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2017-03-10

くだんのリベラル私的メモ

この問題はいろいろな意見があって面白かった。メモ的整理

大別

1直接の批判リベラル視点からの)

2この批判に対する批判

トランプ否定的にとらえた上でのトランプ支持者と断し、今後の日本を憂う

コメ主を救うべき対象としてみようという考え方

(前提として脱線トランプは本当にそういった人々からしか支持されていなのか。トランプの良い面は全く見ないようにしているかのように見える。)

htnmiki 良い悪いとは別に、この問いを無視することはトランプ誕生に繋がるよね。衣食足りて礼節を知る、貧すれば鈍する理屈じゃない

→このコメント問題を正しく捉えようと言っている。

同時にこのコメ主が貧して鈍じたとも言っているようにもとれる。

解決策を提示はしておらず、トランプ当選ネガティブと捉えている。

rgbv お前らが結婚もできず子どもも作れず必死に働いてるのは外国人がいるせいなの?追い出したらトントン拍子に結婚できて子ども授かって給料うなぎ上りになんの??日本死ねって叫んだ方が健全なんじゃないの???

リベラル感情面だと思った。

リベラルバカが嫌いだ。バカ特に合理的でないことや非論理的な事など。

コメ主の言ってることはただの逆恨みだ!と言っているが、嫌いという感情によって批判しているため、他のコメントによって感情によって批判したことを批判されている。

また、バカを掘り下げて精神貧困や、貧困によって引き起こされる問題と捉えることによって庇護対象として組み込もうというコメントもみられる。

yunitaro 典型的認知の歪み。貧困から家庭を持てないならそれは経済政策の失敗であり行政責任。責めるべきは政府であって外国人ではないし、明後日の方向へ抗議をしているか行政も変わらない

リベラルからみたら全くもって正しい理屈だが、その実、対象者精神的or知性的貧困者)の思考に即していないことを指摘されている

「責めるべきは政府であって」政府をどう責めるべきなのかを補足してコメ主と語り合ってほしい

→これに対する批判

netonlinejob ブコメの「経済政策の失敗であり行政責任」とか言い出したら、外国人排斥政策を支持する政治家が台頭するだけだと何故わからないのだろう? 認知の歪みという指摘は逆ではない

政治転嫁した場合、己が(リベラルからしたら間違った考えをもっている人間)がそもそも自分の考えが間違っているという前提に立たないだろうという当たり前の示唆。実際に思考実験するとおそらく正しい。

自己責任論 ※重要キーワード キモくて金のないおっさん

lcwin この意見自己責任論とせずにうまく寛容とリベラリズムに沿ってゆるく導く発言をすることが今求められていることかもしれないんだよなあ。本当に難しい。


hanyan0401 「結婚出産もしようと思えばできる」という自己責任論に、弱者男性、いわゆる「キモくて金のないおっさん」が、「金のないフィリピン国籍妊婦」ほどには弱者として顧みられないという現実垣間見ました。

augsUK ここに自己責任論なんだ。救うべき対象の選別をする権利が欲しい人が一定数いるなあ。さらに、救われない対象を叩くことを楽しむ人が主流派になってる。

→この人のを自己責任として切り捨てるのはちがうのではないかというリベラル内省垣間見られる。では自己責任とは、何が自己責任なのか。コメ主が置かれている現状がってことなのだろうか。おそらく違う。リベラル自己責任として切り捨てるのは「知性のなさ」だ。自分は頭がいいと思っていて、バカ自分改善されるべきものという思想根底にあるのかもしれない。

キモくて金のないおっさん擁護

kirifuu これを自己責任で切り捨てるのが今の日本現実からなぁ。セーフティネットと言っても難しいのだけど、あざ笑ったり叩いたりするような発言ではあるまいよ。

kasugano ここに自己責任論が出てくるの本当に地獄だよな。異性獲得弱者のオッサン相手になら何言ってもいいと思ってる連中がワラワラと湧いてくる

awkad まさに「キモくて金のないおっさん問題キモくて金のないおっさんは誰も哀れまないし、救われない。「自己責任だろ」を浴びせ続けられる。そしてどんどん歪んで沈んでいく

shira0211tama 問題切り分けるべきが正論かもだけど切り分けると自己責任論で各個撃破されるんじゃ? これだけ他を引っ張って来ないと辛いと言えないし、これだけ引っ張ってもボコボコにされる闇

dongdeng 弱者の味方を自称するリベラルがなぜキモい金のないおっさんに寄り添わないのかわからなかったが、人気のブコメを見ると差別を行なってる仮想敵に無条件に見下せるおっさんを置いてるからなのかなと思った

→確かに、、、どうやらリベラルどもには、救うべき対象者は、経済的に貧している人間であって、知性的、あるいは精神的に貧困している人間は救う対象にはなりにくいようだ。それはリベラルアイデンティティベースにの批判」があるからかもしれない。そしてその批判対象知性的貧困をするのが手っ取り早いからだろう。


自己責任論に対する批判

CelestialFire 努力すれば結婚できるなら誰も困らないんだけどな。普段自己責任論を心底嫌ってるくせして、「キモくて金のないおっさん」には平気な顔して自己責任論を押し付けてくるリベラルダブスタはいい加減うんざり


cloq 貧乏自己責任論者の頬を金でひっぱたいて黙らせろ案件

sds-page 無自覚自己責任論者

→結果、こういうダブスタと言われるような批判さらされる。


danaca この人を叩いてるはてブ民を見ていると、はてブ民は弱者の味方ではない事がよくわかるよね。はてブ民は「助けたいと思える綺麗で気持ち悪くない弱者」を助けたいだけで、決して弱者の味方ではない。

→ここでいう「気持ち悪くない」というところがやはりダブスタと言われる所以だろうし、リベラル内包する自己矛盾かもしれない。


そもそもコメ主はなぜ「キモくて金のないおっさん」なのか

(先に断っておくが、彼はとても偉いと僕は思っている。これだけ批判されているのを認知しておいて、自分コメントを消していないのだから

dj_superaids 結婚もできず子どもも作れず、と必死に働いてるの相関関係理解できなかった。かわいそうだな、とは思った。

→この指摘のとおり本来相関はない。だが文章の読み方を逆にしてある補語を補うと、「必死に働いているのに、結婚子供を持てるほど稼ぐことができない貧困にある」

という彼の中では実際に因果が生じているのかもしれない。

しかし、ここまでは金銭的な貧困だ。

しかし、フィリピン人批判することと結びつけることで、知性的精神的な貧困になった。なぜコメ主はそのような結びつけをしたのか。


kirifuu 結局救われる優先度の最下層に自分がいるって自覚がこの発言を生んでるんだろう。この発言を叩くのは簡単だがそれは割と社会として末期的だと思うね。

→このコメントの言うとおりだとすると、他の層が見えていない問題。これだと根深

T_Tachibana 主 語 が で か い 。 金が無い事と結婚出来ない子供が作れない事はイコールじゃないって本当は気がついてるんでしょ。

crapman 一切同意できないがこの叫び理由を考える必要はある。世代別の保有資産を見てもわかるけど、日本若者世代世界一相対的に金がない。世代間で分配が進んでないという叫び。だがフィリピーナにあたるのはよくない

