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2021-01-18

今後、まんがタイムきらら日常系アニメを期待するのはやめろ

ごちうさの3期が終わり、『ゆるキャン』と『のんのんびより』へと続く。これから少なくとも3ヶ月先は移住先を探すこともない安泰な日々が続く。

しかし、ここから先はどうなるのか。さらに先に『まちカドまぞく』の2期があるが、1期より作風が変わると聞く。ひょっとすれば、『NEW GAME!』のようにいざこざの多い作品に変わっていくかもしれない。日常系アニメの新作がないか不安になっている人がいるはずだ。

そういえば、アニメ化が発表されたきらら原作漫画は『球詠』だったよな。この作品最後アニメ化の発表がされた作品が現れなくなって1年半も経つ。

しかしながら、これからアニメ化の発表がされるきらら原作漫画が増えていくだろう。だが、それと同時にきらら原作アニメに対して「自分が期待していたものと違う!」という批判が急増していくと思う。

なぜなら、まんがタイムきららからきらら系と呼べるような日常系が減ってきているからだ。

きららに対する偏見払拭必死きらら編集部

私は日常系アニメが大好きできらら雑誌を読んでいる身だ。未来日常系アニメが出てくることを楽しみにしていた。

しかし、私は、2018年ぐらいから、きらら編集部日常系冷遇するようになったと感じた。

そして、きらら編集長のインタビューを読んで、まんがタイムきららから日常系がなくなるのは確実だと確信した。

ただ、最初に『ひだまりスケッチ』がアニメ化し、『けいおん!』、『GA 芸術科アートデザインクラス』と続いていって、きららといえば女子高生4・5人の学園ものという印象が我々の想像以上に強くなってしまった。もっと4コマ多様性を見出そうと思って企画したきららが、いつの間にか多様性のなさの象徴みたいになってしまっていたんですね。どこかで一度その固定観念を壊して、新しいきららの形を作らなければいけないと思い、2011年に「まんがタイムきららラク」を創刊しました。

芳文社創立70周年を迎えて。「まんがタイムきらら」編集長が考える“これからの日常系”の形

やはり、「きららといえば日常系」という風潮に対して、きらら編集部は好ましくないと思っていたようだ。

*****

では、まんがタイムきららについて振り返ってみよう。

2011年に『あっちこっち』、2012年に『夢喰いメリー』のアニメ放送された。「まんがタイムきらら日常系だけではない」とアピールする機会になり得たが、いずれも成功したとはお世辞にも言い難かった。特に夢喰いメリー』は原作ファンから酷評をされている。

2013年に『ゆゆ式』のアニメ放送し、『きんいろモザイク』『ご注文はうさぎですか?』へと続いた。この頃に「まんがタイムきららといえば日常系」というブランドイメージ確立された印象だ。

きららに対するイメージ確立された後も、日常系ではないきらら原作漫画アニメ化して放送されたが、そういったアニメ日常系アニメに比べたらヒットしているとは言い難い。

一方、編集部から大きな期待が寄せられたまんがタイムきららラクだが、けいおんゆゆ式のような大ヒット作が現れず、2017年12月号を最後休刊してしまった。

 

そして、ミラクの末期の頃から既存きらら系列雑誌作風が変わっていった。

まず、2018年から2019年前半ぐらいかけて、まんがタイムきららMAX連載の未アニメ作品が、2~3巻分の短期で、次々に連載終了していった。特にどうして私が美術科に!?』の連載終了はきららの読者に大きな衝撃を与えた。元々、きららMAXは、前衛的な作風マニアックネタを扱う作品が多かったが、ミラク創刊の影響で、きららMAXは萌え要素が多い作品が増えた。ミラク休刊を期に、尖った作品が増えてきた。

さらに、『ななどなどなど』のような和気あいあいとは言い難い作品や、『RPG不動産』のようなファンタジー系の作品が増え、『奥さまは新妻ちゃん』『一畳間まんきつ暮らし』『メイドさん下着特別です』のような男性読者に媚びたお色気要素が強い作品も出てきた。

