はてなキーワード: 不正解とは
自己啓発本やら、映画やら音楽やら、この頃は自分以外のすべてに、答えを求めている気がする。
「どうしたらいい?」という問いかけを、いろんなものにして、自分の頭で考えていなかった。
この頃、そういう考えが浮かぶと一旦立ち止まって、「どうしたい?自分で考えたら何が出てくるの?」という問いを自分自身へ投げかけ始めた。
少しずつ楽になっている。
TVやネット、ツイッターや雑誌、CM、ユーチューバー、ニコニコ、インタビュー記事、雑誌、ビジネス書、小説、漫画、美術館の説明、博物館の解説、先輩や友人への質問、すべてに「私はどうしたらいいでしょうか」という気持ちを乗せて向き合っていた。
どこにも答えはないし、答えばかり探していて本当に苦しい。今もまだ何も見つかっていないんだけれど、探すのをやめて大分楽になった。
結局、未来はこの瞬間には何も存在していない。今お腹いっぱいで、冷たい三ツ矢サイダーをお風呂上がりに飲めている。
TV、ツイッター、ニュース、特にネットニュース、を排除したらこんなにも楽なのかと思う。
セミの声に集中して、夏の日差しに皮膚が焼けるような感覚を、やっと体が取り戻してきた。前はいつも頭だけで生きている気がしていた。
同じ年齢で成功した人を羨んだり、年上なのにどうしようもない人をみて蔑んだり、でも結局それは正解でも不正解でもない、その人の人生であるというだけだった。
こうしたい、っていう人生はもちろんある。でも正解ではないんだとわかってきた。理解してきた。不正解でもない。
もっと早くわかれば、とも思わない。これが私のペースだったんだな。
三ツ矢サイダーが美味しい。夏だ。
カードの裏を確定させる最小枚数を求めるのって、あるあるネタなんだけど、
これを気にパズル作家が増えると良いなと思ったので、パズル的な解説をします
(最近見た数学ネタは好意的だったけど、カード裏のネタは罵倒が並んでたので……)
要は、コレのことね。(クッキーブロックしてると見えないかも)
心理テストです。
あなたの目の前に4枚のカードが並んでいます。カードには、それぞれ「D」「F」「3」「7」と書かれています。
「Dの裏は7である」というルールがあるとして、そのルールが守られていることを確かめるには、— Rootport (@rootport) 2016年3月27日
これ、端的にいうと、条件が足りないか限定が変。だから、不正解の選択肢しか無い。
正解は、「D」と「F」と「3」をめくる。譲歩しても「D」だけをめくる、かな。
(あ、残念ながら「7」をめくる必要はない……)
Dの裏側にフナッシーが描かれてても、別に前提条件とは矛盾しない。
単に『「Dの裏は7である」というルール』に違反しているだけだ。
同じように「Fの裏にDがある」場合は、困ったことになる。
「D」「F」「3」「7」のカードと、「Dの裏は7である」というルールに、
何を限定したら、ルール確認の為のめくり最小枚数を2枚にすることが出来るか?
というのをパズルとして出題したい。
(一番簡単なのは「裏と表を区別しない」&「英字と数字は必ずペア」。でも、それ以外にもあるよ)
「D」「F」「3」「7」のカードと、
「全てのカードに裏表は無く、全てルールに従っている」と限定すると
「3」の裏は何になるだろうか?
例えば上の出題に『ただし「7」の裏が「D」とは限りませんと入れるべきか?』と日々悩むのが楽しいわけです。
ユニーク解(ただひとつの答え)になるような出題が美しいとは思うけど、別解があるか探すのも楽しみの一つ。
みんな、パズルを作るのって、他人のパズルを解くのと同じくらい楽しいよ!
「パズルは、出題の穴を探すのもパズル(ワザと穴を作るのも技術のひとつ)」なので
「元々の問題はこうなので、出題者がダメ」という意味ではありません。
思い込みを利用するのもテクニックなので、出題者が暗黙の前提を強要したらダメ。
それと、せっかくなので、ちゃんと元々の出題者の栄誉を称えておこう。
ピーター・ウェイソン(Peter Wason)の有名な4枚カードの問題は、
(日本人には)ちょっと理解しづらいので、出回っているものは改変されたものが多いです。
元々は4枚のカードそれぞれが、片方は「a letter」で、もう片方は「a number」が載っていて、
"If a card has a vowel on one side, then it has an even number on the other side."
