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はてなキーワード: 幽霊とは

2016-09-25

今はまだ愛がどんなものかもわからないなんて言えた10代のころが懐かしい

愛も幽霊都市伝説と同様実在しないものなのだと知らなかったあのころ

お前には存在しているのかもしれないが俺には愛は存在しないんだよ

お前が言ってることは俺にとっては幽霊実在するよ程度の意味しかないんだよ

2016-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20160919200036

夜な夜なかわいこちゃんの幽霊キンタマにぎにぎしてる話をもっと詳しく書いてくれ

少し真面目に日本IT技術畑が心配になってるけど手遅れなのかな?

とても狭い視野で生きているから教えて欲しいんだけど、日本独自開発したIT関係プラットフォームって世界基準になってるものって何かある?

なんだかんだとお世話になってるIT技術なんだけど、キンタマを握られてるようで不安で仕方がない。

たとえばニッチなところで言えばiBeaconを使ったO2OAppleがヘソ曲げたら全滅じゃね?

Androidアプリ開発してもGoogleがグズったら全滅じゃね?

MicrosoftPS3PS2ソフトが動かないみたいなことをWindowsでやったら真綿で首を絞められてタヒるだけじゃね?

Windowsが本気でブルースクリーンしまくれば銀行ATMも全部動かなくなっちゃわね?

Amadeusが予約するの面倒になっちゃったって言いだしたら日本の空輸が全滅するんじゃね?

Wikipedia寄付金まらいからってWikipediaを消したら論文書けなくなる学生ばっかりじゃね?

ほとんどその土台が全て渡来品なのに「日本技術力(どやぁ」って怖くね?

いや、気のせいならいいんだ。

最近キンタマが痛いのは、夜な夜なかわいこちゃんの幽霊がにぎにぎしてるからなんだね。

2016-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20160918204108

割のいいサービスだなって思うもの

そういう優良幽霊会員から収入で成り立ってることが意外と多いので持ちつ持たれつだと思ってる

http://anond.hatelabo.jp/20160918200504

世間一般幽霊と呼ばれているものは、死んだあとの残存思念がその実体なんですよ。

から、犬や猫の幽霊存在します。

脳の有無で別れると考えるとよいでしょう。

前々から幽霊はいる」と主張する人に聞きたかったこと

人間けが化けて出られるの?それとも犬とか猫とかの人間以外の幽霊はいるの?

ここで返答は枝分かれする。

人間だけしか幽霊にならない→

ホモ・サピエンスだけなの?それはホモ属だけってこと?それとも現世種であるホモ・サピエンス遺伝的に同質じゃないとだめなの?

例えばホモ・サピエンスに限りなく近いけど少しだけゲノムに違いがある種が確実にちょっと前にいたはずなんだけどそいつらは幽霊になれるの?なれないとしたらその僅かなゲノム差異が化けて出られるか出られないかの分かれ目っていう謎の話なの?

じゃあ現代人も個々人でゲノム差異があるわけだけどその差異はどうなの?横方向ゲノム差異問題なしで縦方向ゲノム差異だけ問題視するの?それとも「幽霊になれるゲノム」「なれないゲノム」があるの???

少しのゲノム差異があるだけなら化けられるなら、どんどんその少しの差異チンパンジーと枝分かれする700万年~600万年共通祖先まで辿れるわけだけどどこの段階でどういう理由で「こっから先のゲノム幽霊になれませーん」ってなるの?

ホモ属はオッケーでアウストラロピテクス属はだめなの?その属の分け方ってめっちゃ人間主幹だしどっかでホモ属ともアウストラロピテクス属ともいえない種がいたはずだけどそいつは化けて出られるの?出られないとしたらその前後遺伝子変異問題視するってことなの?どういう理由で?

チンパンジーから枝分かれした人類祖先までは化けて出られるとしたらその「共通祖先人類祖先」とのゲノム差異最初はめちゃくちゃ少なかったはずだけどなんでそこで別れるの?その少ない差異幽霊になれるかなれないかの分かれ目っていう馬鹿な話なの?その2種の差異はどう考えても人類祖先と今のホモ・サピエンス差異以上に少ないはずなんだけど?

もっと言うなら別にヒトの進化って一直線じゃなくて色々枝分かれしてるし同じ時代に生きてたりするんだけど、例えばネアンデルタール人とかフローレス人とかは幽霊になれるの?なれないの???

人間以外の幽霊もいる→

じゃあさ、例えば細菌幽霊もいるの?お前の腸内でいまもバカスカ死んでる大腸菌も化けてでてくんの?それとも細菌ドメイン古細菌ドメインはだめで真核生物ドメインだけなの?じゃあ菌類とか植物幽霊もいるの?ゴキブリ幽霊とかも?それとも猫や犬だけなの?それはどこで分けてんの?脊索動物門だけとか哺乳綱だけとかそういう話なの??脊髄の有無や乳房の有無で化けられるかどうか決めるの???

しかしたら脳の有無って分け方?でも脳って進化過程で細かく見てけば漸進的に作られてったはずだから「脳らしきもの」と「脳」との間があるはずだしこのふたつを分けてるのは人間勝手主観になるんだけどそこが分かれ目ってどういう理由なの???

それとも生命はすべて化けてでられるの?じゃあさウイルスはどうなの?ウイルス生命じゃないってのはめっちゃ人間主観的な分け方だからね?まさか細胞の有無で幽霊になれるかなれないかが決まるの?そんな生化学的な理由なの?なんで?

もっと言うならDNAとかRNAとかの自己複製子は幽霊になれないの?たんぱく質構造の有無とかい生化学的な理由幽霊になれるかなれないかが決まるの?んでさらに言うならDNAとかRNA構成する各ヌクレオチド幽霊に何でなれないの?ヌクレオチド構成要素である糖とかリン酸とか塩基とかはどうなの?チミンの幽霊とかシトシンの幽霊かいちゃだめなの?

ここまでのどこをどういう理由でお前は幽霊になれるかどうかを分けてるの???

2016-09-14

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ウキウキ浮世絵~!

ワタクシ!中山道広重美術館に行って参りましたわ。

動の葛飾北斎、静の歌川広重広重ですわ。



このたびは特別展絵師広重の歩み 前期」が開催されていて、

歌川広重の初期作品を多く拝見することができました。

(版画だから浮世絵の色はのっぺりしていてファミコングラフィックみたい。

和紙の材質にだいぶん助けられていますわ)

そう思っていたらグラデーションが!

思い返せば普通にグラデーションしている浮世絵をたくさん見ていましたけど、

意識していませんでしたわ。彫り師か摺り師の技術高すぎですわ。

魔法も使わずどうやってグラデーションさせます!?



