はてなキーワード: エロゲーとは
凄い好きなんだよ、恥ずかしいけど今までの人生で一番愛した人だと思う。俺はスペックも高くないし性格も全然イケメンじゃないんだけど、彼女のためならそんな自分を変えたいなと思えたし、そうやって頑張る事自体も楽しく思えた。彼女が24の時に出会ったんだけど、二人共にわかゲーマーの邦ロック好きでとにかく趣味が合ったし、自然体でいても互いに楽しく、彼女と同じ空間にいると安心できた。初めての二人きりで食事に行ったときからこの人となら結婚したいなと思える、そんな人だった。それから5年付き合って今29なんだけど、彼女の結婚しようオーラが凄い。
でも結婚したくない。彼女は俺と出会う前に3人くらい付き合ってた人がいるんだよね、それが理由。
ネットとかでさ「別の男の○○舐めた女と結婚して~」とかってコピペがあるでしょ、ああいうの見るたびに心臓がバクバクして胃の辺りがギューってなるんだよね。ホントに好きなんだよ、今の気持ちを率直に言うなら結婚したいんだよ。でもさ、人の気持ちって不変じゃないから、将来ぜったい後悔する自信があるんだよ。なんかよく見かける漫画のコマでさ、初めて一夜を共にしようとする場面で「なんで処女じゃないんですか!?」って叫ぶ男のシーンがあるんだけどさ、ホントにあの気持ちだよ。もし結婚したら今後数十年ずっと心の中でその言葉を繰り返しながら生きていくんだなあと、そんなの俺も彼女も幸せになれないと思う。
26の時に一度、こっちから別れ話したんだけどね、結婚観が違うからって理由つけて。でも彼女も結婚は全く考えてないって言ってたし好きなら良いじゃんって何となく押し切られちゃったんだよ。やっぱり30前になると女の子は変わるよね、俺の考えが甘かったというか、彼女に甘えちゃってたのかなあ。
ああ、もう結婚するしかないのか。でも本当に前の彼氏のこととか考えると体全体がものすごく熱くなって脳の血管がピクピクしてるの感じるんだよね、無性に叫びたくなって、なんか今から駅に行って電車に飛び込もうかなとか思っちゃうんだよ。
凄い気持ち悪いよな。高校生の頃はエロゲーに嵌ってたこととか、彼女には全部話したけど、この気持ちだけは話してないんだよ。もういっそ彼女がこの記事見つけて読んでくれないかな、でもそれも逃げというか甘えだよなあ。なんでこんな考え方になっちゃったんだろ。宗教ってか呪いだよなあ。
中高でネットなんて見なきゃ良かったよ。
――――追記――――
手持ちのタブレットでpcのリモートは通信速度の関係か、今一カクカクした。
winタブは持ってないから試してないけど、そのためだけに新しくタブレットを買うのは気が引けるし、周辺機器が色々必要みたいで面倒だ。
もちろんあのゲームのことだ。
素晴らしいゲームだ。
エロ抜きでゲームとしとても素晴らしいし、長く続いたシリーズのラストを飾る物語としても良く出来ている。
前作、前前作(初期版)の出来から内容は不安視されており、三作前のアレが奇跡的に面白すぎただけなんだなとまで言われていた。
しかし蓋を開けてみれば、伝説級とまでされたあの名作を換骨奪胎した超名作ではないか。
思えば、その原型となった今ではフリーとして配布されていたあの作品のクオリティが凄まじいからこそ、このシリーズはここまでこれたのかも知れない。
多くの者達はあの一作でこのシリーズを知ったのではなかろうか。
もちろん、今から3つ前に出されたあの神ゲー、伝説の再来ともされたあの一作が入口の人も多いであろう。
どちらにしろ、今から20年以上前にあのクオリティを実現させたあの一作こそが、このシリーズが持つ圧倒的熱量の第二のスタートラインなのではないだろうか。
そしてその完成形を土台として、才能が支配する理不尽な世界とその世界を謳歌する鬼畜主人公の物語は展開されてきた。
主人公が鬼畜として横暴に振る舞えるほどに強いのは何故なのか、その答えがハッキリと用意されているからこそこのシリーズは楽しかった。
実際、主人公のライバルの中にはまさにその異世界チートばりばりの設定を引っさげているアベックがいるではないか。
いつの時代もチートが大活躍する物語はファンタジーの王道の1つとなるのだ。
語りすぎた。
本題に戻ろう。
さて、諸兄はこのゲームよりも大きなビッグウェーブが今後、エロゲ業界に訪れると信じているだろうか?