『もしカードの片側に母音があるなら、もう片側には偶数がある』
って、ルールに従ってるか確認するのに、E, K, 4, 7を見せたらどうする?って問題。
(P. C. Wason, P. N. Johnson(1972) Psychology of Reasoning: Structure and Content (Cambridge,Massachusetts:Harvard University Press))
もう答えはわかるよね?
で、アメリカで有名な"Wason selection task"と呼ばれてる論理パズルは、こんなの
これも、もう答えられるよね?
さらに、社会的な関係性で見せると正答率がぐっと上がるってのを証明するために使われたのが、以下の改変版。
(Cosmides, L. & Tooby, J., (eds) (1992) The adapted mind: Evolutionary psychology and the generation of culture (New York: Oxford University Press))
だからまあ、改変版も進化心理学者のLeda CosmidesさんとJohn Toobyさんの出題だったってのは、書き添えておくのがパズル作家の義務になるかな。
(たぶんTwitterで出題してた人がタネ本孫引きしたときにはすでにわかんなくなってたんだと思うけど……原典にあたる人は少ないしね)
ぼくがTOEIC450点から800点くらいに点数を上げた勉強法です。
ぼくの英語力は中学生レベルくらいにはギリギリ達しているレベルでした。
あんまり英語の勉強にはならないので英語を勉強したい人は違う方法でがんばってください。
以下の尼リンクはノンアフィなので嫌儲さんも安心してよんでください。
http://www.amazon.co.jp/dp/4757413637
人によるのかもですが書いて覚えるより流し読みしたほうが覚えられると思います。15回も通し読めばだいたい覚えるんじゃないでしょうか。
単語力に自信のない方はキクタン4000でもいいんじゃないでしょうか。Kindle版がゲロ安ですが、ぼくは単行本をおすすめします。
http://www.amazon.co.jp/dp/4757422067
英文法の勉強は中学校の知識があればしなくても大丈夫だとおもいます。ぼくは一切しませんでした。
さて、ここからはリーディングとリスニングがごっちゃになりますが、ぼくが勉強した順に書いていきます
①リーディング・Part7の演習
ひたすら公式問題集二冊分のPart7を時間気にせずに3周くらいときました。この時心がけたのは後ろから訳さないことです。
日本人は英語を翻訳する際後ろから訳しがちと言われますが、それでは時間がかかりますし、リスニングにも悪影響を与えます。大事なのはきちんと英文を前からよんで内容を理解することでしょう。
また、英文を読む際日本語に訳してはいけない、なんてしばしば言われますが最初は気にしなくても大丈夫だと思います。つーかいきなりそれはたぶん無理です。解くたびに解答をしっかりと確認していれば、3周後には少なくともその英文についてはそれがしっかりと出来ているはずです。
②リスニング 基礎演習
以下のホームページの初級をすべて解きました。学習方法はリンク先に記載されているのでそちらをどうぞ。
http://www.listening-plaza.com/
③リスニング Part1・2
ひたすら公式問題集二冊分のPart1・2を3周くらいときました。
ここで気を配ったのは
・文のはじめに集中すること
・語尾が上がるか下がるかを確認すること
・意味ではなく音を覚えること
です。ド定番の対策ですね。3つ目についてですが、これはPart2における
・音の似ている異なる単語が選択肢にある場合それは99%不正解である
という知識に基づくものです。
④リスニング Part3・4
まず、ひたすら公式問題集二冊分のPart3・4を3周くらいときました。
そうやってそれぞれの問題について学習をした後、一冊のPart3・4をすべて暗唱できるまでひたすら音声を聞きながら覚えます。もちろんそれを翻訳できるようにもするように。
⑤リーディング part5・6
ひたすら既存公式問題集すべての問題を理解するまで解き続けました。或いは実力確認用に一冊分は解かなくても良かったかもしれません。
全部理解すれば本番に8割5分は取れるでしょう。
選択肢の単語はすべて覚えなくても大丈夫です。しかし正解の単語の意味はしっかり覚えましょう。
⑥リーディング Part7
ここまでくれば総仕上げ。ひたすら公式問題集のPart7を解き続けました。①でPart7を解いていたときよりずっと楽に解けるはずです。
以上、500時間未満の勉強でTOEIC800↑を達成できました。一般的に必要とされる勉強時間の半分程度ではないでしょうか。最後の方は飽きてかなり雑になりましたが、まあがんばってください。
おそらく80%正解、20%不正解というような事象がほとんどで
経営層が判断する事象には50%正解、50%不正解というような事象に
無理やり先鞭をつけるのがコンサル。(しかも時間が変わると%の比率も変わる)
ショーンK以外の人間で、同じような経歴で、TV業界で印象を保ちながら
やっていける人も結構探すの大変だと思う。
もちろん様々な理由があるけれど、手軽に説明できる例として、私は「水曜日」を挙げている。英語で書いてみようか。
WEDNESDAY
さあ、読んでみよう。……うぇどねすでい?
