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はてなキーワード: 圧倒的多数とは

2017-05-26

馬鹿なことを言うということ

どうして高学歴様って馬鹿馬鹿なこと言ったぐらいでいちいち大騒ぎするの?

まるで暴力を奮ったかのごとく、ブチ切れられるのは理不尽だ。

単純に考えて、馬鹿が頭良さそうなことなんてそうそうたくさん言えるわけ無いじゃん。

自分が頭いいからって馬鹿に無理なことを要求して受け入れられないと切れるというのが頭がいいということなの?

もちろん自分のような馬鹿とはそういう方々の思考形式差異があるというのはわかっちゃいるけど納得はできんよ。

高学歴とかの視点からしたら世の中なんてぶっちゃけ馬鹿のほうが圧倒的多数なんだから

いちいち馬鹿馬鹿なこと言ったぐらいで騒いでたらキリがないと思うんだが。

やっぱり高学歴だと周りに馬鹿が少ないからそうでもないってことなのか?

馬鹿なことを言った自分も「馬鹿だった」わけで悪いことは当然だし

そこは治すべきだが、ではここが違うのだからけしからんだとか、生産的に、次失敗を無くせるように言えばいいのに

感情的に怒鳴るだけでは解決にならなくないか

能力的に高学歴と同じように考えることはどのみち不可能だってのが現実なわけで。

なぜそれが受け入れられない?

まあすんでる世界が違うんだろうなあってのはわかるんだけど

じゃあもうかかわらないようにするとかそういうふうにしてほしいわ。

2017-05-13

初代会長治安維持法によって獄死 創価学会員50人に聞いた】

初代会長治安維持法によって獄死 創価学会員50人に聞いた】

アナタ共謀罪に賛成ですか 信濃町本部周辺で直撃 圧倒的多数が意外な答え 

創価学会内が〝圧倒的無関心〟の中、共謀罪は成立しようとしている。

牧口初代会長は草葉の陰で何を思うのだろうか(日刊ゲンダイ

2017-05-04

パワポの数式機能を知らなかった学生

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/irorio.jp/takumiurushidate/20170503/397831/

「そのくらいググれよ。普通疑問に思うだろ」的なツッコミが多数あるけど、世の中の多くのPCユーザーはこのレベルだよな。

ドキュメント作成Excelを使って「めちゃくちゃ効率悪いじゃん。なんとかならないの」って思わない人のほうが圧倒的多数だし。

2017-05-01

クリエイター職の待遇改善されない理由


人間多数決というやつが大好きで、頭の足りない人間は数をかき集めて賢しい人間社会的にはたき落とし、

そうすることでしか満たされない自己承認欲求生存戦略を満たし続けるわけだが、要はこれが極まった現代社会では無理という話である


アニメーター日本において人間扱いされない。やりがいではメシを食えないということが忘れられている。

あまりにも有名な話なので、アニメーターにおける例はまあ語らずともという感じだろう。

CD売上に対する作詞作曲家マージンはよくて10%、普通は5~6%が目安だ。

残りのすべては小売・広告制作レコード会社が暴利とも言える勢いで持っていく。

広告代理店下請けとなったデザイナー動画制作、末端のアシスタントディレクターなど、

その辺りの闇も同様に深い。学生時代バイト先に派遣されてきた元テレ業界末端の方の話がいまも忘れられない。


娯楽関連に限らず、後付された仕組みや制度によって辛酸ぶっかけられているような製造業

たとえば農家の方々やら下請け工場IT業界関連も広く捉えればこの例にあてはまるだろう。

とにかくどこを見ても、損をしているのは「一次生産を担う末端の人間である


アニメーター問題にはこれまた様々な対策や、どうにかしろという風潮はあるものの、

少なからず向こう30~40年は解決することは絶対に無理であろうと見ている。

社会構成人員が総入れ替えされなければ達し得ない、そんな目標であるからだ。


ここで、「きっと何者にもなれない人々たち」の話をする。

特別な才能を持たず、一般的な家庭に生まれ幸運にも恵まれず平均水準の環境で育った人々のことを指す。

他国は知らないが、日本国内においてはこの種類の人々は年々増加し、おそらく現代は9割がこれにあたるだろう。

筆者もまたこの部類に属する、「きっと何者にもなれない人々」である


現代社会というのは、「新しい価値創造提供できる人間」が継続的に現れないと立ち行かない。

これは「運命に愛された人々」で、優れた才能を持ち、裕福な家庭に生まれ幸運にも恵まれ高水準の環境で育った人のことを指す。

必ずしも裕福である必要はなくて、要は能力値が120/100くらいになるという結果があれば条件を満たすところだ(貧乏家庭から出世)。


こうした種類の人々はぽつぽつと存在していて、決してそこまで珍しいものではないと言える。

その辺の人を10人並べれば1人はいるくらいの割合だ。真に傑出している人物もっと少ないだろうが。


そして現代社会というのは、この「運命に愛された人々」によって支えられている割合と、

その重要であるはずの彼らに対しての報酬バランスが崩れている――という話である


一次生産は誰にでもできることではない。彼らの仕事を見ていると本当に感服するし、

尊敬せざるを得ない人間性を抱えている方も多いし、自分とは違う領域に住んでいると実感することも多い。

自らの意志ねじ曲げることができず、不器用ではあると思うが、それでも圧倒的に「強い」人間なのだ


そんな彼らがなぜ迫害とも言える攻撃力で、社会的に低い身分に甘んじなければならないのか?