小倉百人一首の題材にされている江戸時代の人物には、とんでもない人がいらっしゃって、

あの方々を持ち上げる江戸時代の人は現代人とは感覚が異なることを思い知りました。

八百屋のお七なんて、今ならひんしゅくを買いっぱなしになってしまうと思いますわ。

そういえばヨーロッパでも中世の人は犯罪者に同情的だったと、ものの本で読んだことがありますわ。

幽霊も調伏して通る伊賀局さまは見るからに強そうでした。

スカイツリーの地下で復活して現代レスリングトップの方とドリーム対決してほしいです。



説明から摺物と呼ばれる自費出版趣味に走った同人誌的なものがあったこと、

当時の「写真」が「作者の観察に基づくスケッチ」の意味だったことなどを学びました。

有名な東海道五拾三次も内19枚を拝見できました。

魚づくしシリーズには何故か鯖がありませんでした。鯖がありませんでした!



二階にある重ね刷り体験のコーナーがおもしろく、

夢中といいますかむきになって摺ってしまいました。

馬連を握ったのは中学生以来ですわ。

文字通りに「見当」がずれたり、下の段にある縁の部分を擦って変な線が表れたり大変でした。

最後輪郭線を摺るので、色の載った紙が一気に「作品」に変身するところが病みつきでした。



最後ミュージアムショップで復刻浮世絵嶋田池鯉鮒)を買ったのですが、

さないようにまとめたクリアファイルごと持って行くと

学芸員さんに「選んでください」と……

「同じ絵ではありませんの?」

「版が違えば微妙に違うんです」

そんな会話をかわして浮世絵が量産品であると同時に、

この世にひとつだけの存在でもあることが理解できました。

今後、中期・後期の展示があるそうですわ。

庶民の方には観覧料お高めですけど気になりますわ。庶民の方には観覧料お高めですけど

実は「はてな」って会社はもうなくて、

インターネットの海を彷徨幽霊サーバ上で運営されてて、

自分達が見ているこの増田も全部AIが書いたものなんじゃないかな。

2016-09-01

昇天した。

9/1付けで人間界から昇天したんだが、同時に「幽霊妖怪お化け」という重い十字架を背負わされた。

怨霊40人位に爆増。

え?脈拍?上がるわけないじゃん。

神様「ふふふ、オマエに新しい肩書をやろう。即身仏だ。こんだけの名誉なら葬儀代上げる必要ないよな?」

これが一部上場天国しか輪廻転生実態

来世はカマキリ(鎌



http://anond.hatelabo.jp/20160831235341

2016-08-21

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今回は少年ジャンプ+

読切祭とかやっていたので、それに絞って感想書いてみた。

追記:漫画タイトルが間違っているという指摘あったんで、修正しとく。

ハトネコ

読切祭の一つ目。

ふむ、キャラクターや設定にリアリティ説得力が欠けるが、嫌いではない。

コマ割や構図がイマイチなのと、後半のアッサリ感はいかんともしがたいが。

あくまで謎ということで終わらせたいのだろうけれども、その上で描けることはあったと思うんだけどなあ。

時代劇で例えるなら殺陣シーンにあたるわけで、最も盛り上がる場面なわけだから



こっち見て片山先生

読切祭の二つ目

主人公である片山を、しっかり魅力的に描こうという意欲がみえるね。

主人公信条が、言動正当性担保しているという構図はよろしいかと。

即物的ではあるが、これは実直かつ目に見えないものしか信じない主人公からこそ言葉の重みが違うってことに、感想書いているときに気づいた。

ただ主人公キャラをしっかり描きすぎた反動というか、幽霊キャラの設定はメタ的に見たときまり必然性を感じなかったかな。

幽霊キャラのためにページ数割いているのがやや蛇足気味に思えた。

私の持論で「メインキャラは加算ではなく、乗算が理想」というのがあって、この幽霊はメインキャラとしては加算でしかないんだよね。



CLOWN

読切祭の三つ目。

フリークス」とか知っている身からすれば、中々にセンセーショナルテーマだ。

……の割に別段語りたいことが出てこないのは、テーマによって紡がれる話や構成演出が大したことないからかな。

フリークス」然り、同サイトの「ファイアパンチ」然り、それらの賞賛批判が強くなるのは、作品バックボーンにそれだけ影響力を持っているからだと思っていて、その点この作品は平易だ。



VRリハビリ少女ちゃん

読切祭の四つ目。

うーん、あんまり響かないなあ。

設定、ストーリーキャラクターギャグ構成するネタの一つ一つが尊大ですらなくて、そのくせ唐突から、ただただ首を傾げるんだよね。

コマ割をもう少し工夫してくれれば、印象も多少変わったかもしれないけどなあ。

まるで4コマ漫画として書いていたのを、無理やり繋げたみたいな構成から、余計にそう思う。

奇抜というほどのアクもなく、正直なところ貶すほどのものでもないけれども、かといって褒める部分もほぼない。

「読切祭か、よし作品全部の感想を書いてやろう」という気持ちじゃなければ、感想を書こうとすら思えない内容だった。



マッチョグルメ

読切祭の五つ目。

マッチョ」という「グルメ」という組み合わせ、そして画力インパクトはそれだけで面白いが、逆に言えば面白かったのは「それだけ」だったともいえる。

まあ、一発ネタですなあ。



冬春の仕事

読切祭の六つ目。

英雄の武具の扱いが難しいので、それを指導する仕事というコンセプトが面白いね。

ただ、面白そうな設定に対して、そこまで盛り上がらなかったかなあ。

結局、やらせてることがほとんど呪文の唱え方ってのがガッカリポイントというか。

あと、ちょっとノリで押し切って欲しくなかった部分があるのも残念。



TELTEL 坊主

読切祭の七つ目。

間違い電話から、それぞれの思惑が交錯し、誤解が生まれコメディになるっていうパターンはありふれているけれども、まあ面白かったかと。

ただ、終盤それら物語がしっかり集約されないのが不完全燃焼感あるなあ。

噛み合っていないものが噛み合っているように見えるから面白いのであって、それが噛み合わないままだと話としては中途半端

例えば、誘拐犯は縁のない、あくま身代金目的で動く人物として描いてみる。

更には父親も終始登場させる。

子供誘拐犯、坊主父親といった登場人物たちが、それぞれ違う目的で動く部分を掘り下げて描写する。

勘違いした坊主が、誘拐犯ではなく子供父親電話して~とかいう展開も挟み、誤解が更なる誤解を生むスパイラルを~、とかだったら面白くなると思うのだが、些か願望入りすぎだろうか。

