「長老」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 長老とは

2017-05-19

円仁(えんにん、延暦13年(794年) - 貞観6年1月14日(864年2月24日))は、第3代天台座主。慈覚大師(じかくだいし)ともいう。 入唐八家(最澄空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人。下野国の生まれ出自壬生氏。

目次 [非表示]

1 円仁人物

2 遣唐使の渡海の困難

3 天台山を目指すが…

4 在唐新羅社会の助け

5 五台山巡礼

6 長安への求法

7 帰国の旅の苦難

8 関連文献

9 脚注

10 関連項目

11 外部リンク

円仁人物像[編集]

794年延暦13年)下野国都賀壬生町現在壬生寺)に豪族壬生氏(壬生君:毛野氏一族)の壬生首麻呂の子として生まれる。兄の秋主から儒学を勧められるが早くから仏教に心を寄せ、9歳で大慈寺に入って修行を始める。大慈寺の師・広智は鑑真の直弟子道忠の弟子であるが、道忠は早くから最澄理解者であって、多くの弟子最澄師事させている。

※生誕地については

美加保ノ関(藤岡町三鴨の都賀字館)

手洗窪(岩舟町下津原

壬生寺壬生町

などの説があり、順徳天皇撰による「八雲御抄」では、みかほの関、みかほノ山での誕生が記されている。

また、美加保乃関は万葉集歌人によって和歌も詠まれており

下つ毛野 みかもノ山の越奈良の須 目ぐはし頃は 多が家かもたむ

あずま路の 人に問はばや みかもなる 関にもかくや 花は匂うと

石ふまぬ 安蘇の川原に 行き暮れて みかほの関に 今日やとまら

下野や 安蘇の川原に 行きくれば みかもの崎に 宿をかりなん

この他、近くにある円仁ゆかりの安蘇の川原は、みかほの関を沼越しに眺める名所として多くの和歌が詠まれている。

安蘇山の麓に生まれたという説では、慈覚大師円仁の出生については「桓武天皇延暦13年、廣智菩薩大慈寺住職とき南方に紫雲がたなびき、尋ねていくと安蘇山麓現在の三毳山のふもと岩舟町下津原手洗窪)…下津原の手洗窪は「慈覚大師誕生の地」として栃木市史跡指定されている。

15歳のとき、唐より最澄帰国して比叡山延暦寺を開いたと聞くとすぐに比叡山に向かい最澄師事する。奈良仏教の反撃と真言密教興隆という二重の障壁の中で天台宗確立に立ち向かう師最澄に忠実に仕え、学問修行に専念して師から深く愛される。最澄が止観(法華経注釈書)を学ばせた弟子10人のうち、師の代講を任せられるようになったのは円仁ひとりであった。

814年(弘仁5年)、言試(国家試験)に合格、翌年得度出家)する(21歳)。816年(弘仁7年)、三戒壇の一つ東大寺で具足戒(小乗250戒)を受ける(23歳)。この年、師最澄東国巡遊に従って故郷下野を訪れる。最澄のこの旅行は、新しく立てた天台宗の法華一乗の教えを全国に広める為、全国に6箇所を選んでそこに宝塔を建て、一千部八千巻の法華経を置いて地方教化・国利安福の中心地としようとするものであった。817年(弘仁8年)3月6日大乗戒を教授師として諸弟子に授けるとともに自らも大乗戒を受ける。

性は円満にして温雅、眉の太い人であったと言われる。浄土宗開祖法然は、私淑する円仁の衣をまといながら亡くなったという。

遣唐使の渡海の困難[編集]

836年(承和2年)、1回目の渡航失敗、翌837年(承和3年)、2回目の渡航を試みたが失敗した。838年(承和5年)6月13日博多津を出港。『入唐求法巡礼行記』をこの日から記し始める。志賀島から揚州東梁豊村まで8日間で無事渡海する(しかし「四つの船」のうち1艘は遭難している)。円仁の乗った船は助かったものの、船のコントロールが利かず渚に乗り上げてしまい、円仁はずぶ濡れ、船は全壊するという形での上陸だった(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。

上陸である唐の開成4年7月2日日本の承和5年7月2日と日付が一致していた。唐と日本で同じ暦を使っているのだから当然ではあるが、異国でも日付が全く同じであることに改めて感動している(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。

天台山を目指すが…[編集]

最後遣唐使として唐に留学するが、もともと請益僧(入唐僧(唐への留学僧)のうち、短期のもの)であったため目指す天台山へは旅行許可下りず(短期の入唐僧のため日程的に無理と判断されたか)、空しく帰国せねばならない事態に陥った。唐への留住を唐皇帝に何度も願い出るが認められない。そこで円仁遣唐使一行と離れて危険を冒して不法在唐を決意する(外国人僧の滞在には唐皇帝勅許必要)。天台山にいた最澄の姿を童子(子供)の時に見ていたという若い天台僧敬文が、天台山からはるばる円仁を訪ねてきた。日本から高僧が揚州に来ているという情報を得て、懐かしく思って訪れて来たのだという。唐滞在中の円仁の世話を何かと見てくれるようになる。海州東海県で遣唐大使一行から離れ、一夜を過ごすも村人たちに不審な僧だと警戒され(中国語通じず、「自分新羅僧だ」と主張しているが新羅言葉でもないようだ、怪しい僧だ)、役所に突き出されてしまう。再び遣唐大使一行のところに連れ戻されてしまった(『行記』839年(開成4年)4月10日条)。

在唐新羅社会の助け[編集]

当時、中国山東半島沿岸一帯は張宝高をはじめとする多くの新羅人海商が活躍していたが、山東半島新羅人の港町・赤山浦の在唐新羅社会の助けを借りて唐残留成功不法在留者でありながら通行許可証を得る等)する。遣唐使一行から離れ、寄寓していた張宝設立の赤山法華院で聖林という新羅から天台山の代わりに五台山を紹介され、天台山はあきらめたが五台山という新たな目標を見出す。春を待って五台山までの約1270キロメートルを歩く(『行記』840年(開成5年)2月19日4月28日の58日間)。

五台山巡礼[編集]

840年、五台山巡礼する。標高3000mを超す最高峰の北台にも登山する(47歳)。五台山では、長老の志遠から「遠い国からよく来てくれた」と温かく迎えられる(『行記』840年(開成5年)4月28日条)。五台山を訪れた2人目の日本人だという(1人目は、最澄とともに入唐し、帰国せず五台山客死した霊仙三蔵)。法華経密教整合性に関する未解決問題など「未決三十条」の解答を得、日本にまだ伝来していなかった五台山所蔵の仏典37巻を書写する。また、南台の霧深い山中で「聖燈」(ブロッケン現象か。『行記』840年5月22日条、6月21日条、7月2日条)などの奇瑞を多数目撃し、文殊菩薩の示現に違いないと信仰を新たにする。

長安への求法[編集]

当時世界最大の都市にして最先端文化の発信地でもあった長安へ行くことを決意し、五台山から1100キロメートルを徒歩旅行する(53日間)。その際、大興善寺の元政和尚から灌頂を受け、金剛界大法を授き、青竜寺の義真からも灌頂を受け、胎蔵界・盧遮那経大法と蘇悉地大法を授く。また、金剛界曼荼羅長安絵師・王恵に代価6千文で描かせる。

台密にまだなかった念願の金剛界曼荼羅を得たこの晩、今は亡き最澄が夢に現れた。曼荼羅を手に取りながら涙ながらに大変喜んでくれた。円仁は師の最澄を拝しようとしたが、最澄はそれを制して逆に弟子円仁を深く拝したという(『行記』840年10月29日条)。描かせていた曼荼羅が完成する(『行記』840年(開成5年)12月22日条)。

しばらくして、唐朝帰国を百余度も願い出るが拒否される(会昌元年8月7日最初)が、その間入唐以来5年間余りを共に過して来た愛弟子・惟暁を失う(『行記』843年(会昌3年)7月25日条。享年32)。また、サンスクリット語を学び、仏典を多数書写した。長安を去る時には423部・合計559巻を持っていた(『入唐新求聖教目録』)。そして、842年(会昌2年)10月、会昌の廃仏に遭い、外国人僧の国外追放という予期せぬ形で、帰国が叶った(会昌5年2月)。

帰国の旅の苦難[編集]