 

そんな中で編集部からプッシュされていた印象が強いのは、きらら本誌で連載していた『甘えたい日にはそばにいて。である。この作品は『幸腹グラフィティ』の作者、川井マコトが送る小説家少年アンドロイド少女恋愛を描いたシリアス作品だ。

きらら作家としてそこそこ知名度があるとはいえアニメ化されていない作品としては破格の待遇編集から猛プッシュされていた。3回連続センターカラー連載したし、1巻発売当時、アニメ放送していた『スロウスタート』との合同フェアを行った。

しかし、鳴り物入りで連載されていたにも関わらず、アニメ化されることなく3巻で終わってしまった。

 

そんな長期に渡る試行錯誤だったが、きらら編集部の期待に応える傑作がようやく現れた。それは『ぼっち・ざ・ろっくである

ぼっち・ざ・ろっく

ぼっち・ざ・ろっく』は、これからまんがタイムきららを語る上で絶対に外せない作品である

この漫画は、タイトルが示す通り、陰キャ主人公バンドに加入してロックスターを目指す王道ロック漫画である。間違えても『けいおん!』と同じようなものを期待して見るものではない。むしろ、『けいおん!』が嫌いだった人が見るものだ。個人的には、この作品が売りにしている主人公顔芸陰キャネタ生理的に受け付けない嫌いな作品だ。

ぼっち・ざ・ろっく』はとにかくすごい。単行本1巻発売日直後に重版がかかり、LINEスタンプが発売された。そして、次にくるマンガ大賞 2019」で8位にランクインした。

おかげで、きららでは陰キャ主人公ノブームが巻き起こっている。そのブームは、荒井チェリーというきららの創刊期から連載作品を持つベテラン作家ですら巻き込んでいる。列挙すればこんな感じだ。

そんな『ぼっち・ざ・ろっく』にアニメ化の話が来てもおかしくない状況だと言える。では、肝心の出来はどうなるのか。制作会社ガチャと呼ばれる風潮が強いが、それに関しては心配する必要はないだろう。

*****

ここからは、個人的妄想。内情を知らないので、今後どうなっていくかは、まだ分からないことだということに留意してもらいたい。

テレビアニメぼっち・ざ・ろっく』は、アニプレックスが間違いなく神アニメにしてくれるはずだ。きらら切り札である以上、粗末に扱われることは絶対にないだろう。作画に関してはしっかりした制作会社を選ぶし、脚本だって原作ファンからの高評価であふれかえっているので十分保証できるだろう。

それで、なぜ『ぼっち・ざ・ろっく』の話にアニプレックスを出すのか?

その大きな理由ソーシャルゲームきららファンタジア』にある。このゲームアニプレックスパブリッシャー(配信元)でドリコムディベロッパー(開発元)である

ぼっち・ざ・ろっく』の連載が始まる頃は、きららファンタジアの販促に力を入れていた時期だった。それを象徴するアニメは、2017年秋季放送された『ブレンド・S』と、2018年冬季放送された『スロウスタートである。この2作品は、アニプレックスドリコム、そして芳文社製作委員会に名を連ねている。

この頃のきらら編集部アニプレックスを強く意識していたんじゃないのかな。特にぼっち・ざ・ろっく』の場合、その傾向が強く表れていると感じる。主要人物の名前は、ASIAN KANG-FU GENERATION(アジカン)のメンバーが由来だ。アジカンは、アニプレックス親会社ソニー・ミュージックエンタテインメント所属である。ここから、作者と編集は、構想の段階でアニプレックス意識していたのだろうと推測している。

タイムパラドクスゴーストライター』というジャンプ打ち切り漫画には、「実は(アニメ化の)オファーだけなら、早い作品だと1話目の次点で、もう来るんだよ」というネタ画像がある。ひょっとすれば、『ぼっち・ざ・ろっく』は、比較的早い段階でアニプレックスからオファーが来ているのかも知れない。逆に、芳文社からアニプレックスアプローチしていたのかも知れない。それだけ芳文社アニプレックス距離感が近いはずだ。『きららファンタジア』が配信されたばかりの頃は特に

