 彼が遺族と連絡をとり、仏壇に線香をあげさせてもらうことになったのだ。
多分私は、あの日の、駅から彼女の家までの会話と景色を一生忘れない。 その日は雲が多いけれど晴れていた。 雲の中で光が複雑に揺らめいていて、それはまるで世界の全てが、私の仄暗い歓びを肯定する かのように綺麗だった。
駅から離れた彼女の家まで歩く最中、彼は謝りながら、隠し事を打ち明けてきた。
バイト先が閉店した頃、三人で会うことがほぼ無かったあの時期、実は三ヶ月だけ、あいつと付き合ってたんだよね、と。
彼女が生きてたら、私はその場で自殺したくなるほどの衝撃を受けていただろう。
けれど、今の私には、むしろファンファーレのような爽やかさを伴う言葉に聞こえた。
穏やかな顔で私は嘘をついた。
割とあの子悩んでたよー?なんて、軽口を装い私は更に話を聞き出そうとする。
何だ知ってたのか、とホッとする彼は気を緩めて色々と話してくれた。
どうしても彼女を恋愛対象として見れず、ぎこちない付き合いだったこと。
そのどれもが、私にとっては甘美な言葉たちだった。
これで彼女が生きてたら、この過去の付き合いが再度交際に至る伏線として機能してしまうこ とに怯えていただろう。
そして彼女への殺意が行き場をなくして私の中でいつまでも燻っていたのだと思う。
けれど、彼女は死んでいる。
だからこそ私は安心して、彼女が、彼からきちんとお前は付き合うに値しない存在であると言 い渡され死んでいった事実を喜ぶことができる。
そして、その喜びを表すかのように、世界は輝いているように見えた。
草木はいつもよりもその葉の濃さを増し、空は雲を煌めかせているのだった。
それが私の、高揚感を煽る一番のポイントだった。
あんなに学歴や彼との距離感でマウントをとっていた彼女が、今やただの骨となったことに私 は今までの人生で得たことのない種類の喜びを得ていた。
もう彼女には何もない。
入った大学のキャリアを活かした輝かしい未来なんてもう彼女にはない。
そして、彼のこれから先の人生を眺めることも、彼女にはもう出来ない。
何よりもそれが嬉しい。
彼女の家は、ドラマに出てくるような、「いいところ」の家だった。
リビングには薔薇のドライフラワーが飾られ、テーブルにはレースのクロスが敷かれていた。
演技で涙も出るもんだな、と私は仏壇に手を合わせながら自分自身に感心した。
くっ、くっ、と声が出るのは、昂るからだ。
悲しみにではなく、喜びに、であることは隠せたと思う。
仏壇に手を合わせる彼の面持ちは神妙そうで、私が感情を露わにしているからこそ自分は我慢 しよう、という気概を感じ取れた。
男子だからこそ、気を張らねばという彼のいじらしさがどうにも可愛くて、ああ、やはり私は 彼のことが好きなんだな、と改めて思ってしまった。
リビングへと移り彼女の母と思い出話などをしながらふわりと伺う。
「本当に明るくて(空気が読めないだけ)楽しそうに笑顔を(彼にだけ)見せる子で...だからこそ急な話で驚いてしまって...病気とのことでしたが...」
彼女の母と、私は目で訴え合う。
それを聞くのか?という母親の目と、
死因を教えて楽しませろという私の目。
たった一秒にも満たない僅かな時間で、私はやはりこの女はあいつの親なのだと感じてしまっ た。
あの、喰えない女を産んだ女だ。
「...脳浮腫、でして。...だから、本当に急な死で私も、本当にショックでした」
脳浮腫、というワード以外は一切出さないという意思を読み取り私は、彼と共にいるこの瞬間 を汚さぬように詮索をやめた。