WE「D」N「E」SDAY
括弧の部分は“発音しない”。
なぜ発音しないアルファベットを書くのか、発音する「E」と発音しない「E」の違いとは。法則性があるのか。大半の人が経験したであろう“躓き”だ。ほとんどの人は、この「水曜日」で英語を学ぶことに対して精神的障壁が出来る。
何かを学ぶ際、例えば算数だと方式だとか、いわゆる“パターン”を見出すよな。「1+1=2」を学んだ際、それとは別に「2+2=4」とかを学ぶ必要はない。だって、足し算を覚えればできるんだから。
言語も同じで、読み方や書き方に法則性を見出せば、その単語そのものを知らなくても大抵は読めたりする。その単語の意味を学ぶだけでいい。つまり、アルファベットの書き方と読み方を覚えれば、それを組み合わせた単語も読めるはずだ。と思った矢先に「水曜日」というよく使いそうな単語で「発音しないアルファベットがある」、更に「法則性もない」という“例外”をぶち込んでくる。
この“例外”の厄介なところは、「発音しないアルファベットが存在する」ということだけしか学べないところだ。法則性がなく、本当の意味で“例外”なのだ。なのでその都度、「発音しないアルファベットが存在する単語」の読み書き(そしてその単語のもつ意味も含めて)覚えないといけない。平面な道に一部だけ凹凸があるような、これら“例外”は学ぶ側に負担を与える。
この後も、「BERRY」などで「なぜ『R』が2ついるんだ?」となる。そして「BURY」という綴りが違うのに発音が全く同じ単語が登場し、「なぜ同じ発音なんだ」、「なぜ『BURY』の方は『R』が一個だけなんだ」、「こんなことになるなら、『無発音』という概念いらないだろ」と激昂するのは誰もが通る道だろう。
次点では、「MAN」の複数形が「MEN」、「複数形だけど単数形と同じ綴り」という単語などの登場が共感できるところだろうか。
もう分かっただろう。英語が学ばれにくい理由は単純明快。言語として洗練されていないからだ。つまり覚えにくい。
なにせ英語は様々な国の言語がもとになっており、いわばキメラ生命体。それで洗練されていたとしたら奇跡というほかない。そして、英語は特にそれが顕著なだけで、ほとんどの国の言語はそこまで洗練されていない。
もちろん、日本語だってお世辞にも洗練されているとはいえない。けれど、私たち日本に住んでいる人はそれを日常で使っているから、多少の違和は受け入れられる。更にいえば世界共通語ではないから、別に洗練されていなくてもいい。別の国の人に無理して学んで貰う必要がないのだから。
ちなみに、上記の例は本国の人がしていた話を参考にした。つまり、英語に慣れ親しんでいる人ですら、不満の多い言語ということだ。本国の人ですら不満の出る言語を、他国の人がうまく学べないからといって、個人の問題で片付けてしまうのは間違っていると私は考える。
英語を世界共通語にしなければいいのか、という話ではない。英語は洗練されていない。だから覚えにくい。という前提を共通認識にしようという話だ。それを踏まえたとき、今の「英語の勉強のさせ方」ももう少し最適化されていくのではないだろうか、というのが私の淡い期待だ。
・リク面
やっとついた。リク面は多種多様すぎて上手く理論立てられない。具体的な話からうだうだと。リク面でなされる質問は、考え方を見てるようで答えるべきトピックが決まってるようなものがある。こんなとこで書かんでもすぐにわかってくる。例えば「あなたはほかのひとからどのような特徴があるといわれることが多いですか」これは恐らくジョハリの窓が前提になっている問題である。「右手に力入れすぎやてよく言われます」などという答えは論外、自分で思う自分像をいうのも外れ、客観的な自分像を正確に捉えジョハリの窓の右下を狭めるようなエピソードを加えるのが正解である。「あなたはチームの中でどのような役割を果たしましたか」これはドラッカー先生のマネジメントが実質正解である。つまり指導者ならボスではなくリーダーとして振るまい、構成員ならリーダーシップと同じ視点でメンバーシップを持つことが大事だったみたいなエピソードを語ればよい。(他には目標を決める、とかでも筋が通ってたら良い。)全く知らないなら「もしドラ」でいいから立ち読みしても損はしない。ただしドラッカー先生は学者としてはイマイチなので、口が裂けても大学でドラッカーの理論について本を読んだので経営学はばっちりですみたいなことは言ってはいけない。阿呆がバレる。