確かに、イリュージョン等が本気を出してスーパーVRエロゲーを出せば世界は今から大きく変わるかも知れないが、最大瞬間風速において今より強烈に強い時代の風が吹くのだろうか?
私は、エロゲ業界に今より強い風が吹くことはもう無いと思っている。
言うなれば、この熱狂こそが、煌々と輝いてきたエロゲ業界の最後の大花火、超新星爆発なのではなかろうか。
楽しかった。
昭和・平成という時代の中で、PCのスペックの進化とメンタルがおかしくなりそうな社会情勢の渦中で、エロゲは時にグロテスクに、時に哲学的に、時にただ純粋にエロく、時にエロを置き去りにして、僕らに夢を見せてくれた。
そう言えば、散々語ったこのシリーズは、平成の始まりに生まれたのである。
ああ、全く、1つのエロゲが、1人の鬼畜が、とある会社が、ハニワが、平成という時代を駆け抜けたのだ。
激動の昭和と人は言うが、平成がおとなしかった時代だとはとても思えない。
長いのだろうか、短いのだろうか、それはまだ分からない。
最後には、死を乗り越えて我々の知らない新しいエロゲ業界へと生まれ変わるのかも知れない。
私にはそう思えてならない。
まずはじめにいっておきたいのは『うらら迷路帖』をけなす目的でこの文章を書いているのではないということだ。おれは『うらら迷路帖』のファンではなく日常系アニメのファンで、だからこそ書いておきたいことがたくさんある。
ファンの人はたくさんいるだろうけれど、人気が出なかった作品であることはファンも認めざるを得ないと思う。なぜ商業的な失敗をしてしまったのかを可能なかぎり客観的に書くことがこの文章の目的だ。
『うらら迷路帖』は2017年の冬クールにアニメ化された作品で、原作はまんがタイムきららミラクに連載されていた四コマ漫画だ。
同じクールにやっていた『けものフレンズ』に話題をかっさらわれたばかりか、『この素晴らしい世界に祝福を! 2』『幼女戦記』といったなろう系の注目作、『ガウリールドロップアウト』『亜人ちゃんは語りたい』『小林さんちのメイドラゴン』といったファン層がかぶりそうな作品などが放映されており、それらの影に隠れてしまった感がある。
たくさんある。
キャラデザがかわいい。とくに小梅のキャラデザがおれは好きだ。
OPの曲がかわいい。脳内でくり返し再生される。OP映像もそれなりにいい(もうちょっとがんばれたとは思うが)。
大正ロマン風の舞台設定がいい。建物や内装はもちろん、ちょっとした小物にまで配慮がある。
占いの番付によって入られる場所が制限される設定もいい。番付が上がる→入られる場所が増える→自然に新キャラが出せる(既存キャラのリストラも自然にできる)というシステムになっているからだ。
なにがダメだったか明確にするために、日常系最大のヒット作である『けいおん』を中心に他のアニメ作品との比較で話をすすめていく。
『けいおん!』は軽音楽、『ばくおん!!』はバイク、『New Game!』はゲーム制作、『ヤマノススメ』は登山、『ゆるきゃん△』はキャンプなど男が関心をもつものを盛り込むのがふつうだ。
『ひだまりスケッチ』や『GA芸術科アートデザインクラス』のように芸術をテーマにすることがよくあるけれど、それは視聴者の関心というよりは、芸術制作によってキャラの個性を出しやすいのと、作者の漫画家としての経験をテーマに活かすことができるという利点があるから採用されるのだと思う。
ところが、うらら迷路帖の場合は「占い」だ。これはかなりの悪手だ。しかも、おまけ程度ではなくがっつりと話に絡んでくる。
男というのは占いにまったく興味がない。馬鹿にさえしている。占い好きの男もいることはいるだろうけど、同好の男友達を見つけようと思えばかなり苦労するはずだ。