→本当だとしたら興味深い話だ。


totoronoki あの人を救ったら次はおれの番だ、じゃないんだよな。他人が救われても自分絶対他人の手によって救われないという確信があるから露悪的になれる。

→なるほど。その確信はどこから来るのか。なぜ来るのか。

baikoku_sensei 弱者同士は連帯せず、自らの待遇改善より他人改善を妬むのが現状。全体の格差是正より「俺たちを優遇しろ」の声を拾い上げ、扇動して支持を集めたのがヒトラーやらトランプなので、感情論を持ち込むべきではない


→慧眼なのに感情論を持ち込むべきではない、という結論ではなぁ。わかり合うためにはどうすべきかを提示してほしかった

tGsQqV この発言をした人が困っていることと、この外国人女性が困ることにまるで因果がない。 例えば、自分が別の理由で本当に困ったとき他人から難癖つけられて適切な手当てを受けられられなったら…なんて考えないの?

→実に正しくリベラルチックな考え方に見えた。


mamezou_plus2 子供作って生活保護受給すれば良いじゃん?何故出来る事をしないのに僻むのか?結婚も子作りもやろうと思えばできるよ?幸せかどうかや自分基準を満たしてるかは別として。

→それは違うんじゃないか社会構成する一員として、自覚をもってる面があって、それだからこそのフィリピン人への妬みだとか恨みになってるわけで、それを取っ払えばいいじゃん?って言っちゃう社会崩壊するわけだから、彼の我慢社会の安定に資するところであることは評価しなきゃ

そもそもそういった自覚人間社会的動物として成り立つようになったDNAに刻まれている感情でもあるようだし。

・・・なんか気になるコメント抜粋しながら書いてたら、支離滅裂になってきた。整理になってねーな・・・・いったん寝るか

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170306235007

そうでしたか。それは残念なことでした。

抽象しか言えないけれども、他人人生トレースできないのと同じで、

他人作品に感動する理由も同じくらいトレースしがたく、根深く、言語化しにくいロジックなのでしょう。

これだけ価値観多様化した時代ですし、自分と異なる感性の人が大絶賛しているコンテンツやらサービスやらに突き当たる事も多くなりました。

からダメだったら、合わなかったことを嘆く程度はいいですけれども、

ここがこうだからダメじゃないか、などと上下ランク付けしたり、良い悪いを判定したりはしない方がよいと思います

要は、世の中にはピカソの絵の類がたくさんある、と考えてみてほしいのです。

 

それを踏まえて、ストーリーを評するのは慎重になってほしいのです。

とりわけ、ご都合主義、という評は極力さけてほしい。

すべての物語ご都合主義なんですから

それでも人を感動させる物語は、物語の都合を「乗り越えて」伝わる、メッセージ性、パワーをその人に感じさせているんです。

それはその人に欠乏していて、欲しがっていたものです。

かい表現の数々に感性マッチして、琴線に触れて、それらを拾い上げていった人だけに伝わる感動がある、

そういう状態になったとき、人はそのご都合主義に対して寛容になれるんです。

そういう状態になれなかった時は、どうしても色んな部分が鼻についたり、寒く感じたりしてしまもの

そして、そういうネガティブ評は、本来作品を楽しめたかもしれない人の思考侵食して、

「乗り越える」力を失わせてしまう。

話が逸れましたが、具体的ではなく抽象的には、これが答えになるかなと思います

聞きたかった話ではないですよね。私が語りたかっただけです。

気に障ったらすみません

2017-03-06

日本人白人女性性的対象として見ていない、という話

 偉大なる英国放送協会がまた何か日本特集をやったようで、日本オタクたちはそれにかかりきりである。内容はいもの如くである日本男はロリコン趣味が酷い、カワイイへの執着が酷い、外見差別が酷い、云々。反論もいつもの如く――二次元関係ない、対象が成人でも批判されるのはおかしい、外見では中身は分からない、云々。そうではないのだ。

 いわゆる外人男性はイージーゲームである増田諸賢は白人黒人男性テンプレートを思い浮かべて欲しい。日本人女性テンプレを考えて欲しい。カップルの成立である。これを読んでいるあなた特定男性をどう思うかは別にして、実際うまく行くかは別にしてだ、少なくとも"外人ボーナス"の存在自体ほとんど自明のこととして想像されるであろう。

 一方、いわゆる外人女性モテない。その実情まで増田は知らないがその嘆きは見ることができる。彼らは人並みに恋愛関係を学んで仕事に邁進しスキルを付けて極東へやってくる。仕事では日本労働者を蹴散らすことだろう。しか恋愛となるとこの超過密都市東京渋谷の街へ繰り出してもナンパ一つ来ないのだという。何かがおかしい、真理からかけ離れていると彼らはフラストレーションを高め、そして同じ境遇同士集まって、まだこの国の慣習こそ完全には理解していなくとも、容姿にも性格にも能力にも問題のない"外人女性"たちが、十人が十人とも共通して異常な非モテ問題を抱えていることを知るのである。いわく、同僚の外人男性差別で困ったことはないと宣う。ピクリとも来ない同郷のオタク男はカワイイ女子を侍らせている。いわく、スタバ空気扱いされる。日本女性の友人には奥手だから攻めろとか言われ、道を尋ねれば逃げられる。土曜の夜にも関わらず誰も捕まえられず一人ラーメンを啜る……それらの事象が「日本には外国人差別が根強く、日本男は古い奇習を引きずっていて、成人女性に興味がなく敵対的である、と考えられる」という"事実"となって立ち上がってくるのであろう。