当時の長安の情勢は、唐の衰退も相まって騒然としていた。治安悪化不審火も相次いでいた。その長安の街を夜半に発ったが(曼荼羅や膨大な経巻を無事に持ち帰るため)、夜にもかかわらず多くの長安住人の送別を受けた。送別人の多くは、唐高官の仏教徒李元佐のほか、僧侶及び円仁長安暮らしを支えた長安在留新羅人たちが主であった。餞けとして絹12丈(30m余)を贈ってくれた新羅人もいた(845年(会昌5年)5月15日)。歩くこと107日間、山東半島新羅人の町・赤山まで歩いて戻った[注 1]。

この際、新羅人の唐役人にして張宝高の部下の将・張詠が円仁のために唐政府の公金で帰国船を建造してくれたが、密告に遭い、この船では帰れなくなる。

円仁が無事生きている」という情報日本に伝わっていたらしく、比叡山から弟子の性海が円仁を迎えに唐にやってきて、師と再会を遂げる。楚州の新羅人約語(通訳のこと)劉慎言に帰国の便船探しを頼み(彼は新羅語・唐語・日本語を操れるトライリンガルであった)、彼の見つけた新羅商人金珍の貿易船に便乗して帰国する。円仁は劉慎言に沙金弐両と大坂腰帯を贈っている。朝鮮半島沿岸を進みながらの90日間の船旅であった。新羅船は小型だが高速で堅牢であることに驚いている。博多津に到着し、鴻臚館に入った(『行記』847年(承和14年)9月19日条)。日本政府円仁を無事連れ帰ってきた金珍ら新羅商人に十分に報酬を報いるように太政官符を発し、ここで9年6ヶ月に及んだ日記『入唐求法巡礼行記』(全4巻)の筆を擱いている(『行記』847年(承和14年)12月14日条)。54歳。

この9年6ヶ月に及ぶ求法の旅の間、書き綴った日記が『入唐求法巡礼行記』で、これは日本人による最初の本格的旅行記であり、時の皇帝、武宗による仏教弾圧である会昌の廃仏の様子を生々しく伝えるものとして歴史資料としても高く評価されている(エドウィン・ライシャワー研究により欧米でも知られるようになる)。巡礼行記によると円仁は一日約40kmを徒歩で移動していたという。

目黒不動として知られる瀧泉寺や、山形市にある立石寺松島瑞巌寺を開いたと言われる。慈覚大師円仁が開山したり再興したりしたと伝わる寺は関東に209寺、東北に331寺余あるとされ、浅草浅草寺もそのひとつ岩舟町観光協会HP)。このほか北海道にも存在する。

後に円仁派は山門派と称された。(円珍派は寺門派、両者は長期にわたり対立関係になった)。

2017-04-25

役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題

最近新聞でも目にするようになった「空き寺」「兼務寺院」「後継者不足」が問題として取り上げられているけど、こんなの実はそんなに問題なんじゃないんです。

最も問題なのは、「空き寺」には誰が住職の籍を置いていて、「兼務寺院」は誰が兼務しているのかということと、「後継者不足」なんて実はしていないってことなんです。

■3つの問題リンクしている

宗門大学や大きな寺にはアルバイト在家出身僧侶なんて多くいるのに、なんで「後継者がいない」なんて言えるんでしょうか。

この場合の「後継者がいない」という場合の多くは「自分たちの子がいない」という意味だと思っています

在家出身僧侶はたくさんいるけど、そういう人たちに後継者として寺を任せたくないのが本音なんです。

というのも前述のように「寺」は「家」で、僧侶財産になっているので血の繋がっていない知らない人に任せたくないんです。

何故こういうことが言えるかといえば、以下のようなケースが少なくないからです。

「寺なんてやりたくない」という子供が出ていった…バンドで食っていくとか、失敗したとき保険をかけて夢を追えるいい環境です。

から在家出身僧侶」を養子として迎えて後継者として書類を残します。

バンドで食っていけないし、もうまともな職も就けないと悟った30歳児が保険申請します、つまり「親父…俺が悪かった、俺…僧侶になるよ!」と寺に戻ってきます

住職は迎えた次期後継者に対して「養子縁組解消してください」…なんてはっきりと言わないで、寺に火を付けようとした、不真面目で浪費家だと言ったイジメによって追い出しにかかります

自分から出ていってくれないと書類を残している分、不利だからです。

しかし、折角掴んだチャンスを在家出身僧侶も安々と手放すこともなく、ほぼほぼ裁判沙汰になります

回りの寺は在家出身の者より昔からの付き合いで住職の味方に付くので、次期後継者環境的に出ていかざるを得なくなりますが。

こういう昼ドラ脚本家も恐れ慄くことが繰り広げられているケースは本当に少なくありません。

まり後継者不足」=「自分たちの血のつながりのある人がいない」という言葉に置き換えて問題がないと思います

繰り返しますが、在家出身僧侶は本当に多いですが、そういう人が幸せに寺に入るケースは極めて稀ですし、ましてや妻帯しないで寺に入るなんて、茅ヶ崎海岸ダイヤモンドを見るけるレベルの話です。

上述のような「子供がいる寺」は、なんとか後継者問題仏事ではなく民事的に解決します。

子供がいない寺の場合は、そもそも在家出身僧侶が呼ばれることはなく、親類の寺が兼務することになります

兼務なので常駐するわけではないので「空き寺」と呼ばれる状態になります

あくまで常駐していないだけで、書類上は住職がいます

さらに「空き寺」の寺宝(文化財という意識がない)を自分の寺に持ち帰って、本当に何もなくなる「廃寺」状態になります

室町時代仏画を自慢し始めたかと思えば「これ兼務してる寺のやつやけど、キレイでええやろ?」なんていうことが横行していまして、倫理が欠損しているのも大概なレベルです。

どんなに小さなお寺でもいいので、地方過疎地域のお寺でも、アイデアで乗り切ろうと考える若手僧侶存在します。

しかし「檀家」が10件でも、兼務寺院住職にとっては「固定資産檀家)」なので、そういう若手僧侶住職の話はほぼほぼありません。

おかしいですね。本山にとっては「空き寺」が問題のはずなんですけどね。

3ヵ寺を兼務していて「忙しい」という割には、絶対に1ヵ寺も若手や在家出身者に住職権を渡すことはありません。

これを執着と言わずしてなんと言ったらいいのか分かりません。

個人的日本仏教はもうダメな気がしています

それは何度も言われていることかもしれません。

言葉は悪いですが、団塊世代年功序列的にトップになってからカウントダウンが加速したように思います

権力偏重が激しく、「寺」が相続されるべき「財産」になっていて、正直悔しい思いが一杯です。

真面目じゃダメなんですよ。世の中も、お寺の世界も。資本がないとスタートラインにも建てないんですよ、世の中も、お寺の世界も。

僕のような丁稚の弱小者本山にとっては単なる搾取対象しかありません。

これが仏教なのかと、経典論書を読んでは枕を濡らす毎日です。

感傷に過ぎましたが、「空き寺」などの問題の根源は、世襲制に基づく寺の「私有財産化」にあると思っています

どうか社会的圧力が高まって、改革兆しが訪れんことを。

追記

極論に過ぎている部分があるので補足しておきます

もちろんイレギュラー本来的にはレギュラー)な場合も多くあります

そもそも「寺」は宗教法人法に則った「法人」なので、多くは代表役員(主に住職)と役員檀家総代等)で構成されます

イレギュラーケースとして、代表役員在家者を置き、従業員として僧を置く場合があります。これは伝統仏教では少ない形態です。

法人運営在家者が行い、仏事に関しては僧侶が行う、これで何か問題があるのか分かりません。

そもそも代表役員事務総理するのであって、僧侶聖職者である必要はなく、住職という名称代表役員イコールではありません。

思うに、会社法のように株主過半数取締役などを解任するなどの方法宗教法人法にはありません。

代表役員として不適格であれば、役員を寺から追い出すくらいの規則法律によって決まっていてもいいように思います

本来は宗団内でそれくらいの「律」があれば法律的に定める必要のない問題のない話なんですが、法律にそんなことが決まっていないという主張によって不祥事をしても代表役員に居座ることができるという算段です。

仮に法改正されれば、葬儀墓地の年間使用料などで私服を肥やしてばかりの代表役員を解任でき、少欲知足でやる気あふれる若手を迎えられる可能だって出てきます

在家の人も抑圧された僧侶なども多くの人が助かるwin-winになりそうな気がするんですけど、そもそもそれくらいの自浄作用を宗団が持っていないのが問題なんですよね。