ギターを弾いている女の子は三割増しでかわいく見えるし(=萌え)、バイクをさっそうと走らせる女の子はさまになる(=萌え)けれど、占いに興じている女の子をとくべつかわいく感じる男はあまりいないはずだ(≠萌え。いかんせん興味がないし馬鹿馬鹿しいと思っている)。
あと、占い師の番付が「十番占(見習い)」~「一番占(名人クラス?)」まである設定だけれど、たとえば五番占と一番占がどのくらい力がちがうのかがよくわからなかった。そういう少年漫画っぽいところは、せっかく設定を出したんだからもっと詰めるべきだ。
占い要素は、死に設定どころか死神設定になってしまっている。せめて似たような要素の「巫女」だったらまだよかったんじゃないかと個人的には思っている。巫女服という制服(萌え要素)があるし、エロ漫画やエロゲーで培われたオタク独自の巫女文化があるからだ。
ようするに関係性萌えができないということ。これが最大の失敗要因だとおれは睨んでいる。
メインキャラ四人は皆が初対面で、幼なじみだったり姉妹だったりするわけではないし、同じ占い学校の同期だから先輩後輩の関係性がない。だれとだれがとくべつ仲がいい設定なのかパッと見でよくわからない。あえていうなら、みんな均等に仲良し、あるいは千矢のハーレム?
このおれの意見にはこういう反論が来るんじゃないかと思う。「だれとだれが仲がいいかなんて最初からわからなくてもいいのではないか。話数がすすんでいくごとに徐々に関係性が構築されていく過程を楽しんでこその日常系だ」
たとえば、『けいおん!』。澪と律は幼なじみで仲が良く、軽音楽部の再立ち上げもこのふたりがはじめたことだ。担当楽器はベース(澪)とドラム(律)のリズム隊。唯は後輩の梓をとくに可愛がっており、梓はなんだか頼りない先輩である唯をどこか放っておけない(最高か!?)。担当楽器はふたりともギター。そして傍観者、紬。担当楽器のキーボードというのもまたそれっぽい。
たとえば、『ご注文はうさぎですか?』。ココアは、住み込みで働いている喫茶店の娘のチノを妹のように可愛がっており、チノは困惑しつつもココアを受け入れていく。ココアとリゼは同じ喫茶店のバイト仲間。ちがう喫茶店でバイトしているシャロは、学校の先輩のリゼに強く憧れていて、幼なじみの千夜によくからかわれている(からかいといってもかわいらしいものだけれど)。
ふたつ例にあげた関係性は、アニメを観た100人中100人が速攻で理解できる。そのキャラが出てきてから一話、長くても二話ほど観ればわかる。わかりやすいものであれば十秒でわかる。鼻クソほじりながら観てても簡単にわかる。
ようするに日常系というのは、関係性をはじめから色濃く匂わせていないといけないということだ。その点で『うらら迷路帖』で関係性がちゃんと構築できているのは、佐久隊長周辺だ。
佐久とニナは幼なじみで、ニナの妹のノノを昔から可愛がっている。部下ふたりは佐久に惚れこんでいる。
正直なところ、佐久隊長を主役にしたほうがよかったのかもしれない。
『うらら迷路帖』が日常系扱いされていることに違和感がある人もいると思う。なにせ、ストーリーがあるからだ。主人公の千矢が母親を探すために立派な占い師を目指すという大きなストーリーと、一話完結の小さなストーリーが組み合わさって作品ができている。
しかし『うらら迷路帖』はまんがタイムきらら系列の作品で、登場キャラは女しかおらず、日常系の雰囲気・印象がかなり強い。なので、このまま日常系ということで話をすすめていく。
日常系というのは身も蓋もない言い方をすれば、キャラ萌えさえできればそれでいいというジャンルだ。ストーリー性は萌え(女の子たちが仲良くしててかわいい)の邪魔になることが多いからできるかぎり薄くし、目的があっても自己実現(趣味的)であることがほとんどだ。