ハッキリとしない死因で、私を楽しませるにはパンチが足りなかった。
けれどその最後は安ら かなものでは無かったであろうことを窺えたことは一つの収穫だ。
彼女の家を早々にお暇し、私たちはまたひたすらに駅を目指し歩く。
話すことも尽きたような振りで彼の話を空返事で返しながら私はGoogle検索で脳浮腫を延々と 調べていた。
脳浮腫。とっさに、本来の死因を隠すために出たワードにしては具体的であり、嘘のようにも思えなかった。
けれども、脳浮腫は医学知識のない私が検索で調べた結果を読解する限り、直接的な死因であるようにも思えない。
脳浮腫とは脳に水分が溜まり脳が圧迫されている状態を指す言葉である。
それを死因として挙げるのは、やや話が飛んでいるように見える。
たとえば、交通事故で全身強打し、内臓破裂で死亡した、というのを、内臓破裂で死んだ、と 表現するような感覚である。
そう、私には、母親はとっさに嘘をつけなかったため、「脳浮腫に至るきっかけ」を伏せると いう形で娘を守ったのではないかと、そう感じた。
まだ何も知らない、違和感に気付いてもいない彼の横顔を見ながら、私は、彼女の今際の際に 想いを馳せて、うっとりとするのであった。
脳浮腫に至るきっかけでありなおかつFacebookの文や母の言葉にあるように急死に繋がるよう な死因はくも膜下出血などが挙げられる。
けれども、そうだとしたら、母親は病名を伏せる必要があるのだろうか? くも膜下出血で亡くなった、という話なら、伏せる必要なんて何もない。
だから、私は、もう一つの、限りなく低い可能性の方に賭けている。
脳浮腫は、多くは脳出血が原因で起きるものである。くも膜下出血などのように身体の内部か ら急にエラーを起こし脳浮腫に至る場合もある。だが外傷により脳出血が起きた結果でも脳浮腫はできる。
そして、私はふと思い出すのだ。
彼女は大学入学前からメンタルが不調になり、夏頃にはアルバイトすらもやめてしまうほどに 追い詰められていたということを。
そして、親が必死で隠す死因と言ったら、一つだろう。
もちろん七割は、私の願望なのであるが。
帰り道は雲も晴れ、傾いた日差しが強く、どこまでも世界は煌めいているような気になってし まうほどだった。
その煌めきの中に、彼も共にいる。
その事実もまた、光の儚さを強調するように感じられてまた私の中で歓びが増えていく。
だから、いいのだ。
彼の口から、今の彼女との結婚のプランの話が出てきたとしても。
彼女が白無垢を着たがって、お金がかかりそう、なんてのろけをされたって。
この世界の美しさの中では、何もかもが許せそうな、そんな気がしたのだ。
だから、その今の彼女の名前を、今回死んだ彼女の仮名に使うくらいのお茶目さは、私だって 許してくれてもいいだろう。
来年の今頃、彼は式を挙げる。
彼の姿が和服になるのかタキシードになるのかは知らないが、彼の最高の笑顔を私は目に焼き 付けることになるんだろう。
それは、恐ろしく悲しく、残酷なことのように思える。けれども私は耐えられる。あの女が、 もうこの世に居なく、そしてあの子は、幸せそうな彼の姿をもう見ることなんてできないのだ と、そう思うだけで痛みに耐えることができるような気がする。
そして、もうひとつ、彼女の死の瞬間を想像するだけで、心が昂り、苦を感じなくなるように 思えた。
彼女は、どのように死んだのだろう。
微妙な高さからコンクリートに叩きつけられるも、脳をぶちまけることなく、脳浮腫という形 で苦しんで死んだのだろうか?
