はてなキーワード: 猥褻物とは
AVとの違いでいえば、AVは実際に挿入する(実は日本の法律では挿入行為を記録した映像を公開すると猥褻物頒布になってしまうので、挿入してないという「建前」になっているが)のに比べ、ピンク映画の濡れ場は擬似本番で挿入行為をしないことがほとんど。
挿入行為を行うものは「ハードコア」(欧米発祥の呼び方)と呼ばれて区別される。
またピンク映画の「18禁」はあくまで自主規制のレーティングであり、AVのように条例でも指定されるものとは種類が違う。
普通のR-15映画やゲームのレーティング等と同様に考えてもらえればわかりやすい。
だからレンタル店などでもAVは条例に基づき暖簾奥などに隔離されるが、ピンク映画は「18禁」の表示がありながらも一般の棚に並べられる。
ピンク映画出身で他に有名な映画監督だと、近年クリーピーでも存在感を見せたJホラーの黒沢清、平成ガメラや実写版デスノートでおなじみの金子修介か。
男オタクが公共の場のエロ表現を咎められた際に、こんなに露出してる男の宣伝ポスター貼ってるけどそれはいいんですか?みたいな感じで男の水泳アニメ宣伝ポスターを使ってるのをたまに見る。
男の上半身ヌードが猥褻物だと言うなら、男はもっと自分の乳首に恥じらいを持ってほしい。
プールに行ったら揃いも揃って乳首露出させて、世界的な水泳大会でもボクシングでも乳首だらけだ。
昔の日本では女の胸って性的にはそこまで注目されてなかったと聞く、夏場は気にせず胸露出している女性も多々いたとか、そこが徐々にHだと認識されていった。
もっとエロとしての男の乳首に注目が集まって、できる男は乳首で決まる的に男乳首開発も一般化し、男がブラやワンピ水着で乳首を恥じらい隠す文化になってくれないかなぁ。
何が相応しいか相応しくないか、何の規準もしめせないのでは意味がない議論だ。
「エロ」はダメ、が理由か? いま公共図書館で「チャタレイ夫人の恋人」を置いていないところはないと思うが、かつてこの作品は問答無用に「超弩級のエロさ」(法廷発言ママ)を指弾されて発禁処分をくらった作品だ。数々の文豪達の発禁作品も、全集には入っているからたいてい図書館にはある。「エロ」いものが図書館にない、というのは端的に言ってあなたが図書館のことをよく知らないだけだ。エロいか否かは公共図書館の収集規準ではない。「ポルノグラフィ」の多くは、経年的な価値が低いからと判断されて図書館に収集されないことは考えられる。要は、生鮮食品だから博物館に置く物ではない、という判断だ。限りある予算で、すぐ腐る物を買って誰も利用しないのでは意味がない。規準かあるとしたらそれだけだ。
「公共図書館ではエロいものはダメなのです」というのは、要するにただの妄想だ。
もちろん、現下の法律でただちに規制される猥褻物であれば、それは「明らかにダメ」だ。では、件のポスターは? まったく「猥褻物」ではない。「男性の性的興味をひく」という意味では、AKBを使ったポスターと何一つ変わらない。(まさか男性がろくな芸もないアイドルに興味を示す理由が「性的」ではない、とか言い出さないだろうな。)前者のみを排し後者を許容することに、一体どのような規準と正当性があるのかを示してくれ。
https://anond.hatelabo.jp/20191029132449 の補記
このまとめが私の言いたかったことに非常に近い。私自身が4ページ目で「線引き」という言葉を安易に使ったのは失敗であった。後述するが、線引きは必ずしも必要ない。
- id:Yagokoro バッカじゃねえのか。それこそ赤十字社が判断すればいい話。
まさしくそのとおりである。これは1ページ目に書いたとおり、赤十字には表現の自由があり、何を表現するかは赤十字が判断をすればいい。最終的には、赤十字にとってのコストパフォーマンスにより決定されるであろうと考えている。
- id:racebyrace 線引なんて出来ません。最終的には、違法かどうかしか無いのです。
- id:tomoya_edw 規制しようとしている側が規制の根拠を示せ。何かをやめさせようとするのに、無限に出てくる性嫌悪者のために配慮してとりやめるのかって話だよ。やるなら法のラインで全然いい。規制と反規制の落としどころなどない
- id:jun_cham その線引きはすでに終わっていて、法律で猥褻物という定義がすでにある。猥褻物にあたらないのであれば、公共の場で目にすることはあるものとして、正しく対処できるよう生きていくべき
- id:arrack 猥褻の基準はある(局部露出の有無等)けど、それを超えて過度に性的だの言ってるから、(どういう基準でそう言っているのかと)叩いているわけで。ゼロベースではないのに、増田含めて勝手にゼロベースに戻すな。