仏法に明るく、自分をよく戒め、よく人に施し、人とともに悩み、人に慕われる僧侶住職門跡管長あるいは長老なんじゃないのか…。

知人の僧侶最近こんなことを言っていました。

現代僧侶間の不条理在家出家者との軋轢を解消できないのだから仏教は間違っているのかもしれない。

しか日本文化地下水脈のように育んできた仏教を疑うよりも、それにあぐらをかい運用している人こそを先ずは疑うべきではないのかと思い直したって。

2017-04-18

危険ストーカー妄想 長老@相思相愛スモッグトン ◆88v.Sh1urw

じゃが、わしらの2人だけの純情恋愛世界

昨日より今日、先月より今月、去年より今年、

増すだけじゃてな。お前さんには理解出来んじゃろうが、

お互いに強烈に惹かれあいながら、心で惹かれあいながらも、

結ばれるのに何年もってのはあるんじゃよ。じゃが、そういう

純情恋愛は、以後何十年も深いつながりの相手じゃて、

最初の何年なんてのは、後からは笑い話にもなるじゃろうて。

じゃが、2人出会ってからの長い月日、これは誰も超えられない、

真似のできないくらい、とてつもない財産でもあるんじゃ、恋愛のな。

例えば、今どんなに素晴らしい輩が、美少女の前にあらわれても、

わしらのこの年月は超えられない、そういうもんなんじゃ。

じゃて、わしゃあいつも口を酸っぱくして言ってるんじゃ、

純情恋愛は焦る必要はないとな、過ごした年月はとてつもない

愛の力になるんじゃとな。

投稿者名: 長老@相思相愛スモッグトン ◆88v.Sh1urw

年齢:   40~50代

相手:   20代女性店員

片想い歴: 8年

接触度合: 毎回レジに並ぶが、今まで一度も会話無し

2017-03-09

春の祭りに誰を呼ぶか

まれも育ちも高知でもさらにド田舎西部)で、実家が代々、商店をやっている。7年前から地元商工会青年部メンバーをやっているのだが、ここ数年、移住組が加わるようになってきた。飲食店経営者だったり、士業従事者だったり、いわゆるクリエイターだったり。何か催し物があるときは、積極的に「移住組の声」を取り入れる良い空気があると、自分でも思う。移住組がいない商工会長老部ともうまくやっている。

以前、青年部運営する春祭りで何をやるかを話し合った。ここ数年、決まって開催するのが、地元民が気づかない高知の良い所をゆかりある県外の人に聞くトークイベント。ぱっと見、セミナー

この春もやろうとなって、じゃあ誰を呼ぶかを話す。

移住組の中でも結構発言力のある士業従事者(関東出身)が、イケダハヤト氏はどうかと提案した。

士業の人はイケダ氏はネットではかなりの有名人と説くので、青年部メンバー合意。こんなところに書き込むくらいだからももちろん知っているし、悪評も見たことがあるけど、まぁ地元外の人がそこそこ来る祭りからアリかなと思った。

祭り青年部仕切りだけど、決定事項等の概要長老部に一応、報告するのが慣習。文句を付けられたことはほぼないと記憶する。

俺はその場にいなかったのだけど、青年部部長がこの人を呼びますとイケダ氏の顔写真を見せたら、長老連中がドン引きしたらしい。

で、イケダハヤト氏に話を聞くことはなしになった。

これを機に、青年部部長と士業従事者の間に小さな亀裂が生まれたような気がする。

2016-11-10

ウザい映画ファン撃退

http://anond.hatelabo.jp/20161110154057

映画見て感動したはいいが、何で感動したのか自分でもよく分からないってことはよくある。

宮崎駿作品なんかクソおもしろいけど実際めちゃくちゃ難解だし。

そこで「この気持ちを共有したい!」となると、増田が挙げている例のように「なんだか良くわからないが面白いから観ろ」みたいになってしまう。

これってお勧めじゃなくて命令なんだよね。だからウザい。

けれどもそういう輩に、映画面白さをきちんと説明できるように知識を持てと言っても、それは無理な話。

例えば『もののけ姫』がなぜ面白いかを理屈立てて説明しようとすると、①網野義彦の中世観・中尾佐助の自然観をアニメに採り入れたことで誰も見たことが無い世界観を作り出した、②根底にある(ⅰ)拝金主義批判(ジコ坊)、(ⅱ)どんなにつらい人生でも生きなければならない(らい病の長老・アシタカ)、(ⅲ)自然人間対立(たたら場と神々)というメッセージ普遍性、③従来のジブリヒロインにない野生味、等々にまで話が及んでしまう。

こうした理解をすべての人に要求するのは無理だろう。

から上記のようなウザい映画ファン撃退したいなら、自分の頭を良くするしかない。

映画の扱うテーマなんて限られてる。よくある名作映画ランキングの上位100本くらいを観れば、新しい映画を観ても、「ああこの話ね」というのが分かってくる。今は町山智弘さんや宇多丸さんやらが優しく解説してくれるし。

こういう物差しを持つと、映画を無遠慮に勧めてくる人が来ても、いくつか問いを発すれば「ああそういうテーマの話ね」というのが分かる。

いちいちムカムカしているより、こっちの方が建設的だろう。

2016-11-02

レンタルDVDネットフリックスがもたらす映像文化の衰退

未だにレンタルDVD借りてる人ってなんなの

http://anond.hatelabo.jp/20161101215841

レンタルDVDどころか、定期的に中古ビデオ屋に通っている。DVDにすらなっていない映像作品がいっぱいあるからだ。もっとハードコアな人だと、京橋フィルムセンターに通って、ビデオ化されていない映画を見ている。当然のことだが、そういうのはネットフリックスでは配信されていない。

フィルムビデオDVDネットフリックスと、どんどん作品は厳選されていく。そこで選ばれるのは収益が見込まれ大衆的な作品だけだ。少数に深く刺さるマニアックものは捨てられる。たくさんの映画が捨てられてきた。その中には、もし鑑賞していれば、あなた人生を変えるような映画も無数にあったはずだ。父親から手紙が何よりも泣けるように、一人ひとり、深く刺さるものは違う。その可能性が、たくさん捨てられてきた。

おそらく、ネットフリックスの次が出てきたとき映像文化荒野になっているだろう。そこにはディズニー新海誠しかない。宮﨑駿はストーリーが分かりづらいかNGゴジラ男の子しかウケないかNG黒澤明はセリフが聞き取りづらいかNG小津安二郎役者棒読みからNG。そうやって捨てられていって、1億人中1億人が「いいね!」と言うものけが残る。だけど、その「いいね!」はフェイスブックの「いいね!」と一緒で、表面的な共感しかない。深層に突き刺さるものは、少数にしかウケない。みんな感性がバラバラだから

そうやって表面的なものしか残らなくなった地球では、映画に深い感動を覚える人間をいない。1人もいない。誰もが「こんなもんだ」と……「上映時間分楽しめればいいや」と……その程度の感慨しか映画に持っていない。映画を見て人生が変わったり、苦痛から解放されたり、生きるエネルギーをもらったりすることはない。映画にそんな力があるなんて、誰も思っちゃいない。

でも、何かのきっかけで……好奇心旺盛な子どもが、友達たちとゴーストタウン探検しようと……みんなで遠出して「神保町」と呼ばれていた土地に行くかもしれない。そこには廃屋と化した「かつて中古ビデオ屋だったもの」がある。子どもたちはそこにある分厚く不格好な記録媒体に興味を持ち、これが何なのか調べようと、街一番の長老を尋ねる。

長老は「ああ、これはビデオというんだよ」って……ただ一つ残っているビデオデッキに……子どもたちが持ってきたビデオ差し込む。

長老再生ボタンを押すと、静かに映像が流れてきて……そうして、文字が映される……。

紀里谷和明監督作品

CASSHERN

初めて見る大衆的じゃない映像。僕たちが捨ててしまったもの子どもたちは驚くだろう。

2016-10-18

日本アフリカ化するか?

