はてなキーワード: ロシア語圏とは
先日、クレジットカードの規制避けのためにエロ用語を隠語に置き換える処置をしたエロサイトがありましたね。
逆レイプを逆レにしたり監禁を閉じ込めにしたりしたことで賛否両論が巻き起こったのは記憶に新しいでしょう。
確かにこのような隠語の使用で意味をぼかすのは私もあまり良いこととは思えません。
レイプは確かにレイプですし監禁も監禁ですが、ロリータはもともと女児という意味ではありません。
それがナボコフの少女愛小説に使われたことで一気に少女の象徴となり、それと同時に娘にЛолитаと名づける親は激減しました。ですからЛолитаという名前をもつ女性の高齢化は進むばかりです。
「ひよこという既存の言葉を乗っ取らないでロリに戻せ」といわれるロリがそもそも既存の言葉を乗っ取っているというのは皮肉なものです。
最後に、ロリータの歌をお聞きください。(歌い始めるのは2番からです)
https://www.youtube.com/watch?v=VOLqsrDGRcM
↑追記
元増田はもっともらしくキリル文字で書いているが、ナボコフの小説『ロリータ』はもともと英語で書かれている。
そして、「ロリータ」はその登場人物ドロレスの愛称であり、そもそも「ロリータ」などという名前を親からつけられた人物は登場しない。
これ見てhttps://www.behindthename.com/name/lolita/top/united-states で調べたらそもそもロシア語圏の名前というわけではないし、アメリカではナボコフの本の前後でLolita減ってませんでした。ゴメンネ❤️
ただしロシアではЛолитаは本当に激減したと聞いてます。こういうのイメージの問題なので、親が子にЛолитаとつけたくない気持ちを持つのに原語は英語とかロリータは本名じゃないとか関係ないでしょう。
ちなみにナボコフ自身は"I am probably responsible for the odd fact that people don't seem to name their daughters Lolita any more. I have heard of young female poodles being given that name since 1956, but of no human beings." http://nabokov-lit.ru/nabokov/intervyu/life-1964.htm と言ってるので、世界のlolitaという名前(おそらくЛолитаもひっくるめて)が自分のおかげで減ったと認識してたようです。(ちなみにこの文書を書いた後ナボコフ自身でLolitaをロシア語に訳している)
これめちゃくちゃやばいことだろ
ロシア以外にもロシア語圏ってあるよな?って思って調べたのが以下。やっぱいるよな...。頭悪すぎるしバカに発言力持たせるの怖すぎる
正解は、推測で約2億8000万人です。
ロシア語が通用する国々は、意外に多く15カ国存在します。これは、かつての社会主義時代国家であるソ連邦(1917~1991)に統合されていた歴史に起因しています。
ロシア語圏の15カ国のうち、特にロシア(1億4296万人[1])、カザフスタン(1603万人)、ベラルーシ(960万人)、キルギス(533万人)の4カ国は、ロシア語を公用語に定めています。しかし、ウクライナ(4545万人)、ウズベキスタン(2744万人)、アゼルバイジャン(919万人)、タジキスタン(688万人)、トルクメニスタン(504万人)、グルジア(435万人)、モルドバ(357万人)、リトアニア(332万人)、アルメニア(309万人)、ラトビア(225万人)、エストニア(134万人)では、ロシア語が法的な地位を持っていません。ソ連時代と比べてロシア語使用の衰退化傾向が見られるものの、ロシア語が日常レベルでは今でも幅広く使用されています。
また15カ国以外にもアメリカ、カナダ、オーストラリア、イスラエルなどに移民したロシア系ディアスポラの間でも一定の程度ロシア語が使われています。
表現規制反対派の弁護士さんが「マンセー」っていうネットミームを使ったことで一部界隈がざわついてるけど、普通におかしいと思う。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/horishinb/n/nf694f276c77f
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/lunuladiary/status/1613524724201705472
って堀弁護士は書いてるけど、これはどう考えても韓国じゃなくて北朝鮮由来のネットミームだよな。TVの報道で、北朝鮮の人が「マンセー」って言って過剰に金正日や金正恩を讃美してる光景見たことない?