『うらら迷路帖』はストーリーがある。つまり、萌えが付加要素になってしまっている。付加要素はいいすぎかもしれないけれど、萌え(女の子たちが仲良くしててかわいい)よりもストーリーを展開させることを優先させてしまっているのは間違いない。
ストーリーがおもしろければ問題なかったのだけれど、ひいき目にみてもおもしろいものではなく、可もなく不可もないストーリーというのがおれの評価だ。
もう、出てくる人出てくる人、みんながきれいだ。清廉潔白。道徳的に正しい。メインキャラ四人はみんなまっすぐだし、人をからかったりしないし、目立った欠点もない。このやさしい世界には悪人がいないんじゃないかと思ってしまうほどだ(警備隊なんていらないんじゃないか)。
きれいなキャラ、きれいな世界は当然ストーリーにも影響する。きれいなストーリーほどつまらないものはない。なんでもいいから、おもしろいと思ったストーリーもののエンタメ作品を思い返してみてほしい。大きな障害があったり、殺人事件が起こったり、強大な悪人がいたり、世界そのものがおかしかったりすることがほとんどだと思う。
これはおまけ程度の難点だけれど、ネットで無料で観られるところが少なかったとおれは記憶している。すくなくともニコニコ動画では一週間無料期間がなく、一挙放送もなかった。萌えアニメにしてはめずらしく、ネット配信を拒んでいた印象がある(同期の仲間、ガウ・亜人・メイドラはそんなことなかったのに)。
ここまで読んでもらえば、なぜ『うらら迷路帖』の失敗について書きたかったのかがわかってもらえたと思う。ここまでハズしている日常系はそうない。
もちろん、男の興味を引く題材、関係性萌えの構築、ストーリーの希薄さ、ちょっとだけノイズのあるきれいなキャラたち、ネット配信に積極的、のすべてを満たしたところで人気が出るとは限らない。この文章に書いた『うらら迷路帖』の欠点もただのこじつけに過ぎないのかもしれない。でも、書きたかったんだもん、仕方ないじゃない。
それと、気になる反応があったら返信するつもりでいるんで、そこんとこよろしく。
※追記
ごちうさには、ちょっとしたからかい(ちょっとした毒)をしかけてくる千夜がいるし、青山ブルーマウンテンという駄目人間もいるため、キャラがきれいすぎることはない。
日常系というのは基本的にはストーリーを入れないジャンルだ。ただ最近はストーリー要素のある日常系も増えていて『New Game!』はその唯一の成功例。『New Game!』はいろいろとうまくやってるからストーリーを入れても大丈夫だったんだけれど、その「いろいろ」を語ると長~くなるので割愛。
そんなことはない。百合要素がほぼないのが『うらら迷路帖』で、百合要素たっぷりなほうが『このはな綺譚』。日常系ファンはちょっとした違いに敏感になる。
ka5me 自分は不必要な性的描写が多かったことだと思う。おなか見せられてまあ喜ぶんだけど日常系やライトな百合に求められている事じゃない。不必要なパンチラが単に下品と思われるのと同じ。
これは正論。でもおれ個人としてはもっとエロ推しでもよかった。後の方になるほどエロがなくなっていくんで、エロ要素も中途半端だったんだということにこの指摘のおかげで気づいた。やるなら徹底してエロくする、やらないなら一切やらない、という制作姿勢は大事。
いや、むしろきらら枠以外で『うらら迷路帖』を受け入れてくれる枠があるのかどうかが疑問。極端な話だけど、たとえばジャンプに連載されたとしたら確実に10週で終了だ。
好みに合わない理由というよりは、「日常系の型をこれだけハズしているよ。さすがに型なしになってるよ」ということを長々と述べさせていただいた。