2016-08-16

http://anond.hatelabo.jp/20160816160045

本来会話の最終希望到達点って他者を介さないとできない自分という個体の外部的要因による改変なんだよね

自分ひとりじゃどうやっても答えが行き詰まる、そのための打開策が会話なんだから

なので自分論調が正しいかどうかが判明するという事実重要であって自分論調が合っている=自分が優れているわけではない

他者必要としない完全であるならばそもそも会話は必要ない

ホラーゲーム幽霊モンスターが会話できると分かったら途端に恐怖感がなくなるのも

畏敬の化け物ではなくて不完全で会話を求める迷い主であると露呈してしまうから

2016-08-02

祖父幽霊

おじいさんの葬式の時におじいさんの兄さんが来たが四国の端っこの方の人なので親戚全員が何十年かぶりの再会だった

おじいさんとそっくりでほぼ瓜二つの人だったので家の中の空気時間が一瞬完全に止まった

(出た!)、(出るの早すぎや!)、(これから葬式という時に出てどないすんねん!)という表情を皆がしていた

さすがにおばあさんはすぐに見分けがついたので「これはこれは遠い所から・・・」と挨拶して止まっていた時間が再び流れだした

2016-07-30

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今回はとなりのヤングジャンプ


社畜幽霊12

これ、今回は階段から突き落とそうとしたってことだよね。

今までは嫌がらせレベルだったけれども、とうとう殺しにかかってきたか

ただ、突き飛ばしがすり抜けて、そのまま幽霊社畜の体にひっかかったみたいな状態に。

事実上社畜が取り憑かれしまった形になってしまい、地縛霊が外に出てしまうと。

社畜は気の毒だが、話が広がってきたなあ。



きみ×××ることなかれ 第5話

隼人の言い分は、ある意味ではとても誠実なのだけれども、それに対してのプロデューサーらしき人からの答えは、「ファンに対する『愛してる』の信憑性が薄くなるから」と。

warpというアイドルグループ成熟しておらず、故にそのファンの多くも「愛してるよ。恋愛をしている彼女は君たちとは別にいるけどね」で納得できる状態ではない。

から、仮に恋愛をするとしても、今は絶対禁止、と。

まあ、一理あるのかもしれないけれども、この回答は世俗意識した話であって、滋郎はだったら彼女を選んでアイドルを辞めるという。

これに同調し、隼人もやめるだなんて言い出す。

そもそも隼人芸能界に入ったのは好きな人のためなのだから、そりゃあ恋愛禁止だってなんならそうせざるを得ないわな。

そして、4人中2人も抜けたら、もう続けるのは無理だとして解散の話に、というところで次回か。

メタ的にみて、多分このまま解散なんてことにはならないだろうけれど、これを存続するとなった場合、私の予想では陰鬱な展開にしかならなさそうで嫌だなあ。




竜と勇者配達人 第6話

今回は「技術の不足をファンタジーパワーで無理やり補ったらどうなるか」という話か。

で、それを魔法に頼ることになるから魔術師が大忙し。

いわば現実社畜みたいになるわけね。

需要のある属性を扱う術師になる人が増えて、結果買い叩かれやすくなったり、魔法よりも効率的機械が導入されて術師が食いっぱぐれるという描写も、現代社会意識している感じがするね。

結局、資本が人である以上、この問題ファンタジー世界でもありえる、ってことか。




陽だまりメモリーグラス

シンマンエントリーNo.3。

また、恋愛系か。

ただ、こっちはメイン二人の関係性と、それに合わせた描写がメインだね。

後に判明する新事実によって関係性が変わり、そこから紡がれる二面構成は興味深くはある。

読者に衝撃を与えるならば、新事実ネタバラシは早いという気もするが、その分語り手の苦悩などのドラマも丁寧に描けたから、一長一短だな。

ただ、そこに注力して描いた結果、二人がなぜ好きだと思っているのかを読者に追体験させる、いわばキャラクターを魅力的に描く部分が薄くなってしまったきらいがあるね。

このあたり、No.2の方と対照的ながら、オチが似てしまったのが皮肉というかなんというか。

恐らく、どう風呂敷を広げて畳むのか考えあぐねたんだろうな。

投票するかは……う~ん。

ここまで感想書いておいてナンだが、結論としてはNo.2と同じで、「面白い連載を描ける実力を見極めるための作品」としては、適切ではない気がするんだよね。



文句の付けようがないラブコメ 第22話

ここまで大言壮語タイトルってことは、よほど自信があるか、なにか仕掛けがあると踏んで私は読み続けている。

だが、22話にもなって、未だその期待に全く応えてくれていない。

話進まないなあ。

進まない上に、その中で描かれることがツマラナイってのがまた厳しい。

2016-07-29

心霊写真幽霊はなぜあんなにもサービス精神満載なのか

心霊写真ブームだったときテレビに出ていた心霊写真に現れた幽霊はかなりサービス精神満載だった。

カメラ目線だったりいい感じに苦しい表情だったり、何か訴えかけるような目線だったり、それは俳優女優の類だ。

その中でも一番印象に残ったのは店の宣伝用に撮った写真に写っていた幽霊だ。二枚同時に紹介されたのだが、どちらも同じ風景で赤い靄の場所が違っている。その二枚の写真をつなげると、なんと幽霊が苦しんでいる顔が現れたではないか霊能力者曰く「地獄の縁で苦しんでいる悪霊が苦しみを訴えている」と言っていた。2枚にまでわたって登場し、かつ2枚重ねるとうまいこと人の顔になると言う演出である

地獄の縁で苦しんでいるのになぜこの幽霊はこんなにも視聴者を楽しませる演出をしようとするのか。もっと苦しんでいる自分のことを考えればよいのに。もしやこれは日本人社蓄魂のようなものなのか、この幽霊サービス業にでも携わっていたのか。いずれにしてもこのようにサービス精神満載の幽霊地獄の縁で苦しんでいるというのはなんと救いようのない世界なのだ。どれだけブラック世界なのか。

最近幽霊写真サービスする必要性がなくなったらしく、心霊写真の類の番組はほぼなくなった。これはあの世ブラック企業が減ってきたということか。朗報である。とにかく心霊写真に出てきて我々を楽しませてきてくれた幽霊さんたちにはあの世で安らかにいてほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20160725201635

ここしばらく怖くなくなってたんだけど、最近弟が自殺してまためっちゃ死が怖くなってきた。

代わりに幽霊は全く怖くなくなった(弟の霊が出てこないのに他人の霊が出てくるわけがない)

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721014618

Huluだって料金だけ払ってろくに視聴しないでインフラリソースを食わない幽霊会員の収益を期待してるんだから

似たようなもんだろうが

結局コスパ意識が低いやつに割を食わせるなんてどこでもやってることだ

そんなこともわからいか子供もアホになるんだぞ

2016-06-30

エロゲにおける泣きゲー概観

エロゲには泣きゲーというジャンルがある。傾向として18禁要素は少なく、その必然性が薄いこともままあることから時にエロ不要論が主張されたり、あるいは泣きゲーエロゲではないと揶揄する人もいるジャンルである