 

そういえば、こんなTwitterアカウントがあるけど、遅くてもこのアカウントが作られる前からアニメ化が決まっていたんじゃいないのかね。主人公が演奏動画の投稿をきっかけにSNSを始めるエピソードだけど、このアカウントの初ツイート2019年8月16日、このエピソード掲載されているきららMAX発売日は2019年08月19日である。早すぎないか

ファンがやるにしても、フラゲでもできないだろう。最新のツイートあたりに、音楽が流れる一枚絵があるけど、この絵は作者が描いたものじゃないよね。ひょっとしたら、アニメ作画担当が描いたものかも知れない。ちなみに、Twitterは、YouTubeニコニコ動画とは違って、JASRACと許諾契約をしてないから気をつけてね。

 

きららファンタジア』は、リリース開始期に多くのトラブルに見舞われて短命で終わるとささやかれていた。しかし、そんな悲観的な予測を超えて、2020年12月リリース3周年を迎えた。それを記念してメインクエスト第2部がリリースされた。これから、またアニプレックスきらら原作アニメが増えていくのだろう。そのトップバッターは『ぼっち・ざ・ろっく』になるに違いない。

ビジネスは出だしが肝心だ。アニプレックス芳文社は『ぼっち・ざ・ろっく』にまんがタイムきららときららファンタジアの命運を賭けるつもりでいるに違いない。それ故に、アニメスタッフ錚々たる顔ぶれがそろうし、宣伝にもかなり力を入れるはずだ。

具体的には、『鬼滅の刃』のプロデューサー担当した高橋祐馬、『紅蓮華』を作曲した草野華余子、「チカっとチカ千花っ」で大きな反響を読んだ中山直哉が名を連ねることになるだろう。ロック界の重鎮たちも出てくるんだろうね。アニメーション制作ufotableが最有力になると考えている。次点は、A-1 PicturesCloverWorksだ。

ぶっちゃけ、このアニメ鬼滅の刃スタッフが集うことすらあり得ると思う。宣伝映像の冒頭に「鬼滅の刃スタッフが送る」というナレーションを添えるだけで、誰もが飛びつくに違いない。まさに鬼に金棒。

テレビアニメぼっち・ざ・ろっく』はアニメファンはおろか一般人ですら唸らせる出来になり、アニプレックス芳文社が望んだ通り大ヒットするに違いない。そして、「きららといえば中身のない日常系」というネガティブイメージを抜本的に改善していくだろう。

*****

こんな感じで、個人的妄想をひたすら書きつづった。

これがどれくらい当たるのか。答え合わせは2021年1月19日から始まるだろう。まんがタイムきららMAXの発売日だ。その次の月の2月25日は『ぼっち・ざ・ろっく』の単行本3巻が発売される。その間に、重大なニュースがやって来るはずだ。

いずれにせよ、きらら編集部にとって『ぼっち・ざ・ろっく』はまんがタイムきららを変える大きな存在だということには間違いない。

実際、ごちうさ3期に放送されたきららMAXのCMで紹介された作品は、ごちうさときんモザとこの作品だけだった。新型コロナウイルスのせいかもしれないが、はっきり言って、きららMAXの未アニメ作品は「ぼっち・ざ・ろっく』以外は雑魚」という扱いなんだなと感じた。それだけ、『ぼっち・ざ・ろっく』の注目を集めるのに必死なのだろう。

さいごに

私はきらら雑誌を読んでいて、日常系が減ってきていると感じていた。

きらら編集長インタビューを読んで、きららから日常系が消えていくのは確実だと痛感した。

きらら編集部は『ひだまりスケッチ』や『けいおん!』がヒットしたときから、「きららといえば日常系」のイメージ危機感を持っていたのだ。

 