- id:ite 日本において猥褻の基準はしっかりとあって、裁判でも判例が積み重ねられている。それらを無視して思いつきで一方的に規制したがるやつらが馬鹿。
- id:meganeya3 「ポリティカルコレクトネス」ならきちんと法律にしろ。自主規制ってのはムラの掟なんだよ。そんなものを押し付けるな。説明は真摯でも結論がそんなところに着地されては困る
私は、表現の自主規制を行う上で、法律上の「わいせつ性」を基準とすることは不適切であると考えている。
世の中にはいわゆる「成人指定」あるいは「R-18指定」という仕組みがあるが、これらの規制は自主的に行われている。法的な「わいせつ物」はそもそも流通が不可能であり、一般に流通している「成人向け」コンテンツはすべて法的に「わいせつ物」ではない。では、どのようにして成人向けコンテンツのレーティングが行われているかというと、業界団体による自主規制ルールによる。もちろん、各都道府県系には青少年健全育成条例のようなものがあり、レーティングとゾーニングの実施を要求している。しかし、レーティングの主体は、あくまでも表現者である業界団体側に委ねられている。言い換えると、現在の日本においては、法的にわいせつ物であるかどうかを基準とした運用は、成人向けコンテンツに対してすら行われていない。
以上の理由より、私は、法律をベースラインと置く言説には説得力が乏しいと考えている。もちろん、「法律で認められているものはOK」と強弁すること自体は可能であるが、周囲の同意が得られるかどうかは別である。私自身はむしろ、件のポスターを擁護する上では、このような極端な言説を用いるのは悪手であると考えている。
- id:hanyan0401 R18以外で実際に運用されている基準なら、CEROのレイティングがあります。CERO-A(全年齢)の一つ上がCERO-B(12歳以上)で、ソフトの一例はこちらです。http://bit.ly/2JyAgbx 件のポスターってこのレベルで「性的」なんですか?
- id:yas-mal 過去の議論を無視してゼロから議論するのもアホらしいので、「男女共同参画の視点からの公的広報の手引」あたりを前提にすれば良いんじゃ無いでしょうか。日本赤十字社はどの程度公的広報に準ずるべきかも含めて。
- id:kumaponta 新しい価値観を提示したいなら何らかの基準を示さなければならないのは変化を求める側。具体的にはホワイトリストとブラックリストを併用したR12に近いレーティングを批判側が用意し検討の要望を出すのが筋だろうね。
これらのコメントは、現実的な自主規制ルールについての言及である。
「男女共同参画の視点からの公的広報の手引」は、多くの機関にとって最低限満たすべき基準となるであろうが、一方で、非常に概念的な内容にとどまっており、個別の表現に対する評価には使いづらいように思われる。そういう意味では、CEROのレイティングは、個別の表現を評価する上では、より有用かもしれない。ここで重要となるのが、CERO(や映論やビデ論など)のレーティング基準は、これまでの議論や社会的な情勢を踏まえて策定されており、ある程度の社会通念上の合意が得られたものとして運用されているということである。コメントには「落とし所など無い」という意見が散見されたが、多くのコンテンツは、すでに「落とし所」すなわちレーティングに基づいて運用されている。そして、想像ではあるが、このようなレーティング基準の背後では、規制強化派と規制緩和派の綱引きが常に行われているのではないだろうか。
赤十字がどのようなレーティング基準を採用するかは、赤十字の自由である。しかし、「法的にわいせつ物でなければOK」といった基準を採用しないであろうことは、かなりの確度をもって確実だと言えるであろう。
後半の指摘に注目されたい。いわゆる「レーティング基準」というほど明確なものではなくても、赤十字が内部的に表現基準を作ることは十分に有り得る(むしろ、すでにあるのではないかと思う)。このような内部基準は、過去の事例へのフィードバックを基に更新されていくであろうし、性的要素以外にも、ブランディングや多様性への配慮なども含めて運用されていくだろう。そして、内部の表現基準は曖昧に定義されることも予想できる。「各要素を勘案して、不要に性的に映らないようにすること」といった基準は、組織内部では問題なく運用される。担当部署で感覚が共有されていればよいだけなので、肌の露出割合といった、客観的な基準は必要とされない。言ってしまえば、まさに「ムラの掟」ならぬ「日赤広報部の掟」があれば十分である。