しかし「一般に、泣いたあと人間は気分がよくなる」(ウィリアムフレイⅡ『涙―人はなぜ泣くのか』)。快楽を得ながら体液を体外に排出する行為エロと称するのであれば、その意味で泣きゲーエロゲの一ジャンルであることは間違いない。

泣きゲーはある日突然出現したものではなく、それはどうプレイヤーの涙を誘ったか技術の積層であり、様式の歴史である。個々の作品論は星の数ほど存在し語り尽くされてきたが、この歴史という点での言及は少ない。当時それは歴史ではなくリアルタイムだったのだから、当然といえば当然ではあるが。

2016年現在、エロゲ論壇は死に、泣きゲーが語られることも少なくなった。

だが、だからこそ、最初からぶっ通してやり直してみることでその変遷について、その後に何が継承されていったのかという点で俯瞰することが出来るのではないか。

ということでやり直したので、増田に書きなぐっておく。

1988~1996年

そもそもエロゲの目的は何かといえば、もちろんエロである。主役はエロCGであり、脇役に過ぎない物語の出来を評価する者などいなかった。

その様子が変わり始めるのは80年代後半、『リップスティックアドベンチャー』(フェアリーテール,1988/5)辺りからであるエロゲが一つの娯楽物語として成立することが示されたことでプレイヤーはその物語性に目を向け始め、脇役だった物語はSFやホラーなど様々な要素を取り入れていく。その一つが「感動」であった。

例として、早くも1991年の『ELLE』(elf)に対して「ホロリとした」という感想が存在する(小林義寛『ゲーマーエロと戯れるか』)。泣ける物語かというと微妙だが、今プレイしても確かに面白いSFエロゲであり、感動的要素が含まれていると言える作品である

人は感動すると涙腺が弛むことがある。逆に言えば、涙腺が弛む種類の感動がある。この点での先行研究として米沢嘉博の『マンガで読む「涙」構造』があるが、そこで昭和の泣ける少女マンガ少年マンガを分析した米沢は、女性は不幸における愛と感動の物語に泣き、男性友情、努力、勝利の感動に泣く、としている。

男性向けであるはずのエロゲはしかし、何を血迷ったか「不幸における愛と感動」を物語に取り込むことに成功する。

DESIRE』(C's ware,1994/7)、『EVE』(C's ware,1995/11)、更に『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(elf,1996/12)と傑作を連発した剣乃ゆきひろはいずれも物語の中核に少女の悲劇を配した。それは壮大かつ感動的な物語の帰結としての落涙をしばしば生み、その感想に「泣いた」というものが少なくない。

さらに『同級生2』(elf,1995/1)の桜子シナリオにおいていわゆる難病物がエロゲに導入される。それは当時十分に涙を誘うものであったとして、これが泣きゲー元祖だとする説も存在する(小林,前掲)。

努力・勝利の感動が無かったわけではない。例えば『闘神都市2』(ALICESOFT,1994/12)は自分の無力さが生んだ悲劇きっかけに、強くなるために精神をすり潰し、廃人になってでも最後の敵を倒す物語であり、高く評価された。……しかしそこにはやはり「悲劇」がつきまとっている。

「不幸における愛と感動」は、こうしてエロゲで広く受けいれられていく。

1997年

難病物は概ね、主人公ヒロインの仲が深まるにつれて病状が悪化する展開をとる。これを病気に限定せず、「不幸」に一般化したもの涼元悠一は「萌やし泣き」と呼ぶ(涼元悠一ノベルゲームシナリオ作成技法』)。ヒロインとの幸福日常をまず描いてから一気に雰囲気を暗転して二人の不幸な状況を綿密に描写、涙腺の緩んだプレイヤーに最後の一押しをするという、泣きゲーに慣れた人にはお馴染みのそれである

この萌やし泣きは、しかし突如エロゲに登場したわけではない。

前述の闘神都市2には、ごく短いが構造上萌やし泣きと解釈しうるイベントが存在する。同級生2桜子シナリオは難病物である以上もちろん萌やし泣きだが、その不幸描写は非常に短く、またオチが「主人公勘違い」というギャグである。それは手法としては古くから存在しており、変わってきたのは、それを物語上どの割合で展開するかという点であった。

1997年5月、それが一つの分水嶺を超える。『ToHeart』(Leaf)のHMX-12マルチシナリオは、萌やし泣きを1ルート全てを費やして実現した。

おそらくこれが(エロゲ上で)萌やし泣きの威力が十分に発揮された最初の例だろう。彼女の物語は感動的な場面をクライマックスに据え、それ以外の要素――ギャグも皮肉もセンス・オブ・ワンダーも滲ませること無く、ストレートに終わった。そのシンプルさに価値があったと言え、本作は多くのプレイヤーから「泣いた」と絶賛された。

そしてもう一つ、作り手の意思という点でも分水嶺を越えたものが登場する。『MOON.』(Tactics,1997/11)が「鬼畜サイコ涙腺弛まし系ADV」と自ら名乗ったことは、その後の歴史的意味でも強く象徴である。もし泣かすという意思で作られたもの泣きゲーと呼ぶならば、その明示という点で最初泣きゲーは本作と言うこともできるかもしれない。

MOON.は大量のエロシーンを擁し、エキセントリックな人物造形も無く、萌やし泣きでもない。後の作品よりも本作が泣けるし好きだという人もいるが、多くの人を確実に泣かせる威力に本作があと一歩不足したことは事実と思う。

はいエロゲはついに、プレイヤーを泣かすことを主目的とし始めたのである

1998年

ToHeartで泣かせる物語構造確立し、MOON.で泣かす意思が示され、そしてそれは『ONE』(Tactics,1998/5)において結実する。MOON.スタッフが作ったそのエロゲには、萌やし泣きが全ヒロインルートで導入された。

当時の多くのプレイヤーにとって、それは致死量だったと言っていいだろう。

本作はMOON.と変わって18禁要素は非常に薄く、無くても物語は成立する。物語は全ルートで感動と涙が目的に据えられ、それしかない。にも関わらずこれがプレイヤーの絶賛を浴びたことは、「泣かせること」がそれ単独ジャンルを成立させられることを示していた。

今やり直してみると甘い部分も多い。しかし『sense off』(otherwise,2000)、『それは舞い散る桜のように』(BasiL,2002)など、本作の影響下にありつつも秀逸な作品がのちにいくつも生まれたことを考えれば、その影響力と価値を軽んじられる者はいないだろう。

