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はてなキーワード: 包摂とは

2023-01-01

暇空氏の直感根拠

文中敬称略

暇空茜さんはTwitterを使っています: 「そしてみなさん、怖い話しましょう よく聞いてください 「12月30日の18時に、俺は12月31日に有識者会議に触れる事を予告しました。このツイート証拠です」 「12月31日に告発山本一郎記事2本が出て、”村木厚子さんは素晴らしい”」です わかる人につたわれー あははは」 / Twitter

当初はColaboとやまもといちろうはどうしようとしていたか

◎(文春オンライン)仁藤夢乃さんとColaboをめぐる騒動、「本当の問題」は何だったのか #1(https://bunshun.jp/articles/-/59413

暇空茜

まずColaboはバスが傷がつけられた、これは暇空茜がバス写真を公開したからだ。情報公開請求女の子が傷つく。(正確には税金チューチュースキームが傷つく)という主張を行い、11月29日に憲政史上に残る甚大な事を行った。

こともあろうに国会議員秘書議員会館を借りて、提訴すると言って記者会見を行った。暇空茜が反論できないよう、十分に時間を遅らせた。

これは暇空茜が巨悪であり反社だとでっち上げるためだった。東京新聞望月衣塑子はこのでっちあげに参加してでっち上げ記事を書いた。

東京都

東京都に対してはColaboは

  1. 文書開示請求妨害
  2. 村木厚子関係の深い村田監査をやっているのもあり、監査の結果をもみ消し

http://korekichi.com/archives/19907910.html

という目的があった。これは12月28日までは確実にそうだったと考えられる。

なぜなら、文春オンライン記事では東京都問題だと言っていたからだ。

そして、監査結果に対する声明が2転3転しているが、消された内容からすると「東京都にこういうでたらめな会計処理でいいと飲ませたのだから合法問題ない」という内容だったと解される。

当初は監査の結果もそうなるはずだった。

さらに文春オンライン記事東京都問題点をずらすようになっていたこから、このように整理すると整合性が高い。

以上のような布陣には都議会議員国会議員東京都議会議員厚生労働省も関与している。とくに都民ファーストはそう。

仁藤夢乃に対して

なぜ厚生労働省が関与しているか有識者会議意見として暇空茜を悪魔化しているかである。これはプロパガンダである有識者会議名前がなくてもこの問題は誰でも暇空茜以外イメージできない以上、厚生労働省税金チューチュースキームに関与しているということになる。

美しき政治主導である公式HP人権侵害をやるというのはとんでもないことであるが、厚生労働省には選択余地がないのだろう。都合が悪いことはすぐ黒塗りにする割に、これは出しっぱなしというのは全くありえない。

しかもこれは「仁藤夢乃らをなだめる」か「仁藤夢乃らを騙して時間を稼ぐ」ということ目的があった。厚生労働省「が」である

この辺はへな・ちょこおの動画推理されているが、ここでこれをつかう。

https://www.youtube.com/watch?v=yQcE-QQ6TCI

なお、この中でもあるように、そもそも郡司真子がぱっぷすはデタラメ実績がない団体で、でAV新法などに不適切団体ということが指摘されている。とうぜんヒューマンライツナウも問題があるということになる。

さらコラボ問題があったことはすでに指摘されているということになる。すべてこの団体はつながっているからだ。にもかかわらず仁藤夢乃らをなだめる目的は当然あったものと思われる。

転換

ところが監査結果でたところ、実際は、ラストのところで一気に覆る。暇空茜の指摘を一切無視しているにもかかわらず、唐突に言い始めるというおかし文章になっている。

最も一般市民の指摘にハイハイ言うのはおかしいということもあるのかもしれないが、本来これだけの不正を指摘して、一切説明がない、暇空茜に感謝もないというのもおかしい。

これは東京都反旗を翻したのだと考えられる。

なぜなら、監査問題がなければ今度は東京都責任を負うからだ。

かに監査問題があってもなくても東京都責任があるが、ここで問題がないとした場合、今後ずっと東京都税金チューチュースキームに加担するため持たないという判断がなされたのだろう。

やまもといちろうの「取材」を信じるなら、東京都下の人間は監査結果をたぶん知らずひっくり返されたのでビビったのだろう。しかし、28日というタイミングでこれをやったのは、東京都上層部厚生労働省問題を丸投げするためだったと考えられる。

この原因は、言うまでもなく暇空茜の認知プロファイルのパワーラッシュである。すべての団体問題がある異常な状態放置すれば東京都知事のクビすら危うい。言うまでもなく小池百合子自分責任を丸投げして逃げるタイプである

したがってColaboがまともに処理できない(可能性は60%以上)と判断し、責任転嫁した。最初はColaboに対しては12月28日監査問題がないと発表し、またcolaboは記者会見して訴訟すると脅しただろう。そういう説明をして仁藤らをなだめていた。

それを悪用し、局長レベル監査結果を変えたのは知事了解していなければありえず、責任絶対に取らない小池百合子年末の期日設定だと議員厚生労働省が動けないことを奇貨として丸投げしたのである。もちろんダメージは負ってもそのほうが軽い。

Colabo爆破

次にJBPressやまもといちろう記事おかしなことになっている。

今度はCoalboがおかしいと言い始めている。今までと違うことを言い始めている。じゃあ文春オンラインは何だったのか。

さらにこの会計を認めた公認会計士問題があると言い始めた。

やまもといちろうが「取材」しているとは信じられない。取材しているなら、エコーニュースRについては全く取り上げないのは理解できない。

暇空茜が指摘するようにColaboを爆破して延命しようとしうことだろう。

これを仕掛けているのは若草プロジェクトなのは仕方がない。ここは各団体を顎で使っている以上、ここを延命させることが必須だ。

しろ有識者会議に出ていた連中、ヒューマンライツナウ、ぱっぷす、Colabo、BONDプロジェクト若草プロジェクト関係者全員、及び望月衣塑子のような東京新聞女性記者のような連中が全員公金を横領する目的でっち上げを行っていたからだ。そうなると村木厚子の信用も厚生労働省の信用もガタ落ちになる。最も政治主導で税金チューチュースキームを実施しなければクビになれば、もう天下りもない。55歳になれば昇給も停止する。なんの希望もない官僚にとっては政治家と有識者会議の言うなりになるしかない。こういうデタラメをやっていた連中は与野党とも同じである

したがって、若草プロジェクト延命させろという指示を受けて厚生労働省も動いているのだろう。

さらに3枚目

しかし、やまもといちろうはいちおう他の3団体にも触れている。

これはColaboを爆破するだけではなく、最悪の場合、他の3団体も爆破するという指示を彼は受けているのだろう。

東京五輪招致委員会解散して清算団体となり、証拠隠滅した。

同じことをやる可能性はある。

note

ところが更にNoteを出してきた

暇空茜の動画では村木が有識者会議で突如として肩書を変更していることを指摘したかである

https://note.com/kirik/n/n6ae065db9a2f

いろいろあるためツイートはここには掲載しません。

ただ、colaboに限らず(重要)、この手の若年被害女性問題は、はっきり言えば境界知能の女性や、親の虐待子供同士のいじめの延長線上など、包摂のしようがない世界女性問題です。

これも凄まじくひどい。NoteのっけからSioを頭がおかしいとして扱っている。

この証言山本一郎想定外だったということだ。ただし、彼はナニカの末端に過ぎないので、Sioの告発はなにかグループがやっている可能性はある。これは信頼性が高いだけではなく、信頼性が高い情報が出てきたタイミングおかしいのである

 こういう問題解決するのに、各省庁が担当集めて足りない人員やりくりしてどうにかしようとしてるんですが、まあ税金つかみ取りになるような利益相反はやめようね、左翼排除しようね、というのは良いとしてですな。