簡単な話である。そうしなければ「きっと何者にもなれない人々」は満足に生きていけないからだ。

なぜそのような雑魚風情が「運命に愛された人々」を差別できるのかというと、これも単純で、

数の暴力がいとも容易く通用してしま人口構成比だからである


アニメ業界を例にあげて考えてみよう。

日本動画の線が引ける人間というのは、おそらく製作委員会構成する会社それぞれが抱える、

社員全員とその家族の総数よりも圧倒的に少ないだろう。この時点で容易に想像できるが、

原画を描ける人間さらに少なく、作監クラスさらに、一握りである監督を務められるような

すばらしいセンスを持った人間は、その辺の駅にいる通勤ラッシュ構成する人々よりはるかに少ないはずだ。


単純に考えて、アニメーター監督という「運命に愛された人々」は、

製作委員会にいる無数の「きっと何者にもなれない人々」を少数で全員支えていると言っても過言ではない。

なぜなら、優れたアニメーターたちがいなければ製作委員会以下の社員たちは稼ぎを失って死ぬからだ。


アニメーターたちは「線を引いてアニメを作る」という仕事価値よりも、

「彼らでなければ生み出せない」という希少価値製作委員会提供していると言える。

この唯一無二性はもっと評価されるべきであり、しか社会はここから目を背け、

運命に愛された人々」に対して尋常ではない差別を平然と行っている。


かい理屈を抜きにして考えれば、アニメーター製作委員会利益を7:3くらいで折半すべきで、

これは左右の総数に差があろうとも適用されるべき比率であると思う。彼らの仕事は代え難いもので、

アニメーター(500人):製作委員会10000人)であっても正当な理屈であると考える。

しか現実社会はそれで回らない。それは低賃金化で生活レベルの維持が困難になるとかではなく、

単純に人間が持つ「劣等感」や「嫉妬心」などによって、この7:3は維持が不可能からである


である製作委員会側に属する人間圧倒的多数で、その中にはご存知のとおりどうしようもないダメ人間

おそらく2割くらいは含有されていて、彼らがまず率先して大きな声をあげる。

卑怯である」と。「あいつらは好きなことをしてメシを食っている」と、「自分たち差別している」と。

ダメ人間である自分社会にどれだけの価値提供できるかなど考えず、感情で彼らはアニメーターを殴る。

しかし、ここで製作委員会側に属する8割の人間は、そのダメ人間を止めることはしないのだ。

彼らのなかにも同様の心理がある。「卑怯である」と、「自分たち差別している」と。

価値創造できないことの何が悪いのかと、この時点で、己の怠惰を棚にあげて内心で「差別」が始まっているのだ。


この不当な差別は、500:10000という圧倒的大差による数の暴力通用しまかり通ることで増長してきた。

安く買い叩かれ続けて20年30年、現代では立派な「常識」としてこの差別根付いてしまっている。

手塚治虫がなんとかという話もあるが、それは「きっかけとなるひとつの隙」でしかないと言っていいだろう。


作曲家に関しても同じことが言える。バラエティ番組全盛の1970~80年代というのは、

本当に有能なごく一部の作曲家が大量の案件を安く引き受け、一件ごとの単価を引き下げていた。

その頃は生楽器による演奏音楽主体であったため、アカデミック知識センスを併せ持つ、

打ち込み全盛である現代とは一線を画する、優れた能力を持った作曲家けが仕事を得ることが出来た。

その結果として「きっかけとなるひとつの隙」が与えられ、やがて現代マージンに収まっていく。



別に、何も「運命に愛された人々」に常に7割のマージンを与えろという話ではない。

現在のままでは、彼らに対するリスペクトがあまりにも低く、報酬水準も0.1:9.9くらいのものであり、

これはさすがにおかしすぎるという話である仕事必要能力給料が合っていない例として、

一時期どこかの美術館での募集話題になったことがある。そのときは「人脈が」「経験が」と言われていたが、

そんな「社会的価値」を生み出したのは他でもない「きっと何者にもなれない人々」の醜い嫉妬心であり、

ここに搾取構造があるという大前提完璧に見落としているから、あの件はそこそこ話題になったのである


日本では、何かを作ることで大富豪になった人間小室哲哉くらいなのではないかと思う。

それ以外の人間は、「きっと何者にもなれない人々」が「きっと何者にもなれない人々」のために作った、

まりにも無能であるゆえに複雑怪奇と化している社会的システムを利用したごく一部の人である

彼らは何も作り出すことは出来やしない。事実がどうあれ、どうしようもないほど不快存在だと思ってしまう。



自分たち「きっと何者にもなれない人々」は、「運命に愛された人々」をもっと尊重しなければいけない。

嫉妬心劣等感から彼らを差別するのではなく、少しづつでいいから、彼らに対するリスペクトを醸成して、

世代が入れ替わるごとに新しい価値観をなんとか育て続けなければいけない。現代社会で育ちきってしまった、

変化を極端に忌み嫌う現代大人などに期待できることは何もない。若手が変えていかなければいけないのだ。



そのための啓蒙となっている現象は、ツイッターをはじめインターネットでよく起こっていると思う。

運命に愛された人々」のすごさを、捻じ曲げずに直接触れることができるのだ。

これからに期待してはいけない、ということはないと思う。






GWなので日々思っていたことをクソ長文にして吐き出した。これで休める。

2017-04-23

高校入学直後に死んでおけばよかった

多分、ネットで何万回と繰り返されてきた話。

22歳、男性無職正社員歴無し、童貞

毎日ネットで誰かを攻撃して留飲をさげるだけの人生を送っている。自殺したいが、する勇気もない。

そんな人間が己の人生を振り返ります


小学校中学校では「神童」と呼ばれた。勉強ほとんどした記憶がない。でもテストはいつもほぼ満点だった。クラスの他の奴が100点を取れない理由が、当時は本気で理解できなかった。

高校県内一の進学校に行く事にした。さすがに塾には通ったが、似たような問題を反復練習して精度を上げるだけだった。入試問題はあっけない程に簡単で、合格通知が届いても特に感慨もなく、淡々入学手続きを済ませた。

私はこんなだったが、両親、特に母親は喜んでくれた。両親は2人とも学がなく、特に母親小学校すら満足に通っていない。私が幼い頃から、「人の2倍給料が欲しいなら、人の2倍働くしかない」が両親の口癖だった。

おかげで物心ついた頃にはいつも家にひとりでいた。両親は昼も夜も働いていた。土日も働いていた。たまに日曜日の晩に家族揃って晩御飯が食べられる時があるが、私はそれが何よりも楽しみだった。

そんな母親から高校合格した時には、ご近所に「○○高校になんとか受かりまして…。」と吹聴しまくっていた。私はそれが大層恥ずかしかったが、母にとっては自慢の息子だったのだろう、私が「あまり自慢するのはやめてくれ」とせがんでも、静かになる様子は一向になかった。

だが、テンプレ通り、私は高校でアッサリと堕落する。周囲は本物の天才揃いで、しか努力家が圧倒的多数だった。他校の授業は受けた事がないので一概に比較もできないが、通っていた高校の授業内容もかなり独特だったらしく、授業はかなりハードだった。

