はてなキーワード: MMOとは
ウィキペディアのプログラマ、ブランドン・ハリスからのお願いをお読みください
ブランドン・ハリス (Brandon Harris, 1973-) はウィキメディア財団のシニアデザイナー。2010年からウィキペディアのユーザーインターフェイスの改良に携わる。ウィキメディア財団に入る以前には、 コンピュータエンタテイメント産業の Electronic Arts 社 に所属。独立プログラマとしては、ブラウザベースの MMOである Nexus War を単独で開発・運営した[1]。
ウィキメディア財団での主な仕事は、新規編集者獲得を目的とした一連のMediaWikiプラグイン開発、モバイル機器に焦点を当てた新しいウィキペディア用スキンの設計など[2]。
個人で開発運営した Nexus War は設備維持の費用がかさんだため2009年に閉鎖を余儀なくされたが、現在、有志によって後継ゲーム Nexus Clash [3]が運営されている。
幼少期からヘビーメタルを愛好しており、少なくとも10歳の時点でクワイエット・ライオットのMetal Healthがお気に入りだったという[4]。現在でもスレイヤー、ブラック・サバス、メタリカなどを好んで聴く[5]。
ウィキペディアなどのウィキメディアウィキ[2]やTwitter[6]、IRCでのハンドルネームは Jorm 。 北欧神話に登場する蛇、ヨルムンガンドにちなんで名づけたもの[7]。
RPGの話をする。
RPGっていっても、テーブルトークRPGやMMOとかじゃなく、ドラクエやFFみたいな俺が青春を費やしたやつだ。
ストーリーってもう出尽くした気がするんだよね。
かつては、ストーリーに出尽くしなんかないと思ってた。
もちろん、定番のネタというのはあるけれども。
でもさ、思えばRPGにおけるストーリーの制約はけっこう厳しい物がある。
町の平和を守るとか、そういう小さな目的から、世界を救うといった大きな目的まで、その流れに沿って話を進めないとならない。
ハードと媒体の進化によって、グラフィックや容量に制限はなくなった。
いくつもの国があり、それぞれの国にはいくつもの町があり、それぞれの町には何百人、何千人、時に100万人以上の人間が住む大都市まで登場する。
そんな世界では、一人の魔王を勇者が倒せば諸問題が全部解決する、なんてことはありえない。
現実と同じくらい複雑な世界では、その世界の諸問題も現実世界の諸問題同様に複雑で、誰か一人をやっつければ解決するほど単純なものではない。
独裁者、魔王、そういった一個人をラスボスにすることが出来ないとなれば、ラスボスは超存在とか概念となる。
スーファミ時代から、いやファミコン時代の後期からそういう傾向はあったけどさ。
でも、そういうのってしっくりこないんだよね。
昔話、神話で刷り込まれた勇者が魔王を倒すっていう基本のストーリーははやっぱり強力。
そういう単純な話、敵をやっつけて一件落着というラストに落とし込めるような、箱庭的な小さな世界観のゲームのほうが結局面白い。
「世の中には善と悪だけじゃなくて、偽善やら偽悪やら、善のつもりで悪をしてたり、その逆だったり、頭じゃわかっても憎しみは消せなかったり、いろいろあるんだ」
などと説教されても
「うるせーバカ」
となっちゃうだろ?
最近になって、糸井重里がMOTHER3の開発が頓挫した理由を「大作主義に陥ったため」と説明した理由が理解できてきた。
フラッグシップハードのRPGは大作である宿命が義務付けられている。
グラフィックは美麗でないといけないし、美麗なグラフィックは古典的で単純なターン制では許されない。
誰得な複雑でわかりにくく珍しさだけで楽しくもないシステムを抱き合わせさせられる。
世界は壮大でないといけない。
敵の目的も壮大でないといけない。
ちっぽけな主人公の存在が世界の大きさに押しつぶされてしまうのだ。
(じゃあ主人公をちっぽけじゃなく、特別な存在にすればいいのか?そんな特別な存在に感情移入できるのか?)
ずいぶんと後に、ゲームボーイアドバンスでMOTHER3が発売された。
物語の全てが小さな島のなかで進行した。
人類が生き残っているのはその小さな島だけだった。
それでも、大作を目指してしまった痕跡と言うか、いろんなものを詰め込み過ぎた痕跡が見え隠れして、MOTHER2ほどの面白さがなかった。
「他の犬は知らないかもしれないけど、君達が世界を救ったこと僕は知ってるよ」
と言ってもらえるような冒険がしたいんだよ。
分断された日本のインターネット というのを読んだけど、結局狭いところしか見てないんじゃない?