「で、どうしたら解決するんですか?」

このNoteは当初は3団体を活かすつもりだったが、4団体ともアウトになりそうだという事をさらに想定したと思われる。

しかしながら、少なくとも税金チューチュースキームを壊滅させることが基本であるということは言うまでもない。結局NPOに任せるとかいスキーム崩壊している。

なぜなら、こんなでたらめな公金横領所得保障などができない可能性があるからだ。

また、ジェンダー平等男女共同参画なんてなんのいみもないので学者馬鹿ということだ。上野千鶴子以下、人文学社会学大学でやる学問ではない。ここも無駄だ。

そのうえ、女性記者女性議員無駄だ。何しろニュースとして報道ができない、「問題だと思わない」(社民党大椿ゆうこ

これは女性マスコミ新聞記者には向いていない。例外的杉田水脈存在しているということだ。

こう言われても女性差別には当たらない。なぜなら、この事件をまともに扱えないこと自体女性は向いていないという証明しかならない。

 さっそくこれらの新聞社の人に聞いたところ、返ってきた答えは総じて「新聞社記事考査のプロセス上の問題」とか「社会的に認め得る証言者が不在」などの返答でした。つまりは暇空茜さんが大勝利したにもかかわらず、社会的不思議な人過ぎて記事として触れないぞということのようです。

まりマスコミ権威コネしか報道しないバカということが証明される。裏を取らないからね。購読料泥棒でしょう。

また、AV女優を頭の悪いバカとして扱っている事自体やまもといちろう性差別意識がある。これはナニカグループの総意だろう。そうやって女性障がい者を利用してうまい汁を吸うんですね。

さらに言えば左翼ではなく、極右人脈が左翼に入り込んでいるというのが正確なので、ここでもやまもといちろうは虚偽の発言を行っている。

結論

今回の事件は非常に問題が多い。弁護士公認会計士絶対に唯では済まされない。厳罰をもって望むべきだろう。

国会議員パリテとかジェンダー平等などという国民と一ミリ関係のない馬鹿なことに金を使う人間処分する必要がある。

なので杉田水脈が正しい。彼女のような政治家は男性をみても居ない。すべてが正しいとは言わないが、少なくともぱっぷすやHRNがインチキなことはずっと発言していた。

このように1/1までの流れを見て、山本一郎記事で何が書かれたか、何がかわったか監査結果の内容を考えると、Colaboを爆破するということになるだろう。

当然困難女性支援法という女性拉致して二度と脱出できないようにして公金を横領するスキーム人身売買性搾取スキーム法律で定めるのが目的であるクォーター制やジェンダー平等アファーマティブアクション女子学生の不当な優遇パリテなどというデタラメをやった結果がこれだ。

これらも直ちにやめさせるべきなのは言うまでもない。

それはさておき、仁藤夢乃は逃げてほしい。稲葉、だがてめーはだめだ。熊本県民が女に責任を負わせて逃げるなどとは男が廃る。見苦しいにも程がある。士君子たれ。ちゃんと仁藤を守り、証言すべき。男尊女卑なのはなんのためか。こういうときに男がクビを差し出すためだ。

2022-12-30

女叩きと女を知ることについて意見させてくれ

https://anond.hatelabo.jp/20221229235915

この女叩き反省増田増田につけられたブコメを読んで思ったことを書く。

女を悪く言う者は女を全く知らぬものである

これは女叩き反省増田引用していた出所不明言葉だ。

この言葉が示す"女を知る"とは、恐らく現実に女と関わるということを意味していると思われる。

まりこの言葉が示す"女を悪く言う者"とは、増田妖怪代表である下方婚増田のように、現実に女と全く関わらずに女の上昇婚志向という統計的事実をもって女を叩く者等を意味しているのだろう。

いや、ぶっちゃけ下方婚増田は実は恋愛経験豊富女友達も沢山いる既婚者かもしれないけど、その真偽はここでは一旦措いておく。

では実際に女と関わることで女を知ったことになるのだろうか?

人間がその一生で世界中の女と関わることは不可能だ。あくまで、限りある時間の中で限られたごく一部の女とのみ関わりをもてるだけだ。

この前提に立った時、女と関わることで"女を知った"人物の口から語られる女とは、限られたごく一部の事例から帰納的に結論付けられた"女の傾向"でしかないと言えるだろう。

これはあの忌まわしき経験則そのものではないか。n=1ッ!n=1ッ!!

経験則とはブクマカが大嫌いなn=1を包摂する概念であり、下方婚増田が頼みとする統計的事実の幼子だ。

からもうぶっちゃけるけど、この言葉論理的破綻してるだろ!!!

女を知る者(27歳独身男性)「女って面食い守銭奴傲慢口臭が酷くておまけに漫湖臭いよね(n=1)」

こんな奴が女を知っているということになるんだぞ!?それでいいのか!?いいわけないだろっ!!!

いか?女を叩くのがなぜいけないかと言えば、それは女を叩くのがいけないことだからだよ。トートロジー、不善、つまり倫理だよ倫理

倫理的に良くないからやめましょうね、というお題目なんだよ。

実際にカスみたいな女とばかり関わって尊厳を損傷したとしても、

実際に女の上昇婚志向統計的に認められる事実だとしても、

実際に彼女カンピロ仕込みの親子丼を食べされられたとしても、

それでもなお、俺たちは女を叩いてはいけないんだ。何故なら倫理的に良くないから。

倫理的に良くないことを批判する理由倫理的に良くないから、で十二分だよ。

それを避けて下手な論理権威を振りかざすから話がこじれるんですYo

何が面白くて女を叩くのだ。

釣り針が大き過ぎるぢゃないか

これはもう女叩きぢゃないぢゃないか

人間よ、

もう止せ、こんな事は。

2022-12-21

https://mobile.twitter.com/silver_fishes/status/1449214762802286594

紙魚

@silver_fishes

本当は解決策は出てるわけですよね。「女性もせめて男と同じ程度には下方婚をし、弱者包摂する責任を負えばよい。女性は男と同じように責任を負えばよい」と。「専業主夫を養えばいいじゃん」とかね。」

……一体何を言ってやがるんだろうなこいつやそれにいいねする奴等は。

下方婚」とやらをする男は別に弱者包摂する」責任とやらではなく単に金と若さトレードオフで若くて可愛い女を狙っているだけだし

男と同程度でいいのなら、そもそも年収1000万円以上稼げる独身女性がどれだけいるよ?っていう。

2022-11-12

東工大博士課程学生だけど女子枠導入には賛成

https://www.titech.ac.jp/news/2022/065237

 

東工大女子枠を導入することについて外部の人間がごちゃごちゃ言っているみたいだけど内部の人間としては大賛成。

以下ネット上で見た批判について増田意見

 

学力合格者を選ばないことで質が落ちるんじゃないの?

 

A.前提として東工大学部生は基本的に9割が大学院へと進学する。なので大学院修士課程卒業時の質で考えることとする。

東工大国内でも優秀な大学だと考えられているが、所詮成人したばかりの子供なので、他の大学と同様に入学後に遊び惚けて惰性で大学院に進学する学生が内部生の約3割程度いる。

まり学部一年の頃から飛びぬけた天才と真面目な秀才以外は、東工大生も他の大学生もその間にほとんど差はないということである

 

さらに、大学院修士課程では外部の大学から向上心が高く優秀な学生大学院入試ハードルを越えて院進してくる(概ね内部生の3割程度と同数)。

まり、仮に大学受験が苦手な天才や真面目な秀才ギリギリ落ちた枠の中にいても、そういった学生は他の大学頭角を現した後に東大東工大に入ってくる。

 

したがって学部入試においてギリギリ合格するか否か、の範囲に収まる学生を1割程度落としたところで東工大の質が落ちる可能性は少ないだろうという実感がある。

 

博士課程の人間としては、多様な背景を持つ学生教職員議論できる環境を用意する方が大学の質を高めるだろうという東工大姿勢応援する。

ついでに言えば、鶏口牛後と同じく、学部入試ギリギリ程度ならよその大学の上位を保って卒業したほうがよほど幸せ人生を送れるだろうと思う。

 

 

男女差別は良くないだろ。

 

A.差別デメリットより公平性を保つことの社会的学術メリットのほうが大きいと考える。

現状、女性研究者が少ないことは将来的な研究領域開拓を妨げる大きな障壁となりえる。

上でも述べたが多様な背景を持つ研究者の数が少ないほど議論頭打ちとなり発展が見込めない。

 

 

・それよりも大学女性に対する環境を整えろ。そうしたら女子の進学率が増える。

 

A.整えるためには内部の女性を増やす必要があると考える。外部の人間アンケートなどを取っても活かしようがない。

研究運営に関わる立場から見ても、男しかいない研究室において女性配慮した環境作りを行うことはまず不可能であると感じる。

  

 

・女も所詮枠を用意してもらわないと合格できないって思われる。

 

A.東工大卒業した場合学部入試でお膳立てされたかどうかが本人の評価に関わることは一切ない。

その場合そもそも外部からの進学者はみんな学部入試東工大に落ちた人間じゃんと思われることになるが、もちろんそんなことはない。

 