中学までの学習貯金はアッサリ底をつき、1学期の中間テストで壊滅的な点数を取った時、自分は選ばれた人間ではない事を知った。

そこからは早かった。学校には出席日数ギリギリしかわず、あとはバイト三昧の学生生活だった。バイトで稼いだカネはほとんどゲーセンで使った。高校までロクに遊びを知らなかった人間が「遊び」にハマった時の行動は極端で、学校よりも自宅よりも、駅前ゲーセンにいる時間の方が長かった。

さすがにこれじゃいかんと高校3年の時に慌てて勉強を始めたが、当然の事ながら宮廷だの地底だのといった大学には引っかかる事もなく、東京の某大に受かるのが精一杯だった。

この時に何か思うところがあれば、私は変われていたのだろう。だが皆さんのご想像通り、私は変わることができなかった。だからこんな文章をダラダラとタイプしている。

大学に入ると、当然一人暮らしになる。東京大学に入ったんだから、当然そうなる。私のような人間一人暮らしをするとどうなるか。答えは簡単だ。大学に行かなくなる。

起きたらバイトゲーセン大学に行くのはたまにである。その「たまに」が起こって大学に行ったとしても、サークル棟の奴らとダベって終わりである単位は3つぐらいしか取ってないんじゃないだろか。結局、大学は1年休学した後に辞めた。

大学を辞める時、母親に連絡しようか迷った。私は休学している事も告げず、毎月毎月仕送りを受け取り、盆も正月も帰らなかった。休学中も仕送りを受け取るのは心苦しかったが、都会の誘惑に負けた。しかし、さすがに大学を辞めるとなると連絡をしない訳にもいかない。

もしもし?俺だけど、働くことにした。」

大学のみんなと会社を立ち上げる事にしたんだ」

「だからもう、仕送りはいいよ。」

「今までありがとう。」

正直、会話の内容はあまり覚えていない。嘘と見栄と虚飾で糊塗した言葉をひたすら吐き出して、仕送りはもういいと言って一方的電話を切ったような記憶しか残っていない。

大学を辞めても、特に何も変わらなかった。休学中から特にやる事も変わらず、バイトゲーセンに通うだけの人生

いつしかインターネットで誰かを攻撃する時間が増えた。会った事もない、話したこともない、顔も知らない人間が、twitter失言する。ブログ炎上する。そんな人間を、自宅のPCから延々と責めたてる時間が増えた。「叩いてもいい」人間が目の前にいて、圧倒的正しさをもって思う存分叩ける。叩いている時は快感だった。自分正義執行であることに酔った。当初は目についた炎上案件を叩いていたが、叩く対象を探すようになり、失言文句暴言呪詛をすすんで検索するようになった。

見つけた後は、すぐに騒ぎ立てずに、対象個人情報収集にはげんだ。twitterfacebookなどの交友関係から年齢や地元を割り出し、実家写真などをgoogleマップキャプチャする。twitterなら鍵垢になってもいいようにフォローも飛ばす。フォローされやすいように、常時40個前後アカウント管理していた。様々な大学企業趣味嗜好についてのアカウント作成し、1日1回はアカウントに沿った内容で何か呟く。そうやって「育てた」アカウント対象に滑り込ませ、まんまとフォローされてから炎上→鍵付きとなったアカウント情報キャプチャで取得し、ネット拡散する瞬間には無上の快感があった。

そんな生活も2年近く続けてきたある日、実家から荷物が届いた。食べ物だった。段ボールの蓋だけ開けて放置していたが、翌日に母親から電話がかかってきた。「ご飯は食べているか」「元気でやっているか」「たまには帰って来いよ」基本的母親電話上の発言はこの3パターンしかない。なのでいつもは会話もそこそこに電話を切るのだが、この日の母親は違っていた。いつも通りの居心地が悪くなる会話を終わらせようとすると、ふいに

食べ物だけじゃなくて、少しお金も入れといたから、たまには彼女とおいしいものを食べてね。」

「いつ帰ってきてもいいんだからね」

「じゃあね。まだ寒いかも知れんから、温かくして寝るんだよ」

と言って、最後に「おやすみ」と言って、母は電話を切った。

母親から電話を切ったのは、今のところ、この時が最初最後だ。

すぐに箱の中身を確認すると、底の方に封筒が入っていた。中には20万円入っていた。


私は封筒を握りしめて嗚咽した。何もしていない、何もしていない、何もしていない。なんの努力もせずに、ダラダラと時間無駄に過ごし、他人攻撃ばかりしている。こんな何もしていない人間に、生きている価値があるのだろうか。これから何かを成し遂げる気概があるのだろうか。

消えてしまいたい。そう思ったが、自殺する勇気もない。だいたい、自殺できる人間は「自殺する」と強く願って成就しており、私のようにネットでダラダラと「死にたい」「自殺したい」と言っている人間自殺しない。

高校の頃に交通事故か何かで死んでおけば、将来有望若い命として、両親に多額のカネを残すことができた。「惜しい人を亡くした」と皆に同情してもらえた。ところが今はどうだ。今死んだところで、正社員でもない、学歴もない、才能もない。葬式を開いても誰も来ない。働きもせず、ネットで誰かをいびり、母親にお情けの仕送りを送ってもらう。そんな人生になんの意味がある?

特にオチもないが、私の自分語りはこれでおしまいである荷物が届いたのが数日前、それからバイトに行く元気もなく、体調不良と言って休んでいる。遠からずクビになるだろう。

できれば私はどうするべきなのか、教えてほしい。

追記:cj3029412 様、idコールするのも恥ずかしいので追記にて失礼します。食事のお誘い、本当にありがとうございますインターネットの優しさを感じました。しかしながら、GW実家に帰り、両親と今後についてきちんと会話する事になりました。まだ何もしていませんが、少しだけ前に進めたような気がします。これもcj3029412様、トラバブコメを頂いた方々のおかげと思っておりますありがとうございました。

就職関係の話

就職できない、あるいは条件が悪い、職場が気に食わない――みたいな話に対していつも思うのだけれど、圧倒的多数の、99%の増田は、そして日本人は、就職してどこかの企業にぶら下がってお給料もらうことしか考えてないよなあ。と。

金は抜きにして「コミュニティ参加者コミュニティ運営者」っていう切り口で見ても、運営者になる気は微塵もないよな。

増田Aが何らかの企業設立し、従業員雇用し、ホワイト業務給与を支払い、社員生活保証する。この増田Aの会社が99人の従業員増田雇用した時、益田百人の村はやっとホワイト完全雇用になる。