きらら編集長インタビューで「多様性」という言葉を使っていたが、我々が持つきららに対するイメージに対して、作者も編集プライドが許さないのも大きな理由の一つなのだろう。そりゃそうだよな。自分たちで一生懸命作って世に出した作品を、きららというだけで、萌え日常系と言うだけで「中身が無い」とか「低俗」とかと酷評されたら誰だって傷つく。そんなイメージ払拭したくなるのは当然の話だよね。

10年以上前から受けてきた屈辱を晴らそうと、長期に渡る試行錯誤の結果、『ぼっち・ざ・ろっく』という今後のきららにふさわしい作品が表れた。あとは、大ヒットを目指してアニメ宣伝に力を入れていけばいい。そして、『ぼっち・ざ・ろっく』に続く「中身のある作品」を出していけばいい。そうすれば、まんがタイムきららから「中身のない日常系」は駆逐されていくだろう。

から、私は言いたい。

 

 

 

 

 

 

まんがタイムきらら日常系アニメを期待するのは、もうやめろ。

これから本当の意味で「難民時代」がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

追記

多くの指摘を頂いたので回答しようと思ったけど文字数が足りなかったようだ。

指摘に対する回答はこちら

修正

甘えたい日にはそばにいての説明小説家少年だよ / 1巻読んだけど4コマ形式が致命的に足引っ張ってるなって感想

修正しました。

2018-02-11

アニメうらら迷路帖』はなぜ失敗したか徹底解説

まずはじめにいっておきたいのは『うらら迷路帖』をけなす目的でこの文章を書いているのではないということだ。おれは『うらら迷路帖』のファンではなく日常系アニメファンで、だからこそ書いておきたいことがたくさんある。

ファンの人はたくさんいるだろうけれど、人気が出なかった作品であることはファンも認めざるを得ないと思う。なぜ商業的な失敗をしてしまったのかを可能なかぎり客観的に書くことがこの文章の目的だ。

作品の概要

うらら迷路帖』は2017年の冬クールアニメ化された作品で、原作はまんがタイムきららミラクに連載されていた四コマ漫画だ。

同じクールにやっていた『けものフレンズ』に話題をかっさらわれたばかりか、『この素晴らしい世界に祝福を! 2』『幼女戦記』といったなろう系の注目作、『ガウリールドロップアウト』『亜人ちゃんは語りたい』『小林さんちのメイドラゴン』といったファン層がかぶりそうな作品などが放映されており、それらの影に隠れてしまった感がある。

まずは良いところをあげていく

たくさんある。

キャラデザかわいい。とくに小梅のキャラデザがおれは好きだ。

OPの曲がかわいい。脳内でくり返し再生される。OP映像もそれなりにいい(もうちょっとがんばれたとは思うが)。

大正ロマン風の舞台設定がいい。建物内装はもちろん、ちょっとした小物にまで配慮がある。

占いの番付によって入られる場所制限される設定もいい。番付が上がる→入られる場所が増える→自然に新キャラが出せる(既存キャラリストラ自然にできる)というシステムになっているからだ。

ちょっとしたエロ要素もいい。

ここから先は悪いところばかりを徹底的にあげていく

なにがダメだったか明確にするために、日常系最大のヒット作であるけいおん』を中心に他のアニメ作品との比較で話をすすめていく。

男の占いへの興味のなさをなめている

日常系は+αなにを盛り込むかということが重要だ。

けいおん!』は軽音楽、『ばくおん!!』はバイク、『New Game!』はゲーム制作、『ヤマノススメ』は登山、『ゆるきゃん△』はキャンプなど男が関心をもつものを盛り込むのがふつうだ。

ひだまりスケッチ』や『GA芸術科アートデザインクラス』のように芸術をテーマにすることがよくあるけれど、それは視聴者の関心というよりは、芸術制作によってキャラ個性を出しやすいのと、作者の漫画家としての経験テーマに活かすことができるという利点があるから採用されるのだと思う。