基本的に本人の評価大学院でどれだけ深くまで研究を行ったかどうか、になる。

研究室での活動を真面目にこなさなかった学生は専門的な知識に欠け、試行錯誤経験や忍耐力を持たず、建設的な議論ができない。

この相手研究能力基本的理系修士以上と少し話せばすぐばれる。

 

このような意見は間違いなく理系修士卒以外の人間が発していると感じる。

また、東工大学部入試を通過することを目的東工大に入る学生東工大に合わないように思う。

仮に入っても当然周りは東工大生ばかりで自慢できることでもないので。

 

 

女子入試面接で「女性活躍社会に貢献するために」とか書いてあるけど東工大に入りたい理由理学工学を学びたいからであってズレている。

 

A.理学工学を学びたいだけなら他の大学に行くか、独学で勉強すればいい。

多くの大学のアドミッションポリシーを見てもわかるように、近年の大学理学工学を学びたいだけの人間を求めていない。

求める人材は次代の科学技術イノベーションを担い、日本未来社会に貢献する意欲のある人間である

 

以下追記

男側から不満が出てくるのは「女だけを優遇する」からだと思う。

工業系の大学女子枠を作るのであれば、女性割合が高い看護学校短期大学医療系の学校に「男子枠」を作って初めて男女平等になる

A.今回の施策男女平等の実現ではなく男女の公平性を調整するためのものであると考えられる。

東工大ニュースではDiversity&Inclusion(D&I)という言葉が用いられているが、グローバル社会ではDiversity、Equity、Inclusion(多様性公平性包摂性)のDEIがキーワードになっている。

男女平等理想社会として目指すべきであるが、男女の性差を超える技術革新が生まれるまでその実現は不可能であり、現状では男女の公平性を調整することが現実的施策となる、と理解している。

 

かに女性管理職候補は欲しかったが、であるならば程度入試学力担保されている文系大学の方が良い。

A.メーカー企業では一般的技術総合職という枠組みで採用が進む。

簡単に言えば理系文系が同じ採用枠内で比較されることはない。

 

まあ、そもそもこういうアファーマティブアクション思想自体マクロ視点で望ましい社会(この場合男女平等社会)を実現するためなら罪のない特定個人(女子生徒優遇がなければ受験に受かったハズだった男子生徒)に不利益を負わせても良い

A. 事前に公表している時点で女子生徒優遇がなければ受かったハズだった男子生徒など存在せず、不利益が生じた個人もいない。

仮に存在するとしたら、これまで女子大学入学できなかった全男子学生不利益を被っていると考えるのか?

またAO入試留学生枠も存在するが、彼らの枠を増やすことも他の学生不利益を生じさせているのか?

 

大学が受け入れると決める人材の種類や割合大学側が決めていいのは当然の権利であろう。

大学が決めたルールと考え方に賛同できないならば大学側も必要としない、というだけだと考える。

 

下手に博士号を取ってもその先の進路が悲惨ということが、すっかりバレてしまい、男女共に総スカン。本当に一流の科学したい奴は渡米している。科学アジア大学には不利すぎる業界

A. 専攻による、としか言えない。

物質理工学院の博士課程学生に限ってはその8割から9割がアカデミアや大手企業就職できている。

また博士課程への経済的支援も他の大学よりも充実していることが多い。

 

 

以下は東工大とは関係ない話題ですがコメントが多かったので増田個人意見を述べます

じゃあ医学部男子多めにとりますっていっとけば問題ないなw

事前に公表しておけば大きな問題にはならないと思います

医学部医者世界に詳しくないので男女のどちらを増やすべきかについては言及しませんが。

男子の少ない学科への男子枠も賛成なんだよね?

賛成です。特に保育士看護師については男性の数を増やすべきだと思います

男性保育士看護師モデルケースが少ない現状、進路を選ぶ際の情報が少ないことは男女の公平性に欠けると考えています

仮に事前に「女性は全て不合格」と公表すれば、女性不利益は生じない?

女子大学存在が許されるなら男子大学も許されるべきだと思いますよ。

多様性を確保した方が研究の発展に資する、という立場なので設立合理性には疑問ですが。

 

さらコメントに対して追記した

anond:20221112230636

難関大学体験重視型(学力不問型?)入試について

仮に学力による選抜平等で公正なのだとしても、競争である以上は敗者を生む。敗者が自らを敗者に追い込んだ仕組み、つまり学歴社会に不満を持つの自然なことであって、学歴社会は常に低学歴者による不満と反抗の危機に晒されているといっていい。高学歴エリートでいられるのは非エリート低学歴によってエリート承認されるからであり、数の上でも低学歴の方が圧倒的多数を占めるから。この時、学歴社会にとって最も脅威となるのは、財力その他の資源を持つ低学歴たちだろう。彼ら彼女らは学歴社会転覆する動機だけでなく、転覆するのに必要な力(金だったり、コネだったりといった影響力)を持っている。

良家に生まれ、親に愛され、何不自由なく育ってきた若者が、18歳のある日「お前は試験の成績が悪いか大東亜帝国⑨に行け」と言われる。その衝撃は想像に難くない。そこで彼らやその親たちが、学歴社会と言う仕組み自体憎悪し、学力による評価・選別を破壊しようとする可能性がある。

そこで彼らに、慶應fit入試早稲田国際教養AO入試といった形で、金持ちなら学力を問わない選抜を用意し、学歴を与える。低学力である彼らを高学歴包摂することで、彼らの不満を解消する代わりに、学歴社会の勝者としての振る舞いを求め、ひいては学歴社会承認させるのである。こうして、潜在的学歴社会の敵を未然に排除することこそ、体験型入試という名で行われる学力不問型・金持ち優遇入試機能なのではないだろうか。

2022-11-11

red waveが起こらずトランプ非難する共和党関係者が多い

でも共和党って、ティーパーティー運動からトランプ政権成功を経て、内部的には政策的にも政治手法的にも折り合う部分が少ない、2つの政党に分裂しちゃってたわけだよね。エスタブリッシュメント層と宗教保守層と諸業界団体権益代表する、保守的で古い共和党(good old party!)と、「自分たち経済発展から置き去りにされた」と憤る非都市圏白人労働者農家の反エスタブリッシュメント的なルサンチマン代表する、反動的で新しい共和党トランプ以前にはうまいことこの両方を包摂するような政治言語を使ってこの支持層内の断絶を誤魔化してきた共和党だけど、そういうことをできず、できないがゆえに後者から熱狂的支持を得ることができたトランプ政権以後は、こうした保守ウイングの広範な包摂ができなくなってしまった。

これが中間選挙で思いのほか共和票が伸びない理由にもなっている。つまり米国政党政治事実上は3極化してしまっていて、予備選挙共和党内のどっちの勢力が勝っても、もう片方の勢力を支持した側は本選挙共和党から距離を置きたくなるような構造になっている。こうなると①民主党政権民主党議会側がよほどの失策をしてしまうか、②トランプ勢力共和党内の既存勢力を一掃して再び共和党を一本化する、のどちらかが起きないと、共和党は勝ちきれないことになる。今回中間選挙ではインフレ問題などへの対応の不十分さがこの①にあたるだろうという見立てが多かったけど、実際のところは「よほどの失策」というところまでは行っていなかった、ということなんだろう。

2022-11-08

anond:20221106194756

フェミニズムのように、男女差別かいわゆる社会悪攻撃してる人って、結局のところ少しでも他人の粗を探して言いがかりでもなんでも攻撃するのが得意な人なんだよね。

本当に社会悪だけを攻撃してるだけならまだいいけど、そういう人って基本的人間特性として、人に優しくしたいというより、他人攻撃したいという気持ちの強い人の集まりから、結局すぐにいじめが発生する。

からぼくは攻撃的な人って例えそれが社会正義の皮を被っていても、怖いから近寄らないようにしてる。

2000年代リベラルもっと対話的で包摂的だった気がするんだけどなあ。

2022-11-07

anond:20221101224227

短い文章なのに、いろいろ間違いが多いなあ。

MTF:性同一性障害GID)など、きちんと認定されている場合にはほぼ受け入れる。


間違い1。認定云々以前に、GIDトランスジェンダーという概念自体を受け入れないフェミニスト普通にいる(「トランスジェンダリズム」という言葉を使い、transgenderを客観的状態ではなく一種主義主張として捉えるフェミニストに多い)。後述のTERFは、そもそもTrans Exclusionary Radical Feminist:トランス排斥的なラディカルフミニスト」を指す言葉だった。TERFと呼ばれるフェミニストの中には、トランスジェンダー部分的容認派もトランスジェンダーの完全否定派もいる。