少なくとも現代日本で、あんな指導者讃美は「普通に存在する現象」じゃないよ。どっかの幼稚園で安倍首相を応援させてた光景はドン引きされたでしょ? あれを国家規模でやってればネタにされるのは当然だわな。
韓国語は、自由民主主義国家である大韓民国や、日本で国籍を奪われ差別を受けている在日コリアンの言語であるのと同時に、世襲全体主義国家朝鮮民主主義人民共和国の言語でもある。
仮に韓国や在日コリアンへの揶揄はよろしくないのだとしても、社会主義を謳いながら最高指導者の地位を世襲し、国民にマスゲームで最高指導者を讃美させる国のことなんて、いくらでも擦っていいに決まっている。「マンセー」も「ジークハイル」や「カミカゼ」と同じように揶揄のためのネタにしてよい。自由と民主主義の支持者であれば、北朝鮮の国家体制を許容できるはずがないからだ。
増田は現実主義者なので、中国と違って領土的野心を剥き出しにしておらず、たまにミサイルを海に落とすパフォーマンスをしてくるだけの北朝鮮なんて大した脅威ではない(「国体護持」がしたいだけなんだろうからほっとけ)と思ってはいるが、同時に自由民主主義の支持者なので、あの国の体制は打倒され北朝鮮の人民は解放される必要があるとも認識している。そして、滅ぼされるべき悪しき独裁国家で指導者讃美のために使われていた表現は、人をバカにするためのネットミームとして使われても当然だ。
確かに韓国語話者にとっては居心地がいいことではないかもしれないが、ドイツ語で単に「指導者」という意味のFührerや、ロシア語で「会議」や「評議会」を意味するсоветは、非ドイツ語圏や非ロシア語圏では悪しき語として扱われてしまっている。残念ながら「マンセー」もそういう語になってしまったということだ。それが嫌ならぜひ金正恩による世襲独裁体制を打倒するために立ち上がってほしい。現実主義者としては支持しかねるが、自由と民主主義の支持者としては心から応援する。
933名無しさん@実況は禁止ですよ (ワッチョイ ffb1-7pJO)2021/10/03(日) 11:20:20.90ID:U6TbtrMX0>>934>>935>>945>>953
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400164913.pdf
(1) 第1次選考
(2) 第2次選考
第1次選考合格者に対し,小論文及び面接を課し,第1次選考の結果も踏まえ
【小論文】
2問を課します。
2問とも日本語で解答してください。
【面接】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/streaming/1632622242/933-953
トラバでもらった質問(anond:20190511155122)にお返事。
1.「注」、「参考文献」に該当する学術英語はそれぞれなにか。参考文献はreferenceやref.1とおもうが注はnoteでよいか。
「参考文献」についてはreference(参考文献)とかbibliography(文献目録)ですかねえ。referenceは文字通り言及した文献の一覧という意味があり、bibliographyだと包括的な文献目録という意味にもなるのですが(「ディスコグラフィ」とかと同じ用法ですね)、まあたとえば学術書で最後にずらっと言及した文献並べているような場合はどっちでもいいのではないかなぁと思います。英語の本読んでてもどっちも見かけるし。むしろref.1って初めて見ました。
「注」はnotesですね。
2.note、注とも形式が一意に定まっていないのではないか。メモを書き入れているという意味にすぎないと思う。「脚注」とあればたいてい被引用部分のページ下部にあるとおもうが、注と参考文献をそれぞれまとめて巻末に置く場合も想定しているか。また訳注と原著者注があるばあいはどこにどのようにおかれる(べき、または探し当てるべき)か。
本によるとしか……。英語の本でもfootnote(脚注)もあれば文末注もありますし、なんなら章末注もありますね(英語ではおしなべてnotesと書かれてますが)。注と参考文献をまとめて巻末に置いてある本もあります。そういう場合はまず注を置いてから参考文献書いてあるのが普通じゃない?
訳注と原注の区別はふつう凡例に書いてあるからそれを読めばいいと思います。書いてないのはダメな訳書ですね。これは本によって違うので統一的な書式とかは特にないんじゃないかな。
3.著作権法32条の引用では使用部分を改変しない(とはいえ(中略)くらいは許されるべきと考えられるが)、かつ出典を示すことがもとめられている。またその場合は出典が参考部分から切り離され結合が全くわからないような場合は正当な引用に該当しないとされている。これによりref(引用に添える出典)とnote(改変あり)の法的使い分けが成り立つだけでは。つまり、そもそも(少なくとも学術分野の)文書で他人の著作を引用するのであればいかなる形でも改変せず出典を示すべきであり、出典の形式を日本独特の形式である「注か参考文献か」で区別すべきものでもないのでは。さらに改変を許すのが注であれば注は学術文書には許されないのではないか。
日本独特の形式ってw 英語圏の人文系の学術書ぜんぜん読んだことないんですか? あっ、そっか、当該分野には詳しくないってご自分で書いてましたね。なら仕方ないか。
というか、この段落は全体的に意味がわかりません。改変の話はどこから出てきたんですか?