ところが、うらら迷路帖場合は「占い」だ。これはかなりの悪手だ。しかも、おまけ程度ではなくがっつりと話に絡んでくる。

男というのは占いにまったく興味がない。馬鹿にさえしている。占い好きの男もいることはいるだろうけど、同好の男友達を見つけようと思えばかなり苦労するはずだ。

ギターを弾いている女の子は三割増しでかわいく見えるし(=萌え)、バイクをさっそうと走らせる女の子はさまになる(=萌え)けれど、占いに興じている女の子をとくべつかわいく感じる男はあまりいないはずだ(≠萌えいかんせん興味がないし馬鹿馬鹿しいと思っている)。

あと、占い師の番付が「十番占(見習い)」~「一番占(名人クラス?)」まである設定だけれど、たとえば五番占と一番占がどのくらい力がちがうのかがよくわからなかった。そういう少年漫画っぽいところは、せっかく設定を出したんだからもっと詰めるべきだ。

占い要素は、死に設定どころか死神設定になってしまっている。せめて似たような要素の「巫女」だったらまだよかったんじゃないか個人的には思っている。巫女服という制服萌え要素)があるし、エロ漫画エロゲーで培われたオタク独自巫女文化があるからだ。

キャラ関係性の構築ができていない

ようするに関係萌えができないということ。これが最大の失敗要因だとおれは睨んでいる。

メインキャラ四人は皆が初対面で、幼なじみだったり姉妹だったりするわけではないし、同じ占い学校の同期だから先輩後輩の関係性がない。だれとだれがとくべつ仲がいい設定なのかパッと見でよくわからない。あえていうなら、みんな均等に仲良し、あるいは千矢のハーレム

このおれの意見にはこういう反論が来るんじゃないかと思う。「だれとだれが仲がいいかなんて最初からからなくてもいいのではないか。話数がすすんでいくごとに徐々に関係性が構築されていく過程を楽しんでこその日常系だ」

この反論には実例を示すのがいちばんいいと思う。

たとえば、『けいおん!』。澪と律は幼なじみで仲が良く、軽音楽部の再立ち上げもこのふたりがはじめたことだ。担当楽器ベース(澪)とドラム(律)のリズム隊。唯は後輩の梓をとくに可愛がっており、梓はなんだか頼りない先輩である唯をどこか放っておけない(最高か!?)。担当楽器ふたりともギター。そして傍観者、紬。担当楽器キーボードというのもまたそれっぽい。

たとえば、『ご注文はうさぎですか?』。ココアは、住み込みで働いている喫茶店の娘のチノを妹のように可愛がっており、チノ困惑しつつもココアを受け入れていく。ココアとリゼは同じ喫茶店バイト仲間。ちがう喫茶店バイトしているシャロは、学校の先輩のリゼに強く憧れていて、幼なじみの千夜によくからかわれている(からかいといってもかわいらしいものだけれど)。

ふたつ例にあげた関係性は、アニメを観た100人100人が速攻で理解できる。そのキャラが出てきてから一話、長くても二話ほど観ればわかる。わかりやすいものであれば十秒でわかる。鼻クソほじりながら観てても簡単にわかる。

ようするに日常系というのは、関係性をはじめから色濃く匂わせていないといけないということだ。その点で『うらら迷路帖』で関係性がちゃんと構築できているのは、佐久隊長周辺だ。

佐久とニナは幼なじみで、ニナの妹のノノを昔から可愛がっている。部下ふたり佐久に惚れこんでいる。

正直なところ、佐久隊長を主役にしたほうがよかったのかもしれない。

ストーリーがある

うらら迷路帖』が日常系扱いされていることに違和感がある人もいると思う。なにせ、ストーリーがあるからだ。主人公の千矢が母親を探すために立派な占い師を目指すという大きなストーリーと、一話完結の小さなストーリーが組み合わさって作品ができている。

しかし『うらら迷路帖』はまんがタイムきらら系列作品で、登場キャラは女しかおらず、日常系雰囲気・印象がかなり強い。なので、このまま日常系ということで話をすすめていく。

日常系というのは身も蓋もない言い方をすれば、キャラ萌えさえできればそれでいいというジャンルだ。ストーリー性は萌え女の子たちが仲良くしててかわいい)の邪魔になることが多いからできるかぎり薄くし、目的があっても自己実現(趣味的)であることがほとんどだ。