「自認」の場合女装趣味やオートガイフィリアが含まれるため、受け入れない派がTARF、受け入れる派がTRAと呼ばれる。


間違い2。まず、上にも書いたとおり、「TARF」ではなくTERF=Trans Exclusionary Radical Feminist:トランス排斥的なラディカルフミニスト。TERFの中には「女装趣味やオートガイフィリアが含まれから受け入れない」という人もいるが、「そもそもトランスジェンダーなど存在しない」という立場の人も含まれる。

間違い3。GID性同一性障害性自認身体的性と一致していない状態)は医学的に定義された疾病概念で、GIDという診断結果を得るには、心療内科医や精神科医によるその他の精神身体障害統合失調症人格障害女装嗜好・経済的社会的利益目的とした性転換希望など)からの除外診断が必要になる。TRATransgender Rights Activistトランスジェンダー権利を求めるアクティヴィスト)と言われるフェミニストの多くも、基本的にはこのような外在的基準に沿って当事者クレイムの正当性判断する。つまりTRAフェミニスト」は、性別自称を何であれ全肯定するわけではなく、GID以外の動機や原因に基づいた「身体性別と異なる性別自称」は受け入れない。

FTM:絶対数そもそも少なく、また身体女性のため、性暴力加害者になることも、女性スペースに入りたいという希望も極めて少ないため、ほとんど問題が生じない。



間違い4。日本ジェンダークリニックではMTFよりFTMのほうが受診者が多く、統計的には6割から7割がFTMで、残りがMTFである

間違い5。レズビアン女性の界隈では、いわゆる「ビアンのタチ」とFTM境界が、セクマイ男性におけるゲイMTFに比べて非常に曖昧(たとえば、女子サッカー界における「メンズhttps://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0029/topic051.html は、この両方を包摂している意識のあり方だ)。ある時期までタチを自称していた人が数年後にFTM自称していることも普通にある。そうした両義的な性意識を持つ人達女性スペースに入ることは普通にあるし、そこで問題が全く起きていないわけでもない(一部の女性が「男性的なプレゼンテーションをしていて性別不明の人が女性トイレに入ってきた」という状況自体を脅威に感じることは、彼女たちが「女性的なプレゼンテーションをしていて性別不明の人が女性トイレに入ってきた」という状況を脅威に感じることと全く同型の構造で、「前者は架空の脅威で、後者現実の脅威だ」という主張は論理的でない)。「身体女性から暴力加害者になることも極めて少ない」というのも根拠不明

2022-10-19

anond:20221019181701

こういうやつは大抵、元増田女性なら「辛かったね……」とか言って何も言わずとも包摂してる

こういう妄想ってどこから来るんだろうか

女だったら「女なのにモテないってどんな激ブスなんだよwww」扱いだろ

2022-10-13

高木浩光発言同調するブクマカって

党派性のあまり健康保険に加入しない自由を!とか言い出しそうだな。

どのように考えてもアメリカ型を望むのではない限り、健康保険証や生活保護受給者証を持っておらず保険診療を受けられない日本在住者がいることの方が社会福祉問題で、政府ちゃん包摂しろ! 保険証を発行しろ!となるだろ。保険証も持たない自由なんて日本においてないわ。

沖縄を巡るリアリズム

国の中央沖縄を利害を共にしない別個の主体であるとすると、沖縄にとって不都合中央にとって都合がいい選択がなされるのは、それが中央にとってコスパがいいかである。利害を共にするなら、沖縄にとって不都合なことは中央にとっても不都合なのだから、なされないはずであるしかるになされているのだから、利害を共にしないとの前提は、正しいものとして議論を進めても差し支えない。

利害を共にしないことが事態の根元にあるのだから、このふざけた盤面をひっくり返すには、利害を共にせざるを得ない泥沼に引きずり込んでやればいい。究極的には、中国の傘下に入ることだ。なあに、島津侵略以前は中国のみの属国だったのだから伝統的にはむしろその方が自然だ。香港を見ろ、ひどいことになるぞって? 香港ぞんざいに扱われるようになったのは、上海を筆頭に中国経済が発展し、相対的香港価値が下がったが故。日本中国に膝を屈しない限り、対日本最前線地政学価値は下がらんよ。沖縄にとって中国が気前のいいパトロンであり続けるよう、せいぜい頑張って中国に張り合い続けてくれたまえ。すなわち、日本が栄えれば沖縄も栄え、日本が没落すれば沖縄も没落する。ほら、両者の利害が一致したw

実際のところ、中国陣営入りは実現しなくてもいい。現時点において、安保コスト沖縄偏重させることのコスパがよいのは、どんなにひどい扱いをしても沖縄中国側に鞍替えすることはない、とナメくさっているからだ。俗に言う、釣った魚には餌をやらない、ってやつだね。餌代がいらないw それが、あまりひどい扱いをすると中国側に走りかねないとの可能性が僅かではあっても頭をよぎれば、餌をやらざるを得ない。

沖縄中国陸海空軍駐屯すれば、九州に今の規模をはるかに上回る即応力を置き、エネルギ源輸入海路防衛に多大な労力を割き、西太平洋に散らばる戦略原潜監視し、とそのコスト防衛費対GDP3%なり5%なりといったレベルに達し、2%に増やすどころの騒ぎではないだろう。台湾への外交支援も桁違いに増やす必要が出てくるだろうし。それを思えば、今の沖縄予算を2倍や3倍に増やしても安いもの。それを中央の連中に思い出させるためにも、「ナメられたら殺す!!」覚悟をかためないとね。

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ってなことへの想像力を、小渕元総理沖縄サミット開催決定ぐらいまでの政治家は持っていたと思うんですよ。カネもあるけど、それ以上に、19世紀以来の国民国家というフィクションを守るためのナラティブといいますか。太田中将島田知事顕彰代表例だけど、沖縄の人々も同胞=利害を共にするんだって沖縄返還も、本音での認識はさておき、アメリカ軍政に苦しむ(令和の世の基地問題ですらアレなのだから、当時のそれは推して知るべし同胞包摂するとの建前は大事にしていた。それが、中国がさほどの国ではなかった頃には受け継がれ、中国が少なからぬ面において日本を上回る今において忘れ去られつつあるのは、何と皮肉な話でしょう。

こんな駄文をしたためているのは、例のひろゆき騒動トリガーなんだけど、昭和世代保守じじいとしては、ああいった沖縄の人々とそれ以外の日本人を切断する言葉(とりわけ、沖縄の人たちのしゃべり方を揶揄するもの宗教的絆帯のない日本にとって、言語の一体感が果たす役割は極めて大きいはず)は許しちゃイカンと思うのですよ。キレイゴトであることは百も承知で、沖縄米軍基地偏重していることは、将来において解決すべき課題だと非沖縄在住日本人も認識を同じくしているのだ、という看板は、守り続けなきゃいかんのですよ。打算的に。

2022-09-16

ポリコレ」より「ポリコレ嫌い」が苦手

私は「ポリコレ嫌い」が苦手だ。

私と似た観測範囲を持つ人はこの一文で過不足なく伝わるであろうが、もう少しだけこの背景を共有したい。

ポリティカル・コレクトネスという考え方は、社会構成するあらゆる属性の人々が、その属性によって不愉快に感じたり不利益を被らないようにしようという理念である

なるべく多様な人を包摂するような視野表現しようということだ。

どういうわけかこの「ポリコレはいわゆる「オタク」と呼ばれる人たちにおよそ蛇蝎のごとく嫌われている。

何のオタクか?と問われると明瞭な回答を与えることができないのが歯がゆいが、おそらくアニメゲーム映画等に関心を持っていて、積極的ソーシャルメディアで語り合う人たちと言ってもいいかもしれない。