あとは7つの習慣なんかも質問の種本になっている気がする。暇なら読むべし損はしない。
フェルミ推定とかは有名だけど聞かれたことない、行動経済学のバックワードインダクションとかいうのなんかが今年モルスタで出たらしいが、まぁこんなの知らなくて良いだろう。気になったら5人の海賊で検索。
リク面の最終目的は~~、そのためにすべきことは~~くらいにまとめられたらいいのだが、とても無理なので、やったらいいことと悪いことを列挙する。
・朝に行く→夕方リク面に行くとだいたい社員がへばっている、そしておんなじ話を何回も聞いてウンザリしている。時間が選べるなら朝に行け。まぁそんなに変わらない。夕方JRの社員に会っていきなり「うち志望の○○大生ってことは、インフラのどこどことどこどことどこどこを受けてて志望動機は~~~な感じだよね?ははっ」と言われたのはトラウマである。朝イチなら何を言ってもウンウンうなずいてへーっって言ってくれるからすごいやりやすい。
・「とんでもないですorとんでもございません」 「おっしゃるとおりです」はやっぱり万能→この言葉は我の強いアスペクズの我の強い感を見事に消してくれるローリエみたいな言葉である。うまいこと使えるようになろう。「今日は来てくれてありがとう」「とんでもないです、貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。」これが正解である。「いえいえ、こちらこそ~」なんて言った日には、社員の目から笑いが消えるぞ。「いえ、仕事ですから。いえ、自分のためですから。」こんなのはどうしようもない。でも言っちゃうやつがいるんだよなぁ。お世辞にもこれで対応する。「さすが体育会礼儀正しいねぇ」「そうですねやっぱり体育会なんで」これは不正解、正解は「とんでもないです、敬語もまだまだ正しくないと注意をうけることも多いので気をつけています。」みたいな感じである。嘘つけと思うかもしれないが、これを言うとおっさんがニコニコしてくれるので、あながち間違いではないと思うんだよなぁ。卑屈になりすぎることはないが人間としての尊厳みたいなものは別のところで確保しよう。圧迫面接ですらない質問の深堀りにて、「君は先輩の教えを守ることが大事と言ったけど、世間では自分で考えて行動することが大事とも言うよね、どう?」と聞かれて、「私が言った意味は~」とか「いや私はそうは思いません、それは違います」などと回答するのは社会不適合者ここに極まれりといったものであると最近よく反省しているところである。だいたい相手のほうが頭がいいのだ、「私が言った意味は」なんてのは失礼にもほどがある、わかってないのはどっちだ「おっしゃるとおりです。」で受けて、言い直すなり受け入れるなりして上手に捌こう。
・面接官の態度が悪い→自分に何か問題がある。続けざまに態度の悪いリクにあたったら自分の態度に何か問題がないか見直そう。貴方はクズです自覚しなさい。
・相手の目を見て話す→最低限相手の質問に答えるときは絶対に目を見ること。にらめっこではないので、視線を外すことはあるが、答えるときは必ず見る。話を聞くときは相手の目以外に見るとこないので自然とできる。
・うなずく→説明会の会場で100人の就活生が首振人形やってるのはあれだが、リク面ではやろう。我の強さが緩和される。
・トヨタのリク面3回目、友達はいろんなこと褒めてもらえたって言ってたのに、俺はひたすらOBに質問するだけで自己アピールの機会とか向こうからの質問とかなかった…→質問でもアピールはできる。質問の前に「私は~~なのですが、」と付けたら良い。それかいっそ志望動機と自己アピール作ってきたんでどこが良くないか教えてもらえませんか?と聞く。駄目だったら駄目って言ってくれるし、駄目じゃなかったら大体喜んでもらえる。もちろんこれはトヨタに限らない。