 さて、日本男は外人女性に興味がないのだという説に対する反論が一つ決まっている。無修正である。それら映像には主に外人が取り上げられ、日本男はそれを好んで見る。無修正が好きなのだから外人女に正常に興味がある、はずだ、という。しかしこの反論破綻している。先日、そういった作品に出演した人物警察逮捕されたというニュースがあった。その是非を論じることはまた別の機会に譲るが、出演した人物訪日外国人ではなく日本人であったようだ。修正がないことを好むのであって、登場する人物に対しての嗜好が反映されている訳ではないのだ。問題はおそらく、日本社会多様性では米国欧州の一部ほどには豊かではないことから、外見の認識形成する際にこれら対象外と扱われてしまう人々を彼らが求める方向性認識できないということなのだが、しか外国人差別があるとか古い奇習を引きずっているというのはまあ事実ではあろうし、訪日外国人が現地民の性的嗜好に強い性差を見て取り、精神的な負担を感じてしまうということのほうがより単純で重要で明確な事実なのであろう。

 オチは無い。あるのは、BBC女性記者がなぜか東京根深く侵す日本人男性いびつさを暴かなければならないほどの精神的苦痛を感じているという事象である。これを読んだ増田諸氏はぜひ国際理解ちょっとした課題として解決への糸口を探ってほしい。

(余談だが、増田が育ったころには英語敬語はないなどという大嘘がまかり通っていた。ジスイズアペン敬語は要らないが、自分適当日本古都出身だったとしてお宅の方言には敬意を表す表現が有りませんなと言われたと思ってみて欲しい。公然嘲笑うよりも、へえ劣等言語は中々使いこなすのに骨でして貴方様の言語が羨ましい限り、とでも誤魔化して後々慇懃無礼におちょくった方が楽しい。それくらいの陰湿さは万国共通である)

2017-03-05

この国のミソジニー根深


ミソジニー大国のこの国では「痴漢冤罪」の話は大人気。

まとめサイトはもとより、大手メディアも大々的に報道する。創作会でも大人気のネタだ。

「女は被害者ぶるな。男こそが被害者だ。女尊男卑だ」と主張するのにうってつけのネタから痴漢事件が起こるたびに、女が痴漢被害を訴えるたびに、冤罪というコメントがつく。

「本当に痴漢されていたのだとしても女はさんざん冤罪で男の人生を壊してきたのだから自業自得

「女はいいよな。痴漢されたと叫べば周りが味方してくれる」等等。

本当か?むしろ、「冤罪と叫べば無条件に味方してもらえる」「痴漢を訴えても冤罪と思われる」のが実際ではないか

(ただし、2ちゃんを見て実感したことは、どういうわけか警察関係者痴漢事件にはあまり冤罪認定は湧かない)

そして執拗憎悪コメントをしてくる人の中で、実際に冤罪人生を壊された人は一人もいない。ねぽりんのあれも16年前の事件だし。

痴漢常習者が首にもならず家族も失わず野放しになっている、今は容疑者の手に着いた繊維などで証拠を集める、という話を聞く。そっちの方が信用性が高く見える。

「女に冤罪を被せられる!」という声はもはや痴漢だけではなくなっている。

少し前、「女子男子トイレに入って中で用を足していた男性逮捕された」というツイートが何万RTもされた。根も葉もないデマなのにもかかわらず大量に拡散され信じられた。各地まとめサイトがそれをまとめ、類似ツイートが飛び交った。

ネット上のデマまとめが嘘だとツイートするも数百RTしかされず、今も女尊男卑事件として多くの人々の心に残っていることだろう。

その後、自爆事件を起こした元自衛官DV冤罪被害者であるというツイートが何万RTもされ、記事にもなった。はてなDV証拠がまとめられ、ゲンダイ冤罪は嘘だと記事にされた。

意外だったのがミソジニー本部と思われがちな2chの方が懐疑的コメント、元自衛官批判するコメントが多かったことである。ただし男女板住民には「女様の言うことがすべて本当だというのか!」と話は通じなかった。

そして、「女児荷物持ちを頼まれ冤罪を着せられた」というツイート

これは比較的すぐにツイート主のおかしいところが指摘され、デマということで落ち着いた。

ミソジニー大国日本において幼女は愛されており、また老女は意外と憎まれていない(BBA、という言葉の刺すのは大抵中年女性だし)ことが関係しているのか?

もうこれらのデマは「韓国人井戸に毒を入れた」というヘイトデマと同等に扱うべき。今やネットではミソジニーレイシズムと同等、いや、それ以上に深刻なのだから

2017-02-28

一神教は異教徒侵略するが多神教は慈悲深く寛容で宗教戦争は起こらない」www

 反ムスリム運動の中心となったのが、僧侶のウィラトゥー師である

 彼は「仏教徒テロリスト」として、米国ニュース雑誌タイム」の表紙を飾った。急進派の仏教僧侶たちは「仏陀の九徳、法の六徳、僧伽の九徳」にちなんだ「九六九運動」と呼ぶ反ムスリム運動を展開。「ムスリムは妻を四人娶って子どもをどんどん産み、ミャンマーイスラム教で呑み込もうとしている」「無知仏教徒女性を騙して結婚し、無理矢理イスラム教改宗させ、仏教徒女性としての権利を奪っている」と説法を繰り返した。

 仏教徒ロヒンギャに対する偏見根深い。軍事政権弾圧された民主活動家人権派を自認するジャーナリストの口からも「ロヒンギャ不法移民」という言葉が当たり前のように飛び出すほどだ。

 筆者が昨年7月最大都市ヤンゴンで面会したリベラル派の僧侶に「慈悲と寛容を大事にする仏教の国だからこそ、ロヒンギャを受け入れたらどうですか」と促すと、彼は「ミャンマーには135の民族暮らしていますが、経済移民である彼らをその一つに加えることは絶対に認められません」と気色ばみ、「いわゆる『ロヒンギャ問題』は軍事政権違法行為が原因で起きたのです。軍事政権時代、ヤカイン州の入国管理担当者賄賂を受け取り、バングラデシュ人を違法越境させていたのです」と持論を展開した。

強姦、略奪、そして暗殺…ミャンマーでいま、何が起こっているのか(藤川 大樹) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)

2017-02-27

大学教員からみた昨今の採用活動事情

経団連が発行する「採用選考に関する指針」では、以下のような文言がある。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/081_shishin.pdf

採用選考活動開始時期

学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動については、以下で示す開始時期より早期に行うことは厳に慎む。