1999年

6月、MOON.を作りONEを作ったチームは独立してKeyと名乗り、『Kanon』をリリースする。これがどれだけの信者を獲得したかは言うまでもないだろう。

特に技術的な面でKanonはONEよりも洗練されている。OPとED、泣かせるための特殊演出などのソフトウェア面はもちろん、泣かすための専用BGMが用意された、という点も大きい。1997年の『アトラク=ナクア』(ALICESOFT,1997/12)は物語のクライマックス、その絶望的状況下で「Going On」が初めて静かに流れ出すことで異様な精神的高揚をプレイヤーに与えたが、これが事前に何度も使われていたら効果は半減していただろう。これと同様のアプローチKanonは泣かすという目的で採っている。

Kanonから3週間後に発売された『加奈』(D.O.,1999/6)もまた、この時代泣きゲー金字塔である。ONEやKanonが物語を中盤過ぎまでギャグで埋め尽くしたのに対し、加奈は10年以上に渡る兄妹の闘病生活を正面からシリアスに描いた難病物であるリアリティのある物語という点で「新しい」泣きゲーだったと言え、今なお評価は高い。

――一方で、ToHeartもONEもKanon加奈も、悪く言えばただのお涙頂戴であるハッピーエンドは奇跡や幸運によってのみ訪れ、主人公たちは運命に翻弄される無力な存在でしかない。こうしたお涙頂戴は今も昔も根強い人気を誇るが、一方で毛嫌いする人がいることも事実である

興味深いことに泣きゲーは、これらのお涙頂戴では泣けない人々をも泣かせようとするかのように、別の「泣かせる何か」の模索を少しずつ始めていく。

2000年

知名度も低く地味だが言及しておきたい良作として、1月に発売された『Lien』(PURPLE,2000/1)がある。不慮の事故幽霊になった主人公とその周囲の人々が残された2週間でその死に向き合い、改めて別れを告げる物語であり、主人公が生き返ることは無い。従ってお涙頂戴の文法に則っているが、しかしその最後において、彼らは前を向き、笑顔で別れを告げる。別れは悲しみしか生まないものではなく、人の強さを示すものでもあることをLienは描いていた。

そして9月、Keyのリリースした『AIR』は約束された勝利を遂げる。物語はもちろん難病物で、ヒロインは最後に死ぬ。その死を「ほとんどなんの意味もない」(東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』)とするならば、これは従来通りのお涙頂戴だろう。

しかし、彼女無意味に死んだことが悲しくてプレイヤーは泣いたのだろうか。

もちろんそういう人もいるだろう。だがかの有名な「ゴール」は、彼女が最後まで努力し、やりきったこと――笑顔幸福記憶を全うしたからこそ、泣いた人も少なからずいたと筆者は考える。最後の別れにおいて、彼女は必死で前を向いていた。

悲劇象徴としての別れの描き方と、それに対する姿勢は少しずつ変化を見せ始める。

2001年

ところで萌やし泣きの多くは幸福8割、不幸2割程度の文量配分で構成される(※数字は筆者の体感であり、根拠はない)。これを反転し、幸福を2割以下、不幸を8割以上にするとどうなるか。

鬱ゲである

MOON.もその一つだが、『DiaboLiQuE』(ALICESOFT,1998/5)や『銀色』(ねこねこソフト,2000/8)など、爆発的に売れることは無くとも鬱ゲーは途切れること無く続いてきた。特に銀色の執拗な鬱展開は秀逸であり、未だ根強くファンがいることも頷けるものである個人的にはDiaboLiQuEももっと評価されていいと思う)。

そして8月、幸福と不幸がほぼ半々、つまり鬱ゲーであり泣きゲーでもある『君が望む永遠』(age,2001/8)が発売される。

男女関係修羅場シリアスに描いたエロゲといえば『WHITE ALBUM』(Leaf,1998/5)が有名だが、そこでは主人公修羅場の矢面に立たされることはない。対して本作のメインシナリオでは主人公は徹底して矢面に立たされ、主人公が別れを切り出すことでのみ悲劇は終幕する。

誰を切り捨てるかは、プレイヤー選択肢が突き付けられることで行われる。だからこそ最後に彼らが再び笑い合える可能性が示されることはプレイヤーを安堵させ、涙を誘った。彼らは奇跡によってではなく、心の強さによって悲劇を克服する。

さらに11月、物語の殆どがギャグで占められ、物語の構造自体は従来の萌やし泣きの延長ながら、にも関わらず枠を踏み越えたものが登場する。『家族計画』(D.O.,2001/11)である

家族に捨てられた連中が偶然集まり、やむなく家族を偽装し、衝突しながら家族になっていき、崩壊し、再び家族になる様が描かれる作品である加奈やAIRでも家族愛は描かれたが、いずれも兄妹あるいは母娘の二者間に閉じている。対して家計は父母兄姉妹という集団の絆を描く。

襲いかかる不幸は彼らの手によって跳ね除けられる。プレイヤーはもはや誰かの不幸にではなく、茉莉がお兄さんになって下さいと訴え、準が最後にスプーンを咥え、その家族としての努力が実ったことに涙する。

なにより家計ではもはや誰一人死ぬことはない。君望もメインシナリオでは誰も死なない。誰かを失う悲しさだけが泣かせる手段ではない。悲劇に敢然と抗い、心の強さで打ち勝つだけでも人は泣くのである

2002年

……などと枠を広げ、新しい要素を貪欲に取り込むパイオニアばかりではない。泣きゲーというジャンルを充実させたのは既存の要素で構成された作品群である

例えば『flutter of birds』(シルキーズ,2001/2)は極めて基本に忠実な難病物だし、特定ルートで萌やし泣きを取り込んだ『みずいろ』(ねこねこソフト,2001/4)や『水夏』(CIRCUS,2001/7)、『グリーングリーン』(GROOVER,2001/10)はいずれも好評を博した。またDESIRE同様、悲劇シナリオの感動としての落涙であれば『腐り姫』(Liar Soft,2002/2)はこの年の作品では秀逸である

また、集団間の絆も広く扱われていく。

うたわれるもの』(Leaf,2002/4)ではSRPGというジャンル上の必然もあるだろうが、家族的な仲間との絆が描かれている。『世界ノ全テ』(たまソフト,2002/4)や『ロケットの夏』(TerraLunar,2002/10)は後半こそ二者間が主軸になるものの、いずれも部活を通して仲間と触れ合うことで主人公が成長し、仲間との絆を育むことで成立する物語である

2003年

ONEとKanonとAIRを足して3で割ったような『SNOW』(Studio Mebius,2003/1)、あるいは『てのひらを、たいように』(Clear,2003/1)では、困難に対する仲間の存在がより大きな価値を持つ。その最後は奇跡による解決はいえ、ヒロインのために仲間全員が努力し、足掻くことでハッピーエンドが訪れる様は「与えられたもの」というより「勝ち取ったもの」という印象が強い。