そして、私はこの「オタク」による「ポリコレ」の嫌いかたが苦手なのだ

その嫌いようといったらまるで「ポリコレは倒すべき外敵、屈してはいけない」というような具合なのである

西洋的な風貌アートスタイルは「ポリコレに屈している」。

マイノリティ属性を持つキャラクターが登場すると「出たよポリコレ」。

ポリティカル・コレクトネス無謬理念であるとは言わないし、理念実装にあたってプラクティカル問題が起こり得ないとも言わない。

極端な話ではあるが、例えば「日本田舎中学校」を描く作品アフリカ日本人と中国系日本人とヨーロッパ日本人とアイヌ民族琉球民族大和民族の全てを出演させなければポリティカルインコレクトであるとするような言説は、私の感覚では受け入れがたい(し、皆さんもそう感じるのではないかと思う)。

けれども、私の目に映る「ポリコレ嫌い」の批判はそういうことではないようなのだ

私には「マイノリティ描写されること自体からポリコレ連想して、それに敵愾心を燃やしている」ように見えてならない。

先ほど挙げた「マイノリティを描かなければならない」という理念とは対象的に、「マイノリティを描いてはならない」という理念にすら映る。

おそらく私は、「ポリコレ」という「倒すべき外敵」に抱かれる敵愾心と、それに対する無自覚が苦手なのだと思う。

無邪気に使われる「ポリコレに屈した」という表現にも「負けてはいけない外敵に負け折れてしまった」という含意があり、屈折した被害者意識を感じてしまう。

ポリティカル・コレクトネスと向き合うことを避け、漠然とした怒りの感情を「ポリコレ」に仮託していると感じてしまう。

とにかく、鬱屈としているのだ。

改めて明言したいが、ポリティカル・コレクトネスというのは上でも述べた通り無謬理念ではないと思う。

しかし、誰もがその属性によって必要以上に傷付けられない表現を目指すという素朴な理念自体は間違ったものではないだろう。

実装にあたって様々な問題が起こってしま理念自体陶冶していくためにも、我々はポリティカル・コレクトネスから顔を背けず向き合うべきなのではないだろうか。

安易冷笑するな。社会構成員として一緒に考えていこう。

2022-09-01

山上容疑者自分インセルと呼んでいたらしい

どうやら自分インセルとも呼称していたようだ。

弁護士だったおじの記事を読んでから聞くと最早インセルという言葉イメージアメリカでのそれとは違って聞こえてしまう。

インセルの敵意を女性ではなく強者男性に向けろと言っていた人たちがいた。そして実際にそれは起こった。

はたしてそれは望んだ結末だったのだろうか。

弱者男性社会としてどう包摂していくのかという課題は最早喫緊課題であり、ネット上のミームで済ませるような話ではなくなってしまった。

2022-08-31

anond:20220831152141

リベラルの物凄い攻撃性のほとんどは、元から持ってた別方向の攻撃性をうまく手懐けて正義に走らせたものからね。

純粋リベラルとして生まれリベラルとして攻撃性を養った子もたまにいるけど、それらだけでは数が稼げなくて社会運動なんざできやしない。

養殖でも人工でも何でもいいから、『素質』のある人間をとにかく引き込んでリベラルを増やす

際どい皮肉を展開する映画評論界の攻撃性、徹底的に記述を追究する英文学界の攻撃性、様々な患者の診断を通じて世相を斬る精神医科界の攻撃性、忙しなく過労するアルバイト業界シニカルに演じるお笑い界の攻撃性。

いろんな攻撃性の『素質』をリベラル包摂する。

2022-08-19

ワイド団信落ちた日本死ね

さんざっぱら言われた事だけど、診断済みASD二次障害うつ病告知したらワイド団信落ちた。貯金と安定収入そこそこある正社員でもだ。

ニューロダイバーシティだの包摂だのキラキラ綺麗事をほざいても、所詮金融機関発達障害を拒絶する。

経済的に受容もしないなら、受精卵の時点で出生前診断スクリーニングしされたかったよ。

発達障害で悩んでるみなさん、ホワイト大企業に入れるように死ぬほど勉強面接練習しましょう。そして保険住宅ローンが通るまでは、絶対に、絶対に、絶対に、精神科受診するのはやめましょう。歯を食いしばって頑張りましょう。

団信は言外に発達障害を拒絶するのです。

2022-08-15

ネットでの、「右」や「左」の「正しさ」がしんどい人たちへ

対象読者

この文章対象としている範囲は極めて狭い。

まず、「世の中に左右対立なり男女対立がある」という事を強く意識している人だ。はてなーにもそんな人はそこまで多くないだろう。

そして、その中でもなんとなく「左」の方が好きだなー、とか、「右」の方がいい感じだなー、みたいにサイドをうまく決められている人とか、

どっちもどっちだろw」と笑い飛ばす人とか、是々非々で見ることが出来ている人とか、「中道」の人たちとかはこの文章対象ではない。

この文章対象は、「『右』についても『左』についても(場合によっては『中道』についても)、彼らの掲げる『正しさ』を無視することが出来ず、さりとて彼らの『正しさ』を丸呑みしてしまえばそれは自己否定になってしまうから、結果として『右』に対しても『左』に対しても嫌悪否定から入るタイプの人」である。大概「インターネットはクソ」的な事を言っておきながらインターネットを辞められない人だったりする。自己認識とは裏腹に、外部からは「左」を攻撃する「右」や、「右」を攻撃する「左」と区別がつかない。事実上どちらかの論理に絡み取られることも少なくない。そうでない人たちも、人の正義を笑う事が目的化している「冷笑系」と呼ばれることが多いし、実際外部から見ればその通りである。このタイプの人たちが引き起こす害の存在否定するつもりはないが、今回はそれについてはあまり語らない。今回は、このような「右」や「左」の「正しさ」がしんどい冷笑系と呼ばれるような人たちに向けた文章を書く。この増田はすべての人たちに対して公開するが、この増田でこのタイプ以外の人に対して配慮する気は一切ない。まあ、最低限攻撃にはならないように尽くすが、そう聞こえてしまったら申し訳ない。

なぜあなたは「正しさ」に怯えるか

まず、ここでは鍵カッコつきの「正しさ」と、そうではない正しさを明確に区別する。端的に言えば、前者は自分がそれに納得も反発してもいないうちから無理に賛成か反対か決めさせられる二分法的世界観のことであり、後者自分で沢山考えて、さまざまな意見を聞き、それらを柔軟に取りいれ、そのうえで自己批判を重ねることで、自分の血肉となる正しさである

あなたは、「右」や「左」を嫌悪している。それにもかかわらず、彼らを眺め、時には何か文句を言ってやることが辞められない。なぜだろうか?

一因としては、あなた孤独、あるいは社会問題について接する機会の多さ、または暇な時間の多さ、などの要因が考えられるだろう。ここではそれは大きな問題としない。

個人体験の話をすると、(「右」か「左」かは書かないが)「このままでは日本が滅びる」的な事をヒステリック連呼する家族に対する恐怖が大きな要因だったと思う。

ここで、「そんなことあるわけないだろ~」と笑って以後その人をシャットアウトできる人は幸せ者だと思う。(そして、この文章対象ではない)

私はそれを聞いてこう考えた。

日本が滅びるという事をヒステリック危惧することでいったい何が解決するんだ?

まして、そもそも前提を共有していない相手に対して前提を共有してほしいならその手のコミュニケーションは悪手中の悪手じゃないか

そもそも日本が滅びそうかどうかなんて直観的には分からない。テレビを見ても新聞を見ても本を読んでも友達と語らっても、当然インターネットエコーチェンバーに堕ちても、

感覚と実情には相関のかけらもないだろう。何やら身内だけで通用する『論法』をありがたがり、反対意見はすべて『悪』の手先と決めつけているようだが、

そもそも世の中に対する見方など無数にあるわけで、もし本気で日本が滅びることを危惧するならば多様な視点を持ち現状を正確に把握する方がいいんじゃないか?」と。

しかし考えてもみよう。多様な視点を持つべであると私は言った。という事は、その「ヒステリック」な彼らの視点を、私たちが知らなくていいわけないじゃないか。「世間」の正しさによって「ヒステリック」な「右」「左」をたたくのと、その逆は構造としてはほとんど同じで、ほとんど同じレベルの不誠実だ。私は家族に対して素直に「自分は聞きたくないから聞かない」とする事が出来なかった。それは自分自身が、世間の「正しさ」や、自分感覚としての「正しさ」に何ら信頼を持っておらず、意見を異にする人を「聞きたくない」という理由で目の前から排除することは、そのまま自分意見の違いによって排除される事を認めることになるから絶対に聞かなければならない、という強迫観念があったのだと思う。で、当然ながら家族意見と私の意見大分異なっていたので、それを否定するために向こうの論理を知らなきゃ、という事で気が付けばはてな本来そこそこマトモな思想であるはずの右と左を乱用する「右」と「左」の人たちのコンテクストを学んでいった。