長い長い、永遠とも感じる不況により、日本は超少子化・超高齢化からさらなる東京一極集中が進みそうだ。

このままの状況だと、日本は緩やかにアフリカ化していくかもしれないと思っている。

まぁ、多分そうはならないとも思うが。

アフリカ問題点

アフリカ、と一緒くたに語ることはもちろんできないが、大雑把にアフリカ諸国問題を見てみよう。問題は複雑極まるが。なるべく単純化して。

1.アフリカ近代以前にまともな国家がなかった。あるいは植民地化によって政治リセットされた。これにより、国家の基本である、「国民の大多数を占める農民から税を取り、それを基本収入とする」という段階が存在しなかった。大雑把に言えば、「行政が全く行き届いていない状態」だった。

2.独立国家となった後の収入は、地下資源他国からの援助である。これが、「行政国民に行き届ける」必要性を失わせた。つまり、国に遍在する農業生業とする国民たちを無視しても何ら問題ない状態のまま、「国家」が成立してしまった。

3.国民の大部分は、生きようが死のうがどうでもいい存在である。税が取れないから。取ろうとしなかったから。取らなくても別にいから。取る苦労なんてゴメンだ。援助が降ってくるし、黙ってても地下資源が金を稼ぐ。

4.政府国民農業民)を守る意味が完全になくなった。むしろ邪魔存在となった。農業から上がってくる税金や作物は極小。むしろ税や作物を取り立てるコストのほうが馬鹿かい

5.こうして、行政の行き届かない地域軍閥跋扈する。応仁の乱以降の戦国時代と同じ状態地方の顔役、豪族長老行政の代わりに台頭してくる。そして、彼らはもちろん、鉱山などを制圧する。農業民は金を持ってないから。支配する意味がないから。

6.そして、虐殺が始まる。鉱山などを維持できるだけの人数がいれば、あとの人間無駄に飯を食うだけの邪魔者となる。「儲けるために人手が必要」なのでなく、「儲けるためには人間を削減しなければならない」から

7.こうして地方軍閥肥大化し、政府にそれを止めるインセンティブはなく(軍閥から上がりを受け取ればいいだけ)、国民は死に続ける。

これが大雑把なアフリカ問題

改善されてきている国や、最初からうまく行った国ももちろんある。しかし、多くのアフリカの国は、まさに今が戦国時代のどまんなかである。刀や弓でなく、AK47でやる戦国時代だ。

秀吉刀狩りは、軍閥解体しつつ農民必要性を大幅に上げ、「農民国家財政の柱である」と明確に打ち出したものすごく重要政策なのだが、あんまりこういう評価はされてないな。

このまま地方を殺し続けたら

ホットエントリなんかのブコメを見ていると、地方東京対立をよく目にする。まぁ以前からあったんだろうが。

お馴染みの野菜瞑想運動バカなんかは愚かにも「地方は切り捨てないとダメだ」なんて言ってるが、上記のアフリカの状況を見りゃ「地方無意味にすることの恐ろしさ」はわかるよな?こないだの新潟知事選自民党広告がひどい、と話題になったが(政府とのパイプを維持します、みたいな)、あれは一定の真理はあるんだぞ。まぁ俺は自民をことさら支持するわけじゃないし、あの文言ダメだろと思うが。

日本場合地方行政が行き届かなくなると、そこの領主軍閥となる。昔で言えば国司守護だな。現代はもちろん知事だ。まぁ現代日本では私兵は持てんから軍閥とは言わんだろうが。

地方政治の腐り具合」というのはすなわち、「地方軍閥度」だ。

行政地方を切り捨てたら、軍閥は必ずできる。そしてそこにいる人々は軍閥に期待する。せざるを得ない。生きるために。

から何としても政府は、地方行政を行き渡らせなければならない。これは国家義務であり、存在意義であり、生き残るために必要なことだ。

日本地方にまだまだ人が多いからな。

まぁ結論としては、地方を切り捨てると内乱が起き、一度起きたらそうそう止まらないぞということだよ。

当たり障りのない結論になったが。

2016-09-10

お前

もここの記法ではないのじゃぞ。

必ず諍いが降りかかるぞよ。

よろぴく。

By長老より

2016-09-08

宗教2世虐待サバイバーの元デリ嬢が格差社会を考える

ご飯はもらえた。身体的には過保護なほどだった。

でも、小さいこから、好きなこと何にもさせてもらえなかった。

お尻のあざが消えないうちにコードで叩かれた。中学まで続いた。

学校でも部活禁止校歌斉唱禁止お祭り由来の学校行事禁止。輸血禁止。週末は布教

高校生になるころには終わりが来ているから進路なんて考えなくていいって言われてた。

真面目に独自聖書使った洗脳教育受けてた。

でも、10歳のころに、教義が変わって、来るはずの終わりが来なくていいことになった。

結婚も推奨されてなかったから、結婚先延ばししたお姉ちゃんたち全滅。仕事も推奨されてなかったから、フリーターで鬱やニート乱発。

家庭的な人ばっかりだったのにもったいなーい!

でもね、そんな環境でも、環境自力で変えていった人いたのよね。大学進学も自力でしたり、資格取ったり、どんどんうまく逃げていった、軽やかに羽の生えている人いるわけですよ。

世界は終わるんだよ、学校一般人友達作ったところでその友達終わりが来たら全滅だよって教えて、生き残らなくていいやって罪悪感万歳になる宗教で、足ぬけしても廃人がいっぱいいるんだと思う。

もうね、宗教内の長老に半レイプされちゃって妊娠しちゃって、親から半殺しの目にあって親がむせび泣いて親が世間に顔向けできないって自殺未遂した環境で、相手かば必要ないのに言えなくて、日曜日ごとにあうのに言えなくって、黙って下ろしちゃって無力感高校中退した私、ほんと馬鹿なんですよ。

私なんてカスですよカス家出風俗やってお金稼いでニートして高認取って風俗やって専門学校行って定職について、結婚して子供に恵まれてやっとワーキングマザー! 人並!!

ビバ神! 人なみ!!(感涙)

税金払えてうれしい!! 社会保険カードが作れる身分うれしい!!

と思ってたら、もう今度パワハラ上司タゲられてドロップアウトですよ。2か所連続ってことは、なんかオーラでてるんでしょうね。あは、人なみって無理なのかな! そろそろ私も死のうかな!

でも、圧倒的なハンデあろうが、乙武さんのようになさることなせる人はなせるし、世間がうらやむ高学歴でも一歩も外に出れなくて女に目を合わせられない人いる。

その差はどこから来るんでしょうか。ほんと知りたい。。

平気で努力できる人がいる。

やっとわかってきたのね、人生責任が本人にしか取れないっていうの、時間容赦なく残酷に過ぎていくよってことなのね。

その時できることを淡々とできちゃう人、一番強いよね。、

腐ってちゃダメなんだけど、腐っちゃう。。。

だってさ、高校中退してブランクがある人間と、ちゃんと進学して新卒カード切れた人と、毎日毎日睡眠時間削って何かを積み上げて努力した人と、環境がどうだろうと積み上げられなかった人、差があるにきまってる。

モチベーションなくてもモチベーションを持てたら、もっと中学の時勉強してたら。高校を辞めなかったら。ずっと継続できるものを積み上げられたら‥‥‥。

30過ぎて何を積み上げられるんだろう‥‥

どうやって積み上げていけばいいかからない。ほんとうは勉強の仕方もわからない。無理やり暗記して資格取っただけ。

格差はたくさんあると思う。才能、容姿メンタル、体力、若さストレス耐性、継続して積み上げていく人生‥‥‥。

子育てして分かったけど、勉強習慣って2歳の本読みから始まるし、毎日ちゃんと習慣づければ子供自分から目をキラキラさせてやりたがる。

もう格差は始まってるんだと思う。

の子たちにこの社会の中で幸せに生きてほしいけど、お母さん今泥沼になっちゃった。。どうすればいいんだろう。お母さん、ちょっと疲れた

2016-09-05

メルトダウンと聞いて反射的にキノコガウン想像してしまった。

森の中、木々の切れ間。苔の生えた丸石に囲まれた小さな広場長老ドワーフが「ぬしこそまさに森の王者よ」と告げると、

そばに控えたドワーフ少女が色とりどりのキノコがびっしりと生えたガウンをしずしずと運んでくる。

少女に上目遣いでガウンの着用をすすめられたヒト種の青年は、彼にとってガウンというよりチョッキのようなサイズに戸惑いながら、キノコの毒の有無をしきりに気にしているようだ。

というシーンまで一気に意識が飛んで行って、フフっと口角が上がったところで、「何がおかしいの!?」と強い反原発思想を持った母親にキレられて現実に引き戻された。

頭の中で自動生成される景色あんなに穏やかで素敵なのに、何かの形で出力するには自分がポンコツすぎてがっかりだ。

あーもーさっさと寝て夢の中に行きたい。今日は海かな、森かな、山かな、空かな。

2016-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20160814214829

スマホゲー課金額とコンソールゲーとの対立煽り話」って

狭量でパターナリスティック人間を暴き出す格好の踏み絵だと思う。

そればかりか、

多様性理解してどんな趣味も(法に反さない限り)尊重できる理知的な人から

知的でかつそれぞれの良さを理解している長老的な人、

それぞれに造詣はあるもの自分の好みを正義として贔屓する俗物

許容を装いつつもその根拠が「他人に関知しない」なだけで、侮蔑の念を抱えてる残念人間

見下されやす趣味こそ擁護して「好き」を守りたい一心純粋な人、

経済とか業界とか外部的な要素から肯定否定を試みるズレた人、

多種多様人間が寄り集まってくるよね。

2016-07-11

左翼がしょぼすぎる理由

もともと左翼ってのは3種類のルートでなるものなんだよ。

まず、一番健全というか穏当なのが、ごく普通一般労働者収入などが低い人が、左翼的な言説を聞いたうえで「現在の苦しい生活から抜けられるのであればこの言説を支持しよう」って思うパターン選挙的に言えば、投票者。「だってお金もう少しほしいんご」って感じなので、ある意味一番罪がない。