これらを「みんなは一人のために」とするならば、「一人はみんなのために」もまた登場する。『CROSS†CHANNEL』(FlyingShine,2003/9)である

ToHeart型のよくある学園物語に始まり、それが綱渡りの上で構築されたものであることが明かされ、ばらまかれた伏線が繋がっていく様は見事の一言に尽きる。と同時にそれは、心の壊れた主人公が何度も失敗しながらトラウマを乗り越え、仲間のために自己犠牲を重ね、それによって心を再構築していく物語である。その実に静謐な最後において、そこで彼が平穏と幸福を遂につかんだことに、タイトルの意味と、そして彼が勝ち得たものが明かされることにプレイヤーは涙を流す。

2004年

そして1月、『Fate/stay night』(TYPE-MOON)が発売される。絶望的状況下で静かに流れだす「エミヤ」はプレイヤー凶悪な興奮を与え、「強くなるために精神をすり潰し、廃人になってでも最後の敵を倒す」展開に涙を流した。

そこに「友情、努力、勝利の感動」があることを疑う者はいないだろう。


泣きゲーというとKanonやAIRがよく話題に出されるが、「泣いた」という感想がC†CやFateにも多く存在することは事実である。と同時に、いずれにも物語の重要位置に少女の悲劇と愛が配置されている。

そしてこれまで言及してきた「不幸における愛と感動」の泣きゲーに、努力や勝利が全く存在しないわけでもない。その努力が実ったかどうかの差はあれど、必死の行動があったことはどの作品でも紛れも無い事実である

としてみると、「泣いた」と感想を多く有する作品、すなわち泣きゲーには「不幸における愛と感動」と「友情、努力、勝利の感動」の要素が、両方含まれていると捉えても間違ってはいないだろう。そしてそうだとすれば両者は対立するものではなく、両立するものと言える。

そう捉えるならば泣きゲー歴史とは、時代によって、作品によって、この両者の配分を巡る歴史だった、ということもできるように思う。

2005年以降

いい加減読んでいる人も飽きただろうし2005年以降は割愛するが、一つ言及するなら不意打ちという手法が導入された点である

例えばいかにも安っぽいハーレムものとして始まりながらシリアスなSF展開を経て感動的最後を迎えたり、あるいは陰惨な陵辱物として始まりながら見事に綺麗な純愛物へと変貌したり、泣きゲーとしての姿勢最初は微塵も匂わせず、突如牙を剥くもの2005年以降に目立ち始める(いずれもタイトルは念のため伏せた)。

また泣けるイベントが用意されていても、それが作品としてのクライマックスと一致しないことが珍しくなくなる。中には語るべき物語は全て終わり、エピローグの最後の最後で油断しきったプレイヤーに猛然と襲いかかるものもある(いずれもタイトル以下略)。

昨今、泣きゲーが減ったと言われることがあり、実際、一見してわかりやす泣きゲーを現在はあまり見かけない。しかしプレイヤーを泣かせることが主目的化した時代を超えて、泣きゲーとしての技術や様式は再び物語を盛り上げるための一要素へと還元されていった、というのが現代の流れだとすれば、それは死につつあるのではなく、むしろ要素として広く普及し、遍在したことで目につきにくくなった、ということのようにも思えるのである

おわりに

リアルタイムにこれらを経験した人にしてみれば、有名作を並べただけでなんの面白みもない内容と思う。申し訳ない。が、今20歳前後若者にとってみればFateですら12年前の古典である。「泣きゲー元祖」がなぜ人によって違うのか。なぜ未だにはわわとかうぐぅとか言ってるヤツがいるのか。若者がそんなことを知っている方がおかしいし、それを知るために最初から全部やり直すなど正気の沙汰ではない。

かつて何が起きて、それが今にどうつながっているのか。粗く拙いまとめに過ぎないが、その理解一助として本稿に役立つところがあれば幸いである。加えて「そういや最近エロゲやってねぇなぁ。またちょっとやってみるか」と思うきっかけになれば、それに勝るものはない。

