はてなキーワード: パーソナリティとは
今日のテレビのはしゃぎ具合がすごかったので記録に残しておこう。
福井県民放2局しかないんだけど、どっちも昼と夕方に生放送特番してた。Youは何しに日本へを返せ。いや番組の要旨としては似たようなもんだから別にいいか?
・そもそも1ヶ月以上前からニュースで新幹線開業のカウントダウンしてた
この機に福井駅前にマクドナルドとスタバができたらしくテンションの上がった女性たちがインタビューに応じていたのが印象に残っている。
開業した県内の駅に行ったリポーターが「渋谷駅前の交差点を超えるほどの人出です」みたいなこと言ってた。さすがにそれはないんじゃないかなあ。
さらに勢い余って渋谷駅前で福井県の知名度調査のアンケートとかやってるコーナーがあった。特に印象にないですって言われてたね。切ない……
多分バイアスのかかってない知名度を確認するには、特番やってる時間帯の関東圏の番組とかを一瞬映せばよかったのかも。多分福井のこと特に取り扱ってないと思う。
他にも特番内のコーナーとして、地元のラジオのパーソナリティの人が東京に宣材写真を撮りに行くロケとかもあった。これも切ない。
なんで?
たまに挟まれる地元のCMも新幹線関連のやつばっかりで「お慶び申し上げます」とか言ってた。正月か。
・その後の全国版のNHKニュースでも金沢敦賀間の新幹線開業について触れられてたけど
主に北陸応援割について話しており石川の様子しか放送されておらず見事な冷や水ぶりであった。
という具合で面白かったです。なんかこう、都会をそこまでありがたがらんでもと思ったり、でも金を持ってくるのは都会もんなんだろうなあとも思ったりしました。もう今なら新幹線の靴も舐めそう。
あるコミュニティで冗談めかして何かをdisりあう状態が発生する
私もそれに参加する
私にストーキングする男は何かをdisる私に自己投影し、私が心の底から他人を卑下してるのだと勘違いする
無論それはただのノリに過ぎないのだが、その男はアスペルガーも併発しているので、それが冗談であることが理解できないでいる。
意味のない無駄なコミュニケーションを行ってることはそこにいる全員が理解しているのに、その男だけはそれが冗談を含んだ時間潰しであることを理解できないらしい
私を自己愛性パーソナリティだと印象付けるためにありとあらゆる嫌がらせもする
私は美大出身で厳しい講評会も経験してきたし批判も重要なものだとして受け入れてきた。
先日、
オッペンハイマーという話題の映画が日本に帰る機内の新作映画にラインナップされていたので早速みてみた。
日本で賛否両論が起こりうるということで、昨年、日本での公開が見送られていた映画だ。
もっとも来週あたりようやく公開されるようだけど。
当初、配給会社が忖度して日本人向けには見せてくれなかった、となると、一体どんだけ鬼畜な内容なのか?などと、
妄想が先行していた分だけ、みた印象としては、拍子抜けとなった。
オッペンハイマー個人のパーソナリティを軸に、冷戦など彼をとりまく社会が興味深く描かれていた。
政府や社会が科学者一個人を利用し、偶像化してゆく構造的な背景をのぞかせるような映画だった。
ネタばれになるので、詳しくは書かないけど、水爆開発の反対と公職追放、このあたりの描写が映画としてはクライマックスだ。
ステレオタイプにオッペンハイマーをみれば、彼の道義心と公職追放がセットになって語られがちであるが、実際にはいろいろな経緯が絡まり合っていた。
原爆投下という途方もない人道的な問題に対して、誰かに代表させてそれらしい答えを出させようとする世間(みている観客も含めて)の空気が鏡のように反射してみえる映画だった。
この映画では終始、オッペンハイマーのパーソナリティを軸に展開していたので、その摩擦が却って浮彫にされた形だ。
そもそも歴史上の人物は、未来のことなどわかるはずないのだから、後世の人権感覚など何も知らないで生きている。
しかし、後世の進歩的な歴史観は、歴史上の人物の善意悪意をそれぞれ振り分けてして断罪・総括してしまう。ヒットラーを絶対悪にするみたいにね。