トヨタのリク面相手に1時間質問だけで持ったらそれはそれですごい。
・「人で選びました」ってなんやねん→面接の回を重ねる中で、同業他社との差別化ができなくなった人が言う言葉である。最後は人で選んだって人もESには別の志望動機を書いてたハズなのでそれを聞くべし。
・リク面質問集
加筆予定
その他
・時々出会う就活マスターの話は聞いておこう。こっちの話は聞いてくれないが、それでも聞こう。
・梅田の時間つぶし→アバンザの横のサンマルクカフェの地下が落ち着くのでよく行っていた。一階はどうしようもなく汚いが、地下は良い、ただし電波があまり入らない。地下は禁煙。
・理系の就活→押しの強さと夢と現実と才能に応じたコミュ力の良いバランスと普段の不断の努力があって就活を自分の土俵に上げられる人は上手くいってる気がする。
・持ち物→写真でさえ印刷できるし、大体のものはコンビニに飛び込めば何とかなるが、ハンカチとか汗ふけるもの、証明写真と履歴書の予備、参加用のA4のバーコード印刷した紙、ボールペン、これらは持っておいたほうがいい。あとは就活本に書いてあるようなものを持っておけばおk。あとジュース代節約したかったら水筒。
・ボールペン→野村證券でいくらでもくれるゼブラのFortiaがすごく書きやすかった。生協でESと履歴書にはこれ!という売り文句で売っている青いキャップのゲルインクのやつは、字が雑な人には向かない、余計ヘタクソに見える。普通の0.5~7mmの油性ボールペンのほうがマシに見える。4色ボールペンの黒でいい。
・スペックが足りない→市場を精査した上で無理なら撤退すべし。
・他の人がクソミソにいう会社俺そんなに嫌いじゃないんだよね、、、→向いてるかもしれないけどもう一回考えるべし、客観的データを精査すべし。
まとめ
就活失敗したくなければESを早く出し、行きたい会社に行きたいのであればESなり面接なりの質を上げればよい、そのためには不足している情報を説明会で補えばよく、リク面まで進むことができたら、何か持って帰るつもりでガツガツいけばなんとか進むもんだった。
そんなことが問題じゃねえんだよ
何かを考えるためにはまず決め打ちしなきゃいけないわけ
例えば数字の1ってなんで1なの?2じゃだめなの?
とか言い出したら切りがないだろ
円周率は3.14ですっていう土台作ったらその上で問題を解けや
あとルールについて確認したいならテスト中に有効数字何桁までですか?
とか質問すりゃいいだろ
http://n-styles.com/main/archives/2016/02/25-053030.php
ウチも高島家と同じで子供にスケジュールを考えさせて実行していて
突発的なアクシデント以外でサボるかたちになってしまった場合は
ウチも、とある事情でペナルティとして3DSを折ったのだがSNSには載せていない
さて、ここから本題だが上記ブログの人はドヤ顔で探偵ばりに推理してるわけだが
しかし、高島さんと共通しているところは3DSの修理のプロではないということ
割るときに「修理できるように」とは考えるものの、どの部品が重要なのかはわからないので
リプライで修理できることを知ったことを突っ込んでいるが親の視点からすると
割り方が正解だったことと、修理費が安いことにリアクションしているわけだ
虐待するような親でない限り、子供の物を壊して喜んでいる親なんていない
そして、この気持は親にならなければわからないんだよ
高嶋ちさ子や私の子育て方法が正解か不正解かは誰にも判断できないが
少なくとも今回の件の高嶋ちさ子の行動は、上記ブログの探偵ごっこの推理は真逆であるということだ
子育て奮闘記をSNSにあげてしまうと、探偵ごっこで根も葉もないことを言われてしまう世の中なので
そこだけは自重するべきだと感じた
この話題、「379.94でいいじゃん」派に聞きたいんだけど、子供が答案に380とか380.13とか書いたら×にするの?