どうか、幸せエロゲライフを。

2016-06-29

てんかん患者自動車運転を患者立場から考える

私は側頭葉てんかんを25年間患っているイラストレーターです。

てんかん協会患者は、てんかん患者自動車運転の権利を訴えていますが、

私はてんかん患者自動車運転に反対の立場です。

Twitterなどでも言うべきなのでしょうが仕事用のアカウントしかないため、

匿名ブログで書かせて頂きました。



てんかんというと、泡を吹いて痙攣しながらひっくり返るようなイメージを持たれますが、

側頭葉てんかんの複雑部分発作、というのは

主に数秒から数十秒意識がなくなったりする発作が主です。

他にも、自動症など色々あります

自分は発作を起こしている自覚がなく、ずっと先生に「何も変わりはありません」

と言っていました。

親には、ぼーっとしているのは元からそういう性格だと思われており、

「うちの子脳波はまだ波が出てるけど、発作は4歳の頃に発覚した以降、一度も起こしたことがない」

認識していました。



私は小中学生時代に虐められていたため、挙動おかしさもよく指摘されていましたが、

彼らは自動症について言っているのではなく、ありもしないことを言って嫌がらせをしているんだと思い込んでいました。

嫌がらせの一貫だと思い込んでいたので、それはもう大変な被害妄想になり、他人の言うことは全て嘘だと思っていました。

しかし、大学生くらいの頃になって、信頼のおける友人に「君はよく一点を凝視していることがあるよね」

と言われました。

全く自覚がありませんでした。もしかしててんかん発作?」とその時はじめて思い至りました。

自分では気付けないため家族にも協力してもらい、自分の行動の内の不審な点を書き出してもらって、

病院先生のところに持って行くと、やっぱり発作かもしれないね、ということになりました。

また、てんかんとは全く関係ないだろうと勝手に思い込んでいた離人感や、知覚の歪み、幽霊っぽいものが見えるのも、

きちんと自分で調べてみると、関係がある可能性もあるようでした。



運転免許は、元々自動車ゲームがすごく苦手だったので、

現実の運転なんて怖いと思って取得していませんでしたが、

発作らしき行動を指摘される前に免許を取っていた可能性も全くなくはありません。

そうしたら、小学生の列に突っ込んで塀の中暮らしになっていたかもしれません。

だって、4歳の頃にてんかんが発覚していたのに

自分ではたった数秒意識を失ってぼーっとしていたり、自動症が出ていたなんて、大人になるまで気付けなかったのですから



私は、自動車自動ブレーキや運転機能もついていない限りは、

完治していないてんかん患者には絶対に運転して欲しくありません。

てんかん患者事故を起こせば、偏見が深まります

てんかん患者としては大迷惑です。

気軽に運転しないで下さい。自動車がないと不便な田舎暮らしだったとしても、万が一の迷惑を被るのは他人です。

また、本人がてんかんだと申告しているのに、

こんな短時間で発作なんか起きないだろう、ちょっとぐらいやらせても大丈夫だろう、

お前が運転しなければ困るんだと、仕事で運転させるようなことも絶対にさせないで下さい。


わたしは、てんかん患者の人が安心して運転出来るように、

自動車には基本的自動ブレーキや運転機能が搭載されるようになって欲しいです。

飲酒や変な薬、普通の居眠りで暴走する人だっているので、

全ての自動車義務づけて欲しいです。



このブログは、てんかん患者や、一般人の方々、なるべくたくさんの人たちに読んで欲しいなと思うので、

拡散して欲しいと思います

よろしくお願い致します。



追記

「服薬の有無書いてないので未治療のヒト?」というコメントに気付いたので、回答致します。

薬は小さなからテグレトールのみを処方されており、

今は、医師にきちんと症状を報告して、諸症状はてんかんの発作だねということになっており、

薬の量も調整されました。

が、私は今までが無自覚だったので、本当に大丈夫なのかなといつも怖いと思っています

(もし子供の頃に誰かが気付いてくれれば、口をモグモグさせたりする発作の挙動気持ち悪いと馬鹿にされたりして苦しまないですんだのかな…)

他のてんかんについてはあまり知らないので何とも言えないところも確かにありますが、

側頭葉てんかんの複雑部分発作に関しては、脳波以外は誰かが気付かなければ本当に自己申告しかないので、

本人が気付かなければ医者も気付かないし、

私のように「発作なし」と診断をされていた患者はたくさんいると思っています

医療関係の方には、この事実を重く受け止めて欲しいと思っています

2016-06-25

貞子vs 伽椰子を観ました(超ネタバレ

ネタバレでーす

2016-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20160616112840

人事を尽くして天命を待つ、を言い方変えただけなんだ。

人間、あの時こうしていれたら、こうしていれば、もっと頑張っていれば。

そういう思いが残ると自責と後悔という負の遺産が残る。

けど自分限界まで能力を発揮して後から考えても当時できるだけのことをやったのなら、

意外にも失敗しても後悔せずにアッサリしたもんなんだよ。

 

頑張っても優勝できなくてそれでも終わった後に笑ってる人たちは

自分限界を知っていてそれを実践して、それでも届かなかったから悔いがない。

からスッキリと結果だけを受け止めて笑える。

決して強がりじゃなくて曇りが無くなったか安心、安堵している。

自分でできる限りのことやって駄目なら、それはもう誰にもどうしようもなかったことなんだ。

成功できる1%確率も無かったんだから、諦める、それを受け止める準備もできる。

 

「もしかしたらできていたかもしれない」

この懸念を消すためにみんな必死になる。

この幽霊は一生自分を苦しめるから

2016-06-14

気配を断つのが上手すぎて怖いって言われて哀しい

会社上司たちが目の前で俺が聞いちゃいけなさそうな会社機密情報を話そうとしてたので、

「あの、私席はずしましょうか?」と声をかけたら、「うわぁいたの!?からの「増田くん気配断つのが上手すぎて怖いわー」と言われてしまった。

言い方的にも冗談半分ではあるだろうけど、好きで影が薄いんじゃないわい!とちょっとしかったので愚痴ってみる。



もともと1対1なら普通だけど、4,5人集まると途端に影が薄くなる。

からその時盛り上がった話とかをしたときに「あれ、お前あの時いたっけ?」とか言われるタイプだ。

「いたよ」と主張すると、大抵しばらく考えて「あーあーあーあー!いたわ!いた!いないとおかしい!」とか言われるが、

その盛り上がった話題最初に場に提供したのも、途中でいい感じに話題を連結させて盛り上げたのも俺だよ?と思ったりして寂しい思いをする。

会議でいいアイデアを出したのが他人の手柄になりかけたこともあった。



友人や恋人から教師、親、同僚、上司取引先、店の常連さんまで、いろんな人から似たようなことを言われるので、

何人かに聞いてみたことがあるが、どうも場面を思い出した時の映像にいないか、背景に溶け込んでいて見つけられないらしい。

でも、いないとエピソード齟齬が生じる程度にはやり取りに参加しているので、最初は別の人の発言かと思うのだけど、

よーく出来事を思い出していくと、壁のシミとか風景の一部だと思っていたところに急に出現して発言する感じで記憶の中に現れて、また消えていくそうだ。

それも大体が確信を持って俺だとわかるわけではなくて、状況証拠的におそらくここに当てはまる人物は増田だろう、みたいな感じらしい。

まったくもってひどい話である



人混みで合流しようとして、こちらから相手確認できているのに相手からはこちらが全然見つけられないのは最早いつものことだし、

増田は?」「あれ、さっきまでそこにいたんだけど」とかもよく言われる。まだ3m圏内にいますよ。

車の後部座席に座ってたら「アレ?増田乗ってる?ヤベェ置いてきちゃった!」と言われたこともある。

「いや、いるよ」って言ったら運転してたやつが事故りそうな勢いでびっくりしてた。幽霊かっつーの。

子供のころはケイドロ中に警備の間をするっと通って特に走ることもなく囚人解放するのが得意だったけど、捕まってる仲間も接近に気付かなくて、タッチしたとき本気でビビられたりしてこっちもヒャンってなる。

小学生の時に、びっくりしすぎた女子が漏らしてしまって号泣して、一時期ケイドロ禁止になった。

子供残酷なので、終わりの会で急遽始まった再発防止策会議女子が言い出した、「増田くんをケイドロに参加させない」が支持されて先生が慌てて止めるというおまけつき。



これまでにも何度か原因を自分なりに考えてみたりしたけど、イマイチよくわからない。

見た目のモブ度が高すぎるということなのか?と思って、高校生のころに頑張ってちょっと奇抜な服を着てみたこともあるけど、

後日「あの時妙な恰好してきてたのお前だよな?」と別の友人が疑われていたのでその方向で頑張るのは早々にやめた。

別にずっと下向いてるわけでも、隅っこでうずくまってるわけでも、目を合わせないわけでもないし、発言しないわけでもない。

あー、でも、多人数だと自分がぐいぐい行くというよりは、場の空気が盛り上がってうまく回るように薪をくべたりするような意図発言が多いかも?