しかし、特定の個人の悪人面しかみたがらないような歴史観では、非人道的な行為の実像はみえるはずもない。
その点、本映画では、本人をよそに、後世の歴史観にとって都合の良いレッテルやらロールモデルが押し付けられてゆく、
という構造が見え隠れするという意味ではよい出来映えだったと思う。
しかし、結局のところ、一体何が日本で賛否両論を巻き起こしそうな映画なのか、分からなかった。
プロットが複雑なこともあって、一度見て全部を理解できるような映画でもない。
ただ、映画を見終わったあと、そういえばトルーマンがそれほど登場しなかったな、と自分の不満ともいえる感情がくすぶり、ふと、
でもそれって、ヒール役の邪悪なトルーマンをみてカタルシスを得たいだけだよな、と我にかえって気が付いた。
日本で賛否両論を巻き起こしそうだという忖度って、まさにこういうことだろうと思った。
忖度そのものが、原爆投下が非人道的でありその野蛮さが強調されるべきだとする歴史観に知らず知らずのうちに飲み込まれていることが想像できた。
原爆の父と呼ばれるオッペンハイマーが主人公の映画なら、ぜひ彼に原爆開発を後悔させたい、苦悩させたい、とする心情、そういう懺悔がなければカタルシスが得られないとする心情ー
そういう道徳的な片鱗を少しでも見出したいとするのは、結局のところ未来がどこに向かっているか知る由もない歴史上の人物の顔を無理やり後世の人が考える正しい方向へ振り向かせようとする努力のようなものだ。映画のなかで彼に反省させてステレオタイプなオッペンハイマー像に満足したい、というのが日本で起こりうる「賛否両論」の実像だとすれば、それこそ、オッペンハイマーに何かの役割を担わせようとする自分を反省する意味でもこの映画をみるべきだ。
映画に描かれなかった広島や長崎を強調させたいとする空気があるとすれば、皮肉にも、それこそが本映画で見てとれる構図、
歴史上の人物を自分の持っている史観に都合のいいようにヒール役にしてみたり、ヒーローにしてみたりする空気の元凶だということを再認識した。
ちなみに何だけど、キミのミサンドリーとエイジズムってどっから湧き出てるの?
これも書いたのワイやね
男は危険な性であるというイメージは正しいしこれからもそう教育すべきってことですよね
ヘイターじゃなきゃね
個人的には、『おじさんはおじさん(事実)』だし、『おばさんはおばさん(事実)』だしって思うので
クソどうでもいいよって思うが、それって私的なものに限るですよね?
仕事をしている時に、坊や(ぼくちゃん)/お嬢ちゃん/おじさん/おばさん とか論外でしょうよ
あと、私的な交流がない人物に対して 坊や(ぼくちゃん)/お嬢ちゃん/おじさん/おばさん を使うのも論外ですね
交流も無いのにいつ身内みたいな親近感を抱くに至ったのです?
他者への敬意がない異常に軽薄なエイジズム患者です、あるいはいつでもどこでも萌え絵と同じくTPOが理解できない発達がアレしてる人
参考にしてね:
ここのところSNSを騒がせているランドセルおじ、発端の投稿から経緯を追いかける中で、私も嫌悪感を抱いた1人だった。
今も嫌悪感はあるし、もし過去ツイにある娘さんへの身体接触が本当なら、一刻も早く娘さんたちへのケアを行い、父親から離すべきだと思う。明らかな性的グルーミングだからだ。
今回のランドセルおじ...いや、可愛く言うような対象でもないので、見た目は中肉中背おじさん、頭脳はおむつにウンコがついた小学生、略してランドセル変態ジジイと呼ぶことにする。
改めて今回のランドセル案件は、過去ツイのキモさがガソリンになって余計に炎上しているが、対人援助を職業にしている経験上、子どもが嫌う父親の特性の1つは、自分と子どものパーソナリティの境界線が曖昧であることが多いように感じる。
人格のある個人として子どもに敬意を払っているなら、たぶん本人に無許可で彼女の所有物に触れたりしない。あなたは、あなたが尊敬する人物の胸元を急に触るのか?あっ、触る?そうか...。ならランドセルも背負うわな。邪悪な人間というのは存在するのだ。でもやめたほうがいいよ。