半径11の円の面積を求めよって問題で、379.94よりも正確な380とか380.13とかって答えが×?
これってかけ算の順序問題と同じで、正しい答えでも教える側の都合で不正解にしてるってことじゃん。
半径11の円の面積は380.1326…なんだから、379.94を○にして380や380.13を×にするのに正当な理由なんてないでしょ。
「円周率を3.14と仮定してるんだから、379.94以外の答えは×」っていう人がいるけど、じゃあ円周率を3.14と仮定するってどういうことよ?
摩擦を0と仮定するならわかるよ。摩擦係数が0の世界を考えればいいんでしょ。
円周率の定義は円周を直径で割った値なんだから、どんな円でも円周率は3.1415…であって3.14じゃない。
それを無理やり3.14と仮定したところで、それはもう円じゃないじゃん。
円の面積を求めよって問題なのに、円の面積じゃない計算の答えを唯一の正解にするのが本当に正しいの?
仮定しているんだからそれに従えっていうんじゃなくて、円の面積を求めよって問題にその仮定が本当に妥当なものなのか気にしないといけないんじゃないの?
でも、3.14と仮定する意味が気になる小学生がいたとして、その説明はしんどくないか?
そう考えると、「円周率を3.14とする」は「円周率を3.14と近似する」って意味だって言ったほうが納得できると思うんだよ。
そしたらやっぱり379.94よりも380とか380.13とかのほうが正確じゃん?
でもはっきり言って小学生に有効数字まで気にして問題を解かせるのは難しいと思う。
だから問題に「ただし答えは一の位で四捨五入する」とか書いとけばいいと思うんだよね。
そうすれば半径11の円の面積は何かを真剣に考えた子だって正解になるでしょ。
子供が理解しやすいように問題を作ることは大事なことだと思うんだけど、380って書いた子が×にならないように配慮できるところはしないといけないんじゃないかな。
大好きな君へ
○○くん、元気にしてますか?
わたしは春休みで暇なのに、○○くんを生で見られる機会がなくて、ションボリしながらバイトしてます。
突然ですが、わたしはもうすぐ就職活動を始めなければいけません。
「わたしの夢ってなんだっけ?」
以前同じ教室で勉強した仲間は、バンドを組んでCDデビューしたり、バイトをしながら小劇団に入ったり、はたまたお母さんになる夢を叶えた子もいます。
もちろん明確な夢を持って、それを叶えて生きている人の方が少ないことくらいわかります。
でも、それでも、ふと不安になります。このままでいいのかなと。
わたしはきっとこのまま、親や先生が望むような職業を選択し、何にもないままフラフラと生きていくと思います。
なんとなく結婚して、子供を産んで、育てる未来が、わたしには待っているでしょう。
これが不正解でないことは確かだけど、正解でないことも確かです。
そんなわたしにとって君は「夢」です。どんな強がりを言っても、わたしは君に「夢」を見ています。
君がいつまでもステージで輝いてくれることが、もう自分に夢を見ることができなくなった、悲しいわたしの夢です。
前は何回コンサートや舞台に行こうが「ただ好きだから」って思ってました。
でも多分、本当は違います。わかったんです。
「君」の夢が叶ってくれるのが「わたし」の夢です。
「わたし」の夢を叶えるために、わたしは「君」を精一杯応援します。
○○くんに良いことがたくさんありますように。
小さなファンより
https://hobbyjapan.co.jp/dixit/
割と好きなアナログゲームのDixit
親番の人が何とも言い難い絵の描いてあるカードを見てインスピレーションで何か言って、みんなでどのカードが親の見てたカードか当てて遊ぶ。
一応全員正解(わかりやすすぎ)や全員不正解(難解すぎ)にならないように気を付けるルールになってるけど、勝ち負けとかあまり考えない感じのゲーム。おすすめ。
友人何人かで集まった時に気楽にやれるゲームがいいねって話になるとたまにやって、