細部の体験は違うだろうが、「正しさ」がしんどい人たちの多くは、「正しさ」によって排除されたか、「正しさ」によって排除された人の「正しさ」に人格非難されたように感じたかのどちらかだと思う。そしてみんな世間の正しさや自分の正しさに自信がないんだと思う。世間を信じることが出来ていれば、(念のため。盲信ではない。たぶん大体正しいだろうなーと感情レベルで思える事)「おかしな『左』と『右』は世間と言っていることがあまりに違うからノイズとみなします」とすることができる。(その中には有益情報も混じっているし、世間が致命的に間違う事もそこそこあるので、失うものは当然あるが、リスクベネフィットを鑑みればそこそこ優秀な処世術だと思う)あるいは、自分自身できちんと正しさについて考えて、誰かの「正しさ」に「圧力」を感じない人はこうはならない。ひどい言い方をすると、世間包摂されることもなく、個人として自立できてもいない人たちがそうなるのだ。

あなたは「正しさ」を恐れている。もしあなたが「フェミ」の「正しさ」におびえているのならば、目の前の女性が少し自分とは関係のない特定男性を軽く批判したとしても、それに恐怖するだろう。「アンチフェミ」の正しさに怯えるならば、「ただしイケメンに限る」みたいなしょうもない自虐を、直ちにジェンダー平等に対する攻撃の準備と受け取るだろう。「右」の「正しさ」におびえるなら、少し日本が好きだという発言をする人がいても怖いだろう。あなたが見たものそれ自体はよくある普通のものしかないが、あなたの頭の中では、それは「正しさ」による抑圧の枕詞なのだ絶対に、予防しなくてはならないという防衛本能高まる。(典型的な反応が、ちょっとした男性批判に対して「男性差別だ」と言ったり、「右」に対して「お前こそ反日だ」と言うなど、「彼ら自身言葉」で彼らを批判することだ。これはほとんど脊髄反射のようなものである)これではまるで、あなたが嫌いなヒステリックな「右」「左」と同じだ。残念ながらあなたあなた自身の正しさを持つことが出来ていない。だから、もしかしたら目の前の相手自分洗脳しようとしているんじゃないか、いやいや自分こそが洗脳されているんじゃないかという恐怖に襲われる。こうなるともうパラノイアだ。あなたあなた自身混沌とした葛藤あなた自身問題として向き合う事を避け、代わりに「右」「左」の独善性他者問題として批判している。右や左がバカ害悪なのではない。あなたバカ害悪な「右」と「左」を探して見つけているのである。なぜなら、そういう人たちを批判し続けていないと、自らの内面と向き合うことになり、それは辛い事だから

あなた自分問題から目をそらしているのだ。(ちなみに、これは私自身の自己批判でもある。なかなか書いていて辛い内容である

あなた非難したいわけではない

しかしたら、私が「どっちもどっち論は正しくない」、と迫る「左」のように見えたかもしれない。しかし、私は正しい正しくないという軸はここでは採用しない。ここではもっとプリミティブな、「それはあなたにとって損か得か」という軸を使う。

あなた葛藤あなただけの責任ではない。社会にも当然原因がある。「右」や「左」の「正しさ」にも原因があるだろう。また私の考察が正しいとも限らない。少なくとも「正しく」はない。

しかし、歪んだ「正しさ」を持つ「右」「左」を非難する事で、自分自分の芯となる正しさを持たずフラフラしているという実際問題から目をそらしていないだろうか。それはあなた自身人生にとって大きく不利な事ではないか、と言いたいのだ。あなたがこのまま誰かの「正しさ」に怯え続けるならば、人とかかわる時もいちいち自分は「正しい」かどうか考え続けるだろう。

いわゆる踏み絵を踏まされるような類の教義的な「正しさ」と、自分できちんと考えて出す類の正しさを区別できないと大変だ。「正しさ」を否定するあまり正しさも否定して倫理など投げ捨てる人間になってしまうかもしれない。それが嫌なら、陰謀論ルートもある。あなたのような、陰謀論者を親の仇のように憎む人は、陰謀論者の卵である。正しさを肯定するあまり陰謀論という「正しさ」もまとめて肯定してしま陰謀論者と、「正しさ」を否定するあまり正しさにまで怯えるあなたは、自己認識では正反対かもしれないが、抱えている問題はほぼ一緒だ。

ならば、どうすればいいのだろう?あなたが「正しさ」と正しさを区別して生きるためにはどうすればいいのだろう?

あなた世間の正しさを緩やかに信じるのは、きっともう無理だろう。ならば、あなたにできることは自分の正しさを確立する事だろう。そうすれば、他人の正しさのこともきちんとそれなりに尊重できると思う。

インターネットを辞めることは問題解決にならない。いや、正確に言えば、問題解決したら勝手インターネット(より正確に言えば、インターネットで「右」や「左」の頭のおかしい人をわざわざ探してきて嘆くマゾ行為)を辞める事になるだろう。インターネットは結果であって原因ではない。

そのためにどうするかの方法論までは、さすがに一般化できなそうなので、各自で考えて!(適当

追記

なんか注目エントリにこの増田でしている話題と近そうな話が載ってた(https://anond.hatelabo.jp/20220814232604

この増田は、インターネットイナゴたちを人として見下している節があって、自分自身もまたそれと同じになりつつある!と自己嫌悪してる感。

たぶんどれだけ言葉を飾ってもイナゴたちとnotイナゴたちで後者の方が「上」としてしまう時点で根本問題からあんまり抜け出せてない気がする。

トラバ

なぜこの増田はこのような文章を書いたのか?

親切心でないことは確かだ

読む人にはそれをよく考えてほしいね

自分としては、主に自分自身へのアドバイスで、折角書いたこれを一人で持っておくだけなのもなあと思って放流しました。親切心では間違いなくないです。

こういう文章増田党派性を書かないのは不誠実だと思うので書いておくと、増田はどちらかと言えば「左」「フェミ」の「正しさ」の方に良くも悪くも存在感を感じます。「右」と「アンチフェミ」は、正直何言ってんだこいつらと切断処理するのが割と簡単ですが、「左」「フェミ」に対しては難しいです。また、自分は恐らく左翼や親フェミニストと呼ばれる類の人間ではあるが、一方で「左」のテンプレともやや違うと思っています。(同性婚賛成、天皇制反対、自衛隊明記賛成、と言えば、どんな人か多少イメージがつくかと)たぶん、真剣に「右」をやっている人<真剣に「左」をやっている人<<どちらにも興味がないがほんのり右な世間の人 という数と影響力のバランスなので、この数の順に権威を感じて怖いんだと思います

トラバトラバ

ほぼ起こりえない例えが多すぎて考慮する意味わからんのよな

そう思ったという事はあなたはおそらく対象ではないですね。お目汚し失礼しました。

私はこの文章を私のような人たちのために書いています公的意味はおそらくないでしょう。

ブコメ

日常のことを話して隠れるか、(歴史古典を含めて)過去に旅立つかが個人的な解決方法なんだけど、「正しさ」が苦手なのか「正しさを旗印にした他者への圧迫」が嫌いなのかは気づいておいてもいいかもけ。

えっと、一応その二者は区別してます。(確かに、正しさと「正しさ」なんてわかりづらい表記じゃなくて、正しさと正しさを旗印にした他者への圧迫みたいな表現にすればよかった...)