応報の話で言うと、他人雇用する気のない人間は、他人から雇用されないことを甘受すべきだと思うんだよ。個人会社選考するように、企業だって個人(応募者)を選考するのはあたりまえだ。

2017-04-07

同人音声作品脚本担当に言いたいことがある

なんで「おちんぽ」が圧倒的多数派なの

もっと「おちんちん」って言わせる作品増やしてよ

いま下手したら20:1とか30:1ぐらいの割合になってるんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20170407151539

2017-03-19

みんなどの程度 契約書に目を通してるのかな

「何の契約書?」って例えば賃貸とか電気ガス水道とか保険とかクレジットカードとかWebサービス利用規約とかそういうものね。

平たく言えば高木浩光愛読書

それをみんなどの程度読んでるのかなあって。

「みんな」を日本人の平均とみなして考えてみよう。

たぶん全く読まないか、読もうとするけど10秒程度即息切れしてサッサとハンコか同意ボタンを押すという人が圧倒的多数だよね。

という意識合わせ?がこの増田で言いたかったこと。


いやね、さっき関電ガスとかいう新しいガスサービスが始まるっていうDMが自宅ポストに届いててね。

何やら良さそうな気がしたので契約してみようかと思ったんだけど、もし◯年縛りとか契約解除しづらい事されたら嫌だなあと思って。

それで重要事項説明書とやらを読んでる訳なんです。

こういうの普段全く読まない人なんだけど、3連休でヒマだからさあ。

それにこういうの読んでるとか神経質なインテリっぽくて良いなと思って。

でね、全部で29項あるんだけど、もう2項目で疲れちゃって。

むつかしいこといっぱい書いてあってさぁ。

甲とか乙とかは書いてないし、ですます調で頑張ってフレンドリーに書いてくれてるんだけど、専門用語が多くって。

高木浩光とかこんなの毎日読んでるのかなあと思うと尊敬ちゃうよね。

でも高木さんって呼ぶと逆に馴れ馴れしいし怒られるかな。

2017-03-16

2次元3次元と2.5次元

2.5次元に対する拒否反応すごい人が、声優さんが顔出して歌うライブとかはありなのがよく分からない。

これは完全に個人感覚から単純に私は分からないと思ってるだけで、それが全然アリな人の方が圧倒的多数なのは分かってる。

からこれをヲタ繋がりの人がいっぱいいるツイッターとかは絶対言えないんだけど。


アニメ漫画ゲームキャラクターの、その見た目からその声が出てるって認識してるんだ私は。

から、その見た目と全然似てない人からその声が出てるのを、キャラとしては見られない。

なんか、声が似てる人のカラオケみたいな気持ち

生歌は聴きたいけど、でもそれはキャラの生歌ではなく、キャラの声をやっている○○さんの生歌であって、キャラの生歌ではないよね。

普通にもちろんそのキャラの声をやっている人の歌としての価値は分かるし、それを聞きに行きたくなる気持ちはとても分かるけど、声優さんキャラって感じになるのはなんかよく分からない。

声に対してキャーってなる気持ちはすごく分かるんだけど、ビジュアルを見て混乱する。そのキャラではないから。

いわゆる2.5次元作品で見目麗しい俳優さんとかがメイクとかを駆使してそのキャラビジュアルを寄せた上で演じてくれてるものに対してキャーキャーいうのは、ちょっと分かる。演じているという前提ありきなので。声は似てないけどコマにない部分まで動きを見せてくれる漫画みたいなもんだし。

ただ、キャラ俳優って見るのは無理だし全く意味からない。

何をいいたいのかというと、

声優さん場合、声がキャラと一致してて見た目は一致してない

俳優さんの場合、見た目がキャラと一致してて声は一致してない

って感じだから、同じようなものなのに、片方はこき下ろして、片方は絶賛する意味いまいちからないな、ってことなんだけど。

私は両方いまいちしっくりこないから、なんかこう、ライブとか2.5次元とかに乗り切れない。

声も見た目も一致してる人もごく稀にいるけどね、声優さんでも俳優さんでも。でもまぁその人だけがライブとか舞台とかやるわけではないし。

普通にアニメとか漫画とかゲームとかCDとかだけ楽しむことに満たされてるから特に文句はないんだけど、とにかく回りに声優さんライブは行くのにアンチ2.5次元の人が多くて謎だったから吐き出したかった。

2017-02-21

なんだかんだブサイクよりイケメンのほうが多い

逆、つまりブサイクが大多数を占めていてイケメンの方が多いという印象が強く有るが、ブサイクからしたらイケメンの方が圧倒的多数だ。

死ねや。

2017-02-16

なにがなんでも「彼女出来ない男は人格が悪い」としたがる奴等

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1081348

https://togetter.com/li/1081348

また湧いてるって感じ。


これに出てくる男が彼女出来ない?

こいつは出来るよ絶対

まさにこういう人格の既婚者が知り合いにいるもん。

もうすぐバツ2になりそうだけど。


彼女が出来ない男の圧倒的多数はこんな図々しくもアグレッシブでもなく、身のほど弁えてひっそりしてるんだよ。

会話は常に自分から切り上げてればこのまとめみたいなことは絶対思われないしさ。

女とねちっこいLINEしてる時点でそのうち彼女出来る側でしょ。

あのキモいノリのLINEだって気にしない女とかそういうのが好きって女も有る程度の割合はいるし。


いつもいつもそうなんだけど、彼女出来ないような男の圧倒的多数大人しくしてるっていう事実無視して

そういうアグレッシブキモい変な男を「彼女出来ない男の代表」にしたがるんだよね。

地下アイドルに付きまとって変なプレゼント贈ってつきまとったあげく滅多刺しにした男とかさ。


昔は大人しくしてるだけの人間にもわけわからんハラスメントを仕掛ける事が出来たんだけど

今はさすがに世間の目が厳しくなってきてそんな差別いじめ丸出しのアクションはしにくいからね。

でも彼女出来ないような男を叩いて説教したくてしょうがない、ウズウズ!