うらら迷路帖』はストーリーがある。つまり萌えが付加要素になってしまっている。付加要素はいいすぎかもしれないけれど、萌え女の子たちが仲良くしててかわいい)よりもストーリーを展開させることを優先させてしまっているのは間違いない。

ストーリーおもしろければ問題なかったのだけれど、ひいき目にみてもおもしろものではなく、可もなく不可もないストーリーというのがおれの評価だ。

キャラ世界もきれいすぎる

これが、ストーリーが可もなく不可もない理由だと思う。

もう、出てくる人出てくる人、みんながきれいだ。清廉潔白道徳的に正しい。メインキャラ四人はみんなまっすぐだし、人をからかったりしないし、目立った欠点もない。このやさしい世界には悪人がいないんじゃないかと思ってしまうほどだ(警備隊なんていらないんじゃないか)。

きれいなキャラきれいな世界は当然ストーリーにも影響する。きれいなストーリーほどつまらないものはない。なんでもいいから、おもしろいと思ったストーリーものエンタメ作品を思い返してみてほしい。大きな障害があったり、殺人事件が起こったり、強大な悪人がいたり、世界のものおかしかったりすることがほとんどだと思う。

ネット配信消極的

これはおまけ程度の難点だけれど、ネット無料で観られるところが少なかったとおれは記憶している。すくなくともニコニコ動画では一週間無料期間がなく、一挙放送もなかった。萌えアニメにしてはめずらしく、ネット配信を拒んでいた印象がある(同期の仲間、ガウ亜人メイドラはそんなことなかったのに)。

おわりに

ここまで読んでもらえば、なぜ『うらら迷路帖』の失敗について書きたかったのかがわかってもらえたと思う。ここまでハズしている日常系はそうない。

もちろん、男の興味を引く題材、関係萌えの構築、ストーリーの希薄さ、ちょっとだけノイズのあるきれいなキャラたち、ネット配信積極的、のすべてを満たしたところで人気が出るとは限らない。この文章に書いた『うらら迷路帖』の欠点もただのこじつけに過ぎないのかもしれない。でも、書きたかったんだもん、仕方ないじゃない。

それと、気になる反応があったら返信するつもりでいるんで、そこんとこよろしく。


※追記

kaionji ごちうさだってキャラ世界もきれいだったけど

ごちうさには、ちょっとたかかいちょっとした毒)をしかけてくる千夜がいるし、青山ブルーマウンテンという駄目人間もいるため、キャラがきれいすぎることはない。

dzod というかストーリーがあるから失敗って言っててあまりに悲しすぎないか

日常系というのは基本的にはストーリーを入れないジャンルだ。ただ最近ストーリー要素のある日常系も増えていて『New Game!』はその唯一の成功例。『New Game!』はいろいろとうまくやってるからストーリーを入れても大丈夫だったんだけれど、その「いろいろ」を語ると長~くなるので割愛

gokkie 全く関係無いんだけど、3年後このはな綺譚とうららの違いを語れと言われても回答できる自信がない

そんなことはない。百合要素がほぼないのが『うらら迷路帖』で、百合要素たっぷりなほうが『このはな綺譚』。日常系ファンちょっとした違いに敏感になる。

ka5me 自分は不必要性的描写が多かったことだと思う。おなか見せられてまあ喜ぶんだけど日常系ライト百合に求められている事じゃない。不必要パンチラが単に下品と思われるのと同じ。

これは正論。でもおれ個人としてはもっとエロ推しでもよかった。後の方になるほどエロがなくなっていくんで、エロ要素も中途半端だったんだということにこの指摘のおかげで気づいた。やるなら徹底してエロくする、やらないなら一切やらない、という制作姿勢大事

