はてなキーワード: ロスジェネとは
俺のスペック
資格はなんも持ってない
年収850万
メガベンチャー自社サービス企業でAI系の分野でITエンジニアやってる(深くは守秘義務上話せないからこれくらいにとどめるけど)
俺みたいなスペックの人間でも、こんな超ホワイトな環境で好きなことできて、チヤホヤされて、金も稼げてるのはぶっちゃけ氷河期世代のエンジニアたちのお陰だと思う
何故なら、俺なんてほとんど上辺の業務レベルに落とし込めるくらいの知識しかないけど、それを積み重ねて研究して成果を地道に上げてたのってさ、ロスジェネ世代のエンジニアたちなんだよね、学術系でIT勉強してる増田にはピンとくるかもしれないけど。
今のAI系の基礎になってるディープラーニングの初期とさらに以前、エキスパートシステムや自然言語系の知見やノウハウを研究してたロスジェネエンジニアたちはどうなったのか、気になったのでわかる範囲で調べてみたらさ、彼らの残した論文やOSSを見る限り、俺よりおそらく10倍ははるかに理解が深くすごい奴らのはずなのに、年収は俺の三分の一、SES派遣で日銭を稼いで将来不安のワープア、一般派遣でブラック現場でいじめられながら、必死に教授の助手してる情報系のポスドク…etcとかなんだよね。
ひどい奴は、全盛期の野〇YRPで組み込み開発に投入されて、自殺したり精神障害を負って働けなくなったりした奴らもいるっつーね
方や、自慢じゃないが俺は彼らの研究していた技術のほんの1パーセントに満たない触りだけ覚えてりゃ、残業月0時間で年収850万、余った時間でナンパすりゃ、アニメとかよくわかんねーけど売り出してるみたいな?ドル声優なんかの彼氏になれちゃったりしてさ、最先端のエッジの効いた分野だから将来いくら落ちぶれて一般派遣レベルになったって、時給3000円割る方が難しいレベルってくらい将来も安定してる。
我ながらかわいそうだよな、不平等だよなーと思うと同時に怖さも同時に感じるんだよね
もし俺がロスジェネ世代で00年代にIT業界入りしてたらさ、俺多分3か月も持ってないと思うし、ワープア一直線だったと思うのよ
氷河期世代のエンジニアたちが、バタバタ死んでくれたおかげで、IT業界も随分とクリーンになってこうやって楽できるのには、マジで感謝しかない、ホント
だって俺だったらさ、よく聞く昔のIT業界の理不尽話聞いてたら、逃げるか即労基いくべ?それしないで脳梗塞や心臓発作おこるレベルまで労働に耐えたのって、ホント尊敬しますわ
人工知能系にスキルセットがあったとか勉強したのは、本当に偶然でテキトー、たまたまいた単位を簡単にくれる大学の教授が人工知能を研究してて、そこの研究室がヌルいことで有名だったからとかのレベルで、こんだけ稼げるくらい道を舗装してくれたわけなんだから。
逆にさ、この世代の氷河期エンジニアたちが、業界をクリーンにしようと活動してたら、俺は今ここまでの地位につけてないと思うのよ
だから氷河期世代のロスジェネエンジニアにはっきりと言いたい。
大学生の男性同性愛者なんだけど、無性にゲイ向けのマッチングアプリでおじさんと会いたくなるときがある。おじさんといっても世間から忌嫌われているような、わかりやすい?ネガティブなイメージのおじさんではない。私が会いたいのはカッコよく、優しく、知的で、包容力があるおじさんである。中々いませんが…
前にそういう素敵なおじさん(以下Kさん)と会ったのはのは2ヶ月前、新宿の高島屋で美味しいガレットを食べながらワイン呑んで、そのあとKさんの住んでるマンションに転がり込んでセックスしたのが最後である。その後Kさんとは会っていない。
Kさんと一緒に食事を食べて交わったのはせいぜい5時間とかそんなもんだったと思うのだが、この5時間は“彼にもう多分会えない”ことをこれまでの経験からなんとなく察知し、噛みしめるほど徐々に美化されてきている。また、あの5時間のような夢の時間を過ごしたい、彼氏になってほしいなどとおこがましいことは言わないからまたセックスだけでもしたい、相手はもはや、顔も見たくないのかもしれないけど。