ところが3月前の時期であっても「インターン」や「OB懇談会」なる名のもとに事実上採用選考実施しているのが実態である。結局早く洗脳した者勝ちなので、年末から動いているところすらある。たちが悪いのは共同研究のための訪問を装って、その実は研究にはまったく興味はなく、学生へのコンタクトが目当てであるような企業恋愛でもこんな見え透いたアプローチ成功しませんよ。世の中には経団連会員ではない企業もあるし、指針には何の法的根拠もないので、「採用選考に関する指針」は事実上形骸化している。そんな中、真面目に指針を守っている企業は偉いのだけど、学生確保という意味では確実に出遅れている様子。完全に正直者が馬鹿をみる世界である

そしてこの日記問題にしたいのは企業人事部社員や、人事部配下リクルーターを任されている若手から中堅の社員はおそらく以下のことをまったく考えたこともないであろうということ。

専門性を追求するために大学院に進学した学生が一番力を発揮できる時期に「就職活動」に無駄忙殺され、研究活動がまったく進まなくなる。そしてそのことに頭を悩ましている大学教員は少なくないのである。今の時期教員仲間と会話すると、この話題がため息混じりに出てくる。

就職氷河期は過ぎ去り、就職率は大幅に改善したというのに学生企業採用情報学生間の情報に踊らされ、必要以上に就職活動に没頭し、長いと半年近くも研究学業から切手をひいてしまう。かくして本来であれば大学院在学中に成果が出たであろう研究は停滞し、結局修士課程を修了するまでに大きな成果を得ることはない。ましてや博士進学などをじっくり検討する時間的猶予すらない。せっかく時間をかけて研究のシードを育ててもこれではまったくの徒労に終わってしまう。そして学生からしてみれば大きな成果に向けて十分に時間をかけて日々積み重ね、最後までやりぬくという一連の経験を得る機会を喪失する。もう少し大きい視点で言えば国の研究開発力を測る尺度の一つである論文数も減ってしまう。

そんな悩みを抱える大学教員に対して「OB懇談会」と称して部屋の予約や学生の確保などをお願いしてくるあどけないリクルーター達がいる。学生から貴重な研究学業活動時間をとりあげた上、さら教員採用活動片棒をかつげというのである。お願いする方はちょっとしたお願いしているつもりだろうけど、依頼を受ける側は複数企業からお願いされるので、その対応に追われる。そして本来研究を進めてほしい学生に向かって就職活動のために時間を割いてほしいと頭を下げるという何とも欺瞞に満ちた行動を迫られるのである。そんな昨今の採用活動事情に対して苦々しく思っている教員は少なくないことを知っておいても良いと思う。言われるがままに業務遂行しているリクルーターではなく、裏にいる人事部に届いてほしいもの。

悪いのは一体だれか?企業人事部けが悪いということは決してない。根本的な問題は、企業高等教育機関である大学に期待していないこと、そして学生大学に期待していないことにある。結果として大学社会の期待に応えていない。このあたりは下記の考察が良くまとまっているのだけど、一言で言えばシステム問題がある。

http://toyokeizai.net/category/japan-university

海外大学日本大学システム比較すると恐ろしく事情が異なっているので、愕然としてしまう。例えば下記の書籍を参照するとそれが良くわかる。世界最高の大学教育システム確立したアメリカ問題がないわけではないのだけど、日本大学システム問題は更に根深い。

アメリカ大学の裏側 「世界高水準」は危機にあるのか? (朝日新書)

これでは技術競争で負けるのも必然。負の連鎖が断ち切れない限り、国際的通用する充実した研究教育は成し得ないし、研究開発力や発信力に関して海外との差はますます開くばかりだろう。昨今の採用活動を見るにつけ、この負の連鎖根深さを感じずにはいられない。

2017-02-17

非モテ男性」はなぜ「強者」なのか

日本インターネットでは「女性差別」が盛んである

女性差別に対する告発」へのカウンターとして、しばしば「キモくて金のないオッサン」や「非モテ男性」が持ち出される。

女性差別」を解消しようとすると、「女性以上の弱者であるキモくて金のないオッサン」や「非モテ男性」が犠牲になるという理屈である

かれらの中では「女性」と「キモくて金のないオッサン」や「非モテ男性」の対置が成立している。

ブサメン」や「非モテ男性」は世間に同情してもらえないこの世で最も哀れな存在であり、「リベラルにさえ見捨てられた弱者の中の弱者である

非モテ男性」を守るためには女性を「資源として分配」することもやむを得ない。「セクハラ被害者レイプ被害者」よりも一生を悲惨に終える「非モテ男性」の方が可哀想である

ここには「非モテ女性」や「キモくて金のないオバサン」は存在しないのである

考えてみれば「女性」と「非モテ男性」の対置おかしい。「女性」の反対は「男性」であり、「非モテ男性」の反対は「非モテ女性である

ブサメン」が弱者なら「ブサウィメン」も弱者である。「キモくて金のないオッサン」が同情されるべきなら「キモくて金のないオバサン」も同情されるべきである

非モテ男性」のために「女性」全体を犠牲にすることが許されるのなら、「女性」の中でも特に立場の弱い「非モテ女性」が「非モテ男性」より悲惨な目に遭うのは明白である

だが「非モテ女性」や「キモくて金のないオバサン」は無視される。かれらの中で「非モテ」は「非モテ男性」と同義である

これはどうしたことだろう。まさか非モテ女性」はこの世に存在しないのだろうか?

かれらによると女は貧窮しても体を売ればいいらしい。風俗はどんな「ブサウィメン」でも「非モテ女性」でも採用され、「老化による外見の劣化」とは無関係に続けられるのである

女に生まれただけでちやほやされる人生約束されるらしい。「女に生まれていたら」と「顔のいい女に生まれていたら」は同義である

非モテ女性」がこの世に存在しないかのような物言いがなぜ「最も哀れな弱者本音」として大手を振って跋扈しているのだろうか?