からあいう変てこでアグレッシブな男のエピソードを持ってきて

彼女出来ない男」として括ってでっかい主語で語るんだよね。


好きだねえほんとに。

結局どうにかこうにか、差別対象いじめ対象が欲しいんだよね。

2016-12-31

グレーだと思う。

作者側の信条として「リアルでやってはいけないことは創作物でもやってはいけない。」という縛りにおいて捜索するのはアリだし、

読者側としてそうしたやさしい作品群だけ摂取して生きるのはアリだと思う。

そこまでなら全然アリな価値観

ただ、そうした価値観でない作者や読者の方が圧倒的多数であり、表現の自由こそが多数派価値観であることは認めていかなければかなりヤバい領域に入ると思う。なのでグレーと判定。

重箱の隅だけど「愛し合った人同士のエッチばかりに『なって』」とか「とても幸せ社会生活が送れそうな気がする。」あたりに、ほかの作者や社会全体への波及を想起したニュアンスを感じてしまったので。

2016-12-28

映画この世界の片隅に」が教えてくれた漫画映像化の道

  • 一つ目。

まず漫画の絵が動いている、ということだけで感動できるという感想が多かった。

これがアニメ化における利点だろう。

実写ではハードルがあがる。ただ中には「お前原作通りだな!?」っていうサプライズもあるので捨てがたい。

映画この世界の片隅に」においては動く人物たちの背景に拘ることで、漫画以上のリアリティを加えた。

実写の場合ロケセットを立てる。または舞台があるなら映画ピンポン」を江ノ島で撮ったように、現地で撮ればいい。小道具も使える。

アニメ場合、実際の風景を取り込むことで可能な「君の名は。」新海監督や京都アニメーション技法存在する。

ただ、映画この世界の片隅に」を今の呉や今の広島で撮ったところで意味が無い。カラー写真ほとんどない。

再現できたのは『作品への情熱』のおかげだろう。

アニメ限定で出来るとかは思わない。実写もCGを駆使すればいい時代になった。役者演技力も年々上がる。

情熱は、どうか?昨今減ってはいいか

  • 三つ目。

これが最重要だ。

たびたび原作通りにするかしないか論争が起きる。特に映画化場合は2時間に収めるために原作カットしなければならない。

映画この世界の片隅に」はどうだろうか。

決して、全くの原作通りというわけでは無いと思う。史実に基づき原作おかしなところは直しているし、微妙ニュアンスを変えた台詞存在する。

またエピソードを大きくカットしている。これは原作ファンには何故?と言われていたが、カットするには正解の場所だったし「無かったこと」にはされていないのが印象的だった。

確実にここに何かが合った。しかもそれをアピールしてくる。抜けている何かがある。なんだ?という疑問が見ている最中にでも起きる映画がこの作品だ。

あえて重要エピソードを抜き、あえて抜いたことをアピールした。(それが原作大人買いとか、カットしたところを見せてくれ、という新しい商売を生んでいる。言い方は悪いが)

監督のワザでもあったし、全てが上手く行くとは思わないが、時間が収まらない漫画映像化の際には、こういう風に映像化すればいいのではないか

原作ファンも一番納得のいく形になりそうだ。

  • 四つ目。これは三つ目と被るのだが。

原作ファンをないがしろにしてはいけないということだ。

映画バクマン。であるスタッフはこう言っている。「原作ファン割合は2~3割」「原作を読んでいる人の倍以上が映画館にくることが多くて、読んだことのない7~8割の人に『ああ、この原作読んでみたいな』って思ってほしいんです」

しか果たして映画バクマン。」の出来は置いといて原作ファンの反応はどうだっただろうか。

映画バクマン。」は原作ファン以外からはソコソコの高評価を受けたが、原作ファンの反応は微妙だった。

興行収入は人気ジャンプ漫画を使った期待に比例せず、続編を作る目安には届かなかったため、監督は残念な声をあげていた。

スタッフは売るために原作とあえて違う設定を選んだらしいが、売るなら原作通りが良かったのではないか

作品評価している人は原作と違うところを褒めていたが、作品性を高めるために違うものを選んだわけでは無いのだろう。

映画この世界の片隅に」はクラウドファンディング製作された。もちろん監督ファンもいるだろう。

しか圧倒的多数が『原作ファン』であろう。

その原作ファン(約3000人)が先行的に鑑賞し納得し、SNSで具体的に宣伝した結果は大きなものとなっている。

そう。原作ファンは納得すれば宣伝してくれるのだ。納得しなければ、大きな批判をするのだ。人気原作とはどっちにしろ『大きな声』を生むのだ。

その大きな声をあげる2~3割を排除してしまって良いのか?

例えばスマッシュヒット作で100万人を動員したとして、その2~3割は何万人になるだろう。

果たして2~3割とは本当に少ないのか?

その何万人が大宣伝してくれたとしたら?その何万人が大批判したとしたら?

東宝プロデューサーは今一度考えを改めなおしてほしい。

ファンには悪いのだが映画ちはやふる」もあそこまでキャラ設定を変えなければ、原作ファンもっと宣伝してくれたのではないか

※あげている作品は少しマイナス評価したところで痛くはない高評価を貰っているもの判断していますが。

原作大事に。原作に、愛を。

2016-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20161215123844

>でも「自分入力するのヤダヤダ私が欲しい結果をエスパーしてくれないとヤダヤダ」とか言ってるお子様にはお似合いじゃねえの。

え?

それがGoogleが目指す先なんじゃなかったの?

究極のユーザビリティってユーザ個々にとって最適な情報結果を同じキーワードでも出してくれることだろ

それやらなかったら何のために情報ひっこぬいてんだよ(※広告のためです)

それ自体は今の時点でもある程度やってるけど、その精度がエスパーどころか痴呆老人レベルなわけなんだが

その痴呆エン人の徘徊がもたらしたのがウェルク問題であり未だ放置されてるパクリサイト問題だろ

誰がどうみても不特定多数に対して情報価値の低いパクリサイトビッグワード検索上位に挙げているのは

ヤダヤダレベル問題じゃないんだけど

巨人ビッグワード食うたびに糞尿垂れ流しまくってたらため息ついて言葉を失います

検索下手である圧倒的多数利用者が糞を食ってるんですよ

世の中俺やお前みたいに最適な詳細検索設定できるマニアなやつなんて世界人口全体の数%程度しかいねから

やってることは全くかっこよくなくて大量のクソの中から使えそうなやつを金塊のように探ってるに過ぎない

使いにくい道具を使わされて、その糞の掬い方を知ってるというだけで

クソまみれの顔と体で得意げな顔をしてドヤ顔して悦に浸って骨の髄までクソ教育された優等生がお前(これでヒョロガリノッポ眼鏡ならビジュアルばっちり)

もはや検索エンジン意味を成してない 鼻が曲がる

ユーザー全体の質とそれに対する影響力の大きさを考えろ

事実問題になってるけどそれについても眼をそらしてお前らが悪い設定が悪いとか言い出すの?