shiju_kago ”ストーリーがある”が悪い理由というのもすごい話だが、一昔前のテンプレ以外やってはいけない時代劇がその位置にいたのかもしれない
ひと昔前の時代劇と日常系との共通項という発想がおもしろい。でもおれは時代劇のことがまったくわからないんで残念だ。
a-charin 私は女だからか占いも成長してくのもすごく楽しかったけど、あの唐突なエロが邪魔だったなあ。そういうのは個人でやるから表舞台では普通にしててくれ!やるならもうちょい自然にやってくれ!って毎回思ってた
女性向け日常系という道もあったのかもしれない、と思わせてくれる指摘。やっぱエロは余計なのかあ。
たまゆらはよかったよ。
dowhile 大成功した。話は以上だ
気もちはわかるけど(好きなアニメが人気が出なかった経験はアニメオタクならだれにでもある)、現実を見ようよ。
msdbkm "占いに興じている女の子をとくべつかわいく感じる男はあまりいないはずだ" シンデレラガールズに藤居朋というアイドルがいましてね
アイマスは765のキャラを知ってるくらいでほとんど詳しくないんだけれど、そのキャラは占い師属性以前にアイドルじゃないか。占いは副業(おまけ)、本職はアイドルって感じなんじゃないの?うらら迷路帖の彼女らは占いが本業なんだよ。
他人の作ったコンテンツを「失敗した」とか断じて論じようとする人は一切信用できない。これが長年ネットしてきて得た知見ですわ。[……]「自分の審美眼に適わないから失敗」と言い換えて個人的な好みとの差異を詳述しているだけでしょ。
個人的な好みというよりは、「日常系の型をこれだけハズしているよ」ということを書いただけであって、おれ個人の審美眼なんてなにも関係ない。むしろキャラデザはいいと思っている(本文中に書いているよ)。『うらら迷路帖』を三話まで観てもらえれば書いていることを理解はできるよ(賛否はあるだろうけど)。
あと「他人の作ったコンテンツを失敗したなんて言ってはいけない」というのは基本的にちがうと思っている。つまり、どんな作品であってもさまざまな人びとが関わっていて努力しているのだからの悪く言ってはいけない、批判もしてはいけないということなんだろうけど、そんなのは馬鹿げている(評論家は観た作品を全部褒めないといけないのか)。成功した作品の成功要因について話していいのに、失敗要因は話してはいけない?そんなことはない。
どんな作品にもクリエイターたちの想いがこめられている。そのすべてが成功してくれればいいんだけれど、成功するのはわずかで、残りぜんぶは失敗だったり、微妙な成果だったりする。それが当たり前だ。成功を語ることもあれば、失敗を語ることだってある。それも当たり前のことだとおれは思うよ。
つーか、長年ネットをしてきた(自称)くせに、観たことのないアニメ作品の批判文を読んで(全部を読んですらいないらしいけど)「個人的な好みでしょ?」とか憶測で書き込んでしまって、あげく人格否定まで書いちゃうあたりどうなのよ。長年って何年?二年くらい?まあ、あれだ、このチーズは二年くらい蔵に寝かせて熟成させてるんですよ~、とか言われたら、二年!へえ長いですねえ~って返事しちゃうもんなあ。二年って長い。おれが十年弱ネットを見てきて得た「雑学」のひとつに「ネットは人を賢くしない」というのがあるんで、あなたの「知見」のほんの隅っこほうにでも入れてやってください。あと差異とか審美眼みたいなちょっとむずかしい言葉をあなたは使わないほうがいいよ、弱く見えるから。「違い」「好み」でOK