答えは明白である。「非モテ男性」が「非モテ女性を踏みにじっても許される立場」であり「元から声の大きな強者」だからである

つまるところ、「非モテ男性」をリベラルにさえ見捨てられた「最も哀れな弱者」とする論に目新しいところなど一切ないのである

から発言力のある声の大きな人々、元から社会認知されていた人々が、今まで通りエゴに満ちた声を張り上げた。ただそれだけの話である

女性を「資源として分配」しろという論も、結局「昭和に戻りたい」という話でしかない。「非モテ論」は「既存リベラルに代わる新たな弱者論」どころか「単なる伝統保守である

「単なる伝統保守」があたかも「本当の弱者に寄り添った新時代弱者論」のような顔をしているところに、この問題根深さがある。

非モテ男性」は「圧倒的な発言力を持つ昭和以来の圧倒的強者」なのである

2017-01-30

沈黙 サイレンス☆☆

時代劇のお偉方・死刑など、根深宗教日本キリシタンのどうのこうのと、どうみても見たくない映画だった。

それなりに楽しめたがあの終わりの手の中のブツは要らないだろ。あれのせいで駄作

あとキチジローはなんなんだよと思ったがキチガイのキチか。


総評

パンツが見えなかったので星2つです。

2017-01-25

日本アメ車関税がかかっている信仰

あれさ。

トランプが出てくる前のすんげー昔からネット上の英語圏で言われてて

最初冗談とか極少数の人の意見かと思ったら、マジで信じてる人結構いるのな。

しかも、別に日本人じゃない人がちゃんと訂正したりしても次から次へと湧いてきててすげーなと思う。


あいうのって南京否認論者とかと同じ類なんだろうな。

まりマジで関税かかる可能性あるから気をつけといたほうがいいよって話。

最近出てきたポッと出の論調じゃなくて割と根深いから。

2017-01-22

夢じゃないけど」という前置き-夢小説が好きです-

夢じゃないけど」という前置きについて

最近よくツイッターを見るようになって、審神者やぐだ(これを夢でなないとする派閥も居ることは知っています。ですが私はオリジナルキャラであると考えているため、このたとえを使いました。)

の話を見ていると、「夢じゃないけどキャラクターに○○したい、されたい」といったツイートをよく見るようになったと感じています

また、先日バズっていた、「夢作品は見るけど自己投影をせずカプ的な目線で見たい」といった発言を拝見しました。

個人的感覚として、夢小説あるあるタグや、自己投影なんておこがましいなどの無神経な、よくそれを鍵なしで言ったな!突っかかられても絶対被害者面するなよ!よろしい、ならば、な発言により、夢はどうにも「昔のもの」「黒歴史であるという認識から抜けれていないように感じ、それはなぜなのかということについて考えてみたいと思いました。

個人感覚・疑問をもとにして書いているため、偏りや誤解などがあるかと思われます

どうしても捨て置けねえ、こういう考えもあるんだよ、というご指摘はありがたく拝見していきたいと考えています

夢が黒歴史扱いされがちな理由として、一つ目に

キャラ×自分などというおこがましい、キャラクターにふさわしくない自分なんかがキャラクター恋愛ができるほどの立場にない」

という気持ちがあるのかなと思いました。

これは、自己投影や夢と腐について紛議する際にリツイート先やリプライなどで個人感覚吐露しているものを読んで感じた点です。

別にその卑屈になった自意識を救ってあげたい♡だなんて思っていないです。他人妄想の中ですら自己投影なんて恥ずかしいものだという価値観をおしつけて平然としていられる傲慢さは抱いたままそこに居て出てこないでほしいと思います

ただそれを公開アカウントで言って突っかかられたときに悪気はなかったとは言わせないからなという

次に、「自己投影は恥ずかしいもの」という意識がなぜか根深く残っているのではと考えました。

冒頭に述べた、「夢じゃないけどキャラクターに○○したい、されたい」「夢作品は見るけど自己投影をせずカプ的な目線で見たい」という発言について、こちらで感じたのは

「なんでそれ夢じゃないと思うの?夢じゃだめと思う理由は?」です。

個人感覚についてつっかかることの不毛さはわかってるけど、夢だと思ったものが夢でいいと思うけど

審神者騒動ときにあった「創作審神者夢じゃないからたかないで」に似た悲しさを感じたというか

腐の界隈で「夢じゃないけど」の接頭語をつけないということは、「自分キャラクター恋愛がしたい身の程知らずの恥ずかしい人間であるという烙印を押されると恐れているのではなんて勝手想像している。

自己投影しているかしていないかなんて自分でもわからないような状態の人はたくさんいると思う

それなのにこうも自己投影を締め付ける発言が広まるとしんどい

そもそもどうして自己投影しているかしていないか自分の中でケリをつけなければならないかという

投影しているかしていないか、そんな踏み絵みたいなクッソくだらない基準二次創作フォルダ分けをすることが一番くだらない。


最後に、何度目の指摘かわかりませんが、あまりに夢界隈を知らなすぎるというのではという推測をしています

夢小説とは何かと考えるきっかけになった記事を紹介させていただきます

http://makun0uch1.hatenablog.com/entry/2016/11/26/222114a

結論というか願望としては、自己投影しているかしていないかという区分け撤廃と、夢に関しての無神経発言が許されるような風潮がなくなったらうれしい。

二次創作に貴賤はないと私は思います

イギリスでの「君の名は」(今更だがネタバレ注意

残念だがそれほど人気がない。

俺は英国在住のおっさん年始ロンドンで見たが、そもそも上映している映画館が少ない。毎日上映している映画館ロンドンで2-3か所。860万人住んでいるのに。

月に数回上映がそのほかに数か所。以上。ザッツオール。公開後1月以上経過しているから減ったのだろう。

客の入りは5割くらいで、そのうち6割がイギリス人、4割は東洋人。中国人韓国人日本人

イギリスメディア君の名はを絶賛した、という記事は俺も見た。口コミサイト評価も見てみたが、非常に良い。

更には上映後のイギリス人の反応を観察してみたが、満足そうに見えた。

ゆえに入口でのハードルなのだろう。ただし内容について「感動」「ラブストーリー」というよりは「展開が早く引き込むストーリー性」「映像の綺麗さ」が評価されているように思う。

若者ラブストーリーである君の名は」がイギリスアジア圏のようなヒットにならない理由は以下のように推察している。

欧米ではおおむね共通ではないかと思う。

アニメ子供オタクのもの

今でも完全にそうです。宮崎アニメのように家族で見に行くならともかく、ラブストーリーアニメで見ようという発想は世間若者に全くないように思うし、他人に知られたら恥ずかしいことと思われる。

なお本作では奥寺先輩が煙草を吸ったり、瀧が酒を飲んだりするので12規制がかかっている。

・瀧と三葉は欧米人から見て魅力的か

作品にのめり込めるか、一番重要なのはこの点だと思う。瀧が三葉が男性として女性として魅力的に描かれているか

多くの日本人には、瀧はイケメン、三葉は高校時代は可愛く大人時代美人、という設定に異論はないと思う。

欧米人から見ると、経験に基づく推測だが、瀧も三葉も体が薄っぺらすぎる。

瀧は本人のときでもかなり「中性的」に寄っている。欧米人からジャニーズ中性的子供に見えるということと同じである

(3人組のうち)高木くらい男くさいほうがいい。イギリス人は瀧に対してこう言いたくなるだろう。「もっと肉を食え、ラグビーで体を鍛えて、女性を守れる男になれ、髪形もベリーショートリーゼントしろ」(適当

