はてなキーワード: 漁夫の利とは
これを書いているのは衆議院選挙の投票が締め切られて4時間くらいに過ぎないが、自公で安定多数は確保されたようなので、そろそろ総括したい。
定量的な分析についてはこれから明らかになると思うので、それは別の方にお任せするとして、ここでは選挙戦の報道とSNSでの反応を通して、なるべく主観を排除したうえで(といいつつどうせ主観は残っているんだろうが)、野党共闘について語ってみたい。
与野党一騎打ちで小選挙区を戦う、これ自体は選挙戦略として間違っていない。選択肢としてわかりやすいし、なにより仲間割れ選挙になって漁夫の利とならずに済むから。しかしながら、野党からの視点からすると、そもそも共産党が勝てる見込みがありそうな選挙区(具体的に言えば沖縄1区くらいか)以外は出馬しなければいい話なのである。比例票を伸ばすために小選挙区で多くの候補者が討ち死にしていくわけである。今回のように取りやめをしていても、比例議席は大して減っているわけではなさそうだ。であれば、共産党がでしゃばるのではなく、敵は誰かを見据えて、空気を読んで取り下げればいいだけではないだろうか。
2009年の総選挙は共産党が出馬していても民主党の圧勝だった。無党派層が投票した「風が吹いた」選挙ともいえるのではあるが、今回は共産党に依存している以上、2009年と比べればそれだけ地盤が弱いとも言える。「ボトムアップ」というのであれば、そもそも地盤を固めることに徹するべきであったのに、弱者のパワーゲームに飛びついたことが、今回の負け(自公に負けた時点で負けですよ、ええ)につながったと思う。
これだけ風がそこまで吹いていないのはなぜか。それは共産党は日本人のマジョリティとして受け入れられないのである。個々でやっていることは是々非々あるものの、共産党とは一緒になりたくないのが多くの日本人の本音なのではないだろうか。連合や国民民主党がこれだけ毛嫌いしているのもうなずける。
旧民主党は多種多様な議員が揃っていたと思う。旧社会党系なリベラルな人もいれば、旧自民党系の保守系な人もいた。しかし、新しい立憲民主党では保守系の人が逃げてしまった。細野豪志氏や長島昭久氏のように自民党に「裏切る」人もいれば、自民党には行きたくないけど立憲民主党にも行きたくないとして「国民民主党」としてとどまる保守系議員もいる。なぜこうも分裂してしまったかを猛烈に猛烈に猛省してほしい。「右でも左でもない」と前回の選挙の政見放送で主張した結果がただの旧日本社会党のカーボンコピーにしかなっていないのではないか、というのは個人的な見解だ。細野氏や長島氏を失ったのは正直大きすぎるし、なにより管元首相と長島氏を選挙区で争わせたのは悲しい。今すぐにでも、枝野幸男は細野氏や長島氏、さらに国民民主党に土下座してでも、多種多様な第二勢力として信頼を取り戻す努力をしてほしい。
ウマ娘のサークルにはチャット機能があり、サークルメンバーとの会話を楽しむことができる。だが当然NGワードが指定されていて、引っかかると書き込めない。以下、引っかかって書き込めなかった言葉を晒す。
同上。
「くん」を「君」に変えたら書き込めた。優勝しろオラァ!
「臭い」を「くさい」に変えたら書き込めた。それでいいのか。文脈としてはまいっちんぐでチョベリグなウマ娘ちゃんの話をしていたという感じです。
どこがNGだかさっぱりわからなかった。文脈としては、キャンサー杯のときにファル子を出してウンスを塞いだらオグリに抜かされた、という事態を説明したもの。
「(対象のVTuberが)女性の定型化された役割に基づく偏見及び慣習を助長」
これは否定しづらい。というか、現代社会のほとんどのものについてこれは言えてしまうので(たとえば夫婦茶碗だってもちろんoutだし、靴売り場の男性用女性用なんて論外にoutだ)、否定のしようもない。また、
「(セーラー服+ミニスカで)女児を性的な対象 として描いている」
ことも否定しづらい。というか「性的」の定義さえ曖昧にすれば、いかなる物も「性的」だと主張できる。なんなら「女児」という文字面に興奮できる人だっているだろう。では、その言葉を規制する?