G1Xir3um 「きらら枠でやるものではなかった」ってことでしょ? まあ分かる。

いや、むしろきらら枠以外で『うらら迷路帖』を受け入れてくれる枠があるのかどうかが疑問。極端な話だけど、たとえばジャンプに連載されたとしたら確実に10週で終了だ。

tose2125 好みに合わない理由を長々と述べられてもつらい

好みに合わない理由というよりは、「日常系の型をこれだけハズしているよ。さすがに型なしになってるよ」ということを長々と述べさせていただいた。

shiju_kago ”ストーリーがある”が悪い理由というのもすごい話だが、一昔前のテンプレ以外やってはいけない時代劇がその位置にいたのかもしれない

ひと昔前の時代劇日常系との共通項という発想がおもしろい。でもおれは時代劇のことがまったくわからないんで残念だ。

a-charin 私は女だから占いも成長してくのもすごく楽しかったけど、あの唐突なエロ邪魔だったなあ。そういうのは個人でやるから舞台では普通にしててくれ!やるならもうちょい自然にやってくれ!って毎回思ってた

女性向け日常系という道もあったのかもしれない、と思わせてくれる指摘。やっぱエロは余計なのかあ。

途中からたまゆら批判に見える。

たまゆらはよかったよ。

dowhile 大成功した。話は以上だ

気もちはわかるけど(好きなアニメが人気が出なかった経験アニメオタクならだれにでもある)、現実を見ようよ。

msdbkm "占いに興じている女の子をとくべつかわいく感じる男はあまりいないはずだ" シンデレラガールズに藤居朋というアイドルがいましてね

アイマスは765のキャラを知ってるくらいでほとんど詳しくないんだけれど、そのキャラ占い師属性以前にアイドルじゃないか占い副業(おまけ)、本職はアイドルって感じなんじゃないの?うらら迷路帖彼女らは占い本業なんだよ。

他人の作ったコンテンツを「失敗した」とか断じて論じようとする人は一切信用できない。これが長年ネットしてきて得た知見ですわ。[……]「自分の審美眼に適わないから失敗」と言い換えて個人的な好みとの差異を詳述しているだけでしょ。

個人的な好みというよりは、「日常系の型をこれだけハズしているよ」ということを書いただけであって、おれ個人審美眼なんてなにも関係ない。むしろキャラデザはいいと思っている(本文中に書いているよ)。『うらら迷路帖』を三話まで観てもらえれば書いていることを理解はできるよ(賛否はあるだろうけど)。

あと「他人の作ったコンテンツを失敗したなんて言ってはいけない」というのは基本的にちがうと思っている。つまり、どんな作品であってもさまざまな人びとが関わっていて努力しているのだからの悪く言ってはいけない批判もしてはいけないということなんだろうけど、そんなのは馬鹿げている(評論家は観た作品を全部褒めないといけないのか)。成功した作品成功要因について話していいのに、失敗要因は話してはいけない?そんなことはない。

どんな作品にもクリエイターたちの想いがこめられている。そのすべてが成功してくれればいいんだけれど、成功するのはわずかで、残りぜんぶは失敗だったり、微妙な成果だったりする。それが当たり前だ。成功を語ることもあれば、失敗を語ることだってある。それも当たり前のことだとおれは思うよ。

つーか、長年ネットをしてきた(自称)くせに、観たことのないアニメ作品批判文を読んで(全部を読んですらいないらしいけど)「個人的な好みでしょ?」とか憶測で書き込んでしまって、あげく人格否定まで書いちゃうあたりどうなのよ。長年って何年?二年くらい?まあ、あれだ、このチーズは二年くらい蔵に寝かせて熟成させてるんですよ~、とか言われたら、二年!へえ長いですねえ~って返事しちゃうもんなあ。二年って長い。おれが十年弱ネットを見てきて得た「雑学」のひとつに「ネットは人を賢くしない」というのがあるんで、あなたの「知見」のほんの隅っこほうにでも入れてやってください。あと差異とか審美眼みたいなちょっとむずかしい言葉あなたは使わないほうがいいよ、弱く見えるから。「違い」「好み」でOK