このように引用でない自己メモでも注にできることを考えると、出典を注に入れるのってかなりインフォーマルな形式であり、逆に注があれば良いんだろみたいなバカも呼んでしまうので、うまくないのでは。そもそも出典と注とで全く意味が異なるのだと思う。
いやー、そうかー、日本語圏のみならず英語圏でもドイツ語圏でもフランス語圏でも、なんなら中国語圏やロシア語圏でも通用する形式がインフォーマルかぁ。面白すぎますね。発想がいかにもガラパゴス。他の分野に対する知識が皆無でドヤ顔で物申して恥をかくという意味で。
で、notesは別に出典以外のことも書けるだろ、というのはその通りですね。だから私、出典を示す注と説明的な注は分けるべきだと思ってるんですけど、まあ難しいですよねー。author-date方式もMLA styleも向き不向きがあるからなあ。なんだかんだでfootnoteは見やすいよな、というところに帰ってくる感じ。
最近某中国系動画配信アプリで素人の配信を一日中ザッピングしていて気付いたこと。
日本では比較的マイナーなアプリだがたまたま友人がそのアプリで配信をやっていてインストールしていた。その友人は今は配信をしなくなってアプリも長らく起動していなかったのだが、先日ふと起動してあちこち見て回った。主に女性の配信。
日本、中国、台湾、韓国あたりの女の子はみんな配信慣れしている雰囲気。背景がやたらと綺麗だったり専用のマイクを使っていたり。個人的には友人がやっていたような生活感のある生々しい配信が好きだったので色んな国の配信を見て回ったところ、ロシア語圏のとある国にたどり着いた。
この国で目立つのはやたらと十代前半くらいの低年齢の子供がライブ配信していること。中にはもっと小さい子もいる。全体の2割くらいは子供じゃないだろうか。それも子供だけで配信している。多くは一人で、一部は兄弟や友人と。ユーザーのランクから見るに配信を始めたばかりの人が多いようだ。
そういった子供の配信の特徴は客層が極めて悪いこと。ロシア語または英語で卑猥なコメントが飛び交う。「シャツをめくっておなかを見せて」「バスルームに行って体を見せて」「おっぱい見せて」「見せてくれたらプレゼントあげるよ」など。絵文字で服・矢印・風呂・トイレ・お金を並べるコメントもある。
卑猥コメントを連呼するユーザーの国籍は多様でロシア語圏内だけでなくアジア、中東、南米等、本当に世界中からろくでなしが集まっている。この国の配信は彼等にマークされているようで、どの配信にも顔を出しては「見せて」連呼しているユーザーがかなりいる。
このアプリにはコラボ機能というのがあって、主が承認すると視聴者が副画面にライブを流せる機能がある。これがまたひどくて子供の配信で出てくるコラボの99%はチンコだ。無論勃起している。みなさんなかなか立派なものをお持ちのようだが持て余しているのだろうか。
こういったひどいコメントや映像を見た子供の反応はどうかというと、たいていはしばらく無言でうんざりした顔をしてからニェット(だめです)を繰り返す。俺はロシア語の聞き取りはてんでダメなので内容はわからないが何か早口で喋って中指を立てる子もいる。
そんな状態では嫌気が差して配信をやめてしまうだろうと思うのだけど、ほとんどの子はそれでもそのままダラダラと配信を続ける。特にネタがあるわけでもなくあまり喋ることもないのに。そうしている間にもコメント欄は「見せて」連呼で埋め尽くされる。ムカつくので片っ端から通報しているのだが効果はない。
問題はここからだ。大抵の子はそのうち特にオチもなくプツっと配信を終了するのだが、二割くらいの子は突然シャツをめくりあげておなかを見せ始めるのだ。中指を立てて嫌がっていた子ですらそういうことがある。
こうなるとコメント欄は大いに盛り上がりプレゼントが飛び交い始める。プレゼントというのはバーチャルな花やキャンディーなどだが、貯めると換金可能なものだ。「もっと見せて」「全部見せて」「あなたは臆病者です」などと主をあおるコメントが次々と流れる。
しばらくするとまた主がシャツをめくってコメント欄が盛り上がる。ザッピングの手が止まる人が増えるせいか視聴者数もどんどん増えていく。そして三回目ぐらいでついにシャツを上までめくり上げて下着を見せてしまう。コメント欄はさらにヒートアップし大量のプレゼントが投げ込まれる。
このままではマズい、いっそのこと主を通報すべきか、と思っているうちに突然配信終了。俺が見た20人ほどの子供の配信で下着まで脱いだ子は今のところいない。しかしそれも時間の問題ではないか。
最近増田やブクマでも話題になっていたが、この手の動画配信で子供を脱がせて撮ったと思われる動画がネットには流出している。それも大量に。子供はライブ配信でその場限りの映像だからと思っていたずら心で脱いでいるのかもしれないがしっかり録画されているのだ。