もはや思考停止領域に両足突っ込んでるんだが

ゲームバグ残してユーザーが発生したらお前の遊び方が悪い!ってクリエイターいたら口がふさがらんだろ

パクリサイトバグよりも酷いわ

もう5年越しに放置してる問題

5年間もバグ放置してるゲームとか普通クソゲーとしてしか認識されんが

残念ながらこの世界には出来の悪いインベーダーゲームしかなかったな

みんなインベーダーゲームの謎(SEO対策)を解いて小銭稼いで

それに対して愚痴りながら嫌々パンダってるのがGoogle

アップした後にお決まりのように「ユーザーにとって価値あるコンテンツ評価する」動画ブランディングを忘れない

SEO業者・悪VS正義Googleという信者聖書に記された二元論作ってまた自分のやりたいことやるためにアルファベットに引っ込む

そしてまた始まるバグ探し

それらが出すクソに巻き込まれ情報弱者ユーザーコンテンツ

この関係性をもう何年も繰り返してる

検索エンジンはただの集金ボックス

2016-12-04

死の収容所へ 3

http://anond.hatelabo.jp/20161204230447

 様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年ものゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛さらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たち労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだからまさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。

 いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。

 連行にはナチドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド青色警察」、オランダ緑色警察」、フランスルーマニアハンガリー警察ウクライナリトアニアラトヴィアエストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。

 多くの非ユダヤ系住民強制連行を目撃している。玄関から歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。

 駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方ソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可下りるまで何時間も停車していたかである

 すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。

 ヨーロッパ西部バルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパユダヤ人貨物列車ではなく客車移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。

 列車絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」

脱いだ衣類は消毒に廻された。女性衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性女性子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。

 アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれ場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。

 ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。

ナチス・ドイツが構築した排除装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり絶滅収容所ガス室をもって終わった。

2016-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20161130201026

そういうのっていい家族に恵まれてるにも関わらず自殺したクズ呼ばわりするやつが多いのに

親の問題に気づくって鋭いな

そして気付かないやつが圧倒的多数なので問題化されることはないな・・・

2016-11-29

昔のScrapbook記事-セックスなんてくそくらえ

2007年06月記事

クローズアップ現代」という侮辱的な番組によってあたか芸能界のように取り上げられたブロゴスフィアますますその愚かさを加速していく中、それと時を同じくするかのように、ネットしか場所がない人々の厚顔無恥さ、ずるがしこさ、卑劣さ、自らの無知を少しも恥じないその傲慢さは、まったくとどまるところを知らないように見える。

インターネットの普及によりあらゆる場所で「言論」が可能になった結果、小学校の作文以外に一度も何かものを書いたこともなく、書くことについて考えたこともなく、何一つ読むに値するものが書けなかった数千万人の人々が、雪崩を打つように二流・三流の知性の吹きだまりであるこのブロゴスフィアにも流れ込んできた。前述の番組はそれを加速する以外の効果を何ももたらさなかったのである

痛いニュース」のようなブログはまさにそういった知性のない人々が石をぶつける先を煽り立てる旗振り役である。そのペンキで描かれた派手な旗の下には、人の失敗を嘲ることしかしない臆病で、腰抜けで、ネット以外に居場所を与えてもらえなかった頭の弱い社会ゼロの人々が大量に群れをなして集まり自分よりさらに弱いものを叩こうと口元に青い微笑みを浮かべて、今日キーボードに向かっているのである

この手の人々にとって、対象は誰であってもいいのである。そのとき一瞬弱みを見せたものの頭を踏みつけ、かりそめの優越感を抱くことができればそれで満足なのである。「スターウォーズ」が大好きなIT屋が夢と希望ばかりの嘘八百を並べ立てて作ったインターネット提供したのはこのような人々がその癒されない鬱憤、不満、ストレスを発散するガス抜き手段であり、何のリスクも取らずにワンクリック嘲笑罵倒悪口を投げつけることができるシステムしかなかった。

まりネットにおける民主的平等は何一つ建設的なものを生まなかったということであり、この認識重要はいくら強調してもしすぎるということはない。そのようなネットにおいてしばしば叩かれる存在というものがある。それはたとえばTBSであり朝日新聞である。言い換えれば社会的強者であり、言論の場を形成するメディアである。そしてインターネットが育んでいる嫉妬文化の中では、彼らがネットしか場所のない人々の憂さ晴らし対象となるのはやむを得ないことでもあった。

妬みに嫉みはネットを動かす巨大な車輪の一つであるインターネットはもはや公共のための善意の道具であることをやめ、すでに嫉妬心による凶器であり、もはや危険水域にまで達していると断じてよい。ここにあるのは善意という名前の悪意であり、公器という道具を自分矮小自意識を満たすためだけに利用し、自分たちより高いところにいると勝手に思いこんだ存在に対して、無差別に石を投げてそれを恥ずかしいとも思わない人々が、毎日のように大量生産される世界なのである

そして当然のことだが、この手の人々は自分の気がすむと、あっという間に自分たちが叩いていたものに対して興味を無くしてしまう。たとえばTBS朝日に関して、いったい悪口罵詈雑言以外で、継続的、徹底的、社会的に、こういった組織現実的改善するためには何をしたらよいのか、真剣に考えた人間が一人でもいたのだろうか?