2017-09-28

桜Trickが終わった、僕の悩みは終わらない

きっかけは、大学進学だった。

通学時間が二時間ちょい、一つ県を跨ぐほど遠かったため、電車の中ですることを探していた。

スマホがまだない時代で、ネットオタクとしてはあの今でいうガラケーのちまちましたのでネットを見ることが耐えれず、本を読んでいた。

そんなときに、ふと大学の近くの本屋さんで雑誌立ち読みした。

それが、まんがタイムきららキャラットひだまりスケッチゆのっち屋上でひとりごちる回だ。

まり四コマ漫画に思うところはなかったのだけれど、

「これは、僕の知っている四コマ漫画とは違う、なにかだ」と思い、その場で雑誌を買い、

気づくと、きらら三誌、本誌、MAXキャラットを購読し、単行本も後ろのKRの通し番号を100までは全て買っていたし、

今は亡きKR文庫は全て購入したし、ドラマCDも買っていた。

もちろん、そうやって数をこなすことで、きらら特別変異的に生まれたわけではなく、

ももせたまみとか、あずまきよひことか、胡桃ちのとか、書ききれないぐらいの数多の四コマ漫画の先にきららがあることも理解して、

ぱれっとやら、ぱれっとLITEやらの創刊にも付き合い、

そんな、自分の中の4コマ熱が最も高かったときに、

まんがタイムきららミラクが創刊され、

そこに掲載された桜Trickの一話に、また人生観を揺るがされた。

「他の娘たちとは絶対しないことをしようよ」から始まった、そんな物語が、単行本も込みでついに完結した。

結局、働き出してから、強く感じている

「お前は男だ」という圧力

いやもう、そんなこと言ってたら、来週には三十歳になるんだから

そろそろいい加減、そらそうだよって話なのかもだけど、

未だに自分男性であることへのしっくりこなささに、もやもやが募る。

こう、話が通じれるように書けないんだけど、

「僕」がただ一人無人島にいるなら、きっとそれは感じないんだよね。

「僕」と「僕を知らない人たち」といても、それは感じない。

「僕」と「僕を知っている人たち」との間にあり、かつそれが

他人より」ではなく「自分より」の方向に、ぼんやりとある

「お前は男だ」という圧力

これなんだと思う。

0、1、ではっきり線を引けるわけじゃなくて、

かい合っている僕と他人の、僕から見ると45メートル他人から見ると55メートルぐらいの、位置にあって

どちらが発祥とは言いづらい「お前は男だ」という気持ち

これから、逃れたい、

しかすると、それだけの気持ち百合作品を読み続けているのかもしれなくて、

そんな、自分勝手気持ちに、こんなにも面白い漫画を押し込めてしまう、

自分のちっぽけな肉欲と倫理観が情けなくて、情けなくて、

どうして、いつも、自分がこうなってしまうのか、わからなくて、

難しいね


桜Trickは明確に終わった。

廃校までの三年間というテーマを見事に描き切って、登場人物たちの気持ちも、それなりにけりがついている。

それでも、まだ読者の僕の気持ちは終わっていない。

自分のことを好きになりそうにない、自分が作中にいてもきっと歯牙にもかけられない、そんな存在になりたくて、

女の子同士の恋愛を扱う作品ばかりを読んで、

女の子の柔らかい部分が好きなアイドル応援して、

この誰かから感じる「お前は男だ」という気持ちへの不快感を和らげている。

もし仮に、このキャラクタたちが僕の目の前にいたら、そんな圧力をかけないような気がして。

でも、きっと、そんなわけはなくて、

なぜなら結局、この気持ちは、他人が発しているものでは決してなく、

自分が産んで、自分が苦しんでいる、ただの自家中毒にすぎなくて、

ずっとこの自分の毒に自分で苦しみ続けるのかもしれない。




http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/56806_56907.html

 私の肉慾も、あの海の暗いうねりにまかれたい。あの波にうたれて、くぐりたいと思った。私は海をだきしめて、私の肉慾がみたされてくればよいと思った。私は肉慾の小ささが悲しかった。

 
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