大抵は「わーあたったー」とか「えーそっちかよー」とかやいのやいの言いながら盛り上がって大変楽しめるのだけど、
仲間内に一人びっくりするぐらい下手というか、向いてない感じの人がいる。
その人が親番だと、頑張って受け止めようとしてもどうにも全然わからなくて全員不正解を連発して「なんでお前らわかんねーんだよ」とちょっと機嫌を損ねてしまったり、
正解のカードを見てもやっぱりどこをどう捉えたのかわからなくてみんなして反応に困ったりする感じ。
たまに説明を求めてみると、その人の中の壮大なストーリーの果てにたどり着いたキーワードだったりして、さすがに遠すぎて誰もわからんやろ……って感じだったり。
逆にその人が他の人のカードを当てようとしても、やっぱりなかなか当てられなくて、勝ち負け重視じゃないとはいえ段々拗ねてしまって微妙に険悪にすらなってしまう。
その場の中で感性が違うっていう疎外感を与え続ける感じになってしまって、段々こっちも申し訳なくなってくるんだけど、
他の人が親番のうちは普通に盛り上がるので、後から聞くと本人はかなり楽しいらしい。
でも油断すると拗ねるので周りは割と気を遣う。
本人は楽しかったというだけあってその後自前でDixitを買ってきたらしいのだけど、やってみたらびっくりするぐらいお通夜ムードになったと聞いてさらにズーンとなった。
聞いていると別にイメージしてる世界が突飛すぎるっていうわけでもなかったりするので、
言葉選びのコツとか、いい感じに抽象的な言葉を選ぶ慣れの問題なのかなーと思ってその後も何度かやってみたけど、何回やってもどーにもそんな調子になってしまう。
どうも自分の考えが目の前の相手に伝わるラインみたいなのがよくわからないのかな?って感じがするけど、うーん、なんでなんだろうなあ。
この話の要点はきっとこうだろう。
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このおばちゃんのジャッジについて、僕は、増田とは違う評価をした。今からそれを説明しよう。
---
半分とはどういうことか。
おばちゃんのジャッジはある状況では正しいが、別の状況では間違いとなるという事だ。
※ここで言うリソースとは例えば「お金」みたいな人間にとって役に立つ、何らかの投資活動の原資として使える物を指している。
さて、ある会社の内部では、1.と2.両方の活動を行っているが、たいていはどちらかに重心が置かれる。
例えば、今まで市場になかった新しいサービスを作ろうとしている会社は、「1.リソースを産み出す」が中心におこなわれ「2. 生み出されたリソースを奪い合う」はほとんど行われない。
例を挙げよう。
ここに載っている"グリー"の売上推移を見てくれ。
http://allabout.co.jp/gm/gc/432621/
2005年〜2008年くらいまでほとんど売上が0である事が読み取れる。
彼らはこの時期「ソーシャルゲーム」という新しい物を生み出そうとしていた。
当然最初は上手くいかないので売上は0だ。
そして、0はどう分けても0だ。0を奪い合う事はできない。
こういう状況では「最適な解を出す能力」は「正しいか、正しくないかにかかわらず自分の解答を通す能力」に優越する。
再びグリーの売上推移にもどろう。
2008年〜2012年をすっ飛ばして、2013年を見てみよう。
一度急上昇した売上がガクッと落ちている。
売上が落ちた理由には色々あるが、
一般的な法則として「ある市場で高い利益を上げれば、競合他社(ライバル)がわんさか参入してきて、血みどろの戦いとなり、高い利益率を維持する事が難しくなる」という物がある。
さて、このように 新たなリソースを産み出す事が難しくなった社内で幅をきかせるのはどのような能力か。
それは、「正しいか、正しくないかにかかわらず自分の解答を通す能力」だ。
なぜなら、新たなリソースを産み出すことは限りなく困難になっているからだ。
新たなパイが生まれない以上、今あるパイをより多く奪ったやつが生き残る。