むろん誰一人そんなことを考えなどしなかった。嫉妬に裏打ちされた正義感を燃やす人々の相手ははっきりいって誰でもよく、私情でしかない恨み辛みをその日だけ相手にぶつけられればそれで満足だったのであるネットしか場所がない人々にとっては、相手朝鮮人でも、フィリピン人でも、在日でも誰でもよいのであり、ここには強きをくじき弱きを助ける義侠心などどこにも存在しないのだ。

あるのはただ、人を貶めようする暗く、陰気で、ろくでもないいじけた精神であり、21世紀日本を覆い尽くしているのは、まさにこのような白痴化した世界、心の暗部ばかりが増幅され、雰囲気という強制力を持った場により、圧倒的多数の顔のない人々と同じ方向に向かって個人が走ることを抑圧された形で強制される、かつてたどった道をまたしてもたどりかねない、自己反省することのない危うい言論空間、それがネットでありブログなのである

このようなネットテレビ局新聞社が舐めてかかるのはまったくもって当然のことだ。そしてその見解は正しい、とブロガーである私は苦々しく思う。その苦さはつまり私たちは負け戦に参加しているのにもかかわらず、自分たちがあたか官軍でありいくさに勝っていると、ほとんどの人間がノンキに考えているということである必要なのは負けを認めることであり、戦いののちに笑って倒れることではないのか。

しかしまだやるべき事もある。私の役目はブロゴスフィアにとどまり一枚の地図を描くことであり、一個の眼球となることであるネットしか場所のないあなたたちは、これからどこに行くのだろうか? そしてあなたは、どこに行くのだろうか?

今となっては叫び尽くされた感のある記事だけど、当時は2ch文化全盛で、ネット中が2ch空気一色だった頃の警鐘

そういう意味同意してスクラップしたんだと思うけど、多分上記の意図で保存してたんだろうという記憶しかない。

サイトは消えてるので転載していいかどうかもわからない。言ってることは古いけどまっとうなので個人的はいいかな。

作者的にどう思うかはわからんけど、実害はないとおもう。

2016-11-06

アニヲタ趣味は隠すべきか

隠すべきではない。

ただ俺が言いたいのは、本当に好きなら人の目なんて気にならないはずだとか、人の目を気にするなんて趣味に失礼だとか、そんな高貴な話ではない。

俺は今20歳である

自分萌え絵が好きな事が恥ずかしいし、まして他人にそのことを知られるなんてもってのほかである

しかし周りはどうだ

やたらでかいストラップをバッグつけた、所謂ライバーは休みの予定を仲間と楽しく立てているし

うたプリ?か何かのソシャゲをやってる、所謂腐女子は輪の中でガールズトークを弾ませている。

勿論圧倒的多数派というわけではない。しかしそれに眉をひそめる人は居ないように感じる。

アニメは他の趣味と何ら変わりない、一般的な、明るく楽しい趣味の一つとして扱われている。

まぁ所詮自分の視界内の話でしか無いが、そんなに特殊な話ではないと思う。

考えてみれば当たり前の話に思える。

しろスマホSNS世代で、わざわざ意識して見に行かずともネット萌え絵は溢れているし、TVCMでさえよく見る。

そんなありふれたもの嫌悪感を抱けという方が無理があるのではないか

新垣結衣ファンだと公言しても、上原亜衣のAVで抜いているとアピールしている事にはならないように

君の名は話題に出している大量の彼らを快楽天と結び付けるのは無理があるように思う。(例え話は下手なんだ許してくれ)

では何故俺は隠すのか。

俺にとってそこには何故か、とても、ものすごく、おおきな壁がある。

恐らくネット遍歴のせいだろう。俺の見ていた場所ではアニメ話題隔離されていて、隔離されている側からしてもそれが当たり前だったし、それが一番平和だった。

この点に関してはなんだかんだでそう世間と大差ないだろうと感じていた。

俺の判断はほぼ間違っていなかったと思う。

ただ一つの勘違いは、俺が考えるべきは世間でなく、同じ年代人間であったということだ。

多分明日俺が、

「実は俺もアニメよく見るんだ。いままで隠してたけどさ、ホーム画面もダブルタップでほら、古谷向日葵ちゃん。可愛いよなぁ。ゆるゆりよいよね。おっぱいもいい 心が洗われる」

なんて言い出したとしても、彼らは暖かく俺を受け入れてくれるだろう。

でも俺はそうしない。

こんな哀しい奴にならない為に、今迷ってる若い人は、隠すべきでない。

2016-10-16

世の中は、少ししかいない上位層が圧倒的多数無能を支えている歪んだ社会なんだよ。

2016-10-10

国民が平均点2点も取れないような100点満点のテストで40点や60点

をたたき出すごく一部のエリートによって支配されているめちゃくちゃ歪んだ

社会から面白いんだよ。標準的社会など今となっては無理だし、やった

ところで何も面白くない。一部のエリート圧倒的多数ゴミを黙らせてるから

楽しい

2016-10-09

日本一億人が1点すらとるのが難しい試験序列がついていて

得点圧倒的多数高得点者はごく少数の歪んだ社会なんだよ。

標準的理想的な形をしていると思い込んでるバカ死ね

2016-10-07

お前ら何勘違いしてんの?

世の中は東大卒などの一部のエリート圧倒的多数ゴミを従えて成立している。

そういうジェットコースター社会なんだよ。どこの街に行ったって偏差値の高い

一部の組織圧倒的多数愚民を黙らせて成り立ってるだろ。

皆で支えている社会なんて幻想だ。

「みんなそれで面白いと思っているし」それでいいんだよ。

はてなにいる一部のバカ社会を平らにしようとしてるから

社会がつまらなくなるんだ。

2016-10-01

努力たから強くなったなんて誤った理解をしてるから

とりあえず自分を苦しめとけば強くなるというゆがんだ行動に走り出す。

物語提示しているのは努力でも精神論でもない。

しかしそのような理解に走ってしまうのは仕方ない。

なぜなら日本人無神論者圧倒的多数を占めているからだ。

神を否定し、全てを自己努力によって解決しようという傲慢姿勢こそが問題なのだ

我々は今一度歩みを止めて、謙虚気持ち物事に向き合うべきである

努力精神論で何でも思い通りにしてはならない。

孫悟空が強いのは彼が努力たからではなく主人公補正だ!