二番目は、中途半端高学歴の人が現在社会絶望をこじらせて左翼にかぶれるパターン。昔でいえば学生運動だし、日教組系もそう。自分能力に(自意識過剰な)自信があるくせに、現在社会では(主に経済的に)報われてないと思ってこじらせている。単著もないのに社会批評とか政治系のブログとかを書いちゃってる人がまさにこのタイプ。要するにルサンチマンなので、どうしようもなくしょぼい。選挙的に言えば、(本来は)ボランティアスタッフとか青年候補者とか。

三番目は、現在資本主義的な社会で十分以上に成功を収めた末に、本人は経済的な充足を十分以上に確保して、余剰のお金を使うのならば左翼的活動――つまり貧困者の救済や差別撤廃文化振興に使おうと決意した人。昔でいうと篤志家と呼ばれた人たち。選挙的に言えば後援会会長や、熟練候補者とか。

しかし、日本において3は庶民から嫉妬で徹底的にたたかれる。寄付をしただけで偽善だと集中砲火を浴びるような社会なので、表に出ることが難しい。そもそも3の目的社会をよくすることなので、炎上処理とかがしたいわけではないのだ(2の目的承認欲求の充足なので、炎上を喜ぶ側面すらもまれにある)。

日本における左翼本丸共産党ですらおもに2を主力としているわけで、そりゃしょぼくて当たり前なのだ。2は当人たちが考えているほど能力も高くないわけで、当然実務能力も、政策立案能力もない。そんな能力があったら、現在社会でも十分に成功しててこじらせないですんでる。でも日本では2のまま理論武装と党内政治けが先鋭化して、なぜか長老なっちゃったり、意識の高い系芸能人傀儡として2の文脈に参加して政治家路線になったりする。

政治家リーダーなわけだから能力がある人の方が望ましい。しかし、日本左翼歴史的に「庶民のために」っていうのを護教的に叫びすぎて、本当に能力のある人、つまり現実社会で十分に成功している人を受け入れることができない。庶民庶民のためにっていう建前が壊れてしまうからだ。3を拒絶する構造なのだ。これが日本左翼がしょぼい原因。

ポルポト的な(非常に極端な)表現でいうならば、「優れているという特質は、優れているというだけで庶民側ではない証明なのだ」となる(ポルポトだったらこの時点で銃殺だが、日本は優しい国家なので嫉妬炎上派閥闘争フルボッコくらいで済む)。

2016-05-19

ズートピア』が描くグロテスクな"多様性"

 『ズートピア』はオーウェル小説動物農場』のディズニー流のアップデートである舞台こそ農場という本来動物がいるであろう場所から都市、街に移されて、動物たちの文明化もはるかに進んでいる。また、田舎と都会という多層的な背景を採用し、人間社会の複雑さがさらに反映され、戯画化されている。戯画化で思い出したが、古くから動物擬人化させて描かれた物語は数多くあり、日本でも代表的なのはその名の通り、『鳥獣戯画』であろう。その中でも『動物農場』がモチーフとされていると断定できるのは、こと権力の逆転が物語の節目として描かれているところだ。さらに、『動物農場』の結末が、「動物主義」という思想を掲げながら搾取的な社会構造が生み出されたのは、人間ほとんど見分けがつかない"2本足で立って歩く豚"であることを考えると、もはや『ズートピア』は『動物農場』の続編的な作品ではないのかと思えるほどだ。

 しかし、私が主に取り上げたいのは『ズートピア』と『動物農場』の相違そのものではない。『動物農場』のアップデートであるなら、そもそも『動物農場』という作品が生み出された背景がそうであったように、『ズートピア』もまた同様に"子供向け"に戯画化されたものではない、ということだ。つまり、ある一定ディズニー並びにハリウッド作品を観る際にどうしても想起してしまう"勧善懲悪"とも呼ばれる単純な力関係に留まる作品として論じてしまうのは、この作品が描いている(我々が住む"先進国"社会酷似した)社会形態のを、グロテスクものとして描いているという事実を見落としてしまう、ということだ。

 「グロテスク」が具体的にどういう性質を指してるかは後に詳しく取り上げるとして、まずは『動物農場』との相似を洗い出そう。『動物農場』では既存権力の持ち主である人間を打倒しようと農場内の長老である豚が呼びかけた後、その長老と同じ種である豚が主導となり人間の打倒と、権力の奪取を果たす。権力の逆転が描かれた後、そこからさらにその権力が腐敗し、かつての権力の持ち主と酷似していく様を描いている。『ズートピア』でも同様に、権力の持ち主である肉食獣を追放し、草食獣が権力を得る。しかし、その後の社会様相の腐敗として描かれるのは、『動物農場』のそれとは違うものである。この肉食獣が追放される背景は、砂川秀樹が「男色近代社会化以前には受容されていた」という言説に対する反論として、近代社会以前から否定的に捉える見方があったことを挙げ、それが近代化社会以降にゲイに対する「病理フレーム」が形成されたことの背景にあるという指摘していたケースと酷似している。すなわち、ズートピアという街にあてはめるなら、冒頭の子ども劇において近代化文明化というものを"進んだもの"とする言説が背景にあるからこそ、その言説が暗に導き出す"野生"というスティグマが、肉食獣という属性表象として充てられた、というわけだ。草食獣であり小動物であるジュデイが警察官を、肉食獣の子どもが税の査察官を目指すということを、それぞれの属性と"相反するもの"への志向(だからこそ"自由"や"可能性"の提示となる)として挙げられていること自体に、すでにこの世界形成する言説の中に、後に肉食獣が「病理フレーム」の中に収められることを暗示している。

 『ズートピア』と『動物農場』でそれぞれ権力の腐敗の在り方が違うのは、『ズートピア』が主題として据えているのは、差別が未だ存在する社会においての振る舞いであり、また、そうした社会対峙することの難しさであるからだ。だが一方で『動物農場』と共通しているのは、たとえ既存社会構造の不当な点を糾弾したものであったとしても、新たに権力に座する者が、特定属性を以てして社会的地位を不当に貶めたり、あるいはその逆に持ちあげたりすること。つまり権力立場にあるものが、いち個体が否応なしに複合的にまとうあらゆる属性の中から任意属性を持ち出したり、あるいは見出したりして、それを根拠権力側の良いように用いることそのもの社会の腐敗を招く、と指摘している点にある。こうしたケースは今日の"先進国"社会においても行われている。そのあらゆるケースの中でも、創業者であるウォルト・ディズニーが、かつて「赤狩り」と呼ばれたハリウッドにおける排除運動に加担していたという記憶を持つディズニーにとっては、なおのこと無縁ではないだろう。なぜなら、その赤狩りこそ、『動物農場』が受容されたのと同じ背景の中で起きた現象なのだから。つまり、『動物農場』が、"反スターリニズム、反ソ連"として受容された時代イデオロギーの中に回収された結果招いた、「赤狩り」という別の形での全体主義化を経た後の問題提起をする為、違った様相社会の変化を描く必要があったのだ。では、その必要はいったいどういう形のものなのか。

 まず、そもそものズートピア』(原題も"Zootopia")というタイトルから振り返ってみたい。誰もがその語感から動物園("Zoo")とユートピア("Utopia")を連想するこのタイトルと、それが充てられた都市の姿や本編内で取り上げられている問題とを照らし合わせると、この名前一種ミスリードを引き起こそうとしていることは誰の目にも明らかだろう。しかし、このユートピアに対するミスリードを行おう、という意図製作者側にあることを考えると、一方でユートピア思想のものを全く信じていないであろう、という可能性が高いものとして浮かび上がってくる。つまり、この作品世界はそもそも、主人公にとっての、あるいはそれに感情移入するであろう観客が考える様なユートピアを描こうという意図の下では成り立っていない、と考えることも決してできなくはない。では、それなら反対にディストピアを描こうとしていた、とするのもまた違うだろう。それこそオーウェルが『動物農場』の後に出したディストピア小説『1984年』で問題としているような、監視カメラシステムを駆使した管理社会は決してネガティヴものとしては描かれていないし、作中で市長と並び権力象徴として現れる警察だって最後にはジュディに味方する。ズートピアに張り巡らされている権力構造が、一様に悪しきもの還元されるものとして描かれていないところを見ると、『映画クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲』において大人たちが夢中になる昭和の街並みのように、ユートピアを模したディストピアを描いている、とするのものまた違う。では何を志向していたかといえば、ただひたすら身も蓋も無く、我々"先進国"における社会現在の姿を炙り出すことにこそ本作の力点がおかれていたのではないだろうか。