という話を伝えるロシア語の文面を作っておいたので次に彼女たちが配信を始めたら真っ先にコメント欄に流そうと思う。ただそれをやると「見せて」おじさんたちに恨まれて通報されてアカウントが停止されるかもしれない。友人が配信を再開する可能性もあるのでそれは避けたいのだが…
残念ながら出版することは誰でもできるんだ、金さえあれば。
たとえば適当な査読誌をでっち上げて査読してますと謳って実質無査読の論文を垂れ流すことは同じく金があれば誰でもできますが、そうやって出来上がったものが研究者コミュニティにおいて信用を得られるか、というとまた別の問題。
著者がこれまでアカデミックキャリアを積んでこなかった人だったりしたら、「あっ……(察し)」となって黙殺ルート一直線でしょうね。アカデミックキャリアを持つ人が書いたダメな本だったら、どこかの書評でフルボッコにされた後になかったこと認定かな。学術誌って書評欄ありますよね? あそこ見るといいですよ。雑誌によるけど、権威のある雑誌だったらあれが足りないこれが欠けてる○○語も読めねえのかとか言いたい放題してます。もちろん後発の論文や本の中で批判されまくることもあるでしょうね。当たり前ですけど先行研究の批判はちゃんとやるわけで。
出版社だって、長年良質な学術書を出版してきた、ある分野での定評のある出版社、みたいなやつがあるわけですよ(cf. anond:20180828185404)。日本語圏でも英語圏でもそうです。そういうとこは慣れた編集さんがきちんとチェックするし、まあたまに事故ることはありますが基本的に変なものを学術書であるかのように装って出したりはしないわけで。あと最近は科研費の出版助成とかもあるんで、あんまりにもダメな研究は助成されないし、単著の出版に際して査読を科す出版社さんも出てきてますね。
まー、こういう評価の仕方は数量化しにくいですねえ。権威主義とか職人芸とか言われても仕方ないかもしれない。
ただ、こんな当たり前のことを説明しなければいけないのかと若干徒労感があるのですが、文系にも研究の出来不出来による評価軸というものはあり、また信頼性を重み付けしようというインセンティブも存在するわけですよ。
査読論文なら盲目的に信奉する理系の人なんていないでしょ? それと同じですよ。単著だからって無条件でありがたがったりはしない。だいたい単著ほどのボリュームのものを書く以上はどこかに土台となるような論文(群)が存在し、それは何らかの形で人目にさらされていることが多いわけで(もちろんなんの予兆もなしに単著出しちゃう化物がいないわけじゃないですけど。あとはドイツとか特殊事情がある国もあるので、まあ……)、信頼に値する業績を挙げてきた著者なら「おっ! ついにアイツが単著を出すのか!」「あの研究ようやく本になったのか!」みたいに迎えられるでしょうし、怪しい著者はその段階でお察しな扱いを受けるんじゃないですか。実際に出来上がったものの出来は、それまでの研究の出来からある程度予想つくのはわかっていただけますよね。
もしもこれが日本だけの慣行なら、あるいは社会学だけの話なら、ガラパゴスと非難されても仕方ないかもしれない。けれど実際には、アカデミックな単著を業績にカウントするのは英語圏もロシア語圏も同じです。フランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが、単著や学術的論集の1章は立派な研究業績。私の本棚には英仏独語で出た外国人の著書が並んでますが、どれもそれぞれの国で研究業績として立派に通用しています。私は社会学だけじゃなく歴史学や文化人類学や政治学の学術書も読んだことがありますが、どれもちゃんと研究業績として扱われていますし、内容もまっとうな研究でしたよ(ハズレがないとは言いませんが)。
文系の出版したがりになんの問題もないかというとそれは違って、文系の中でも色々議論はあります。そしてその議論は非「文系」にも開かれているべきでしょう。ただ、そもそも論として、このへんの文系事情をろくに知らない人が自分野のローカルルールを振りかざして口を出してるのはほんとムカつきますね。文系の研究書を1冊でも読んだことがあるのかと。外国語の文系の論文を手に取ったことがあるのかと。文系の論文を読みもせず、英語やその他の言語での学術書を触ったこともない人たちに、文系の慣行をジャッジする資格なんてあるはずがない。
id:yuimoke ふむ。文系の論文の質的担保について。
id:n314 えっと、内容の正しさの保証は、つまりどういうこと?著書、どこかの書評、定評のある出版社、編集さん、出版助成、査読、土台の論文群、過去の業績、これらから総合的に判断するということかな?