それとも、首に索条痕を残し、その細い骨をパキャリと砕いて亡くなったのだろうか。
ただの私の願望である、 「自殺の上で付随して脳浮腫が出来た」という死因を想像しては、愉快な気持ちが止まらずに 居られない。
けれど、メンタルが追い詰められていた人が亡くなり、その死因を遺族がぼかすとしたら、自 殺しかないんじゃないだろうか。
首吊りや飛び降りなどの脳への外傷が出来そうな死に方をした上でなら、脳浮腫も出来るだろ う。
ああ、彼女は、世界に絶望しながら自分の手で命を落としていて欲しいな、と心からそう思 う。
今までの努力が全て無駄になった上、 彼からは彼女として見れないという烙印を押されたまま、絶望の最中で彼女には死んでいってもらえたらどんなに愉快だろう。
そんな想像をしては、私は笑みを浮かべる。
駅に着き、ひとしきりのろけを聴き終わったところで私たちは別れることにした。 白無垢のために頑張ってお金貯めなよ、なんて笑ってあげた。
「式の時は、俺の白ネクタイ貸してやるよ」と。
来年の今ごろ、私は、礼服姿に、彼が過去に使ったネクタイを纏い彼の人生最高の瞬間を見届 けることになりそうだ。
そう言い聞かせながらも、私は、結婚という幸せな人生を歩んでいく彼の姿を見なくて済む、 死んだあの子を少しだけ羨ましく思う。
死んだら死んだで、それもまた幸せなのかもしれないな、という感情も湧きでてしまい、私は 慌ててその思考に蓋をする。
やっぱりこの世は美しいが、生き地獄だ。
その生き地獄よりも下層の、死の世界へと消えていった彼女を蔑むことでしか、今の私は心を保てない。
この歓びや哀しみやそのほかの色々なものがないまぜになった心持ちに、何かの決着がつくの はまだまだ当分先のことなのだとは思う。
こんな恋愛、二度とできないし、もうしたくない。
まず描画領域にスティッキーするUI自体が嫌い。何を表示するかどうかは俺がスクロールでコントロールするんだから、お前が勝手に決めるんじゃァないよ。スマホだったら〜とも思うけど、メニュー使いたかったら普通に一番上までスクロールして押せばいいし、何ならスクロール量が大きくなるほどページにいらねー情報を詰め込むなってのが筋だろ。サイト作ってる奴らはアホばかりかよ。
そこに最悪のUI激ふとヘッダー君の登場です。お前のページは縦長の表示環境以外でも見ることができるって知ってるかな?最近のOSはウインドウの大きさを変えることができるので、ブラウザのウインドウは高さを変えられるってしってるかな?。
俺はだいたいブラウザのウインドウを横長にしてモニターの高さの半分以下にして横長く細い感じにして見ているんだけど、普通に画面の40%がヘッダーで覆われるクソデザインページとかあってマジでため息しか無い。利用者がどういう環境を使うかとか利用者に権利があるんだからお前が勝手に縦長環境を使っているんだろうとか、我のページを見るためにウインドウを縦長にしろとかそういった傲慢な態度でクソデザインページを強要するんじゃないよ。
ヘッダーが太いのはまぁページによってはいいと思うよ。トップページみたいに初見のときによく目にするけど、ふだんサイトを使う人はあんまり見ないページとかだったらいいし。当然スクロールに追跡して来なければそれこそ大した影響はない。スクロールしてウインドウ内にコンテンツを表示できれば全然問題ない。
しかしな激ふと追跡ヘッダーはマジであかんやつですよ。Googleがよくやってるけどおまえさブラウザメニューバーより太い追跡ヘッダーは人権侵害だよマジで。ブラウザの描画領域内の50%をヘッダーで覆うとかもマジで気が狂っとるとしか言えんからな。雑に仕事してるんじゃァないよ
だいたいね画像を一覧表示させるのってのはパット見の視認をするためのデザインだろうが、なんでパット見で全部表示されてねーんだよ。いらつくだろうが。しかもそういうサイトはJS切ってると画像が表示されないんだよ。画像みたいにコンテンツのクリティカル要素をだよフォールバックすらできねぇならこじゃれた自己満機能を使うじゃねーよカス野郎
やるなら描画領域に入る前にプリロードしとけやボケナスが、Googleマップはスクロールに備えて画面外の周辺マップ情報はプリロードしとるぞ。なにそんな技術力無いだと?じゃあ問題を撒き散らすような迷惑機能を背伸びして作るんじゃないよ
遅延読み込みするほどお前の画像はでかくもねーだろうが。でかいならそもそも画質を落とせ馬鹿野郎
最悪のUIのひとつだろう。ユーザーをエスパーか何かだと思ってるのか
もっと合ったような気がするけど、昔過ぎて最近は出会うことがないUI(ポップアップとか、送信と隣り合っているクリアボタンとか)が多いかも。Webは良くなってるのかな?