2016-09-18

犯罪者になりやすい人の性格

 

経験則だけどね

犯罪係数高い人って、まだ捕まってない人の中にも結構居るので自覚ができたほうがハッピーだと思う

 

 

1.ある特定犯罪について、納得がいっていない

「これは犯罪になってるけど、理屈では納得できない。別にやってもいいんじゃないか?」

とか考えてる人

 

昔、おれおれ詐欺中の人と話してて面白かったんだが

彼らは殺人事件などについては俺よりも嫌悪していた

あいつら最悪だよ。俺らなんて、ちょっと金をいただいてるだけだからね」とか

裁判では反省してる風を装うらしいが、実際には全く反省せず、次の手を考えている

その人にとっての価値観というのは驚くほど揺らがないのだ

 

これの反対は「犯罪なんだからやっちゃいけないと頑なに信じている人」

要はよく教育されたお利口ちゃんか、いろいろ考えた結果、現状の犯罪のすべてを「やるべきではない」と考えている人

今の日本では、こちらの方が生きやすいと思う

 

とは言っても、完璧なお利口ちゃんは圧倒的多数派ではない

例えば、ほとんどの人がやっててほとんどの人が捕まらない犯罪などは、揺らぐ人が多いし

数年前まで合法だったものや、会社法みたいに難しくなってくると、信念が持てなかったりする

 

 

2.抜け穴を探すのが得意な人、好きな人

 

勝負事において、搦め手を使って勝つのが好きだったり

ネットを見てて、相手論理の穴に気づきやすい人は要注意

他の人より「こうやったら上手くいく」「こうやっても捕まらない」ということに気づきやす

 

ちなみに実際は、単なる罠であることも多い

 

1と組み合わせると

この犯罪はそこまで悪く無いと思う → 抜け道に気づく → 抜け道を探すのが楽しくなる

てな感じ

 

 

3.迷ったら実行に移し、達成してしまう人

 

ぶっちゃけ1と2だけならネットユーザーの2、3割が当てはまってしまうのではないかと思う

遵法精神なんてその程度のものだし、法律完璧じゃない

 

ただ、普通はそこで思いとどまる

考えただけでやらない

でも、そこで「試しにやってみようかな」と行動に起こす輩がいる

 

想像してみてほしいが、多くの犯罪は、実行までに色々と準備が必要

普通は準備する前に面倒くさくなったりするのだが、一部の人はやり遂げてしま

(もちろん衝動的な犯罪もあるし、組織化マニュアル化されると状況は変わってくる)

 

この性格は、社会人としては長所かもしれない

難しい問題チャレンジしたり、積極的発言したり、起業したり

リスク理解した上で行動できる人は強い

でも、犯罪ではそれが裏目に出る

 

個人的にこれをチェックできる一つの例として「ネットコメントを書き込むかどうか」があると思う

特に日本人ROMが多く、コメントを書き込む人はせいぜい1割とかそこらだ

その1割そこらは、積極的なのではないかな?

さらに言えば、HPを作ったりブログを書いたり、何か作ったりしてる人もそこそこ犯罪係数は高いと思う

そこらの悪人は「犯罪すら面倒くさい」のだ

 

 

 4.割りに合ってしまう人

 

これだけ、内的要因と外的要因の中間にある原因で、性格とは言えないかもしれない

現状、日本の多くの犯罪は割にあわない

まじめに働いたほうがずっと儲かるし、自由に色んな事ができる(一部の規制を除く)

しかし中には得をしてしまう人もいる

 

たとえば、ある店に窃盗に入ったら100万円得られるとする

その懲役が大体2年で、捕まる確率が25%とする(適当

すると額/リスクは、100万/0.5年=200万/年となる

ついでに逮捕されると社会的に色々不利益があるので

(200万/年-社会的不利益

そうすると、普通会社員だと割に合わないとなるが、ニートなんかだと割りに合ってしま

そんなわけで社会的弱者底辺、守るべき家族がない者などは犯罪に走りやすくなる(いわゆる無敵の人

 

※ちなみに、「割に合うか」まで計算し始める人はかなり犯罪係数高いので注意

 大抵の場合、割に合うと感じるのは勘違い

 アメリカなんかではまた別だが、日本においては社会的制裁ほとんどの益なんて吹っ飛ぶし

 犯罪者の間でも過当競争が起こっていて、勝ち抜くのがきついという状態になっている

 

  

 外的要因.実行可能環境理由

 

内的要因は以上の4つでいいと思うが、もう一つ重要なのが環境理由

 

1.この犯罪別にやってもいいだろ

2.こんな風にやったらくっそ儲かる

3.よし、いっちょやってみっか

4.「そんなに儲かっちゃうの?」

 

ここまできても

「でも警備が厳しくてムリだぁ」とか

今別に金に困ってないしなぁ」とかがあると、行動に至らない

 

 

 犯罪をどうやって防ぐか

 

これらの逆をやればいい

 

1.洗脳レベル教育をする

2.抜け道を潰す

3.とにかく犯行を面倒くさくする。組織化マニュアル化を防ぐ

4.犯罪が割に合わない社会を作る

5.警備強化

5.景気回復や、規制の捌け口を設ける

 

日本においてこれらは大分うまく回っていると思う

俺も時代時代なら警察の厄介になっていた自信があるが

何度考えてもまじめに働くのが一番なのだ

 

 

 犯罪係数が高い人は、どうすればいいか

 

実はこの性格は新しいことをやる人(イノベーター)にすごく向いていると思う

 

1.現状のルールに縛られず、柔軟な発想ができる

2.新しい儲け方や、新しい価値発見できる

3.実行に移し、完成させることができる

4.損得勘定が得意

 

なので実業家でも目指せばいいんじゃないかな

 

最近ITでは、実際そういう力が必要だったりする

しろ法整備が追いついていないので、グレーゾーンの中をギリギリまで攻めなきゃいけない

お利口ちゃんではマジで勝てないんだ

でもその時、やり過ぎると炎上して、株価ウォール街したりする

から、何が皆にとって良くて、何が悪いのか、どこまでやったらリスクになるのか

きちんと考えられる人は貴重なんだ

 

 

 

※ ちなみに私は単に人間観察が好きなだけで、法学部卒とかじゃないです

 

___

ちょっと書き忘れ

 

もう一つ条件に「心が弱い人」がある

これはほとんど1なんだけど

「これは犯罪でよくないことだ」「でもやりたい」と、認知的不協和に陥った人が「これはそんなに悪いことじゃない」という結論差し替える人

この差し替えが起こるほど1が成立してしま

 

ちなみにちょっと別枠で、「悪いとは分かってるがやる」というタイプも居る

1を保留状態にして、損得勘定だけで考えるタイプ

屁理屈が好きなタイプで、2chかいくとたまに見かける。俺もこのタイプ

例えば殺人も、「自分死ぬ覚悟で、家族死ぬほど迷惑かけても良いと思えるくらい殺したい相手なら殺して良いんだろ?」とか、損得で考えてしまうので

行動には気をつけている

 

こういうのは漫画とか見てると自分思考がわかると思う

「こいつはここで殺してよかったのか?」みたいなね

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