ソーシャルゲームがさも革命的なもののように言って数百ブクマされてたエントリ の逆パターンだね。
MMORPG はテレホ時代からあって、それが Geek 向けだった頃から、ソーシャルだったよ。Ultima Online は成功した中では最も古く今でも続いてる MMORPG の一つだけど、機械的な狩りやレベル上げをさせるような後発のクリゲーに比べたらよほど自由度が高く生活感があってソーシャルな側面が大きい。
もっとさかのぼれば、IRC にだってニフティサーブなどのパソコン通信にだってソーシャルな側面はあったよ。ぶっちゃけ人間が複数いれば、どんなものでもソーシャルになりえる んだけどね。
ソーシャルゲームってのは、そうした大きなソーシャル性のあるゲームから劣化縮小させたもの。Ultima Online のように自由にやりたいことを見つけられるのが 本質的には MMORPG なんだけど、"頭動かしたくない人" にそれは本格的過ぎたわけだ。だからクリゲーという単純作業やレベリングだけに集中させるような MMO が現れた。しばらくして、クリゲーの中でアイテム課金をもっとえげつないやり方にしてゲーム性を犠牲にしてでも廃人を育成するような方向性にしたものが生まれてきた。その MMORPG から生まれた腐った一端を濃縮してガラケーや SNS に持っていって成功したのがソーシャルゲームだよ。
腐った一端と言ったのはね、MMORPG があくまで擬似世界を楽しむ為のゲームであるとするなら、その世界のバランスを犠牲にしてでもお金を取るというのは廃人以外にはついていけないし、ゲームとしては腐ってるってこと。事実、MMORPG では行き過ぎてプレイヤーが離れたり、騙されてた人もそのおかしさに気づきだして、そういうやり方はだんだん下火になってる。同じアイテム課金でも、ゲームバランスを崩壊させない、無課金とできることには差がつかない、おしゃれアイテムや時間を買わせるようなサービスが主流になってきてる。
ソーシャルゲームにもゆくゆくはそういう波がくるだろうとは思う。ソーシャルゲームの主流ユーザーはネットゲーマーよりもさらに "頭動かしたくない人" が多そうだから気づきは遅い (ユーザーは騙され続ける) だろうが、いずれ変化は来るだろう。
いつの時代も "頭動かしたくない人" 向けのサービスってのはあって、IRC やニフティサーブに僕の先輩たちが夢中になってた頃は "頭動かしたくない人" はダイヤル Q2 とかをやっていた。パチスロとパチンコみたいな狭い世界の中でも、パチスロは覚えることが多いからってパチンコやる人がいたりする。僕らから見たら殆ど一緒じゃねーの?って所でもそういう住み分けがある。
分断もくそも、ネットもリアルももともと様々なものが住み分けしてる。ソーシャルゲームを異質なものに感じるのは、それに名前がついたから。ソーシャルゲームと名前がつくことで、それが及ぼしたり関係している事象を多くの人が意識するようになる。名前がついたら、名前を知ったら、さもそれに関係する問題が最近出来たように感じるだけだ。
ソーシャルゲームとそれ以外に見られる図式のようなもの・・・ "より多くのユーザーを未開拓の層から掘り出すために、より頭動かしたくない人向けに劣化縮小したサービスが低コストで乱造される" のは、ずっと昔からいろいろなパターンで繰り返されてきたことで、今に始まった事じゃない。
閉じたソーシャルのあるところに MMORPG のサブセットを持ってきてるのがソーシャルゲームって感じはする
ただ、Twitter とスカイプが普及してから MMORPG のソーシャル部分の垣根がものすごい勢いでなくなってきている
実際 MMO やるとわかるが、数年単位で色んな MMO を一緒にやる知り合いというか
Twitter や スカイプない頃も IRC で横のつながりはあったし
結局、MMORPG という仮想世界でも人間同士の付き合い、リアルからの連続というのは変わらないから
Twitter やスカイプといったツールでリアル規模で繋がってしまうとそのへんの境界がだんだん曖昧になるよな
昨日は居酒屋で集まったように、今日は MMO で集まろうか、って感じだ
MMORPG が特別な世界で、そこだけである人間関係というのを作る方が難しい
そこがソーシャルゲームの場合、リアルと密接のようでいてある意味閉じてる SNS という囲い込みの中で、仮想世界を思い込ませるのが上手いのかもしれない
そこに独特の嫌らしさを感じて苦手という人もいるだろう
スポーツも競技になるものはレギュレーションってのがあってね・・・
子供の遊びのゴムとびだって勝ち負けのルールやこれをやったらダメってのを決めるよね。
古いモデルの焼畑式チョンゲーMMOや殆どのソーシャルゲームは例えるなら、レギュレーション違反の道具を買えたり、勝負で八百長したり、自分だけ外人選手入れたり、勝ちをお金で買えたりするくらいのチート感があったんだよ。そもそもお金払わないと遊ぶ場所を確保できないとかね。
人が複数集まる以上、それは競技としての性質を帯びる。大多数が楽しいと思うためにはバランスを崩さないことが必要。アイテムなどよりも、プレイヤーの腕や経験や人脈やらが勝敗に関与する割合を増やす。そうしないと、交流したり競争したり協力することが楽しいと思えないし、ゲーム自体が短命になる。
その方向性を究極まで突き詰めて、プレイヤーの腕だけが差になるのが FPS。これらは eスポーツといって、スポーツの一種という扱われ方もされてる。プレイヤースキルやチームワークが大事というのは、たかがゲームでもその楽しさの根源はスポーツやチェスなどと何らかわらない。