三葉は単純に子供に見えていると思われる。もっとグラマラスな魅力が出てこないとラブストーリー主人公という雰囲気が出てこない。シャイ性格マイナスだ。瀧の三葉くらい気が強いほうがウケる作品内でもそうだったが)。

イギリス人ラブストーリーは顔を0.3フィートくらいの距離まで近づけてロマンティックな言葉を囁きあう感じなので、瀧と三葉の恋愛動作は非常に幼く見える。こちらの高校生結構オトナである

山頂で出会うシーンもイギリス人なら、強くハグして、濃厚なキスをして、0.3フィートである(超適当)。名前を書きあっている場合ではない。出会って3秒でハグキス0.3フィートである高校生にそういう描写が許されているのかは知らない。

ラストシーンでいったん声をかけずにすれ違ってしまうシーンには、階段の一番下から大きく手を振って「Hey!!!, I think I met you sometime and somewhere!!!」と大声を出さないのか不思議であろう。奥ゆかしさは理解されてもそこから生じる感動は理解されないと思う。実際に泣いている人は少ししかいなかった。クライマックスの「すきだ」も字幕からね。手によくわからん文字が書いてあって字幕I love youちょっとねえ。


日本人おっさんである俺にとってどうだったかというと「超面白かった」。イギリス日本、機内の計3回も見てしまった。最初に見たのは機内だったが、中年おっさんうるうるしているのを見てCAさんはドン引きしていたことであろう。少し気になるのは日本での作品への「評論である。確かに整合性おかしいところは多い。私は3年のずれに気づかないことよりも、この広い宇宙隕石1200年周期で同じ場所を直撃することのほうが超天文学的確率というか、分母が10の何乗になるのか、そのほうがずっとありえないと思いながら見ていた。変電所の爆破は中部電力に連絡が行ってしまったので町を救ったからお咎めなしになるものではあるまい。ああい会社は融通をきかせるのが難しい。テッシ―の「髭剃れ」の話は収監されていたから?などとも思った。しかしながら、内容の整合性に難があってもそれ以上の魅力で引っ張ってくれれば私はそれでいいと思う。官僚銀行員のような減点主義映画を見てもつまらんでしょう、と個人的には思う。

キネマ旬報ベスト10がどういう選考基準なのかHPを見てもよくわからなかったが、アジアで数千万人を引き付けた映画よりも、日本映画だけでも10個も上位があったら、それって大ニュースなのではないかと思う。売れる映画と良い映画は違うというのは一部分かるが、それよりはもっと簡単説明できる言葉があるのではないかスノビズム大衆は見る目がない、ということだもの

同業の監督評論家の「売れる要素だけ詰め込んだ」とか「モチーフがありきたり」の批判に対しては、おっさんは長く生きているので、30年前の「ノルウェイの森騒動を思い出す。「100%純愛小説」と付けてクリスマスカラーで売り出した同書は「君の名は」と同様に爆発的に売れ、今ほど有名でなかった村上春樹スターダムに押し上げると同時に、評論家から「誰でもかける薄っぺら通俗小説」「ありきたりの三角関係」などの多くの批判が浴びせられ、その騒動村上春樹は心を痛めて日本を離れた。彼の作風にも影響が出てしまった(軽妙さが失われた)と思っている。

俗流日本論にはなってしまうが、やはり日本嫉妬文化根深い、と日本を離れて思う。

海監督が村上春樹級なのかは知らないが、売れれば批判する人たちがいるのは世の常なので、どうか気にせず頑張ってください。

2016-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20161229170206

BL同人って著作権侵害の上に名誉毀損

しかもそれ何でキレたかって言ったら、腐女子が本人に直接送りつけたからだから

ただのセクハラ

差別根深いって、腐女子の方に言ってるんだよな?

2016-12-23

オーバーウォッチのトレーサーなんだけど

なんというか…

ゲイでない彼らにはわからいかも知れないけど

(もしチームにゲイがいたなら、この問題は思ったより根深いってことだ)

同姓の恋人いるかゲイだって表現は失礼なんだよ

それをわざわざ大写しに描写するってのはさ

ギャグで用いる手法なんだよ

描いているのは立派なコミックアーティストでしょ?

ならあれと同じ方法ゲイだと明かされる展開って知っているでしょ

例えばTOP10なんかは分かりやす

特徴のなかったあの人がゲイであることがギャグになってる。

というか構造上、ある人が抱えている問題が、一般に分かりやすい形で明示されるのはギャグなんだ。

カツラがとれてハゲでしたとか、化粧が剥げたらブスでしたとか。いっぱいあるでしょ?

からあのコミックの魂胆がどういうものか良く分かっているし

その表現自体を責めるつもりはない

腹立つのはそれを見てダイバシティだのLGBTだのに理解がある面をすることだ。

トレンディエンジェルを見てハゲを笑うのは分かるが

彼らを見てハゲへの理解が深まったとか、

ハゲ存在するのは普通のことで、それがたまたま彼らだっただけだと言ったらどう思うよ

バカだろ、そんな奴

つーか、ゲイって同姓の恋人がいることでなくて

同姓を愛したり、同姓の愛を受け入れられるっていう態度やそういう態度の人のことなんだよ

スティーブユニバースあいだって

ローズ旦那否定的である一方、ローズの子供に執着するって態度でゲイだって分かるようにしている

できるんだよ態度だけで表現するのは

それともあれか?お前らヘテロヘテロセックスするところを見て「やった!あのキャラヘテロだったんだ」ってなるか?