繰り返しになるが、このような内部基準は、表現の自由の問題とは直接的に関係がない。赤十字には、当然ながら表現の自由が存在する。しかし、赤十字が実際にどのような表現基準をつくり、どのような表現を外部に対して行うかは、赤十字の裁量に委ねられている。表現の自由を前提として、それをどのように行使するかの話である。
前述のような前提に立つ場合、この問題は「ポスター批判派 v.s.ポスター擁護派」の構図ではない。この問題は、「ポスター批判派 v.s. 赤十字」と「ポスター擁護派 v.s. 赤十字」という、個別の2つの問題である。両陣営とも、赤十字が自分の好みに合う表現基準を設定するように、赤十字にロビイングをするだけである。ここで赤十字に対して「あなたには表現の自由がある」と言ったところで、赤十字からすればそのようなことは既に自明であろう。赤十字にとっては、自由を前提として、どのような配慮を行うべきかこそが課題であり、「表現の自由」や「法的なわいせつ物」の話を引き合いに出されたとしても、あまり参考にはなりそうもない。また、ポスター批判派の言論を「お気持ち」と揶揄したとしても、赤十字が「我々はなるべく多くの人の気持に寄り添いたい」と方針付ければそこまでである(そして、赤十字の役割を考えれば、そうなる可能性はかなり高い)。「批判派は明確な基準を示せ」という意見も、赤十字には届かないであろう。赤十字の立場は、「皆さんの意見を参考にして、基準は自分たちで作ります」でしかないと予想されるからだ。
私自身は、ポスター擁護派である。しかし、一方で、ポスター擁護派の言論が非常に脆弱であるという危機感を持っている。わいせつ性の有無や表現の自由を銀の弾丸扱いしたり、「お気持ち」を軽んじる方向性は、現実世界において他者に響くであろうか。私にはあまりそう思えない。むしろ、そのような極端とも取られかねない言動は、単に無視されるか、悪印象とすらならないだろうか。もしも、わいせつ性の有無や表現の自由が議論において有効な武器であり、「お気持ち」を簡単に潰せるほどの威力があるのならば、ビールのポスターから水着の女性が消えたり、レーティングによる自主規制が行われているのは何故だろうか。私が、敬意をもって落とし所を(なるべく自分の好みになるように)模索するべきだと考えているのは、そういう理由である。銀の弾丸を持たない以上、100%自分の思い通りにはならないだろうが、「お気持ち案件」などと言って対話を打ち切ってしまえば、最終的にこちらが譲歩する度合いはさらに大きくなるであろう。
繰り返すが、件のポスターの是非において、表現の自由はあまり関係がない。もし仮に、ポスター批判派の要求が、政府による規制を求めることを主体としているのであれば、話は別である。しかし、今回の議論に置いて、そのような意見はポスター批判派からもほとんど出ていないように観測される。
この視点はとても参考になった。確かに、公共の場で公的、あるいは公的に準ずる機関が二次元キャラクターを用いるようになったのは最近のことである。漫画やアニメに馴染みのない人にとっては、自分が知っている世界が、なにか別のものに侵食されていると感じられるのかもしれない。とはいえ、表現の自由を前提にすると、そのような状況を拒絶することは難しいように思われる。「あの手の絵」に過度に性的な要素が含まれていない場合、二次元キャラクターであるというだけで拒絶することは難しいであろう。この部分は、なんとかして各自が折り合いをつける必要がありそうに思われる。
残酷ではあるが、あえて言うならば現時点で「声が集まっている」のはあなたの周囲だけなのかもしれない。実際に、私の妻に今回の件の感想を聞いてみたところ「別にこれぐらいいいのでは」というものであった。女性であっても、人によってはこのような反応である。他の人から見ると、あなた(達)の声は、まだ小さいのかもしれない。
しかし、どうか絶望しないで欲しい。私は、あなたの立場を完全に理解することはできないし、今時点であなたのために提示できるものもない。それでも私は、あなたにとって、今回の件が重大な問題であることは理解するし、それを馬鹿にしようとは思わない。私にはあなたを助けることはできないかもしれないが、あなたが声を上げ続けることは尊重するし、あなたの仲間がどんどん増えてあなたの声が多くの人に届くといいなと思っている。もちろん、声を上げ続けること自体が容易でないし、辛いこともあると思う。大変ですが、お互いがんばりましょう。
- id:viperbjpn 人それぞれっていうと、多分ほぼいろんな表現はできない
- id:chintaro3 そうなんだよな。溜まってる時は女性の手を見ただけで勃起するもんな。
- id:kloud 黒タイツでもドキドキする人がいるんだぞ!