自分で読んで判断しましょうよ……理系だって、査読を通ったんだから正しいに違いない! なんて思わず、批判的検討するっしょ? それともそういうプロセスをサボって無批判に論文の内容を受け売りしてたひとたちが文系の慣行にケチつけてるってことなんですか?
文系基準でも出版社の編集によるチェックは査読とは呼ばないです(査読をする出版社もあります。たとえば→https://twitter.com/saisenreiha/status/1049653174045270021)。一度もそのプロセスを査読とは呼んでいないでしょ? 頼むからきちんと読んでください……
id:napsucks でも批判的な観点でチェックされてるかは疑問かな。堂々と立派なところから本出してた旧石器捏造みたいな例だってあるし。
そんなこと言ったら理系の査読だって小保方晴子や黄禹錫やヘンドリック・シェーンを見抜けなかったんだから、たいした意味ないんじゃないの? って話になりませんか。この3人、NatureやScienceに堂々と載ってたんですが。
id:junmk2 金だけで動く会社から出版し専門家からフルボッコにされても、そんな情報に一般人はアクセスしないので、論文があります単著があります権威は十分通用する。「まともな」専門家と形式的には変わらない。
たとえばJournal of Nutritional and Environmental Medicineみたいに?(cf. http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150220#p1)
id:himakao この出版不況の中、論文の中身まで編集がしっかりチェックする余裕があるようにはとても思えないんだけど、文系研究者の論文本って界隈で質が高いと評価されるとそんなに売れるもんなのか?
売れるわけないでしょ(涙)……とだけ言うのはアレなので補足すると、もちろんこれは本の内容によります。現代思想とか戦国時代とか、一般の読書家にもファンが多いテーマならひょっとしたらワンチャンあるかもしれませんが、マニアックな文化人類学研究とかだったらまあまず売れないです。だから出版助成もらうわけですけど。著者にも金銭的負担が生じることは結構あると思いますよ。
id:Dragoonriders なるほど。徒労感はあろうかと思われるけど、畑が違えば、みんなよく知らないんですよ。
徒労感があるのは、文系の評価基準を知らない人が多いことに対してじゃなくて、文系の中にも研究の出来不出来があり論文や著書の信頼性を重み付けするメカニズムはある……という至極当然のことに思い至らない人が多いことに対してです。査読が重視されないならあらゆる研究がフラットということになりその中で優良な研究を見分ける作業に時間を取られるのだから非効率だ! みたいな論を立ててる人とかね。人間社会なんだから何らかの形で評価のシステムが生まれてくる、ってことくらい、別に具体的な事情を知らなくてもちょっと想像力があればわかりそうなもんだけどなぁ。
id:hisawooo その「お前らはよく調べて論文読んでからじゃないとジャッジしちゃいけないけど俺たちは見た目だけで判断して良い」という奢りはどっからくるの?
あのなー! 俺はキズナアイの服装なんて公共の場に出して全然オッケーな露出度だと思ってるわ! 特設サイトだけじゃなくてNHKの夜のニュースに出てても批判せんわ! ラノベの表紙におっぱいを強調したチャンネーがいて何が悪いって思ってるわ! 社会学全体や文系全般を叩くやつがいたから反論してるだけ!