 オーウェルが『動物農場』で描いたようにユートピアへの志向がある種のディストピアを生み出し、また『1984年』でディストピアは一方で誰かにとってのユートピアであることを描いてきたこと、さらに言えば今までのディズニー作品ハリウッド作品が数多く生み出してきた作品へ寄せられた批判を鑑みれば、主人公ないし観客のユートピアを描くことで何かの可能性を見出そうとする、虚構作家なら誰もが夢見る境地との決別こそが、今のディズニーが走っている地点ではないか、とすら思える。だとするなら、管理化・全体化社会兆しとして表象される監視カメラとの関係、後半で肉食獣と草食獣とが分断されてしまったと言われる前から存在する、小動物と大型動物との"棲み分け"をあからさまに感じる都市デザインマジョリティマイノリティ形成マクロでいうところの都市デザインミクロでいうところの建築様式という、物理的な段階からすでに反映されている)、朝礼時には着席を強要しながら、大型動物に合わせて設計されてるが為に、ジュディが座ると署長の顔すら見えないサイズ感の机とイスが、ジュディが"認められた"後も変更は行われず、それどころかジュディとニックに同じイスを共有させること(1人分の席に2人が座らされているのである)や、かつてジュディに偏見しかいいようがない対応をしてきたことに対して何も悪びれもしなければ、むしろジュディに対して冗談を飛ばすほどの親密さを示してみせる警察署長の態度、そして何より権力に対して何も批判的な態度を持てそうにない警察という組織が持つホモソーシャル性格をあけすけもなく描いているのは、それらに対して作品内で明確な批判が行われないということの薄気味悪さも含めて呈示しているのではないか

 だとするなら、本作が「子供向け」であるが為に、権力に対して批判的な態度を伴っていない、とするのは、少々早計ではないだろうか。確かに、ディズニー子どもを含めた幅広い年齢層の支持によって成り立っている。しかし、その中には子供と呼ばれる低い年齢層の観客もいれば、それこそ子供の頃からディズニーに触れ続けた高齢の観客だっている。そうした状況の中で、こと任意の年齢層の観客だけ取り出し、それにのフォーカスをあてようとするのは、作品もつ性質を見誤ることに繋がるおそれがある。「子ども向け作品からしょうがない」とするのは、すでに子供の在り方を規定づけるものしかないのみでなく、未だ巨大資本によって子供たちが社会へ"馴致"されるべきだとすることへの別の形での肯定にも繋がる。しかし一方で、ディズニーが「子供向け作品」の地位に就いていることも、決して無視していいものではない。ならば、なぜディズニーはずっと「子供向け作品」であり続けたかを問わねばなるまい。結論から述べれば、それは「グロテスク」だからである

 これまで述べた「グロテスク」の定義は、マサキチトセが自身の論考のタイトルに用いた『排除忘却に支えられたグロテスク世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動欺瞞http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/23399 に依っているところが少なからずある。しかし、ここで取り上げたい「グロテスク」については、美術観点からのものである。どういうことかというと、ディズニーアニメ製作者としての名前を不動のものにしてからずっと追及してきたのは、デザインと動きの"かわいさ"である。"かわいい"とされるものは、その多くが直線的なイメージではなく、曲線的なイメージによって、硬質なものではなく、柔軟なイメージによって構成される。これらの美学根本を辿れば、動物植物をあしらった、古代ローマ美術様式の一つであるグロテスク様式に辿り着く。ツイッター上で「モフモフ」と公式アカウント形容された『ズートピア』を形成する美的様式は、根本からして「グロテスク」なものなのだ。この2つのグロテスク」がピタリと重なり合うのは言うまでもなく、主人公ジュディの造形や仕草であり、冒頭に警察を夢見る彼女暴行を働いたキツネギデオンウサギが(警察官を目指すに値しない)弱者たる徴として挙げた「鼻をヒクヒク」させる動きが、権力関係が決定的に転覆される場面の直前に配置されていることからもわかる。

 「かわいい」は弱者の徴である。それ故に、その「かわいい」を極めたディズニーは、今日アメリカ象徴し、公的権力からも寵愛を受ける地位を築き上げた。つまり、『ズートピア』は、その地位を利用しつつ、現在アメリカをはじめとする先進諸国社会形態の描く"多様性"の脆さと「グロテスク」さを描くことと、またそのヒントや問題は、明白に誰かに取り上げられているわけでなくとも、世界のいたるところにある、この2つを描くことを目論んでいたのではないだろうか。その一例として、コロンビア女性シンガーであるシャキーラ演じるポップスターガゼルモデルとなっている動物であるブラックバックは、オスにしか角が生えていないこと。つまりガゼルトランスジェンダーポップスターであるということが、作品内で明確に言及こそほとんどされていないが造形として現れていることから見ても、決して拭い去れるものではないと私は思う。