ジジイの「好きな子にいたずらするのと同じ」という発信が表しているのは、
・そのために相手が嫌がることをしよう
という強烈で治らない認知の歪みが、あのくらいの年齢になっても矯正されず残っているおぞましさだ。
一昔前に言われていた「娘に嫌われる父親」のなかには、きっと、娘を自分の所有物かのように見下したり、コントロールしたり、ちょっかいを出したりして、嫌われるべくして嫌われた人もいたんだろう。えっ、違う?加齢臭くさいって言われた?それ、私が父親に言ったことですね...はい...すいません。
相手が嫌がることはしないというサルでも分かる道徳心が、親子関係になると途端に剥がれて無くなるのはなぜだろう(ブーメラン)。
母親が、息子が一生懸命集めたミニ四駆とガンプラをゴミとして捨てることも、父親が、おしゃれに気を遣う娘にケバいだ似合わないだと一蹴することも、子を尊重していたら起こらないはずの悲劇だ。
きっと昭和や平成という時代では、父親が娘のランドセルを背負っても「変な父親だな...」だけで終わって、こんな大火事にはならなかったに違いない。
令和という時代に変わり、グルーミングだとか、ジェンダーだとか、親と子は他人だとか、そういう解像度が上がったことで、ランドセル変態ジジイの不気味さや気持ち悪さ、どれほど時代遅れなのかが可視化されたように思う。
きっとこれからも、ちょっとしたことをきっかけに様々な「過去の遺物」が掘り出され、あぶり出され、文化的価値観は流動していくのだろうな。
自分は専門学校で教員をしている身分なのだが、自分がいることを知らずに19歳の女子たちがセックスの話に華を咲かせていた。
友人のAちゃんは、最近Bくんと最近よく遊んでいる。なんとBくんは、セックスができるかどうかあらかじめラインか何かで確認してからAちゃんと遊びに出かけるらしい。
うわー気持ち悪い!とか散々に言われていたが、自分はこのB君のコミュ力にむしろ関心してしまった。
押せば行けそうな相手を着実に見抜き、失礼なくらい露骨にセックスに持っていく。それをやっても離れないようなパーソナリティの人を確実に選ぶ。
そうしてBくんは着実にセックスにありつけている。
なんか、増田で性交前同意を女がひっくり返したらとか言ってるのをすごく遠く感じた。そんな女を選んでいる時点で見抜き方が「浅い」んだよ我々は。コミュ力がないんだ……
ハートオブスウォードのころのTMさんはオールナイトニッポンのパーソナリティをしていて、エヴァについて熱く語る面白いお兄さんだった
女性が描くエロ漫画は途中に妙なギャグ描写が挟まって萎える、という話はよく聞く
「いわゆる"実用性"を求めていない」からではという考察もセットで言われがちだが、私は「ちんちんが画面に映るだけでもう面白い」説を提唱したい
男女エロが好きだ
男がほぼ映らなかったりモブ同然のものも全然見るができればオス堕ちしてる男の顔も見たい
男性向けエロ漫画でも男側のパーソナリティ描写は増えているとは感じるが総数はやはり女性向けの方が多くなるのは当然だろう
私個人の観測範囲では女性向け男女エロ、TL(ティーンズラブ)ジャンルの男性キャラは綺麗めのイケメン〜がっしり体格の男性(顔面は耽美な美形が多め)な印象だ
それ自体は好みなのでいいとして女の子側にはもっと本気で嫌がってほしいし最後まで堕ちないでろしい エロい女体が見たいんだこっちは
本題に戻るがとにかく男の顔が基本綺麗だ
そして女の子を理不尽に責め立てる台詞を囁きながらちんちんを出す 面白すぎる
感性がコロコロコミックを読んでいた頃から何一つ変わっていない私が確実に悪いのだが面白いものはしょうがないのだ
本気で申し訳ないと思っているんですよ セックスという本来の役割に徹しているはずの男性器を笑いたくないよ ちんちんと真面目に向き合えない己が恥ずかしい
男性向けの竿役にコミカルチックな存在(罪袋とか)が採用されてる理由って下半身のエンターテイメント力と顔面のバランスを取るためなのか?