もうほんとふざけんな。どっち側もクソすぎて付き合ってられねえわ。
津を除いてはいけませんわ。わたくしはカモではなくサバですわ。
学費をたたれて外務省の奨学生になった経緯も、特別にみえてきます。
最終的にはロシア語を満州で勉強して、ロシア語圏を中心に勤めていたことは
満足されていたのでしょうか。
記念館は「ちうね」読みですが、イスラエル側からは切手など「せんぽ」読みでした。
日本に逃げてきたユダヤ人の避難先にはインドネシアのジャカルタもあったのですが、
海外の方もいらっしゃっていました。
とても寒かったです。受付の方が心配です。
説明にありました。
では、旅足川発電所を建てるための電力はどうしたんですの?
5Sが好きな工場でよくみる工具を吊り下げる影絵のついた板がおいてあり、
歴史のある工夫だと知りました。
養蚕や林業でえた資金をエネルギー事業に投入する先見性のある実業家は地域の宝ですわね。
新丸山ダムの建設中で、完成すればダム湖に沈んでしまうようです。
先日の雨で放水中だったそうで、いいタイミングで見ることができました。
めい想の森。
ハイキングコースを散策してベンチで寝れば運動睡眠瞑想をこなすことができます。
分かれ道が多くて、めい路の森に感じました。
木の葉の落ちる冬ですのに。
http://anond.hatelabo.jp/20161108134523
Facebookのいいね!が異常に多い割にそのコメントを見れないのが大変残念ですが。
まず印象に残ったのは、"R"や"L"の発音の説明だったり、いややっぱりラリルレロは"L"だ、だったり、そもそもの基本的な部分で多くのご指摘を頂いていた点です。
これに関しては全面的に私の説明ミスor勘違いによるものです。すみませんでした。
上記の情報が全て正しい訳ではございません。
各自トラバやコメント、Google、Wikipedia等で正しい情報を得てください。
そもそも、発音、特に舌の動きが重要な発音を、説明に慣れていない者が動画も図解も無く説明できるはずがないんですよね。
次に、「ローマ字はそもそも何のためにあるのか、誰のためにあるのか?」という点についても知識不足でした。
自分の知識不足で色んな誤解を生んだのは間違いないのですが、その結果色んな方々からご指摘を得て、この場で自分以外にも多くの方がローマ字やその長所・短所について考える機会を与えられたのであれば、この記事は何かしらの役割を果たせたのかな、と思っています。
また、「英語の話者のことしか考えていない」という指摘もありました。
この記事では主に英語のネイティブスピーカーのみを対象にしていたつもりでしたが、ローマ字表記をどこの国の人に見せるかで、議論は全然違ってきますね。
あとは、「どうでもいいじゃん」というコメントも多かったんですが、これは実際に外国人に正しく読まれづらい名前を持った人と、そうでない人で大きく意見が別れているように感じました。
結局個人の価値観にも依るのでしょうが、私としては自分の名前ってやっぱり正確に読んでほしいんですよね。
一方で、正式な文書で記載されている名前は発音されづらい、というジレンマは経験してみないと伝わらないものなんだろうな、とも思います。
実際に、特にTwitterでは「自分もそうだったわー」「自分はこうしてたわー」というコメントが多く、『ですよね!!』と膝を叩きたくなるような気持ちでいっぱいでした。
今後としては、ローマ字表記を変えよう!という意識は無く、パスポートに記載されているローマ字表記と英語のネイティブスピーカー向けの発音しやすいスペルを上手いこと共存させていく予定です。
例えば、自分の名前がタナカリュウイチだったら"Ryuichi (Liu-ichi) Tanaka"というように、ローマ字と読みやすい表記を併記する方法を考えています。
実際にこういう書き方をしている方を仕事でも見たことがあります。その方は中国人でしたが。
この記事によって、こういう表記・併記方法がより一般的になれば幸いです。
ただし、これも地域によって要・不要を判断する必要があると思います。
コメントによると、例えばフランス語圏やロシア語圏に行くときは(Liu-ichi)の表記はいらないと思います。
何にせよ、ここ数年ずっと自分の中でくすぶっていた"Rya,Ryu,Ryo"問題がここまで話題になって多くの方の頭の片隅に残ってくれたこと、そして自分自身も色んな気付きを得られたことが何よりの収穫ですね。
唯一の心残りは、2016年にもなって「ワープロ」という言葉が思わず口をついて出てしまったことですね。
おっさんですね。