ご指摘の解決方法はまったくもってその通りです。「世界は敵と味方に分かれている戦いの場というだけのものではない」という実感(「理解」ではない)を得る事が救いなのだと思います

党派性に駆られて訳の分からない事を言っている人たちの叫びも、大体この実感を得たいがために敵を滅しようとしてる感があります

だいぶ前にどっかの「左」の人が「いい人だけの国を作りたい」と言って炎上していましたが、アレもそういう感じなんですよねたぶん。

敵がいてもそれでも大丈夫だ、とりあえず危害は加えられないという安心感が足りない。

あるいは、「右」の荒唐無稽歴史修正とか、中韓断交!とかも、そうした安心感を求めてやっているのかなー、と。

もちろんちゃんと信念をもって右と左をやっている人は素晴らしいのですが、そうではない人は少なくとも個人幸せという事を考えれば、敵を攻撃するより世界に対する恐怖感を取り除く方がよいのかなーと思っています

2022/8/17 0:12 セルクマ済み

2022-08-05

清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

目次

anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=3428s

57:08~1:05:19

抑圧側と被抑圧側との逆転の構図

抑圧側と被抑圧側とのこのような逆転の構図というのは、2010年代にはオルト・ライトと呼ばれる新興右派

あるいはそれとも重なるミソジニーに満ちたオンライン男性主義の主張などにおいて、幅広く利用されるようになっていきます

もちろんマイノリティを、かぎかっこ付きの「私たち」の外部にある敵というふうに認定する、

その敵の攻撃から身を守らなくてはいけないという形で、当該のマイノリティへの抑圧や暴力正当化していくっていう、

その形というのはもちろんその以前から

例えば排外主義において、あるいはモラルパニックにおいて広く見られてきたものではあります

9.11同時多発テロの後、対テロ戦争期の欧米各国におけるイスラムフォビア暴力っていうのはこういうものだったわけですし、

あるいは70年代80年代に、同性愛者とりわけゲイバイセクシャル男性というのを、

当時は性的捕食者、セクシャルプレデターっていうんですけれども、性的捕食者あるいはHIVウイルス拡散元として、

非常に激しくバッシングしたのが英米モラルパニックっていうのになるんですが、これなんかがすぐ念頭に浮かぶと。

じゃあそのオルト・ライト勢力オンラインミソジニーアカウント群を巻き込んだ、2010年代の特徴っていうのは何かっていうと、

これ単にマイノリティ側を、自分たちを脅かす敵なんだというふうに認定するだけではなくって、

マジョリティ側が力のある側が、自分たちを「差別されている」「抑圧されている」、あるいは「自由侵害されている」という形で、

はっきりと、私たちこそが「被害者である」「被抑圧者である」という形で、語り始める点にあると言えるかもしれません。

そういう語りのこの後もいろいろ出てくると思うんですが、

今のところ最新の形がいわゆる「キャンセルカルチャー批判」というものになります

キャンセルカルチャーとは

CAMBRIDGE DICTIONARY

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱する (offend) ようなことを言った人を完全に拒絶したり、その人の支持をやめたりする振る舞い方

MERRIAM-WEBSTER

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為(公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること)をするような実践

ピュー・リサーチセンター(2020)

リベラル寄りの人々は「ある人に自分の行動に対する責任を取らせるためのアクション」と捉える

保守派よりの人ほど「検閲」と捉える

キャンセルカルチャーという語が急激に知られるようになってきたのは、

2010年代後半のことで、したがってだから、数年なんですよね、

キャンセルカルチャー意味とか語法も、現時点で完全に固まってるとは言い難いところがあります

実際、例えば辞書定義を見ても、Cambridge Dictionaryだと、

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱すること」、offendという言葉ですが、

自分を傷つけたり侮辱したりするようなことを言った人を完全に拒絶したりとか、

あるいはその人への支持をやめたりする振る舞い方」、いうふうに定義している。

それに対して、もう一つ別の有名な辞書でMerriam-Websterなんかを見ると、

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為」、

このキャンセル行為というのは「公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること」なんですが、

集団キャンセル行為を行う実践」っていうふうにしていて、だから重点がちょっと異なってるんですね。

またピュー・リサーチセンターによる2020年時点の調査では、

リベラル寄りの人々は、

キャンセルカルチャーというのは、ある人に自分言動に対する責任を取らせるためのアクションと捉える傾向が強い。

それに対して保守派に寄っていく人ほど、

同じキャンセルカルチャー検閲であるというふうに捉える傾向があるということが明らかになってます

まりある人々が、差別的だったり暴力的だったりするなど社会的・文化的問題があると思われる言動を、

放置しないために取るアクションだ、ってふうに考えているものが、

より保守的な別の人々にとっては、これがつまりキャンセルカルチャー批判」の文脈になるわけですけど、

そちらの人々にとっては、それが集団での圧力とか検閲とかっていう形で理解されている。

言い換えれば、「キャンセルカルチャー批判」という形でのキャンセルカルチャーってのは、そもそも最初から

しばしば多数派である括弧付きの「私たち」の言動を、差別的とか抑圧的などと非難することで、

私たち」の言動検閲する抑圧する、あるいは「私たち」を差別する圧力というふうに定義することができる。

から先ほどからお話ししている逆転の構図を含み込んだ用語っていうのが、キャンセルカルチャーだと言えると思います

正義と開かれた議論についての書簡」(通称ハーパーズ・レター」2020)

153の署名: ノーム・チョムスキーサルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど

若い左派から批判キャンセルカルチャーキャンセル

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような「必要過去清算(reckoning)が、同時に、開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」