ここ数ヶ月にわたり30回くらいフィードバック(現象に遭遇するタイミング)で送ってるんだけど全然なおらない。
動画再生されないってのは下手すりゃ Firefox のバグの可能性もあるからしゃーないかなって気もするけど(だったらそう報告しろよ)、標準速度に勝手に変わるやつは普通にフラグ管理しくってるだけなんだからすぐになおせるだろ。お前らが好き好んでpolymerつかってるんだからそのChrome以外で速度がゲロ重くなる素晴らしいフレームワークを使いこなして世界一の動画サイトのしょーもないバグなおしてくれよぉ〜
君の名アベソーリー
それは血筋通り
いざ始まればひとり芝居だ
ずっとそこに居座って
それはいつも通り
慣れてしまえば悪くはないけど
続きはしないことを知った
アベに日本は取り戻せない
辛いけど否めない デモはやめ難いのさ
憲法に触れただけで まずいや 嫌だよ
甘いな いやいや
それじゃ僕にとってアベは何?
答えは分からない 分かりたくもないのさ
たったひとつ確かなことがあるとするのならば
「君は嫌いだ」
誰かが偉そうに
何ひとつとしてピンとこなくて
知らない国の設計みたいだ
いたって純な心で 放った矢をへし折られて
「好況だ」とか無責任に言えたらいいな
そう願っても虚しいのさ
増やした税の向こうにエンドライン
引き上げるたびに 呻きだす非正規には
そりゃ苦しいよな
税金はアベのお財布じゃない
辛いけど否めない でも桜見たいのさ
その紙に触れただけで まずいや いやでも
シュレッダァァーーァーー
それじゃ菅にとって反社は何?
答えは分からない 分かりたくもないのさ
たったひとつ確かなことがあるとするのならば
「君は嫌いだ」
それもこれもトランプの定めなら 悪くないよな
「とても嫌いだ」
OneTab
https://chrome.google.com/webstore/detail/onetab/chphlpgkkbolifaimnlloiipkdnihall?hl=ja
簡単に言えば、今開いているタブをまとめて保存してくれるというだけなのだが、ブックマークという概念が覆ってしまった。
これは「タブを保存した日時」と「同じ時に開いていた他のタブ」を同時に保存してくれる。
「このブックマークは何でブックマークしたんだっけ?」と思い出せなかったり。
とりあえずブックマークしたけど整理しきれず、もう見もしないけど消せないブックマークフォルダがたくさん……とか。
関連性があるので、大量に開いたタブを全部ブックマークしたいけど、ブックマークボタン全部押すの面倒、みたいなことも。
そういうブックマークにまつわる厄介は全部解消された。
ブラウザを閉じたくなったら、OneTabのボタンを1回押すだけ。それだけで今開いてるタブはすべて保存される。
次にブラウザを開いたら、OneTabのリストからボタン一発で全部復帰。あの時の作業をそのまま続けられるようになる。
個人的に衝撃だったから書く。昔の活動を知られたくない人、前世バレがリスクになる人は読んでほしい。
筆者とその知り合いの関係は、ネット上の友達。4年くらい同じゲームをやってた。
一緒にゲームをやる際に通話することもあり声は知っているが、顔は知らない。
昔は一緒にゲームで遊んでいたが、そのゲームをやめてからはTwitterだけの付き合い。そのTwitterも最近更新がなくなっていた。
先に書いておくが、正直に言って探すつもりなどはなかった。
ネット上だけの付き合いなんて疎遠になることがほとんどだと思う。少し寂しいと思うが、それだけ。
完全に繋がりが無くなり、生きているかすら分からなくなったある日、ただひとつだけ繋がりを思い出した。
それはソシャゲのフレンド。筆者がメインで遊んでいるソシャゲだが、知り合いはあんまり触っていなかった。無料ガチャのときだけログインするような、そんな程度。
ログインしていれば元気に生きているだろうなと思い、フレンド一覧を見てみた。だが、知り合いが使っていたニックネームは存在しなかった。
ちなみに、そのゲームは複数のキャラクターをサポート編成に登録できる。名前は違うが、以前登録していたキャラクターと完全に一致しているフレンドがいた。
名前をぐぐったら―― まあそういうこと。これだけなら確信に至らなかったが、興味本位でいろいろ調べたら同一人物と言える要因がいろいろ見つかった。箇条書きにする。
・VtuberのTwitterアカウントで公開していた別のソシャゲのIDが一致。
・多用していた特徴的な文章が一致。
5分ほどでこのくらい見つかった。隠す気なさそう。
それまでの関係を断ち切り、新しく活動を始める人は気をつけてほしい。
使っていたTwitterアカウントを削除したか? あんまりやっていないゲームでもフレンドを切ったか? 使う人が少ない特徴的な言葉をしゃべったりしていないか? 昔の活動がバレても平気か?