そこまで削ぎ落としたモデルにしなくても、ネットゲーム全般にだってその要素はあるし、「交流したり競争したり協力することが楽しくて、自分で工夫したり努力することが結果に繋がる」という根本を崩さないようにしながら、アイテム課金も両立するというのはもう常識になってきてる。まぁ、大量生産ハンコ型クリゲーは初期動員さえ稼げればいいのでレギュレーションもクソッタレもない焼畑式が多いけど、そうじゃなくてまともな MMORPG は随分前から変わってきてる。
まあ、MMO もユーザーはずっと前からこのことに気付いていて「こうしてくれたら気持ちよくお金を払うのに」と 10年位思っていたけど、製作側が頭が固すぎたつーのがあって。ソーシャルゲームも同じ歴史を繰り替えすのだろうなと思う。
トラバいくつかで散々指摘されてるけど、MMORPG じゃ数年前から行われてるあたりまえの戦略。
その基盤となる仕組みや仮想世界としての現象は、下手すりゃ10年前からあること。
まあ、ユーザーに Win Win に感じさせるシステムをメーカーがちゃんと理解して実行してきたのはここ数年だけどね。
それをありがたがるようにブクマしてもったいつけてコメントしてる。
ばかばかしい。
ソーシャルゲームというだけで何か新しい現象があるように解釈したいんだね。
これがわかってない MMORPG なんてごく焼畑チョンゲーくらい。
書いてることはごく基本のあたりまえのことで、MMO やってるユーザーは本質的にもっと色々なことを体感してる。
トラバ全部読めばわかると思うが。
ソーシャルゲームはイノベーション。だがイノベーションは、すべてのユーザーが接続された単一のサーバーを使う、マルチプラットフォーム、マイクロトランザクション、コレクション中心のゲーム性、ゲームマネーとリアルマネーの最小限の垣根、スマートな課金システム、ゆるやかなコミュニケーションではない。ソーシャルゲームのコア技術。だがゲームや伝統的なオンラインゲームやウェブサービスなどが実現済み。だが人類史上ソーシャルゲームだけが実現した特徴。人間とボットが混在してもボットの存在が気がつかれない革新的な環境。ボットが人間に擬態して人間とゲームをプレイしてゲームを盛り上げるSF近似の環境が実現。ソーシャルゲームではユーザー同士の人間的なコミュニケーションを極限まで減少することでこれを可能に。革新的なことにもかかわらず不思議に語られない。すごく残念に思う。私が語ろう。
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ボットは、パソコン MMO では周知の事実で違法がはびこっている。これから話すことは少し違う。ソーシャルゲームのボットは、ゲームメーカー自身によって開発された。ボットは、普通のユーザーには区別がつかない。仲間やあなたの競争相手のいくつかはボットと考えるのは簡単。多くの人が疑問に思う。人間とボットの区別がつかないはずがない。セカンドライフとパソコンのMMOのような環境でボットが人間のフリをするのは大変困難。MMOはすべてのプレーヤーの動きをリアルタイムに見ることができる。すべてのプレイヤーがどのように動作するかを誰もが見ることができる環境では、特異な行動パターンは際立って目立つ。ほぼ同じアクションが繰り返されるならすぐにボットとわかる。ありえない動作もすぐにわかる(超高速移動、不可能なタイミングの攻撃を続ける、など)。MMOのボットのためのチートツールは不自然ではない動きの再現に苦労。NPCキャラの移動は不自然。同じ場所しか歩かない。不自然に遠回り。隙間に入って抜け出れなくなるなど。人間の操作する自然な移動は非常に困難な技術。ボットが人間とパーティを組んで行動するのは不可能。ボットは会話できない。MMOはキーボードと共にある。ゲームのチャット機能も充実。チャットをするのは当たり前。完全な無言のユーザーは不自然な存在。協調行動は全く取れない。すぐにボットが露見するであろう。
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対照的にソーシャルゲームでは人間とボットを区別する機能が軽視。あるいは未実装。他のプレイヤーの行動は目立たない。気がつかない。他のプレイヤーにあまり興味を持たないことでボットことに気がつかない環境。他のユーザーが何をしているのか分からない。ユーザーの仲間は行動記録を閲覧できる。ユーザーと対戦したユーザーとの試合結果は見ることができる。それは非常に断片的。ボスを倒した、ダンジョンをクリアした、などの結果しかわからない。他のユーザーのプレイの状態を把握することはできない。ソーシャルゲームでは装備の着替えを繰り返しているユーザーがいても誰も気がつかない。MMOで装備の着替えを繰り返しているユーザーがいたらすごく目立つ。ソーシャルゲームでは異常な行動パターンをとっていても問題にならない。目立たない。ボットにとても都合が良い。ソーシャルゲームでは移動に必要もない。移動はリンクのクリックだけ。人間らしい移動アルゴリズムは不要。ソーシャルゲームでは会話がとても軽視。他ユーザーへのコメントや掲示板がある。しかしあまり活用されない。ゲームに協力する戦略性が必要が薄いため。またキーボードが使えない。ずっと無言のユーザーも珍しくない。会話がとても少ない。ボットの理想的環境。ソーシャルゲームは最低限のコミュニケーションで成り立つことに最適化。それは同時にボットが人間に擬態することにも最適化。結果的にボットが人間に擬態できる環境が生まれている。結論。リンクをランダムクリックするだけでもボットが完成。それは不自然なゲームプレイが予想される。だが他ユーザーは気がつかないであろう。