2016-05-12

スネークハンター

ここ数年、実家付近マムシの出没が増えているらしい。幸い、実際に誰かが噛まれたという被害はまだないそうだが。

ジョウレンやカマを装備したじーさんばーさんの咄嗟戦闘力と躊躇のなさは意外とすごい。いわんや草刈り機をや。

しかし、溝掃除ときなどには、以前は滅多に遭遇しなかったのに最近は毎回のようにマムシが出没するのだそうだ。

聞けば、長老たちは口をそろえて「タケさんが亡くなったからかねー」というのだという。

タケさんとは、山から村に農業用水をおろしてくる小川沿いに住んでいた老人だそうで、毎日川沿いを散歩するのが日課だったそうだ。

そしてその際、目ざとくマムシ発見しては二枚におろすというのを、もう一つのライフワークにしていたらしい。

幼いころ、一度だけ、犬の散歩中にタケさんらしき爺様が不意にしゃがんだかと思ったら、立ち上がるのと同時にマムシをカマで引き裂いているのを見たことがある。

その動きは一切の迷いを感じさせず、それはもう鮮やかの一言であった。でも犬にまだちょっと動いてるヘビ肉食わせようとするのは色々不安になるからやめてほしい。

私が連れていた犬が食べない(えらい)とみると、爺様は無造作に二枚におろされたヘビをあぜ道に放り出していた。恐らくあれはカラスかトビの晩飯になったのだろう。

シーズン中の雨が降った翌日なんかにはたくさん流されてくるらしく、日に20匹近いマムシ干物になったこともあるという。

想像するに、山から里へ蛇がやってくる大きなルートがその川および川沿いであったのだろうが、

そこを門番のように長年守り続けていたのがタケさんという存在だったのだろう。ゲートキーパータケ。

そのタケさんが数年前に亡くなって、当然ながら後継者も現れなかったため、

から川伝いに里へ流れてきたマムシたちは駆除されることなく里で繁殖し、村人の目につく機会が増えたのではないかということである

一人で自然と人のパランスに影響を与えるほどマムシを狩りまくる存在というのもなかなかイレギュラーな気はするが、

こうやって段々人の手から離れた部分が増えて、田舎自然に還っていくのであろうか、などと思わされた話だった。

2016-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20160215184607

そうやって減らしてって、最終的には10人ぐらいの長老が国を動かす訳ね。そいつらに権力金も集中して、支配階層の良いように国民が搾り取られる訳だ。

ずいぶん素敵な未来だね。

2016-01-29

17歳の時、頭痛が襲った。

小説家になろう投稿しました。 http://ncode.syosetu.com/n9361dp/

小さい頃、俺は神童と呼ばれていた。

言葉も早かったそうだし、稽古はいつも一番だった。

村のみんなからも一目置かれ、両親の誇りだった。

いずれは都に行って、立派になって、村のみんなを助けてやりたいと思っていた。

俺の人生が転落を始めたのは、14歳になった頃だ。

爺さんに連れられて山菜を採りに行った時、熊と鉢合わせた。

こういう場合、熊には決して背を向けず、ゆっくり後ずさりするのが鉄則だ。この村の人間なら誰でも知っている。

ところが俺は、恐怖のあまり何も考えられず、全速力で逃げ出したのだった。

熊は興奮し、全力で俺を追いかけてきた。

相撲でもかけっこでも村一番だった俺でも、山道で熊から逃げ切れるわけはない。

40歩ほど走ったところで、熊に追いつかれ、熊に叩き倒された俺は、今にも俺を殺そうとする熊の息を感じていた。もうダメだと思った。

熊が悲鳴をあげたのはその時だった。

熊の頬から熱い血が滴り落ち、俺の腕に当たった。その先に光っていたのは、爺ちゃんの草刈鎌だった。

「逃げろ!」

爺ちゃんの声。

そこから先は、よく覚えてない。思い出すのが嫌で、誰にも言わないようにしているうちに、本当に忘れてしまった。

わかっているのは、俺は生きて山から村に戻ってきたこと、爺ちゃんはそれ以来、帰っていないということだ。

俺は稽古いかなくなり、家から出ないようになった。

家の手伝いもせず、母ちゃんが作ってくれるご飯を食べる以外は、畳の上で天井を見上げていた。

村のみんなが俺を軽蔑している。

俺は爺ちゃんを見捨てた卑怯者だ。

母ちゃんや父ちゃん迷惑ばかりかける木偶の坊だ。

俺は何もできなかった。

17歳の時、頭痛が襲った。

頭皮がズキズキして、俺の頭の中から何かが出てくるようだった。

一週間後、痛みがなくなった。

さらに一週間後、あいかわらず天井を見上げていた俺は、頭の表面に硬いものを感じた。

手で触ってハッとした。

「角だ」

–––1000年前、この村を鬼の大群が襲った。

力にも数にも勝る鬼の大群に、村の戦士たちはなすすべもなく、たった2日間で長老降伏同意した。

村は10年に一度、鬼に生贄を捧げることと引き換えに、鬼は二度とこの村に攻め込まないという和平条約だった。

鬼に捧げる青年は、時が来ると頭から黒い角が生えてくる。鬼の一族の印だ–––

俺はこの話を、小さい頃によく爺さんから聞かされた。

祭りで担ぐ御輿の中には、生贄になる青年が入っている。

毎年春に担がれる御輿は、祭り最後に村のはずれにある社に備えることになっている。そうすると、10年に一度、社に備えた御輿は跡形もなくなくなり、次の年のための御輿作りが始まるのだ。

俺は、生贄になるのか?

翌朝、俺の角を見て母ちゃんは泣いていた。

こんなもの俺がとってやると、父ちゃんは言った。1000年も前の鬼との条約なんて知ったことか、と。

俺は考えさせて欲しいと言った。

4ヶ月が経った。夏になり、御輿の準備が整い始めた。

母ちゃんは毎晩のように泣き、父ちゃんは角をとってやると繰り返し言い、俺を説得しようとしていた。

「みんなの役に立ちたい」

父ちゃんと母ちゃんの前で、俺ははっきりそう言った。

「角は取らない。俺は生贄になる」

本心だった。

この3年間、俺は役立たずだった。死んだ方がマシだと思っていた。死ななかったのは、ただ勇気がなかったからだ。

御輿に乗って、10年後、鬼に取られる。そうすれば、俺はやっと、役立たずじゃなくなるんだ。

俺には他に何もない。

御輿に乗れば、村を守れる。

御輿に乗れば、みんなの役に立てる。

御輿に乗れば、俺は、俺に戻ることができる。

長老に、伝えてください。俺は乗ります、と」

2016-01-19

芸能界リストラ計画進行中

デフレの影響でもう高額ギャラ払えなくなってきて有名タレントリストラが進行している。


ネットに叩き記事載せる>ネット世論を盛り上げる>最後には締めでTVで叩き記事

これの繰り返し、これからネットで急に悪評が上がったらTV局がリストラをしようと考えてるとみていい。


タモリ

長老だけあって雰囲気を察知したのか早々に自ら身を引き、笑って良いともを終演させる。

引き際をわきまえてる当たりは賢者だと言える。


みのもんた

多少性格問題ありつつも、司会業のうまさで残ってきたが、引き際をわきまえずに

強引に続けた結果、身内の恥をリークされまくって追い落とされる形でリストラ


【紳介】

他人を貶す事でしか笑いを取れず、派閥を作る。個人的には以前から見ていて不快だった。

TV関係者への態度も想像できる。東京03への件が決定だとなりリストラ


さんま

恐らく高額ギャラのさんまリストラ候補に挙がってる。最近たびたびさんま批判記事

見かけるようになった。だが、裏表があんまりなくやましい事のないさんま

相当リストラしにくいんだと思う。リストラのためにはみのや紳介のように

こいつは止めさせるべきと言う世間同意を得るか、もしくはタモリのように止めてもらう

必要があるがさんまは叩いても埃が出ないし、しばらく止めるつもりはないだろうから

追い落としは難しい。工作して埃を作るしか無いと思われる。


【たけし】

たけしもさんま立ち位置は似ている。さんま同様にリストラは難しいが狙われている

と思われる。


ジャニーズ

おそらく今回の事件で本当にTVからリストラを計画されているのはジャニーズ事務所の方ではないだろうか。

今回の件で一番被害を被ったのはジャニーズキムタクである

ジャニーズ事務所キムタクは今回の件で権力を使ってタレントを従わせる嫌な奴らと言うイメージ

徹底的に行き渡ってしまった。今回の件でジェニー派のタレントが出てる番組は見たくないと言う人も増えている。

スマスマでは草彅の発言により国民ジャニーズに対する怒りはますます燃え上がってしまった。

SMAP事件の影響で相当ジャニーズに打撃が与えられると思われる。

恐らく4・5年以内にジャニーズで何か起こる。

2015-11-03

慈悲の瞑想効果

スマナサーラ長老は「個人的な悩みは慈悲の瞑想で(解決へ向かう)」と言っている。

http://thierrybuddhist.hatenablog.com/entry/2015/02/20/050000


本当にそうだろうか。私はこの2ヶ月たまたま暇を見つけては慈悲の瞑想をしていた。悩みを解決するというより瞑想のものに興味があったためだが、2ヶ月前と現在の状況を確認し、慈悲の瞑想実践をしていた私の個人的悩みが減っているのか増えているのか確認してみたい。

ただし私は仏教を信じており、書くにあたっては大きく私の主観が入るだろうことをあらかじめ言っておく。


2ヶ月前に悩んでいたこ

状況

私は24歳。2ヶ月前、私は無職で、仕事を探していたがなかなか決まらずに悩んでいた。無職であれば同居する家族も私のことを単なる穀潰ししかみない。喧嘩も絶えず、自分が情けないやら悲しいやらで辛いわ、それでも誰かに相談することもできないわで悩んでいた。

以下悩んでいたことを列挙する。

無職であること

・同居の家族とうまくいかないこと

・将来なにをすればいいのかわからないこと

お金がないこと(家族とうまくいってないのに家族に援助してもらうのが辛かった)

・なんでも話せるような友人がほしいこと


その他の悩み

・太ってきていること

・禿げつつあること

不細工

無能

性格悪い(怒りっぽい、嫉妬深い)

奨学金という名の借金

現在の状況

一ヶ月前に仕事が決まった。その手の経験がないと入社するのは難しい会社だったがたまたまプログラミング以外の点が評価されて採用された。ただ、いざ始めてみると意外にも私はプログラミングが得意だったようでトレーニングはいい結果を残し、今のところ上司評価してくれている。人間的にも優しい人ばかり在籍している。

以下解決あるいは改善した点

仕事が見つかった

・うまくいっていなかった家族とは別居することになった

自分が何をしたいか決まりつつある

お金は依然足りないが以前よりずっと良くなった

たまたま昔の友人と最近また連絡を取り合うようになった

不細工なのは変わらないが服装や髪型清潔感のあるものになった

性格は悪いままだが慈悲の瞑想を頻繁にするので怒りが長期間継続する事はなくなった。怒りを感じること自体も減った。

・相変わらず無能だが他人から評価されることで自身がつき、マナー接客的な自分の苦手な部分も多少できるようになった。


解決していない点

・やっぱり太ってきている

・やっぱり禿げつつある

不細工なのは変わらず

・友人と連絡を取り合うようになったけどもっと頻繁に話したい

嫉妬深さは変わらない(意識的嫉妬しないようにしてはいる)

奨学金という名の借金収入を得たので楽にはなった)