実際Twitterアカウントが消えていれば一致しているかどうかも調べられなかった。
最近、フェミニストの発言に反論するエントリーが目立つが、それよりも、こちらの方が大問題だと思う。
それは今年の8月から、少年ジャンプのiOSアプリが、16歳以下は使用できなくなってしまった事。
子供達が小遣いで購入した電子書籍の少年ジャンプ、コミックスが突然見ることができなくなってしまったのである。
子供達のマンガを取り上げる行為、まさに現代の悪書追放運動ではないか!
現状ではブラウザ版では見る事も可能らしいが、このレイティングを受け入れるのなら、ブラウザ版、さらには紙の本でも規制される可能性もあるだろう。
と思っていたのだがジャンプ+ https://shonenjumpplus.com を見たらエロ、エロ、エロ。
この規制に対するジャンプ編集者の考えも分からない。タビオカ乳首がその答えなのか?
1日目
家にいた。特に何も起きない。寝坊はよくするから寝坊だと思われてるかもとは考えてた。
昼になっても夕方になっても電話はならなかった。別にそれでいいけど、少し寂しい
2日目
家にいた。特に何も起きない。会社のメールチェックをしようと思ったけどやめた。
3日目
ぶらり途中下車の旅がしたいと思って宇都宮線に乗った。特に降りたい駅はなかったし、
おりたところには何もなかった。家に帰った
4日目
家にいた。電話が鳴った。その一時間後にピンポーンって音が5回くらいした。無視。
ラインを見たら「どうした? 大丈夫?」ってきてた。なぜか嬉しくなった。
5日目
新幹線の切符を買って南下した。関東から乗って中国地方で降りたんだけど寒かった。
まあ、南ってほど南じゃないから仕方がない。ホテルを取るのは面倒だったし、そもそも
電話は何回も鳴った。
今
ネットカフェでこれ書いてるけどくるところまできたなーって感じ。
不思議なのは社内ニートで仕事を与えられていなくて透明人間チックだった
俺がいないことに会社が気づいたこと。まあ、勤怠管理だけはしっかりしてるのか。
横にアカギが散らばってるが最後まで読む気がしない。鷲巣麻雀なげえ。。
もっと南下しようかな。もうどうでもいい。
『著作権侵害物写り込む「スクショ」はOK 文化庁が転換:朝日新聞デジタル』という記事に関するトップコメに
>画面に表示された時点でダウンロードが成立しているって言う根本の認識が無いので、いつまで経ってもピンぼけた制度にしかならない
というのがあった(https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASMCV6HZBMCVUCLV013.html)。
ダウンロード違法化の話が出るたびにこの手の誤解が散見されるので、ここらでそれを正しておきたい。
なお、筆者は法律は独学なので、細かいところで間違っているかもですが、その場合は誰かフォローをお願いします>丸投げ。
まず基本的な理解として、法律では「何をしたか?」だけでなく「どういう動機でやったか?」(=容疑者の心理状態)が問われる。
分かりやすい例は人を殺した場合だろう。「やつを殺す!」という動機(殺意)があれば殺人罪に問われるが、そうでなければ過失致死などになる。
もちろん、殺意があったかどうか=容疑者の心の中は当人以外は確かめようがないので、裁判において様々な外的証拠(例:「殺してやる」と常々発言していた)から殺意の有無を推察して刑が確定する。
これを踏まえた上で、さっきのトップコメの何が間違っているかというと、技術的にはウェブページの閲覧とダウンロードはたしかに(あまり)差がない。
しかし容疑者の心のなかでは単なる閲覧とダウンロードは全く異なった行為である。