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ボットを活用しているのは違法ユーザーではない。ゲームの開発会社が用意している。運営している。言い換えればハック不要。無制限にデータベースへのアクセスが可能。実際にゲームを操作する必要ない。データベースに記録を行えば良い。SQLだけでボットを作ることが出来る。例えば、"ナンバーワンのユーザーの敗北を増やす"SQLの次の2行で実現することができます。余談。MySQLのサブクエリ限界は非常に気に入らない。「SELECT userid FROM usertable ORDER BY gold DESC LIMIT 1;UPDATE usertable SET lose=lose+1 WHERE userid=xxxxxx;」これは不十分。たかだか敗北数を増やすだけ。正しくは対戦相手と対戦ログもゲームルールに合わせた形で記録。データベースに勝敗結果を記録するプログラムが必要。これはゲームのプログラムに元々存在している。流用するだけで良い。PerlやPHPで実装されているだろう。対戦結果の偽装は簡単。
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ソーシャルゲームはSNSプロフィールページと連動。ユーザーの顔画像クリックでプロフィールページに遷移。プロフィールページの偽装が必要。プラットフォーマーは己のSNSのデータベースへのアクセスが可能。ランダム名前で自動大量生成することは容易。ボットのプロフィールページを用意することは容易。ボットユーザーは、日記を書くことなく、まったくの無言で、熱心にゲームをプレイ。そのような特徴は正規ユーザーにも珍しくなく違和感はない。参入メーカーはSNSプロフィールページを大量に作成できない。正規プロフィールページを使い回す。その場合には、ゲーム上のH氏とG氏ののSNSのプロフィールが互いにV氏で同じ人に。これは異常。しかしユーザーは他ユーザーのプロフィールの対応を全てチェックしたりしない。発見される確率はとても低い。
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閲覧者はボット開発の容易さには納得したと信じる。まだボットの必要性と活用には納得していない。これからの話しで納得できる。
伝統的ゲームは開発者の感覚を基準にゲームバランスを決定(マーケティングの無視を意味しない)。ソーシャルゲームはユーザーアクティビティに基づいて、科学的な分析でゲームバランスへのアプローチを決定。これはユーザーアクティビティのサーバーログが蓄積されるために可能。ユーザーアクティビティの分析結果がゲームバランスに反映。例。チュートリアルの進行状況50%で停止しているユーザーが多数いるという分析結果。その箇所のチュートリアルは高い障害ことが想定される。対策。その箇所を平易に修正。その箇所を短縮。その箇所を除去、など。結果、チュートリアルの進行状況50%で停止するユーザーは激減。課金でも分析は重要。課金アイテムのバナー画像を表示する例。ランダム分割したグループAユーザとグループBユーザに別々のバナー画像を見せる。しばらく続け、結果的により課金が多いグループのバナー画像がより最適。繰り返すことでより効率的なバナー画像が完成。
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ゲームパラメータは簡単にデータを調整できる。しかしこれは不十分。人間同士のプレイの分析に適応できない。例。「開始直後に他のユーザーと対戦し3連敗したユーザーの70%はそれ以上プレイを続けない」という分析結果があると仮定。これはゲームパラメータでは解決できない問題。開始直後のユーザーは誰もが同じ強さ。ゲーム内で最弱。パラメータの調整とは別問題。解決策はボットの利用。開始直後のユーザーより弱いボットを用意。開始直後のユーザーはボットに優先的にマッチング。ボットの内部パラメータは開始直後ユーザー以下だかユーザーにはユーザーと同程度のパラメータに見せる。ユーザーは確実に勝利できるので3連敗してゲームを辞めてしまう可能性は激減。またユーザーは自分と同程度のパラメータの相手に勝利したと信じている。プレイを継続するモチベーションに繋がる。ソーシャルゲームプレイ中の人は確認推奨。理論上ユーザー全体の対戦での勝利数と敗北数は一致。上位のユーザーは勝利数のほうが多く下位のユーザーは敗北数が多い。コアユーザーでないのなら敗北数が多いのが正しい。もしもあなたが下位ユーザーにもかかわらず勝利数のほうが多いのであればあなたはボットに感謝する必要がある。逆の例:ロンチ直後のランキング上位にはボットを置く。それがないと初期ユーザーはすぐ上位到達。同ボットはゲーム人口が大幅に増加したら不要になることがおおい。
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課金でも分析結果にボットを適用するのは重要。例。「課金未経験でしばらく連勝を続け宝物のコンプリートまであとわずかのユーザーに突然強力な一人のユーザーが連日攻撃し続け宝物を奪いにきたときユーザーは課金アイテムを購入して防衛する可能性が高い」という分析結果があると仮定。ユーザー心理は、今をしのげば他ユーザーには連勝を続けられると考える。今だけでもと課金を行う。これを再現するボットの開発は容易。データベースを検索して課金未経験でしばらく連勝を続け宝物のコンプリートまであとわずかのユーザーを発見。そのユーザーと対戦可能で勝利できるパラメータのボットを検索。ボットは前もって様々なパラメータで大量に用意しておくのは当たり前。発見したボットでユーザーと対戦し対戦結果をボットの勝利でデータベースに書きこむ。これでユーザーが課金する確率が飛躍的に高まる。課金未経験ユーザーに課金を経験させることは実に重要。一度同様のボットプログラムを開発したら後は全自動で継続的に動作するのは当たり前。分析とボットの組み合わせアプローチ。日本ソーシャルゲームの驚異的課金率の施策の1つ。