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1802/09/news094.html
何年も前から思ってることだが、秋葉原の路上で客引きやってる店員がうざい、超うざい。
だいたいアキバってのは、「俺はもう三次元の女に相手にされるとか諦めてる」という男が、いくらでも人目を気にせず、同類しかいない暗黙の安心感に包まれながら、エロ同人誌とかエロゲーとか買える町だったはずだろ。
なのになんで、そこに若い可愛い女の子が何人も立って声かけてくんだよ。
***
これが新宿の歌舞伎町なら、呼び込みは自分と同じようなおっさんかヤンキー風の若い男、何なら「うるせえよ」と怒鳴ってやり過ごせる。
***
つまり、「モテないオタは金になる」と思っている経営者(中年男)は影に隠れて、寒空の下でも若い女の子に客引きさせて同情心を煽ってカモにしようって魂胆がいやらしい。
エロゲーにそういうのがあってだな。
今回はガンガンオンライン
和解のきっかけが、それっぽい説得とかじゃなくて、エロゲーだっていうのが笑えて良かった。
でも実際問題、価値観の異なる人間が和解するために大事なことって、結局は相互理解なとこあるからね。
その点では、強いインパクトを与えることでアクセルを踏ませた主人公のファインプレーといえなくもない(本人にそのつもりは全くなかっただろうけれども)。
本作の、謎の性癖をこじ開けようとしてくる感じ、個人的に掴みづらくて感想に困る。
レイドのククリに対するほのかな好意を感じ取り、レイドが以前に選んだ服装で新・魔王となるデキルコのいじらしさ。
かつて共に戦った仲間が一転ラスボス候補になるという、RPGでいえばシリアスかつ激熱シーンなんだけれども、妙な微笑ましさがある。
あと、見開きでまんまとギョッとしてしまった自分のチョロさよ。
魔王は本作において最も寓話的な側面の強いキャラだけれども、今回も涙ひとつで洪水にするとかスケールが大きいね。
余談。
今さら観終わったんだけれども、2017年版のアニメグルグルも案外よかったなあ。
旧作の方は丁寧だけどもっさりしていたというか、「いくら原作からあるネタとはいっても、そのネタはアニメにしてもビミョーというか、伝わりにくいんじゃないか」っていうのも散見されたけれども、そういう部分はすっぱりカットしているか、分かりやすい表現にしてあったりだとかで。
まあ、私の旧版のアニメの記憶がおぼろ気だから安易な比較は出来ないけれども、少なくともリメイクとしては及第点だし、グルグルを薦めるときにこのアニメから初めてもいいとは思う。
なんで3次元創作してる人って隠れないの?って常々思う私です。さすがに全ての3次元創作隠れろとは思わない。それこそ好きの気持ちを絵とかでしか表せない人いるよね。私もそうだからわかる。いわゆるファンアートならいいんだよ。公式の衣装だったり公式が絡んだことをそのままイラスト化するとかさ。
ただ完璧な創作は別。あきらか本人に送り付けたら何これ、何この猫耳、何この絡み、何この衣装ってやつ。ジャ〇ーズとか有名な芸能人ならそんなわざわざ見ないでしょ、逆にこっちを煽ってくるような行動や言動をあっちがするじゃん、別に良くない?とかそういう意見も多く見られる。
私が未だに自分が起こしたことだけど自分でひやってする話をします。
私が小さい頃の話。まだ同人とかそんなの知らなくて普通にマンガが好きだった私。いろいろネット上を検索して間違えてエロゲーサイトを開いてしまってわっやばい!てブラウザバックしようとしたときふと目に入ったパッケージ。これは私が知ってるあの作品では?一気に頭が混乱しました。私が好きなあの作品が勝手に使われてこんなエロ作品にされてる!ひどい!これ犯罪だよ!大変だ!