つまり、これを表現規制の文脈で議論しようとしても意味がない。上記のような理由で表現に規制をかけることは全く無意味だし有害でしかないし、そもそもこんなことは自明過ぎて論じる必要すらない話だからだ。規制を唱えた人たちは、ただ男性が性的欲望をひけらかしているという状況に嫌悪を抱いているだけだ。だから、規制自体に反論するよりも、この自称フェの人たちが抱えているミサンドリー/男性性嫌悪の根源について思いをはせる方が、まだ生産性があると思う。
そして、自分自身の抱える性を外部から規程されたり操作されたりすることについては、規制される側も少しフェミニズムに学んでみてもよいと思う。そうして性的な自己が意識的に操作可能なものだと理解すれば、より豊かな表現ライフを味わえるかもしれない。また、ミサンドリストの人は、自分らが「弱者のつもりで他者に対して強圧的に加害している」という状況について、もう少し自分たちが批判している相手と自分たちの相同性に気付いた方がよい。どちらも相手を理解しないまま、暗闇でお互い刀を振り回しているような状況は、はたから見ていて極めて危なっかしい……。
現状、両者の背後には、その不和を利用して利を得ようとする人たちがワラワラと近づいてきているように見える。まさに漁夫の利である。
「閃光のハサウェイ」は独立性の高い話なので、初代ガンダムやその他のシリーズ作品を観ないと理解できない、ということはないと思う。どうしても予習をしたいなら、直接的なつながりがある「逆襲のシャア」を観ればいいというくらい。ただしガンダムシリーズの根本の設定は理解しておく必要がある。最近のオタクならガンダム自体を観ていなくてもある程度は受動喫煙していそうだが。というわけでこの記事では受動喫煙レベルの説明を目指してみた。
アムロ・レイ…初代ガンダムの主人公。地球連邦のエースパイロット。シャアの反乱において「地球に落下しようとする小惑星をモビルスーツで弾き返す」という奇跡を顕現させて、そのまま行方不明になった。
シャア・アズナブル…アムロのライバル。ジオンのエースパイロット。マザコンとロリコンをこじらせた挙げ句に「地球を破壊して人が住めなくしようぜ」とか言い出したやべーやつ。アムロと一緒に行方不明になった。
ブライト・ノア…アムロの上司にして盟友。糸目のモブ顔で「修正してやる」と言ってアムロを殴るやつ。そして「閃光のハサウェイ」の主人公・ハサウェイの父親。
ハサウェイ・ノア…ブライトの息子として登場する。その関係からアムロとはもともと親しい。シャアの反乱においては13歳で、ブライトが乗る戦艦に密航し、クェスを追って無断で出撃する。
クェス・パラヤ…魔性のクソガキ。ハサウェイの初恋の相手。連邦高官の娘だったが、突如としてシャアに寝返り、巨大兵器に乗って大暴れした挙げ句、ハサウェイの目前で死んでトラウマを残した。
チェーン・アギ…アムロの恋人。戦場でクェスを殺したが、それによって逆上したハサウェイに殺され、このこともハサウェイのトラウマとなっている。
これについては漫画版「閃光のハサウェイ」の第一話が非常にわかりやすい。
https://comic-walker.com/viewer/?tw=2&dlcl=ja&cid=KDCW_KS03202238010001_68
ハサウェイの乗機として登場する「Ξガンダム」(クスィーガンダム、ハサウェイは「クスィージー」と呼ぶ)と、そのライバル機となるレーン・エイム搭乗の「ペーネロペー」は、「ミノフスキークラフト」という装置を史上初めて搭載したモビルスーツである。実はガンダム世界のモビルスーツは「重力下で空を自由に飛ぶ」ことができなかった。これまでに出来たのは背中のバーニアを使って「大きくジャンプする」「落下の速度を緩める」くらいのものだったのだ。ミノフスキークラフトはまさに「重力下で空を自由に飛ぶ」ための装置なのだが、これまでは戦艦のような大きなものにしか搭載できなかった。それをモビルスーツに搭載してのけたことで、この時代ではΞガンダムとペーネロペーだけが、空において自由を手に入れたのである。劇中でペーネロペーが登場したときの異質な動き、異様な駆動音に、ぜひ注目してもらいたい。