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このようなパターンはユーザーアクティビティを分析することで無限に発見することが可能。ゲームの盛り上げと収益の最大化に大きく貢献。あと1つ例を。課金未経験ゆったりプレイユーザーにボットが仲間申請。ボットはゲームを情熱的にプレイ。課金も積極活用。仲間ゆったりユーザーにボットのプレイ結果がどんどん伝わる。多くのソーシャルゲームでは仲間のプレイ状況は断片的にユーザーに知らされる。中のプレイ状況は大きな刺激。仲間に影響されてよりプレイが活発に。「ユーザーのプレイ頻度は一番プレイが頻繁な仲間のプレイに近づいていく」分析結果への対応。地味であり効果は直接でないが確実にある。ボット数の効率化の観点から、1つのボットで100人以上のユーザーと仲間になるのが望ましい。ゲーム内の仲間人数制限をボットに限り解除。ユーザーがボットのプロフィールを見たときにボットことが露見すると冷めてしまう。表向きは仲間人数制限を解除していることが露見しないように。
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伝統的なRPGゲームではユーザーの進捗状況に応じて十分な強度の仲間と敵を提供します。これとソーシャルゲームのボットは近似している。ユーザーモチベーションを上げるのが目的のは同じ。RPGのモンスターと敵はユーザーもコンピュータのAIの操作ことを知っている。それでも十分楽しいが。しかしそれが人間ならもっと楽しい。そこでMMO。しかし人間は己もプレイヤー。ユーザーに合わせて適度なパラメーターで楽しさを演出などしない。そこで人間に擬態したボット。ユーザーに合わせてゲームを盛り上げる。ユーザーは人間だと信じているのでモチベーションも最高に。あらゆるゲームの問題点が完璧に解決されている。ボットの役目はユーザーの退屈に刺激を与えること。ゲームがボットだらけ必要はない。賢いボット利用を。このようなボット効果はソーシャルゲームのユーザー間のバランスを調整しモチベーションを維持するために非常に大きいです。ボットはほとんど話題にされない。技術情報に積極的な企業もボットは不思議と話題にしない。結果。ソーシャルゲーム開発会社も知らないところが多い。ボットを利用するソーシャルゲームはむしろ少数派。ゲームパラメータ調整だけでは限界がある。ユーザーアクティビティのログ解析はハイレベルだが本当に重要です。ログの分析に基づいてボットが適切なアクションを残すことでユーザーを興奮させるのでゲームに活用してください。また歴史の人間とコンピュータの黎明期以来、初めてボットと人間の見分けがつかない世界の技術革新を達成したことに多くの技術系ユーザーは興味を抱くであろう。ソーシャルゲーム会社は技術者を積極採用中。その一端はより優れたボット開発。興味があるなら是非応募を。ソーシャルゲームの一層の発展を願う。
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あー、韓国って色々と国を挙げて振興策は取ってるけど、コンテンツ個別を「安く」売るために補助金とか出してるわけじゃないよ。
韓国コンテンツが安いのは、単純に市場評価としてそういう値段しか付かないってのと、本当にコストが安いってのと、2つが原因。これはドラマもそうだけど韓国製MMOなんかもそんな感じだし、コンテンツ産業に限らず多くの産業で共通してる。携帯電話にしても液晶ディスプレイにしても同じ。
悪いから安いってのはともかく、原価が安いってのはコスト構造が違うんだよね。いや人件費そのものも違うんだけど、制作会社レベルで言うと日本と韓国の人件費の差って同レベルの人を集めて作ったら1.5~2倍ってとこ。ところが、実は日本の制作会社はこれでも搾取されてる方で、原価全体で見ると上位会社が持って行ってる分がしゃれにならなくてコスト差はもっと広がる。このコスト構造じゃ「韓国人でも作れる」ようなコンテンツはそりゃ韓国の方が圧倒的に強いよ。安いもん。安さは正義。この戦況だと日本が戦えるのは「韓国人では逆立ちしても作れないような作品を大コスト投じて作る」場合だけになる。
こういうのってどの産業でも同じようなジレンマに陥ってるんだけど、日本はどういう身の振り方をするか考えて行かないといけない。つまり、ローエンドまで幅広く日本でカバーする代わりにローエンドは韓国人との人件費競争を受け入れるのか(どちらにしても搾取構造はある程度変えないといけないが)、高付加価値のハイエンドをひたすら追求して「韓国人では絶対作れない商品」だけで戦うのか。これはもうどの産業でもそう。でもぶっちゃけるとさ、規模的に前者が圧倒的に大きいんで前者で戦うしかないんだよね。
S ネットゲーム アダルトゲーム 同人誌 フィギュア SF 三国志 軍事 声優 風俗 オカルト
A アイドル アニメ サバイバルゲーム アマチュア無線 鉄道 競馬 切手 腕時計 パチ○コ
B 漫画 バイク カメラ ライトノベル 特撮 民族学 自作PC 女子アナウンサー 麻雀 オーディオ機器