なんにせよ存在感が薄いってことだとは思うのだが、生き物としてオーラとか発してる圧力みたいなものが弱いのかなー?だの、

すぐ見失われるのは、視線意識死角みたいな位置が落ち着くとかで、自然とそこに収まってるのかな?くらいしか思いつかなかった。



まあ、悪いことばかりでもなくて、

席や出席番号で機械的に当てていく先生にはあてられるけど、見回して雰囲気指名する先生には一年間まったくあてられないこともあった。

多分普通なら見つかって叱られるようなことをスルーされて、お目こぼし状態になってるようなこともあると思う。

テーマパーク繁華街デートに行くと「100%見失うから手を繋いでほしい」って言ってもらえるのも嬉しい。

それでも毎回3,4回は軽くはぐれるのだけれど。



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追記:

すげーブクマついて目立ってる、やったね。慣れてないから気恥ずかしいけど。

会ったことないけど似たような人いっぱいいるだろ(共感くれよ)と思って書いた部分があったので、チラホラいて嬉しい。

仮に実際にニアミスしてもお互い気付かないだろうからネット越しで存在確認ができるのはとても良い。

自動ドアエレベーター、あと「いらっしゃいませ」してくれないATMと、消えたら二度とつかないトイレセンサーライトは我々の敵です。

コンビニの前でセンサーに向かって手を挙げながらぴょんぴょん跳ねたりとか日常茶飯事。ふと動いたとき実家の猫がびっくりして跳ねるのもよく見ます



ブコメにあった、空気読みすぎとか、会話のキャッチボールしてないのでは?とかはちょっとドキっとした。

確かに、会話のキャッチボールをしてる人たちが取りこぼしたり失くしたボールを、キャッチボールの輪の中に投げ戻すようなことを言ってることが多いかも。会話の球拾い増田



体育のバスケ試合中「ヘイパヘイパ」って言い続けてるだけで、全然ボールに触らない系プレイヤーでした。

自分に飛んできたパスを横から味方が華麗にカットしていったこともあったけど、イジメじゃないと信じてます。信じてますとも。

麻雀普通にロンされるので捨て牌は認識されてると思います。好きな役は七対子です。

2016-06-11

異種ルールミステリ映画

異種ルールによるミステリを教えてほしい

http://anond.hatelabo.jp/20160609011058

ありがとうありがとうありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20160611053943

この増田に触発されたので、よかったら息抜き映画でも

少し異種ルールミステリ

韓国で実際にあった未解決連続殺人事件を扱った「殺人の追憶

・同事件を題材に時効成立後を描く「殺人告白

・十分しか記憶の持たない男が妻殺しの犯人を探す「メメント

女優志望の女と記憶喪失の女が秘密を探るうちに変なことになっていく「マルホランドドライブ

オカルトミステリ

エレベータ内に閉じ込められたメンバーに潜む悪魔を探す「デビル

孤児院舞台幽霊さらわれた息子を母親が探す「永遠の子どもたち」

ドライブ中に山から抜け出せなくなった家族に次々怪異が襲いかかる「-less[レス]」

腹話術人形呪いを解く「デッドサイレンス」

言わずと知れた悪魔の子オーメン

アクションミステリ

・映ると死ぬ鏡の面を付けた怪人と戦う「ヴィドック

モーテル連続殺人に巻き込まれる「アイデンティティー

・人体発火殺人の謎を追う「王朝陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件

SFミステリ

宇宙的な何かからサインを受け取った家族落語的にオチをつける「サイン

・二人を残して街を壊滅させた病原菌の謎を科学者たちが探る「アンドロメダ…」

記憶を失った搭乗員が襲いくる何かと戦いながら宇宙船の謎を探る「パンドラム」

五感体験できる装置を使ったレイプ殺人事件を追う「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日

列車事故で唯一生き残った自分秘密を知る「アンブレイカブル

タイムマシンのぐだぐだミステリサマーマイムマシンブルース

2016-06-07

幽霊気合で追い払える

前にTwitterでいわくつき物件で怒りまくったら心霊現象がなくなったって漫画読んだけどあれまじホント

今の家に引っ越しから何度かひどい金縛りにあったけど、翌朝早いときにかかったとき「てめぇまじふざけんなぶっ殺すぞ」とか他のストレスもあって叫んだら

それ以来全くかからなくなった。

みんなでいわくつき物件に住んで怒りまくればストレス解消と除霊一石二鳥だ!

クレヨンしんちゃんばっかりおかしくないですか?

知名度の問題なのか。






日本型リーダーはなぜ失敗するのか」

も買ってました。




舛添氏は,平成23年10月福岡県内の書店で,コミッククレヨンしんちやん北与野

博士編」 , コミックイナズマイレブンSPECIAL<1> 」 , クイズ本「ひっかけク

イズ最強イジワル王への挑戦」 , クイズ本「大人にはないしょだよ超スペシャル版ひっ

かけクイズ」 ,児童書幽霊屋敷レストラン」を購入し,それらの代金は,新党改革支部

から書籍代金として支払われた。なお,その際, 「ヤマの記憶山本作兵衛聞き書き」 , 「筑豊炭田に生きた人々望郷の想い近代編」 , 「緒方竹虎リベラルを貫く」 , 「筑

前の国学者伊藤常足と福岡の人々」も一括して購入されている。

舛添氏は, 「クレヨンしんちゃん北与野博士編」などコミックや「ひっかけクイズ

強イジワル王への挑戦」などクイズ本について, 「児童保護者から子供が悪い言葉

いをまねたり,テレビクイズ番組などを見て勉強しないので困るので,政治の力でなん

とかなりませんかとの陳情を受けたことから,実際にコミック等でどのような表現がなさ

れているのか,また, クイズ番組教育に役立たないものなのかを確認するために,購入

した。 」と説明している。

http://big.assets.huffingtonpost.com/20160606masuzoe.pdf



とのこと。


児童保護者から子供が悪い言葉遣いをまねたり,テレビクイズ番組などを見て勉強しないので困るので,政治の力でなんとかなりませんかとの陳情を受けたことから,実際にコミック等でどのような表現がなされているのか,また, クイズ番組教育に役立たないものなのかを確認するために,購入した。 」



よくわからない。

保護者が、クイズ本やクレヨンしんちゃん2002年のもの)の言葉かいが悪いから「政治でなんとかしてくれないか」と要望されたから買った?ってことかな。

舛添が言葉かいが悪いというのは考えにくい。クイズ番組に舛添がでている可能性もある。

クイズ番組教育に役立つかなんて「クイズ番組次第」である。くだらない豆知識ばっかりのクイズ番組もあるし。

さて、クレヨンしんちゃんが「下品であることは否定しない。

最近そこそこのクオリティで”ぶりぶり”ざえもんが復活したし、ケツだけ星人、親に向かって「みさえ」と呼び捨て、女たらし、

それでも(一時的には放送ストップしてたが)放送され続けている。映画もいい作品多い。

下品なことがダメであること、それを教えてそれでも子供下品なことを言うおかしさを教えたり、家族愛などクレヨンしんちゃんの根幹を伝えることはできないのか。



私は政治の力でクレヨンしんちゃんの素晴らしさを伝えてほしい。