また、Ξガンダムとペーネロペーが搭載している「ミサイル」も、劇中では何気なく発射されているが、実は特殊な技術が用いられている。ガンダムシリーズでは「ミノフスキー粒子」という架空の粒子によってレーダーが無効化されており、ミサイルのたぐいも使えなくなっていた。そこで「レーダーがなくても超能力的な感覚で戦場を把握できる人間」がクローズアップされて「ニュータイプ」と名付けられた。ニュータイプの超能力によって兵器を遠隔操作するシステムを「サイコミュ」と呼び、サイコミュによって動作するミサイルを「ファンネル・ミサイル」と呼ぶ。Ξガンダムとペーネロペーのミサイルこそ、この「ファンネル・ミサイル」なのである。
【ワシントン時事】ブリンケン米国務長官は3日、中国の民主化運動が武力弾圧された天安門事件から4日で32年になるのに合わせて声明を発表し、事件を「大虐殺」と表現し、非難した。その上で「天安門広場」は、人権や基本的自由を訴えた数万人の人々を黙らせるために中国政府が取った残忍な行動の同義語となったと指摘した。
また、「あの日に起きたことについて透明性を求めることをやめてはならない」と訴え、事件の死者や拘束者、行方不明者に関する完全な説明を求めた。
国務長官とは実務上、アメリカで大統領に次ぐNo.2と言われており絶大な発言力をもつ。
日本でいうと麻生さんとかにあたるのだろうか?よくわからないけど。
中国が歴史の闇に葬り去りたい最大のタブー(70年前、CCPが日本軍に国民党軍の軍事情報をリークさせて戦わせ、漁夫の利を得た件につぐ二番目のタブー)であり、それを一国の宰相が虐殺と定義したのは歴史上きわめて大きい。
TSMCの代わりに日本にもウェーハを露光する先端プロセスの前処理工場をという話が色々出ている。
これについては、米国からすると、台湾で製造しているのを、日本に持ってきたところで、対中国を前提とすると、
最前線に変わりなく、米国本土に持っていきたいと読むのがいいだろう。
日本メーカーの材料がなければ製造できないという一面もあり、米国からするとそれも米国本土に持っていきたいはずである。
TSMCに米国本土に工場を作れといったり、米国本土にあるサムスンに工場拡大しろと圧力をかけている。
では投資して問題があるかだが、今は需要が多いように見えているが、
みんな焦って色んな方面から物をかき集めようとしているから逼迫しているように見えている。
コロナでマスク作る設備用意したら、設備無駄になったという話が半導体でも起こる。
今月の地味にすごいニュース
・日本が中国の軍事行動を批判し対決する姿勢を表明したこと(日米共同)
→ これまでは遺憾表明くらいだった
ネパールをアカ化したりスリランカやアフリカを債務のワナにはめているようだけど、
これも批判の口実を作ってしまったわけで、人権意識が進んだ国からの追及はまぬがれない。
(そのうちウイグルみたいになるだろうし)
世界には台湾やパラオのように中国と手を結ぶくらいなら全国民が全滅するまで戦う、みたいなところも多い。
つまり着々と、世界VS中国(と一部の軍事独裁国家)という図式になりつつある。
政党支持率を見ればわかると思うのだが、原発事故というのは、非常に巨大な毒まんじゅうだった。
あの後盛り上がった反原発運動というのは、残念ながら、左派勢力にとっては「千載一遇の好機」ではなかったのだ。
実際には毒まんじゅうだったの。
ともするとそれまでの自民党政治を攻撃して決別し、左派によるイデオロギーを浸透させるべき好機に見えたんだけれど、実際には、「そのためには被災地を犠牲にせねばならない」「極端な運動家の台頭を招く」という強烈すぎる副作用があった。
で、結局、左派がそれまで積み上げてきた信頼をすべて失ってしまったんだよね。
「福島の農家はテロリストと同じ」「地産地消で被曝して死ね」「福島で凄まじい事態が発生!妊婦15人のうち12人が奇形児を出産しています!」「ガンが増える」「被曝の影響は遺伝する」「フクシマの人とは結婚できない」──。具体的に挙げればキリがありません。
これらの声を左翼勢力は戦うどころかむしろ煽り立ててしまったんだよね。