竿が女性向けイケメンだとちんちんとのギャップでウケてしまうのでもうAVか3Dカスタム系エロゲで己の好みを追求するしかないのだ(直近でティータイム解散ニュースを受けて絶望した)
男モデルの不透明度を下げ、空中浮遊するちんちんが女の子を犯す様を眺めながら
ジンコウガクエン2は男のキャラメイクがそこそこできる上射精時に性欲に抗えない情けねえ顔が見れるので好きだ
【手持ちエロゲ】
小さい頃に観たディズニーを大人になってもう一度ひとつずつ観ている。改めて見るといろんな発見があって面白い。感想を残しておく。
・「動きの研究のためにスタジオで子鹿を飼ってた」という話を聞いたことがあるが納得。動きの正確さ以上に「見て!うちの子鹿!かわいい!」という作画の圧がすごい。壮大な鹿ノロケ映画を見せられている
・神作画なのでただ鹿の親子が歩いているだけで春も夏も秋も絵になる。そして冬の終わりに人類へのフレッシュな怒りが湧く
・二度目の春、鹿とうさぎとスカンクの三匹が「ショートコント・急に共学になった男子校」をやりだして面白かった
・というかメス鹿もメスうさぎもメススカンクも出てくるなり色気がすごすぎて美人局だったらどうしようと思った
・バンビがメス鹿について行ったらヤカラの鹿が出てきたので「やっぱり美人局じゃないか!」って言いそうになったけど違った
・自然は美しく動物はけなげで人類は最悪、地球の文明はもう鹿に譲ったほうがいい
・犬が犬に似た人間さんぽさせてるとこ好き
・クルエラのキャラが立ちすぎている。主人公(人間のほう)の家に来た数分の間に悪役がやりそうなこと全部やって出て行った
・けど主人公サイドも完全に善良なわけではなく、別室からクルエラdisソングを演奏して煽り散らかしたりする
・子犬が15匹産まれるシーンでこのまま101匹まで増えるのかと思ってはらはらしてしまった。残り84匹は別途で追加があるらしい
・泥棒たちの観ているテレビで「懲役囚をスタジオに呼んで何の犯罪で収監されたかをクイズにする」というコンプラの墓場みたいな番組をやっていた
・101匹のダルメシアン、圧巻すぎる。犬を無地にするだけで作画コストが半減するのにあえて犬種をダルメシアンにした漢気がすごい
・脱走の道中、「ありがてえ牛」としか言いようのない存在に救われる
・クルエラは本当にどうしようもない最悪の女だけど、それはそれとして売れた曲の印税の1%ぐらいは分けてあげてほしい
・冒頭のラクダに乗ってるシルエットを見てアラジンえらい頭身低いなと思ったらぜんぜん違うおっさんだった
・小さい頃観た時、アラビアンナイトの歌詞の「魂も溶けそうな物語」をなぜか「ふかし芋とけそうな物語」だと勘違いしていてずっと美味しそうだなと思いつつ謎だった。大人になってやっと疑問が解けた
・ジャファーの化けたジジイ、名演すぎる。普段のおすましぶりを考えるとここまでキャラを崩したという事実だけで笑えてしまう
・ジーニー、世界中のお祭りを一人に凝縮したようなパーソナリティなので画面にいるだけでずっと楽しい
・ジーニーが片手間に化けた踊り子の女の子がかわいすぎて行くあてのない恋心を持て余してしまった
・ホールニューワールドのあとに完全にメロメロになるんじゃなくてハッキリさせるべきとこハッキリさせるジャスミン、本当にしっかりしてる
・海に沈んだアラジンを助けるジーニー、この時点で契約関係を超えた友情を築けてるんだよなと思うと感慨深い
・アラジンからジャファーの目をそらすためにキスまでするジャスミン、ディズニープリンセスの中でもかなり体張っててかっこよかった
・ジーニーの渾身の「やなこった!」が気持ちよかった。自由になれて本当によかった
・実はこれだけディズニー+に登録して最初に見たから当時の記憶を頼りに感想を書く
・推しの等身大フィギュアとイチャついてたらブチギレ親父が入ってきてオタク部屋破壊されるアリエルかわいそう
・アリエルの歌ってたメロディをたて笛で完全再現できる王子、絶対音感がすごい
・お城のシェフのくだり、「人間のシェフが普通に魚を料理してるだけで魚にとっては恐怖」ってネタだと思ってたらシェフの言ってることもまぁまぁヤバかった。料理人になっていなければシリアルキラーになっていた人材
・巨大化した完全体アースラをドライビングテクひとつで串刺しにする王子、人間界最強の男
・アリエルがアースラの力で人間になったときは服着てなかったのに、親父の魔法で人間になったときは綺麗な青いドレスを着てるのに気づいてぼろぼろ泣いてしまった。世の中、むしろアースラとの契約みたいに有償で成り立っているものの方が多数で、だけど親父がアリエルに贈った魔法と花嫁衣装だけは泣きたくなるぐらい無償なんだよな