C 携帯電話 ラーメン 深夜ラジオ 映画 サブカル 自動車 ファッション テレビドラマ 熱帯魚 釣り
D ビリヤード ワイン 自転車 ダーツ テニス サーフィン ギター 純文学 クラシック音楽 アウトドア
私女だけど、Bまでなら許す
それより上はさすがに…
昔2ちゃんのどっかで見かけた男の趣味ランクのテンプレだが、このうちどうしても理解できなかったのが、
でも実際ネトゲをやってみて、Sランクはものすごく妥当だと思った。
正確にはネトゲ廃人に対する評価として妥当という感じ。
というか男の趣味に貴賎をつけるとしたら、あいつらはエロゲオタを差し置いて
間違いなく最下層と言わざるを得ない。
「大っぴらではなく影でこそこそやれ」とは思うけど、個人的には
そんなにキモいと感じない。
そもそもネトゲ、特にMMOは↓の記事にあるように「自己顕示システム」として強烈な麻薬性がある。
http://lovelove.rabi-en-rose.net/blog.php?n=227
廃人はこのシステムに取り憑かれ、自己顕示欲に溺れてしまった人達と言える。
欲望の赴くままに俺TUEEEEE俺SUGEEEEEを貪る。
その姿がどうしようもなく嫌らしく、気持ち悪い。
そして俺TUEEEEE俺SUGEEEEEは他者との関係無しには成り立たない充足感なので、
周りをあまねく不快にさせる。
しかしよく訓練された廃人だと、そうして周りからウザがられても
「なーんかまたザコが負け惜しみ言っちゃってるよーでも実際俺超かっけーから仕方ねーわ、
あー嫉妬されるマジつれーわw」
まさしく「ギルド一番の誇り高き戦士」の面目躍如といったところか。
特に10代からいくつもいろんなネトゲやってるみたいな、MMO経験が長い人ほど要注意だ。
文字通り頭狂ってる奴が結構いる。
もちろん初心者のうちから廃人傾向の言動する奴もいるけど(リア充のダークサイドとも言えるか)。
こういう奴らに比べたら、こんな所でヘイトスピーチまがいのクズ日記書き捨ててる
自分のほうがまだマシだと心底思う。
良い勉強法というか、考え方の変換なんだけど、
英語が難しいとか言ってる人って、無理にきれいな英語をしゃべろうと勝手にハードル上げるよね。
単語も割と覚えなくても何とかなる。
こっからは実体験だが、
Excuse me, Where's the coffee shop?
Like a star-backs ?
だけで、相手だって考えてくれる。
we are here, go straight, turn right, and here.
こんなもんで会話は成り立つんだよね。
そして、ニコニコでの配信はこの欲求を自分の期待以上に満たしてくれる。
で、何かを共有したいとなったときに、ジャンルによって変わってくる。
RPGもまぁプレイした人がいればいい。ADVもまぁ自重すべきかな、と。
プレイした人同士で十分必要なつながりは生まれる。配信する必要はなくね?
もちろんリアルタイムで同じ画面見ながら盛り上がるのは
同じプレイ体験があるってところから一歩進んで楽しいので難しいけど
例のあのシーンについて語ろうぜってことでそこだけあげたらいいんじゃない?
その都度保存されないUSTREAMでやるとかでいいんじゃない?と思う。
人によってプレイスタイルから感じ取れるものまで全然違ってくるから。
アクションゲームとかになってくると今度は腕前の話になってく。
でも、できるだけ同じものを共有したい。
昔は少数の友達だけで満足できたけど、これもニコニコで配信して
大勢からツッコミやら反応がかえってくる快感を得た後では元に戻れない。
そういうのがもう全面的に駄目って話であれば、
これは、製作者側からMMOでもやってろって言われてるのかな、って受け止めてしまうな。
そういう意味で、ニコニコがうp主に提供しているとてつもない快感について
それを認めるかどうかはともかく、どの程度製作者側が理解してるのかは気になる。
麻薬的に気持ちいいので、道徳論とか言っても多分意味はない。そういうものを破壊するだけの魅力が配信にはあるよ。
取り締まると言うつもりならそれこそ法や警察を持ってすべきじゃないかしら。
いつもいつも枠組みだとか常識論で語ってる製作者を見ると、認識甘いんじゃないかしら。
個人的には、どこもそういうふうにやれっていうわけじゃないけど
ゆっくりアーサーとかスパ帝みたいなんがたくさん生まれるといいなって思うんだ。
特定のシーンとかプレイ動画について、より面白い実況やプレイを競うみたいな。
あーでもこういう風にやると実況の間口が狭まっちゃうかなぁ。
それをMMOだと勘違いされるような量産MMOが多すぎるが(所謂チョンゲー、クリゲー)、ゲームはそういう一面だけではないし、当然それを好まない増田のような人たちもいる。
ちょっと古い書き込みだが http://anond.hatelabo.jp/20090312044936 これとこれについてるトラバを読めば、元増田はMMOに持ってる疑問がすこし氷解するかもしれない。
一人でやるゲームでも自分が上手くなる事に充実感を感じるタイプのゲーム(わかり易い例ではシューティングや音ゲーなど)は、ゴルフや登山などの自己追及系スポーツと似た性質がある。
チームで対戦するようなゲームにはチームでやるスポーツと全くおなじ楽しみがある。FPSではその名の通りeスポーツといって、スポーツと同じようにチームやプレイヤーに企業スポンサーがついて大会を行ってる。スポーツと同じようにチームは訓練したり合宿したりする。
そして、当然MMORPGにもゲームデザイン次第でこれらと同じ楽しみはあるし、コミュニケーション重視であれば現実やSNSと同じ楽しみがある。
しかし、それをわずらわしい、家ゲーみたいに一人でやりたい、時間をかければ最強になるのがいい、頭つかいたくない、という需要があるので単純作業させるクリゲー系MMOが(極東アジア圏では)量産されてるのが現実。
ネトゲの中でもMMORPG、特に韓国系クリゲーは、プレイに膨大な時間がかかることはよく知られている。
あらゆることにかなりの時間を費やすし、またそうなるように作られている。
しかも時間がかかる内容は、単純に量をこなさなければならない代物。
「次のレベルまで同じ敵を数千匹、決まった手順でクリック」とかね。
そこにはあまり時間短縮の余地はない。ポイントを押さえて効率よくやったところで多寡が知れている。
そして時間をかければかけるほどキャラが強くなり、ゲーム内での発言力も大きくなる。
つまりゲームを楽しもうと思ったら、余暇のうちの相当な時間をゲームに割かないといけない。
美味しいとこだけちょちょいと遊ぶのではなく、肩までどっぷり浸かることを要求されるわけだ。
かくいう俺はそういうゲームを1年くらいプレイしてみたけど、正直こんな物を何年もプレイする人が
未だに少なからずいるのが信じられない。
そもそも普通に仕事や学業に携わっている人がそんな時間をかけられるわけがないし、
ハウジングとかペット育成とか生産とかもレベル上げだけで精一杯の人はできないし、
新規は古参に永遠に追いつけないので先に始めた人がいつまでも先輩面していてうざいし、
コミュニケーションもそのゲームの話題に終始するので広がりが無い。
こんな風に、ゲームとしてもチャットのツールとしても欠点ばかりが目に付き、自分はプレイをやめたわけだが。
もちろんこんなこと皆分かっているんだろうし、納得ずくでプレイしているんだろう。
それでなおプレイするとしたら「こんなに頑張ってる俺かっけー」くらいしかモチベーションの源が思いつかない。
まあ廃人見てると発言内容の要点がすべて俺TUEEEEになってる人が多いし、その取り巻きも「努力しないのは甘え」と言って憚らないし、
実際そうなんだろうな。
それにしても頑張ることそのものが目的で、しかもその頑張り=とにかく時間をかけることなんて・・・。
趣味に貴賎は無いけど、それでも地獄のような単純作業の繰り返しに比べたら、
もうちょい有意義な遊びもあるだろうにと思うのだが。
運営とプレーヤーを比べたら、圧倒的に数でプレーヤーに分がある。
数がすべてとは言わないが、運営にあまり統制権を偏らせすぎると、多すぎるプレーヤーの統治が出来なくなるのではないか。
そもそもプレーヤーというのは、現在では多くのゲームを渡り歩いてきた人間が多数で、運営よりもずっと知識やアイディアを持っているのではないかと思ってしまう。
プレーヤーの自治に必要なのは、自由度の高さで、自由度の高さはシステムの崩壊というリスクを高める。
つまりここは徹底的に考えなければならない。面白いシステムや斬新なシステムというよりは、徹底して「崩壊しない」システム、そのさじ加減を考えて考えて考えまくること。
あと、運営があまり出てこないこと。
運営はあくまで管理者であって、フレンドリーな神であってはいけないと思う。
運営がプレーヤーに接近すればするほど、なんというか、そのゲーム自体が安っぽく見える。底が浅いというか。
下手すれば運営の裁量一つでパラメータも集めたアイテムも全部リセット出来るというのに、そんな奴がなぜプレーヤーに媚びを売るのか。理解できない。
畏怖すべき存在、下手したらリセットされるかもしれない恐怖。運営は絶対なのだという前提を覆してはいけないと思う。そうじゃなきゃ、皆作られた世界に飽き飽きしてしまう。
そのうえで、運営は単に恐怖であってはならない。運営とは全知全能の神であり、プレーヤーを過度に苦しめて収益を上げるような存在ではない。それでは逆の意味でプレーヤーに接近してしまっているから。
運営はあくまで世界を創造しそれを維持することだけに集中すべき。
イベントなどいらない。イベントとは運営ではなくプレーヤーが作るべきもの。
イベントを連発すれば、プレーヤーは怠惰になる。イベントとは言ってみれば運営が媚びを売った結果であり、運営の言うとおりにすればアイテムがもらえるなんて、もはやそれは仮想世界でもなんでもない。
情報は表に出してはならない。そして常に新しいアイテム、システムを創造し続け、さらにそれを隠ぺいしろ。
全てプレーヤーに見つけ出させる。当たり前だが、一か月遊んで廃人がすべてのシステムを見つけ出すような薄っぺらい世界ではいけない。
FF11のような膨大かつありえないほどの広がりを「嘘でも」感じさせる世界が重要だ。
アイテムはまず10万種類は作れ。5年かかっても廃人はその3割しか見つけられないような難易度にしろ!
世界の広がりは途方もなくしろ。新しいフィールドを踏破した人間はプレーヤーの間で伝説として語り継がれるくらいの難易度でいい。
そうやって歴史を積み重ねろ!資金はいくらあっても足りない。大富豪にたかれ。世界には腐るほど金を持ってる奴はたくさんいる。とにかくたかれ。
基本無料でもいいが、必ず金を払いたいと思う要素を取り込んだほうがいい。
たとえば、レベル制限、フィールド制限、アイテム制限。そういったものを段階的に組み込んで、結局は月額で何千円かは払わなくてはいけないようにしたほうがいい。
すごいゲームが無料で楽しめるわけがない、と思わせることが重要。レベル10制限にひっかかってもうやめたと思ったらそれは運営の怠惰だ。
とにかく離れられないようにしなければならない。このゲームを、寝食を忘れ職も失い友達も失い、それでもやらなければならないと思うほどのものにしろ!
縮図というか、見えにくい部分が見えちゃってるんじゃねーか?と思う。
廃人ってのは、もしツールみたいな不正行為をしていたとしても、社会における勝利者に他ならないわけでしょ。
その勝利者の態度がいくらでかくたって、妬みはするかもしれないが攻撃することは出来ない。これって現実と似てるような気がする。
廃人=成り上がりの経営者って感じ?やり手の経営者って、多かれ少なかれグレーゾーンとかそういうのを利用していて、アメリカなんかでは顕著だけど、金持ちになった奴は堂々と脱税の方法を教えてたりするじゃない。もちろん合法だけど。
つまり、金持ち=廃人を妬む奴はそいつと同期の人間であることが考えられる。もし世代交代すれば、新しい世代(つまり新規参加者)は廃人を目標とするだろうと思う。リアルで言えば、アメリカンドリームみたいな。妬みの気持ちは少しはあるだろうけど、やっぱり目標とするのは廃人でしょ。その世界での唯一の勝利者なんだから。
あとは、現実世界では運営=管理者の存在が全くといっていいほど遠くにいて目に見えないのに、仮想世界での運営はよく見えるところにいて距離も近いってことかな。
その場合、そもそもその世界において努力することがどれだけ無意味なことかに人々が気付きやすくて、さらに無意味なことをやって念願の廃人となりえた人間までいるから、そいつらへの「何やってんだあいつは」という視線が注がれやすくなる。
また、運営や世界内組織の力や知識が不十分すぎるために、公平なルールにおいて社会が動いていると「見せかける」ことが出来ずに、不満が募るばかりということも。現実の社会で公平なルールがあるかといったらそれは見せかけだけで全くないわけなんだけど、現実の場合、それを意識させないように隠ぺいするための方法がたくさんあり、さらにそれを納得させるための教育システムや歴史も存在するから、案外気付かれない。
俺は前に先行者有利の原則をどうやったらなくすことが出来るか考えてみたけど、先行者有利なのはそもそも現実世界でも同じであり、重要なのは「隠ぺい」することなのでは?と思うようになった。
結局この世界、前に生まれた人間のほうがとてつもなく有利になるように出来てる。特にパイがあらかじめ決められている部分においては。
ITみたいに新しい分野が出てきたことで先行者有利の原則が崩されたりもしたけど、MMOでそれを再現するには新システム、新フィールドなんかを際限なく提示し続けなければいけなくて、現実と違って攻略が容易なゲーム内世界っていうのは廃れるのは一瞬なんだなとよく思う。
あれ、一体何の話をしていたんだっけ。
ネトゲ、特にMMOは社会の縮図などと言われるが、だとすればMMOの社会はずいぶん歪んでいるなと思う。
MMOの社会は、基本的に廃人を中心に回っている。この廃人がかなり曲者なのだ。
彼らは基本的に善悪の区別すらつかない人が多い。
明文化された規約だけ守っていれば何をやってもいいと思っていて、
それが悪人の発想だということが全く分かっていない。
酷いのになると、自らの規約違反を「ゲームの仕様上違反行為ができてしまうことが悪い」なとど開き直る。
でもMMOの場合、モラルの無い人間が社会の中心になっていること、
あるいは社会の中心になっていることが見え過ぎるくらい可視化されているところが、
とにかく恐れを知らない奴ほど力をひけらかせる環境なのだ。
本当は恐れを知らない奴ほど痛い目に遭うべきなんだろうけど。
かくして2ちゃんやしたらばの晒しスレは、今日も廃人の悪行に対する私怨で溢れ返っているというわけだ。
しかしこの傾向、どこのネトゲをやってもびっくりするくらい共通だ。
自分が今更こんなことを書くまでもなく、ネトゲ経験者なら誰でも知っている事実とかどうなのよ。
まさしく「どうしてこうなった!?」という感じだ。
ネトゲはまだまだ色んな可能性があると思うけど、廃人問題を何とかしない限り、
ロクでもない商売という評価は払拭できない気がする。
基本MMOの話。
・一日のプレイ時間は最低でも10時間、できれば16時間くらいが望ましい。
・ガチャは毎回必ず回す。更新され次第即座に回す。一等が出るまで回す(リアルマネー8万も突っ込めば多分当たる)。
当てたアイテムは数時間以内にできるだけ高値をふっかけて売り払う。
そのためにもウェブマネーは常時20万以上ストックを持っておくくらいの気持ちで。
・プレイスタイルは「効率」「強さ」「火力」のいずれかを徹底追求すること。全てに拘っても構わない。
・常時複数PCを起動し、複数垢を使い倒す。使い倒し方は直接廃人に相談するかしたらばでのやり取り、wiki等から推測する。
・明文化された規約、ゲームの仕様上明らかに不可能なこと以外、なんでもやってみよう。常に裏をかくことを考えるといい。
・2ちゃんやしたらばに晒されても「そんなん晒した奴がm9(^Д^)プギャー」「私怨乙」と思えるくらいの強い心を持つ。
ここまでやれば、多分数か月~1年で、大抵のゲームで一目置かれる存在になれる。