Kさんは40代半ばで、もう何年か彼氏はいないらしい。大学生の私とよく行く服屋が一緒だったりと年齢を感じさせない雰囲気を身にまとっていた。かと思えば、私が就活の話をしたときに、「俺はロスジェネ世代だから就職大変だったんだよ、今の子が羨ましいよ」とも言っていた、聞けば、なんとかして入った会社を一度辞めて、脱サラし学校に通いなおして現在は専門職をしているらしい。酸いも甘いも噛み分けた大人の男性であることを感じさせていた。
1軒目のレストランを出たところで、「これからどうします?」と尋ねると、「何してもいいよ、付き合うよ」と笑って言ってくれた、でも目は合わなかった。Kさんは少なくとも私を見てはいなかった。笑顔も少し作っていた。今にして思えば、こういう僅かなKさんの仕草を感じとったときに潔く別れた方がよかったかもしれない。でも、そうしたくなかった、私は平静を装いながら頭の中で、Kさんを繋ぎ止めるための策を練りつつ、二人でニュウマンとかをちょっとウロウロした後に、やっぱりこのまま別れてしまうのはなんとなく嫌だったので、思い切って「お家の近くになんかありますか?移動しましょうか?」と尋ねると(直接家に行きたいというのは気が引けた)「俺の家来たいの?まぁいいよ」と言ってくださったので家に行くことにした。
そのあとは二人でお酒を呑み直して、なんとなくテレビをつけて、なんとなく見つめあって、私がKさんの頬に触れて、その勢いでなんとなくキスして、シャワー浴びて、エッチなことをした。ある種のお作法の流れである。
こちらはあんまりテクニシャンではないのでだらついたエッチだった。もしかしたらKさんには退屈だったかもしれない。私はKさんの愛撫が止まっている間に、色々なことを聞いた。
出身県、前の彼氏、Kさんのフェチ、名前の由来、そんなことだったと思う。
その日は「終電にまだ間に合う、泊まりたいけど帰らないと」と言って帰った、Kさんの方も明日仕事だからと言っていたのでその日はそのままお開きになった。駅まで送ってくれたので、その後も少し世間話をしたのだが、セックスした後のKさんは家に来る前より声のトーンが少し低かった、私の話をどうでもよさそうに聞いていた。「多分もう会えないな」と思った。帰りの電車でザ・チェインスモーカーズの「Call You Mine」がSpotifyから流れてきて泣きそうになった、私だって、Kさんを「俺のもの」と呼びたい。淋しくなって、Googleで「ワンナイトラブ 会う 2回目」みたいなことを帰りの電車で検索しまくっていた。
次の日、仕事のはずのKさんはマッチングアプリで「今日暇!会える人!」みたいな募集をかけていた。(私が使っているアプリには、その日すぐに会える人を探し出せるように募集できる機能がある)私の嫌な予想が確信に変わった。やはり私はKさんのお眼鏡にはかなわなかったのだ。こうなってしまうとどうしても会いたくなってしまい、その後、Kさんがすぐ会える人の募集をかけているときにわざとこちらもちょうど会える人を探しているかのように「今日お仕事お休みですか?よかったら会いませんか?」みたいなメッセージを送ったものの、のらりくらりと断られ続けている。というか流石に迷惑を超えてストーカーっぽいので連絡するのはやめた。
最近、何を見てもKさんを思い出す、自称していた出身県でよく取れる野菜、路線図に書いてある新宿駅の文字、よくいくと言っていたルミネに入店しているセレクトショップ、Kさんと同い年くらいのおじさん、街中のカップル、赤ワイン…etc
そして、Kさんを思い出すたびに自分の中のKさんがKさんではなくなっていく。
私の頭の中で、私を車に乗せて一緒に旅行をするKさん、優しくリードしてお姫様のような?チヤホヤした扱いをしてくれるKさん、平日の夕方に呼び出されて、サプライズで高級なレストランに連れていってくれるKさん。彼氏になった大好きなKさんに思いっきり甘えられる幸せに浸る私。