----------
前回はこれ
https://anond.hatelabo.jp/20240128001150
そのさらに前はこれ
https://anond.hatelabo.jp/20240126051251
ピノキオとアリスとピーターパンとターザンについて書いた記事もあったんだけど誤操作で消してしまってかなりショックだ……。どこかに下書きが残ってたら再掲するかもしれない。
また溜まったら書きにくる。
『俺・私はよりも大変ってマジで?俺・私は支援の対象じゃない(手帳出ない)んだけど?』って言われたら、
『た、確かにそうかも・・・😥』って割と思わないでもないが(でも貰えるものは有り難く貰う)、
自称お仕事できない・自称お約束守れない・お友達いない・恋人いない人が、『発達障害だと認定してもらえない!発達障害の検査に不備がある!』って言ってるの見ると、
<それ本当に障がいが起因か?起因なら相当重たいやつだが、それでなんらかの病名や障がい名がつかないって、本当に起こり得る?>って思う
IQテストは学習や訓練でなんとかなっちゃう側面もあるから(全IQテストとか言語テストとかただの常識テストだし、各種適性検査で似たようなパズル問題出るし)
IQテストで何も引っかからないはフツーに起き得ると思うけど、診断時に必ずセットでやるコミュニケーションの確認で引っかからないって絶対にないと思うのよね
少なくとも、発達障害が原因で、お仕事できない・お約束守れない・人と破滅的にうまくやれないのであれば、絶対引っかかる
つか、このレベルは医師ではなくとも、誰でも違和感を覚える (支援が必要な児童、非行なんたらについては。書いても理解しないだろうから略)
助けが必要なら、障がい者認定されない世界線、知的障害もしくはボーダー認定されない世界線を残しておきたいとか言わんで、素直にちゃんと検査受けた方がいい
以下、再放送
脳がどうたら→ https://anond.hatelabo.jp/20230916123726#
欲しい病名をもらうまでガチャ回すんだよ プロ弱者やってる人達はどんなに(底辺の)健常と診断されても 自分は障害者だという信念がブレない お前も諦めるな
『反社』や『特殊なバックグラウンドがある人』以外で、これ↑やろうとする人は、フツーになんらかの障害・疾患あって、それ拾えない医者がヤブなだけだと思うが、
自分が健常で、パーソナリティ・コミュニケーションに特に問題がないと知ることには意味はあると思うので、やっぱ受けた方がいいと思う
本当にちゃんとWAIS-IV・WISC‐Ⅳ受けたかい?そのレベルでなにも検出されない、なにも精神病名が付かないってあり得る?って人の方が遥かに多い
はてなでもよく取り沙汰されてるのはオードリーだろうけど、自分は多分昔からのファンが「変わった」って言ってる分岐(あるとして)のそのあとからしか聞いたことないからな…
単発のヤーレンズのオールナイトニッポン0くだらなくて最高だったな
(今週の#むかいの喋り方は、向井渡米のためヤーレンズがパーソナリティなので楽しみ)
ウエストランドのぶちラジは厳しいけど、あそこまでハッキリ言ってもらえるとむしろ傷つかずに自分のことを笑える
個人的にはだけどね
まさに自分が思っていることがドンピシャで書かれててびっくりした。
もともとジェーンスーが好きで、聴き始めた頃は、単に女性がパーソナリティということではなく(そういう番組は多いが、ほとんどは明らかに男性に媚びたつくり)、完全に女性目線のラジオ番組というのが新鮮だったし、扱っている相談の内容も恋愛やダイエットを中心に、彼女自身の自虐を交えた軽い相談が多かった。
しかし、最近扱っている相談内容は、割と重めのものが多く、とくにキャリア女性の転職の悩みとかがやたらに多い。他にも老親との関係とか、夫との家事育児の分担とか。他方で、そもそも異性経験が持てないとか、会話の空気が読めなくて友達もできないとか、どの職場でもパワハラやいじめに遭うとか、そういうレベルの悩みは全く扱われない。文字通り、優秀かつ「頑張っている人」で、その上での悩みしか出てこない。だから重めの悩みとは言っても、自分の目から見ると実際は大して重くはなく、軽いものとして扱うこともできるはずだが、最近のジェーンスーはとにかく重く扱う傾向がある。
「与えられる仕事が重くてプレッシャーで・・・」という、少し消極的な姿勢の悩みが扱われることもあるが、そういうときは結構冷たくつき放つことが多い。「断ればいい」「はっきり言えばいい」とか、性格的にそれができないから悩んでいるのに、という回答も目立つ。