新たな悩み

・別の友人と喧嘩してしまった。

家族さら喧嘩しより仲が悪くなった。

引っ越しをしたのだが多少騒音がある。


総評

少なくとも私のここ2ヶ月で言えば悩みは大きく減っている。新たな悩みも以前のものと比べればそれほど深刻ではない。慈悲の瞑想のおかげであると断定的には言えないが私が直近の2ヶ月で慈悲の瞑想をしたことと同時期に悩みが大きく減ったのは事実である

2015-09-09

お前らはみんなエルフになった

明日から1000年の寿命だ。やがて子どもを産むが、みんな成長が遅くエルフの性欲からしてそれほど子供も増えない。

村の中枢機構は800歳くらいの、人間からして殆ど永遠とも言える寿命の老人が居座っており、体制を覆しようにも知識と組織力が上回っており覆せない。

やがてエルフ村は形骸化した運営理念で回されるようになるが、意味のない慣習にもゴールドが発生するために慣習を辞めることも出来ない。

そして何より若手エルフが慣習の末端作業を食い扶持にしているので、意味のない行動で意味のないゴールドが廻るというおかしな状況を作り出す。

若手も例外なく長寿を持て余しながら延々と暮らしているため、森で獣に襲われた後遺症を1000年単位で引きずるものまで現れる。

ところがエルフ治癒するのは魔法のみで、速い新陳代謝科学力を獲得した人間とは隔絶している。技術を欲しがらないのでドワーフとも仲が悪い。

そうこうするうちにエルフ村の向こう側に異形の煙突たちが立ち並び、沢山の丸い巨大鉄球やら鉄の船が覗くようになった。

その頃になると河川汚染が激しくなるも、エルフはまだ森から出てこない。

長老の決定でいつまでも形骸化した森警護を任されるエルフ若者は、この地域保護観察対象にされている、という情報を外世界から得るのだった。

不可抗力長生きによって屈辱に悶える若エルフ達は、末永く世界に恋い焦がれながら暮らしましたとさ。

2015-09-01

東芝粉飾の原因は「経団連地位に固執した」から

東芝問題、なんか「財界活動の為、黒字が必達になってしまい、粉飾に及んだ」という気がする。

 財界活動に拘らなければ、ここまで「チャレンジ」する必要がなかったのかも。

 財界活動とか、政府の各種審議会に入って、そんなに「メリット」があるのか?勲章を貰えるとか?

★(アナリストマスコミに冷たい)ファナックとかキーエンスなんかは「財界活動?何それ美味しいの?」な感じで、

 それでもしっかり利益を出している。

 そもそも財界活動に熱中してしまうと、本社東京に移さなきゃならない。

 逆にウシオ電機なんかは(中堅企業なのに)財界活動に嵌まってしまって、姫路から東京本社移してしまったのだろうか

★「財界人政府審議会に入ってご意見する」の元祖は「メザシの土光さん」なんだろうな。言うまでもなく東芝出身

 故人を批判したくないが、土光氏が「財界人政策に口出しする」のルーツになった。

 歴代東芝会長が、政府審議会常連になってるのは、土光さんの遺産

財界活動とか政府審議会とかに嵌まってしまうと、原稿書くスピーチライターとか事務局とかに、

 社内の人材(それもエリートクラス)を10単位で割かなきゃならない。

 住友化学米倉氏が経団連会長就任した際に、「住化に事務局スタッフ負担する能力が無かった」のが就任のネックになったらしい

 逆に言えば、東芝は常に「経団連スタッフ要員」を社内に抱えてる訳です。

 会長経団連役職政府審議会に入らなければ、彼らスタッフが「失業」してしま

サブカル論。

 東芝は「サザエさん」の単独スポンサーから降りたが、これが今回の事件の遠因な気がする。

 東芝サザエさん単独スポンサーを降りたのは、「我々はBtoB企業である、と内外に宣言する為」と聞いてるが、

 結果的消費者感覚市民感覚を忘れてしまい、経団連論理に染まってしまった

東芝長老財界活動とか政府審議会に出入りする理由が「勲章ゲット」のためなら、

 勲章制度のもの老害助長し、そして東京一極集中を加速させるんだな。

 昔の長老は、現役を退いたら、さっさと大磯等に移住していたのに、今の長老財界活動のために東京居座り続け、

 「地方創生」に反している。

2015-07-31

クリミナルマインドって海外ドラマ面白いよな

基本的に一話完結型だからさっぱりしてるし

脚本が凝ってるからのんびり楽しく観れ続けられるんだよ。

サイコキラーの心理分析チーム(FBIの行動分析課)を扱った題材だから

そういうのが嫌いな人は無理だけど、毎回毎回こうきたかっていう事件の幅があってあんま飽きない。

キャラクターが魅力的だから、暗い題材だけど、なんか見てられる。

・デビットロッシ(男)

こいつの前にギデオンっていう超しぶいやつがいたんだけど、こんな殺人ドラマにもう出とうない!

ってギデオン役者がやめちゃった後は、こいつがチームの長老ポジション

アラブ系の顔してるのが踊りだしそうですごく最初は戸惑ったけど、こいつと殺人犯心理戦は手に汗握る。

・デレクモーガン(男)

タフガイ。ドアを蹴破る役においては右に出るものはいない。

ただの脳筋野郎かと思いきや、意外と空気読めるし頭の回転も速いし情に熱い奴。

栄転させられそうにもなるし、一番出世するタイプ

アーロンホッチナー(男)

チームリーダー。いつもしぶい顔をしてるので、眉毛と目の間がすごく狭い。

冷静に仕事をするけど家ではよき父であり、よき旦那、だった。

途中の展開がヘビーすぎて、こいつ絶対立ち直れんでしょって思ったら

不死鳥の如くチームリーダーに舞い戻ってきた。ある意味一番タフガイ

・Drスペンサーリード(男)

イケメン天才という高スペック。このチームはこいつの頭脳大分依存してるんじゃねえのかって

くらいの知識の量や記憶分析力を持っているが、一番の若手で若干空気が読めないので、扱いが雑。

頭のおかし犯罪者から慕われたり、監禁されて薬中になりかけるという危険な目に合う不運な奴

エミリープレンティス

前任者も好きだったけど、こいつは性格がさっぱりしてて個人的に好き。

凄惨現場にいるのに「あらあら」ってな感じだ。基本的感情がこもってない

喋り方だが、意外と冷静に周囲に気を配れる縁の下の力持ち

・ジェニフアージャロ

とにかく可愛い美人。チームの花。気配りに長けているし可愛い仕事ができる。

出産をしてから子ども事件さらに敏感になり冷静な判断ができてない感は否めない。

ちょい役だったはずなのにその可愛さにあまりに人気がでてチームに加わったラッキーガール。

・ペネロープガルシア

天才ハッカーリード同様、チームはかなり彼女情報処理能力依存してる。

大阪のおばちゃん並にド派手でよく喋る明るい彼女だが、犯罪被害者のためのボランティアをこっそり

やるなど、かなり内面は繊細で思いやりに溢れている。髪色変えすぎて頭皮心配になる。


言い忘れましたが、吹き替え版で見てください。絶対だぞ!

2015-07-10

出涸らしと倒錯が人生を最悪にするのは現在長老もの悲惨さを見てても明らか

臭いことも我慢できない日本人は生きてはいけない。将来の悲惨さが目に見えている

かといってガキの暴動など社会破滅させるほど臭いのはだめだが

2015-07-03

俺は、自然社会で逃げられたショックから精神安定法を見出そうとして鬼になるんだよな。

昔は、自然社会の人は、老人の知恵、経験則として、そういう個体にショックを与えると

鬼になって災害をもたらすと教えられてきたので、腫れ物に触るように丁重に扱ってきたが、

長老が死んでくるとやはり自然法則からそういう個体が逃げられてしまい、またもや鬼が生じた。

2015-03-22

古いはてブを発掘するのがブームにならないかな

はてブ歴の長い人の2008年とかむか~しのブクマ見るとかなり面白い

ネット流行なんかがわかるし、ああ昔そんなことあったなあってなる。

あとはてな界隈流行なんかも、事情をよく知らなくても何となくふいんきでわかるw

今じゃ名前も見かけないidがいろんな騒動起こしたりしてたらしい、みたいなこととか。

このiidはすごく古参で、しかも昔っから相変わらず全然変わってなかったんだな、とか。

kanose氏は村長というポジションであるらしいけれど、

そろそろ長老にジョボチェンジして、語り部として後世にはてなの歴史を伝える義務があるのではないかw

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん