はてなキーワード: ヲタとは
そうでもないさね。
どっかの限界集落に落ちて、集落そのものが消滅してしまったとする。
あるいは中国との全面戦争になって、多くの都市市町村が直接攻撃を受けて
そう言う時、「何の役にも立ちそうになかったスナップ写真」が
本人として知られていた写真は別人だった」とかもあるらしい。
百年後にどんな意味を持つかなんて、百年後にならないとわからないん。
ましてや今はスマホスマホでプリントされる写真自体が少ないから端末壊れてパーになる写真も多い。
自撮りなんかは盛るのが当たり前だから、現在の一般的な未成年の加工されていない写真は多分レア。
一眼レフ等で取られて、プリントされた写真が歴史的資料として重宝される未来はありうる。
キモくて金のない40代おっさんです。現在立っているフラグは以下の通り
NHKに名指しで「死ね」と言われたとき(一応『AIが言った』体になってますが)、ふと浮かんだのはルワンダ虐殺の際にラジオから流れた「ゴキブリを殺せ」というプロパガンダのことでした。
あの番組を見た後で、私こそがゴキブリだったんだとはっきりと自覚させられ、これ以上日本の社会と接点を持つのは互いに不利益しか生まないのではないかという思いを一層強くしました。
一方で、だからこそ今の自分にできることを少しずつ広げていって、社会との接点を持ち続けるべきという正論も捨てたくはありません。
最近、アルコールに手を出して身持ちが崩れ始めました。ナマポ受給で酒のんでアル中直行とか最低すぎる。これだからゴキブリなんだ俺は。苦しい。逃げたい。
苦しんで死にたい。それを見世物にされ、尊厳を踏み躙られて消費されたい。多分日本が望んでいるのはそういうことだろうと思う。それが、自分ができる唯一の“真っ当”な生き方だと思う。
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トラバありがと。
1 表面化しにくい文化資本
わかりやすい例として学生の頃にいた社会ヲタが社会ヲタたる所以はほとんどの場合、親が歴史の本を読んでいたり常に本棚に学習マンガが置いてあるからだ。社会ヲタが社会をすぐに暗記できるのは、暗記するのが早いからではなく元から知ってるだけなのだ。
2 ノウハウの不足
親が受験に関する知識が薄いと以外な障壁が生じることがある例えば有名な参考書を何回もやるとか下手な授業よりも独学のほうが有効とかのノウハウだ。
これがないと何したら良いのかわからなくなりこのような輩が親になるとただ勉強しろと子供に叫ぶのみ・・・(しかもモチベーションをそぐ)
3 もはや勉強どころでない
これは極端だと思った人はおそらく育ちのいい増田だ。公立中出身者は底辺層を見ているので言いたいことが分かるはず。私はそのような家庭で育ってないのであまり詳しくはかけない(というか書きたくない)
高校行く金が無いからバイトを強いられるとか当たり前。人間追い詰められると頭が働かなくなる
割といい歳のおっさん・おばさんのグループなんで、世間でいうところの『オタサーの姫』とは少しちがうかもなんだけど
ある意味「オタサー」だし、彼女が、最近めっきり姫ならぬ女王様と化しているのを、気持ち悪く見てる。
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半年くらい前に、そのサークル内で付き合ってた男Aと別れたんですよ。
所詮、ヲタなので、やっぱりどうしようないな、、、って感じで。
まあ、付き合ってたのは、隠してもいなかったけど、特に大っぴらに公言してたわけでも無かったのね。
なぜか、その男Aのことが気に入ったみたいで、
少しずつ、接近してったみたいでで。。。
そんな気配もあって、当時別れたんだけど(もちろん、原因はそれだけじゃない)
その後、その女の攻撃(?)も徐々に激しくなってきて。
趣味がおんなじだと、すり寄り
と言いつつ。
いろいろ話を聞いていると、たいていの男には自分から声かけてる。
雷鳴れば「こわーい」とアピール
それ、気がついたので、何気なくツッコミ入れたら何故か逆ギレされた。
ホント、ウザいわ。私のことも裏で何言われてる事やら、、、
という訳で、彼女、すっかり『オタサーの女王様』に君臨してますわ。
いずれにしても、男Aはサイテーな奴だったので
楽しみは尽きない。
「一号〜555まで崇拝、カブトまで許容範囲、それ以降論外」派な老害だけど、
もう新作ファンへの殴り込みはやめた。楽しんでる奴らの横で、
「は?こんなんで満足してんの?俺たちの頃はな・・・」なんてまさに老害の典型、こんな無粋なことはないしな。
新作ファンでも本当に好きな奴は大概遡って過去作見てくれるし。今はストリーミングあるから余計に。
そんときになってようやく「ああ、あれは放送当時はね・・・」とか言って口を挟むようにしてる。
アマゾンズ1stは一応最後まで見たけど、デザイン・ガジェットと終盤・最期で周りの奴ほどハマれなかったな。
あの設定ならもう少し理にかなったデザイン・ガジェットにすべきだと思った。
なぜ肉体的に変異してる設定なのにツルツルテカテカのヘルメットコスチュームに電子音が鳴るおもちゃのベルトなのよ。って。
今では手放しで礼讃されてるクウガも同じ疑問点があるけどね。TVだったクウガと違って好きな大人しか見ないんだし、シン系統で良いのにと思った。
あと終盤の展開。悪とどう折り合いをつけるか、が仮面ライダーの命題なのにそれをぶん投げてしまったのがね。
https://anond.hatelabo.jp/20170711230932
俺は仮面ライダーディケイドから仮面ライダーをずっとみてるんだけど、今って、ニチアサでやってる「仮面ライダー エグゼイド」と、アマゾンプライムでやってる「仮面ライダー アマゾンズ」があるわけよ。
で、俺みたいな平成ライダーを受け入れた奴らはどっちもみて「エグゼイド面白くなってきた」「アマゾンズいいわ~」とかいってるところに、老害ライダーヲタ(昭和ライダーしか認めない、または電王以降認めないなど細かい)が「エグゼイドはダサすぎ、やっぱりアマゾンズ」っていって殴り込みにくるわけ。
でも、こどもって当然エグゼイドのほうが面白いと思ってみてるし、未だにプラモをビックカメラのおもちゃ売り場に買いに行くような駄目大人の俺は子供がエグゼイド大好きなの知ってるし、俺が「ちょっとこれは…」と思ったマキシマムマイティXもかっこいいと言ってるのを知っている。今のライダーって小物変身アイテムで儲ける戦略なんだけど、その変身アイテムを欲しがって駄々こねて店の人と親に迷惑をかける子供をしっている。
でも、老害からしたら新しいライダーは間違いなく売れないデザインで、かっこ悪いらしい。
彼らは仮面ライダーが好きなんじゃなくて、昔見てた仮面ライダーが好きで、アマゾンズがアマゾンリスペクトの作品だからそういってるだけなんだなってこの増田みておもったよね。
追記
アマゾンズを見てる層を馬鹿にしてるけどエグゼイドの数字がよくなったのも
そういう視点のそういう意見が出てくる時点で子供の事は建前じゃないか…
結局自分たちが楽しいものが見たいだけって白状してるようなもんだ。
ちなみに、かっこいいっていってる子供は甥のことだ。
追記2
俺の書き方が悪かったのは承知してるけど、そうやってトラバでハッスルしないでくれ。
そのライダーを好きで熱中している子供がいる。それだけで十分だろ。一番人気しか愛してはいけないのか?不人気なものを好きになってはいけないのか?
俺は一番オーズが好きだよ。それは甥と一緒に見始めたライダーだから。まぁ、甥はもういっつもデンジャラスゾンビデンジャラスゾンビとオーズの事は忘れてしまったようだが(´・ω・`)
クウガが好きなのもわかる、ブラックRXが好きなのもわかる、V3が好きなのも、1号が好きなのも、全部わかるけど、今やっているエグゼイドを「○○以下」「売上では」「子供に売れてない」と楽しんでる子供を完全無視して駄作としたい勢力が居るんだよ。それは先の増田のロボットアニメと一緒だと思うわけ。
おまえが嫌いなら嫌いでいいの。別に「好きになーれ!好きになーれ!」と言ってるわけじゃない。
ジャンプと一緒なんだよ。「子供」を理由に嫌いな作品を叩くなって言ってんの。
追記3
一つ言いたいのは、「何が優れている」「何が優れていない」って事をいってるんじゃない。自分で自分の発言に責任を持たないといけない「批評家」がそれをしてくれてるんだから、俺みたいな匿名でしか言えない人間が言えるはずがない。
このトラバ元の「今の子供にはロボットアニメが売れない」というのが「大人が好き勝手に定義をして売れていないとしている」事を、仮面ライダーでもひしひしと感じたからこう描いたわけ。
最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋の女の子が引っ越してきた。
彼女は社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じになることがたまにある。今までは1限なんかにとてもじゃないけど出席することもなかったから、まさか1限に出ることで同じ電車のしかも同じ車両になることがあるなんて思いもしなかった。
確かに地元は一緒だったし、なんだったらどの辺に住んでいるのかも知っていたから、僕の最寄り駅にも自転車を使えば通えないこともない。彼女の大学が高田馬場から東西線で一駅のところだったから車両の一番後ろに乗ることを知っていて、僕の方は西武新宿で乗り換えて中央線に乗っているので、一号車に乗る。だから思いもしなかったっていうのはさすがに言いすぎかもしれない。ただ同じ車両になるというのはひどく窮屈だ。緊張しさえする。こちらとしては彼女の姿をこの目に収めておきたいのに、羞恥心が邪魔をしてしまう。職場が青山にあるというので大江戸線に乗りたいのだろう、彼女が中井で降りる気配を感じる。夏目漱石のこころをiPhoneにインストールしているkindleで読み直しているけど、様子が気になって内容がちっとも入ってこない。
こんなことになるなら、引っ越すとしても元の家から徒歩で15分くらいのところじゃなくて、もっとこう"シティ"な感じのところにしてくれたら良かったのに。パパが僕たちの地元を大変お気に召しているのだろうけど、大したもんはココにはない。ジョギング中の夫婦が「ヨーロッパに来たみたい」なんて言っていたのを聞いたことがあるけど、僕は地元に"ヨーロッパらしさ"を感じたことは一度もない。ヨーロッパらしいってしかもアフリカっぽいと同じレベル感なのがグッとくる。フランスもドイツもスイスもフィンランドも"ヨーロッパっぽい"のだろうか。
それにしたって彼女は気まずくないのだろうか。もしかしたら彼女の方は全く気にしていないどころか、僕なんかに微塵も興味を感じていないのかもしれないけど、それにしたって不都合だ。朝の通勤時間に小説やビジネス本を読むような彼女には東横線か、あるいは田園都市線がお似合いだと思う。青山の広告代理店でパリッとクリエイティブな仕事をしているのなら、意外と二子玉川や武蔵小杉なんかも良いかもしれない。トレンディがある。そんな彼女の住まいが閑静なローカル線の住宅街で僕の家から走って2分だなんて。
初恋の女の子が僕の通っている小学校に引っ越してきたのは4年生の時だ。
学芸会の準備で役を決める際に視聴覚室か何かに学年で集まる機会があって、僕はその時三組だったから、二組に転校してきたその子を見かけるのはそれがはじめてのことだった。僕は一目惚れをした。
控えめにいって、ものすごく可愛かった。もしかしたら可愛くないのかもしれないとかそういうことを思うことなんか一切ない。疑いのない可愛さ。とにかくものすごく可愛かったのだ。広末涼子のような清涼感にしかしどこか影のある、もしかしたら深田恭子かもしれないようなミステリアスさ、とまではいかないけど、こう、幸の薄そうな、アンニュイな佇まい。目が合っているようでどこか僕よりも遠くを見ているようなそういう雰囲気のある女の子。きっと心臓に包帯を巻いているに違いない。
そんな少女の横顔を偶然にもあの場で拝んでしまったその日から、僕の好みの女性のタイプが確立してしまった。確実に言える。初恋というのは実に恐ろしいものだ。
僕は地元の公立中学に進学することを決めていたし、彼女が日◯研かどこかの塾に通っていてそれで女子中学校を受験するというのは友達から聞いていたから、中学に上がったらこの思いも終わってしまうんだなと思っていた。金輪際のお別れになるんだろうなって思った。なんでかわからないけど、また会えることを期待したお別れであったり、悲しさのようなものを感じないまま中学生になった。今思えば、そういう感情が終わってしまうということが当時の僕にはよくわからなかったのだと思う。小学生の頃の僕たちはただ誰が好きだ誰と両思いだとかそういう秘密を"バクリョー会"と名付けたなんだかよくわからないグループでこっそり共有しあって、それでその子と廊下ですれ違うたびに肘で突き合うといった交友関係を楽しんでいただけだったのかもしれない。一度も話したことのないにも関わらず、これは初恋なんだって確実に言えるそれは小学校卒業と共にお別れしたかのように見えた。
僕もその当時ノリノリでプリクラをプロフィール写真に設定し、好きな異性のタイプのところに「幸薄い子」って書くくらいにはエンジョイしていた。
今でいうTwitterのようなタイムラインは「リアル」と呼ばれていて、幼稚園の同級生だったモデルの女の子は「りさのりある」とかいって人気を博していた。
「ぼくのりある」もささやかな人気を誇っていて、"ねっとりとした"自分語りとますだおかだの岡田のような芸風がウケて意外にもいろんな人に見てもらえていた。
ゲストブックというのが前略プロフの中の機能にあって、そこに知人がコメントを残すことが出来るようになっている。そのときに現れた nさんが話題になった。彼女は僕のゲストブック=足跡 にミルクキャラメルが欲しいと言った。
僕が高校にあまりいかず(行ってなかったことはしらないだろうけど)近くのコンビニでバイトをしていたことを彼女は知っていた。
彼女の言うミルクキャラメルがうちのお店にあるかどうかの話を聞かれて、多分あるとかいう適当な返信をしていたのを覚えている。そのうちみんなが僕とnさんのやりとりに興味を持つようになって、学校に行くと「あのn ってだれ!?ww」とか言われるようになった。
僕とnさんとのやりとりが130件を越えたあたりで、nさんはバイト先に来た。
僕は度肝を抜いた。まさかこんなことがあるのだろうか。あの女の子だった。
バイト中にも関わらず連絡先をその場で交換した。夜勤のお兄さんと一緒に夕勤に入っていたのだけど、事情を説明したら怒られなかった。むしろ茶化された。
そこから僕たちは小学校を卒業してから今までの4年弱を埋めるかのようにメールをした。
当時の携帯は文字数制限というのがあり、1万字を越えると入力ができなくなるのだけど、僕たちは文字数いっぱいになるメールを1時間半かけて50~100つのトピックを会話した。
たとえばニコ動が面白いとか、彼女は御三家クラスの女子校に通っていたので、自然とヲタい趣味を持ちやすいのだと思うけど(偏見)、時かけMADがあーだとか、あるいは東京事変だどうだとか、そういう話もした。彼女は軽音部で、家にはドラムセットが置いてあって、透明人間をコピーしたりしていたらしい。椎名林檎が好きな女の子だった。高校1年生にしては早熟しているという感想がある。
次第に僕達の仲は縮まっていき、バイトから上がって、電話がかかってきて。僕は彼女から気持ちを伝えられた。僕はそれには返事をしないままデートに誘った。
正直にいって、僕は彼女に対して劣等感があった。先程も言ったとおり、羞恥心なのだ。彼女は1時間半かかるメールをしながら、僕が必死に入力している時間に勉強をしていたのだ。大学入学に向けて自主的に勉強をしているような子だった。
僕は偏差値が50もない都立高校に進学して、あまつさえ学年ワースト10の人間だったから、そういう天上人の姿を目の当たりにして惨めな思いがした。
「勉強なんて、くだらない」
「どうせやったって役にたたない」
僕はみんなが僕と同じようにそう思っているに違いないと思っていたから、ボイコットと言えるような授業態度を取ることもあったし、それがきっかけで停学になることもあった。そういう人間なのだ。そういう貧困家庭で文化資本の微塵もない人間が彼女のような幸福に溢れる少女と関わるなんてこと、あってよかったのか。
僕は気持ちに応えたかった。けど、自分の無様な境遇を誰よりも理解していたからこそ、彼女の気持ちに応えることもなく、返信を止めてしまった。
「あの時いったこと、なかったことにしてください」
そういう経緯もあって、高校二年生にあがって、ひょんなことで自分も大学進学ができることを知ってから、たまらず勉強をしてみたくなった。
早大学院が家の近くにあって、その高校に幼馴染が進学していたこともあって、高校に行っていなかった時はもっぱら学院の子たちと遊ぶようになった。
もう一人、学院にいったバスケ部の友人が僕に言ったことがある。
「ココにはお前みたいなやつがいっぱいいるぞ!」
僕の居場所はきっとこっちなんだろうなって思った。
僕は変に尖っていたから、東大は無理だけど早慶ならやればイケると思っていた。だから学校で受けることになっている模試の志望校には早稲田の法学部と慶應の法学部を必ず書いた。当時の僕は文系最難関は法学部だと思っていた。偏差値は30台だった。
僕が勉強に対してひどいコンプレックスを抱えていたのは、進学した環境へのミスマッチもあったけど、それよりも大きかったのはきっと彼女へのコンプレックスが勉強に向いていたからだと思っている。僕はそうやってここまでやってきたのだ。
幼馴染いわく、彼女はAO推薦で早稲田の国際政治学科に入学したと聞いた。
ものすごくモテるけど、性格が奇抜らしく、恋愛に発展することはそう多くなかったらしい。
彼女は3年生になって、イェール大学に1年間留学した。留学費用は親から借りて、社会人になった今、親に返しているって言っていた。
彼女はきっと大学でケインズやハイエクを勉強するような感じではなかっただろう。
きっとホロコーストに関心を持って西欧政治史を勉強していたのだろう。ハンナ・アーレントのようなそんなイメージがある。"アンシュルス"という響きが彼女を形容する。留学ではどんなことを学んだのだろう。
僕の方はどうだっただろう。
見えない格差に悩まされないことはなかったし、この断層をどうにかして上り詰めてやろうと思った。もしかしたら届かなかったかもしれないし、もしかしたら届いたかもしれない。
でも、ある種の上流に来て思った。僕は平面的な世界しか見ていなかった。ここには奥行きがあって、階層が同じになったように見えても、生きる世界が交わることがないのだと。
彼女の生きてきた歴史を僕が覗くことが出来ないことが、たまらない不安となる。彼女の見える世界と僕の見える世界はブラウン管に映るカサブランカと最新液晶で見る君の名はくらい違うに決まっている。
恵まれた家庭に生まれ、愛され、そうして社会になんの疑問を抱くことなく生きてきたのであれば、どうかそのまま幸せになってほしい。
社会人になって、通勤中にビジネス本を読んだり、コピーの勉強をする必要なんてきっとない。いつかきっと、おそらく今も付き合っているであろう彼氏や職場の人と結ばれて、2児の母になって、幸せになっていってほしい。
彼女が政治経済学部に進学したように、僕も政治経済学を学んできた。
彼女が広告代理店に就職したように、僕も卒業したらネット広告を生業とするだろう。
どこかで交わってもよかったはずの世界が、どんなに類似共通する点があっても交わることのないこの世界の片隅で僕はまことに勝手に息苦しさを感じている。
おそらく10月までに引っ越すことになるだろう。
僕が24年間生きてきた思い出深い地元を出た時、僕と彼女を結ぶ共通点がついに無くなる。
それは小学生のときにはわからなかった別れのような感情を僕に芽生えさせるのか。
あるいは僕の眼前を照らす原動力として、ずっとこころのどこかに仕舞われたまま生きていくことになるのだろうか。
国境の南、太陽の西という小説がある。あの主人公の気持ちが分かるような気がしてしまう。もし30歳とかそのくらいの年齢になって、島本さんのように現れてしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。
一度空いた穴が塞がることはないのだろう。
友達に、アイドルみたいに小顔で可愛くてお洒落ですごく気が利いて話もいつも面白いけどガチヲタでBLを楽しみすぎてるあまり恋愛にも結婚にも興味なくて異性のアプローチも全部断る生活を10年以上続けてる子がいる。
一方、身内のママ友に、オウムの麻原が女体化したみたいな外見で肥満アンド不潔コンボでいつも会話の空気を読めず周りに迷惑かけてるドゥフフ笑いの子持ちがいる。夫の勤め先がそこそこ名が知れている会社であることと、既婚であることがステイタスらしい。