もはや、あの日に会ったKさんはどこにもいない、私のヤバい妄想の中でKさんが勝手に理想化されていく。
こうなって始めて、「あぁだから俺はおじさんを求めているんだ。」と理解する、用は甘えたいのだ。私は人間に、それも「おじさん」という絶対に自分自身には“甘えてこない”人に。
私は前から、包容力があって日々の愚痴を聞いてくれて、リードしてくれて、チヤホヤしてくれる彼氏に思いっきり可愛がられたくて、この人なら、それを可能にしてくれるかもしれないという夢を見たくて、その夢を見るためにアプリ上で「よかったら会いませんか?ご飯でも」とメッセージを送り、実際に会えたらセックスのチャンスをちらつかせることで、この願望をその人で投影している。セックスで夢を買っている。そうすればセックスするまでの短い間はおじさんたちはみんな(程度の差はあれ)俺をエスコートし、チヤホヤし、歯の浮くような台詞を言ってくれる。
でも、セックスが終われば、おじさんたちは一気に態度を変える。もう一度メッセージを送ってみても望む返事は得られない。
あるおじさんは「君みたいな若い子はこんな大人と一緒にいてはいけない、もう会うのはやめよう」と優しく、でも本心かどうかはわからない返信してきた。
あるおじさんからは「いいよ!また会おう」と返信が返ってきたものの、こちらが「まずご飯行きましょう」と返すと「セックスしないならいいや」とシンプルで最悪な返事が返ってきた。
他に「最近仕事が忙しい」「いいよまたあそぼう!こんどは○○なエッチしたいな」「夜ならいいよ」こんな返事ばかりである。返事が返ってこないこともある。
ある時期から、「普通に考えたら、素敵なおじさんはたんなる大学生(特別頭がいいわけでもめちゃくちゃ見た目がいいわけでもない)を好きにはならないな」と思い直し、同世代と普通にご飯に行くようになった、しかし、特に面白くなく、当たり前だけどマッチングアプリでなんとなくのプロフィールと顔写真みて会った人とは共通の話題があっても、いきなり意気投合したりはしないしなぁ〜と思いながら、なんとなく帰ることが多い。
時々、うっすら思い浮かべる人がいる、高校のときに、独りぼっちで浮いていた私に優しく接してくれた昔好きだった男の子だ。誰にでも親切で、努力家で、対して勉強ができなかった私と違い猛勉強して優秀な大学に行った彼。つまらない高校生活に一筋の光を照らしてくれた彼。私は彼がしてくれたことに感謝しつつ、彼には何も与えられないことがもどかしかったし、(唯一、彼が読みたがっていた漫画を全巻貸して欲しいといわれて貸すくらいはできた。)何も与えられないのならば、せめて、彼にとっての私が嫌な記憶にならないように、連絡をしたり、心の内に秘めていた恋心を隠し通すくらいしかできなかった。
N国で当選者が出た。なんでやねんと思いつつヤフーニュースで記事を読んで、意味が分かった。
ヤフコメに書き込みをしているN国支持者の声を見ると、「公約がシンプルで分かりやすい」ということで投票したそうだ。
twitterでは、党首が「NHKのスクランブル化と受信料廃止以外の政策は多数派の政党の案でいい」みたいなことをネット番組で言ったとかいうtweetも見た。
多分、N国に投票している人たちもそうなのだ。政治はどうでもいいけどNHKの受信料は払いたくないのだ。
そして、社会問題やら経済やら、そういう「難しいこと」は言われても分からない、考えたくない人たちなのだろう。
今回の参院選、個人的には「れいわ」の躍進を期待していた。確かに、既存政党にない切り口で政策を打ち出している。
でも、れいわの政策もN国に入れたような人たちにとっては「難しすぎる」し「多すぎる」のである。
れいわの支持層は40代以下が中心のようである。それなら年寄りを無視して若い世代(特にロスジェネの負け組)に全振りしたPRを考えても良さそうだ。
就職氷河期で職歴なし学歴なし財産なしみたいな人たちには、職業訓練や就業支援ではなく、住宅提供とベーシックインカムを与えて政府が面倒見てあげればいいんじゃない?