焦った私はその作品の公式サイトにいってメールを送ったんですよ。その作品について細かい情報を書いて。どうにかした方がいいですよ!って。犯罪だと思ったから。
犯罪は犯罪で間違いはないんですよね。今思えば同人ゲームの一種でいわゆる公式から見逃してもらってひそひそやってたもの。でも何も知らない人からしたら犯罪だし不快だしおかしなものなんだよ。3次元創作だって同じで不快な人がそれを見たら何かしら行動に移しちゃう可能性だってある。不快な人は見なければいいっていうけどそれだけじゃ済まない可能性だってある。特にアイドルはそう。偶像崇拝だもん。好きな人が汚されてるって思ったらこんなことされてるんです!おかしくないですか!?って公式に送り付けてもしょうがなくない?
あと正直そういう絵をあげてる人って結局承認欲求が強い人なんだよね。わかるよ、そういう絵の方が反応大きかったりするし3次元は2次元より目が肥えてる人少ないから2次元で目立たなかったけどこっちだったらバズれるとかあるよね。でも正直普段からそういうこと律儀に守ってる人からは嫌われるしそういう友達欲しい!てこっちの界隈に踏み込んだ時うわあの人じゃんってひそひそされたりする。こっちの業界って狭い業界なんだ。
私は大人しく鍵かけてそういう専用のアカウント作ってそういうこと呟く人たちとひそひそ狭い世界で話してる方がよっぽど楽しいと思ってるよ。
知りたい、女は何でシコるのか。
まず最初に、私は何処にでもいる普通の腐った女である。インスタグラムよりツイッター、美味しいパンケーキより推しのパイパンを愛する彼氏居ない歴=年齢を更新している成人クソ女である。
そんなツイッターに掃いて捨てるほど居る様な女だが、最近ふと気付いた事がある。
「世の女性って、どんな事をしてシコってるの…?」
という事だ。
私の性欲の発端は小学生の時うっかり父親がレンタルしていたAVのパッケージを見てしまった事にある。その時私は別の探し物をしていたのだろう、本棚の上にあるケースに巨乳人妻単体ものが7本くらい入っていたのだ(次の日にはもう隠されていて私は父親の性癖を知ることはなくなったが)その日の夜私は何だかムラムラして股間を机の角に押し付けていた記憶がある。よくエロ同人で「なんだかっ❤︎おまたがっ❤︎むずむずしゅるう❤︎」みたいな導入があるが、まさしくアレである。
後思い出せる次の性欲の開花は、中学生の時に見た某アキバ系ブログの存在である。エロ同人誌やエロゲーをモザイクありで躊躇なく紹介するサイト。今にして思えば彼処からもう私のオナは拗れてしまったと思う。
そう、私は「女性」でありながら「女性」のエロい姿で普段シコッているのである。
普段のシコりかたは割と色々である。ツイッターの2次エロでシコり、支部のエロ絵でシコり、後DMMR-18のAVサンプルでも抜いた。(レンタルは暖簾潜るのが怖くて借りれていない)
私が好きなのは専ら巨乳のお姉さん。絵からいい体臭がして、おっぱいが少し弛んでいるくらいがいい。支部では"背後から胸揉み"辺りのタグを漁り毎晩のオカズを探している。
ここで思うのは私はこういうイラストを見て「犯されている」側に興奮しているのか「犯す」側に興奮しているのかという事である。男が女のエロに興奮するのはなんか分かる。だって男は女を犯す竿役にトリップしてシコる訳だし、男が男の娘ものを見る場合もまあ…同様だろう。違ったらごめんなさい。
けれど私は何でシコっているのか?
私はノンケでありレズではない。後売れ残りの新品である。だから最初は男に犯されている女に自分を重ねているのか…?とも考えた。けれど必ずしもそうとは言い切れないのである。
男が男でシコる時、女が女でシコる時…この場合って何だ(スペースキャット顔)
私もレディコミで抜ける女ならこうもならなかったのに。一体女は何でシコるのか?ツイッターで大っぴらに聞けないからこそ、私は考えるのである。