「自殺は〇〇が原因」「誰それが有名人を殺した」みたいな言説がチラホラ出てくることについて考えてみたんだけど
結局のところ殺したのは自殺した本人その人なんだよな
本人が自分自身のことを殺したいと思っていたからその結果が到来した
有名人のことを思っていろいろ原因を探る人もいるけど
究極のところはその有名人本人が自分に殺意を向けたことがその原因だよな
と、思うんだけどやっぱ有名人に寄り添いたい人達(もう死んでるけど)は
本人の殺意以外の別の要因の方が大きな原因だってことにどこまでもしたいものだと思う
「自分で自分を殺すという選択の自主性」みたいなものはその有名人の尊重すべきパーソナリティには入らないの?という
悪く言えば有名人の人間性をファンである自分にとって都合のいいものとしてとらえる改ざんがあるような気がするんだよな
尊厳死・安楽死なんかの場合になると、殺意は死ぬ人が自分自身に向けているけれどその決断は尊重されるべきだという建前があったりするけど
でも、やはり有名人の自殺みたいに寄り添う他者みたいなものがいればどこかには〇〇が原因!誰々が殺した!とできる余地があると思う
●YouTubeの個人ラジオを聴いていたらメインパーソナリティが体験した事を話していた
内容はこんな感じだった、これのエピーソードについて貴方がどう思ったかを知りたい
とあるラーメン屋で二郎系の特盛を頼んだ、以前にも頼んだ事があったから特盛は全然食える
↓
チケットを渡したら店員から麺の量を900gまで増やせる事を説明される
↓
「じゃ〜900gで」と答える
↓
↓
トッピングのもやしは減らしたほうがいいと思ったから少なくした
↓
↓
半分くらいでお腹が一杯になってきた
↓
全部食べきれないなら今すぐ残したほうが自分にとってマシだと考えたパーソナリティは店員を呼んだ
↓
店員は「300円です」という
↓
払うとは言ったけど、無料で頼めるのに追加料金請求するんだ・・・
訪問販売のような気分になった、罰金を払わされた気分だと内心思った
しかも「もう900gは頼まないでください」と怒られた
と、ここまでが件の説明
ゲスト「300円受け取るなら黙って有難うございましただろ、許せない」
パーソナリティ「俺も思ったけど笑」
↓
ゲスト「残すのはよくないけど」
パーソナリティ「いきなりステーキで1kg食べたことがあるからいけると思ったんですよね」
↓
パーソナリティ「麺は膨らんだ後じゃないの?」
↓
パーソナリティ「あ〜・・・美味しくなくて飽きてるのもあるんですよ」
↓
パーソナリティ「書いてないと思うけどね」
↓
パーソナリティ「パスタで考えたら900gなんて食えた量じゃないんだよな〜ケチケチ精神が働いてしまった」
↓
ゲスト「お店側が900g頼まないでくださいね、っていうのはわかります、ただ300円はちょっとおかしな話ですよね」
↓
パーソナリティ「めちゃめちゃ凹みましたよ、残しちゃったし怒られたし行かなきゃよかった」
パーソナリティ「二郎系に対してまた一つ苦い思い出ができたし、足が遠のいてしまいました、二郎系とは相性が悪い・・・」
パーソナリティ「900g頼んだ後にお客さんなら行けるんじゃないですか?って言ってきたし」
↓
ゲスト「でも、300円を払ったし、まぁまぁまぁまぁ、あなたも凹んだということで」
↓
●思ったこと
挙げ句、1度行ったことのある店に対して「美味しくない」とわかっていて食べられなかったと言い訳するのは意味不明だし
ゲストが擁護側だとこれが正しいと思える世界になってしまう異常さを感じた
読んだ人はこれどう思いましたか?
マジでうちの会社のおっさんが書いてるみたいでイライラしながら読んだわ。お前が半人前の仕事しか出来ないせいで周囲の負荷が増えてる自覚ある?お前がコミュニケーションサボったせいで俺は家族とコミュニケーション取る時間が減ってるんだわ。実務で役に立たない分ムードメーカーですってんならわかるけど、突然完成品持ってきて年下にダメ出しされて不機嫌になって雰囲気悪くするのも害でしかない。
顧客にも具体的な完成像がないからこまめにコミュニケーション取ってお互いに着地点を探っていくのが仕事なんだわ。ついでに言えば雑談しながら顧客や同僚のパーソナリティ探って仕事を進めやすくするのも仕事。それを嫌いだからとか言って怠けてるお前が仕事を仕事として割り切れてないんだろ。正直新卒に教えるようなレベルの話だし、成長する分新卒の方がマシ。
いつまでも会社に甘えてないで自分に向いた仕事に転職してくれ。今やってる仕事よりコミュニケーション取らなくてもいい仕事、世の中にはたくさんあるよ。