保守派による「キャンセルカルチャー批判」の事例というのは、とりわけ2020年代になってからほとんど枚挙にいとまがない。

毎月のように何か出てくるんですが、ただ時間がないので、

ここでは学問の自由に関わる、そして最も知られた例の一つを挙げておきたいと思います

何かというと、2020年に公開された「正義と開かれた議論についての書簡」というものです。

一般的にはハーパーズ・レターと呼ばれるんですが、その公開書簡なんですけども、

この公開書簡は、当時のトランプ大統領代表される右派の動きというのは民主主義の脅威であるというふうに位置付ける一方で、

同時に右派はまずいと、だけど同時に左派の間にも異なる見解に対する不寛容がまん延しつつあるというふうにして、

より開かれた議論必要性を説くんですね。

ここの何か不寛容とかそういう表現が、先ほどちょっとお示ししたブッシュ・シニアポリコレ評価と、

用語としてこう微妙に近似しているのは非常に興味深いところなんですが、

とにかくただこれだけ見ると何でもない主張に見えるんですけれども、

この公開書簡、例えばノーム・チョムスキーとか、サルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど、

非常に有名な人たちを含む153名の研究者作家ジャーナリスト署名しているんですけども、

この公開書簡、何でもない、割とこう、どうでもいいというか普通のこと言ってるように見えるにもかかわらず、

公開されるとすぐに「キャンセルカルチャー自体キャンセルしようとする公開書簡である」っていう形で、

人種的性的マイノリティを中心とする若い左派から大きな批判を受けることになります

実際のところただこの公開書簡自体を見ると、

キャンセルカルチャーという用語は、それどころかキャンセルっていう用語も1回も使われてないんですね。

じゃ何で批判が来るのかっていうと、ここ(=スライド)にあるんですけども、

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や

「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような

必要過去清算」、この清算というのはReckoningという言葉を使うんですが、これが同時にそれは必要だと、

だけど同時にそれが「開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、

一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」というふうに言うと、

この表現が、とりわけBlack Lives Matterを通じて、

Racial Reckoningって人種的過去清算の盛り上がりを迎えていた英米両国においては、

人種主義への批判のもの不寛容だと見なすキャンセルカルチャー批判」の文脈につながる書簡だというふうに受け止められた。

同時に、キャンパスにおけるポリティカル・コレクトネス批判者として知られていた、

言語学者スティーブン・ピンカーであるとか、

ハーヴェイ・ワインスタインの弁護を引き受けたことで、学生から抗議を受けてハーバードロースクール学部長職を退くことになった、

法学者のロナルド・S・サリヴァンであるとか、

この公開書簡の公開時にはトランス排除言説の支持者として知られていて、その言動批判が集まっていた、

作家J・K・ローリングとか、

そういう人たちが名前を連ねていたということももちろん、

この公開書簡が「キャンセルカルチャー批判」の一翼をなすものと受け取られた一因ではあったと思います

この書簡は、先ほどもちょっと申し上げたように、例えば左派代表知識人と見られてきたチョムスキー署名をしている。

同時に、ネオコンサバティブの論者である、例えばフランシス・フクヤマみたいな人も署名してるんですね。

まり従来の分け方で言えば、まさに右も左もなく同意できる原則を語っているように見える。

にもかかわらず先ほどから申し上げているように、

実際には、より若手のマイノリティライターとか研究者から強い批判が出る結果になった。何でか。

恐らくこれは、後者に当たるより若いマイノリティの人たちというのは、

学問の自由とか言論の自由擁護というのが、

近年では力のある地位にある人々が、自分たち差別的・抑圧的な言説の責任を問われたときに、

その批判糾弾を振り払うために使う枠組みになってしまっている、ということを感じ取っているのに対して、

フクヤマにしてもチョムスキーにしても、ある程度は地位が固まった偉い人たちっていうのは、

その事実をあまりきちんと把握できてなかった、いうことではないかと思います

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

2022-08-02

anond:20220801222107

そもそも男性フェミニストというものを誤解している。

男性フェミニストって別に今の女性フェミニズム男性包摂して生まれものではなくて、フェミニズム男性という立場で参加しようとしている者にすぎない。

男性に対してフェミニズム的な権利拡張なりを行おうと言う人ではまったくないよね。

本来女性しか許されないコミュニティに参加しようとしているわけだからある種の踏み絵必要と言うことで男性叩きをしてるだけで別にたいした理由もないよ。

2022-08-01

anond:20220801011720

男子校や共学校だといじめに発展しかねない。

でも女子校なら、女性共感能力が高いかASD同級生包摂する。

女子校なら安心して親が自分の子を通わせられる理由の一つ。

2022-07-25

追記フェミ喧嘩したレズ日記

追記

炎上について説明が足りない」という予想外の反応がきているので追記

匿名増田らにジャッジを求めていない。

ただ匿名ダイアリー自分負の感情を吐き出したかっただけ。

逆に何故ジャッジできると思うのか不思議








レズビアンだがGL創作は見ない。

男性作家のものは勿論、女性作家のものでも大抵違和感が酷く気持ちが悪いと感じる。

作品の出来とは話が別だが、これで作家本人が同性愛差別をしている政党を支持していたりすると役満だ。なるべく苦しんで〇ねと思う。

そうは思うが、当然そんな過激な事を、個人として認識されている場では表明しない。

更に言えば、私自ヘテロ創作を嗜むのだ。自分とは異なる属性を消費する楽しさは理解できるので、そこはお互い様だとも思っている(支持政党の件は実生活に直結するので許せないけれど)

それが前提だ。

さて、そんな私だが、知人と喧嘩別れをした。

彼女笑顔パグに似ており、学生時代よく男子からいじめられていた、自分に自信がない、死にたい。よくそう言っていた。

彼女腐女子であり、推しキャラ文化人間でもあった。

推しに都合の悪いキャラを憎み、ヘイトしていた。

他方、作中で「是」となる主人公を嫌いながら、推しキャラとカプ化させていた。

作中でのヘテロ描写をひどくいやがり、主人公ヒロインカップリングが成立するのではと恐怖し、叩いていた。

そんな彼女がふとした時に、反差別フェミを名乗るようになった。

元々敵と味方を明確化し、推しに都合の悪いキャラを狂ったように叩いていた、いじめ経験故に男性嫌悪も強い彼女だ。

まあ、わかりやすミサンドリー色の強い、反出生主義のフェミ化したのだ。

一応言うと、私もフェミニズムには肯定的だ。

フェミニズムなんてものは腐った羊水ババア若い女嫉妬しているだけだと言うバカな男たちには、腐った金玉ぶら下げてくだらない妄想してんじゃねぇよと返すだけだ。

だが、それはそうとしても、彼女憎悪は目に余った。

批判誹謗中傷は違う。

私が彼女へ苦言を呈したのは、とある男性がプチ炎上をした時の事だった。

だが、彼女はそれが気に入らなかったのだろう。

瞬時に、私へありとあらゆるレッテルを貼りはじめた。

アンチフェミネトウヨ。ちんよし。名誉男性ミソジニストいじめっこ。等。

ああここまで愚かだったかと驚くと同時に、

まさに彼女が挙げたネトウヨアンチフェミと同じく、意見が異なる人間を「仮想敵陣営側」だと認定するのは、思想信条にかかわらず知能が一定下の人間のする共通の行動なのだと再認識した。

思考力が足りないから、単純な派閥争いにしたがるのだ。

更に言えば、彼女のような男性から加害された女性こそフェミニズムは包摂すべきなのだが、いかんせん彼女のような人間フェミを名乗ってSNSなどで暴れた場合、ただの無能な味方にしかならないので、

「最も救うべき人間に足を引っ張られる」というよくわからない事になるのだ。これはフェミニズムの構造的欠陥かもしれない。そうも思った。

結局、彼女とは喧嘩別れをしたわけだが、彼女が私に対して「ヘテロ創作を好むあいつは似非レズ。本当はヘテロからちんよし名誉男性なのだ」と言っていると聞いた。

これはもう失笑せざるを得ない。

その理屈ならおまえゲイじゃんか。

2022-07-23

統一教会との付き合いって、反社構成員社会的包摂でもあるんだよね。

クリーンしろ!っていってる連中はその後の事に責任とれるのかね?

先進国速報】中国さん安倍死亡で涙を見せた駐日美人記者大炎上

上海澎湃新聞記者でもある曾穎さんが19日に昏睡状態病院入院していることがわかりました。

曾穎さんは安倍元首相が銃撃によって死亡したニュース生放送で涙ながらに安倍氏生前日中友情への貢献を寄与したことを称賛しつつ伝えた際に、中国ネット民の怒りを買いが大炎上し、謝罪に追い込まれていました。彼女Weiboアカウントには「それでも中国人か」「中国人だったら安倍元首相の死を悲しんではいけない」「売国奴」等のコメントが最大で1日に数十万単位に集まっていたとのことです。

曾穎さんはWeiboアカウント遺書のような文書投稿したのを最後に連絡が取れなくなっていました。

▼ 曾穎さんは日本コロナが猛威を振るう2020年渋谷駅マスクを配る活動もしていました。

マスク配り 恩返し 中国湖北省武漢の人たちへ=曾穎(そうえい)さん(30)

https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/2570

▼涙ぐみながら安倍死亡ニュースを伝える

https://video.twimg.com/ext_tw_video/1545386532592402433/pu/vid/1192x720/hsTbqgJ9lzkCwaQa.mp4

▼元ソース記事

https://onl.bz/btd6bR2

相談窓口

日本いのちの電話連盟

電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)

https://www.inochinodenwa.org/

よりそいホットライン一般社団法人 社会的包摂サポートセンター

電話 0120-279-338(24時間対応岩手県宮城県福島県からは末尾が226

https://www.since2011.net/yorisoi/

厚生労働省こころ健康相談統一ダイヤル」やSNS相談

電話0570・064・556(対応時間自治体により異なる)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_info.html

2022-07-14

anond:20220713142806

アートとか芸術自体自分が作ったものをそう主張すればその意味を帯びる。

アートとか芸術って何だろうって問いが、作品評価やその是非を包摂しているのであれば、俺はそこを切り離して考えるべきだと思う。

2022-07-13

anond:20220713090951

とまあこのような思想に対して、何ができるだろう。抑え込めば文字通り自爆するだろう。周囲の人々の肉は飛び散るだろう。

弱肉強食金持ちけが投資ますます金持ちになる世界を強固にしようとすればするほど、これからテロリズムとの戦いは苛烈になるだろう。パンドラの箱は開かれた。どれほど抑圧された人間でも、最後の手段を持っていることを私たちは皆わかってしまったのだから

テロリスト社会包摂するということは何を意味しているのだろう。カネのないものにカネを、職のないものに職を与えることだろうか。絶望しているものに寄り添うことだろうか。無限に寛容になることだろうか。わからない。少なくとも、そういうことが完全にうまくいっていれば、今回のようなことは起こらなかっただろう。

力で現状を変更したいという誘惑に私は駆られる。私にも許せない人間いるから。だが、テロリズムを礼賛する人間は、明日満員電車で隣の人間が爆発する事態を想定していないことを思い出す。誰もが加害者にも被害者にもなりうることを。

民主主義を信頼することだろうか。心を強く持って、今こそ共同体の維持に向けて行動することだろうか。私はどちらかといえば、そういう立派なお説教は苦手だ。そういうお説教をする人間は概してテロリスト予備軍の本当の苦しみなど分かりもしない人間だと思うから

人間であること。苦しみを苦しみとして分かち合うこと。宗教なしにそういうことができるものかどうか、わからない。わからないが、自らの呪いに耳を澄まし、自らの憎しみに、怯えに目を凝らし、自分が本当に恐れていること、どうしても守らねばならないと感じることを自覚し、外に目を転じた時、苦しんでいるものナイフを取り出そうとしているものがどこにいるのか、今よりも見ようとすることしかできないように思う。

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