一部はふざけているようにも見えるが、重要な指摘である。性癖というのは個々人でバラバラであり、実際に私からすると極端に感じる性癖を持つ人もいるであろう。では、個々人で性癖がバラバラであるから、手も黒タイツも、あれもこれも表現として認められない世界になるかというと、少なくとも現在の日本においては、そうはならないであろう。これは単純に、社会通念上の合意が簡単には得られないからである。これらのコメントは、「だれかの気持ちのために1つでも譲歩したら、結局はあれもこれも譲歩することになる」という危機感を述べているのだと考える。1ページ目で述べたとおり、このような危機感には一定の妥当性がある。一方で、現在の日本において、そのような自体が実際に発生するかというと、そのようなことも無さそうである。実際に、既に存在している様々な自主規制ルールは、多かれ少なかれ問題はあるにせよ、先鋭化することもなく、案外まともに運用されている。ルールを正常に保つためには、各陣営の不断の努力が求められるだろうが、極端に悲観する必要は無いと考えている。
補記が続くのかよ
ネットに激増している「幼児の性的虐待」の実態 虐待画像や映像の数は過去最高に https://t.co/hweOtVxygg
「捜査は感情的にも心理的にも非常に負担が大きく、やめる人が後を絶たない」。実在児童への性虐待という地獄と向き合うよりは、二次元萌え絵を叩いて回る方が精神的にずっとラクなんだろうな。— ClaraKeene (@clarakeene) 2019年10月23日
こういう悲惨な現実を無視して、二次元規制に血道を上げてるのが国際児童保護団体という連中の実態なんだよ。特にECPATとかがそう。日本でも散々実在児童保護の邪魔したし、国連に創作物規制をさせようとした。https://t.co/PooQxk9tBB— 高村武義 #WalkAway (@tk_takamura) 2019年10月26日
https://toyokeizai.net/articles/-/309872
宇崎ちゃんのポスターが女性の性的消費だという意見を目にしておっぱいが云々語られてたけどお前らよく見ろ宇崎ちゃんは可愛いんだよ。そしておっぱいが大きい。
おっぱいが先じゃない。顔が可愛いからおっぱいがよく見えてるだけなんだ。
通勤途中のブスを見てみろ、おっぱいを見てみたいと思うか?むしろ不快だろ?ブスのおっぱいこそ男性に対するセクハラなわけだ。
そうなるとブスが男性の視線が気になるとかいう自意識過剰なんだか病気なんだかわからないものは放っておいて、美人のおっぱいについて考えてみよう。
美人がおっぱいであることに価値があるのだから、比べればおっぱいよりも顔に価値があると考えて差し支えないはず。
じゃあ男性は女性の顔を性的消費している事になるが、性的であるとは猥褻なものでもあるわけだ。
つまり自信のある美人は自身の顔が猥褻物であると認識していないから素顔で、時には化粧をして更に卑猥な状態で街に出ている事になる。
俺が美人なら「私が化粧をして何が悪いのか」と言いたいところだが、それは草彅も裸になって警察沙汰になったことを鑑みれば筋が通らないことは世間が証明している。
で、だ。美人は罪なのか?いや、もちろんそういう言い回しがあるのは知っている。
現実問題美人が美人であるだけでモラルに反しているとか捕まったということはあっただろうか?いや無い。
話を戻そう。宇崎ちゃんは可愛い。美人だ。しかし上記から導き出される結論は「宇崎ちゃんは可愛いしおっぱいが大きいがモラルに反しているとは言えない」となる。
「美人が献血のポスターに出るなんて女性の性的消費だ」となるんだが、これは美人に対する僻み以外の何ものでもない。
よって、宇崎ちゃんのポスターは性的消費にはあたらないと結論付けることができる。
俺はちっぱいが好きだ。
ちがうとでも? じゃあいつからいるんですかね? こっちは同じクセもってるやつ何度も相手してるんで別人としてもクローンかなんかかとおもってたわ