なんねーだろ。言われないとわかんないのかね

正直トレーサーがゲイなのはフェミ攻撃から彼女を、オーバーウォッチを守るための政治的理由からしか思えないよ

あーあ、みんな死なねーかな

2016-11-29

久々に計算問題をしたら間違えた。

6.6×3400

---------

3.9×2800

計算で途中で

6.6を横線で消して2.2

3.9を横線で消して1.3として小数点を両方消す。

無駄な0を消す。

2 2×34

---------

1 3×28

となって

2と28が約分できるじゃんとなって

34

----

3×7

として計算結果がおかしくなっていた。

ひどいミスだ。

でも再計算しても同じミスをして間違いが分からなかったか自分の中で根深問題だな。

2016-11-18

こどもの算数宿題

こどもの算数宿題を見ていて、大人の私が混乱してしまった。

「みっちゃんは、くりひろいに としおくんと いきました。みっちゃんは 17こ としおくんは 24こ ひろいました。どちらが どれだけ たくさん とったでしょうか。」

こどもが、式はわかるが答え方で迷う、という。

式は当然「24-17=7」。で、答えは「としおくんが 7こ たくさんとった」になるだろう。

そこでふと、他の問題にどう答えたかを見てみると、「17本」「85円」「36人」などの簡潔な答えが並ぶ。

ん?ここだけ文章で答えるのか?しかし、テストでは「聞かれた言葉を用いて答える」が原則

あれ、なら、

「100円の けしゴム20円の いろがみと 15円の がようしを かいました。ぜんぶで いくら はらえば よいでしょうか」

という問題には、「85円」ではなく「85円はらえばよい」と答えるべきなのか?

算数」の問題は「数学」とすこし違い、文意を正しく読み取ることも見られている、と聞く。

(掛け算の順序問題などもこれに関わるとか。調べてみると非常に根深い…。)

なら、上の文具問題で聞かれているのは「ぜんぶで いくら」の部分。「はらう」「よい」など問としては末節、「85円」という答えで十分意味が通じる。「85円」という答えでいいだろう。

そして、くりひろい問題は、「~どちらが どれだけ たくさん とったでしょうか」である

聞かれているのは「どちらが どれだけ たくさん」の部分。

「としおくん 7こ」

意味は通じるがこりゃ変だ。

「としおくんが 7こ たくさん」

いや、「たくさん」はおかしい。「たくさん」は多い少ないといった量を表す言葉から

「としおくんが 7こ おおい」

だろう、と思った。

これだと「どうした → とった」という動詞がなくなるので「としおくんが 7こ おおく(い)食べた」可能性が出てきてしまうが、いや、それこそ「算数から、また「文意を読み取る」から遠くかけ離れた心配だろう。さっきの「85円」だって盗んだのかもしれないし。

「としおくんが 7こ おおい」でいいんじゃない?と、こどもに答えた。

次の日。

こどもが持って帰ってきた昨日の宿題プリントは、

「としおくんが 7こ おおい」→「としおくんが 7こ たくさんとった」

に赤で訂正されていた。採点としては「○」。(文具問題は「85円」で正解、「○」。)

そうだよな、テストなんだから確実に答えるなら問題文どおり「~たくさんとった」だよな。

いったい、自分が何に引っかかっていたのかわからなくなった。

2016-11-16

「AとBを」→「AとBとを」へ意識的に直すクセがついている

「AとBを比較する」

「AとBとを比較する」

最近プロジェクターで映しながら資料作ってたときにふと、「と」を付け足したのを見られてこんな会話に。

「と」が入ることが一応、省略前の用法ということを学生時代国語先生から雑談で聞いて以来、

パワポとかで資料作るときにも、必ず「AとBとを」という書き方にしているのです。1文字増えるけど。

別に正しい日本語について話したいわけではなく、

どっちでもいいと思ってるんだけど、学生時代の教えというのは根深もので、なんとなくもやっとしてやっちゃう

2016-11-15

tugenekoの彼とカレット読むにつけ、現代において男が意識的セクハラをする漫画の難しさを感じる

パターン氏家ト全が散々やってるけど、逆パターンからこそ少年誌でも連載ができるんであって、男がセクハラかましまくるパターンだと少年誌では連載できなかったであろうことを考えるとなにげに差別感というか根深偏見のようなものどんよりと澱のように溜まっているのではないかと思われる

はまなかあいのアヤナちゃん好きだったなー

2016-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20161111002608

新卒の女という絶対的カードすらも一瞬でキモくて金のないおっさんに変えてしま錬金術師もびっくりの

日本オタク差別根深いということでしょう

ポリコレまわりには疎いんですけど、文法のかなり根深いところで男女差別存在する言語圏ではどうなってるんでしょう。

manを~person に言い換えるとか、婦を師に言い換えるとか、日本語英語文法性をほぼ持たないからすんなり行くだろうけど、そこそこ生物学的性と結びついた文法性のある言語ではそうは行かないよね。

2016-10-21

http://anond.hatelabo.jp/20161021213851

それだけ問題根深いとも言えるんだよね…。本気でそのことが悪いことだとわかってるなら、日本人にできることはせめてその悪い習慣を世界に輸出しないように自殺することだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161021070723

それだけ問題根深いとも言えるんだよね…。本気でそのことが悪いことだとわかってるなら、日本人にできることはせめてその悪い習慣を世界に輸出しないように自殺することだと思う。

2016-10-12

電通新入社員自殺 広告業界蔓延するクソ長時間労働根深実態を書いておく」とやら

http://jnakagawa.blog.jp/archives/1061586847.html

15年前にH辞めた奴が、したり顔で業界の慣習を語るとか便乗にも程があるのだが。

とりあえず一つだけまず突っ込んどくと

■打ち合わせは、素晴らしいアイディアのためには必要もの。全員出席を求め悶絶8時間マラソン!

これ昔からHだけだから。初めて聞いた時びっくりしたわ。

こんな非効率ローカルルール業界共通なような話すんなよ。

2016-09-21

君の名は。という大ヒット映画をどう見るか

遅れて鑑賞。若い子も多かったがカップル以外の客も増えていて、結構年齢層も公開初週よりは上がって来たのではないだろうか。以下、長い。



さて、売れている映画には二つの心配が付きまとう。

年間とかではなく今までの興行収入ランキングみたいなものを見たら分かると思う。

何故売れたのか?と疑問に思うものまでさまざまだ。

その点において、君の名は。はよくできた映画だったと思う。

少なくとも「スカスカ映画ではなかったし「何故売れたのか」という点でも完璧ではないが、ある程度説明つくのではないか

ステマだけではなく本当に評判が良い映画自分に響かないと、ただ普通にまらない映画を見たとき以上にガックリくる。

というわけで心配1、2はクリアした。



さて、増田自身のことを話すと、結構映画が好きだ。

この映画を見る今日まで、映画通やら映画通という名のアニメファンやら映画通という名のやり○ん騒動男やらの、いろんな批判を見た。

映画が好きな自分からすると、「そうか。食いつける映画なんだな」ということで、自分にとっては逆宣伝になった。

(まぁ信頼する映画通たちは結構試写時点で絶賛してたんだけど)