選挙では分裂を重ねて自民党が漁夫の利を得るし、草の根的には「地方に放射能汚染のスティグマを貼り続けるのか?」と地方団体から総スカンを食らった。
それ以降、10年間、野党勢力は一回も国政選挙で勝ってないんだよ。ずっと自民一強政治が続くことになった。
それでも、「フクシマ」神話はそうした被害を無視し、あくまでもセンセーショナルな放射線被害の発生ばかりを執拗に求め続けました。なぜならば、「フクシマ」にとっては福島や被災者がどうなろうと対岸の火事であり、むしろ描かれる「被害」がよりセンセーショナルで悲惨であるほどに、政治的、あるいは商売や娯楽上での利用価値が高まったからです。
左翼勢力が、差別と偏見と戦えばまだまだ救いはあったのだけれど、実際には、差別や偏見を排除せずに、それを主軸において戦った結果、「普通の一般層が左翼を見限った」んだよね。
東電に対する怒りも恨みも、それらすべて一緒に戦ってくれるはずの左派勢力が、裏切って痛みを分かち合うどころか、バイキン扱いしたという恨み。
その恨みが10年たった今も続いているわけで。
しかも、これらの言説を広めてきた人の中には大学教授や文化人などのいわゆる知識人層や、反原発や反差別を訴える団体とその支持者たち、ジャーナリストや伝統宗教関係者なども多くみられました。
社会学者が、「ぷぅwwwww」と笑われる原因になったのは、実はオタク差別問題以前。反原発運動の頃から、だったよね。
だから、左翼勢力が復活するためには、いいかげんに禊をするしかない。
具体的に言うと、きちんと謝罪することだ。
誰も謝ってないけれど。
我々が間違っていたと、誰かが言わないといつまで経ってもこの問題は尾を引き続ける。
税金で死ぬほど持っていかれたもののそれなりにまとまった現金が入ってきたたのだが、株式を持っていたのが父と私だったので、母には一円も手元に入ってこない。そのことについて母の恨みつらみが凄まじい。
元々母は歯科医だったが、自分が専門職の仕事を辞め子育てと家事をすべて請け負い、父からの八つ当たりや愚痴にも耐えてきたから今の成功があるのだと言う。そうであっても父が母に一円も残さずとも別に問題ないのだが、そういう問題ではない、真っ当な人間のやることではないと母は言う。
父は父で、母に現金を残すくらいなら医療・芸術・学術関係に寄付すると言い放ち早速いくつかの施設に何千万か寄付してしまった。
想像がつくだろうが父と母の仲は数十年来最悪である。父には軽度の障害と虚言癖があり、母は周囲から「女で歯科医にまでなりながら障害者と結婚しキャリアを無駄にした人生の敗北者」として後ろ指を指されてきた。信じられないかもしれないが昔は今よりもずっと差別的で、私も近所のおばさんや親戚から障害者の子と面と向かって言われたこともある。また父は自分をよく見せるための話術が抜群にうまく、虚実織り交ぜて巧妙に黒を白に変えてしまうような常人離れしたスキルを持っていた。会社経営ではこれがうまく働いたのだろうが、ビジネスだけではなく家庭でもこの調子であったので母は虚言につきあわされ辛酸をなめたことが何度もある。
父の障害を毎日介助し見栄のための虚言に耐え続けてきた母が受けてきた心労と屈辱は想像に余りあるが、一方で母は他人を強くコントロールしようとする癖があり、思い通りにいかないと父を大声で障害者、(自分に比べて)低学歴と罵ったりしていた。もはや普通にDVであるが「もうこうでもしなければ耐えられない」とのことで、爆発するとやって良いことと悪いことの区別がつかず見境がなくなる。
数十年の両親の喧嘩を見続けてきたものとしてはお互いに悪いところがあるよねとしか言いようがないのだが、当人達にとってはお互いに言い分があるため100%相手が悪いと思っている。
この件で一番何もしていない自分が漁夫の利という感もあり若干の罪悪感を覚えている。私が手に入れた現金の半分を母に贈与したら少しは気持ちも収まるだろうかと思って母に提案してみたが、それでは意味がない、父から取り上げなければいけないのに何もわかっていないと却下されてしまった。
二人が違った関係を築けたなら、金でこんなにこじれることもなかっただろう。かすがいになり切れなかった無力感があるが、烏滸がましいだけだったかもしれない。
今はただただ疲れた。