https://anond.hatelabo.jp/20181026164557
https://anond.hatelabo.jp/20181022081923
全然あてにならないのはその通り。
もともとが規制推進派の揶揄から始まったものなので、ご立派な大儀などはないと思われる。
敢えて言うなら、洋ゲーのように既になされた規制には何も言わないが、これから起こりそうな規制にはうるさいと言ったところか。
表現の自由戦士が無関心なのは洋ゲーだけではなく、先ほどの例で言えば、殺戮モルフという漫画の黒潰し修正に関しても、表現の自由戦士が文句を言っているところをみたことがない。(ハンターハンターもかな)
https://anond.hatelabo.jp/20181008200900 表現の自由戦士は猥褻物かどうかでは戦ってくれないよね ってそのとおりだね、フェミと喧嘩したいだけだもんね
https://anond.hatelabo.jp/20180918194029 本当に表現規制って厳しくなってるの?現在刊行中のエロ漫画誌を調べてみたら、これだけあるらしい。(行動するとこが他力本願で批判だけのクズとは大違い)
国連が「アニメ・漫画は児童ポルノ」として法で禁じるよう各国へ呼びかけ! 国際的に起訴できるルール作りを画策
http://yurukuyaru.com/archives/79074192.html
参考:なぜ国連から日本のマンガ・アニメは敵視されるのか? 外圧から見える日本の児童虐待問題の裏側 【山田太郎と考える「表現規制問題」第2回】
http://originalnews.nico/11787
3/4 予算委員会 マンガやアニメは人権侵害にあたらないと答弁
国連と言うよりもいつも通り国連内部に巣くう宗教関係者(某キリスト系カルト)とか某女性関係の団体がやらかしたって感じだけど。
しかもいつも徹底的な反対や反論を受けていたためか、この話し合い自体水面下で行っているとか、パブコメ募集すらいつの間にかひっそりと行われたりとかなり悪質なやり口で推し進めようとしている模様。
海外の反応系のブログはあまり好きじゃないけども普通に海外でもこう反応するのは当たり前だろうし(そもそも海外の国々は現在は普通に実在児童保護に観点を置いている)普通に日本でも数年前それこそ女性の漫画家とか全力で切れられたりしたし、政府や官庁からもあの一件で逆に距離を置かれたっぽい経緯すらあるんだよねこれ。
しっかしこういう連中が一番困るんだよね。
自分たちの思惑を推し進めたいが為に他の弱者を利用する連中なんだよこいつらは。
言っちゃ悪いけどさ、こいつらがインターネット規制の為に行った単純所持規制やブロッキングや児童ポルノとは本来全く関係ない創作物規制までやらかそうとしたせいで、本来の趣旨である児童の権利の保護が蔑ろになってしまって、児童ポルノ禁止法=今じゃ単なる猥褻物規制法に成り下がったんだよね。
本来の趣旨としては実在する児童の保護の為に作られたものなのにね。
そもそも今だって保護施設の予算とか指摘されていた所についてはノータッチなんでしょ?
まあ、この手の関係者が未だ諦めていないのは今回の国連の件や韓国のアダルトサイトブロッキングを見ていれば判るけど。
アダルトサイトブロッキングなんてどうせ統一辺りがやらかした事なんじゃないの?
本当こう言うある種卑怯な裏工作が自身の信用すら無くす結果にも繋がるのにね。
何かこう言うの見ているとそりゃインターネット規制の手法が児童ポルノ関係から著作権関係メインにシフトしている理由も良く判る気がする。
児童ポルノ関係はこの手の関係者が余りにも暴れすぎて、児童保護と言う本質から余りにもずれすぎて、世間での受けが著しく悪くなったのは日本でもそうだし、このパブコメ募集ですら突発的に水面下で行っていたという卑怯な行いを見ていたら、世界的にも世間の受け自体かなり悪くなってきたと言う所なのだろうね。
何せこれ冤罪事件も結構発生していたし、訳わからない理由で逮捕されたりした事例もあったからなあ。
今じゃ法律関係者にも腫物扱いなのかもしれんね。