したがってダウンロード違法化で罪に問われるのは、「ダウンロードしよう!」という意思を持ってデータを自分のPCに落とした場合のみである。
繰り返しになるが、意思の有無は容疑者当人しか確認できないので、裁判で外的証拠から意思の有無の推察が行われる。
例えば閲覧時にダウンロードボタンを押せば、ダウンロードの意思ありと判断される可能性が高まるし、ブラウザのキャッシュから「保存用」という名前のフォルダに画像を移せば、それもダウンロードの意思ありと判断される可能性が高まる。
このようにダウンロード違法化で罰せられるのは、ダウンロードする「意思」とその意志があった事を示す「証拠」があった場合だけである。単にウェブページを閲覧しただけでは、「意思」の「証拠」を確認できないので、罰せられることはない。
色々ツールとかあるし色んな所でやり方が紹介されているから余裕でできるだろーって思う人多いと思うし、自分もそう思ってたけど冷静に考えて無理。
開発側が望むこととしてはサイト全体での利用が対象だけど大抵のツールは各ページごとにしか評価しないので、ガバガバ。例えばChromeにもCSSカバレッジ図る機能あるけどさ、ページ単位でしか動かない。
仮にサイト全体をクロールするとしても、JSの機能とか、ユーザーのログイン状況とか、ユーザーのステータスとかで表示が切り替わったときに有効になる特殊なCSSとかもあるわけで、それを全部カバーするにはどれくらいの労力が必要なのかって考えただけで萎える罠
ツールによってはソースコードに出てくる文字すべてをCSSのセレクタ名になりえる値として評価するとかいう超保守的なアルゴリズムで動くのもあるみたいだけど、それはそれでやっぱり不要なCSS残りまくるんじゃねーのと思います。
そういうの嫌ってJSの中にCSSを書きましょうみたいな変な宗教じみなムーブメントもおきてるけど、それってもうCSSとしてどうなん?って感じする。気持ち悪いけどこれに対する反論を適切に言語化できないので、必要だよ!って押し切られたらきつい。てかもうそういうことするくらいなら全部style属性直書きで良いんじゃない?って感じもする。
CSSってそもあってもなくても別にいいわけで、だってそうでしょW3Mとかでページ見たら装飾全部ぶっ殺されるわけですし、最新のブラウザだってスタイルを切る機能あるわけで、本来CSSみたいなおまけ機能がこうも重要に使われるものじゃなかったんだよ。でも実際は重要です。これが現実。
使っていないCSSが気になる〜。って人はそもCSSをアホみたいに使いすぎてるだけだし、最初からカスケーディングの設計しっかりしとけよ!っていうこと以外言うこと無い気がする。
くらいで良いんじゃね?って思うけど、どうしてもカテゴリを横断して出現する統一されたパーツみたいなのが出てきて、そういうパーツのスタイルがサービス全体のベーススタイルに追加されていって、肥大化する。ってのをよく見かける感じです。
まぁ不要なCSSを消すには、CSS自体のボリュームを下げて、適切にカスケーディングして、CSSを管理する人がこまめにメンテナンスする。以外に無いよな〜って言うのが結論だけど、こういうことって割と常識というか暗黙的にみんな知ってるっぽい気がするけど、ググってもあんまり情報出てこないんだけど、お前ら本当はクソみたいなCSSに埋もれて動けなくなってたりしないの?
自分は別にCSSそんなに管理してないけど、たまに手を付けるとまじでゴミまみれで、CSS書くやつはちゃんと捨てるときのことも考えてCSS書けよゴミ屋敷の住人じゃないんだから、集めっぱなしで捨てないとかアホのやることだろまじで。っていう感じです。