日本には成長産業と呼べるような物は数少ない、その上に人口減少と圧倒的高齢化によってほとんど全ての市場が規模を縮小していく事になる。
だから、大抵の場合「正しいか、正しくないかにかかわらず自分の解答を通す能力」を持った人間が強い。
でも、もし増田が「正しいか、正しくないかにかかわらず自分の解答を通す能力」より「最適な解を出す能力」で戦いたいのなら、戦う場所を良く選ぶことをお勧めしたい。
増田は、パイがこれ以上大きくならないところで戦っちゃだめだ。
もし増田が、パイがどんどん大きくなりつつある場所で戦うなら、おばちゃんのジャッジは誤りだ。
これが私のおばちゃんに対する評価だ。
https://twitter.com/Yokohama_Geo/status/676043972259672064
小3のうちの子の算数テスト。半径4cmの円の直径を問う問題で、[式]4+4=8と答えてバツ。[式]4×2=8じゃないと不正解とのこと。先生が赤字でコメント「半径の2倍が直径です」。
あのねえ、授業でやるテストなんて、授業を聞いていたか、身についたかの確認なんだから、授業で教わった方法以外で答えると×になるのは当然だろうに。
違う方法でやっても
塾で習った(授業ではまだ教わっていない)方法でやっても
×なんだよ。×。おまえ授業聞いてたのかって意味の×。
答えがあってたらいいんだったら「直感で」な回答でも○にするのか?
答えがあってるのに×にすると、理数離れがぁとかトラウマになるぅとか、
おまえら「一ベクレルでも浴びたらガンになる!」って騒いでる放射脳と同類かよ。
長年の経験や知識の蓄積の上に行われる教育を受け試験を通ったプロが授業してるんだよ。
小学校に通ったことがある、子育てしたことがあるってだけの素人さんはなぜ教師よりも教育に詳しいと思えちゃうんだね?
段階踏んでやってることだから、一場面だけ抜き出して騒ぐなよ。
アニオタなら、アニメの動きの激しい動画の一画像を抜き出して、作画崩壊と騒ぐ馬鹿を苦々しく思うだろ?
フェミニズムの影響もあるんじゃないかな。
「正解」や「具体的な要求とそれをされたらどんなに嬉しいのか」という話
こういう形で男にアプローチする女は
媚びてる古い弱い女で、
こういう形で男にアプローチする女は
自立し進歩的で強い女だ
みたいな。
「こういう土産を持ってくる男はサイテー」
ああいう減点方式のエントリが視界に入ると自分に当てはまってなくてもジワジワうんざりする。
うんざりポイントが累積するともう「土産とか持っていかないほうがらくだわー」ってなる。
何を狙ってやってるのかしらないけど
「広範なじんわりしたミソジニー醸成」以外が目的なら上手く行ってないからやめた方がいい。
極端な話にぶっとぶと、
女からの減点方式エントリにうんざりしてるという下地が無視できないと思う。
問題にされてる「イケてないサイテーな土産」を持っていったことがなくても、
痴漢なんか一生涯したことがなくても、
男は「正解」や「具体的な要求とそれをされたらどんなに嬉しいのか」という話が聞きたいの。
「不正解」や「減点対象」や「それを見るとどう軽蔑するか」という話は聞きたくないの。
元増田のような市井の加点方式エントリのほうがよっぽどいいよ。
こういうものが増えたほうが男女の仲はよくなると思うんだが。
「とりあえずこの段階ではこのように書きましょう」という話に対して、
「将来的にこのような問題が出てきたらどうする」というのはナンセンスじゃね。
当然、教師は授業で「増加前の量+増加量」で書いてくださいとレクチャーしているはずだし、
それを守らなかったら「そのテストの上では間違い」と判断せざるを得ないよね。
授業でもテスト後でも「ここはこういう問題だからこういう答えになるんです」という説明はしているだろうし、
それでも不満があれば教師に訊きにいってもいい。
学校ってそういうところだろ。
反対派は「普段の授業を軽視しすぎ(考えがテスト内で完結しすぎ)」かつ「テストの正解不正解を重視しすぎ(センター試験や大学受験じゃないんだぜ)」だと思うわ。