個人的にやってほしい③ 障がい者・社会的マイノリティ的な何か
議員歴の長いおじいちゃん政治家や「おっさん」「名誉おっさん」議員たちは未だに「産めよ増やせよ」「生産性のない人間に人権はない」と平気で言っているので滅びた方がいい。
多くても3つぐらいだろうな。
京アニ放火事件の容疑者の氏名が京都府警から公表された。もっとも公表の何時間も前からその名前はネットで取り沙汰されており、特定班の精度にも戦いたが、今回の本題はそこではない。氏名の公表により顕著になった、「事件を個人問題として容疑者を叩く」人たちへの違和感についてである。
事件が報道されてから、ネット上には事件に関する様々な感情が溢れていた。心配する人、怖がる人、悲しむ人、憤る人、放心している人。それらを目にする中で、なんとも言えぬ違和感と共に目に留まった言葉があった。容疑者が逮捕される際に発したとされる言葉に触れた上で、こう書かれたものだった。
「そんなことは人を殺す理由にならない。こいつほんとに許せない。」
よく見ると似たようなコメントは沢山あった。死刑でさえ甘すぎる、精神疾患で減刑とかなったらまじふざけんな、苦しんで死ね、等のかなり強い言葉が延々と流れていく。氏名が公表されるとそれらの言葉はさらに個人攻撃の色を増した。凄惨な事件に対する当然の反応と言えるかもしれない。だが、私にはなぜかどうにも不自然に感じられた。しばらく考えを巡らせた結果、違和感の正体はそれらのコメントの裏にある「事件の個人問題化」ではないかという考えに至った。
容疑者の名前を挙げて個人としてバッシングする。容疑者を悪人と見なしているからだ。常人の自分にはとても理解できない凶行を犯したから。被害妄想によって勝手に逆上した幼稚なやつだから。自分たちはまともだけどこいつはおかしい。しかし、その「おかしさ」を容疑者の問題として向き合おうともせず、単純に蔑むというのはあまりに筋違いではないか。その「おかしさ」は、本当に容疑者だけのものなのだろうか。私はそうは思えなかった。蔑む側の指摘する「おかしさ」が、容疑者の中に自然発生的に芽生え、ここまで爆発するというのは、かなり無理があると感じた。
最近のもののみならず、衝撃的な傷害事件の容疑者の年齢を見て「就職氷河期」や「ロスジェネ」という言葉がよぎる人は多いのではないか。その時代に就職をしなければならなかったというだけの理由で、一生不安定な生活を送る人たちは数多くいる。就職難が事件の直接的な原因であると言いたいわけではない。しかし、強い社会不安があったり精神疾患を持つ容疑者たちが、それらを始めとする社会の歪みの弊害を真っ先に受けて追い詰められていったことは容易に想像できる。
精神疾患を持つ人は社会を生きづらい。先天的/後天的に関わらず。疾患でなくてもどこか生きづらさを抱える人たちというのは存在する。しかし、生きづらい人たちが事件を起こすということが納得されて良いわけがない。それこそおかしいのではないか。そのおかしさはその人たちだけのものだろうか。その背景を理解しようともしない「まとも」な人たちのものでもあるのではないか。
何かが起こるには必ず原因がある。論理的な文脈を持つものもあれば、脳のここにあるはずのあれがない、といった物理的な理由の場合もあるかもしれない。何にせよ、自分が理解できないということを全て相手の問題にして蔑むということが果たして無責任でないと言い切れるのか、私たちは一度考え直してみるべきだと思う。全ての犯罪は個人のみの問題ではなく、社会の問題なのだ。
人をまとめる立場なので、落ち込んでいるところを見せられない。
でも、正直昨日のは堪えてるし、めっちゃ落ち込んでるし、全然眠れないし、気を抜いたらため息が出る。
なんでこんなことに。誰も悪くないのに。
こんなことが起きるたび、お前ひとりで死ねばよかっただろって思う。
きれいごとなんてもう沢山だ。
犯人はロスジェネ世代だ。多分、これからもっと視野の狭くなった人間が増えて、こういうことが起きる。
それくらいの社会構造的問題が隠れている気がする。この事件がどうとかは知らない。
誰かを傷つける権利は誰にもない。絶対に許せない。負けるもんか。クソ野郎のしでかしたことに負けるもんか。
一番しんどいのは誰か思い出せ。頑張らなきゃ。
「多くの人を巻き添えにして死ぬくらいなら一人で死ね」のどこが悪いのか。
たいていの無職・鬱病患者・ロスジェネ・子供部屋おじさんには何も関係ない。
あなたたちは通り魔殺人を計画してるわけじゃないんでしょう? なら堂々としてろよ。
流れ弾とかいっても、ちゃんと限定条件ついてるでしょ。ついてなくても文脈で読み取れるでしょ。
仮にそれがトリガーになった人がいたとしても、なんでその責任を負わなきゃならんのか。知らんがな。
自分の命を絶つという重い選択を誤読ベースで決める人にまで配慮せにゃならん義理はない。ちゃんと読んでね。
ただ、「そういうこと言うと大量殺人しようとしてるテロリストが喜んじゃうから言わないようにしよう」という主張ならまだ理解はできる。
言っても道徳的に悪いわけじゃないけど、戦術的に悪手だってことだよね。それはそうかもなと思う。