映画が好きだと書いたが、アニメ映画に関してはもっぱら円盤待ちの人間なので、その自分映画館に行かせたという効果は絶大だ。



映画を見て、その批判を改めて見た。

まず自称新海ファン評の「新海らしくない映画」だが、しっくりこない。

しろ海監督のファンサービスがちりばめられていて、過去作好きこそ振り回される映画ではないだろうか。

キャラストーリー構成から唐突感だったり、詩的な部分だったり、感覚的な部分。とても「新海らしい映画」だと感じた。

しろ新海らしくないというのなら、何らしいのか。

思いつかないので、やっぱり新海らしい映画だった。



次に「若い世代向け」という話。

隣りで見てた50オーバー号泣し、終わった後感想を熱弁していた。50オーバー若い世代という世界には住んでいない。

しかし確かに今まで見てきたアニメ映画とは、一味もふた味も違うのかもしれない。

ニュージェネレーションに対するギャップが、ある人にとっては大きかったのかもしれない。

例えば主役が高校生から高校生しか感動しない。というのは馬鹿な話である

じいさんが主役でも、子供が主役でも、感動するものは感動するだろう。無理なら想像力が欠如している、と言っているようなもんである



次に「RADWIMPSファンしか褒めない」という暴論。

RADWIMPSは嗜む程度だが、あまりRADWIMPSらしくもなかったので、激烈RADファンからすると絶賛はしにくいんじゃないか

自分のような嗜む程度のやつに、ちょうどよかった。

歌もしっかりはまっていたし、劇判にも仄かにRADらしさがあった。しかしやっぱりそんなにRADらしさは無かったかもね。

まりファン以外も満足しているということだ。(ファンもある種の初期RAD感が出ていて嬉しいのかもしれないが)

音楽映画は噛みあえば化学変化を起こす。

ここはとても「邦画」感が溢れていた。秒速~以外に、自称映画通なら何作品か思い浮かべたいところだ。

こういう音楽映画邦画は得意のはず。邦画の好きなところだ。



次に「物語薄っぺらい」という話。

昨今の邦画は設定を詰め込み、それを全て説明しようとしてくる。故に物語に勢いが無くなったりする。

しかしそこまで説明されずとも作りこまれている映画に傑作が多い。本家アカデミー賞受賞作などを見ると、設定をしっかりした上でとにかく勢いが凄くて、設定なんてどうでもよくなる。

その部分がエンタメ邦画には足りないなぁと常々思っている。(無いとは言わないし、説明カットし過ぎてダメなのも邦画あるある

結局作りこみすぎると、ヲタク解説したくなってしまうのだ。(ヲタク脚本家監督

君の名は。はその絶妙バランスにたどり着いた。日本人が受け入れられる塩梅での。勢いと説明狭間だ。

例えば、見てない人には分からないだろうネタバレだが、三つ葉が父を説得するシーンが今作には無い。しかし説得した、と分かる。

映画を見ている最中は、他の展開が忙しくてそこに気付けない。

でも後々…もしかしたら見終わった後で、もしかしたら2回見た後で「あ、そういえば説得してたな」と気付く仕組みになっている。

彗星軌道云々という批判があった。

見ても無い自分が「フィクションからさぁ…」と突っ込みたくなるような批判だったが、見た今なら「あれはこういう意味があったんじゃないかな?」と推測できる部分がしっかりある。むしろちりばめられている。突っ込んだ人はもっとストーリーをみるべきだった。

途中で出てくるラーメン屋おっちゃんも、ナイスだ。

きっとリピーターは血眼で探しているだろうし、他のそういう手品トリックみたいな演出も、多分2回見たいと思わせる構成だ。

男女入れ変わりと聞いたら、転校生を始めいろんな作品が頭をよぎるだろう。使い古された設定に見えるかもしれない。ボーイミーツガール王道だし。

その設定を使ったこういう構成脚本を、薄っぺらいと言うのか。本当にそう思ったのなら絶望的な感覚である。とまで言っちゃう

薄っぺらい」ではなく「説明なさすぎ」の言い間違いじゃないのかなあ。

これくらいで良いと思うけどね。商業映画は。(もう一度見て理解したいと思わせる技は必須



次に萌えヲタ向けという話。

おっぱい揉んだりパンツが見えたりしただけでヲタク向けになるのか。

パンチラは角度的にどうしても見えてるだけであって、逆に見えないのはあの画の中では大きすぎる嘘になってしまう。

パンツが見えないのはギャグだ。リアリティがない。むしろ日常萌えアニメミニスカ絶対見えるパンツを描かないことで、フィクション感をだしている。

ていうかパンツ一瞬しか見えない。コンマ何秒とかしか見えない。騙された。

この理屈と同じで、実際あの状況なら胸は揉むだろ。



そんなわけであがっている批判を見ても、「え?なんでそんな批判があがるの?」というものばかり。

(例えば漫画原作のように<漫画という神>と違うからという批判は、心情的に良く分かる。調理した方と見た方の問題根深い。)

是非まだ見てない人に、見てから判断してほしいと頼みたい。別に批判をする人がわるいわけではない。的外れ批判が溢れているだけだ。

どうも売れすぎて、色んな雑音が耳に飛び込んでくる状況になっている。

だけど是非ポジティブスイッチを使ってほしい。

これを読んでる人は、君の名は。のことが気になっているはずだ。素直に、自分がどう感じどう思うか?と映画で考える良いチャンスなのだ



君の名は。面白かったです。

絶望感と閉塞感。あれを思ってはいけない、感じてはいけない。

そういう空気が付きまとう世界情勢で、映画界、とくに邦画界にもある時点から閉塞感があった。

いつだって現実が向かってきたし、夢物語は無い。そう示してくる話が多く、心の片隅が窮屈な想いをしていた。

若者たち経済が少し上向いても無駄遣いをしない世代になった。夢を見るやつは、馬鹿だと思っていた。

でも「君の名は。」は希望のある夢を見せた。ここまでの大きな夢は、もしかしたらあの時の自粛ムードと共にタブーになっていたたのではないかと思う。

ずっとこんな映画を見たかった気がする。

フィクションからアニメから、一つの大きな嘘を内包することができた。

なにかの穴を埋めてくれたのかもしれない。

その功績はでかいし、言いたい。こういう映画を見せてくれて、本当にありがとう

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